堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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逃げに逃げて珍道中。
ババアとヴァンプを連れ回し、スタコラサッサと逃走中。

逃げた先には何がある?
生きた先で何をする?

堕天使羽ばたく異界の地。
魔王もゴリラもクソ喰らえ!
美食に快眠、あとお風呂!
ダラけた生活、手にするぞ!



殺戮
殺戮-1


 森の中を疾走し、草原に出ても足を止めず走り抜ける。

 ただひたすら先を見て、エ・レエブルの街がある方向へ力の限り駆け続け――既に三時間が経過。

 パナの全力ならばエ・レエブルどころか王都まで行けそうな気もするが、今は後方の老人と妹を抱えたヴァンパイアの姉が居るから、精々馬の全力疾走を超える程度の速度しか出せない。

 本当なら全員見捨てて自分だけ逃げたい――そんな衝動と戦ってギリギリその場に留まっていたパナとしては、誰かに褒めて貰いたいところである。

 

「ちょ、ちょっと待たんか! もっ、もう限界じゃ、これ以上は体力が持たんわ!」

 

 疲労困憊の悲鳴を上げて足を止めてしまったのは、老婆リグリットだ。

 老齢ながら三時間もの間、人間の限界を超える速度で走り続けたのは称賛に値しようが、パナとしてはもっと森から離れたかったので少しばかり不満顔である。

 

「――私も……宜しいでしょうか? 今の速度を保つには体力をもっと削る必要があるので、少し抑えてほしいのですが……」

 

「え? お姉ちゃんはヴァンパイアなのに疲労するの? んん? どゆこと?」

 

 完全に足が止まってしまった一行の中で、ヴァンパイアの姉からは不可思議な言葉が漏れる。しかしよく聞いてみると、パナとリグリットの速さに付いていく為、自らの体力を消費させて身体能力を引き上げる――異形の力を用いていたのだと言う。

 もっとスピードを抑えて妹の身体も抱えていなかったのなら、体力を削らずに走り続けることが出来たらしいのだが……。

 要するに無理をしていたから休みたい――それが結論なのである。

 

「仕方ないね、一先ずここで休憩しよう。リグリットさん、それでイイ?」

 

「はぁはぁ……、あぁ、そうしてくれると有難い。……儂としても色々……聞きたい事が有るしのぅ」

 

 その場に座り込んで呼吸を整えるリグリットは、パナとヴァンパイア姉妹を交互に見つめた後――ほんの一時の沈黙を経てから、少しずつ言葉を紡ぎだし始めた。

 

「パナ殿、お主は人間ではないようじゃな。その羽……、どういう事か教えてくれんかの?」

 

「ああ、うん。説明するのすっかり忘れちゃっていたけど、私は堕天使だよ。リグリットさんと出会った時は人間に変身していたの。ちなみにラキュースさん達も知っているよ」

 

「堕天使じゃと? あの嬢ちゃんどもめ、そんな重要な情報を伝え忘れるとは――」

 

 何やら頭を抱えるリグリットだが、『蒼の薔薇』としてはトブの大森林までの道中でゆっくり話し合うと聞いていたのだから、当然パナの種族についても話すだろうと思っていたのではないだろうか? と言うより、しっかりとした話し合いの場を強引に切り上げさせたのはリグリットなのだから、ラキュース達に文句をつけるのは少しばかり可哀そうだ。

 

「まぁ良い。堕天使という種族がどういうモノかは知らんが、人を捕らえて食うという訳でも無かろう。それならば一先ずは問題ない。それより……、あの獣はなんじゃ?! 信じ難い力の波動、魔神をも超える圧迫感。まるで神にでも睨まれたかのように身動き一つ出来んかったぞ!」

 

 その時の恐怖がぶり返してきたのか、リグリットは青ざめた表情でパナを見つめる。ヴァンパイアの姉もビクッと体を震わせ、未だ目覚めぬ妹の身体を優しく抱きしめていた。

 

「あ~、あの獣はフェンリル。神獣フェンリルって名の強力なモンスターだよ。もっとも私の知っている個体より一段強力なヤツだったけどね。……はぁ、私もビックリだよ! この世界に来てあんな強力なモンスターと出遭うなんて、ホント洒落にならないよ!」

 

 パナはまるで詐欺にでもあったかのように怒りを持って吼える。

 貴方は最強です、この世界で無双出来ます――なんて言われて森へ入ったら、速攻で滅多打ちのボロボロ状態にされて逃げ帰る……パナとしてはそんな気分らしい。

 酷く自分勝手な言い分ではあるが、それほどまでに危険であったという事だ。

 

「神獣……フェンリル……。なんということじゃ、このままでは人類に生き延びる道は無い。さらに魔樹まで復活したら……世界は終わりじゃ。なんと、なんという……」

 

 身体は限界近くまで疲労し、精神までも酷くすり減っているかのよう。そんなリグリットは僅かな希望を持って口を開く。

 

「パナ殿、お主なら勝てるか? あの神獣とやらに」

 

「……ぅんん~、今のままだと勝ち二割、負け五割、相打ち三割ってところかな? まぁ、逃げるだけなら十割成功するけどね」

 

 最後に冗談ぽく笑ってみせたが、リグリットに――ヴァンパイアの姉に笑顔は無かった。

 老婆一人と黒羽の堕天使、そしてヴァンパイア姉妹が座り込む草原に、一時の沈黙と夕暮れ時の少し冷たい風が流れる。

 

「パナ殿、儂は今からエ・レエブルの冒険者ギルド長に宛てて手紙を書く。今回の調査に関する報告書のようなものじゃ。それを儂の代わりに届けてほしい。……すまんが王都まで連れていくことは出来ん。ここでお別れじゃ」

 

 何かを覚悟したかのように、リグリットは語る。

 事此処に至り頼れる相手が一人しかいないと判断したのであろう。プレイヤーたるパナを一人きりにし、『蒼の薔薇』との約束を破ってでも向かわなければならない――会いに行かねばならない相手が居るようだ。

 リグリットとしては断腸の想いなのだろうが、人類が滅びるかどうかの瀬戸際なのだから致し方ない事だ。パナには単独で『蒼の薔薇』と合流してもらい、王都で待機してもらうべきだろう。これから起こる決戦に備えて……。

 

「えっと、ラキュースさん達に会いに行くのは一人でも大丈夫だけど……。調査の件、このお姉ちゃんの事も報告するの? あの、その……それはちょっと」

 

 困るな~っとでも言いたげなパナは、ヴァンパイア姉妹の事を心配していたのだろう。

 リグリットの報告でヴァンパイアの情報が伝わってしまうと、当然討伐隊が送られてくるはずだ。問答無用で殺すと言っていたのだから、間違いなく冒険者ギルドの依頼に載るだろう。

 パナとしては、人畜無害そうな姉妹を手にかけるのは流石に気が引ける。これが人間だったなら気にもしないのだが……ってあれ?

 

「ああ、儂もその娘達をどうにかしようとは思っておらん。とは言え無条件で見逃すほどヴァンパイアを軽んじてはおらんぞ。だからパナ殿、後の事はお主の采配に任せようと思う。宜しくな」

 

「え? ちょっとそれって丸投げってヤツ?」

 

 パナの抗議を余所にリグリットは手紙の作成に取り掛かってしまった。もはやヴァンパイアの扱いなんぞ構っていられないという事か? 姉の方は独自で魔法を操るという特筆すべき存在ではあるが、新たに発覚した神獣――そして復活間近の魔樹と比べれば矮小過ぎて気にするまでもない。

 トブの大森林にはヴァンパイアの姉妹など居なかった、そういう事だ。

 命を落とした白金(プラチナ)級冒険者達には悪いが、原因不明――神獣の存在や狂ったトレントの関与は仄めかすが――のまま森の肥やしとなってもらおう。

 

「仕方ないなぁ。……それでお姉ちゃん、妹さんの方はどんな感じ?」

 

 パナは物書きに夢中な老婆を放っておくと、身体を向き直してヴァンパイアの姉へ声を掛けた。

 

「はい……、残念ながらまだ意識が戻っていません。ヴァンパイアなのですから、体力が回復した現状に於いて目が覚めないなんておかしいと思うのですが……」

 

 ぴょんと跳ねている妹の短い髪を撫でながら、姉は悲しそうに呟く。

 そもそも天然のヴァンパイアではないのだからその生態に詳しい訳でも無い。故に意識が戻らない妹を見つめても、ただ不安が増すばかりで無意識の涙が零れるだけだ。

 

「う~ん、覚醒の魔法なら使えるけど……。これってヴァンパイアには使わない魔法だしな~。そもそもヴァンパイアは昏睡しない種族のはずだし……。うう~ん」

 

 ヴァンパイアはアンデッドなのだから下手に信仰系魔法を使う訳にも――。

 

「ふわわぁ~~、ん~、よく寝たなぁ……ってあれ? ここどこ?」

 

 ヴァンパイアにあるまじき寝起きの言葉を携えて、妹はパカッと大きな瞳を開け放った。色々悩んでいたパナとしては出鼻を挫かれた格好だが、姉にとってはそんなこと全く関係ない。

 

「ああ! ああぁ、よかった……本当に良かった。もう目覚めないんじゃないかと……。そんな事になったらどうしようかと……」

「んぎゃ~苦しい~、もぉ~姉ちゃん泣くなよ~。よく分からんけどアタイはもう大丈夫だって……。いや~目を覚まそうと思えばもっと早く起きられたと思うんだけどさ、なんか久しぶりに睡眠がとれそうだったからちょっと試しに寝て見たら、これが中々心地良くって――」

 

「ぐがが……この妹ちゃん、自分が死にかけていたって知らないの? 心地良いって、それはあの世に行きかけていたんでしょうが! そのまま昇天するところだっつーの!」

 

 なんだか想像していた妹と違う。

 双子のはずなのにお姉ちゃんとは似ても似つかない――いや、顔は似ているのだ。髪が短くてクセっ毛である事以外はそっくりなのだが、どうにも男っぽい。

 弟であると言われた方がしっくりくるのではないだろうか。

 

「ん? あれ? 腕が動く、腹の穴も塞がってる? えっ、なんで? ってここどこ? いやお前誰だ?」

 

「誰って……。もぅ、しょうがないなぁ。説明するからよく聞いてね」

 

 ヴァンパイアの姉は泣き続けていて役に立ちそうにないし、リグリットは相変わらず報告書作成に勤しんでいる。となると手の空いているパナが現状を説明するしかないのだが、ぷにっと萌えやタブラのように話し上手ではないので少しばかり緊張してしまう。

 

「えっとぉ、まずは自己紹介からかな? 私はパナ……じゃなくパナップだよ――この格好の時はねっ」

 

 大きな六枚の黒い羽をバサッと広げて、パナことパナップは右手を差し出した。

 傾きかけた太陽が夕日へと衣替えを行おうとする時刻、草原の中では堕天使とヴァンパイア、そして数百年を生きる老婆が集い、様々な情報の共有が行われる。

 その集いはとても小さく、世界の中では取るに足らない些事であったかもしれないが、話される内容は人類絶滅を示唆する凶事だ。とても理解できるモノではない。いや、理解したとしてもどうしろというのだ。世界を滅ぼせる化け物達を相手に何が出来るというのか? そんな事は漆黒の英雄や骸骨魔王様に任せれば良い。矮小なヴァンパイアや偵察特化の堕天使に出る幕は無いのだ。

 

「はへ~、死にかけている間にヤバイ奴と出遭ってたんだなぁ。……おっと姉ちゃんとアタイを助けてくれてあんがとね」

 

「まぁ、成り行きと言うかなんというか……ってなんだかお姉ちゃんと雰囲気が違うね。教育方針の違いとか?」

 

 ヴァンパイアの姉は礼節を含む上等な教育を受けたように感じるが、妹の方は普通のやんちゃな村娘のように感じる。男の子に交じって山野を駆け回っていたタイプだ。

 

「姉ちゃんは小さい時から頭が良かったからなぁ。(とう)ちゃんが貴族の屋敷に奉公させようとしてね、色々勉強三昧だったわけさ。アタイの役目は、そんな姉ちゃんにちょっかいを掛けてくる村の悪ガキどもを蹴散らす事。……けどさ、姉ちゃんは貴族に目をつけられて……無理やり結婚を――」

 

 妹が言うには、貴族の屋敷に働きに出るはずだった姉は、貴族の愛人として連れて行かれる羽目になったとの事。見せ掛けだけの婚姻儀式を村で行い、合法的に村娘を連れて行こうとする貴族がいた訳だ。もっとも貴族の中にはそんな手間を掛けずに一方的に連れ去る輩も居るのだが、結局のところ中身は同じ見初めた娘の確保である。

 両親も妹も抵抗したかった――出来る事なら。

 しかし村の安全を考えれば浅はかな行動を起こす訳にもいかない。娘一人の為に村全体が貴族に睨まれるなどあってはならないのだ。

 

「あぁでも、村は結局無くなっちゃったけどね~。ははっ、こんな事ならあの貴族野郎、一発ぶん殴っておくべきだったな~」

 

「物騒だねぇ。……ふむ、ふむむ~、妹さんは修行僧(モンク)かぁ。それで狂ったトレントともやり合ったんだね~。うん、中々強そうだ」

 

「――えっ? もんくってなに? 剣士とか魔法使いみたいなヤツ? ふ~ん、でもアタイは何も教わってないぞ。殴るのが得意ってだけだ」

 

 不思議そうな顔を見せるヴァンパイアの前で、パナップも不思議そうな顔を見せるしかない。

 そういえば姉の方も見よう見まねで魔法を使ったと言っていたし、そういうモノなんだろうか。ヴァンパイアとしての基礎能力向上故か、百年にも及ぶ年月の積み重ね故か、それとも生まれながらの才能というヤツか?

 平凡なパナップとしては少しばかり悲しくなってしまう。

 

「はぁ、まあイイか。……で、そろそろ教えてくれないかな~。お姉ちゃんも落ち着いたでしょ? 貴方達――名前は?」

 

 いい加減お姉ちゃんとか妹さんとかは面倒臭いので名前を聞きたかったのだ。と言うか、パナップとしても自己紹介したのだから名乗ってくれると今まで待っていたのだが、まったく意図を汲んでくれなかったのでシビレを切らしたという訳である。

 

「んっと名前か~、姉ちゃんどうする?」

 

「そうね、……あの、私達は名前を捨てたんです。村を襲った集団、えっとズーラーノーンでしたか? その人達の耳に入るかもしれませんから、結構昔に名無しになったんです」

 

「どうせ二人っきりだし、姉ちゃんは姉ちゃんだしな。別に不便はね~よ。ってずーらーなんとかって何だよ姉ちゃん」

 

 姉ちゃん姉ちゃんうるさい妹に一通り説明――リグリットから聞いた知識だが――を行い、パナップは「ふむ、どうしようかなぁ」と一人思い悩む。

 名無しのヴァンパイア姉妹をこれからどう扱うのか?

 リグリットは我関せずでパナップに丸投げ状態だが、パナップとしても異世界に放り出された身として困惑するばかりだ。己の事すら持て余していると言うのに、これ以上面倒事をしょい込むのは宜しくないだろう。

 

(はぁ~、この娘達と一緒に居たら、そのズーラーさんとやらに目を付けられるんじゃないの? 結構前の話だっていうけど、そこんとこ大丈夫なのかな~。でもまぁ、偽名使って顔を隠せば問題なさそうな気もするけど……)

 

 ちょっと森の調査をして、リグリットから知識を貰って、とっとと王都へ向かうはずだったのに。王都に着いたら『蒼の薔薇』に美味しい料理店へ連れて行ってもらう予定だったのに。どうしてこうなったのか……。

 パナップは自らの黒い羽を弄りながら、面倒事の対応と言えばあの人――と真っ先に思い出される骸骨魔王の事を懐かしみ、そして……焦がれていた。

 

(あ~ぁ、一人は嫌だな~)

「あのっ、ちょっと宜しいでしょうか?」

 

 パナップの瞑想と言うか妄想を断ち切るかのように、ヴァンパイアの姉は切り出した。

 

「お願いがあります! 私と妹に名を与えてくれませんか? そしてお傍に――旅の供として連れて行っては貰えませんか?!」

 

 ヴァンパイア姉妹の選択肢は少ない。

 トブの大森林へは帰れないし、このまま人の国を彷徨っていては昔のように討伐されるだけだ。出会った内の一人リグリットは敵意丸出しで、とても話を聞いてもらえそうにない。となると消去法ながら、頼りなさそうな――でも恐ろしい力を持つ――黒い羽が不気味な――だが村娘のようなパナップに頼るしかない訳だ。

 当人が聞けば膝から崩れ落ちて泣いてしまうであろう理由だが、命が掛かっているヴァンパイア姉妹にとっては是非も無い。使えるモノは親でも使えという事だ。

 

「う~ん、一緒にって……リグリットさーん、どう思います?」

 

「――好きにすれば良い。プレイヤーのお主なら充分制御できるじゃろう。って物書き中に話しかけるでない、あとちょっとなんじゃ」

 

「なんか適当だなぁ。んん~、あっそうだ! お姉ちゃんは読み書き出来る?」

 

「あ、はい。読み書き算術などは一通り学びました」

「はいはーい、アタイも読むだけなら出来るぞ~」

 

 姉妹の使い道という点でパナップには一つの閃きがあった。この異世界に於いて、自分に出来ない事をやってもらおうというのだ。

 その中でも一番困っているのが読み書きであろう。

 エ・レエブルでは『蒼の薔薇』に頼りっきりだったが、今後もそのままという訳にはいかない。いずれは自分で何とかしたいが、学ぶにしても協力者は必要不可欠だ。故にその協力者候補が自分から連れていって欲しいと言っているなら断る理由は無いだろう。

 

「よし、んじゃ決まりだね! 私は読み書き全然駄目だから助けてくれると嬉しいな」

 

 打算と利害が一致したような妙な関係の下、パナップとヴァンパイア姉妹は「これから宜しくお願いします」と笑顔で挨拶を交わしていた。ちなみに重要な事なので確認しておくが、姉はパナップに対して危機を救ってくれた恩人だと心底感謝しているし、妹の方も命を救ってくれた救世主だと心から恩を感じている。

 ただ、パナップの外見と言うか性格が頼りないので戸惑っているだけなのだ。せめて外見が漆黒の全身鎧(フルプレート)を纏った偉丈夫であったなら、二本のグレートソードを背負った剛腕の剣士であったなら、ヴァンパイア姉妹も何ら不安を持つ事無く従者になりたいと懇願したことだろう。

 見た目は重要――という事だ。

 

「それと名前はどうしようかなぁ?」

 

 真っ先にパナップの頭に浮かんだのはペロ先輩のヴァンパイアNPCだ。

 次に双子の闇妖精(ダークエルフ)

 そしてアインズ・ウール・ゴウンに所属していた女性プレイヤー三名の名前。勿論そのまま使うつもりは無いが、しばし複数の名前がパナップの脳裏を駆け巡る。

 

「妹さんは修行僧(モンク)だから、やまいこさんの名前をもじろうかな~。お姉ちゃんはシャルティアかマーレ……いや、餡ころさんかな~。うむむ……」

 

 真っ赤な夕日が一日の終りを告げようと西に傾く中、パナップのうなり声と、リグリットの筆を走らせる微かな音だけが流れる。

 

「よし、お姉ちゃんは『アン』、妹さんは『マイ』ね。……どう? 我ながらイイ感じだと思うんだけど」

 

 パナップは思わず――ギルド長に任せたらどうせ大福とかになるんだから、それよりはマシだよね! と言いそうになるがぐっと堪える。ネーミングセンスはあの人よりずっと優れているはずだ。絶対そうだ。

 

「はい、有難う御座います。私は今後、アンと名乗らせて頂きます」

「ほ~い、アタイはマイだね。うん、いいと思うよ。――んでさ、アタイ達は何て呼んだらイイのかな? パナップ様……とか?」

 

 問われてからパナップは少し考え、そして立ち上がって両手を回しながら「へん・しん」と特殊技術(スキル)を発動させた。

 夕日を背に全身を輝かせるパナップの姿はとても美しく、リグリットですら筆を止めてしまう。

 

「ふっふ~ん、私の事はパナって呼んでね。パナップは黒い羽を出している時だけの呼称にしてるから、人の姿の時はパナでお願いだよ」

 

「へ、へぇ~、世の中には色んな種族が居るって聞いていたけど、変身できるバードマンもいるんだなぁ。うん、スゲーや」

 

「ちがーう! バードマンじゃなくて堕天使! 肉体的には弱いけど、魔法抵抗力はバードマンより高いんだからね! ホント凄いんだからね!」

 

 ぷんぷん、と擬音が飛び出してきそうな怒り方のパナは、唖然としている姉妹を前に堕天使の素晴らしさを力説する。

 堕天使は天使系をある程度レベルアップさせてからでないと獲得できない種族であり、特別なアイテムもイベントで入手する必要があるので上級に認定されている種族なのだ。とは言え労力に見合わない種族特性しか持ってない為不人気であり、一番のアピールポイントが人間種に近い外見を得られるという事だけなので、ガチビルドの堕天使は少ないし居たとしても弱い。

 パナもその点は知っているが、重要なのは「堕天使アバターは侮られる」というプレイヤーの認識だ。そう――侮ってほしいのだ、無警戒であってほしいのだ。それこそが偵察特化パナップの重要な特性なのだ。

 

「イイですか? 私は偵察任務を主に受けていたの。だから一目見て警戒されるような存在じゃ駄目なのです! 『おやおやコイツ弱いんじゃね? 簡単にやっつけられるんじゃね?』って思わせる必要があるのですよ! 分かりましたか?」

 

「あ、……はい」

「ほ~、ふ~ん」

 

 生徒役のヴァンパイア姉妹はあんまり納得していないようだ。

 わざと弱く見せていると言われても、パナの言動や行動は見た目通りの頼りない田舎娘そのものなのだから……。後付けの理由なんだろうとこっそり思ってしまう。

 

「嬢ちゃん達や! お喋りはそのくらいにして儂の話を聞いてもらえんか?」

 

 パナが振り返ると、其処には数枚の羊皮紙を丸めて持ち、荷物を背にしたリグリットが居た。

 

「報告書は書き終わったからの、そろそろ出立しようと思う。パナ殿、この書類をエ・レエブルの冒険者ギルド長ロズメットに直接渡してくれ。その後は王都へ行き、蒼の薔薇と合流してもらいたい。良いかの?」

 

「ああ、うん。それは分かったけど報告書にはどんなこと書いたの?」

 

「安心せい、お主の不利になるようなことは書いておらん。むしろ儂に払うべき調査報酬をお主に渡すよう書き留めてある。そっちの姉妹に関してもヴァンパイアではなく保護した旅人と明記しておいた。あとはトブの大森林にて発生した脅威について対策をとるよう警告してある」

 

 ――対策なんて無理じゃろうがな、とリグリットは軽く笑い、手にした羊皮紙をパナへ渡す。

 

「報酬を貰えるのは嬉しいな~、私手持ちが全くないし、この子達にも服を買ってあげたいしね~。いつまでもローブ一枚じゃ変質者みたいだし……」

 

 にやにやしながらヴァンパイア姉妹を見つめるお前の方が変質者だろ! っと何処かのバードマンから突っ込みが入ったかどうかは知らないが、素足に素肌で黒ローブだけの現状は確かに問題であろう。

 パナの視線にもじもじするヴァンパイアの姉、アンの様子からしてもなんらかの対策が必要だ。――変な虫が寄ってくるから。

 

「ではさらばじゃ! 命が有ればまた会おう!」

 

 先を急ぐように、リグリットは下位アンデッド作成で骨の馬(ホース・オブ・ボーン)を創り出すと軽やかに跨った。そして勢い良く走り出し、鮮やかな夕焼けの中を一度も振り返る事無く、北へ北へと疾走するのであった。

 

「あ~そうかぁ、乗ってきた馬は森の入り口に置きっぱなしにしてきちゃったからな~。でも骨の馬っておしり痛くないのかな? 長時間乗るのは向いてなさそう」

 

「……パナさん、あの人はいったい?」

 

 アンからすれば、嵐のように過ぎ去っていった老婆の存在は擬念に堪えないモノだったろう。加えてヴァンパイアの妹、マイにとっては自己紹介もされていない不可思議な相手である。

 

「あの人は冒険者……いや元冒険者のリグリットさん。私もそんなに親しい訳じゃないから知らない事も多いけど、まぁイイ御婆ちゃんだよ。うん」

 

「なんか警戒されていたけど……。パナちゃんがそう言うなら別にイイけどさ」

 

「パナちゃんって……」

 

 十代半ばの女の子にちゃん付けで呼ばれるのは違和感を覚えるが、百年近くを生きるヴァンパイアなのだから、むしろパナの方がさん付けで呼ぶべきなのかもしれない。

 とは言え、今更態度を急変させるのも変なのでそのままとしよう。

 

「そんじゃ~、アン、マイ。私達も行こうか!」

 

「はい、宜しくお願いします」

「ほ~い」

 

 もうそろそろ日が落ちて辺りは真っ暗になるが、パナやヴァンパイアにとって特に障害とはならない。疲労とも無縁なので睡眠などをとる必要もない。

 ただヴァンパイア姉妹には不安があった。

 己の赤い瞳と牙だ。

 知識有る者が見れば一目でヴァンパイアである事が分かるだろう。エ・レエブルには冒険者ギルドがあるのだから必ずと言っていいほど露見するはずだ。

 門には衛兵も居る――だから何か対策が必要なのだが……。

 

「丁度いい仮面があるよ」

 

 パナは二つの仮面を空間から取出し――もちろん何もない空間から品物を取り出したパナの行為に、アンとマイが目を丸くするのは御愛嬌――姉妹へ渡した。

 それは涙が零れている装飾過多な仮面であり、なぜか背筋に寒気を感じてしまう不思議な品だ。呪われている訳でもないのに何故だろう?

 

「あはは、大丈夫だよ。ただの仮面だから」

 

 パナの言葉に嘘は無いのだろうが、ある種の呪いが掛かっているのは確かなような気もする――気の所為に過ぎないと思うが。

 

 パナとヴァンパイアの姉妹は軽く走りながら、道中で色んな話をした。

 パナからは別世界から転移してきた事を含めて、とても信じられないような話を――。

 姉妹からは昔住んでいた竜王国の話を――。

 そして唯一人生き残った己の父親が、何処かで新たな妻を持ち、子供を授かっていて欲しいと語った。

 父親の名はトーマス・カルネ。

 いつの日か父親の子供や孫、子孫達に出会えるかもしれないと有り得るはずもない希望を胸に秘め、不死のアンデッドとなった姉妹は――黒い羽を隠したパナという命の恩人に従い、新たな世界へと踏み出していった。

 





生き残った村人が、村の名を耳にして訪れてくれるだろうか?
その中に妻や娘が居てくれるだろうか?
国を跨いでいるから可能性は低いのかもしれないが……。
ただ――あの黒ローブの集団が私の名を知っていた場合は困ったことになる。
もしかすると、悲劇を再び起こすことになるのかもしれない。
だけど希望は捨てられない。

何時の日か……再び出会える日が来るのではないかと……。

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