堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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お盆なのでオーバーロード!
死者が溢れ出すぜー!

と言う訳で、お盆更新!
死者が黄泉がえる季節なので死の支配者を出さずにはいられない!

……でも今回はモモンガ様の出番無し。
無念。




殺戮-5

 ――雇用契約は結ばない――

 

 会社から下された解雇通知に書かれていた一文であり、再雇用を拒否した決定打だ。

 再雇用を希望した場合、タコ部屋に押し込められて雇用契約が無いまま働かされる。給料が支払われるかも分からず、途中で災害事故に巻き込まれでもしたら、会社と無関係な浮浪者扱いとされて社外へ放り出されたことだろう。

 だから再雇用ではなく、転職へと踏み切ったのだ。

 でも考えずにはいられない。もしあの時、再雇用を決断していたらモモンガさんと離れ離れにならなかったのだろうか――と。

 そんな訳は無いと思う。住居を解約して会社の用意するタコ部屋へ入れと強制されたのだから、ゲームなんて出来る訳がない。無論、モモンガさんとも会えなくなったことだろう。

 それでも考えてしまうのだ。もし――もしもあの時――と。

 

(分かっている、再雇用されていたら悲惨な目に遭っていたことぐらい。女の身でタコ部屋に押し込められたら無事じゃ済まない。他の男に襲われたって会社は何も言わないだろう。そう――この女性のように殴り殺されたって……)

 

 パナは別の選択をしたもう一人の自分を、倒れ伏している女性に重ねていた。

 転職を選択した自分の考えは間違っていない。モモンガさんと離れることになったが、それは仕方がなかった。……仕方が無かったんだ!

 

(別の選択をしていればモモンガさんを裏切らずに済んだ?! 違う!! そんな訳は無い! あの時はどうしようもなかった! 私は間違ってない! 一生懸命やったんだ! 私は悪くない、悪くないんだ!! ――悪いのは……悪いのはっ!)

 

「何黙ってんだ?! ん~、もしかして冒険者ごときが俺らとやり合うってか? 娼婦一人の為に? 俺達が誰の指示で動いているか分かってんだろうな。(カッパー)級の癖に――」

「――うるさい」

 

 飛び回る藪蚊を払いのけるかのように、パナは刃を振るった。

 使用した特殊技術(スキル)は『高速剣』。速さ重視の剣士なら誰でも持っている手数増加の特殊技術(スキル)である。ダメージが分散する為一撃の威力は小さいが、武器に状態異常の効果を付与しておくと攻撃が当たった数だけ相手に状態異常の抵抗を強いるので、とても良い嫌がらせになる。

 下手な鉄砲数打ちゃ当る――と言われる所以だ。

 もちろん相手が完全耐性を持っていれば徒労に終わるが、大抵はマイナーな状態異常を狙っているのでリアルの運勝負となる。

 パナはそんな『高速剣』で近寄ってくるチンピラを解体した。

 指が落ち、手が落ち、首が回転しながら地面へ落下し、べちゃ――と熟れた果実が潰れるような音と共に真っ赤な血溜まりを作る。

 腕がずり落ち、身体が六つに分かれて転がり、足がその場でバラバラに崩れた。

 嫌な匂いが路地裏に満ちる。

 濃厚な血の鉄臭さと吐き気のする内臓の生臭さ。散らばる肉片と細切れの骨は、元が人間であったことを感じさせない。後から来た人は家畜の解体でもやったのかと訝しむことだろう。

 

「うるさいなぁ、お前達の――お前等ゴミ虫の所為でこうなったのに! 貴様達さえ居なかったら私はモモンガさんと一緒だったのに! この世界にだって二人で来る事が出来たかもしれないのにぃ!! ゴミ屑どもの所為でっ!!」

「なっ、なんだよ? ――ひぃ!」

 

 あの時は奴隷だった、社会の――会社の奴隷に過ぎなかった。何の抵抗も出来ずに、大切なモノを手放す事になってしまった。自分自身が弱い為に、己が役立たずであったが故に……。

 だけど今は違う。力が有る。何者にも負けない力、トブの大森林に居る化け物には及ばないかもしれないけれど、目の前のゴミ共になら十分通用する。

 別に殴り殺された人間の女なんかどうでもイイ。同情なんかしない。

 ただ――思い起こされただけだ。自分が奴隷であった事実を、そして別の選択をしていれば同じような目に遭って殺されていたという事を……。

 

 血溜まりは四つに増えた。

 吐き気のする濃厚な死の匂いは路地裏に充満し、彼方此方から恐怖に満ちた視線が集まる。その区画から逃げ出す者も居るようだ。

 パナとしては特に気にもしない。羽音がうるさい藪蚊を四匹ほど叩き潰しただけだ。褒められる事はあっても責められる理由は無いだろう。

 

「パ、パナさん……あの女性はもう駄目みたいです。少し遅かった……ですね」

「……女の人を集団でいたぶるなんて最低だけど、これはちょっと不味いんじゃないかな?」

 

 ヴァンパイア姉妹は突然の凶行へ走ったパナに驚きを隠せないが、女性を助けようとしたのではないかと自分を納得させるしかなかった。それにしては変だ――と思いつつも、今はこの場から離れるべきだろうと行動を起こす。

 

「王都で殺人だもんなぁ~、パナちゃんも思い切り良過ぎだよ」

「パナさん、あの遺体はどうされます? 誰か身内の方でも居れば……」

 

「……放っておけばイイよ。それより――私この国嫌い。なんか気分悪い。もう出ていく」

 

 女性の遺体なんか知った事ではない。

 そんな事より、パナは己の身に生まれた不快な感情に戸惑い、その感情を生み出した王都という場所に拒否感を感じていたのだ。

 

「嫌だ嫌だ、気持ち悪い。こんなところに居たら――リアルを思い出しちゃう!」

 

 慌てるヴァンパイア姉妹を余所に、パナはその場から離れ、元来た方角へと歩き出した。その遠い先に見えるのは王都の巨大な正門、先程潜って来たばかりの入口であり出口だ。

 

「え? 出ていくのですか? あ、あの、合流すると言われていた冒険者の方々は……」

 

「蒼の薔薇……だっけ? 王都で会う予定って聞いていたけど」

 

「そうだったけどね……アン、マイ。ここで別れようか? ヴァンパイアの貴方達にはちょっと暮らし難いかもしれないけど、蒼の薔薇を頼れば何とかしてくれると思うよ。――どうする?」

 

 王都を出ていくのはパナの我儘だ。

 姉妹を巻き込むのはお門違いというモノだろう。幸いこの街にはイビルアイが居るのだから、泣きつけば力を貸してくれるはずだ。……たぶん。

 

「……命の恩人に、何の恩返しもせず別れるなんて有り得ません。付いていかせてください、パナさん」

「うんうん、姉ちゃんの命を救ってくれた其の瞬間から、アタイの命はパナちゃんのモノだぜ!」

 

「元が人間だから律儀なの? まぁ、貴方達がそう言うのなら別に――」

「貴様ら邪魔だ! 道を開けんか! 馬車の紋章が見えんのか? この荷馬車はアルチェル様の荷物を運んでいるのだぞ!」

 

 ふと見れば、大きな人員輸送用の荷馬車が迫って来ていた。御者台に二人、周囲に護衛らしき傭兵風の男達が五人。荷馬車はかなり重いモノでも運んでいるのか、車輪を地面へめり込ませながらガタゴトと騒音を立てて狭い路地を進んで来ている。

 ただ、パナの耳には聞こえていた。窓の無い荷馬車の中から響いてくる、幼い子供のすすり泣く声が……。

 

「聞こえないのか?! ちっ、下民共の分際で貴族の馬車を停めようとは身の程知らずが! このまま轢き殺してくれるわ!」

 

「……王都は本当にゴミが多いな」

 

 パナは野菜のヘタを取り除くかのように――七人の頭を刈りとった。

 切り裂いた断面は滑らかで、首が転がり落ちてもしばらくは血が噴き出る事も無い。そればかりか首が無くなった事実に気付かないのか、身体だけがふらふらと数歩進んでは――糸が切れた操り人形であるかのようにしゃがみ込む有り様だ。

 転がる頭を蹴飛ばし、ついでに馬の首も刎ね、車軸を斬り、荷馬車の側板をも切り裂いた。

 荷馬車は倒れ込む馬に引っ張られ地面に当ってバウンドすると、横のボロ屋へ突っ込む。――と同時に幼い子供の小さな悲鳴がその場に響いた。

 切り裂いた荷馬車の側板から覗き見えるのは半裸の少年少女達。よく見るまでもなく薄汚れており手には枷、そして誰一人として開いた壁穴から逃げ出そうとはしない。既に心が折られているのであろうか? 逃げ出す気力も無いのかもしれない。

 

「パナさん殺し過ぎです! このままでは――えっ? これは……奴隷でしょうか?」

「あれ? アタイ達を奴隷と勘違いした衛兵が禁止されている、って言っていたような気がするけど……」

 

 死体を見て焦り、奴隷を見て戸惑い、機嫌の悪そうなパナを心配する。

 ヴァンパイア姉妹としては、犯罪に関わっていそうな人間の死に同情するつもりはないが、大勢の幼い子供達に関してはどう扱ってイイのか分からない。

 元人間であるが故に助けたい気持ちを持ってしまうが、それより恩人であるパナの様子が気になる。先程からあまりに殺し過ぎだ。エ・レエブルに居た頃は人に危害を加えるようには見えなかったのに、まるで別人のようである。

 

「パナさん、大丈夫ですか? この子供達、どうされるのです?」

 

「どうもしないよ。別に助けようとした訳じゃないし……。それより王都を出るよ。もうこんな街、居たくない」

 

「ほ~い、アタイも子供を奴隷にするのは気に食わないしね。周りの奴等もまるで関係ないって顔してるし――最悪だよ!」

 

 拳を打ち鳴らして怒りを見せるマイに対し、パナは「ああ、やまいこさんだったら怒り狂うどころじゃないかも」と、懐かしさと共に思い起こしていた。同時に己の冷ややかな態度にも、やまいこさんなら怒るだろうな~っと苦笑する。

 確かにパナの態度は冷酷だと思う。

 アンやマイも口には出さないが、少しぐらい救いの手を差し伸べても良いのではないかと思っていただろう。無論、奴隷を運んでいた者達を皆殺しにしているのだから、それ以上を望むのは恩人に対して失礼であるとも考えていたに違いない。

 見て見ぬふりをする周囲の住人達と比べれば、雲泥の差がある正義の行動とも言えるのだから――。

 

「さぁ、行こうか。蒼の薔薇には悪いけど、後で伝言(メッセージ)で謝っとけばイイと思うし――」

 

 直接会って話すと、どうせ色々文句を言われるだろうからね~っと、そんな言葉はそっと呑み込み、パナは王都の正門へ向かって歩き出した。姉妹も足下の血溜まりを避けながらパナの後に続く。

 そんな三人組の後姿を、周囲の住人は哀れみを含んだ視線で見送っていた。

 そう――住人達は知っていたのだ。この地域を走る荷馬車が何を運んでいるのか、その荷馬車の持ち主がどのような貴族なのか。そして積荷にちょっかいを掛けた輩がどんな報復を受けるのか……。

 全てを知っていたからこそ住人達は見て見ぬふりを続けたのだ。生き残る為にはそうするしかない、貧民街の弱者としてはそうするしかなかったのだ。

 ただ、王都へ来たばかりの三人組には同情を禁じ得ない。連れて行かれる子供達を見て思わず手を出してしまったのだろう。相手がどれ程危険な犯罪組織に繋がっているかも知らないで――。

 住人達は、子供を助けたいという気持ちを何時から無くしてしまったのかと、遠い昔を思い起こしていた。もちろん其の気持ちが二度と戻らないであろう事も自覚しながら……。

 

 

 パナとヴァンパイア姉妹は死臭漂う貧民街を抜け、まともな服装をした一般人が行き交う大通りへと歩を進めていた。もう少し南へ進めば巨大な正門の全様が見えてくるはずだ。

 先程通ったばかりなので衛兵達には怪訝な目で見られるかもしれないが、一日で多くの人が潜っている門なのだから――まぁ、大して気にもされないだろう。奇妙な仮面を付けた美少女姉妹という記憶に残りそうな二人を連れてはいるが……。

 

「なんか言われそうだなぁ、あ~ぁ、隠密特殊技術(スキル)使って通っちゃおうか?」

 

 何かトラブルに巻き込まれそうだ、と言うのはパナの勘――ではない。

 周囲を観察していれば偵察特殊技術(スキル)を所持していなくとも感じ取れたはずだ。パナ達三人の周囲から少しずつ人気が無くなり、代わりに武装した衛兵と思わしき気配が多くなっているという事に……。

 まるでパナ達を逃がさない為に取り囲み始めているかのようだ。

 アンとマイも不穏な空気を感じ取って視線を忙しなく動かし、もしもの事態に備えようとしている。ただ、パナだけは花畑を歩むが如く呑気な散歩調子だ。面倒だな~とか、気分悪いな~とか呟きつつ不機嫌な様子を隠しもしないが、門へ向かう歩調はゆっくりのんびり乱れない。

 そんなパナ達一行が王都リ・エスティーゼ正門へ辿り着いた頃、場は一変していた。

 何処を見ても武装した集団、城壁の上にはクロスボウを持った弓兵が、門の傍には槍を持った重装歩兵が、その横には騎馬隊、後方には剣と盾を備えた衛兵が待機していた。

 その総数は百か二百か――。

 一般人の姿が見えないのは、既に退避させているからであろう。これから始まる大捕り物の被害を受けないように。

 

「其処の冒険者! 見ての通り抵抗は無意味だ! 武装を解除し、その場にて膝を付け!」

 

 馬に乗った中年男性が前へ出て、高圧的な口調で命令を下す。もちろん相手はパナだ。

 

「一般女性を暴行の上殺害、止めに入った男性四人を斬り殺して逃走、途中で人道的見地から殺人犯を捕縛しようとした――誇り高き貴族アルチェル様の使用人七名を虐殺せしめると言う大罪! 許されざる非道行為である! 今この場にて首を差し出すがよい! さすれば後ろの二人は終身刑で留めておくが、如何に?!」

 

 多少演技がかった物言いに不快指数が上昇するものの、全ての罪をパナに擦り付けようとする手際の良さには感心さえ覚える。殴り殺された娼婦の事も、荷馬車に積み込まれていた奴隷の事も、全て分かっていて話しているのだろう。

 中年野郎の身に纏う武装からは国に使える衛士にしか見えないが、正義の二文字は背負っていないようだ。

 

「ふ~ん、そう来るかぁ。ふんふん、なるほどねぇ。たっちさんが此処に居たら何て言うかな~? 怒るのかなぁ、悲しむのかなぁ……」

 

 少しだけ寂しそうにパナは呟く。仲間の思想を穢されたように感じたからだ。

 矛盾渦巻く現代社会に於いて、己の理想を掲げ、文字通り戦っていたあの人。モモンガさんの恩人であり、憧れの人。

 パナにとっても決して軽く扱って良い存在ではない。むしろモモンガさんを射止める為には最初に攻略しなくてはならない重要人物であろう。

 

「……アン、マイ。その場から動かないでね。私、少しばかり頭にきたから……ちょっと行ってくるね」

 

 ゾッとする一言にアンは身を震わせる。周囲に居る二百近い衛兵達に武器を向けられるより遥かに魂が委縮し、恐怖で怯え戸惑う。

 アン――そしてマイの眼には時間がゆっくりと進んでいるように見えていた。戦闘態勢に移ろうとする衛兵達の動きが酷く緩慢で、わざと時間を掛けているのかと思えるほどである。

 その中で、パナだけが疾風であった。

 軽く一歩を踏み出したパナの所作に合わせ、馬に跨っていた騎兵数名が、身に纏う全身鎧(フルプレート)ごとバラバラに飛び散る。城壁に居た弓兵達は風の刃にでも切り裂かれたのか、パナから遠く離れた場所で全身の血を噴き出していた。

 大盾を構えていた衛兵は盾ごと解体され、槍を構えていた兵士は短くなった己の腕を眺めながら、どうして痛くないのだろうと死ぬまで考えていた。

 衛兵たちの多くはその時何が起こったのか、理解できなかったと思われる。

 何時斬られたのか分からず、何故死んだのかも自覚できない。

 ただ――それで良かったのかもしれない。

 しばらくして王都リ・エスティーゼの正門に現れたのは血の池だ。二百人近い人間の体内から絞り出された新鮮で生臭い、また温かみの残る血流で満たされた真っ赤な池だ。

 所々に人間の死体とは思えないバラバラの肉片が、内臓と共にトッピングされている。たまに馬の肉片も有るので、後で人体パズルをするときは注意が必要だろう。

 

 ……そこは人間の解体処理場であった。

 死体の損傷からして戦った末の惨状とはとても思えない。一方的に、機械的に、無感情に――殺して殺して殺しまくったが故の地獄なのであろう。

 その場はとても静寂で満ちていた。

 人の声も、悲鳴も、剣を交える音も、肉を裂く音も、命乞いをする耳障りな声も、心臓の音も――何も聞こえない。

 静かで美しい死――其れが満ち溢れていた。

 

「死は綺麗だね。愚かな言葉を吐く事も無いし、無様な行動も起こさない。なんて素晴らしい、完璧だよ」

 

 血の池の中心、肉の塊が積み重なったその場所で、パナは晴れやかな表情を見せていた。と言っても、エ・レエブルでハシャいでいた頃の面影は無い。それはまるで人を人とは思わない人外の目線、堕天使が遊び半分で人間をねじ切るときの瞳だ。

 パナは未だ人に変身しているものの、背中に真っ黒な六枚の羽が見えてきそうで仕方がない。

 

「パナ……さん、いったいどうされたのです? 衛兵の中には、殺されるほどの理由を持たない……善良な方も居たのではないでしょうか? それなのに……」

 

「あははっ、アンちゃん良い子過ぎでしょ? あの子供達を詰め込んだ荷馬車はこの正門を通ったんだよ。ちょっと耳を澄ませば子供の声が聞こえただろうし、積み荷を調べれば一目瞭然! なのに善良? むふふ、アンちゃんってば優しいなぁ」

 

 まぁ、実際善良だろうと何だろうと皆殺しにするけどね――っと堕天使は滅茶苦茶な思考を振りかざす。その笑顔からすると、人を殺す事に何の忌避感も持っていないようだ。

 そう――パナは八つ当たりの延長で殺したに過ぎない。鬱積した過去の負債を解消し、少しスカッとしたかっただけなのだ。

 他に意味は無い。

 

「さぁ~て、そろそろ行こうかな? んで、アンもマイも考えは変わらないの? 私ってどうやら人間に優しく出来ないみたいだよ。大丈夫?」

 

「イイんじゃない? 別に無差別って訳でもないんでしょ? アタイも娼婦だ奴隷だってのは気にくわないしね。つっても姉ちゃんさえ無事なら他の奴なんか知ったこっちゃねーけど」

 

「私としては……罪の無い人を手に掛けて欲しくは無いのですが……」

 

 血の池を前にして、ヴァンパイアの姉は人間のように振る舞う。本来ならば濃厚な人間の血肉が満ちる眼前の池を見て、奇声を上げながら飛び込んでもおかしくはないであろうに……。やはり元が人間であるからか? 妹の思考がヴァンパイア側に傾いている事からすると、性格的なものも影響するのかもしれない。

 

「あ~、もぅ、分かったよ。悪い人しか殺しません、私に襲い掛かってきた人しか相手にしません。……これでイイ?」

 

「ごめんなさい……、それと……有難うございます」

 

 二百人近くの血流で満たされた正門付近で、小柄な女性と仮面を付けた少女二人が歓談している姿は――酷く場違いであった。足下には血まみれの人だった物体が転がっていると言うのに……。

 

 周囲の住人は何が起こったのか理解できていなかった。

 何の先触れも無しに衛兵達が集結し、一般人を追い出し始めたと思ったら、いきなり血の池が出現したのだ。目を離していたのは、建物の二階から覗こうと階段を上ったほんの僅かな時間。

 無意識に手が震える。

 喉の奥から何かが込み上げてきて、今にも戻しそうだ。

 あまりに強烈な血の匂い。

 生臭い臓物の匂い。

 今日からしばらくは肉料理を口に出来そうにない。

 正門付近は一面真っ赤な血で覆われ、一部はどす黒く変色し始めている。そんな場所に――女性らしき細身の三人組は居た。

 よくもまぁ、そんな場所で会話が出来るものだと思う。口を開くだけで吐き気のする鉄臭い空気を吸い込むことになるだろう。マスクか何かで覆っていても我慢できるとは思えない。家畜の解体を生業にしている者でも胃の内容物をぶちまける事だろう。

 住人達から注目されていた三人組は、血の池に浮かぶ人の肉塊を踏み台にして正門外まで跳ね飛ぶと、そのまま王都の外へと走り去っていった。

 一体何者であったのか? 正門で起こった惨劇と何か関係があるのだろうか? まさかあの小柄な者達が武装した衛兵隊をバラバラにした訳でもないだろう。そんな事は王国戦士長でも――多くの時間と国の宝物を用いなければ――不可能だ。

 

『なっ、なんだこれは……。何なんだこの有様はーーーーー!!』

『ひでぇ、酷過ぎる! これは……人じゃない、人間の行いじゃない!』

『うぐぅ……かはっ、ちくしょう……嘘だろ……』

 

 ふと住人が視線を向けると、数名の兵士が叫んでいた。

 正門での異常事態を察して駆けつけた巡回兵だろう。ただ、蹲って朝飯をぶちまけている様子からすると何の役にも立つまい。

 どうやら王国の首脳陣が事態を把握するのは、もう少し後の事になりそうだ。呆れた危機管理能力だと言いたくもなるが、それが王国の平常なのだろう。

 

 人外三人娘にとっては、もはやどうでもイイ事だが……。

 




もしもあの時違う選択をしていれば、
モモンガさんと二人で異世界生活……。

誰の邪魔も入らず二人っきりのパラダイス?
面倒事はデミえもんへ押し付けて、
ナザリックでのんびり自堕落出来たかも?

いやいや待て待てちょっと待て!
ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」に限ってそんな事がある訳ない!

問題児だらけのナザリックなら、絶対酷い事が起きるはず!
統括殿の名の下にーー!!

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