堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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難攻不落の要塞といえども波状攻撃し、橋頭堡を築いていけば何時の日か陥落する!
……はて? 誰の言葉だったかな?



スパイ-2

「メンバーは三十八人。ギルドランキングは十二位か……。ほんと、違法改造でもやってないと無理な順位だと思うよ」

 

 ため息でもつきたくなる数字だが、今はむしろ有難い。この数字――順位に嫉妬するギルドも多いはずだ。

 今この瞬間も爪を研ぎ、牙をむき、アインズ・ウール・ゴウンを滅ぼそうと狙っている者達が居るはずだ。

 

「やってやる、やってやるぞ。私の手で……潰してやる」

 

 何も気構える必要はない。いつも通り、手にした情報を敵対ギルドに渡すだけだ。それだけで全てが終わる。

 ……これはただの遊びなのだ。昔の恨みとかそんなものではない。自分の力がどこまで通用するのかを確認したいだけなのだ。

 言うなればパナップの我儘でしかない。だけどなぜか興奮する。レイドボス討伐より、世界級(ワールド)エネミー戦で全滅した時より――なぜだか顔がニヤけて仕方がない。

 

「まずはアイツだ。一番口が軽そうで、大した警戒心も持っていないアイツ……」

 

 異形種は街への入場に際し、一定の規制を受けるから探すのは簡単だ。

 異形種が普通に入場出来、消費アイテムが豊富に販売されていて、多くのカンストプレイヤーがバザーを開いているヘルヘイムでの街と言ったら両手の指で数えられるだろう。

 沼地からの移動を終え、パナップが狙いを定めたその者は――そんな異形種御用達の街で買い物でもしていたようだ。

 よく見ると、隣の骸骨が逃げようとしているのを片手で捕まえつつ「自作したNPCのエロさ」について人目もはばからず持論を展開している。

 いや持論展開というのはおかしい、ただ熱心にエロトークしているだけなのだから。

 

「あの~、あまり際どい発言を街中でしていると運営さんに怒られちゃいますよ」

 

「そ、そうですよ、ペロロンさん。すいません、仲間が失礼なことを」

 

「失礼って、ん? どちらさん?」

 

「あっ、ごめんなさい。私、パナって言います」

 

 パナップは骸骨と鳥人間相手に、偽のアバターネームを見せた。

 盗賊が持つスキル――名前を含むステータスの偽装(伝言(メッセージ)の選択名も含む)を可能とする『詐称』。

 これは所得条件が面倒臭いにも拘らず能力上昇も特別な効果も無く、ただ嘘をつくだけの技能である為「産廃」「死にスキル」と呼ばれ、ロールプレイ以外では誰も使っていないある意味貴重なスキルである。

 ちなみに今までの「遊び」では、全てにおいて異なる偽名を用いていた。

 

「へ~、パナさんかぁ。俺はペロロンチーノ、こっちはモモちゃん。よろしくな」

 

「違います、モモンガです。パナさん、この鳥野郎の言うことはあまり真に受けないでくださいね」

 

「は、はぁ」

 

 約一年ぶりに言葉を交わしたが、骸骨は相変わらず丁寧な口調であり、鳥人間の方は軽いというかおバカっぽいというか……。

 まぁ、ギルド内部への足掛かりとしては合格だ。

 

「あ、あの、もしかしてお二人はあの有名なギルドの方々ですか? わ~、びっくりしました。攻略サイトに載っているような人に出会うのは初めてです」

 

「うへへ、有名ってなんか照れるね~。いつも襲い掛かられてばっかりだから、なんか新鮮だなぁ」

 

「仕方ありませんよ、ギルドの性質からして襲って下さいと言わんばかりの悪役ポジションなんですから」

 

 鳥人間の反応は上々だ。

 憧れと尊敬の視線を前にして、人は攻撃的な対応をとることが出来ない。異形種であろうとアバターの奥に居るのは普通の人間なのだ。

 調子に乗るか、冷静に対処するかの二通りである。

 

「あ、あの! 宜しければ、このゲームについて教えてもらえませんか? 私レベルを九十までは上げたんですけど、なんだか滞っちゃって……」

 

「ほっほ~、パナさんはユグドラシルを始めてまだ日が浅いって訳か。うん、確かにレベル九十まではすぐに上がるけど、そこから結構大変だよな~」

 

「ソロプレイヤーだと難しいですよね。……ん~っとそれではペロロンさん、少し狩りでも付き合ってあげたらどうですか? 私はギルドに用事があるからお付き合いできませんけど」

 

 この骸骨めっちゃナイスプレー。

 全身の骨をでっかいブラシで磨いてあげたくなるくらい、ぐっじょぶである。

 

「そ~かぁ、そうだな~、パナさんはどう? 俺の方は時間あるけど――」

 

「有難うございます! すっごい嬉しいです! 宜しくお願いします、先輩!」

 

 鳥人間の会話を遮るぐらいの喰い気味に突っ込んでしまった。

 少しだけしまったと思いつつも、キーワードの『先輩』を用いて立て直す。

 何故だか知らないが呼ばれると上機嫌になる魔法の言霊である。ユグドラシルでは未実装のはずだが誰でも使用でき、完全耐性を有しているプレイヤーは誰もいないという……。

 当の鳥人間も抵抗は出来ない。

 

「いや先輩って、まぁ、仕方ねーな。このペロロンチーノがサポートしてやんよ!」

 

「はい、先輩!」

 

 若干、骸骨野郎が引いているように見えるけど、今回の目的は鳥人間に取り入る事である。

 パナップとしては最初の一歩で躓く訳にはいかないので――結構必死だ。今までの経験で焦りは禁物と分かっていても、大物相手には表示される笑顔アイコンも引きつり気味である。

 

「それでは、私は此処で失礼します。ペロロンさん、パナさん、頑張ってください」

 

「ほいっと、モモンガさん。またギルドでね」

 

「あ、はい、モモンガさん有難う御座いました」

 

 何らかの転移魔法――上位転移(グレーター・テレポーテーション)?――でも使用したのであろうか、骸骨の姿は忽然と消えた。

 残るは鳥人間と堕天使のパナップ。

 ここからが正念場だ。

 

「んじゃまぁ、九十レベルから効率良く経験値を稼ぐことが出来る狩場をいくつか案内するよ」

 

「はい、宜しくお願いします」

 

 ぴょこんと笑顔アイコンを表示させたパナップは、勝利への第一歩を踏み出したのだと感じていた。

 パナップのアバターは無性の堕天使、アカウントは男性で登録している。だがこの鳥人間なら中身が女性であることを見抜くだろう。そして下心を持って色々便宜を図ってくれるに違いない。

 パナップの男性演技を自分が見破ったのだと、優越感を持って対応してくるだろう。それが計算通りであることも知らずに……。

 

 この後二人は――ペロロンチーノを狙ったPK集団に追い掛け回されたりするのだが、それはまた別の話である。

 

 

 ◆

 

 

「すっごい綺麗ですね~。これは地底湖ってやつですか? ペロ先輩」

 

「そうそう、ナザリック地下大墳墓第四階層の巨大地底湖……つっても他には何もないでっかいだけの空間なんだけどな~」

 

 パナ――ことパナップは、ペロロンチーノの案内でアインズ・ウール・ゴウンの拠点第四階層へ足を踏み入れていた。

 目の前には、薄闇の中に差し込まれる「神降臨」とでも言うべき幻想的な光の芸術が広がっている。

 その光は高い透明度を誇る湖面にまで降り注ぎ、地底湖の底にある巨岩壁まで照らし出す。

 目を向けると淡水魚と思しき大型の生物が多数――その姿を見せつけるように泳いでおり、パナップの視線を誘っていた。

 

(来たーー! 誰も入った事のない第四階層! 今までは三階層までが侵入最高地点だったから、この場所の情報はめっちゃ貴重……のはずだけど)

 

 パナップの興奮とは正反対に、第四階層の光景はただの美しい地底湖でしかない。

 此処に来るまでに見かけた――狂ったような迷路や一撃必殺のデストラップ、ガチビルドで設定したヴァンパイアNPCに二度と見たくない黒い軍団……。

 そのような注意すべき存在は一つも無かった。

 多少の地上部分を除けば、ほぼ全てが地底湖であり広いだけの上空部分だ。

 いったい何の為の階層なのだろうか?

 

「ん? ああ、ここはセーフティーゾーンさ。ただの休憩場所で危険はな~んも無し。仲間とは釣りをして遊ぶ事もあるけどな」

 

「拠点にセーフティーゾーンですか? わざわざ侵入者の得になるような階層を造るなんて……」

 

「パナちゃんは知らないだろうけど、拠点造りにはシステム・アリアドネってもんが関係しててさ。色々大変なのよ」

 

 鳥人間が――羽でも生えているのかと思うほどの軽過ぎる口を全力で羽ばたかせてくれた結果によると、第一階層から第三階層までに複雑な設定を組み過ぎたことで、第四階層を扉の全く無いフラットな階層にする必要があったらしい。

 そうしなければ拠点を監視するシステムから、甚大なペナルティを受けてしまうとの事だ。

 この情報は中々有益かもしれない。

 

(もしかするとナザリックは、上層部分に侵入者撃退機能を集中させているのではないだろうか。今までの侵入者が第三階層までで全滅もしくは撤退していた事を考慮すると、第四階層から先は意外と手薄なのでは……)

 

 三階層までで見掛けたデストラップの多さは、パナップの予想を裏付けてくれるのではないだろうか。

 あれはかなりの金貨を要するはずだ。

 今まで見てきたギルドのトラップ量からしても段違いだし、この先も同じようなトラップを配置するならば相当な課金が必要となるだろう。

 

「こんなに凄い拠点だと課金の額も相当なものになるんじゃないですか? 私だと絶対無理ですね~」

 

「大丈夫だって、ヤバイ物を詰め込んでいるのは三階層までで此処から先は平和なものさ。地底湖に闘技場にメンバーの住居スペース。最後の第七階層は玉座の間しかないからなぁ。課金なんて自分の武装か女性フレンドへの贈り物に使うべきであって、拠点なんかに注ぎ込むもんじゃないでしょ」

 

「へ、へぇ~、そうなんですか~」

 

 このエロ鳥人間が! と言いたくなる気分を制しつつパナップは歓喜に震えていた。

 信じられないほどの重要情報である。鳥人間がペラペラと口から漏らしているのは、パナップが待ち望んでいた情報そのものだ。

 

「ペロ先輩、拠点に住居スペースなんてあるんですか?」

 

「住居って言っても、宝物殿に入れるまでも無い私物を突っ込んでおく倉庫みたいなもんだな。第五階層はそれと会議室があるだけだから見ても面白くねーぞ」

 

 見事なほどの鳥頭野郎である。

 アインズ・ウール・ゴウンの連中もこんな奴に情報を漏らされていると知ったら、どんな顔を見せてくれるのだろうか。あの骸骨だったら、ふかふかベッドの上で頭を抱えながら転がり回るに違いない。

 

「となるとペロ先輩が言う、面白い場所って何処なんですか?」

 

「そりゃもちろん第六階層でしょ――」

 

 言うが早いか、鳥人間はパナップの手を取り即座に転移した。

 以前は放置状態の取材記者として……、今回は客人設定のスパイとして足を踏み入れることになる階層。

 パナップは自らが描く情報入手の正念場になるであろう――ナザリック地下大墳墓第六階層円形闘技場にて、一際大きく息を吸い……そして吐き出していた。

 

「いらっしゃい、パナさん。アインズ・ウール・ゴウンを代表して貴方を歓迎します」

 

「有難う御座います、モモンガさん」

 

 一年前と変わらずそこは勇壮であった。

 そびえ立つ堅固な柱と壁面、観客席に並ぶゴーレム群、地下であるにも拘らず昼間のごとき明るさを見せる巨大な太陽、そして……闘技場内でトレーニングに励む人ならざる化け物達。

 

「おや、その人が見学の方ですか? ……初めましてたっち・みーと言います。今後とも宜しくお願いします」

「お~来た来た、弟に変な事されなかった? 私はぶくぶく茶釜、宜しく!」

「一人で来るとは大したものですね。俺はウルベルト、まぁよろしく」

「ウルベルトさんは見学をなんか物騒なものと勘違いしてませんか~? っとヘロヘロといいます。よろ~です」

「元々此処は侵入者を倒す場所だからな~。俺は弐式炎雷、歓迎するよ~」

「こんにちは、ボクはやまいこだよ。何か疑問に思う事があれば何でも聞いてね」

 

 白銀の鎧やらピンクスライムやら、忍者にしか見えない奴や山羊頭の悪魔やら、醜悪な巨人やら漆黒のスライムやら……。

 加えて骸骨に鳥人間――見事なまでの人外魔境風景に、自分が羽の生えた堕天使になっていることも忘れて呆然と佇んでしまう。

 

(いけない! 迫力に呑まれたら終わりだよ! ここが勝負の分かれ目、ラストステージなんだから!)

 

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが集まっているこの場所で、何の疑念も持たれず友好関係を築く事が出来たならば――もはや勝ったも同然だ。

 各階層を弄った時の苦労話、NPCの自慢、レア素材を駆使して創り上げた数々のアイテム解説等々。ちょっと突けばいくらでも言葉にしてくれるだろう。今まで潰れていった標的達のように……。

 

「(さあ、覚悟しろ!)私、パナって言います。皆さん、どうぞ宜しくお願いします!」

 

 

 ◆

 

 

 笑いが止まらないとはこの事だろう。全てが上手く行き過ぎて怖いくらいだ。

 ナザリック地下大墳墓へは鳥人間を窓口に計五回侵入――と言うか見学する事が出来、多くの情報を盗み出せた。

 しかしながら五階層と七階層には最後まで入れてもらえなかったのだが、話の内容から察するに特段警戒することも無いだろう。

 第五階層はロールプレイ用の居住スペースと会議室、そして防衛用NPCが一体居るだけであり、第七階層は玉座の間と呼ばれる部屋のみと言っていた。

 NPCに関しては全部の情報を入手できなかったが、第一から第三階層をうろついているヴァンパイア以外は左程気にする必要も無いと思われる。

 

(まぁ、そのヴァンパイアも酷い設定だったけど……)

 

 鳥人間はやはりダメ野郎だった。

 設定を見てしまってから後悔したが、骸骨の制止を聞けばよかった……あれはセクハラだよ、まったく。

 一応男性として活動しているから恥ずかしがる訳にもいかないし、とにかく鳥野郎は一度殴ろう。もしくはぶくぶく茶釜さんに泣きつこう。きっと鳥野郎をぼっこぼこにしてくれるはずだ。

 

「あとは……ダークエルフの双子かぁ」

 

 ぶくぶく茶釜さんで思い出したけど――第六階層の巨大樹ハウスに連れて行ってもらった時、餡ころもっちもちさんとやまいこさんに逃げ道を遮られ、NPCの着せ替え大会に巻き込まれてしまった。

 流石は鳥野郎のお姉さん。

 限界まで趣味に走った双子の設定には、踏み込んではいけない何かを感じる。

 でも……ぶくぶく茶釜さんはあんな弟が欲しかったのだろうか?

 それとも小さい時のペロ先輩はあんな感じだったとか、――やめておこう。

 

「ん~、お姉ちゃんは使役魔獣ゼロの猛獣使い、弟は支援タイプのドルイドかぁ。どっちも巨大樹ハウスに設置してあるから侵入者と出会う確率はほぼ無いし、レベルは百だけど警戒する必要はなさそうだね~」

 

 手にした情報を纏めつつ、アインズ・ウール・ゴウンの拠点に設置された防衛用NPCに思いを馳せる。

 想像していたより手薄だ。と言うより趣味に走り過ぎている。

 第二階層の黒い奴といい、話に聞いた道化師といい――果ては五十レベル程度のメイドを作成する為に多くのポイントを割く有り様。

 どれも防衛力としては役に立たない。

 どうしてこのような仕様にしたのか、今までどうやって侵入を阻止してきたのか、疑念は募るばかりだ。

 

「攻略サイト見る限り、防衛のほぼ全てにおいて浅い階層でのギルドメンバーによる迎撃があったらしいけど……。それは必要に駆られたから? 深い階層では迎撃のしようがないからなの?」

 

 一人で呟いてみて納得する。ナザリック地下大墳墓は想像以上の見かけ倒しだ。

 恐らく第一階層から第三階層までのデストラップと迷路が最大の防衛力なのだろう。ペロ先輩――ペロロンチーノの零した内容とも一致する。

 後はまぁ、ギルドメンバー頼みという訳だ。

 たっち・みーやウルベルトなどの有名プレイヤーが居るからこその対応と言えるだろう。そして第四階層以降の内実がバレなければ、難攻不落の要塞に見えなくもない。

 

「だけど知られてしまったら張りぼてだ。んふふ」

 

 準備は整った。

 一番厄介な三階層までのトラップと迷路はマッピング済み。ギルド拠点の休眠閉鎖時間帯や各メンバーのログイン状況も大体掴めた。

 そして何より、大半のギルドメンバーが様々な都合でログイン出来ないという――待ちに待った絶好の機会が訪れたのだ。

 ギルド長のモモンガは不用心過ぎる。

 盗賊のスキル『盗聴』は、室内の音声を外部から聞き取るだけの「死にスキル」ではない。闘技場でのんびり遊んでいる最中でも、ペロ先輩の自慢話を聞いている途中でも、ギルド長が行っているスケジュール調整のやり取りを離れた場所から聞き取れるのだ。

 

 次の日曜日、午前零時。

 その日がアインズ・ウール・ゴウンの記念すべき終焉――崩壊を迎える一日となるであろう。

 




はたしてナザリックは陥落するのか?
貴重な内部情報がもたらす、悲惨な光景とは?

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