堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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危険な香りが漂う地下大墳墓。
その奥底では美しい王妃様が悩んでおりました。

愛する夫の為に何ができるのか?
愛する夫の為に何を行えばよいのか?
愛する夫の為に誰を殺せばよいのか?

王妃様は考えます。
そして一人の演者へ助言を貰いに行きました。

全ては愛する夫の為――、ただ其れだけの為に……。



~密談~
王妃と演者と禁句の御方


 ナザリック地下大墳墓の主は現在、冒険へ出掛けており留守である。

 そんな主人に代わって大墳墓を纏め上げているのは、自称正妃である守護者統括のアルベドであった。

 高き知能を備えたアルベドは多くの情報を精査・管理・伝達し、逐次変化していく状況へ的確な対応を行い、夫の為に家を護る妻のごとき献身さで日々を過ごしていたのだ。

 

 今日もアルベドはアインズ様の執務室へと足を運び、凄まじい速度で雑務を処理する。――早く終わらせてアインズ様の寝室へ潜り込みたい、と懸想しながら……。

 

「アルベド様、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が御目通りを願い出ておりますが、如何致しましょうか?」

 

「あら? アインズ様から連絡があった手配書ならもう受け取っているけど……、別の案件かしら? まぁイイわ、通してちょうだい」

 

「はい、かしこまりました」

 

 執務室に控えていた一般メイドの声掛けにより――妄想の世界から帰ってきたアルベドは、ふと疑問を感じていた。この執務室にも配備している八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を送り出した先は、エ・ランテルとセバス達が居る王都だけだが、両方とも報告書は受け取っている。緊急(ごと)なら特殊技術(スキル)巻物(スクロール)を騙して伝言(メッセージ)を使用するはずだし、わざわざこの場へ来る必要は無い。

 再度言うまでもないが、賞金首の手配書は手元に所持している。

 となると、判断しかねる厄介事が発生したという事であろうか?

 

「アルベド様、エ・ランテルにて監視の任に就いていた八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)で御座います」

 

「ええ、御苦労様。――それで何かあったのかしら?」

 

 鋭い刃のような八本の足を畳んで平伏する蟲のモンスターは、優しげに微笑むアルベドを前にして――何故か自決しそうなほどの悲壮感を漂わせていた。

 

「申し訳ありません! 自分ではどれ程の失態を招いたのかも判らないのです。無能な我が身の為にアルベド様の手を煩わせるのは断腸の思いではありますが、起きた状況を分析して頂き、其の上で私に自決を御命じ下さい!」

 

「――分かったわ。それでは、何があったか言いなさい」

 

 死を覚悟した(しもべ)を前にして、守護者統括は冷たく言い放った。

 アルベドにとって、アインズ様に不利益をもたらす(しもべ)などゴミでしかない。どんな失態を犯したのかは知らないが、自決を命じるのになんら躊躇はしないだろう。

 当の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)ですら、アインズ様に失望される方が己の命より何倍も重要なのだから、自決に何の迷いもない。

 ただ、其処に至る経緯については明確にしておきたいと思う。

 

「私はエ・ランテルでンフィーレア・バレアレの監視と警護の任に就いておりました。監視対象の少年は当日、引っ越し前の挨拶回りで多くの住人と接触していたのですが……。その中の一人に友人と思われる何者かが居たのです。その者は友好的で何ら警戒する必要はないと判断していたのですが、後になって報告書を作成しようとすると――何故か思い出せないのです」

 

「――何ですって?」

 

「申し訳ありません! 現時点に於いても人相・体格・性別すら分からないのです! そんな人物が居たのかと自分を疑いたくなるぐらい記憶に存在しないのです!」

 

 (しもべ)の言葉はアルベドにとって意外なモノであった。

 監視対象と接触した人物の情報を忘れた――とはお粗末にも程がある失態だろう。当然ながらナザリックの(しもべ)としては不適格であり、アインズ様の顔に泥を塗る行為だ。即座に首を刎ねられてしかるべき事案……とシャルティアなら激怒するかもしれないが、ナザリック最高の頭脳を誇るアルベドの考えは違う。

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)はナザリックでも最高位の隠密モンスターだ。

 アインズ様の警護任務を与えられるほどの栄誉を享ける優秀な存在だ。

 そんな(しもべ)が、ついうっかり忘れたなんて事は有り得ない。

 またアインズ様の勅命を授かるナザリックの(しもべ)であるのなら、恐怖公が召喚したゴキブリであっても――手を抜いて失態を招くなんて事も有り得ないので、その可能性も否定される。

 故にアルベドは理解する。

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)は忘れたのではない、認識を外されたのだ――と。

 

「くふふ、くふふふっ、面白い。貴方の能力を凌駕し認識させないなんて、とっても興味が湧く存在だわ。やはりこの世界には……居るみたいね」

 

 失態の報告であるのに、アルベドは笑みを浮かべていた。

 その場に居た一般メイドも八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)も、発せられた言葉の真意を掴めなくて戸惑うばかりである。

 

「ア、アルベド様?」

 

「ああ、気にしないで。……それより貴方の失態は不問とします。今後の対応は私が行うので余計な情報を拡散させないように。アインズ様への報告も、私が充分な確証を得て、御伝えするに足る内容となってからにするわ――良いわね」

 

 不問にすると言われても納得し難い八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)であったが、守護者統括の有無を言わさぬ視線に平伏するしかない。

 一般メイドもあまりの迫力に、この場で話されたことは他言しないでおこう――と心に誓うしかなかった。

 

「でも、そうね。アインズ様の邪魔になる可能性もあるのだから警護体制は強化しないといけないわね。……なら、今後の行動は八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)影の悪魔(シャドウデーモン)二体一組(ツーマンセル)とします。互いに対象の認識を確認し合い、認識にズレが有るような者を発見した場合は私へ緊急連絡を行う事。分かったかしら?」

 

「はっ! 御命令賜りました!」

 

 では行きなさい――と片手を振るアルベドに従い、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)は執務室を後にした。

 

「私はこれから宝物殿へと向かいます。インクリメント、貴方は此処で待機していなさい」

 

「はい、アルベド様。いってらっしゃいませ」

 

 一般メイドのインクリメントには、宝物殿へ向かうと言う守護者統括の意図は分からない。しかし、分かる必要が無いのだとは理解している。アインズ様には及ばないものの優れた智謀を備えるアルベド様――其の御方の考えが、一般メイド如きに分かるはずもないのだ。

 だからこそインクリメントは思う。

『そうあれ』と創造された此の身に相応しい行動を心がけようと――。

 アインズ様に失望されないように己のやるべきことをしっかり成そうと――。

 

 インクリメントは主人の居なくなった執務室で、統括殿の帰りと訪問者の訪れを静かに待つのであった。

 

 

 

 アルベドが訪れた宝物殿は――何時になく騒がしく、ゴチャゴチャしていた。

 

「おおー! これはこれは統括殿! 御見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません。ナザリックの宝物殿としては許されざる乱雑さ! 領域守護者として恥ずべき所業でございます!」

 

 大量の小麦の中から「ズボッ」と卵のような頭を出したのは、宝物殿を管理する領域守護者パンドラズ・アクターである。何がどうなってそんな場所から出て来るのかと疑問に思ってしまうが、其れより台詞の一つ一つに伴う所作が演技染みていて鬱陶しい。

 何故(なにゆえ)にこんな奴がアインズ様直属の(しもべ)なのか――と、不敬な気持ちを抱いてしまいそうだ。

 

「お邪魔するわね、パンドラ。……えっとその前に、何の意味も無いような雑品ばかり集まっている所からすると、此れがアインズ様の?」

 

「左様です。我が造物主、至高の御方々の頂点、あぁ~アインズ様! の御命令により、この世界に有る全てのモノをエクスチェンジ・ボックスへ放り込もうとしているのです。土、石、木材、死体、植物、農産物等々、今後は――そう! 今後はアインズ様が購入して下さる鉱物も検証する事になっております。お~っと勿論、この世界! アインズ様の支配する此の世界の武具なども対象で御座いますっ」

 

 どうしてそんなに興奮しているのか? いや――興奮しているように見せ掛けているのか分からないが、と言うか分かりたくないが、アルベドは少しだけイラッとしていた。

 

「まだ世界を支配した訳ではないわよ、確定事項ではあるけどね。……それより相談が有るのだけど、イイかしら?」

 

「おおっ、おおお! ナザリック随一の智謀を誇り、比類なき美しさを備える守護者統括殿の相談に乗れるとはっ! アインズ様が超絶レアアイテムを宝物殿へ持ち込んでくださった時のように胸がときめきます! ――っは?! 失礼しました統括殿、嬉しさのあまり我を忘れるところでした!」

 

 台詞が終わるまで三回転ぐらいしたような気がするものの、気にしたら負けだろう。流石にアインズ様が創造した(しもべ)だけのことは有る、一筋縄ではいかない。

 アルベドとしては一見無駄にしか思えない所作にも意味があるのだと、改めて警戒を強めていた。

 

「先程報告があったエ・ランテルの件で――――」

 

 アルベドは八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が体験したであろう事案を語り、己の推察も提示した。

 エ・ランテルの街中に、警戒すべき高レベルのプレイヤーが居るのではないかと――。

 

「恐るべき、恐るべき事態です! 我が主、絶対の支配者――アインズ様が活動している街中でプレイヤーとはっ! ですが、対応としては統括殿の案で問題無いかと。下手に監視モンスターを増やせば気取られる事でしょうし、生半可なモンスターでは利用されるのがオチです」

 

「そうね。でも、このままだとアインズ様が心配だわ。私としてもアインズ様の情報収集を邪魔したくはないし……、どうしたものかしら?」

 

 完全に嘘だ。

 アルベドはアインズが外へ出るのを――自分が御供をする場合は別だが――良しとしていない。出来ればナザリックへ戻ってほしいと思っている。

 だが、アインズが外での情報収集に積極的なのは事実であるし、其れを否定するのは伴侶として宜しくない行為だ。

 となればどうする?

 

八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)の監視網を掻い潜るのであれば、統括殿の姉君、ニグレド殿でも看破するのは困難かと。私がぬーぼー様に変身したとしても、能力を八割しか使用出来ない現状では厳しいですな。霊廟にあるぬーぼー様の神器級(ゴッズ)装備を貸し与えて頂けるのであれば、可能かもしれませんが……」

 

 相変わらずクルクルしているが、パンドラの口調は真剣そのもの。霊廟の装備にまで言及しているのだから冗談ではないだろう――間違いなく。

 

「いえ待って、アインズ様へ伺うだけの価値はあるわ。今はエクスチェンジ・ボックスの実験で音改(ねあらた)様の姿をとるよう指示を受けているのだから、より効果を高めるために装備の件について伺うのも自然な流れでしょう。同じように、監視業務についてもぬーぼー様の装備を貸して頂けるようお願いしてみるのはどうかしら?」

 

「アインズ様は……至高の御方々の装備に強い想いを抱いている御様子ですから難しいかもしれませんが、この宝物殿から持ち出さないとするなら、もしかすると御許可頂けるかもしれませんね」

 

 真剣な語り口に――『お前は誰だ?』と、アインズなら突っ込むだろうが、アルベドはただ静かに頷く。

 その瞳に深い殺気を携えたままで――。

 

「それでパンドラ……、相手はどんなプレイヤーかしらね」

 

 アルベドは暗いオーラを放ちながらも何故か嬉しそうだ。想い人と出会えるかもしれない、とでも考えているのだろうか? まぁ、アインズの妻(自称)がそんなことを思う訳もないが。

 

「はい、シャルティア様を洗脳した一味である事はっ、疑いようも有りませんな! 洗脳対象を監視する為森へ赴いたものの、アウラ様に探知されそうになってエ・ランテルへと避難したのでしょう。街ではホニョペニョコの情報を集めていたのかもしれません。――と前置きはこのぐらいにして。……統括殿、例の手配書の件は窺っておりますが……やはりアインズ様は、そのようにお考えなのでしょうか?」

 

 問い掛けに対する答えとしては何だか妙な一文が添えられているが、アルベドは当然とばかりに頷く。

 

「もちろんよ。アインズ様は全てを知り得た上で、私へ手配書を送って下さったのだから……。当然、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)の件も御存知でしょう。つまり――私達はアインズ様の掌の上で踊りながら成すべき事を成せば良いのよ。だけど建前としては、アインズ様は何も知らない、私達の独断専行。くふふふ……、なんて不敬な行いなのかしら?」

 

「怖いのですか? 後で処刑を賜るかもしれないのですよ?」

 

「くふふふふ、アインズ様の――いえ、モモンガ様の怨敵を排除する為なら、我が身の事など知った事ですか! それとも貴方は、我が身可愛さにモモンガ様を危険に晒せると言うの?」

 

 狂気に満ちた瞳は語る。主の為なら主の意に沿わぬことでも行い、結果として罰せられても構わない――と。

 たとえ其の全てが御方によって誘導された道筋であったとしても。

 

「はっ、私に問うのですか? この私に?! モモンガ様に創造された私がっ、造物主たるモモンガ様! 御父上の為に死ねないと思っているのですか?! 侮辱! なんたる侮辱! 統括殿であっても許されませんよっ!!」

 

「ふふ、御免なさい。馬鹿な事を聞いたわね。まぁ、そんな貴方だからこそ頼りにしているのよ」

 

 怒りを見せる埴輪であったが、どうやら其の仕草も演技の一環に過ぎなかったのであろう。アルベドからは満足げな微笑みが零れる。

 

「ところぉで統括殿、一番厄介な御仁に関しては――大丈夫なのですか? 邪魔に入ってくる可能性は極めて高いかと……」

 

「ああ、問題ないわよ。モモンガ様御自身がナザリック外での任務をお与えになったから、今頃は聖王国辺りへ赴いている事でしょう。つまり……そういう事よ」

 

「恐ろしい、ああっ恐ろしい! 何もかも考慮済みとはっ! 流石はモモンガ様! このパンドラズ・アクター! 今すぐにでも御身の下へ馳せ参じて命を捧げたい想いであります!!」

 

 何やらぶっ飛んだ会話が成されているが、一体何を言っているのか――まったくもって意味不明だ。埴輪顔でクルクル回っている軍服野郎にも、どんな意図があるのかさっぱり分からない。

 

「おおっと、そういえば統括殿、機嫌の良いところへ水を差すよぉ~で申し訳ないのですが……。エ・ランテルに潜む――いえ、もう街中には居ないかもしれません――プレイヤーらしき存在、其れが貴方の想像している『禁句の御方』である確率はかなり低いと思いますよっ」

 

「あら、何のことかしら? 私はただ、練習相手になるかもしれないと思っただけよ。どうせ似たような能力構成なのでしょうから……」

 

 軍服埴輪顔と角付き美女が向かい合って「ははははは――」と笑い合う光景は、どことなく不気味だ。腹の探り合いと言うか、腹の中を物理的に抉り合っているような気さえしてくる。

 この場に一般メイドが配置されていなくて良かった。

 もし居たなら、毎晩うなされるような精神的ダメージを負っていただろうから……。

 

「ふふふ、少しばかり長居し過ぎたみたいね。そろそろ戻るとするわ。音改(ねあらた)様とぬーぼー様の神器級(ゴッズ)装備については、モモ……アインズ様へ使用許可を願い出てみるけど、それまでは他の装備で何処まで行えるのか試してみて頂戴。――頼んだわよ」

 

「はっ! お任せ下さい!」

 

 神器級(ゴッズ)装備の使用許可が下りなくとも、此処は宝物殿なのだ。

 探知能力を増幅させる伝説級(レジェンド)装備ならそれなりに安置されている。ぬーぼー様の能力八割と宝物殿の装備を合わせたならば、ある一定以上の効果を発揮するのかもしれない。

 何処かの堕天使にとっては死活問題だろうけど……。

 

 パンドラは去り行く守護者統括の後ろ姿――指輪ですぐ転移してしまったが――を見送ると、懐かしい記憶を思い起こしていた。

 造物主たるモモンガ様と一人の堕天使が訪れていたあの頃。

 指輪を渡して霊廟へ入って行くモモンガ様。

 指輪を受け取って悲しそうに微笑む『禁句の御方』。

 何度同じ光景を眺めただろうか? 直ぐ傍に居ながら何も出来ずに佇んでいたあの日々。今思い出しても胸を掻き毟るほどの切なさだ。

 

 パンドラは一人、宝物殿で叫び狂う。

 

「――どうして裏切ったのですか?! 禁句の御方!! 我が主をっ、どうして?!」

 

 宝物殿の領域守護者パンドラズ・アクターの想いはただ一つ。造物主たるアインズ・ウール・ゴウン様――モモンガ様の為に、『禁句の御方』を……。

 




地下大墳墓には禁句があります。
絶対口にしてはいけない言葉――いえ、名前です。

もしその名を口にしたなら、御主人様の気分を酷く害することになります。
地下大墳墓全体が震えるほどの怒号を発し、
その恐怖を纏ったオーラで全てを満たしてしまうでしょう。

ボ……いえ、私は二度とあんな失態は致しません。
ですから皆様、『禁句の御方』の名は決して口にしないように……。

宜しくお願い致します。

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