堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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呪いを解除しようとして、ぐうたら堕天使に助けを求めた。
女騎士としては必死なのだろうが、あまりお勧め出来ない選択だ。
どちらかと言うと、骸骨魔王様を頼った方が良いと思う。
見返りに堕天使でも差し出せばOKだね。



帝都-3

「うぎゃ?! ちょっと、え? なに?」

「火傷? いえ、膿んでいるのでしょうか?」

「うっわ~、皮膚がただれてグッチャグチャじゃん。何だよそれ?」

 

 片側が美しいが故に、もう片方の酷さが強調されてしまう。顔の中央を境にして、まるで別人を見ているかのようだ。

 皮膚が爛れて黄色い膿が滲み出し、右目は開けている事も適わないであろう。

 軽く指で触れればドロリと何かが流れ出てきそうで――試そうとも試したいとも思わない。

 

「分かって頂けましたか? 此れが呪いです。私が何としてでも退けたい呪いの姿なのです!」

 

 血を吐くような叫びは魂から絞り出したかのようだ。

 呪われた己の顔を晒すという行為が、どれほどの精神的苦痛を感じるモノなのか? パナには分からなかったが、かなり追いつめられている状況である事は理解できた。

 そうでなければ偶然遭遇した見も知らぬ冒険者――それも若い三人娘なんぞに頼ろうとは思わないだろう。伝説の赤いポーションを持っていたとしても……。

 

「どうです? どうなんですか?! なんとかっ、何とか出来ないのですか?!」

 

「うぅ~ん、ちょっとレイナースさん、頭をこっちへ向けて寝てもらえるかな? うん、そう、仰向けで横になって、私の太ももへ頭を乗っけてね」

 

 掴み掛らんばかりのレイナースを宥めながら、パナは膝枕へと誘導する。

 一体どんな思惑があるのか――ヴァンパイア姉妹には分からなかったが、不思議そうな表情を見せる女騎士は藁をも縋る思いで横になる。

 

「は~い、しばらく目を閉じていてねぇ。呪いの種類とか強度とか調べてみるから……」

 

「――?」

 

 言われるままに目を閉じてはみたが、レイナースには相手の語る内容が理解できない。

 強度とは? 調べるとは? ――神官でもないだろうにどういう事なの? 解呪のポーションを持っていたのではないの?

 疑問しか湧かず、不安しか持てない。

 帝国四騎士は隠れ家となる部屋で膝枕をされながら、「少し早まったのかもしれない」と後悔の念を持ち始めていた。

 

「ほへ~、此れって面白い。外から呪いを受けてこうなっている訳じゃないんだね。低レベルで呪われし騎士(カースドナイト)職業(クラス)を取った所為で、肉体が追い付いていないんだ。ふ~む、呪いを抑え込むだけのレベルに到達していない、って事が全ての原因なんだね」

 

「え? れべる? 到達していない? ……えっ? 何のことです?」

 

 一人で盛り上がるパナに対し、レイナースは混乱する一方だ。

 不可思議な単語が飛び交い、呪いの話が何処へ行ったのかと問いただしたくなる。

 

「ああ、え~っとね。レイナースさんの呪いは自分自身で発現させたもの、って事だよ。強大な力を手に入れた代償――とでも言えばいいのかな? まぁ、解呪するとかそんな話ではないって事だね」

 

 調査特殊技術(スキル)を解除したパナは、得意げに呪いの全容を語る。

 それはレイナースにとって受け入れがたい内容であったかもしれないが、事実は事実なのでどうしようもない。

 目を見開いて涙を零そうとも、調査結果は変わりようがないのだ。

 

「そんな……、解呪、出来ない? 私の此の呪いは……自分自身の力によるもの? 嘘! そんな訳がっ! そんな事がぁ! あっでだまるものでずが!! ぞんなっ、ぞんだぁ! だあぁ! あぁああ! うぐっ、あおああああぁ!」

 

 解呪の日を夢見てきた。

 全てを捨てる思いで、夢見てきたのだ。

 家族も婚約者も、女としての人生も――犠牲にしてきたものは数えきれない。

 それなのに……何故?

 

 レイナースは膝枕されたまま、両手で顔を覆い泣き続ける。呪いを発現させたあの時の様に……。

 

「パナちゃん、何とかなんねーの? すっげー泣いちゃってるけど」

 

「ん? ああ、顔の症状を治す方法なら――」

「ちょっと待って下さい! パナさん、お話があります!」

 

 泣き続けているレイナースをマイへ預け、アンはパナを連れて部屋の隅へと移動する。何やら聞かれたくない話があるようだが……。

 

「(どったのアンちゃん?)」

 

「(パナさん、あの人の顔を癒す手段ですけど……あるのですか?)」

 

「(うん、有るよ。一つはレベル……いや、こっちでは難度だっけ? それを上げる事だね。訓練して地力を上げれば問題ないと思うよ。二つ目は、殺して呪われし騎士(カースドナイト)のレベル……と言うか能力を下げちゃえばイイと思う。三つ目は、顔を治癒魔法で治し続けることかな? でも此れは継続させないといけないから、手っ取り早いのは殺す事だと思うよ)」

 

 一回で駄目なら二回殺せば大丈夫だよ~っと素晴らしい笑顔で語るパナに、アンは頭痛を感じたような――そんな気がしていた。

 

「(殺すのは止めて下さい。それより私達のお願いを聞いてもらうのなら、継続した治癒を選択すべきです。完全に治してしまうと、こっちの話を無視する可能性が有りますから)」

 

「(お~、アンちゃん凄い。レイナースさんの弱みを握って言う事を聞かせるんだね。流石はアンちゃん、極悪ヴァンパイア)」

 

「ひ、人聞きの悪いこと言わないで下さい!」

 

「姉ちゃ~ん、どうかした~?」

 

 思わず声が出てしまったアンへ妹からお気楽な問いかけが飛んでくるものの、特段心配をしていた訳でもなさそうだ。

 ただ単に、内緒話の中身を知りたかっただけであろう。

 

「あはは、大丈夫だよ。アンちゃんは良いアイデアを出してくれたの。――だよね?」

 

「……はぁ、喜んでイイのでしょうか?」

 

 アンは複雑な表情――仮面で見えないが――を保ちながら妹の下へ戻り、パナは未だ起き上がれないでいるレイナースの傍へと戻った。

 レイナースは泣き止んでいるようだが、近付くパナを見ようともしない。余程落胆しているのであろう、何かの状態異常に掛かっているかのようでもある。

 

「レイナースさん、貴方の呪いを解くことは難しいけど、症状を緩和するだけなら私の治癒魔法で何とかなると思うよ。どう? 試してみる?」

 

「…………ふふ、私が治癒魔法を試さなかったと思っているのですか? ふざけないで下さい! 帝国内の実力ある信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)全員へ依頼し、治癒魔法をかけて貰ってこの(ざま)なのですよ! この有様なのですよ!!」

 

 少しばかり八つ当たり気味かと思われる。それ程に苦しくて悔しいのだろう。

 

「も~、強情なんだから。どうせ依頼した中にプレイヤーは居なかったんでしょ? だったら私に任せなさい!」

 

「ちょっ、な、何をするのですか?!」

 

「はいはい、マイちゃん押さえて押さえて~。いっくよ~」

 

 ジタバタ暴れるレイナースを抑えるなんて普通なら不可能だ。帝国四騎士の中で最も攻撃に長けた『重爆』と評される彼女の力は常人のモノではない。仮面を付けた怪しげな少女が両肩を押さえようとも軽く弾き飛ばせるはずだったのだが……、レイナースは微塵たりとも動くことは出来なかった。

 

「なっ?! この力は?」

「レイちゃん、大人しくしてなよ~。力加減を間違えると怪我させちゃうからさ」

 

 小柄な少女に押さえ込まれると言う非現実的な現象を前に、レイナースは唖然としてしまう。そして目の前で暖かな光を放つ娘を――ただぼんやり見つめている事しかできなかった。

 

(ん~っと、効果を弱めて……完全に回復させないようにしてっと。うん、イイ感じ)

 

「ああぁ、優しい光、とても……心地良い、荒んだ心が癒されるよう……」

 

「いやいや、顔の方もだいぶ改善されているよ。鏡でも見てみたら?」

 

「――え?」

 

 パナの言葉を聞き、レイナースは反射的に己の頬を触る。いつもならば――其処には膿を溜めた腫瘍の感触があったはずだ。しかし今、多少の凹凸は有るものの、人間の皮膚を触っているような感覚がある。

 レイナースは少女から解放されると同時に飛び起きると、姿見の前まで一気に駆け抜けていた。

 

「あああ! 膿が、膿が無い! 皮膚の爛れもほとんど治まって……。信じられない!? どんな治癒魔法でもこんな効果は無かったのに!」

 

「レイナースさんの呪いは自分で発生させているものだからね。弱い治癒魔法では手も足も出ないと思うよ。とは言っても、半日も経てば元通りになっちゃうけど」

 

「――は、半日? そんな……、半日……」

 

 喜びの最中、レイナースは膝から崩れ落ちそうになるがぐっと堪える。希望が全くなかった先程からすれば、半日とは言え素晴らしい成果であろう。

 そう――効果が半日しか持たないのであれば、再度治癒魔法を掛け直して貰えば良いのだ。それだけの事である。

 

「あのっ、貴方は確か……パナ、さん……でしたね。少しお話があるのですけど、宜しいでしょうか?」

 

「はい? 何ですか?」

 

 レイナースはパナの手を取り、潤んだ瞳で見つめてくる。男なら――ペロ先輩なら、一発で落ちちゃう表情で――。

 

「私に協力して下さい! 私の傍に居て下さい! 呪いを完全に無くす為に手を貸して欲しいのはもちろんですが、顔の治癒もお願いしたいのです。一日に一度で構いません! 半日しか持たなくとも仕方ありません! どうか、私を助けて下さい!」

 

「あ、はい。私達のお願いを聞いて貰えるのなら、協力は惜しみませんよ~」

 

 このような場合は、もっと渋った態度を見せてから了承すべきなのだろう。あまりにあっさり返事をすると、まるで謀ったかのように見えるので注意が必要だ。

 

「有難うございます! 私に出来る事なら何でも仰って下さい! 法に触れる事でも何でも帝国四騎士の権力を用いて、無理やりにでも成し遂げてみせますわ!」

 

「何この人? ちょっと怖い」

「パナちゃん……、人の事言えるの?」

「二人とも、せっかくお願いを聞いてくれると言っているのですから……」

 

 犯罪でも平気で成そうと言う其の態度に――パナとしては一歩引いてしまうが、それ程に呪いが辛かったという事なのだろう。帝国への忠誠心に一抹の不安を感じるものの、別に懇意にしている国でもないし、気にするまでもない――か?

 

「んじゃまぁ、レイナースさん。私達のお願いですけど――」

 

「はい、如何様にも」

 

「はは、えっとまずは……私達の事は他言無用でお願いします」

 

「無論ですわ」

 

「次は、帝国の事を色々教えてくれると嬉しいです」

 

「お任せ下さい」

 

「ん~っと、最後に……貴族の地位を追われた『フルト家』が何処にあるのか調べて貰えますか?」

 

「は――、えっ? フルト家……ですか? 陛下によって地位を剥奪された元貴族……。そうですね、少し時間を頂ければ探し出せると思います」

 

「おお、流石帝国四騎士さん。頼りになるね」

 

 やはり地位の高い人物の協力が得られると、展開が早くて有難い。これで帝国に居る間は、のんびりと気楽な生活を送れそうだ。

 

「よーし、後はレイナースさんに任せて宿を探しに行こーか? 金貨は沢山有るから結構イイとこ泊まれそうだよ」

「パナさん、無駄遣いしていると直ぐ無くなりますよ」

「大丈夫だよ姉ちゃん。金に困ったら、またポーションを売ればいいじゃん」

 

 三人娘はすっかり観光気分のようだ。

 お金は有るし、権力者っぽい人とも知り合いになれたし、帝国滞在の第一歩としては文句無しの満点であるだろう。

 もし問題が起こってもレイナースへ丸投げすれば良いので、とっても気が楽だ。

 

「あ、あの、少し宜しいですか?」

 

「ん? どうかしたの、レイナースさん」

 

 部屋を出て行こうとするパナに対し、レイナースは縋るような声を掛けてくる。せっかく見つけた希望の欠片を手放したくない――そんな想いが瞳から溢れているかのようだ。

 

「宿ならこの場所をお使い下さい。代金は全て私の方で支払っておきます。――いえ、良いのです。この場所の方が連絡を取り易いですし、治安の面でも安心ですわ。私としても目の届くところに居て下さった方が有難いのです」

 

 ビックリしている三人娘を余所に、レイナースは畳みかける。何処か性質の悪い宿屋へ入られ、頭の悪いチンピラなんかに殺されでもしたら悔やんでも悔やみきれないだろう。

 本当なら城へ監禁したいぐらいである。

 

「うっは~、レイナースさんて太っ腹だね~。流石国のお偉いさん。お金の使い方が豪快だよ」

 

「私は陛下より少なくない給料を頂いておりますので……。それよりパナさん、治療の件、宜しくお願いしますね」

 

「もちろんです! 任せて下さい」

 

 安請け合いのようにも思えるパナの返事であったが、実際呪いを抑える程度なら朝飯前である。レベル百にもなる信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)の手に掛かれば、半日と言わず、数週間に渡って呪いを抑え込めるだろう。

 無論、今はレイナースの手を借りる必要が有るので口には出さない。

 

「では、此処の支配人へ話を通しておきます。御依頼の件は、一度城へ寄って情報局の人間へ頼んでみます。何か分かりましたらお知らせしますわ」

 

「おお、何だか凄そう……。国家機関の情報局かぁ、これなら簡単に事が運びそうだよ。やっぱり私は良い人と出会う確率が高いね」

 

「ふふ……、それは私の台詞ですわよ、パナさん。……さて、今日のところはこれで失礼します。また明日、会いに来ますので……その、宜しくお願いします」

 

 何だか勘違いされそうな別れの言葉を残して、レイナースは去っていった。

 その足取りは軽く、心に圧し掛かっていた重しが取れたかのようだ。もちろん、呪いは完全に解かれていないので一時的な解放感に過ぎないのだが、それでも希望が有るのと無いのでは雲泥の差なのであろう。

 

 レイナースはこの日、実に久しぶりに――涙を流しながら心から笑った。

 

 

 ◆

 

 

「さて、会議はここまで! 後はのんびり雑談でもするとしよう」

 

 軽く手を叩いてその場の空気を弛緩させたのは、見目麗しき若き男――いや、若き皇帝であった。

 名をジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 政敵を悉く粛清した事で鮮血帝と呼ばれる――有能にして苛烈な執政者であり、類まれな頭脳を持つ人類の宝。亜人や異形種に圧迫されている人間種――其の存続を託されている唯一無二の存在であった。

 皇帝の他には、帝国歴史上最高位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)にして主席宮廷魔術師、“三重魔法詠唱者(トライアッド)”フールーダ・パラダイン。帝国各地の報告を纏めてきた有能な臣下数名と四人の護衛。そして帝国四騎士の『雷光』『激風』『不動』が控えていた。

 

「固い話ばかりでは気が滅入るからな。街の軽い噂話でも聞いて、気分を和ませたいところだ」

 

 ジルクニフの言葉に「確かにそうですな」「仰る通りで……」と肯定する返事が臣下から出てくるものの、実際の所ジルクニフ自身――そんな考えは持っていない。

 雑談形式で街の噂程度の情報を出し合うのは、ジルクニフとしても重要な事なのだ。

 皇帝が開く会議の場では、信頼性に乏しい情報が表へ出てくる事は無い。不確定な情報を皇帝の耳へ入れるなんて、無能な臣下の恥ずべき行いであろう。

 だがジルクニフとしては――臣下の者達が情報の精度に拘るあまり鮮度を損なう、という愚行に走られるのは困るのだ。加えて意見具申を委縮されても物事は先へ進まない。

 時には信憑性の薄い噂程度の話でも思い切って口に出し、議論を交わしておく必要があるのだ。臣下達のまだ確定していない思い付きのような意見や考えも聞いておきたい。

 

「今日は何だ? 面白い話はないのか? 何処かで世界を滅ぼす大魔王様が復活したとかでも良いぞ」

 

「それは恐ろしい、さっそく我らが皇帝陛下を生贄として差し出さねばなりませんな」

 

「いやいや、其処は美しい乙女が相場でしょう。魔王に魔王を合わせて如何(いかん)とする?」

 

「はは、散々な言われ様ですぜ、陛下」

 

「流石に生贄は止めてくれ。魔王の城で勇者を待つのは性に合わん」

 

 あははは、確かに似合わないっすね~、と『雷光』から気安い突っ込みが入るものの、これで場の空気はかなり和んだと思われる。

 皇帝ともなると、軽い雑談一つであろうと前準備は必要なのだ。

 

「そういえば陛下、王国では魔王が蘇ったという訳でも無いのでしょうけど、凄まじい虐殺行為があったそうです。なんでも数百人の兵士が殺されたとか……」

 

「ほう? 面白そうだな」

 

 秘書官の一人ロウネは、入手したばかりの噂話を得意げに語る。

 

「虐殺があったのは王都の正門付近で、犯人は若い娘であるとか……。今王国では凄い数の討伐隊が駆け回っているそうです」

 

「若い娘が数百人の兵士を虐殺? なんとも滅茶苦茶な話だな。王国の開拓村で起こった虐殺と話が混じっているんじゃないのか?」

 

「ああ、帝国騎士の恰好をした奴らの件ですかい?」

 

 先程の会議で議題に上がっていた一件。

 エ・ランテル近郊で起こった偽装帝国兵による開拓村民虐殺事件である。主犯はスレイン法国であると考えられ、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを暗殺する為に行ったのではないか――と現時点では判断されていた。

 虐殺による被害者は実に数百人とも言われており、ロウネが持ってきた噂の内容と一致している。ただ、犯人像がまるで違うのは疑問だ。

 開拓村の犯人はスレイン法国の兵士であろう。

 何処かの娘と混同するはずがない。

 カルネ村と言うところで村人を助けた魔法詠唱者(マジック・キャスター)も、立派な体格の男性らしいので関係ないだろう。

 

「陛下、犯人が娘であるのは多くの目撃証言からして間違いないそうです。それに仮面の少女を二人連れていた、との情報もあります」

 

「ん? 仮面の少女? 王国では奴隷を廃止していたはずだが――いや、もしかすると開拓村を護った仮面の男のように魔法詠唱者(マジック・キャスター)か?」

 

 皇帝は軽く首を傾け、雑談に無関心だった老人を見やる。身長の半分が白髭で覆われている其の老人は軽く自慢の髭を撫でると、皇帝相手に――今から講義を始める、と言わんばかりに口を開いた。

 

「まず――仮面は関係ないでしょうな。魔法の行使を利する仮面など聞いた事がありませぬ。もし魔法の品だとしても、精々探知魔法を阻害する程度の効果でありましょう。とは言え、幼い少女の身でも魔法詠唱者(マジック・キャスター)を名乗れない訳では無いですぞ。私の弟子にも幼いながら第二位階まで習得した天才がおったのですが……。もし今でも私の下で学んでおったら第四位階へも手が届いておったじゃろうて。ああ、勿体ない事をした。魔法の才というモノはどんな希少鉱物よりも価値があると――」

「分かった、分かったぞ、じい。要するによく分からんという事だろう? まぁ、正式な報告は後日届くのだから、詳しい話はその時に聴くとしよう」

 

 途中から妙な方向へ脱線してしまった主席宮廷魔術師を軽く抑え、皇帝は側近の一人へ視線を向ける。フールーダが話し続けないようお前が喋れ――と言わんばかりに。

 

「そ、そういえば陛下、エ・ランテルの諜報員から凄い賞金首が手配されているとの一報を受けました。なんでも金貨千枚だとか……」

 

「お~、そりゃあすげぇ。陛下、ちょっくら小遣い稼ぎに行ってもいーっすか?」

 

「ははは、甘いなバジウッド。あの王国が金貨千枚など用意しているものかっ。そんな賞金は見せ金であろう」

 

「確かにそんな気がしますね」

 

 乗り気な『雷光』に皇帝が突っ込みを入れ、『激風』が同意する。『不動』は黙って頷いているだけだが、どうやら王国の内情に関しては誰もが理解しているようだ。

 

「金貨千枚を用意しているかどうかは分かりませんが、この賞金首――仮面の少女を二人連れているそうです。……もしかすると」

 

「王都で暴れた奴か? という事は放たれた追手を返り討ちにしたか、もしくは逃げ切る事に成功したのか? ふむ……、まだ生きているのなら面白そうだな」

 

「ちょっと陛下、また変な癖が出たんですかい?」

 

『雷光』は「また始まった」と言わんばかりに両手を振り、皇帝の悪癖を指摘する。しかしながら優秀な人材の確保は国家に於いて重要案件だ。故に部下から残念がられるような事ではないはずだが……。

 この場に居る者達は皆理解しているらしい。皇帝は一度目を付けると、相手が貧民街(スラム)出身だろうが、呪われていようが関係なく登用してしまうのだ。

 その度に他の貴族連中から反発を招くというのに……。

 

「変な癖とはなんだ? 私は能力さえあれば犯罪者だろうと気にはしないぞ。まぁ、殺しが好きなクズならば話は別だがな――っと、それより王国の話ばかりだな、帝国内では何かないのか?」

 

「それでしたら一つ、陛下が褒めていらした治癒薬店『神の青い血』の店主ですが、店を完全に閉めて何かの研究に没頭しているようです。今のところ何の研究をしているのかは判っておりません。誰にも話していないとの事ですが……」

 

 秘書官の一人が口にしたのは帝都で有名――奇妙なポーションを作る変人として――な薬師の事だ。以前髪が生えるポーションを作ると息巻いて、何故か頭から植物が生えてくるという謎のポーションを作ってしまった為、皇帝が腹を抱えて大笑いした――という変事があった。

 それ以来皇帝のお気に入り、と言うか笑いの種になったらしい。

 

「ははっ、今度はどんな馬鹿ポーションを作るのか見物だな。完成したら見に行ってみよう」

 

「なんでしたら陛下、『重爆』の奴へ聞いてみたらどうですかい? アイツ、その店へよく行っているみたいですからね」

 

「――ああ、それでしたら……」

 

『雷光』の提案に、皇帝では無く秘書官のロウネが口を挟んできた。その神妙な表情からすると、あまり好ましい話ではないように思える。

 

「陛下、その『重爆』殿の話なのですが……。最近、冒険者を囲っているとの噂が有りまして……」

 

「はあ? ちょっと待て、今なんと言った? レイナースが?」

 

 滅多な事では驚かない皇帝も、流石に意表を突かれたようだ。裏付けを全く必要としない雑談会議ならではの情報ではあるが、こんな驚きがもたらされるからこそ――良いストレス解消の場になって面白い。

 

「嘘だろ? あの『重爆』が男を囲うタマか? 声掛けただけでブッ飛ばされるのがオチだぜ」

 

「そ、それがですねバジウッド殿、相手は女性らしいのです。それも三人。帝都の高級宿を貸し与えた上、かなりの金銭も貢いでいるそうでして……」

 

「ふむ、レイナースがそっち系の趣味を持っていたとは初耳だが、部下の交流関係に口を挟むつもりはないし……。だが、相手の素性は確認しておきたいところだ。厄介事かもしれん」

 

 そう言いながらも皇帝は少し楽しそうだ。

 本当なら帝国の機密を何者かに流しているのではないかと勘繰るところだが、一見してそのような懸念を持っているようには見えない。

 そもそも帝国四騎士の一人『重爆』は、帝国や皇帝に対して忠誠心など持っていないと公言しているのだから、内通を一番警戒すべき人物であろうに……何故だろう?

 もしかすると、自分を上手く騙して楽しませて欲しい――と期待しているのではないだろうか?

 己の智謀に自信があるからこその態度である。

 

「陛下、その囲われている冒険者ですが、聞くところによると仮面を付けているそうです。しかも王国からやって来たと検問所の兵士が話しておりました」

 

「また仮面か……、ん? 王国から来た三人組で、冒険者? ちょっと待て、先程の賞金首は冒険者だったか? まさかとは思うが同一人物じゃないだろうな?」

 

「も、申し訳ありません。詳細までは――」

 

 頭を下げて畏まる部下を見て、皇帝は「ああ、しまった」と小さく呟く。

 この様な雑談の場では不確定の情報を軽く話すからこそ、思いもよらぬ金脈へと辿り着けるのだ。自信の無いアイデアがポロっと零れるのも、深く追及されないからこそである。故に皇帝が問い詰めるのは逆効果だ。

 部下の口を重くする要因となろう。

 

「ああ、そんなに畏まるな。少しばかり気になっただけだ。――王国の賞金首が、帝国四騎士の一人と何をやっているのかと……な」

 

「陛下の暗殺、なんてどうでしょう?」

 

「ちょっ、ニンブル殿! 怖い事言わないで下さい」

 

 思わず声を上げてしまう秘書官であったが、その場に居た誰もが思い付いていた内容ではないだろうか? それ以外にどんな理由が有って賞金首を匿うというのか? まさか賞金が目的――とは思えないが。

 

「私の暗殺ならわざわざ外の手を借りるまでもあるまい。レイナースは私の傍まで容易く接近できるのだ。囲っている者共より腕も立つだろうから、確実に仕留める事が出来よう。とは言え得るモノが無さ過ぎるし、その線は無さそうだな。しかし……気になる」

 

「直接聴く――、とかでは駄目なんですかい?」

 

「ふん、自分の性的嗜好を皇帝たる私に聴かれたら……お前ならどうする? それこそ暗殺劇の始まりだぞ」

 

 ジルクニフは軽く笑って場の空気を整える。

 レイナースが女を囲って貢ぐなどとは中々面白い話ではあったが、これ以上は情報局へ流すべき案件だろう。下手に薮を突いて機嫌を損ねられると大変だ。ネタばらしは報告書を見るまで取っておくとしよう。

 

「さて、レイナースの話は此処まで。他に何かあるか?」

 

「はい、陛下。以前から動向を探っていた邪教集団の件ですが……、護衛として潜り込ませていた諜報員から興味深い報せが―――――」

 

 帝城の絢爛豪華な一室では、まだまだ雑談が続きそうだ。

 ただ此の穏やかな時間こそが、皇帝にとって最も大事な一時であるとは誰が信じられるだろうか?

 皇帝と臣下がその身分差を縮めて己の考えをぶつけ合う。取るに足らぬ噂話で盛り上がる。その光景はまるで冒険者仲間が酒を酌み交わして騒いでいるかのよう……。

 何処かの大魔王様が見たら、羨まし過ぎて超位魔法でもぶっぱなすに違いない。いや、もしかすると部下と親しげに交流する手腕を学ぼうと八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)でも送り込んでくるのかもしれない。

 

 どちらにせよ、帝国皇帝は素晴らしき名君であるという事だ。

 呪われた騎士の弱みに付け込んで、高級宿と金銭を貢いでもらっている愚かな堕天使とは――マーレの(ドラゴン)と恐怖公の眷属ぐらいの差があると言えよう。

 爪の垢でも飲めばイイと思う――マジで!

 




ぐうたら堕天使の寄生生活。
女騎士に貢いでもらって超平和。
正義の味方は何処へやら……。
高級宿で引き籠り。
まさに堕落と言うほかない。
もっとも――何時かは破綻する。
それが何時かは大口ゴリラのみぞ知る。

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