一つはナザリック。
一つは法国。
そしてもう一つは……、帝国のメタボ堕天使。
はたして生き残るのはどの勢力か?!
いや、まぁ、言うまでもなくナザリックですけどね。
処刑-1
人間種の国家に於いて最も低俗な会議を開いているのが王国――だとすると、人類の存続に於いて最も重要な会議を行っている国家とは――恐らくスレイン法国になるだろう。
今日も神官長達が集い、人類生存の綱渡りを模索する。
もちろん一歩間違えれば絶滅しかねない狂った綱渡りだ。一つ一つの案件が人類の生存圏を脅かし、じわりじわりと締め付けてくる。
竜王国へ侵攻し続けているビーストマン。
王国に現れた魔王ヤルダバオト。
行方知れずの陽光聖典。
漆黒聖典を打ちのめしたヴァンパイア。
神の秘宝を託されていたカイレの死去。
他にも裏切り者や巫女姫の死亡など頭の痛い問題は山積みだが、やはり今はアインズ・ウール・ゴウンであろう。
突如カルネ村なる辺境へ現れた仮面の
時期と場所からして陽光聖典と遭遇したはずなのに、消えたのは陽光聖典の方だけだ。神の秘法たる『魔封じの水晶』を用いた痕跡――巫女姫が〈
しかし現場を覗いた巫女姫が爆裂した件を鑑みると、信じられない想いが頭をもたげてくる。
その者は『プレイヤー』なのか、と。
「やはりカルネ村が鍵だろう。仮面の男が出現してからの異常過ぎる変化がその証だ。
口火を切ったのは枯れ枝のような老人だ。続いてメンバーの中で最も若い――とは言っても四十代半ばの鋭い視線を持つ男が口を開く。
「その娘はエンリ・エモットという名で、かなりの実力を備えているとの事です。噂では
「神の降臨か、従属神か、はたまた神人か。現状では判断が出来ぬな」
最高執行機関内唯一の女性であり、安心感を覚えるふくよかな老女からは疑念が零れる。
「
「まだ早いと思うが、その前にエ・ランテルで情報を集めて――そういえば風花聖典の状況はどうなっている? 裏切り者の死体を取合ってズーラーノーンと一戦交えたと聞いたが……」
切れ長目の神官長が発する提案に対し、温厚そうな老人は別方面からの情報入手を提示しようとするが――。
「一度敗走した後、仲間の死体を回収すべく現場へ戻ったのだが、何故かズーラーノーンどもは皆殺しの上埋葬されておったらしい。裏切り者も埋められていたそうだが、森の獣どもや虫に食われて酷い有様じゃったそうな。一応蘇生は試みるが……」
「カルネ村の異常な変化はエ・ランテルでも話題に上っていた事でしょう。情報を持っていたら、と思うと惜しいですな」
「エモットという村娘は、エ・ランテルへも足を運んでいたらしい。もしかすると例のアンデッド騒ぎに関係しているのでは?」
「風花聖典の報告では、漆黒のモモンとも関係がある――となっていたが」
各神官長や大元帥からも独自入手の情報が提示され、場は混沌とした様相を見せ始めていた。
「ちょっと待て、情報が断片的で不明確なモノが多い。これでは方針を定める事が出来んぞ。一度情報を精査して裏を取るべきだ」
「そうは言っても、カルネ村は閉鎖的で仮面の
「“
巫女姫の爆死は現時点に於いて原因不明ではあるが、カルネ村と其処へ襲撃を掛けた陽光聖典、更に村を護った仮面の
「しかし、此のままでは神に誤解されたまま滅亡の憂き目に遭うぞ! 一刻も早く神と接触し、カルネ村襲撃の不敬を謝罪せねばなるまい!」
「接触と言われましても……エモットの方ですか? それともゴウン? 何れにしても、まだ神であると決まった訳ではありませんし――」
「神に類するモノである事は疑いようもあるまい。よってまずはカルネ村のエモットという娘に接触するべきだと思う。ゴウンの方は所在が不明確だからのう」
「であるならば、使者は漆黒聖典と致しましょう。陽光聖典が丸ごと消されたのですから、他の者では務まらないと思われます」
消された、との言葉に幾人から「まだ希望は……」「そう決まった訳では……」との呟きが漏れ聞こえたような気がするものの、土の神官長は聞こえなかった事とした。現実を見るべきであろう。
「カイレの後任はどうなった? 念には念を入れて同行させるべきじゃろ」
「遠縁の若い娘にカイレの名を継がせました。火滅聖典で経験を積ませましたので、足を引っ張るような事は無いかと」
「よし、ならば此処で決を採ろう。カルネ村のエモットへ漆黒聖典とカイレを送り、国家としての謝罪と賠償を行う。賛成の者は挙手を、異論ある者は発言を」
最高神官長の言葉に、法国における最高執行機関十二名の手が挙がる。と同時に丸眼鏡をかけた闇の神官長が口を開いた。
「異論ではないが、カイレの名を継いだ者を同行させるという事は、
「戦いを望んではいないが想定しておくべきだろう。いざとなれば支配するしかあるまい。私としてはゴウンに対して使用したいと思っているが……」
「ゴウンが神で、エモットは従属神だと?」
「現時点では全て推測にすぎん。成すべきは全面的な謝罪と対話だ。人類を護る為の協力を求め、スレイン法国へ足を運んでもらう。それこそが肝要」
「まぁ、相手が本物の神であるなら、我らが神の残した秘宝も通用しないかもしれんしな」
神の秘宝を軽んじた訳では無いだろうが、少しだけ場の空気が軋む。
「何やら不敬な物言いに聞こえるが、口伝では効果の無かった事例も存在するらしいからのぉ」
「頼り過ぎるのは良くないという事じゃろう。元より今回の主眼は対話である。神かもしれぬ相手に戦いを仕掛けるなど愚かでしかない」
「何かあれば全てを投げ打って逃げるしかあるまいよ。ただ『例のヴァンパイア』や『見えぬ者』などの不安要素が多くて、逃げた先でも悲惨な目に遭う想像しか出来んわ」
「前者は討伐されたが仲間が一体居ると聞く、後者は対話が可能らしい。とは言え此処最近、力有る者達が表舞台へ出てきたような気がする。やはり神の影響か?」
「無関係ではないでしょうね。そろそろ百年ごとの大嵐がくる時期でしょうし」
「……祈らずにはいられんな」
誰も彼もが頷き、自然と祈りを捧げ始める。
今は亡き、建国の神々達へ。
「それでは皆、次の議題へ移るか」
充分な時間を経て、最高神官長は口を開く。
人類を救う為の方策を練る為に……。
◆
帝都での生活は快適そのものである。
ベッドは清潔でふかふかだし、食事は美味しいし、
一度奴隷市場を見学に行ってきたが、王国で荷馬車に詰め込まれていたような子供奴隷はいなかった。と言うより、奴隷自体が財産なので使い捨てにするような扱いではなかったのだ。
無論、探せば魔法を使える高価な
例外は何処にでもあるし、パナの気分さえ害しなければどうでも良い話だ。
「――とまぁ、もの凄い騒ぎらしいですよ。噂では数万人もの住人が攫われたそうですわ。魔王だか何だか知りませんけど、帝国でも対策に追われておりまして……ホント忙しくてたまりません」
「ふ~ん、そんなに忙しい帝国四騎士の一人がこんな所に居て大丈夫なの? 皇帝陛下に怒られちゃうよ」
毎朝恒例の呪い治療を終えて、レイナースは何時ものように御機嫌だ。そんなこと喋って良いのかと、パナの方が心配になる。
「この治療は陛下の命令より優先されます。いえ、貴方の治療より優先されるべき案件なんてこの世には存在しないのです。最近はほぼ一日中膿を抑えていられますし、完全治癒も遠い先の事では――」
「うん、まぁ、長い目でいこーね。……んで、例の件はどうだったの?」
ベッドの中でモゾモゾと転がるパナは、少し前にお願いしていた調べものについて聞いてみた。これはある意味、異世界へ来てから最も大事な――懇願すべき情報である。加えて言うなら期待できない、諦めている内容でもあった。
ベッドの縁に座っていた半裸のレイナースは、軽く微笑みながら、申し訳なさそうに口を開く。
「モモンガ――という名の存在は、どんな文献にも記載されていませんでしたわ。帝国に残っている最古の文献から調べましたので間違いありません。今は人を替えて三度目の確認をさせているところですが、期待は出来ないかと……」
「うむむ……、モモンガさんなら自分の名を広めて他のプレイヤーと接触するはず。それなのに名前が残っていないって事は、まだこの異世界へは来ていない? う~ん、いやいやまだ結論付けるのは早いよね。警戒して隠れている可能性もあるし……、他の国へ行って調べてみないと」
ベッドの上をゴロンゴロンと転がりながら、パナは想い人の顔を思い浮かべる。
それは人間の頭蓋骨であったり、冴えない黒髪のサラリーマンであったりしたが、この異世界で出会えるとしたらどちらなのだろう。
パナ自身が堕天使である事を考えると、やはり
見つけた瞬間モモンガさんだと判れば良いのだが……。
「『ぷれいやー』ですか? 確か文献の中に、そんな記載があったような……」
「おっ? 帝国にもプレイヤーに関する情報が有ったりするのかな? 王国では『蒼の薔薇』が詳しかったけど、うんうん、良い感じだね」
「アダマンタイト級冒険者が所持している情報となると、帝国の冒険者にも話を聞いてみる必要があるかもしれません。現在調査中の文献からは、引き続き『モモンガ』、そして『ぷれいやー』の記載を探してみますわ」
胸元のボタンを留めながら、レイナースはベッドから腰を上げる。続いて街中散歩用の軽装部分鎧を着込み、部屋備え付けの姿見前へ進む。
「ふふふ、今日は調子が良さそうですわ。膿も出ていませんし、皮膚の爛れも大分抑えられています。これなら呪いに打ち勝つ日もそう遠くは――」
「ああ、うん。気持ちは分かるけど一歩一歩確実にいこーね」
何度となく呪いへの完全勝利を口にするレイナースであったが、パナとしては少しばかり気まずい思いを持ってしまう。
呪いに対する治癒を餌に様々な用事をお願いし、金銭まで融通してもらった。
国家レベルの情報もだだ漏れである。
人間を騙すことに罪悪感など有る訳も無いが、心底嬉しそうに見つめてくるレイナースを前にすると、パナの中に残っている人としての残滓が己の良心をチクチクと刺激するのだ。
無論、良心が有ったのか? と突っ込みたくなる気持ちは理解できる。
「うぅーーん、さぁ~てっと、私も何処かへ出掛けようかな? もうそろそろ『フォーサイト』が遺跡探索から帰ってくる頃だろうし、土産話でも聞かせてもらお~っと」
「例の
「まぁ……そう、だよねっ」
同じ境遇でも無いだろうに、レイナースの声には気迫が籠っていた。
親との関係が上手く行っていないのだろうか? 帝国四騎士にまで出世したのなら、手放しで喜びそうなものだが……。
ベッドの中からモゾモゾと這い出てきたパナは、ほんの少しだけレイナースの過去を聞いてみようかと興味を持ち始めていた。
「ねぇねぇ、レイナ――ん?」
パナは言葉途中で口を閉ざし、意識を下方へ向ける。
宿の階下から何者かが駆け上がってきたからだ。と言っても、この場所で寝泊まりするようになってから結構な月日が経っており、足音の判別なんかお手のモノであったりする。
アンとマイ、レイナースに宿のスタッフ。
部屋にやって来るのは片手で数えられる程度――その中から選別するのだから間違えようも無い。しかもレイナースは目の前に居て、高級宿のスタッフが慌ただしく階段を駆け上がるなんて無作法な真似をするはずも無く、――故に答えは一つ。
「なんかあったのかな~?」
下着姿でベッドの上を転がるパナの呟きとほぼ同時に、部屋の扉は開かれた。
「パナさん! たた、大変です!!」
「凄いの来た! すっげーデカい! 逃げないとヤバイよ!!」
部屋の前に常駐しているスタッフの小言を振り切り、ヴァンパイ姉妹は御馴染みの仮面ごと部屋へ乱入。加えて何やら興奮し過ぎて訳の分からない内容を叫んでくる。
確か下の食堂で朝食を食べた後は、街中を散歩してくると言っていたはずだけど……。一体どんなトラブルに巻き込まれたのやら。
パナは自分の事を棚に上げつつ、やれやれと身を起こす。
「もー、何を喋っているのか意味不明過ぎるでしょ? ちゃんと説明し――」
「ドラゴンです! 大きなドラゴンが帝城の方へ降りていったのです!」
「なんかデッカイ鳥がいるって騒いでいたから見に行ったんだけど、どんどんデカくなっていってさ! お城の方へ突っ込んでいったんだよ! あのドラゴンは滅茶苦茶強いって! ホント洒落になんないくらい! 今すぐ逃げ出さないと死んじゃうよ!!」
「は?」
一気に捲くし立ててくる姉妹の言葉に、パナの思考はフリーズしてしまう。
街中でドラゴンとは此れ如何に?
ユグドラシルでは――様々な準備を行う街中にレイドボスクラスに相当する
だからパナの頭の中でも、ドラゴンと出会う可能性はゼロであると結論付けられていた。いや――考えた事すら無いのかもしれない。故に対処法なんて思いつく訳も無いだろう。
「え、えっ? ド、ドラゴン?」
「パナさん早く服を着て下さい! 直ぐに動けるよう準備を! 相手は神獣並です!!」
「ヤバイって! 早く逃げよう!」
「お待ち下さい! 帝城を認識して降り立ったのなら、アーグランド評議国のドラゴンかもしれません。情報を集める為、城へ行ってまいります。……どうか、此の場でお待ちを」
混乱する三人組を前にして、レイナースは懇願するかのように言い放った。
城で何が起こっているのか? ドラゴンの出現が本当なのか? 今は何も分からないが、レイナースが己の呪いを解除する為には目の前の三人組――特にパナを手放す訳にはいかない。絶対に逃がす訳にはいかないのだ。
「な、な~んだ、知っているドラゴンかもしれないんだね」
「まだ何とも言えませんが……、とにかく行ってまいりますわ」
足早に部屋を出ていくレイナースを見送り、パナは少しだけ気を持ち直す。ついでに我らがアインズ・ウール・ゴウンの軍師――ぷにっと萌えの言葉を思い出し、これからの行動指針を定めようと頭を捻る。
(確かこんな時は……相手の情報を集める、だったかな? 此方側の情報を洩らさず、敵の情報を集めて分析し、戦闘が始まる前に勝利の道筋を整える、だっけ? それが適わない場合は即撤退。……うん、とりあえずやってみよう)
「パナさん、此の場に留まるのは反対です! 逃げましょう!」
「そうだよ! 大丈夫だったら戻ればいいんだよ! 今は逃げよう!」
「う~ん、レイナースさんには悪いけど仕方ないよね。ドラゴンの情報を集めて無理そうなら帝都を出て、法国か聖王国にでも行こう」
パナは決断し、何時もの装備を着込む。
手荷物はほとんど無いので出発の準備なんか一瞬である。
「それにしてもドラゴンかぁ、今後の事を考えて出来るだけ能力値を探っておきたいけど……。まぁ私を探知するにはぬーぼーさんクラスでないと無理だろうし、大丈夫かな?」
相変わらずの適当な警戒に――何処かの骸骨魔王様が無い眉を顰めそうではあるが、実際ある程度の距離を保っていれば、相手がドラゴンであろうと容易く能力を探れる事だろう。
目の前に陣取られた神獣フェンリルの場合とは違う。
パナとしても、流石にあんな経験は二度と味わいたくは無い。
「あ~ぁ、帝都は思っていた以上に過ごしやすかったのになぁ。レイナースさんっていう頼りになる人も居たのにぃ」
「金づるの間違いなのでは?」
「だよね~、呪いの治療を持ち出せば何でもやってくれたし」
後方から放たれる人聞きの悪い呟きから耳を逸らし、パナは軽く走りながら部屋を抜け出た。表で常駐していたスタッフが何やら声を上げていたが、どうせレイナースから部屋に留めておくよう言われているのだろう。
余計な騒動に巻き込まれる前に敵の情報をいち早く入手し、身の安全を確保しなければならない――パナは少しだけ身を引き締めていた。
「最低でもブレスの属性とか、どんな耐性持ちなのかが判らないと対策の立てようが無いし……。さてとアンちゃんマイちゃん、ドラゴンさんは帝城だっけ?」
「そうですけど……、お願いですから見つからないで下さいね」
「アタイは何もしないで逃げた方がイイと思うけどな~」
「何言ってんの? 知るは一時の恥じ、知らぬは一生の恥って言うのよ。朱雀さんの有り難い言葉を心に刻みなさい! えへん」
パナが口にする難しそうな言葉は、ほぼ全てが誰かの受け売りだ。しかも表面しか齧っていないので、突っ込まれると直ぐにボロが出る。
だからパナは「朱雀って誰?」と首を傾げるヴァンパイア姉妹を無視して、帝城へと走り出していた。
文言自体や言葉の使いどころを間違っているのでは? ――と言われる前に。
帝城にやって来たドラゴン。
凄く強いドラゴンです。
しかもレアです。
世界なんか滅ぼせます。
でも……、
背中に乗っけてきた二人組の方が、もっと恐ろしいのですけどね。