堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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ふはははは!
汚物(堕天使)は消毒だー!!

な~んてね♪
ほのぼの冒険記にスプラッタな展開なんてありませんよ。

今回ももちろん、のんびり日常のほんわかストーリーです。
安心してお立ち寄りください。



処刑-3

「まったくイイざまだわ。これが至高の四十一人の一人かと思うと眩暈がしそうだけど……」

 

 両手足がダラリと垂れ下がり、匂いのする体液をポタポタと垂らしている堕天使の姿は、見るも無残というほかない。アルベドのいうように、栄光あるナザリックの支配者、至高の御方々の一人、神をも超える絶対的強者――であるとは思えないし、思いたくはない。

 

「プレイヤーの痕跡を探るにあたって注視すべきは、ユグドラシルの金貨、ポーション、そしてアイテムだというのに……。お前はユグドラシルでも特定の条件下でしか入手できないレアな仮面を従者のヴァンパイアへ被せ、こともあろうに街中を歩かせた。ポーションを見つけたときはアインズ様が行ったような撒き餌かと警戒したけど……、仮面には呆れたわ。自分自身には僅かなりとも隠密をかけていたのに、従者には無警戒でうろつかせるなんて……愚かにもほどがある。帝国で発見したときは罠としか思えなかったわよ」

 

 どれほどに無能な行為であったのか――アルベドは饒舌に語る。

 ボロ雑巾のように吊られた堕天使を、肉体だけではなく精神まで滅多打ちにするつもりなのであろうか? すでに限界まで追い詰められているようにも見えるのだが……。

 

「――な、なん、で? ど、どうして……こんな、ことをする……の? がぶっ、っごふ! うう……、ぅえっんぐ、うぐ、……わ、わだじが……だにが、悪い事でも……じだの?」

 

「くふっ、くふふふふ、くあはははははははっ! あぁははははははは!!」

 

 戦慄を含み、歓喜を乗せ、殺意を示す笑いであろう。

 

「この時を待っていた! この瞬間を待ち焦がれていたのよ! ふふ、くふふふっ! 悪い事でもしたかですって? 自分が何をしたか分からないなんて愚かにも限度があるわよ! 宣戦布告は貴様からでしょうに!」

 

 嬉しそうに(いか)るアルベドは右手の人差し指を曲げて親指で押さえると、そのままパナップの鼻先へと向ける。

 力を込めた人差し指が親指で押さえこまれているさまは、まるで『でこぴん』であるかのようだが、実態はそのように可愛らしいものではないだろう。百レベルの化け物が込める力は、人の世の常識を遥かに凌駕する。

 アルベドは天使も見惚れるような笑顔でパナップを見つめ、この時の為に用意していた言葉を放つ。

 

「――――『あはは、私の勝ちね』!」

 

 地獄の蓋を引き開けるような殺気に満ちた声が響き、人差し指が肉を斬った。

 

「ぁがっ!!」

 

 鼻先をかすめた衝撃。

 飛び散る肉片。

 壊れた蛇口から噴き出るかのような鮮血。

 パナップの鼻は――根こそぎ吹き飛んでいた。

 

「がああああ!! おごああぁあああああーー!!」

「あーはははは!! 貴様はアインズ様に相応しくない! あの御方の傍に立つべきはこの私! この私なのよ!!」

 

 指一本で鼻を抉り飛ばしたアルベドの前で、パナップは噴き出る血流を押さえることも出来ず、ルベドに頭を掴まれたまま――釣り上げられた魚のようにピクピクと跳ねるだけだ。

 両手両足共にひしゃげており、だらしなく涎が垂れる。

 視線は宙を舞っており、通常であれば意識が飛んで昏睡状態になるところであろう。だが百レベルの肉体がそれを許してはくれない。少しではあるがHPの自動回復機能が働いているのだ。

 もちろん動けるようになるほどの回復をさせまいと、ルベドが頭蓋骨をミシミシと軋ませるので、パナップはいつまで経っても瀕死のままである。

 

「くふふ、くふふふふ……、楽しいわ。念願が叶って――最高にイイ気分よ。後は……、貴方を消滅させるだけね」

 

 笑顔の絶えないアルベドは、懐から二本の短杖(ワンド)を取り出す。

 一本は少し長めの捻じれた杖であり、先端に黒い球体が浮かんでいた。もう一本は先端に小さな水晶球が付いている普通の短杖(ワンド)である。

 

「あ、ああぅ……、げぼっ――ほ、ほれは世界級(ワールド)あいれむ……?」

 

「ふふ、大丈夫よ、真なる無(ギンヌンガガプ)は持っているだけ……。貴方に使うのはこっち」

 

 指先で持ち上げた短杖(ワンド)の名は死者復活の短杖(ワンド・オブ・レイズデッド)

 最も低位の蘇生アイテムであり、百レベルのプレイヤーなら絶対使用しない産廃である。なぜなら――ほぼ確実に最大級のデスペナルティを受け、五レベルもダウンしてしまうからだ。

 通常、蘇生を選択するならペナルティの少ない上位の蘇生魔法か課金アイテムを使用するはずである。

 レベルダウンなんて、カンストプレイヤーにとっては悪夢でしかないのだから……。

 

「私達は至高の御方々の会話を読み解き、その深き智謀の一端を学び得ようと努力してきたのよ。そして図書館に保管されてあった多くの戦闘映像から、プレイヤー抹消の手掛かりを得たの。どうしても分からないところは、アインズ様から教えて頂いたりしてね。……どう? もう分かったかしら? 私達が貴方をどうやって殺そうと――いえ、消滅させようとしているのかを……」

 

 何がそんなに嬉しいのか――とパナップは問いただしたくなる。それに聞かれるまでもなく、アルベドが何をしようとしているのかなんて、プレイヤーのパナップには一目瞭然だ。

 殺した後直ぐに蘇生を行いレベルダウン。後は消滅するまで繰り返す。くだらないほどに分かり易い。

 

(……でも、私にとっては最大のチャンスだよ。死んだ瞬間、別の場所での復活を選択し、この場から逃げる。復活場所が何処になるかは知らないけど、最悪の場所からは移動できるはず。――物語で見た八欲王のように)

 

 ユグドラシルではプレイヤーが死亡した場合、『その場での蘇生』か『拠点での復活』を選択できた。その場での蘇生を望んだ場合は、既定の時間が過ぎるまで仲間からの蘇生を待つ事になり、拠点復活を選んだ場合は即座にデスペナとアイテムドロップを喰らってリスポーンとなる。

 よく知られているのが、相手の復活拠点でプレイヤーを殺し続けるリスポーンキルだ。殺されたプレイヤーはどんな選択をしても逃げられないので、アバターを残したまま強制ログアウトするしかない。無論数回は殺されるが、初期レベルまでダウンするよりはマシだろう。

 今、パナップが選ぼうとしているのは拠点復活だ。もちろん異世界の拠点なんかあるわけないので、一か八かのギャンブルである。

 ただこの世界で大暴れした八欲王とやらは、竜王(ドラゴンロード)との決戦で「何度殺されても復活してきた」と伝えられているので、プレイヤーの復活自体は問題無いと思われる。よって気掛かりなのは復活場所の存在だけだ。

 

(本当は死にたくなんかない。でも、モモンガさん――悟さんがこの世界にきていると分かった今、消え去るわけにはいかない。這ってでも会いにいかないと!)

 

「……貴方、もしかして逃げられると思っているのかしら? ふふふ、くふふふふ、本当に愚かね。とても至高の御方であるとは思えないわ。……パンドラ」

 

「はい、統括殿。御希望の品はしかとっ! アウラ殿よりお借りして――いえ! 交換してきたと言うべきでしょうか?」

 

 パナップを掴み上げているルベドの真後ろにいたパンドラは、神から下賜された宝物(ほうもつ)を扱うかのごとき丁寧な手つきで巨大な巻物を取り出していた。

 そのアイテムの名は“山河社稷図(さんがしゃしょくず)”。

 対象となる者を別世界へ閉じ込めることが可能な世界級(ワールド)アイテムである。

 

「――ひっ!」

「あら? その様子だと知っているのね。……そう、これから貴方を閉じ込めて、……殺して殺して殺し尽くすのよ!」

 

 世界級(ワールド)アイテムは狂った運営の産物だ。

 “山河社稷図(さんがしゃしょくず)”も例外ではない。

 最初に発見されたときは、敵を閉じ込めて多少のエフェクトで攻撃できるという間接攻撃型であり、頭のオカシイ運営が投入してきたにしては普通過ぎる――他が異常過ぎるだけだが――と言われていたものである。

 だが、ぷにっと萌えら四賢者はその危険性にいち早く気付き、強引な作戦を決行して敵ギルドから“山河社稷図(さんがしゃしょくず)”を奪い取ったのだ。

 その時――アイテム奪取の諸条件を看破し、不可能だと思われた複数の条件を短時間で成し遂げたぷにっと萌えは、「アインズ・ウール・ゴウンで最も危険なプレイヤー」「リアル軍師」「チート萌え」「運営の身内」「萌えない触手」「考える草」といろいろ罵倒されたが……、今――その話は関係ない。

 重要なのはどんな危険性を持っていたか、だ。

 “山河社稷図(さんがしゃしょくず)”の危険性……。

 それは――『別世界に閉じ込められると死亡しても拠点復活を選択できない』という点である。

 死亡した場合は通常、ペナルティ軽減の蘇生を待ちながら規定時間を過ごした後、時間切れとなって問答無用での拠点復活となる。

 だが“山河社稷図(さんがしゃしょくず)”の世界では、いつまで経っても拠点復活はない。

 もちろん「だから何だ?」と疑問に思うだろう。拠点復活できなくとも、“山河社稷図(さんがしゃしょくず)”の効果が切れるまで待てばよい。時間が無駄になるだろうが、ただそれだけのことだ。

 しかし、敵が蘇生してきたらどうなるだろう?

 死亡した敵対プレイヤーを蘇生できるとしたら……。それはリスポーンキルを再現できるのではないだろうか。

 そう――ぷにっと萌えが危惧したのは、“山河社稷図(さんがしゃしょくず)”による「相手と場所を自由に選べる万能リスポーンキル」のことなのだ。

 避けるには世界級(ワールド)アイテムを所持するしかない。

 

「う、うわああぁあああーー!! 消されてたまるかっ!」

 

 頭の中が沸騰したかのように熱を帯び、必死の抵抗へと走らせる。

 パナップは回復不十分な右手を強引に背中へ回すと、忍刀の柄をしっかりと握りしめた。

 

「ルべド! 右手は貰うよ!!」

 

 このまま背中の忍刀を引き抜けば、己の頭を掴んでいるルベドの右手首を切り裂けるだろう。相手が元世界級(ワールド)エネミーだとはいえ、神器級(ゴッズ)の忍刀だ。油断している今なら切断、とまではいかなくとも脱出の一助となるに違いない。

 

 ――――シュッ!

 

 力の限り引き抜き、軽い音だけが耳に伝わる。

 それは忍刀を抜いた音でもルベドの右手首を切り裂いた音でもない。何もない空間に腕を振った――ただそれだけの音。

 

「――えっ? そ、そんな……うそ……でしょ?」

 

 パナップが握っていたのは柄だけだ。

 刀身は根元からポッキリと折れており、もはや武器としての機能は一切ない。

 

「くうっふふふふ、愚かにも程が有るわね。ルベドが貴方の背中を蹴りつけて、どうして無事でいられるのか……考えなかったの? 背負っている刀を蹴ることで勢いを殺したからじゃない。ほんと……無様ね」

 

「……う、ううぅ、いや、……いやだよ。死にたくない!」

 

 自身最高の武具を完膚無きまでに砕かれたことで、パナップは絶望に沈もうとしていた。

 手足の先が冷たくなり、全身が細かく震える。

 意識せずして涙が零れ、呼吸が早くなる。

 もはや全ては手遅れだ。

 

「いやぁーー!! 死にたくない! 死にたくないよぉー!! お願いだから殺さないで! 何でも言うこと聞くからぁ! 何でもするからぁ! いやだ! いやだいやだ! 死にたくない! 助けてぇ!!」

 

「……」

 

 泣き叫ぶ堕天使を前にして、アルベドはつまらないモノでも見るかのように――潰れかけの虫けらでも眺めるかのように、静かに佇んでいた。

 こんな下等生物を殺す為に――高レベルの(しもべ)を十五体も用意したのか。パンドラと協力してあらゆる事態への備えを整えたのか。ルベドまで八階層から連れ出したというのに。

 アルベドの思考には、怒りとも幻滅ともつかない奇妙な感情が渦巻くばかりである。

 

「くだらない……。パンドラ、さっさと始めるわよ」

 

「その前に一つ質問を宜しいでしょうか? ああ、いえ、統括殿にではなく、禁句の御方に対してです」

 

 パンドラは訝しげな視線を向けるアルベドを無視し、パナップヘ向き直る。

 

「禁句の御方、質問を宜しいでしょうか?」

 

「……はぁはぁ、助けて……死にたくない……死にたくないよぉ……」

 

「禁句の御方! 大事な話なのです! 質問しても宜しいでしょうか?!」

 

「――ひっ、ごめんなさいごめんなさい。い、言う通りにしますから……」

 

 ボロボロの堕天使はルベドに吊られたまま泣くだけだ。拒否など出来るはずもない。

 

「禁句の御方は……アインズ様と共に宝物殿へ訪れた、最後の日のことを覚えていますか? あの日、変身した私に何を語ったか? 覚えておいでですか?」

 

「……え? ……は、い、覚えて……います」

 

「あの時の言葉は真実ですか? 今この時、現時点に於いても真実なのですか?」

 

 何の話? とアルベドは眉を顰める。

 パンドラの行動は予定になかったものだ。この後は“山河社稷図(さんがしゃしょくず)”を発動させてパナップを閉じ込め、ルベドで殺し、蘇生させてまた殺す。二十回ほど繰り返して消滅を確認し、ナザリックへ帰る。

 それで全て終わりのはずなのだが……。

 

「……真実……です。あの言葉は私の全て……、本当の気持ち……」

 

「――分かりました。……ところで統括殿、一度アインズ様へ報告をしては如何ですか?」

 

「はぁああ?!!」

 

 突拍子もないパンドラの提案に、アルベドは今日一番の殺気でもって答える。その強烈な形相は、恐らくアインズであっても精神抑制を必要とするほどの迫力であっただろう。

 正妃としては失格の顔だ。

 

「パンドラァあああ!! 今更なんですってぇ! 何度も話し合った結果! アインズ様には報告せず我々の独断専行とする手筈でしょうがっ! この期に及んでグダグダするつもりならぁ! ――――こぉろぉすぅぞ」

 

 アルベドの殺気は本物だ。しかもルベドまでパンドラを睨み付けている。

 この二人を前にしては、いかにアインズ様直轄の(しもべ)であろうとも生きては帰れぬだろう。いや、恐らく他の誰であったとしても無事では済むまい。

 

「申し訳ありません、統括殿。愚かな発言をお許し下さい。……では山河社稷図(さんがしゃしょくず)を発動させて頂きます。統括殿とルベド殿は後から合流をお願い致します」

 

「ふん、早くしなさい。アウラとマーレの報告が終わる前にナザリックへ帰還したいわ」

「……ぁあああ、いや、いやいやぁ! 殺さないで! 死になくないぃーー!!」

 

 ――世界級(ワールド)アイテム“山河社稷図(さんがしゃしょくず)”発動――

 

 パナップの悲鳴を掻き消すかのように世界は創られ、その場にいた多くの者達が閉じ込められた。

 発動者たるパンドラ、瀕死の堕天使、包囲していた十五体の(しもべ)達。

 その者らの姿は何処にもない。

 見晴らしのよい草原地帯に身を置くのは、“真なる無(ギンヌンガガプ)”を所持していたアルベドと、元世界級(ワールド)エネミーのルベドだけだ。

 

「さぁ、私達も山河社稷図(さんがしゃしょくず)の世界へ入るわよ」

 

「――はい、アルベドお姉様」

 

 ほどなくして、世界を滅ぼせる強さと魔王すら魅了する美しさを備えた最強の姉妹は姿を消した。

 ちっぽけな堕天使を抹消するという想いを胸に――。

 

 

 ◆

 

 

 その世界は広大で、ナザリック地下大墳墓第八階層の荒野を思い出させる造形であった。

 足を踏み入れたアルベドは、わざわざ荒野の世界を選択したパンドラのセンスに少しばかりの不快感を覚えてしまう。

 第八階層の荒野はアルベドにとって敗戦の地である。

 守護者達が敗北を喫した為に、至高の御方々がその身を危険に晒して千を超えるプレイヤーと戦うことになってしまった――守護者にとっては恥辱の地なのだ。

 アルベド自身は玉座の間を護っていたので参加していなかったが、統括の身としては無念の想いが強い。もし自分が迎撃へ出ていたならば、少しはモモンガ様の御役に立てたのではないかと……。

 

「ああ、今はそんな余計なことを考えている場合じゃないわ。さっさとパンドラを探さないと……」

 

「――アルベドお姉さま。向こうにパンドラズ・アクターが見える」

 

「あら、ありがとうルベド。……だけど、どうしてあんな遠くにいるのかしら? 後から世界に入ったとはいえ、立ち位置がこんなにズレるなんて……」

 

 “山河社稷図(さんがしゃしょくず)”の機能については、アインズからしっかりと教えを受けている。ナザリックの守護者であるならば、誰もがその注意すべき奪還条件についても理解していることであろう。……シャルティアはちょっと不安。

 だが、実際に使用経験があるかというと否である。

 現時点でのように、世界級(ワールド)アイテムを持った者が“山河社稷図(さんがしゃしょくず)”で創造した別世界へ後から合流した場合、出現位置がズレるかどうかなんて検証したことはない。

 パンドラと十五体の(しもべ)達が集まっているところまでは、普通に歩いて五分はかかるだろう。無論、走れば一瞬だが――。

 

 

 

 

「……パンドラ、どういう事か説明してもらえるかしら?」

 

 アルベドの声は平坦で、怒っているのか感情を殺しているのかよく分からない。

 

「はい、もちろんです統括殿! 先程、禁句の御方を逃がしました。今頃は完璧な隠密状態で逃走しているところでしょう!」

 

 当然、身体は完璧に回復させました――と語るパンドラは、周囲の困惑を全く感じていないようだ。

 パンドラに閉じ込められた十五体の(しもべ)達は、チームの副リーダーが行った行為に戸惑い、次に起こるであろうリーダーからの苛烈な制裁を想像し、身を震わせる。

 

「逃がした……ですって? ふ~ん、そう……、そういう事」

 

「――アルベドお姉さま! コイツ殺す? 殺してイイ?!」

 

 アルベドを庇うように一歩前へ出てくるルベド――この者は、金貨で召喚された十五体の(しもべ)のようにパンドラに対し絶対服従、ではない。

 アインズ直轄の(しもべ)であろうと恐れないし、戦うことも厭わないのだ。

 ルベドにとって絶対なのは二人の姉のみ。一応アインズの命令も聞き入れはするが、それは姉の指示があってこそ、である。

 だからこそナザリックにおいて異端であり――最強なのだ。

 

「おお! 恐ろしいですなっ! かつて至高の御方々が集団戦で生け捕りにした世界級(ワールド)エネミー! 私ごときでは三手で殺されてしまうでしょう。しかぁーし! むざむざやられる私ではありませんよっ!」

 

 ――変身、モモンガ――

 

 パンドラの台詞が終わると同時に囁かれた一言は、その場にいるはずのない御方を登場させてしまう。骸骨の頭に魔王のごとき重厚なローブ――無論外見だけの模造品ではあるが――身に纏うオーラが何処と無く似ているような気がして、時と場合によっては見抜けないかもしれない。

 周囲に控えていた十五体の(しもべ)は一斉に跪き、頭を下げる。たとえ至高の御方自身ではないと判っていても、その御姿を前にして呆然と立ち尽くす――なんて無様な真似が出来るはずもないのだ。

 

「何をしているアルベド、お前の妹が私に殺気を放っているぞ。……もしかして、私を害しようというのか?」

 

「――アルベドお姉さま、いつでもやれるよ。命令して」

 

「……ふん、下がりなさいルベド。それと……アインズ様の声で私を非難するような台詞を吐かないでもらえるかしら、パンドラ」

 

 アルベドは至極冷静だった。

 パンドラとのくだらないお喋りの間にも、抹殺しようとしていた禁句の御方は逃げて隠れて、もう手の届かないところへ行ってしまったであろうに……。何故かアルベドには焦りの色が見えない。

 感情を表に出さないルベドの方が怒り狂って見えるほどだ。

 

「これはこれは……。統括殿はやはりっ、私の行動を予測していたのですね。私が禁句の御方を害しないと初めから承知の上だったとっ!」

 

「腐っても至高の御方。一筋縄ではいかないと思っていたわ。当然邪魔が入ることも想定の内よ。と言っても、抹消可能であるならこの場でヤルつもりだったけど、ね」

 

 アルベドにとって道化野郎の行動は想定済み。しかしパンドラの能力無しでは禁句の御方を追い込むことは出来なかったので、必要なリスクであると納得していたのだ。

 禁句の御方に逃げられるのは仕方なしと割り切り、アルベドは出来得る限り――己の欲望を叶えようと画策したのである。

 それが用意していたあの台詞であり、拷問のような暴力なのであろう。

 ただ――これで終わりではない。

 アルベドが……、ナザリック最高の頭脳を誇る守護者統括が、相手を多少削った程度で満足するわけがない。

 

「パンドラ、貴方はどうせ禁句の御方に助言したのでしょう? アインズ様と合流して保護してもらうように、とか? ふふ、ならばこれよりプランBへと移行するわ。くふ、くふふ、アインズ様は私の意図を汲んで下さるはず。だからこそ私の予想通りに動いて下さるはず……うふふふ」

 

「プランBですと? 何やら不穏な空気を感じますが、アインズ様が選んだ結果なれば、統括殿の願い通りの結末であろうと問題ありません。全ては我が造物主たるアインズ様の御心のままに……」

 

 ぐねぐねと身体を変形させて元の姿へと戻るパンドラは、アルベドが想い描いているであろう未来の光景をなんとなく想像できてしまうのだが――、結果としてアインズ様の為になればどうでもよいことなので気にはしない。

 アインズ様さえ良ければ、余所で誰が死のうと関係ないのだ。無論、それが至高の御方々であろうとも。

 

「さぁ、ナザリックへ帰るわよ。早くアインズ様に会いたいわ。……ああ、そういえばパンドラ。貴方がルベドと対峙した先程の件だけど、私が止めなかったらどうする気だったの? 勝ち目は無かったと思うけど……」

 

「御心配なく、ルベド殿の起動限界が三十分であることは存じております。故に私と対峙したあの瞬間、ルベド殿に残された時間は十数分。ぶくぶく茶釜様の能力をお借りすれば凌げる時間でありましょう。装備品もそれ相応の品を取り揃えて御座います」

 

「ふん、そこまで分かっているなら早くして頂戴。ルベドは結構重いから、眠ってしまうと大変なのよ」

 

「――アルベドお姉さま、……ひどい」

 

「承知いたしました。――〈転移門(ゲート)〉」

 

 隔離空間を解除し、山羊頭の悪魔に変身したパンドラは、その膨大な魔力で漆黒の闇を作り出すと、レディファーストとでもいわんばかりに最強姉妹を先へと促す。

 闇が繋がる先はナザリック地下大墳墓の入り口正面。

 無限とも言える距離を一瞬で移動できる転移門(ゲート)は、ナザリックに於いて頻繁に使用される魔法的移動手段であるが、異世界ではあまりに異質だ。

 アルベドとルベド、パンドラと十五体の(しもべ)達。それら超一級の戦力が瞬時に移動してくるさまは、世界の終りを連想してしまうかもしれない。

 なんとも思わないのはナザリックに連なる者達だけであろう。

 

「ふぅ、一先ずは順調かしらね。此方に被害は無いし……あぁでも、タブラ・スマラグディナ様のことについて聴いておきたかったわ。パンドラ――、貴方がもう少し後で行動してくれたら……」

 

「おぉ~やおや、タブラ・スマラグディナ様にぃーついてとはっ? 初耳ですが」

 

 ナザリックの入口へ向かう途中、アルベドからは少しばかり非難めいた声が上がる。口調からしてそれほど気にしているわけでもなさそうだが、至高の御方の名前を挙げている時点で、パンドラとしては追及せずにはいられない。

 

「この真なる無(ギンヌンガガプ)の事よ。私に持たせて……悍ましい行為を強要した意図について、あの者なら何か知っているんじゃないかと思っていたのだけど――」

「おおぉぉ、悪戯の件で御座いますねっ! 流石は至高の御方! 我が造物主たるアインズ様をドッキリに嵌める為、世界級(ワールド)アイテムまで持ち出すとはっ! スケールの大きさに身が震える想いであります! しかぁーし! どんな悪戯が行われたかまでは知り得ませんでした。さぁ統括殿! 私に教えて下さい! 貴方は真なる無(ギンヌンガガプ)で何を成したのですか?! アインズ様はどんな反応を?!」

 

「……いたずら? ですって?」

 

 無意識の内に足を止めていたアルベドは、パンドラの興奮を帯びた発言に少しばかり混乱してしまう。

 タブラはあの日、“真なる無(ギンヌンガガプ)”を用いて玉座に座るであろうモモンガを攻撃するよう命令を下してきた。アルベドとしてはモモンガに対する暗殺行為以外の何モノでもなかったのだが……。

 悪戯とはどういうことなのか? 禁句の御方も一枚噛んでいたのではなかったのか? アルベドは怒りを覚えながらも、パンドラから更に詳しい話を聞こうとして――

 

『アルベド、聞こえるか?』

「はい! アインズ様! 如何なさいましたか?」

 

 ふいに響く愛しい御方の声。

 アルベドはその場へ跪き、伝言(メッセージ)の繋がりに意識を向ける。

 周囲にいたパンドラや(しもべ)達も、アインズ様の御言葉が守護者統括に伝わっているのだと認識すると、即座に跪いて溢れんばかりの敬意を示していた。――ただしルベドは除く。

 

『緊急事態だ――』

 

 アインズの声は深く静かな怒りに満ち、アルベドの下腹部を刺激する。

 至高の御方の頂点であるアインズが何に怒り、これから何を成そうとしているのか? アルベドにはよく分かっていた。いや――慈悲深きアインズ様がアルベドの考えを読み解いた上で、敢えてその通りに動いて下さると確信していたのだ。

 だからこそアルベドは愛に震える。

 

 ――愛することを許された私こそが、モモンガ様の正妃に相応しい――

 

 頭に響く夫からの指示に酔いしれながらも、アルベドは守護者統括としての役目をこなしていく。そして戦場へと出かけていく愛しい人を見送った。

 無論、傍に付き従いたかったのは言うまでもない。

 しかしながら夫が外で憂いなく戦えるのは、帰るべき場所を「愛しい妻」が護っているからであろう。ただ……夫の向かう先で待ち構えているのは、十中八九『禁句の御方』であるからこそ不安も募る。

 

(腐っても至高の御方ですものね……)

 

 結論はアルベドにも分かっているし、全てはアインズ様の掌の内だ。

 とは言っても、あの裏切り者が不快な発言をしないか、不確定な要素を持ち込まないか――アルベドとしても気が気じゃない。

 

 アルベドはアインズを見送る為に下げていた頭をゆっくりと上げ、眠そうなルベドと何を考えているのか分からない埴輪顔の守護者を眺める。

 

「さぁ、ナザリックの防衛を任されたのだから行動へ移るわよ。――ああ、パンドラ。貴方には後で話があるから……。悪戯の件と、そう……『禁句の御方』に何か聞いていたわね。その件について色々喋ってもらうから――頼んだわよ」

 

「かしこまりました統括殿。と言いたいところですが一つ提案を……。その場に『禁句の御方』も同席してもらった方が宜しいのではありませんか?」

 

 パンドラの言葉に、アルベドは即死効果をもっていそうな最高の笑顔で答える。

 

「そうね、生きていたら……ね」

 

 ナザリック地下大墳墓の正面入り口。

 其処では世界を滅ぼせる十五体の異形達と、そんな(しもべ)におんぶされている熟睡中の神をも殺せる最高位の天使、そしてクルクル回る軍服姿の埴輪顔俳優と――この世のモノとは思えぬほどの美しさを備えた白き悪魔が、戦力大幅減となってしまったナザリックの防衛へと動き出そうとしていた。

 




わ~い、ハッピーエンドまっしくらだね!
後はアインズ様と堕天使がハグして一件落着。
やっぱり王道が一番!

今まで大変な人生(天使生?)を歩んできたけど……。
どうやら最後の最後で報われるようですな。
よかったよかった。

ホント……ヨカッタネ……。

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