堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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分割投稿の後半で御座います。

まぁ、色々ありましたけど、そろそろ決着と相成ります。

魔王アインズに襲い掛かる堕天使パナップ!
その鋭き一撃は、アンデッドすら撃ち滅ぼす!
もはや誰にも止められない最悪の結末!
最後に立っているのは魔王か、堕天使か?

ってB級映画の宣伝文句みたいだね♪



処刑-7

 アインズがデミウルゴスの状況を気に掛けていたその頃、漆黒聖典の死体が散らばるトブの大森林では、奇妙な緊張感が漂っていた。

 世界級(ワールド)アイテムは二つとも奪取できたし、漆黒聖典の隊長は虫の息、魔法詠唱者(マジック・キャスター)らしき女は蹲ったまま泣き続けているだけだ。堕天使に変身している誘き出し要員は、コキュートスが小脇に抱えておりいつでも殺せる状況にある。

 それなのに一体何が起きようとしているのか?

 答えをくれるのは、森の奥を見つめていたアウラのようだ。

 

「アインズ様、かなり強い人型が一体此方へ向かってきます。完全武装なので敵かと思いますが、先程の者達とは比べ物になりません。身に着けている武具も私の弓に匹敵するほどです」

 

「ふむ、スレイン法国か別の者か……。どちらにせよ、まだ隠し玉があるということだな。面白い、顔を見てやろう」

 

 アウラが警戒するのだから、今まで出会った中でも最高ランクの敵なのであろう。

 アインズとしては一応戦闘準備をするものの、どんな相手なのか、プレイヤーなのか――と好奇心の方が勝ってしまいそうになる。

 

「みーつけたっ! ……ふーん、やっぱり思った通り化け物だらけね。後をつけてきたかいがあるってものだわ。さっ、私を楽しませて頂戴!」

 

「はぁ?」

 

 拍子抜け――アインズが漏らした感情はそのようなモノであろう。

 森から飛び出てきたのは女だ。しかも若い、というか幼い。

 髪の半分が白銀でもう片方は漆黒だ。瞳の色まで左右で異なり、普通の人間ではないように見える。一瞬だけ視界に入った耳の特徴からすると、森妖精(エルフ)か、その血を引いている混血(ハーフ)ということなのだろう。

 ただ、沢山のおもちゃを与えられた子供のように笑顔満載なのは何故だろう。

 目の前にはシャルティアが刺し殺した漆黒聖典らが転がっているのにだ。笑える状況ではあるまい。

 

「お前は何者だ? スレイン法国に連なる者か? 仲間を助けに来たのか?」

 

「私は“絶死絶命”って呼ばれているけど、まぁスレイン法国に所属しているのは確かよ。この装備だって法国の神様からお借りしているモノだしね。まっそれより、さっさと戦いましょ! あなた達を皆殺しにして早く帰らないと、抜け出してきたことがバレちゃうの」

 

「……アインズ様、あの者の始末は私に任せて欲しいでありんす」

 

 十字槍のような戦鎌(ウォーサイズ)を何度も地面へ叩きつけ我儘を振り撒く少女に対し、一歩前へ進み出たのはシャルティアだ。

 先程殲滅した漆黒聖典では、己の失態を埋めるに値しないと判断したのであろうか? アインズを見つめる瞳の奥には、悲痛な懇願が込められているかのようである。

 

「そうだな、シャルティアが戦うに相応しい相手ではあるようだが……、装備品が借り物とはな。本人に合わせてカスタマイズされていなければ、神器級(ゴッズ)であろうと大した事はないというのに――もったいない話だ。そう思わないか、シャルティア」

 

「はい、アインズ様。私専用の武装とは比べ物にならないでありんす。全て剥ぎとってナザリック防衛の資材とするべきでありんしょう。中身の小娘は実験に使うべきかと思いんす」

 

「ちょっとちょっと! 何好き勝手なこと言ってんのよ! くだらないお喋りは私に勝ってからにしなさいよね! さもなぃ――」

 

 会話途中でありながら反応できたのは、流石は人類の最終兵器であると言うべきか?

 目の前に迫るスポイトランスを戦鎌(ウォーサイズ)で横へ弾き、勢い余って体勢を崩してしまった真祖(トゥルーヴァンパイア)へカウンターを叩き込もうとし――“絶死絶命”はもう一本の真っ白なスポイトランスで頭を貫かれた。

 

「――っぐぇ? ――っ?」

 

「やれやれコイツもか……。戦闘前に準備時間を与えてどうする? それに相手の特殊技術(スキル)や特性が判っていないのに、初手から対策無しで密着するとは……。策を使うために突っ込むのとは訳が違う。それで勝てるのはたっちさんぐらいだぞ」

 

 アインズの視線の先で“絶死絶命”の頭を貫いていたのは、シャルティアの奥の手『死せる(エイン)勇者の魂(ヘリヤル)』である。

 シャルティアは、アインズと会話しながらも自分の陰に隠れるよう――魔法や特殊技術(スキル)は使えないがレベル百に相当する己の分身――『死せる勇者の魂(エインヘリヤル)』を召喚していたのだ。そして相手のカウンターを誘うよう体勢を崩し、渾身の切り札をぶつける。

 タブラ曰く『すぺしうむ攻戦』――という初手で全力攻撃をする戦法らしい。アインズも随分前に聞いただけなので、その言葉の意味は知らないのだが……。

 このような戦い方は、いつものシャルティアを知る者なら有り得ないと思うかもしれない。だが魔樹との戦闘からずっと、敵対プレイヤーを想定した訓練を続けていたのだ。アインズからの助言も、全てメモに書き留めて復習を欠かさないという徹底ぶりである。

 だからこそシャルティアは、“絶死絶命”の胸がぼんやりと光っているさまを見ても――焦らず次の行動へと移れるのだ。

 

「アインズ様! 蘇生アイテムです!」

「シャルティア、そのまま両腕をもげ! マーレ、捕縛せよ!」

「は、はい!」

 

 シャルティアは“絶死絶命”の装備を剥ごうとしていた勢いそのままに、その者の両腕を籠手(ガントレット)ごと引き千切った。

 と同時に、メモの内容を反芻する。

 プレイヤー戦で相手を倒した場合に起こり得る想定――復活だ。

 

「ぃんがががぁああ!!」

 

 穴の開いた“絶死絶命”の頭部へ肉が戻り、脳みその再構築が始まる。

 引き千切られた両腕が再生され、シャルティアの手元にあった少女の腕は、籠手(ガントレット)と複数のアクセサリーを残して消滅してしまった。

 即時蘇生アイテムによる復活はHP全開で状態異常全回復が常識であり、ユグドラシルに於ける一般的な課金の産物だ。しかし異世界でその効果を見てしまうと、グロいことこの上ない。

 完全に潰された人間の頭が再生されていく途中経過なんて見るもんじゃないな――とアインズは少しだけボヤいていた。

 

「さてマーレ。首尾はどうだ?」

 

「だ、大丈夫みたいです、アインズ様。拘束の耐性アイテムは、シャルティアさんが剥がしてくれましたから……」

 

 無い胸を張るヴァンパイアの傍から、マーレは植物による拘束魔法が十分に効果を発揮していると伝えてきた。

 アインズが視線を向けると、そこには全身を蔦系の植物に貫かれた――というか縫われた“絶死絶命”の姿が見える。

 まるで人間という布地へ、ぶっとい蔦植物という糸を縦横無尽に縫い込んであるようだ。重要な内臓器官は避けてあるようだが、ある意味“ぷにっと萌え”となった幼い少女の無残な姿には、死の支配者(オーバーロード)であるアインズも、ちょっとだけやり過ぎなんじゃないかと思ってしまう。

 マーレの褒めて欲しい、といわんばかりのキラキラ瞳に比べたらどうでもイイことだが。

 

「ああああぁああ!! なんで?! なんで切れないのよ! この草はぁ!!」

 

(蘇生直後なのに元気だな。……それにしても蘇生アイテムかぁ。身体の中へ埋め込んであったのにはビックリしたけど、プレイヤーが残していったユグドラシルのアイテム……。ん~、もったいない。事前に知っていれば回収したのになぁ。あ~ぁ、情報収集は大事だってことですね、ぷにっとさん)

 

 蔦に噛みついている半裸の“絶死絶命”を暖かい目で見守りながら、アインズはユグドラシルの思い出に浸っていた。

 懐かしいゲーム時代のアイテムを目にしたからか――、厨二病真っ盛りのPK上等白黒少女と出会ったからか――。アインズは「ぺロロンさんがいたら喜ぶだろうな」と、シャルティアとマーレの頭を撫でながら変態紳士の思い出とともに笑う。

 

「面白そうな実験動物も手に入ったことだし……、今回は大収穫だったな。よくやったぞシャルティア」

 

「ああ……アインズさまぁ」

 

「アウラとマーレも素晴らしい働きだった」

 

「はい、ありがとうございます! アインズ様」

「あ、ありがとうございます。アインズ様」

 

「コキュートスとセバスには活躍の場を与えてやれず、すまなかったな」

 

「オオ、ソノヨウナコトハ……。モッタイナイ御言葉」

「アインズ様の警護は名誉ある任務でございます」

 

 一人一人に労いの言葉をかけるアインズは、この時……思い出していた。

 

 ――『ギルド拠点に帰るまでが世界級(ワールド)エネミー戦ですよ』――

 

 遠い昔、誰かにかけた言葉なのだろう。

 最後の最後まで油断せず、周囲を警戒し、レアアイテムの横取りを狙うPK野郎を返り討ちにする。

 アインズ・ウール・ゴウンの基本行動であり、ユグドラシルでの常識だ。

 しかし、この異世界でも同じ常識が通用するとは、アインズとしてもビックリであっただろう。

 遥か上空、警戒線の外側に――闇が口を開けたのだ。

 

「ア、アインズ様! 〈転移門(ゲート)〉を確認しました! 迎撃しても?!」

「待つのだ、マーレ。結界の外側だから『爆撃』の心配はない。まぁ、落ち着け。この世界にきて初めての〈転移門(ゲート)〉使用者だ。プレイヤーの可能性は極めて高い。その顔を見てやるとしよう(……大人数だったら即撤退だけどな!)」

 

 突拍子もない転移門(ゲート)の出現に、アインズはビクッと背筋を伸ばすところであったが、マーレのお蔭でなんとか平静を保てた。

 後で何か褒美をあげるべきだろう。

 

 それにしても――とアインズは骨の指を顎へつける。

 

(出てこないな。ん~、これってもしかして……、ユグドラシルで言うところのノックか? いきなり現れて驚かせないために、一拍おいてから出てくるって……)

 

 ユグドラシルでの転移マナーを懐かしく思うアインズであったが、異世界における転移門(ゲート)の姿は、一般人にとってゲームで驚くような軽いレベルではないはずだ。もし目の前で転移門(ゲート)が開いたなら、姉妹が抱き合って股間を濡らすほどであろう。

 だからこそ転移門(ゲート)使用者が注意を払っている可能性もある。

 アインズとしてはユグドラシルの転移マナーを知るプレイヤーであってほしいと思っているが、現地人であることも否定はできない。

 確かなことは、スレイン法国の関係者――だということぐらいか? いや、そうとも限らないか?

 

「アインズ様、出てきたでありんす!」

 

「なっ、なんだと?」

 

 闇から出てきたのは白い骨の手だ。

 続いて黒いローブを着込んだ骸骨がその全身を現し、ゆっくりと降りてくる。

 

死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)か? 異世界でこんなヤツを見るとは……。副官召喚によるNPCだな。ということは――」

 

「御察しの通りでございます、偉大な御方。私は六大神が一人、スルシャーナ様の創りし(しもべ)でございます。どうかお見知りおきを」

 

 大地へ降り立った死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)は即座に跪き、シャルティア達の殺気から身を守る。

 どうやら敵対の意思は無さそうだ。

 

「な、なんでミマモリ様が此処にいるのよ?! 貴方が出てきたら法国はお終いでしょ!」

「黙りなさい絶死絶命! 貴方達は今がどんなに恐ろしい状況か分からないのですか? スレイン法国が滅びる瀬戸際なのですよ!」

 

 指一本動かせない“絶死絶命”を一瞥し、死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)はアインズへと向き直る。

 アインズは、その骨だけしかない顔に悲壮な覚悟があるのを感じとっていた。

 

「ミマモリ、とは妙な名だな」

 

「はい。我が主から名前を授かる代わりに、スレイン法国を見守るようにとの勅命を受けました。そのことからミマモリと名乗っております」

 

「お前の主は何処にいる?」

 

「私に勅命を与えた後、八欲王との会談へ赴き、そのまま帰ってきませんでした。私との繋がりは切れ、復活の痕跡もなく、現時点では死亡消滅したものと判断しております」

 

「ふむ……(召喚主が死亡しても自我を保てるのか? これは良いサンプルになりそうだ)――それで? 何か私に話すことがあるからやってきたのだろう?」

 

「はい、偉大な御方。私自身、絶死絶命、漆黒聖典全隊員、スレイン法国上層部、全神官及び全兵士。この者ら全ての命を捧げ奉ります。故にどうか――何も知らない国民の命だけは見逃して頂きたく、お願い申し上げます」

 

 助けにきたわけではなく、己の助命嘆願ではなく、言い訳を垂れ流しにきたわけでもない。

 アインズは「う~む」と少し唸って跪く骸骨を眺める。

 装備品はなんの効果も持たない黒いローブのみだ。武装は無く、アクセサリーも一切無い。恐らく最初から覚悟を決めていたのだろう。

 いまだ「勝手に決めないでよ!」とか「一対一なら勝てる!」などとほざいている“絶死絶命”とは雲泥の差だ。白黒少女は、瞬殺過ぎて自分が負けたことを自覚できていないのだろうか?

 

「その覚悟や良し。とはいえ、私に敵意を持つのなら乳飲み子だろうと殺さねばならない。逆に言えば、私に従うのであればお前であろうと死ぬ必要はないということだ。だからミマモリよ、お前が選別せよ。スレイン法国へ戻り、私に従うかどうかを問え。そして従わぬ者はお前の手で殺すのだ。一般国民も例外ではない。線引きの基準は、アインズ・ウール・ゴウンに従うか否か、だ」

 

「偉大な御方、スレイン法国存続の可能性を残してくださいまして、まことにありがとうございます」

 

 アインズはスレイン法国を完全に消滅させるつもりでいた。

 シャルティアの苦悩を考えれば、それでも足りないくらいであろう。ただ漆黒聖典や絶死絶命、変身野郎を蹴散らして気分が良かったりもする。シャルティアの名誉もある程度回復できただろうし……。

 そんなときに現れた話の分かる死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)だ。落としどころとしては悪くない、とアインズは自画自賛していた。

 

「ああ、ところでミマモリよ。スレイン法国にいるお前程度の強者は何人だ?」

 

「はい、偉大な御方。高齢ながら最高神官長、そこにおります絶死絶命、もはや瀕死のようですが漆黒聖典隊長、そして私――の計四名でございます」

 

「ん? ちょっと待て。ということはコイツが最高神官長とやらか? 神官でありながら完璧なまでの変身能力を有するとは、ますますあの人みたいだな」

 

 アインズはコキュートスが小脇に抱えている変身野郎を指さす。

 

「偉大な御方。申し訳ありませんが、その者のことは存じません。最高神官長が国の外へ出ることはありませんし、変身能力などは所持しておりませんが……」

 

「はぁ?!」

 

 黒ローブ骸骨の言葉に、アインズは骨の顎が下に落ちそうなほど素っ頓狂な声を上げてしまう。

 全く想定していなかった返答なのだ。スレイン法国の特殊部隊に襲撃させようと、ギルメンに変身してアインズを誘き出した存在が、法国と無関係なわけがない。アインズの心臓掌握(グラスプ・ハート)をギリギリとはいえ抵抗(レジスト)したのだから、最低でも神槍持ちの優男より強者であろう。

 

 黒ローブ骸骨が嘘を言っているとは思えない。

 となると――。

 

「いやいやいや、法国に連なる者であるのは間違いなかろう。でなければ、どうやってギルメンの姿を手に入れたというのだ?」

 

「まことに申し訳ありません、偉大な御方。貴方様に通じるような変身能力を持つ強者であれば、私が知らないはずはありません。その黒い羽を持つ者の正体が何かは分かりませんが、間違いなく法国所属の者ではない、と」

 

 死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)は必死に真実だけを語る。それだけがスルシャーナ様の勅命を遂行する、ただ一つの道だと信じて……。

 

「ならば貴様は何者だ! 答えよ!! 今だけ口を開くことを許してやる! だがもし、余計な戯言をほざくなら……」

 

 イラつきを隠さないアインズは、コキュートスの前まで歩を進めると膨大な殺気で場を支配する。期待通りの答えを返さなければこの場で殺すつもりなのだろう。

 アインズが軽く指を振るだけで、コキュートスの斬撃が放たれるのだ。簡単なことである。

 

 

 

 

 場は静寂で満ちていた。

 時折、“占星千里(せんせいせんり)”の押し殺すような泣き声が響いてくるものの、“絶死絶命”は口の中まで植物が入り込んで喋れず、漆黒聖典隊長は気絶。死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)は無言のまま跪くだけで、偉大な御方の邪魔をするつもりはないようだ。

 

 パナップはコキュートスに抱えられながら必死に頭を働かせる。

 今までの人生の中で、最も多くの血流が脳みそへ流れこんでいたことだろう。己の生き死にがかかっている決断であり、発言なのだ。

 普通に自分がパナップであることを主張しても、徒労に終わるのは分かっていた。

 即座に否定され、同時に首が飛ぶだろう。

 必要なのは一言だ。

 一言で自分がパナップであること、偽物ではないこと、アインズに会いにきたこと、敵意がないこと等々、全てを理解させなければならない。

 不可能だ――とパナップは思う。

 しかしこのままでは殺されて、どこか別の場所でリスポーンしてしまうだろう。

 パナップは少しずつ、自分の置かれている状況が見え始めていた。

 リスポーン直後のパナップであるならば、アイテムドロップや全ての特殊技術(スキル)が解除されていることもあり、ニグレドでも発見が可能であろう。ぬーぼーの能力を使用できるパンドラが協力しないのなら、その方法でしかパナップを見つけ出すことはできない。

 ちょうど今頃、アルベドは姉の協力を仰ぎ、パナップのリスポーン地点を見つけだそうと鼻息が荒くなっているはずだ。

 だからこそパナップは死ねないし、死ぬわけにはいかない。――次はもう助からないだろうから。

 

(モモンガさんが私を殺した後なら、気兼ねなく抹消できるってこと? 追いかけてこなかったのは他に手があったから? ……ああ、くそっ! どうしたらイイっていうのよ?!)

 

「だんまりか? さっきは威勢よく喋っていたというのに……。つまらん……」

 

 ため息のようなものを吐きながら骸骨魔王は右手を挙げ――

 パナップの目に、骨の人差し指が映る。

 

「コキュートス、や――」

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)!!!」

 

「――えっ?」

 

 パナップの絶叫がほとばしる。

 これでもか、と言わんばかりの魂から絞り出したかのような大絶叫だ。

 骸骨魔王は時間でも止められたかのように停止してしまい、次の行動へ移れない。何かの状態異常であろうか?

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)!」

「いや、ちょっ!」

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)!!」

「なんで?! っていや、敬礼すんな!」

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)!!!」

「くそっ! コキュートス! そいつの口を塞げ!」

「ハッ!」

「んんんーーーー!!」

 

 パナップはやけくそ気味であった。

 後先考えず思いついたことを口へ出し、コキュートスに抱えられながらビッタンビッタンと暴れ跳ねる。

 その姿は釣り上げられたばかりの巨大な魚であるかのよう……。

 パナップ自身、もはや訳が分からないのかもしれない。

 

 

 

 

 訳が分からないといえば、アインズも負けてはいないだろう。

 放たれた叫びがあるはずのない脳まで響き、流れるはずのない冷や汗が背中を濡らしているように感じる。

 いったいどういうことなのか? ――アインズは一人、精神抑制の力を借りて考えに沈む。

 

(ちょっとまてちょっとまて、オカシイだろ! 変だろ! なんであの台詞を知っているんだよ?! シャルティアがパンドラと出会ったのは蘇生のときが初めてのはずだ。記憶を覗かれても知り得るはずがない!)

 

 アインズは一つずつ可能性を潰しながら、やはりおかしい――と呟く。

 そしてシャルティアを呼び、最後の可能性について問う。

 

「シャルティアよ、この者が先ほど何を言ったか理解できたか?」

 

「言葉自体は初めて耳にするモノで分かりんせんでありんしたが、意味自体は理解できたでありんす。え~、『我が神のお望みとあらば』という意味だと思いんす。アインズ様への絶対服従を示しているようでありんすから、これからは私も使ってみようかと思いんす」

 

「(やめてくれ、幼い少女にドイツ語喋らせて従わせるって……、パンドラ以上にダメージを受けそうだ)……シャルティア、先程の言葉は使わないように。分かったな」

 

「は、はい。かしこまりんした」

 

 少ししょぼんとするシャルティアは放っておいて、アインズは変身野郎へと視線を戻す。

 

(ぺロロンさんが教えていたという線は消えた。ということは、この者は最初から知っていたということだ。つまり……つまり……う、うそだろ?)

 

 やってしまった――そんな想いがアインズの中から溢れてくる。

 とんでもないことをやってしまった――様々な後悔が寄せては流れ、アインズの全身を震わせる。

 コキュートスが抱えている――体力を使い切ってぐったりと倒れ伏せ、意識朦朧でボロボロの――堕天使は、パナップだ。

 それ以外に考えられない。

 ナザリックの(しもべ)達が、至高の御方であると認識できない理由にも心当たりがある。

 

「コキュートス、その者のアクセサリーを全て外せ。ああ、心配は無用だ。危険性はないと判断している」

 

「ハッ! タダチニ!」

 

 アインズが大丈夫と言ったなら盲目的に従う――というのはちょっと問題かもしれないが、コキュートスは即座にパナップの指輪、腕輪、首飾り、額飾りを外していく。腕が四本もあるのであっという間だ。

 しかし指輪の一つを外した瞬間、それは起こった。

 シャルティアもアウラも、マーレもセバスも皆一様に青い顔を見せ、その場へ跪いたのだ。コキュートスもパナップの身を慎重に木陰へ下ろし、全身を震わせながら従者の如く脇へ控える有様である。

 アインズは焦らず理解する。

 今まで一人だったから認識できなかったが、指輪を外したパナップから感じるのはナザリックに君臨する絶対支配者の気配だ。

 こっそり抜け出して散歩に行こうとしたあの時、あっさりと見付かった理由がよく分かる。アインズが感じる気配は、百メートル先であろうと察知できる規模だ。

 

(間違いなくパナップさんだよ!! 本物だよ! どどどど、どうしよー!! 会えて嬉しいけど――この状況はマズイ! 思いっきり攻撃しちゃったよ! ってかなんでこの世界にいるの?! ユグドラシルは辞めたんじゃなかったのか?! いやいや、今は治療しないとっ!!)

 

 こんなとき精神抑制は助かる――そんな感想を持ちつつ、アインズは現状からの脱却を模索しはじめていた。

 まずナザリックへパナップを回収し治療をする。その後はNPCへの言い訳を考える。とはいってもアルベドやデミウルゴスに通用するとは思えない。ここは一つ、正直に間違えましたテヘペロと謝るべきかもしれない。

 そして最後に――パナップへの謝罪だ。

 アインズはなにか複雑な思考を巡らしているようなフリをしつつ、頭を抱える。

 

(怒ってる……よな? 間違いなく激怒しているよなぁ。……はぁ、仲間を探している俺が仲間を攻撃するなんて――最低だよ! なにバカやってんだよ俺! ああもぉ! どうしてこうなった!?)

 

 森の木々に背を預け、意識を朦朧とさせながら頭をフラフラさせているパナップの前で、アインズは叫びたくて仕方がなかった。ついでに土下座して謝りたかった。

 自分がユグドラシルのモモンガであったなら即座にそうしたであろうが、今は異世界のアインズ・ウール・ゴウンなのだ。NPCの前で無様な振る舞いはできない。

 

「セバス、転移門(ゲート)を開くからパナップさんを連れて……そうだな、私の寝室へ寝かせろ。ペストーニャに治療を指示し、完治したなら私へ連絡を」

 

「はっ、かしこまりました」

 

「シャルティア、アウラ、マーレはこの場の後始末を頼む。スレイン法国の特殊部隊とそこの絶死絶命とやらは死体ともども回収せよ。アイテムも忘れるな」

 

「かしこまりんした、アインズ様」

「はい、お任せ下さい」

「は、はい。わかりました」

 

「それと……ミマモリ。スレイン法国への対応はお前に任せる。恭順の意を表さぬ者は全て殺せ。それができないのなら……法国は消滅する。分かったな?」

 

「かしこまりました、偉大な御方。必ずや良き結果を……」

 

「よし! コキュートスは私に付き従え。ルプスレギナとカルネ村の者達が不安がっているだろうから話をしにいくぞ」

 

「ハッ! アインズ様ノ護衛トハ、ア、有リ難キ幸セ」

 

 アインズの指示にどの者達も即応するが、微かに視線が泳いでいるところをみると、パナップの存在が気になって仕方がないのであろう。先程まで敵意を向けていたこともあり、後悔と自責の念に駆られているようでもある。

 一撃を加えているコキュートスなどは、特に動揺が酷そうだ。

 

「(あ~、なんて言えばイイんだよ~。ギルメンをPK――じゃなくて殺しかけました~なんて言ったら茶釜さんにブッ飛ばされて――)ん? デミウルゴスか?」

 

 アインズは左耳へ手をつけて――そんな動作は必要ないのだが――伝言(メッセージ)の繋がりへ意識を向ける。

 

『はい、アインズ様、デミウルゴスでございます。御命令通り、ネズミの処理を完了させましたので御報告いたします。ネズミはやはり操り人形でした。実力から十三英雄の一人“白銀”であることは間違いないと思いますが、実態は中身が空の鎧人形です。本体の位置は妨害もあって特定できませんでした。申し訳ありません。ただ、この世界の安定を望むかのような口ぶりから察するに、竜王(ドラゴンロード)かそれに類する者ではないかと思われます』

 

「うむ、よくやったぞ、デミウルゴス。しかし……だな、こっちでは少し予定外のことがあって、な。今からナザリックへ戻るところだ。デミウルゴスも後始末を終えたら帰還するように……。あぁそうだ、戻ったら守護者全員を第六階層の円形劇場(アンフィテアトルム)へ集めるつもりでいる。お前もそうしてくれ」

 

『はっ、では直ぐに第六階層へと戻ります』

 

 デミウルゴスとの通信を終え、アインズはなんとなくため息をつく。

 この世界にはまだ多くの強者が隠れているというのに、自分は仲間へ襲いかかり、もう少しで殺そうとまでしてしまった。

 呆れるほどの愚かさであろう。

 パナップになんと言って謝ればいいのか見当もつかない。

 

「(くそっ、今はとにかくやるべきことをやるしかない)……では皆、行動を開始せよ」

 

「「はっ!」」

 

 状態異常にでもかかったかのような重くて怠い全身をなんとか動かしつつ、アインズは転移門(ゲート)を創り、セバスを送り出す。

 セバスの手には、力を使い果たしたであろうパナップが御姫様抱っこされているものの、その堕天使が言葉を発することはない。目は微かに開けてはいるのだが、ほとんど反応は無く、意識を失っているようにも見える。

 

 多くの木々がなぎ倒され、多量の血肉が飛び散り、英雄級の死体が転がる森の中――。

 六枚の黒い羽を持つ堕天使は、なんら抵抗することなく闇の中へと消えていった。自分の身に何が起ころうとしているのか……まったく知らないままに……。

 




やってみたかったんです。
言わせてみたかったんです。
……まっ、あまり気にしないでください。
私としてはスッキリしましたので。

ちなみに、ニグレドはアルベドの頼みを聞くわけないけど、そんな事知り得るはずないから仕方がない。
誰が協力して誰が協力しないかなんて、神の視点でもないと分からないしね~。
アルベドが姉を騙して協力させるって手もあるけど……。うむむ。

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