堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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二人は出会って恋に落ち、
末永く幸せに暮らしましたとさ……。
ちゃんちゃん♪

って、んなわけねーだろ!
恋は障害がねーと燃えあがんねーんだよ!
何もない平和な生活なんて停滞期の夫婦まっしぐらだよ!
必要なのは危険な恋!
ドキドキするスリル感!
不倫が繁盛するのは必然なんだよ!

だからアルベド! やっちまいな!!
(※冗談だよ)



処刑-8

 ナザリック地下大墳墓の第六階層は妙な緊張感で包まれていた。

 それはビィクティムとガルガンチュアを除いた全ての守護者が集まっているからか、滅多に姿を見せない宝物殿の領域守護者が来ているからか、ナザリックの支配者たるアインズ様がソワソワしているからか……。

 いや、原因は間違いなく『禁句の御方』発見の一報であろう。

 絶対支配者である御方々の一人が紆余曲折の末、ナザリックへ帰還し、現在治療を受けているのだ。いつもと違う空気が漂うのも仕方のないことであろう。

 

「え~、うおっほん! お前達も知っての通りパナップさんが帰還したわけだが……。あぁ、もうパナップさんのことを『禁句の御方』なんて呼ぶ必要はないぞ。え~、ユリ・アルファとの一件から判断して禁句にしたのだろうが……すまなかったな。気を遣わせたようだ」

 

「アインズ様が謝るようなことは何もございません。我らはアインズ様の忠実な(しもべ)。アインズ様の為なら命とて捧げる所存でございます」

 

 ナザリックの全(しもべ)を代表してアルベドは語る。

 その口調からは、至高の御方の名を禁じられていた不快感などまるでみられない。ナザリックの(しもべ)にとって絶対の支配者である至高の存在――そんな神同然の御方を蔑にするような行為であったというのに……。

 アインズは自分が原因であったことをようやく思い出し、結構へこんでいた。

 

「あぁそれから、今回の戦闘は私の勘違いだった。シャルティアの記憶を覗いた者が変身をしていると思い込んでいたようだ。パナップさんにはどう謝ってイイのか分からないな。それに……お前達にも多大な迷惑をかけてしまった。すまない、私の失態だ」

 

「アインズ様、分かっております。御身の深きお考えの全て――とは言いませんが、今回の戦闘におけるアインズ様の御配慮。このアルベドはっ、しっかりと心へ刻んでおります! お任せ下さい!」

 

「え? あ、あぁ、そうか。(う~ん、なに言ってんだろ? 完全に勘違いしていただけなんだけどなぁ。下手な言い訳はアルベドに通用しないだろうし、ちょっとぐらい間違う支配者ってことにすれば、今後気が楽かと思ったんだけど……。ってかそんな場合じゃない! 今はパナップさんにどう謝るか考えないと!)」

 

 鼻息の荒いアルベドを前にして、アインズは何も突っ込めない。そんなことに頭を使っている余裕はないのだ。

 もうそろそろペストーニャの治療を終えたパナップが意識を取り戻し、傍にいるセバスからエントマ経由で報せが届く頃合いだろう。

 守護者への説明も大事だが、今はギルメンにどんな顔――骸骨だけど――を見せればよいのか? そのことで頭が痛い。

 とまぁ、人知れず苦悩するアインズであったが、どうやら時間切れのようだ。

 エントマからの伝言(メッセージ)が頭へ響く。

 

『アインズさまぁ、パナップ様が回復なされましたぁ。ただ今ぁ、アインズ様の執務室へ移動するところですぅ』

 

「わかった、今行く。――アルベド、私はパナップさんと話をしてくる。その内容はお前達へ伝える必要もあるだろうから、今しばらくはナザリック内で待機しているように」

 

「はい、アインズ様」

 

 深々と頭を下げる守護者一同を一瞥し、アインズは拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で姿を消した。

 微かに微笑む、守護者統括の口元に気付かぬままに……。

 

 

 

 

 主が去った円形劇場(アンフィテアトルム)こと円形闘技場(コロッセオ)――は静寂に包まれていた。

 それは誰もが戸惑っていたからであろう。何を言えばイイのか分からず、何が起こっているのか理解できない。

 無論、幾人かは別だが……。

 

「アインズ様が勘違いをするなんて……、信じられないんだけど」

 

 沈黙を打ち破って疑問を呈したのはアウラだ。

 不敬な物言いにとられかねない疑問だけに、口にするのは勇気がいっただろう。子供の無邪気発言としても冷や汗ものだ。

 

「う、うん、僕も信じられないよ。アインズ様が何かを間違うなんて……」

 

「ダガ、アインズ様御自身ガ仰ッタコトダ。ソレヲ疑ウノハ……」

 

「うぅ~ん、絶対に間違いんせん御方が間違うのはどういうことでありんしょう? んん~、ん? アルベド、なにを笑っているでありんすか?」

 

 シャルティアは、余裕の笑みを浮かべているアルベドを睨む。

 現場におらずナザリックでの留守番組だったくせに、全てを知っているような空気を醸し出しているそのさまは、シャルティアにとって不快以外のなにものでもなかった。

 

「くふふ。……貴方達、本気でアインズ様が勘違いをしたと思っているのかしら? だとしたら残念だわ」

 

「なにさアルベド、知っていることがあるなら教えてよ」

「そ、そうです。教えて下さいアルベドさん」

「嘘でありんす! 私達から聞いただけの情報で、なにが分かるというでありんすか?」

「ウムム……、ドウイウコトダ?」

 

 胸を張る守護者統括の前で、アウラは唇を尖らせ、マーレはオドオドし、シャルティアは即否定、コキュートスは困ったときの友人頼みといわんばかりに眼鏡の悪魔へ視線を向ける。

 

「仕方ありませんね。ここは一つ、私が説明してもよろしいでしょうか? ええ、はい。――さて、統括殿の許可も得た事ですし……」

 

 一歩前へ進み出るデミウルゴスは、アルベドに邪魔をしないよう釘を刺したところで本題へと入る。

 

「アインズ様は最初から、パナップ様の姿をした者が御本人であると分かった上で、今回の作戦を決行したのです。ええ、マーレの疑問は分かりますよ。ならどうしてパナップ様を攻撃したか、でしょう?」

 

 デミウルゴスは一呼吸置いて答えを示す。

 

「禁句の件からも、アインズ様とパナップ様との間になにかしらの確執があったことは間違いありません。故にアインズ様は、今回の件をパナップ様へのお仕置きとしたのでしょう。ついでに守護者に対する訓練にも利用したのです。流石はアインズ様、一度に複数の利益を得るとは……」

 

「ちょっと待ってよデミウルゴス。私達への訓練ってなんのこと?」

 

「そうですねぇ。ではアウラの前に“るし★ふぁー”様が現れ、呪いにかかって弱体化したため至高の御方の気配も出せない状況であると言い、回復するには世界級(ワールド)アイテムが必要だから貸して欲しい――と懇願した場合、アウラとマーレはどうするのですか?」

 

「え? ええっと、ぶくぶく茶釜様なら間違えないと思うけど、“るし★ふぁー”様は……」

「どど、どうしようお姉ちゃん?」

 

 突然至高の御方の名を出され、双子は混乱してしまう。

 かろうじて「アインズ様に相談する」と答えを呟くものの、眼鏡悪魔の合格ラインには届かなかったようだ。

 

「おやおや、“るし★ふぁー”様はとても苦しんでおられますよ。今すぐ世界級(ワールド)アイテムを渡さないと死んでしまうかもしれませんねぇ。それでもアインズ様へ相談しに行くのですか?」

 

「お、お姉ちゃん……」

「いやでもさぁ、アインズ様が警戒していたみたいに変身の可能性もあるし――」

 

「そうです、その通り! 今回アインズ様が我々に伝えたかったことは、正にそのことなのです!」

 

 デミウルゴスは大仰に両手をパンッと打ち鳴らし、アウラの言葉を肯定する。

 

「我々の弱点が至高の御方々であることは疑いようのない事実。絶対の忠誠を誓うが故に、致命的な弱点となり得るのです。アインズ様はそのことを教えるため――弱点を狙ってくる外敵の存在を認識させるため、パナップ様を偽物と偽ったのですよ」

 

 悪魔の語りはさらに加速し止まらない。

 

「パナップ様の一件が起こる前にもし、ぬーぼー様が、ぷにっと萌え様が、スーラータン様が現れていたなら、私達はどうなっていたことでしょう? 慌てふためき、戸惑い、もしかすると愚かな行動へと出ていたかもしれません。落ち着いて考えれば、アイテムや特殊技術(スキル)による偽装の可能性に気付いたでしょうが……。どうですか皆さん、自分の造物主なら見抜けると思っているかもしれませんが、今回のように他の至高の御方であった場合は冷静に対処できるのですか?」

 

 デミウルゴスの言葉に誰もが渋い表情を見せる。

 もちろん中には「私なら何の問題もないわ。アインズ様にしか興味ないもの」とかのたまう統括もいるのだが、まぁそれは別として……。

 

「シカシデミウルゴス。訓練デアッタナラ何故、アインズ様ハ自分ノ勘違イダト仰ッタノダ? 隠サナクトモ良イト思ウノダガ」

 

「簡単なことだよコキュートス。我らに罪の意識を持たせないように、とのアインズ様のお優しい御配慮なのさ。……今回アインズ様に同行した五名は、至高の御方に敵意を向けた。特にコキュートスは一撃を加えている。これを訓練だと言われてしまえば、全員厳罰を望むことになるだろう。しかしアインズ様の勘違いで起こった結果だとすれば、誰も己の首を差し出そうとは思わないはずだよ。そんなことをすれば、勘違いをしたアインズ様が一番重い罪を背負うことになるのだからね。あぁ……、なんという素晴らしき御方なのか」

 

 そっと目頭を押さえて感動に震えるデミウルゴス――そんな悪魔の周囲では、デミウルゴス同様、アインズ様の御慈悲を受けて胸を熱くする守護者達の姿があった。

 

「ソ、ソウダッタノカ……。至高ノ御方ヲ攻撃シテシマッタ私ノコトヲ考エテ、ソノヨウナ御配慮ヲ……。シカシ、パナップ様ハドノヨウニオ考エナノカ」

 

「私も思いっきり睨んじゃったし……。パナップ様怒っているかなぁ。どうしよう」

 

「ぼ、僕も……話しかけてもらったのに返事しなかったから……怒られちゃう……よね」

 

「わらわは大丈夫でありんしょう。攻撃どころか睨んでもいんせん。ちょっと虫けらを見るような目で見ただけでありんす」

 

「このバカ! 完全にアウトでしょ! アンデッドだからって頭ん中腐ってんじゃないの?!」

「だまりんしゃい、このチビ! パナップ様は私の造物主ペロロンチーノ様と親しき御方、だから私にも優しいはずでありんす。何度か私の部屋へきて下さって、長い時間を過ごしたこともあるでありんすから!」

「それなら私だって、世界樹ハウスでぶくぶく茶釜様と一緒にいろんな服を着せてもらったこともあるんだからっ。だよね、マーレ!」

「え~っと、僕はちょっと恥ずかしかったかなぁ~って」

 

 ナザリック地下大墳墓の第六階層円形劇場(アンフィテアトルム)では、まだまだ守護者同士の話し合い――というかじゃれ合いが続きそうだ。ただ一部の守護者達は、至高の御方が帰還したという朗報への喜びが潜んでいるのか、どことなく気分が高揚しているようにも見える。

 これで自分の造物主も、いつかは戻ってくるのでは――なんて思っているのかもしれない。

 

 しかしながらそんな幻想に浸らない守護者も当然いる。

 アルベドとパンドラだ。

 二人は静かに、この後に起こるであろう『何か』に向けて意識を集中させているかのようである。

 デミウルゴスとしては気になって仕方がないが、現状では情報が足りず先を見通すことはできない。アルベドが良からぬことを画策しているのは承知の上だが、全てはアインズ様のためであろうから特に注視してはいなかった。パンドラも一枚噛んでいるのならより安全であろう。

 だが気になる――デミウルゴスは己の勘が警鐘を鳴らしていると察する。ナザリックに……良からぬことが起きようとしている、と。

 

 

 ◆

 

 

 弱い自分が嫌いだった。

 駄目な自分を自覚して悲しかった。

 だからせめて架空の世界で活躍してやろうと思った。

 

 上手くいかなかった。

 リアルでもゲームでも駄目なんて……酷い。

 それなら正攻法なんて捨ててやる。

 私は私で卑怯な手を使ってでも他の奴らを打ち倒してやる。

 幸いここはゲームだ。

 アバター越しなら人を騙すこともできる。リアルなら絶対無理だろうけど……。

 

 人を騙して情報を盗んで、他の奴らに攻め込ませる。

 自分が表へ出なくとも、手を下さなくとも――敵は倒せる。

 もちろん相手がどんなに強大であっても不可能じゃない。

 そう――アインズ・ウール・ゴウンであっても。

 

 調子に乗っていた。

 自分の愚かさを忘れていた。

 赤子のように遊ばれて、ようやく思い出した。

 でも、運命の出会いってゲームの中でもあるらしい。

 相手は骸骨だったし、二度目の出会いだったけど……。

 

 私は凄かった。

 信じられないくらい強くなった……と思う。

 チーム戦では負けなし。

 レイド戦でもギルド戦でも、面白いように勝てた。

 もう一度言う、私は凄かった。

 

 私は嬉しかった。

 去りゆく人を見送りながら、私は喜んでいた。

 不謹慎かもしれないけど、数が少なくなるほどあの人との時間は増えた。

 私は特別だった。

 あの人にとって私は特別、……そう思っていた。

 

 私は馬鹿だった。

 自分から特別な居場所を捨ててしまった。

 二度と戻らないあの人との大切な時間。

 リアルが私の愚かさを知らせてくる。

 もう一度言う、私は馬鹿だった。

 

 最強になった。

 どんな奴にも負けない無双状態ってヤツだ。

 蒼の薔薇や他の冒険者も相手にならない。

 神獣は森から離れていれば大丈夫。

 気に喰わない奴も一撃だ。

 ゲームでなら攻撃が通じないだろうけど、ここでなら衛兵だって何百人も殺せる。

 私は最強だ。

 

 おかしいと思った。

 最強なのに、私は何も持っていなかった。

 咄嗟の対応力、指揮能力、戦術戦略、膨大な知識、戦の駆け引き、死を見切る度胸、そしてコミュ力。

 私は最強なのに、あのアインズ・ウール・ゴウンのギルメンなのに……。

 私には何もなかった。

 

 認めて欲しかった。

 あの人が認めてくれたように……。

 力はあるのに、このままではリアルと何も変わらない。

 アバター越しなら騙し合いも楽勝だったのに、今は失敗が怖い。

 私は最強だけど無力だ。

 それでも認められたい。

 どうすれば……。

 

 終わった。

 なにもかも終わりだ。

 もう、どうでもイイ。

 私の生きる意味はなくなった。

 でも――、最後はあの人に殺してもらいたい。

 それだけが私にとっての生きた証なのだろう。

 痛くないとイイな。

 

 なんだかふかふかする。

 良い匂いもする。

 身体がポカポカしてとても気持ちいい。

 名前を呼ばれているような気もするけど……。

 アバター名で呼んでくるなんて、妙な感じだよ。

 声を出しているのは――犬頭のメイドさん、かな?

 優しい声でセクシーな身体……、でも頭は犬。

 イイ趣味してるよ、ホント。

 

 

 ◆

 

 

「パナップ様、ご気分は如何ですか? ……わん」

 

「ん? あれ? ここどこ?」

 

 霞がかった意識がハッキリすると、パナップの目に飛び込んできたのは豪華な部屋の内装だった。

 だけど何処かで見たことがあるような気もする。自分が寝ているのはお姫様が使うような天蓋付きベッドであろうか? リアルでは一度も本物を目にしたことはないが……。

 

「あぁ、ユグドラシル……って違う違う! 異世界に来ちゃってたんだ……。えっとぉ、ということは此処ってナザリック?」

 

「さようでございます、パナップ様」

「――ひっ!」

 

 思わず飛び退いてしまう。

 パナップの視線の先には、たっち・みーのNPCである執事姿の――初老でありながら逞しい肉体を誇る男性が立っていた。

 

「申し訳ありません、パナップ様。御身に危害を加えようとした私の罪は、命をもって償う所存であります。しかし今はアインズ様よりパナップ様の警護を命じられております故に、今しばらく御身の前に(かしず)くことをお許し下さい。もちろん御身には指一本たりとも触れません。御用はペストーニャが賜ります」

 

「う、うん」

 

 身体に刻まれた恐怖が、今までの記憶を思い出させてくれる。

 そういえばアインズさんに攻撃されて、コキュートスに押さえこまれて、それから意識が混濁して……。

 パナップの背中には冷たいモノが流れていた。

 

「パナップ様、ここは安全ですわん」

 

「あ、ありがとう、ぺス。でも何がどうなったのかさっぱり分からなくって……」

 

「隣の執務室に飲み物を用意してあります。まずはゆっくりと心を落ち着けてからに致しませんか? アインズ様も――すぐに来られると思いますので…………わん」

 

 パナップは、優しく語りかけてくるペストーニャと、ドアの外で待機していた何者かと話をしているセバス――を交互に見て、恐る恐るベッドの中から這い出る。

 どうやら今すぐ殺されるわけではなさそうだ。

 理由は分からないが――というより殺される理由自体が分からないのだから、殺されない理由なんか分かるわけがない。

 パナップはふと、自分の姿を確認する

 ボロボロの装備品は全て取り払われ、纏っているのは真っ白なワンピース――それだけだ。怪我はない。状態異常もない。それどころかちょっと調子が良いぐらいだ。

 

「(ここまできたらどう足掻いても無駄だよね。ならウジウジしても仕方がない。……でもペストーニャって胸大きいなぁ。餡ころさんが世界樹ハウスへ連れてきたとき何度か見かけたけど……。こんなにセクシーだったっけ?)うぅ~ん、ズルいなぁ」

 

「はい? 如何なさいましたかわん。パナップ様?」

 

「えっ? ああ、うん。なんでもないよ、なんでも……はは」

 

 パナップは用意されていたモコモコのスリッパを履いて寝室を後にする。

 セバスが開けてくれた扉を潜り、執務室という名の広い空間へ足を踏み入れると――、そこには和風のメイド服に身を包んだ可愛らしい少女と、五体の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が控えていた。

 パナップとしては懐かしいような、ちょっと怖いような、ソワソワと落ち着かない気分になってしまう。

 

「エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ、御身の前に――。パナップさまぁ、御帰還を御喜び申し上げますわぁ」

 

「うわっ、メッチャかわいい。なにこの可愛い生き物、リアル凄い!」

 

 プログラムで動いていた無感情なNPCとは比べるまでもない。この世のモノとは思えない可愛らしさを振り撒く小柄なメイドは、パナップに迫り寄られてオロオロするばかりである。

 

「パ、パナップさまぁ、アインズ様はすぐに来られるとのことですぅ」

 

「ん? アインズ様? すぐに……、――ってどあああああ!!」

 

 振り返れば骸骨、もといアインズ様。

 どうやら拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で直接、執務室内へ――自室のみ可能、ギルメンの部屋へは入れない――転移してきたようだ。

 心臓に悪いからやめて――とパナップは言いたかったが、そんな状況ではないだろう。実際一度潰されかけているのだから、冗談では済まない。

 だからとりあえず……、土下座でもしよう、かな?

 

 

 

 

 

「パナップさん以外、全員外へ出ろ。これは命令だ。それと……、私の許可があるまで部屋へ入ることは許さん。他の誰も中へ通すな。何があってもだ!」

 

 アインズは有無を言わせない態度で(しもべ)達を追い出す。普段はこのような強権を使わないようにしているのだが、今回ばかりはプレイヤー同士の会話になるのだから仕方ないだろう。

 ただ、悲壮な表情のセバスにだけは言っておかなければならないことがある。

 

「セバス、帰還する前に話していた罰の件だが――不問とする。あぁ、気持ちは分かるが……、お前の行動に問題はなかった。全ては私の勘違いによる間違った指示が原因なのだ。故に罰を受けるは私一人、そういうことだ。分かったな?」

 

「……はい、かしこまりました」

 

 セバスの表情は「上司が部下の失態を庇ってくれた」と言わんばかりのモノなのだが、アインズとしては本当のことなのでこれ以上言葉を重ねようがない。

 妙な勘違いをしてしまうのは、ナザリックの常時発動型特殊技術(パッシブスキル)なのだろうか?

 

「さて……、これでようやく話が――って何してんですかパナップさん?!」

 

 アインズが振り向くと、そこには白いワンピースを着た小柄な女性が、床の上で土下座をしている光景があった。

 

「ごめんなさいぃぃいい!!」

「いやちょっと! いきなりなんですか?! って謝るのはこっちでしょ! いやいやこの絵ヅラはまずいですって! 誰かに見られたらどうするんです?! 虐待現場じゃないですか!」

 

 骸骨魔王の足下に若い女が土下座している――という状況は、反論しようもなく生贄を捧げている邪教的儀式の様相であろう。

 これから若い娘は祭壇の上で切り裂かれて、命を散らすことになるはずだ。

 ファンタジーでは珍しくもない日常風景である。

 

「まずは、はい、立って下さいね。はいはい、涙ふいて鼻水ぬぐって、身体は大丈夫ですか? はい、それじゃ~ソファーに座って下さい。温かい飲み物でも飲みましょうね。落ち着きますよ」

 

「おとん、やさしい……」

「誰がお父さんですか?! 貴方みたいにデッカイ子供がいる歳じゃないですよ。まぁ、今は骸骨ですけど……」

 

 少しばかり混乱しているパナップを宥めつつ座らせ、アインズは紅茶をいれる。支配者がお茶をいれる姿なんて一般メイドが見たら悲鳴を上げるかもしれないが、この場にメイドを入れるわけにもいかないし、アインズ自身リアルの時から自分でやっていたので何も問題はない。もっとも手際の良さとか優雅さとか言われると完敗だが……。

 

 優しい香りが執務室へ広がり、穏やかな空気を醸し出してくれる。

 パナップも身体に沁みいる飲み物の温かさに、ほんの少し落ち着きを取り戻したようだ。

 

「さて、パナップさん。まずは謝らせてください。本当に……申し訳ありませんでした。パナップさんのことを変身した敵だと勘違いしていたのです。もちろんこれは言い訳でしかありません。貴方が怒るのは当然です。だから何でも言って下さい。償いを……させて下さい」

 

「……私のこと……怒ってないんですか?」

 

「え? どうしてそんなことを――」

「だって裏切り者って……」

 

 執務室に静寂が訪れる。

 パナップの呟きに、アインズは返す言葉が見つからない。

 確かにアインズは『裏切り者』と口にしていた。それは間違いない。そして――その発言が本音であることも、疑いようもない事実なのである。

 

「ごめんなさい。パナップさんに事情があることは分かっていました。ゲームなんかしている場合じゃないってことは、よく分かっていたんです。でも捨てられたって現実が辛くて……、そう――辛くてパナップさんの所為にしたんですよ。貴方が裏切ったからナザリックに来なくなったのだと、自分を納得させるために嘘をでっち上げたんです。……最低なことをしました。本当に……ごめんなさい」

 

 涙を流せない骸骨の身が、今は恨めしい。

 己の醜い性根を晒しながら表情一つ変わらないのだから、相手にとっては頭にくる謝罪なのかもしれない。

 アインズはただ、ぶつけられるであろう罵声や非難を待つだけである。

 

「そっか、うん、そうなんだ。怒ってないんだ。……良かった」

 

「……ん? あ、あれ?」

 

 アインズの前にいたのは笑顔の堕天使だけだ。

 目元に涙が浮かんでいるけど、パナップの表情に怒りや幻滅はない。

 

「な、何を言っているんですか? 俺はパナップさんのことを……」

 

「裏切ったのは本当のことです。約束を破ったのも間違いなく私の方です。最後の最後まで勇気が出ず、会いに行けなかったのも私の弱さが原因です。だから嫌われても――怒られても仕方がないって思っていました。でも……」

 

 パナップの頬に涙が流れる。

 アインズは零れ落ちる涙を拭ってあげることもできず、ただ嬉しそうに微笑む堕天使の顔を見つめるだけだ。

 

「またこうして会うことができました。こうして話すことができました。私は……、私はそれだけで十分です。他には何もいりません」

 

「そう……ですか。なら話をしましょう。今までのことを全部、何もかも」

 

「はい、話したいことがいっぱいあります。いっぱいあるんです!」

 

 喜びを全身で表現するパナップを前にして、アインズはほっとしていた。

 ようやく出会えたギルドメンバーを失うかもしれない――そんな不安から逃れることができたからだ。

 もう心配はない。

 アインズは一人頷き、確信する。

 難攻不落のナザリックに保護できたのだ。これ以上の安心感はないだろう。もう二度と孤独に身を晒すことはない。

 

 アインズはこの時、そう思っていた。――本気でそう思っていたのだ。

 




とうとうやってまいりました。
次回、最終話+エピローグ。

約一年に渡る堕天使の迷走冒険。
どんな結末になるのか?

パナップ死亡?
アルベド歓喜?
アインズ激怒?

さてどうなる最終回!
結末は貴方の目でご確認を!

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