堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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情報はとても恐ろしい武器です。
扱い方一つで巨大な拠点も崩壊してしまいます。
それはアインズ・ウール・ゴウンも、他のギルドも同様……。

そんな情報を盗んでいたスパイの末路とは?



スパイ-4

「リーダー、何か言うことがあるんじゃないのか?」

 

 静かな空間に棘のある言葉が響く。

 ここはギルド拠点の中心――円形の城壁が三重に連なる城塞都市の中央に位置する王城――その最深部である謁見の間。

 九十八人がリスポーンした蘇生位置であり、その約半数が罵声と共にログアウトした場所でもある。

 

「もう何十人もギルドを抜けていったぜ。リーダーに騙されたって言ってな。……で、実際のところどうなんだ?」

 

「ふざけんな、騙されたのは俺の方なんだよ! パナって奴だ! アイツが情報を持って来なけりゃこんな目には――」

 

「初耳だぞ! 誰だそりゃ?」

 

 頭を抱えるリーダーの周囲には、今回デスペナルティとアイテムドロップを喰らったギルドメンバーが、取り囲むかのように立ち並んでいた。

 彼らの被害は甚大だ。中には何十万もの課金で造り上げた神器級(ゴッズ)武器を落とした者も居る。

 皆一様に怒りの声を隠さず、ただひたすらに――無謀な拠点攻略を行ったリーダーを問い詰めるばかりだ。

 

「情報は確かなものだったんだよ! ナザリック六階層での訓練風景を収めた、隠し撮り動画も見せてもらった。会話のやり取りに不自然な様子は無かったんだ」

 

「でも四階層はセーフティーゾーンじゃなかったし、俺達は間違いなく待ち伏せされていた。リーダー、あんたは見事に騙されたんだよ」

「ああ、その通りだな。それで俺はリーダーに騙された」

「そのパナって奴、どう考えてもアインズ・ウール・ゴウンの協力者だろ? だっせーなぁ」

「どーすんだ? シャレになんねーぞ」

 

 誰もがアイコン表示さえしない本気のトーンで話している。ゲームでの出来事とは言え、騙されて被害を被ったという心情こそが苛立ちを大きくさせているのだろう。

 

「いや、ちょっと待て、待ってく――」

 

 リーダーは何か言い訳を繕わなければと頭を回転させていたのだろうが、もはやその必要は無いと言えた。

 目の前に轟く緊急メッセージが言い訳を許さない。

 

【緊急警報です。拠点が攻撃を受けました。只今より拠点防衛戦を開始いたします】

【繰り返します。拠点が攻撃を――】

 

 その場にいた誰もがキョロキョロとお互いを見回し、コンソールを使い始めた。

 意味は分かる。

 自分達のギルド拠点に侵攻してきた何者かが居るのだ。

 それは分かる。

 ただ、今はそれどころじゃなかっただけだ。

 

「こんな時に誰だよ、ちくしょー! 空気読めよ!」

 

 誰が発した言葉か分からないが、皆が同意する。しかし次の瞬間、侵攻してきた相手がしっかりと空気を読んでいたのだと理解し、愕然としたのだ。

 その場の全員が、コンソールに表示された侵攻ギルド名を見つめ言葉が出ない。

 

【侵攻ギルド:アインズ・ウール・ゴウン】

 

 拠点の東・西・南にある出入口全てから駆け込んでくる異形の者達は、リーダーが二度と目にしたくないと呟いていた呪詛の相手だ。

 

「ふざけんな! 報復するにしても早過ぎだろ! どんな頭してんだコイツ等!!」

 

 文句が出るのも当然であろう。ギルド拠点の防衛が成功したとしても、報復するにはそれなりの準備というものが必要なのだ。

 防衛成功後の被害確認と修復、報復する相手の情報、侵攻する為の人員選びとアイテムの確保。頭に浮かぶだけでも数日はかかる内容だ。少なくともその日の内、攻略戦終了後の十数分もしない内に襲い掛かってくるなど正気の沙汰ではない。

 

「どうすんだリーダー、集まっていたメンバーの半分以上はログアウトしちまってんぞ。残ってんのはデスペナ喰らって装備落として、蘇生アイテムの再使用時間(リキャストタイム)が終わってねーヤツばっかりだ」

 

「分かってるさ、しかし……やるしかねーだろ。俺達も東西南に分かれて迎撃だ。各箇所十人ずつ、残りは突破されそうな箇所の援軍としてこの場に残れ。さあ! やるぞ!」

 

 その場にいた誰もがリーダーの指示に従いたくはなかった。出来る事ならさっさとログアウトしてその場から離れたかったのだ。

 だが拠点防衛戦が始まってはそうもいかない。この状況でログアウトしたならば、アバターがそのまま残されてしまうからだ。アバターは中身の入っていない人形そのものとなり、侵入者のなすがままとなる。

 それを回避するには拠点防衛戦に勝利するか、拠点から逃げ出し影響範囲外にてログアウトするか――その二つしかない。

 

「くそ! 気が進まねーけどしゃーねーな」

「俺は西側へ行くぜ。あっちのトラップは俺と相性がいい」

「なら俺達は南だな。まぁ、トラップがあるしレベルダウンしていても何とかなるだろ。相手の人数も少ないみたいだし」

「東は六人程度だな。誰か私と行かないか?」

「そっちはNPCが何体も配置されているし、十人も必要か?」

 

 日曜の朝方だというのに誰もが憂鬱な気分だった。

 一大イベント発生という緊急集合で集まって、危険度最悪のギルド拠点に攻め入って、確実に勝てるという情報に浮かれていたら全滅。しかも逆侵攻されるというおまけ付きだ。

 そう易々と突破されるわけはないが、この後に待ち受ける被害の大きさを考えると怒りしか覚えない。

 全てはリーダーが悪い。その一点においてのみ、防衛に出陣したギルドメンバーは結託していた。

 

 

「……さてリーダー、これからどうする?」

 

 多くのメンバーが謁見の間からいなくなって直ぐ、残ったギルド幹部――既に数人の幹部はギルドからの脱退を宣言し防衛戦前にログアウトしている――の一人が口を開いた。

 その口調には何やら含みがあるようだが……。

 

「分かってるって、アインズ・ウール・ゴウンが攻めてきたって事は落とす自信があるからだろ。あの狂ったギルド長の話は聞いているさ。……んで、この場に残ったお前等は北の抜け道を知っている古株ばかりだろ。だったら無駄話をしてないでとっとと逃げるぞ」

 

「お~お、ギルド長の鑑だな。他の連中を囮にして逃げ出すなんてな」

「人の事言えねーだろ? 俺だってこれ以上デスペナもアイテムドロップも勘弁だぜ」

「ギルド武器は勿体ねーけどな」

「これって外に持ち出せないのかなぁ? 拠点防衛用NPCと同じ設定だったっけ?」

「確かそーだったよーな気が……」

「あー!! ちょっと待った! 宝物殿に伝説級(レジェンド)アイテムを突っ込んだままだ! 持ってこねーと」

「無理無理、拠点防衛戦中は使用出来るけど持ち出せないんだよ。外に持っていけるのは今現在所持している物だけだって」

「うわ~、マジか~」

 

 まるで他人事のように、ゲームでもしているかのように――その通りゲームなのだが――謁見の間から移動を始める十数人のプレイヤー達は暢気なものだ。

 色々と失敗はした。残していくギルドメンバーからは罵声の嵐が来るだろう。様々なサイトに晒し上げられてPKの対象となるかもしれない。

 しかし手持ちの神器級(ゴッズ)アイテムを落とすよりマシだ。既に一つ失っているというのに、これ以上の損失はシャレにならない。

 まぁ、ユグドラシルは広い。今回のような騒動も珍しくは無い。何週間かすれば別の話題に変わるだろう。

 それまでの辛抱だ。

 

(はぁ~、また二百五十人規模のギルドを創るのは無理だろうなぁ。この拠点も一年以上使っていたのになぁ)

 

 レベルカンストのプレイヤーを集めるのはそれほど難しいものでもないが、アクティブプレイヤーとなると少しばかり困難になり、さらに廃人クラスともなると困難の度合いが違ってくる。

 ギルドランク十位以内に入る巨大ギルドでも、廃人クラスのプレイヤーは十人も居ないのが現状だ。なぜなら分裂するから――意見の食い違い、自己主張の強さで必ずと言っていいほど分裂してしまうからだ。

 自分のやりたいことを我慢せずに貫いているからこその廃人。そんな奴が、ギルドの方針とかいう別の誰かの意見に従うなどあり得ないことである。

 故に巨大ギルドが巨大であるのは、方針を曖昧にして縛らない、自由度を広くとって衝突を避ける、命令ではなく提案という形をとる等々――それなりの理由があるのだ。

 

(しかしアインズ・ウール・ゴウンは……)

 

 リーダーは表示アバターの裏で奥歯を噛み締め、攻め込んできたギルドの特異性に苛立ちを見せる。

 

(所属メンバーが全員廃人クラスって何の冗談だよ!)

 

 北側の抜け道へと足を向けながらリーダーは思う。

 廃人の化け物集団が統一された意志のもとで、縦横無尽に駆け抜ける様は……まるで悪夢のようだと。

 そして耳にする。

 脱出しようとしていた古株ギルドメンバー十五名、そしてギルド長、彼らは耳にしてしまったのだ。

 魂を揺さぶるような女の絶叫を――

 

 

 ◆

 

 

 遥か遠くまで広がり連なる雄大な山脈とその裾に広がる大森林。そして森を抜けた先に存在する城塞都市。

 モモンガとぷにっと萌えは、城塞都市の北側付近でコンソールを扱いながら雑談、というか作戦会議を行っていた。

 

「茶釜さん達は東口、建御雷さん達は西口、ウルベルトさん達は南口から侵入を開始しました。るし★ふぁーさんは南口から入ったみたいですけど、直ぐに居なくなったそうです。はぁ~、まったくあの人はっ」

 

「予定通りだから構わないでしょ、モモンガさん。拠点内部の地図は全員に配布してますから、トラップにやられる事も無いでしょう。まっ、問題ないって」

 

「そう――ですね。……だけどぷにっとさん、ドロップした神器級(ゴッズ)アイテムを返すからって自分の拠点情報を簡単に渡すものですかね~。ギルドを支えてきた幹部なのに……、それも複数……」

 

「モモンガさんは全身神器級(ゴッズ)だからですよ。普通のプレイヤーは一つの神器級(ゴッズ)を得るために、かなりの時間と課金を要するのですから……取引としては妥当な線です」

 

 ぷにっと萌えの言葉はモモンガにも理解出来る。

 神器級(ゴッズ)はレア中のレアアイテムだ。長年プレイしている者でも、一つも持っていないなど普通に有り得る。

 だけど仲間を裏切ってまで確保するモノかと言えば、モモンガは絶対に否と言うだろう。

 たっち・みー達を裏切って神器級(ゴッズ)アイテムを欲するなど、モモンガの骨しかない頭の何処を探しても出てこない考えだ。――たとえそれが世界級(ワールド)アイテムであろうとも変わりはしない。

 

「そんな事をするくらいならゲームを辞めればいいのに……」

 

「はいはい、モモンガさん。作戦忘れてないですよね、早く抜け道に向かいますよ。これ以上やまいこさんを待たせると、一人で突撃して拠点を潰してしまいます」

 

「あ、はい」

 

 視線を向ければ確かに、敵ギルド拠点である城塞都市北側にて、拳を打ち鳴らす巨人がいた。

 踏み込むモモンガとぷにっと萌え両名を護衛する役割なのだが、ちょっと油断すると一人で殴り込みしかねない困った脳筋だ。るし★ふぁーに比べればマシな方ではあるが、殴ってから考えれば良いという行動方針には同意しかねる。

 

「では抜け道を通って拠点の中心――謁見の間へと強襲をかけ、ギルド武器を破壊します。やまいこさんは前、ぷにっとさんは後ろ、相手に気付かれる前に接近し私のスキルと〈嘆きの(クライ・)妖精の(オブ・ザ・)絶叫(バンシー)〉で勝負を掛けます」

 

「うん、ボクに任せて!」

 

「大丈夫、上手く行きますよ」

 

 普通は絶対に入る事の出来ないパスワード付きの抜け道へ、三体の化け物は動き出した。

 最初から知っていたかのようにパスワードを入力し、ギルドメンバーしか使用出来ない専用通路を駆け抜ける。

 今頃は茶釜達が派手に動き回っている事だろう。トラップを軽々と避けて走り回る侵入者達に、防衛側はさぞかし慌てているに違いない。だがそのトップたるギルド長と幹部連中が、先頭を切って逃げ出しているとは思いもしなかった。

 無論、ぷにっと萌えにとっては予想通りなのだが……。

 

「このぉ、恥知らずどもがぁーーー!!!」

 

 魔王ロールなのか本音なのか? その場に居た誰もが、全身を縮ませたことだろう。続いて放たれた女の悲鳴にも背筋が凍る。

 侵攻された側のリーダーは聞いた事も見た事も無い何らかの効果範囲に、自分を含めたギルドの仲間達が入れられたのだと直感するも――対応策が分からない。

 バンシーの叫びに対する即死耐性は常識の範囲で皆が所持しているが、それ以外の何かが力を持って空間を満たしている。

 魔法かアイテムか、それともスキルを使用すればいいのか? ただ――闇のオーラを放つ魔王のごとき骸骨が背負う時計の針、それを眺める事しか許されない。

 与えられた時間は十二秒。

 そんなことを知る由もなく、その場に居た十六名のプレイヤーは消滅した。手持無沙汰な巨人の前で、こめかみを蔦の指でトントンと叩く植物系異形種の視線の先で……。

 

「一番先にギルド長が逃げ出すなんて、何を考えているのでしょうね」

 

「あ、うん、それは損得勘定だよ。逃げる方が得をするから逃げる、別に難しい話じゃない。……それよりギルド武器は何処だろ?」

 

「え~っと、ボクを怒らないでくれると嬉しいのだけど……」

 

 骸骨魔王とそれを宥める人型植物、そして控えめに言葉を挟む巨人等三名は、最終目標のギルド武器を破壊しなければならない。

 そのはずだったのだが――やまいこから告げられた衝撃の事実に、ギルド長のメンバーに対する強い想いは木端微塵に弾け飛ぶ。

 

「え~、さっきるし★ふぁーさんが持って行っちゃったよ。『鬼さんこちら』って言いながら……」

 

「……あぁんのぉ……やぁろぉう……」

 

「なるほどね。それじゃ~第二ラウンドといきますか、ギルド長」

 

「――え? あ、はい」

 

 口から火球(ファイヤーボール)でも飛ばしそうな勢いの骸骨ではあったが、軍師であるぷにっと萌えの言葉を聞き流す事は無い。

 すぐさま立ち直り、各方面の仲間達へ指示を飛ばす。なお、拠点侵略やレイド戦などではギルドの専用回線で通信が出来るので大変便利だったりする。

 

『るし★ふぁーさんがギルド武器を持って逃走中。各員拠点内を捜索し、るし★ふぁーさんごとギルド武器を破壊すべし!』

 

 拠点防衛戦は、ギルド武器を破壊しない限り侵攻側の勝利とはなり得ない。

 ぐずぐずしていれば、先程殲滅した相手方のギルド長達がリスポーンしてしまう。とは言っても、二度のデスペナをものともしないで戦いを挑んでくるのなら大した根性だが……。それほど警戒する必要も無いだろう。かかってくるならもう一度殺すだけだ。

 

「まったくもう、同士討ち(フレンドリィ・ファイア)って解禁されないものですかねぇ」

 

 本音か冗談か、流石のぷにっと萌えも骸骨の表情までは読み取れない。表示させているのは笑顔のアイコンだが、その真意は何処にあるのやら……。

 

 軽くため息をつくぷにっと萌えは、死の超越者と言わんばかりの虐殺を見せたモモンガの録画データをこっそり確認すると、誰にも気付かれぬようアップロードを始めていた。

 今回の収穫はまずまずだな――と呟きながら。

 

 

 ◆

 

 

 その日の目覚めは心地良いものであった。

 窓の外は相変わらず汚染された大気で満ちていたが、今日は仕事が休みなので心が軽い。しかも待ちに待った収穫の日なのだ。

 液体食料テリヤキ味を胃の中へ流し込み、フルフェイスヘルメットを装着してウィンドウコンソールを操作する。

 タッチしたウィンドウは『Yggdrasil』だ。しかしインする前にユグドラシルニュースを覗き込み、ゲーム世界での出来事を確認する。

 其処には当然のごとく、今日の一大ニュースとして目的の話題が取り上げられているはずだ。

 

【アインズ・ウール・ゴウン壊滅】

 

 探す必要も無いほどトップニュースになっている事だろう。こみ上げてくる笑いを抑えるのが大変だ。

 

「さ~て、あったあった……ってあれ?」

 

 目にしたニュースは確かにアインズ・ウール・ゴウンの名を冠している。だけど内容がおかしい――完全に変だ。

 いったい何がどうなっているのか? コンソールを操る指に、心の動揺が震えとなって伝わってしまう。

 

【アインズ・ウール・ゴウン! 二十箇所目のギルド拠点を撃破! ランキング十一位へ上昇! 少人数での快進撃に注目が集まる!】

 

「なに……これ……」

 

 壊滅していると思っていたギルドが、攻め込んできたギルドへ逆襲をかけ壊滅させていた。

 何を言っているのか分からねえとは思うが、自分でも……と言うのは置いといて。確認せねばならない事が――別にもう一つ存在していた。

 目を見開いて、口をパクパクさせてしまうような大量のメールだ。この数時間の間に百通以上のメールが自分宛に届いている。その内容は表題だけで分かるように、罵倒と中傷のオンパレードだ。

 

「騙したなって、いったい何のこと? え? うそ、なんで私のアバター名が晒しサイトに?」

 

 目にした内容は完全に悪役スパイそのものであった。

 嘘の情報で侵入者を誘い込み、待ち伏せて罠にはめ、返す刀で敵の拠点を攻め落とす。加えて敵の拠点情報すら事前に盗み取っているという有り様だ。

 メールに添付されていた動画を見れば、騙された被害者達が骸骨魔王の手によって虐殺されており、パナップの非道な行いがどれ程のものかを訴えている。

 晒しサイトの一部では称賛する書き込みも見られるものの、大勢としては表に出てこないで後ろでこそこそと情報を盗む、卑怯者扱いになっているようだ。完全な濡れ衣であるにも拘らず――無論、一部は本当の事なのだが。

 

「どうしよう……どうしたら……なんで、なんでこんなことに」

 

 全力で否定したいが、いまさら書き込んでも良い餌にしかならないだろう。メールに返信しても意味がない。私の言い訳を誰も信じないだろうから……。

 

「――あっ、この人は!」

 

 表題無し又は罵倒のみのメール群に、一つだけ優しさを感じられる件名があった。

 その一文を読んでほっとしてしまう自分が悔しい。送ってきた相手は、私に対し絶対にそんな言葉をかけてきてはいけないギルド長だからだ。

 

『パナップさん、本日も見学如何ですか?』

 

 まるで何事も無かったかのように、絶対私の行為を知っているくせに――なんて嫌味な奴なんだろう。呼び名からして偽名のパナじゃない。

 もしかして本当に何も知らないのでは? と勘繰りたくなるほどの文面だ。メールの内容を全て読んでも一切の悪意を感じないなんて……。

 

「行くしかないのかな~。いったい何を失敗したのだろう? うう、あああ、誰か助けてよ~」

 

 ログインしないという選択肢は当然あった。

 わざわざ出掛けていってPKされるなんて馬鹿のすることだ。悪意満載の中に降り立つなんて、悪の大魔王に刃向って胴体を鯖折りされるより愚かな行為だ。

 

「でも何があったか確かめないとなぁ。最後にそれだけはやっておかないと納得できない」

 

 人が次の段階へ進む為には、現状への納得が不可欠なのである。何も分からないまま歩は進められない。もちろんパナップの場合は――である。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……ってもっと酷いのがいっぱい居るよね」

 

 少しだけ笑って元気を出す。

 あのギルド長なら優しく迎えてくれるかもしれない、と都合の良い未来を思い描きつつ――パナップはモモンガへメールの返信を行い、表示されている堕天使アバターへタッチし――ユグドラシルへとログインした。

 

 

「いらっしゃいパナさん。……いや、パナップさん。途中でPKに遭わなくて良かったですね。ペロロンさんの事だから心配しましたよ」

 

「ひどっ! ホームタウンまで迎えに行って転移するだけの簡単なお仕事なのに、その扱いって!」

 

「弟、黙れ。パナちゃん、おつつー」

 

 此処はナザリック地下大墳墓の第六階層円形闘技場。やはり壊滅なんてしていない、アインズ・ウール・ゴウンの拠点である。

 

「えっと、この度は大変な御迷惑を――」

 

「すとっぷすとーっぷ! モモちゃん、さっさと始めないとパナちゃんが謝り倒しそうだよ」

 

「そうですね茶釜さん。では早速……パナップさん、アインズ・ウール・ゴウンへ入りませんか?」

 

「――――」

 

 時間停止(タイムストップ)の魔法はアバターに効くゲーム内の仕様であって、リアルには何の意味も無い。

 それなのに――この骨はほんの少し時間を止めた。パナップにはそう感じられた、間違いない。

 

「うぇ?! ええええー!? 何言ってんのこの骸骨! はあ? ちょっと! なに?」

 

「骸骨って……確かに骨ですけど」

「うお、モモンガさんに精神攻撃が効いている! ねえちゃん、今がチャンスだ!」

「お前がくたばれー!!」

 

「やれやれ、話が進んでいませんよ。パナップさんが呆然としているじゃないですか」

 

 どつき漫才の仲裁に入ってきたのは人型植物だ。

 会った事は無い、でも見た事はある。攻略サイトで危険視されていたアインズ・ウール・ゴウンの軍師、ぷにっと萌えだ。

 

「パナップさん、俺はぷにっと萌え。一度会って話をしたかったんだけど、中々機会が無くてね。今日は色々お喋りに付き合ってくれると嬉しい」

 

「はい、私としても聞きたい事が山ほどあります。教えて下さい!」

 

「ふ~ん、では最初から……」

 

 感心したようなぷにっと萌えは、骨と鳥とスライムを観客にしたまま一連の説明を始めた。パナことパナップがペロロンチーノと接触したその時から、今現在に至るまで秘していたありとあらゆる目論見――それが一切合切バレていたという事を。

 

「俺達の仲間に、盗賊スキルをコンプリートしている奴が居てね。そいつが言うには『詐称』のスキル持ちは『詐称』を見破れるらしいよ」

 

「そ、そんな事何処にも載って……いや、仕様が全て載っていないのは珍しくないですよね」

 

「その通り……だけど名前がバレなかったとしても、俺を避けていたら何か企んでいるって表明しているようなものだけどね。それに――モモンガさんは最初から一年前の記者さんだって分かっていたよ」

 

「うええー?! な、なんで? 話をしたのは三十分程度だし、……ぶ、武装とか髪型とかも……結構変わっているのに」

 

 名前を偽っていた事、ぷにっと萌えを避けていた事――他にも次から次へと解説されていく内容にパナップは逃げ出したくなる。

 まるでドヤ顔で築き上げてきた自分の黒歴史を、不特定多数に晒されているかのようだ。アバターの顔が赤くならない事が今は嬉しい。

 

「そうそうベルリバーさんと弐式さんが羨ましがっていましたよ。敵拠点に潜入して情報を持ち帰るなんて、有名になってしまった彼らには絶対出来ない、憧れの冒険そのものですからね」

 

「あれ? ぷにっとさんも人の事言えないのでは? パナップさんが仕掛けてきた情報戦を、タブラさんと一緒になって楽しそうに分析していたじゃないですか」

 

「あ、モモンガさん酷い! ってかそれを言ったらペロロンチーノさんが一番張り切っていたでしょ!」

「違う違う! 一番なのはねえちゃん」

「イイじゃんイイじゃん! 面白い子なんだから引き入れようとするのは当然でしょ! ねっ、パナちゃん!」

 

「うぇ?」

 

 いきなり矛先を向けられても正直困る。話の内容が変な方向へ向かっているし――、ただ……ハッキリしている事がある。

 アインズ・ウール・ゴウンは、ギルドメンバー全員で今回の件を楽しんだという事だ。文句も嫌悪感も無い。最初からパナップの行動は、ゲーム内の楽しいイベントに過ぎなかったのだ。

 

「一人で調子に乗って、ギルド潰しを始めて、それでこの様とは……。笑っちゃいますよね」

 

「何を一人で悲劇に浸っているんです? それより考えてくれましたか、ギルド加入の件」

「いやモモンガさん、先に社会人かどうか聞かないと――って先輩の俺が聞きましょうか?」

「いつまで先輩面してんのよ。あっ、私はかぜっちって呼んでね」

「俺はぷにっとでいいですよー」

「おや、例の潜入スパイしていた人ですか? 初めまして、タブラ・スマラグディナです」

「俺は武人建御雷だ、……ん? モモンガさん、この人まだ客人設定になってんぞ。ギルド勧誘断られたのか?」

「違います、ちょっと皆さん落ち着いて」

 

 気が付くと円形闘技場には多くの異形が闊歩していた。

 まだまだ増えそうで頭が痛くなる。もはやパナップの頭脳には、増加していく化け物達と上手くやり合うだけの余裕はないというのに……。

 

「あああああーー!! うっさいうっさい、もう知らない! 私が何日もかけて用意した罠をあっさり破ってもーー!! この骸骨バカ!」

 

 骸骨バカって酷くないですか?

 いやでも骸骨ですから、モモンガさんは。

 

「鳥野郎のセクハラにもうんざりだってーの! あのヴァンパイアの設定を読まされる身にもなってよ! 訴えるぞ鳥野郎!」

 

 俺、先輩って呼ばれてたのに……。

 ざまーみろ、弟は鳥野郎で十分。

 

「茶釜さんも人の事言えないでしょ! 男の娘の着せ替えなんて生まれて初めての経験だよ! 癖になったらどーすんだ!」

 

 え~、また巨大樹ハウス行こーよー。

 あはは、茶釜さんの闇は深いですね~。

 

「貴方が一番の元凶だってーの! 私の努力を踏みにじった諸悪の根源! なんでアンタみたいな頭のイイ奴が私の邪魔するのよー! 大地に帰れ草野郎!」

 

 草野郎って初めて言われた気がするよ。

 一応お約束として言っておきますが草を生やさないで下さいね、ぷにっとさん。

 

「ぐぬぬ~、何笑ってんのモモンガさん! 私、怒ってるんですからね!」

 

「はい、良い怒りっぷりに惚れてしまいそうです」

 

「うっ……」

 

 この骸骨魔王、なんだか手慣れている気がする。

 どうでもよくなって暴言吐きまくりの私に対し、どうして丁寧な対応ができるのか。大声張り上げている私の方が居たたまれないよ。

 

「パナップさんは堕天使アバターで――恐らくですが社会人ですよね。喋り方や対応がそれっぽいです。加えて我々アインズ・ウール・ゴウンからは反対者も居ないですし、どうですか? ギルドへ加入しませんか?」

 

「…………」

 

 何を考えているのだろう? 化け物ギルドが私のような中途半端なプレイヤーを誘うなんて……。

 初期に天使族で信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)をやっていた所為で、偵察特化隠密ビルドとなった今は攻撃力も防御力も最低クラス。かと言って回復系で活躍できるほどMPは無い。

 私に出来る事はひたすら身を隠して相手の後ろに回り込み、HPが減少して最後尾へと後退したプレイヤーへ不意打ちを喰らわせる事。

 そう――私は通常の攻撃力が低い為、不意打ちの時に限り大ダメージを与えられるようなスキル構成、装備にしているのだ。

 最初の一回しか使えない酷い仕様である。不意打ちを警戒されたら手も足も出ない。ボス戦なんて不意打ちを試した後は二撃で吹っ飛び天国(堕天使だから魔界?)逝きだ。

 それで前のギルドにはどれほどの迷惑をかけた事か……。

 完全にレベリングを間違えている。

 

「わ、私がギルドへ入っても足を引っ張るだけです。相応しくありません。最強クラスの貴方達に私なんかが混じったら、ギルドの名が――」

 

「パナップさん……楽しみましょうよ。貴方がやっていた遊びは凄く面白いものでした。私達にも分けて下さいよ、その面白さを。独り占めはズルいですよ」

 

 この骸骨、人の話を聞いてない。それにギルド勧誘のウィンドウコンソールが目の前に開いてしまった。

 どうやら逃げられそうにない。

 

「はぁ~、とりあえずペロ先輩を一発殴っていいですか?」

 

「えっ! なんで?!」

 

 この時のパナップはまだ、晒しサイトに自分の情報を流したのがぷにっと萌えだとは知らなかった。もし知っていれば、ぷにっと萌えも一緒に殴っていただろうに――。

 




これにてスパイは終了です。
一応ハッピーエンドだと思うのですが……。

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