堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ

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世界級エネミー戦開幕!
と言いながらも、やっていることは地味だったりして……。

さて結果は如何に?



世界級-2

「今です!!」

 

「おおおおおおーー!! 間に合えーー!!」

 

 最初の猛ダッシュから後悔した。

 バフをかけまくって課金アイテムを使いまくって、それでも世界級(ワールド)エネミー『スピネル』を前にすると足がすくむ。

 ぷにっと萌えの合図に上手く反応できたかどうか、自分でも分からない。

 とにかく今は走るしかない。胸にしまった世界級(ワールド)アイテムをお守り代わりにして、全力で走り抜けるだけだ。

 

「んんんーー!! ――――ひぃ!」

 

 スピネルが少しだけ身を丸め、その後弾けるかのように両手と羽を広げると――其処は光の地獄となった。

 パナップの丁度背中辺りまで光撃は降り注ぎ、弾け、突出し、全ての生命体を神の下へ送るかのごとく――その場には何者も存在させまい、としているかのようである。

 

「全員、突撃!!」

 

 広範囲特殊攻撃が空振りに終わったのを確認し、ぷにっと萌えが号令を下した。と同時に、ピンクのスライムやら半魔巨人、はては忍者などがパナップの逃走方角とは正反対の場所から一斉に駆け出す。

 与えられた時間は、スピネルが再び力を放つまでの九十秒――から逃げる時間十秒を差し引いた八十秒間。

 とは言え逃げ出すまでの間、一方的に攻撃できる訳も無い。近接には両手足から放たれる剛撃、遠距離には気を砲弾のごとく集中させた爆撃、加えて状態異常を込めた特殊な単体攻撃も襲い掛かってくる。

 茶釜やヘロヘロ、たっちなどは大忙しで必殺の一撃を捌いては仲間の攻撃を補佐し、弐式や建御雷、やまいこなどが身の丈を軽く超える熾天使へ突貫、後方からウルベルトやタブラ、モモンガとペロロンチーノが自身の得意とする遠距離攻撃を加えていた。

 ぷにっと萌えは再使用時間(リキャストタイム)やパナップの状況に目を凝らしつつ、ホワイトブリム等と共に仲間の強化及び回復に専念する。攻撃に出たいのは山々だが、シビアな時間調整には神経を使う為、支援作業で手一杯なのだ。

 

「八十秒経過、全員後退! パナップさん準備宜しく!」

 

「は、はいぃー!」

 

 声が震えようとも、二回目の挑戦は無慈悲にやってくる。

 九十秒ピッタリに所定の位置へ赴き、ヘイトを稼ぐアイテムをその身に使用しなければならない。

 コンマ一秒のズレも、半歩の違いも許されない冷や汗の出る特攻だ。これがゲームであることも忘れてしまう。

 

「これが後十回以上って……私、生きて帰れるかな?」

 

 他の仲間が全て後退し、世界級(ワールド)エネミー『スピネル』の無味乾燥な視線にパナップのみが映り込む。

 MPを使用する検索が始まり、AIが狙うべき標的とその場における最適な行動を選択し、そして――

 

「スタート!!」

 

「はひぃーーー!!」

 

 諸葛孔明の号令と韋駄天堕天使の悲鳴が鳴り響いた。

 

 

 ◆

 

 

 AI制御のエネミーは、同じ条件下では同じ行動を行うものである。

 もちろんランダム選択や諸条件によって変化させる判断も存在するが、それすらもAIによって決められた行動なのである。

 世界級(ワールド)エネミーも例外ではない。

 運営から多少の特別扱いは受けているものの、幾度となく行われた戦いの果てに、多くの行動データが白日の下に晒されているのだ。

 パナップが生きているのも、そのおかげと言う他ない。しかし選択を間違えたならば――それもしっかり間違えとして判断してくれる訳なのだが……。

 

「パナップさん、位置がズレてます! もう少し前!」

 

「あっ、しまっ――」

 

 大台の十回目になるからか、それともスピネルの振り上げた拳に威圧されたからか、パナップは所定の位置から僅かに下がっていたようだ。

 ぷにっと萌えの声にすぐさま反応するもスピネルの拳は止まらない。

 

「気撃連弾が来る! パナップさん回避して!」

 

「――」

 

 AIの判断は冷酷だ。インプットされた情報が前回と異なっているなら、アウトプットも当然異なる。

 パナップは――砲弾のような気の塊に埋め尽くされた。

 

「ああああー!! もぉー! 死んでたまるかー!」

 

 回避だけなら誰にも――弐式炎雷は別として――負けないと自負している。

 豪雨のように降り注ぐ気の砲弾が、一発でパナップのHPを半分以上抉り二発で昇天させるとしても、当らなければどうという事は無い。

 

「っくっそー! 一発当ったー!!」

 

 でも生き残った……そう思った。光の爆発を目にするまでは――。

 

「あぎゃー!! バラバラになるー!」

「パナップさんはそのまま範囲外へ退避! 全員突撃!」

 

 即時蘇生の指輪が弾け飛ぶと同時に、パナップは広範囲特殊攻撃の光地獄から転がり出た。時同じくして十回目となるぷにっと萌えの号令が響く。

 これでもう後は無い。

 指輪の効果で死を免れ、世界級(ワールド)アイテムの御蔭で状態異常から逃げ切れたものの、次はもう助かる術は無い。

 

「パナップさん、行けますか?」

 

「ごめんなさいミスりました! でも次は大丈夫です!」

 

「パナちゃんがんばー! もう少しだよー」

 

 優しく気遣ってくれるぷにっと萌えに気合で答え、スピネルの拳を受け止めている茶釜に手を振る。

 ここまで来たらもう失敗なんて御免だ。

 骸骨魔王様や粘体お姉さん達なら失敗で終わったとしても笑顔で――アバターの表情は変わらないが――慰めてくれるだろうし、悪の魔法使いも皮肉めいた励ましの声を掛けてくれる事だろう。

 でも嫌だ。

 それじゃあ私が楽しくない。

 

「あと五回、面白くなってきたーー!!」

 

「ふむ、流石に何度か挑戦する必要があるかと思っていましたが……思ったよりタフな人ですねぇ」

 

「一番酷い目に遭わせているぷにっとさんがそれを言うとは、ギルド長の私もびっくりです」

 

 此方は此方で十分死闘を演じているのに、交わされる言葉は軽い。今までに培った信頼がそうさせるのか、それとも積み重ねた戦闘経験があるからなのか……。パナップに分かるはずもないが、少しだけ思う。

 私もその中に加わりたいなぁ――と。

 

「八十秒経過、全員撤退! パナップさん準備を!」

 

「はい、ぷにっとさん!」

 

 どさくさに紛れて少しだけ名前を短くしたのは――無意識という事にしておこう。

 

 

 ◆

 

 

 魔法の中に生命の精髄(ライフ・エッセンス)と呼ばれるものがある。

 対象の残りHPを確認することで戦闘状況を見極め、次に繰り出す攻撃の内容を選択しやすくなる補助魔法だ。

 妨害魔法が存在する為一概に信頼するのは良くないし、強大な敵にはステータスバーしか表示されないのだから細かい数値は分からない。だが今回の世界級(ワールド)エネミーに関しては、ある程度の残りHPが分かれば良いので問題無いだろう。

 戦闘が開始され、軽装の堕天使が全力疾走を繰り返す事十五回。

 ついにその時は訪れた。

 

「よし! ウルベルトさん、超位(ちょうい)って下さい!」

 

「分かりました、行きます! ――超位魔法!!」

 

 計算通りとも言うべきぷにっと萌えの指示に、ウルベルトは直径十メートルにもなる球形立体魔法陣を展開させた。

 自身最高の魔法を選択し、強化された魔力と課金アイテムで繰り出す。もちろん砂時計状の課金アイテムを握り潰し――即時発動だ。

 

「次はモモンガさん、レベル二つ分で止めです」

 

 天地を打ち抜かんばかりに放たれた超位魔法に対し、スピネルが全身を丸めて耐え抜こうとしていた――その光景を前に、ぷにっと萌えが最後の一手へと踏み込む。

 モモンガが所持している世界級(ワールド)アイテム――それは経験値を消費する事で、膨大とも莫大とも言える大ダメージを叩き出す至宝の逸品だ。

 まさに『ぶっ壊れ性能』とも揶揄される世界級(ワールド)アイテムの力を見事に表している。

 そして今回消費される経験値は、百と九十九のレベル二つ分。だがモモンガ自身の経験値が使用される訳ではない。身に着けている悪魔と天使のガントレットがそのことを告げている。

 

『強欲と無欲』――レベルカンストプレイヤーの余剰となる経験値を貪り食う強欲、強欲が溜め込んだ経験値をプレイヤーの消費と成す無欲――これらも世界級(ワールド)アイテムだ。

 ぷにっと萌えが、そしてモモンガが繰り出す最後の一手は、世界級(ワールド)アイテムを併用し、レベル二つ分の経験値を消費して放つ……神をも殺す一撃。

 

 ペタリと座り込んだまま頭を上げて最後の光景を眺めるパナップは、数年にわたるユグドラシルプレイの中でも――初めて目にする神々の戦いとも言うべき壮大な光景に、感動とも驚愕ともつかない独り言を呟いていた。

 

「これは確かに違法改造集団って言われるよね~。あはは、うん、これは仕方ない。私だってそう思っちゃうよ、こんな恐ろしい戦いを見せられたらねぇ」

 

「なんですかパナップさん? 全てが終わったみたいな口ぶりで……。ここからが本当の勝負ですよ――タブラさん!」

 

「了解です! 『永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)』発動! 我らアインズ・ウール・ゴウンは世界級(ワールド)エネミー『スピネル』を拠点防衛用NPCとして捕縛する事を要請する!」

 

 見ればメンバーの全ては待避しており、皆の視線の先に居るスピネルはまだその身を顕現させていた。そしてぷにっと萌えに促されたタブラが何を行おうとしているのか、天に向かって奇妙な腕輪を掲げている。

 これは――話に聞いたことはあったが、まさか運営へ仕様変更をお願いできるという世界級(ワールド)アイテムなのであろうか?

 

「ちょっ、これって――」

 

「ああ、びっくりしましたか? 円卓で言っていた世界級(ワールド)エネミーの捕縛方法ですよ。もちろんこれだけでは無理ですが」

 

 驚きの声を上げるパナップに対し、タブラは一つのデータを提示した。それは要請内容――運営に対する要請の詳細を分かり易くまとめた申請書だ。

 

 その一:世界級(ワールド)エネミー『スピネル』を捕縛し、拠点防衛用NPCとする。

 その二:拠点設置後の移動は不可とする。

 その三:蘇生は不可とする。

 その四:一日の稼働時間は一時間。一時停止は不可とする。

 その五:再起動時間は二十四時間とする。

 その六:変更可能なステータスは名前と設定のみとする。

 その七:設置場所を含む上記全ての情報は完全公開とする。

 以上をもって、仕様変更を要請するものである。

 

 何が何だか……と戸惑うパナップを余所に、申請書は運営へと提出された。

 あれで良いのかどうか、パナップには分からない。ただ賢人達が考えたであろう内容に口を挟む気にもなれないし、挟んでどうする? といった気分だ。

 

永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)による要請を確認しました。検討の上、御連絡いたします。また当世界級(ワールド)エネミー戦は現時点でのログを保存し終了となります。経験値及びドロップアイテムの提示はありませんので御了承願います。それでは皆様、お疲れ様でした】

 

 顔を上げると何やら運営からのメッセージが流れていた。

 ファンタジーの世界観を崩すお堅い内容で、なんだか眉をひそめたくなる。でもまぁ、良かったというべきか。

 要請が通るかどうかは賢人達にお任せするとして、自分の役目はしっかりこなせたと思う。途中の失敗は想定の範囲内としてだが。

 

「お疲れ様でした、パナップさん。見事な活躍でしたよ、今回の殊勲賞じゃないですか?」

 

「もぉ~モモンガさんってば。与えたダメージゼロ、味方の回復ゼロ、支援行為ゼロ、貴重な即時蘇生の指輪を消費……。これで見事とは――」

 

「いいじゃん、何を卑屈になっちゃってんの! おねえちゃんはそんな子に育てた覚えはありませんよ!」

「そりゃねーだろ、うん」

「なんだと弟! お前はもっと素直に育てたはずだが――」

「はいはい、二人とも武器を構えるの止めようね? ギルマス特権使うよ?」

 

 じゃれ合っている姉弟を余所に、周囲の景色は世界級(ワールド)エネミー戦が始まる前の砂漠へと変化していく。

 これで一先ず戦いは終わった。

 パナップとしては累計七回目の世界級(ワールド)エネミー戦であったが、ようやく初勝利と相成ったわけだが――

 

「あれ? これって勝利って言えるのかな?」

 

 よく考えればスピネルはまだ倒れていなかった。

 ぷにっと萌え達が捕縛の為にHPをギリギリまで削ってはいたが、ゼロにしたわけではない。その後運営への要請を発動させてしまったのだから、戦闘自体は途中で中止になっているはずだ。だからこそ経験値やドロップアイテムも無い。

 

「あああああああー、せっかく世界級(ワールド)エネミー討伐者になれると思ったのにー!!」

 

「ん? どうしたんです、パナップさん。ナザリックに帰りますよ」

 

 ギルド拠点に帰るまでが世界級(ワールド)エネミー戦ですよ――と言わんばかりに骨の指を一本だけ掲げるギルド長は、まるで生徒を引率する教師のようだ。しかしパナップの心情を分かっていないのだから、本職のやまいこには遠く及ばない。

 そう――パナップは期待していたのだ。

 ユグドラシルプレイヤーの最高峰となる勲章。それこそ世界級(ワールド)エネミー討伐。普通のプレイヤーでは到達できない至高の存在に、パナップも成れるのではないかと密かに企んでいたのだ。

 パナップの能力値は貧弱で、普通に考えればこの先も討伐の機会は無い。今までだって期待した事は無かった。

 それなのに――

 

「参加できると知って、身分不相応ながら期待しちゃったんだよなぁ。あ~ぁ、そうだよねぇ。捕縛するんだから討伐回数には入らないよね~。なに期待してんだろ私……」

 

 名声が欲しかったわけじゃない。

 いや少しはあったかもしれないけど……。

 

「どうしました、疲れましたか? まぁ、あれだけシビアな操作を繰り返していたのだから疲弊しますよね~」

 

 やっぱりギルド長は分かってない。私はアインズ・ウール・ゴウンに相応しい存在になりたかったのだ。

 ギルドメンバー四十一人の中でただ一人、私は世界級(ワールド)エネミー討伐者じゃない。生産系ビルドのメンバーでも討伐に成功しているのに……。

 

 晒しサイトでパナップの名がよく出ているのは知っていた。

 

『不釣り合い』『足を引っ張っている』『なんでこんな奴が』『俺の方がマシだろ』『リアルでの知り合か?』『PvP勝率低過ぎ~』『キャラ作り直せよ』等々

 

 別にどんな書き込みをされても気にはしない。

 アインズ・ウール・ゴウンに入る切っ掛けとなった事件――その時から続いている慣習のようなものだ。ギルドのメンバー達も事有る毎に気を使ってくれて……、それがちょっとだけ――いや心底申し訳ない。

 だからこそ何とかしたかった。

 私のような隠密特化偵察用ドリームビルダーを誘ってくれたモモンガさんの事を、見る目があるって言って欲しかったのだ。

 

(私が駄目なことは私が一番知っている! でも私の事を面白いって、度胸あるビルドしてるって言ってくれたのだから! そのままで証明したい!)

「……今回は駄目だったけど、別に世界級(ワールド)エネミー戦だけが証明の場じゃないしね。次の機会にやってやる!」

 

 次々とギルド拠点へ帰還していく仲間の中で、ぷにっと萌えとタブラ、モモンガに茶釜などが自問自答している堕天使へ不思議そうな視線を飛ばしていた。

 全ては作戦通りに進んだというのに、何を苦悩しているのだろうと。

 

「パナちゃんなにしてんの~。もう遅い時間だし帰るよ~」

 

「は、はーい。すぐ行きまーす」

 

 綺麗で優しい声掛けに、パナップは暗い想いを抑えて立ち上がった。

 ナザリックには、今回の顛末を報告しなければならない仲間達が待っている。参加出来なくてヤキモキしているだろうから、録画した戦闘映像を見てもらって、御土産話と共に楽しんでもらうとしよう。

 ただ――私が豪快に吹っ飛ばされたシーンだけは、カットしておきたいと思うところなのだが……。

 はたして、ぷにっと萌えの手からデータを奪うことは出来るだろうか?

 

(ぐぬぬ~、こっちの方が遥かに難しそうだ)

 

 手の位置にある長い蔦をくねくねさせてパナップを迎える――ぷにっと萌えの表情は読めない。アバターの顔だから当然なのだが、たとえ読めたとしてもそれはフェイクだろう。そういう人だ。

 知恵比べをしても時間の無駄なので、パナップは考えるのを止めた。

 今はそう――作戦の成功を喜ぼう。運営の対応如何によっては残念な結果も有り得るだろうけど、それはそれ。

 アインズ・ウール・ゴウン風に言えば――

 

『ああ~駄目だったか~、まぁ仕方ない。次はどんな無茶なことやってやろうか?』

 

 ってな感じになるのだろう。困った人達だよ、ホント。

 




単純に要請しても、却下されるのは目に見えている。
故にハードルを下げて交渉する。
どのラインが許可限界なのか?
運営との知恵比べで御座います。

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