ただひたすら闇を歩いていた。
あるのは自分の身体の感覚と朧気な月明かりだけ、それ以外はまったくの暗闇を少年は歩いていた。
なんでこんな暗いのか、なんで自分がこんな場所を歩いているのか、疑問を抱きつつも歩を進めると最初は形も見えなかった月がくっきりと見えている。
『俺は月に向かって歩いているのか…?』
そんな風に考えながらも他に視えるモノもない今、ただただ月灯りを頼りに月に向かって歩く。
月灯りも強くなり、少し眼が目映しさを感じはじめ月の下を視ると誰かが佇んでいる。
『やっと人を見つけた』
長く独りで歩いていた少年にはそんな歓喜にも似た感情が湧いていた。近づいてきたので顔を見ようとしても月灯りがまぶしくて見えない、声をかけようとした瞬間目の前に銀色の線が斜めに走った。
激しい痛みと共に少年は仰向けに倒れこむ、あまりの突然の出来事に叫び声もあげられず少年の感情は痛みに支配され、袈裟懸けに斬られた身体からは血が流れ出ている。
『死にたくない』
そう強く念じて体を起こそうとするも銀色の線が少年の心臓を突き刺す、朧気な視界で銀色の線の主の顔を視ようとしても逆光で見えず、ただ銀色に輝いている右目を見て視界が黒くなった。
………
……
…
「…ゃん……いちゃん!」
真っ暗な視界の中、誰かに身体を揺すられているのを感じる。
「に…いちゃん!…お兄ちゃん!」
あぁ…この声は…聞き慣れた妹の声。
となると…はぁ、またあの夢を観てたのか。
ひとつ溜め息をつき埋もれていた掛け布団から起き上がるとそこには仁王立ちしている妹がいた。
「おはよう…妹よ」
気だるく挨拶すると妹は頬を膨らませ
「おはようじゃないよ!もう朝の10時だよ、朝ごはん食べてお兄ちゃん!」
寝惚け眼で時計を見ると10時2分を差していた、その間妹はカーテンを開け部屋に日光を注ぐ。
「もうこんな時間か…わかったすぐいく」
「いくら課題が終わっていて春休みとはいえ、明日からまた学校なんだから」
そうか…今は春休み、というか今日で春休み最後か…億劫だ。
「最後の日くらい昼まで寝させてくれよ…俺朝弱いのわかってるじゃないか」
「明日は私達の入学式だよ!?可愛い妹達の入学式に寝坊するつもり!?」
そういえば明日は入学式、この間まで中学生だった妹達も女子高生、つか自分で可愛い言うか…
「紅葉ちゃんもついに高校生か、子供の成長は早いなあ」
「お兄ちゃんと1年しか違わないじゃない、とりあえず朝ごはん食べに居間にきてね」
そういうと妹は部屋を出て扉を閉めた、俺はカーテンが開いた窓から外を見ながら夢のことを思い出していた。
『あの夢はなんなのだろう、身体を斬られた時の痛みがかなり現実的だしなにより…』
ふとあの銀色の眼が脳裏をよぎる、そして自分の左目に手をかざす。
『あの眼…俺の左目に似ている』
かざした手を下ろすと左目が妖しくどす黒く輝く、それはまるで宇宙の闇を体現するように。
『ま、とりあえず…朝飯食おう』
左目の輝きが収まり普通の眼に戻ると、長門 千歳(ながと ちとせ)は部屋を出て居間に向かう。