トータスナイトが基地に着任しましたっ!   作:林屋まつり

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十四話

「ブラックっ! 霧だっ!」

 レオナルドの言葉にウィリアムは反射的に無線を寄せて「レオナルドっ、僕も見るっ」

 ウィリアムに《神々の義眼》が投影され、それを見せる。…………それは、白。

 HLで、……いつか見た、白い、闇。口元の無線に告げる。

「総員、霧が発生している、要警戒っ!」

『ええ、了解よっ!

 提督、レオナルドに視力強化をお願いっ! ……ええと、レーベ、グラーフ、ユー、マックスの優先順っ、私とプリンツはいいわっ!』

「レオナルドっ、レーベ、グラーフ、ユー、マックスの優先順で視力強化っ!」

「わかったっ」

 レオナルドにビスマルクの指示を告げる。レオナルドは頷き《神々の義眼》が起動する。それを確認し、ウィリアムは執務室から飛び出す。テラスからそちらを睨む。

「……肉眼でも、見える、けど」

 遠く、不自然な、白が見える。…………一息。目に意識を集中する。千里眼を実行。

 出来る事は視力強化が精々だけど、それでも、

 白い闇を見据える。

「頼むよ」

 そして、手を向けた。多少の無茶は、仕方ない。

 白い闇、その中を艦載機が飛び回っている。ウィリアムはその艦載機の動きを抑える。

 

「つっ」

 レーベは探照灯を向けて駆け回る。

 《神々の義眼》は白い闇の中でもはっきりと、それを映し出す。大量の敵艦、そして、

「あれが、旗艦」

 闇の最深部。霧の発生源。レーベはそちらに探照灯を向ける。

 当然、そうすれば砲撃が集中する。それでも、《神々の義眼》は敵艦の姿をはっきりと映し出す。だから、砲弾はなんとか回避できる。……けど、

「くっ」

 砲弾がすぐ近くに突き刺さる。水柱が上がる。

 回避できる。けど、数が多い。

「このっ」

 砲撃が連続する。レーベは必死に回避しながら探照灯を向ける。

 危ない、けど。

「負けない、よ」

 負けない、砲撃を必死に回避し、奥に探照灯の光を向けながら、レーベは歯を食いしばる。

 探照灯の輝き、その向こうに向けて砲弾が叩き込まれる。そう、ビスマルクやプリンツがその奥に向けて砲撃をしている。

 もう少し、もう少しでビスマルクとプリンツが撃破してくれる。それまでも辛抱。

 だから、頑張る。……だって、彼は言ってくれた。

 

 強くなれるよ、と。

 

 だから、頑張るよ。レオ君。

 

「つっ、……プリンツ、奥への砲撃を続けなさいっ! 私は周りを落とすわっ!」

「はいっ!」

 プリンツはビスマルクの言葉に頷き、探照灯の輝きが示す方へ砲弾を叩き込む。そして、声。

「負けないっ!」

 一度、負けた。だから、もう、負けない。

 その思いで闇の奥を睨みつける。砲撃を繰り返す。……そう、負けない。

「勝って、兄さまと、」

 呟いて、砲撃をする。終わらせる、と。

 勝って、終わらせて、ウィリアムと、大好きな兄さまと、パーティーに行くんだっ!

 だから、さらに砲撃し、砲撃を重ねる。敵旗艦の足を止める。ビスマルクはその大火力でほかの敵艦を粉砕している。それはユーとグラーフ、マックスも同様。逃げ回るばかりだった前とは違う。

 自分が敵旗艦を抑え、みんなに他の敵艦を一刻も早く砕いてもらって、最後、一斉砲撃で終わらせる。

 勝てる。そう強く意識する。自分の成すべきことは旗艦の動きを止める事。そのために、砲撃を重ねて、…………不意に、その霧が揺らめいた。

 砲撃する、砲撃する、砲撃、…………「え?」

 

 ゆらり、霧の奥に一人の白い少女。プリンツは目を見開く。

 初めて見る少女だが、プリンツには、わかる。彼女に宿した艦の魂が、告げる。その名。

「シャルン、ホルスト?」

 

「プリンツっ!」

 呆然と、目を見開くプリンツ。そちらに向かってビスマルクは声を上げる。

 砲撃の手を緩めれば敵艦に動く余地を与える。だから、

「あ、……」

 プリンツに砲撃が叩き込まれる。莫大量の砲弾、いつかと同じ、彼女を沈めるに値する砲弾の弾幕。……そして、

 

 とん、と。誰かに肩を叩かれた。

 

 プリンツに叩き込まれた砲弾が、その場に停止。そして、撃ち返された。

「あ、え?」

 砲弾がはじき返され、その奥にいた少女に叩き込まれる。いくつか、砲弾の直撃を受けた少女は背を向ける。撤退、そして、それと同時に霧が一気に晴れる。

 暗い、暗い、夕暮れ。周囲には数十の深海凄艦。圧倒的な戦力差。……けど、動かない。

 波音さえない、空間が狂ってしまったような沈黙。その中でただ一つ動く存在、金色の髪の、華奢な少年。彼は波紋一つ立てず、着水。

「にい、……さ、ま?」

 いつかみたいに、まるで、御伽噺の英雄みたいに、助けてくれた。

 けど、

「…………あ。……え?」

 なんで、……こうなるくらいなら轟沈した方がましだ、なんて思ってしまったのだろう?

 彼は髪を掻き上げる。軽く手を上げる。

「え?」

 呆然と、声。辺りにいた敵艦が浮遊、ぎりぎりと、数十という深海凄艦が空中に縫いとめられる。

「提督?」

「……提督、なの?」

 ビスマルクとユーの声。その声には疑問がある。

 提督なのか? 間違いない、金色の髪の華奢な少年。いつも見ていた、いつも意識していた、大好きな人。

 けど、

 

「ったく、ほんっと、難儀だよなあ。

 あのばかみてぇな祭りが終わったと思ったら、まぁた呼び起されちまったんだ。なあ、」

 

 口元に、笑み。吊り上がる様な、兇悪な、笑み。

「小娘ども」

 彼は、笑う、手を振る。空中に縫いとめられた深海凄艦から、蒼白の炎が吹き上がる。

 視界のすべてを覆いつくす蒼白の光に照らされ、深紅の瞳を輝かせる、彼。

「あ、……にい、さま?」

「ちげぇよばーか」

 彼は、

「オレの名前、知ってんだろ?」

 ・・は、そういって嗤った

 

 レオナルドは、緊張をもって彼女たちを迎えた。

 彼女たち、……と、もう一人。

「よお、久しぶりだな親友。会いたかったぜ」

「僕はあんまり会いたくなかったよ」

 ウィリアムに向けたのとは違う、緊張の表情。ビスマルクは息を詰めて、

「レオ、知り合い、なの?」

「うっせーな、今はオレと親友が話してんだ。

 黙ってろよ小娘」

 普段のウィリアムからは想像もできない言葉。ビスマルクは押し黙る。ユーは不安そうにグラーフの手を握る。

「ま、お互い再会を喜んで握手をする仲でもねぇな。

 それで、親友。いつかの答え聞かせろよ? ちったあましな答えを期待してるぜ?」

 彼はそういって後ろを示す。

「で、どうするんだ? そこの小娘どもならオレを殺せるぜ?」

「ああ、そうだね」

 けど、レオナルドは《神々の義眼》を輝かせ、応じる。

「君は、……絶望は殺すものじゃない。打ち克つものだ。

 だから、殺せなんていう事は出来ない」

 くく、と笑う音。

「は、……はは、はははははっ!

 ははっ! ああ、そうだ。そうだな親友っ! それでこそだっ! ……ああ、」

 笑いながら、彼は応じる。

「オレに、絶望に克ってみせろよ人間っ!

 さあ、HLで楽しんだゲーム、《悪魔を憐れむ歌》、その敗者復活戦と行こうぜっ!」

 楽しそうに告げ、近くの椅子に腰を落とす。不安そうに立つ彼女たちにひらひらと手を振って、

「ま、安心しろよ小娘ども。

 オレは一度負けたんだしな。ちゃーんとウィリアムは返してやるよ」

 くつくつと笑う彼に向けられる不安そうな表情。舌打ち。

「ったく、辛気くせーなー、助けてやったのに感謝の一つもなしかよ?」

「君のせいじゃないか?」

「んでだよ? ま、けどよ」

 彼は自分の胸を示す。

「今回はすぐにウィリアムを返してやるよ。

 けど、オレが表に出るたびに、ウィリアムは消えていく。気をつけろよ? てめぇらの大切な人は、なくなっちまうかもしれねぇぜ?」

「君は、消えてなかったのか」

「ねぇよ。勝手に消してくれるなよ親友。いつかと同じだ。こいつがオレを呼んだんだぜ?

 ったく、敗者として大人しくしててやればまた引きずり出しやがって、オレだっていい迷惑だよ」

 呆れた、と肩をすくめる彼。レオナルドは眉根を寄せ「引きずり出した?」

「知らねーよ。こいつに聞けよ。

 ま、そういうわけだ小娘ども、てめぇらかこいつが、てめぇらじゃあどうにもならねぇって絶望したとき、オレが全部薙ぎ払ってやる。そして、そのたびにこいつは消えていく。

 精々気張れよ。それと、」

 彼は、レオナルドに視線を向ける。

「逃げんなよ? トータスナイト」

「そんなことしたらブラックが戻ってこないだろ?」

 応じる声に、彼は笑う。目を閉じる。目を開ける。その瞳の色は、蒼。

「ブラック?」

「…………は、あ」

 崩れ落ちるようにウィリアムは座り直す。……苦笑。

「ごめんね、みんな」

「兄さまっ!」「提督っ!」

「わ、わっ」

 プリンツとビスマルクが飛び出し、彼に抱き着く。ほかのみんなも安堵の息をつく。

「よ、よかった、……兄さまあ」

「提督、よね? ね?」

「うん、大丈夫。僕だよ」

 丁寧に頭を撫でるウィリアム。いつも通り、とレーベとマックス、グラーフも安堵し、ユーはへなへなとへたり込んだ。

 けど、いつも通り、ではない。《神々の義眼》は少し困ったように、柔らかく微笑む彼を映し、そして、砂糖を食べすぎた様な表情を浮かべる彼を映す。

「ええと、入渠「よりも先に、さっきのやつの話を聞かせてもらう」……だよね」

 グラーフの言葉にウィリアムは苦笑して頷いた。

 

 妖精に入渠準備をお願いして、一同執務室へ。ウィリアムは溜息。

「彼は絶望王。第二次大崩落を引き起こしたやつで、僕に憑いた悪魔だよ」

「悪魔?」

 マックスの問いにウィリアムは苦笑。「予想だけどね。……ほら、憤怒をつかさどる悪魔、とかいるだろ? それと同じ、絶望をつかさどる悪魔。……人の心、感情の形だよ。擬人化され、人格を持った感情、かな」

「異界の存在なの?」

「もともとは、そうかもしれない。……けど、もう何世紀もこっちにいるよ。彼は、……だから、とてつもない能力を持つんだ」

 とてつもない能力、それは、レオナルドもクラウスから聞いている。

 当代最上位の術師が構築、隠ぺいした結界を、《神々の義眼》に同調して見つけ出し、破壊。

 HLをサイコキネシスで掻きまわし、あの、悪夢みたいな状況の構築。

 そして、クラウスと真っ向から激突し、打倒した。

 ……桁外れ、まさしく、次元違いの能力でなければできない。13王の名は伊達ではない。

「兄さまが、……けど、なんで?」

 なぜ、そんな存在を抱えているのか? プリンツの問いに、ウィリアムは寂しそうに微笑む。

「僕と、僕の家族は第一次大崩落のその場にいたんだ。

 その時、妹、……メアリも、両親も死んでね」

 レオナルドは頷く。結界代わりの心臓、と聞いている。

 第一次大崩落の際、何かの理由で心臓が破壊され、死んだのだろう。

 そして、心臓を結界としてメアリを蘇生させた後、両親も死亡した。

「提督の妹、第二次大崩落の時に、じゃないの?」

 事情を知らないレーベが首を傾げる。ウィリアムは苦笑。

「それも、あるよ。

 第一次大崩落で一度死んで、その後に心臓を結界として蘇生したんだ。……まあ、特殊な術で蘇生できた、でいいよ」

 結界、と首を傾げたレーベに苦笑。

「第二次大崩落の時に、ホワイト、妹を結界として紡ぎ直した。

 僕の、力不足でね。……僕は、妹を救えなかったんだ」

 それは、胸に刻まれた後悔。ウィリアムは、泣きそうな微笑でそう告げる。

「ブラック」

 心配そうな彼の声。大丈夫、と少し無理して微笑む。……メアリとレオナルドは仲が良かった。辛いのは、彼も同じだ。

「その、第一次大崩落の時、両親を失って、妹も、不安定な存在になって、…………それに、僕が術師だってのもあるのかな。

 そこにいた、彼に目をつけられたんだ」

 彼。

「絶望王、というやつだな」

 グラーフの問いに頷く。ユーはグラーフの手を握って、「怖い、です」

 率直な言葉。「そうだね」と、ウィリアムも頷く。

「第二次大崩落の時、……いろいろあって、彼はまた眠りについた。

 もう、消えたと思ってたんだけど」

「いろいろって、提督とレオが会った、とか?」

 マックスの問いに「そうだよ」と頷く。

 そもそも、ウィリアムとメアリ、そして、レオナルドの付き合いは第二次大崩落を目論んだ彼が、《神々の義眼》に目を付けたことが始まりだ。

 …………そんな縁の付き合い。それでも、彼は命を懸けて来てくれた。本当に、絶望に沈んでいた自分たちにとって、眩いヒーローだ。

 たとえ無謀な蛮勇でも、たとえ、助けられながら、だとしても、

 それでも、彼は来てくれた。

 だから、メアリは守るために消える事を受け入れ、ウィリアムは彼女の死を自らに刻み、進むことを選んだ。…………絶望を、払う事が出来た。

 けど、

「その、絶望王が、また目覚めた、か」

「あの、兄さまが、呼び起した、って」

「ああ、…………そうだね。………………そう、あの時、僕もみんなの様子は見てたんだ。

 近海だったし、千里眼で何とか届いてね」

 だから、……見た。呆然とするプリンツと、彼女に叩き込まれる砲弾。

 だめだ、と思った彼女は死んでしまう、と。

 それはいやで、力を欲して、……自分では、どうにもできないから、彼女を救えないから、……だから。

「力を欲した。…………プリンツが切り抜けられるとも、みんながプリンツの危機を払ってくれるとも、……僕も、何もできないって思って。

 だから、力を欲したんだ」

 

 なら、力をくれてやるよ。

 

 自嘲。

「最低だよな、僕。

 皆のことを信じられなくて、触れてはいけないものに触れた。……誰よりも、君たちのことを信じなくちゃいけないのに、ね」

 そんなことはない、と。レオナルドは応じる事が出来なかった。

 絶望的、だったろう。ほかの皆は砲撃を繰り返している。身を挺して庇う以外、助かる術はなかった。

 そして、それをやって生き残れるのはビスマルクくらいだろう。彼女もとっさに動ける状況ではなかった。

 けど、あの場にいなかった。……そう、見ている以外の事が出来なかったレオナルドが言っても仕方ない。

 いう、ならば。

「そんな事、ないっ!」

 プリンツは拳を握り、声を上げる。その表情は必死で、

「違うっ! 私、が、私が、勝てるって思って、油断して、それでっ!」

 ぱんっ、と音。

 泣き出す一歩手前、必死に言葉を紡いでいたプリンツはぎょっとして言葉を止め、ウィリアムは顔を上げる。

 レオナルドは大仰に溜息。

「話は終わっただろ? なら、入渠。まったく、僕に無理するなって言っておきながら、いつまでそんなぼろぼろのままでいるつもりなんだ?

 彼はとりあえず出てこなさそうだし、休めるときに休んでおきなよ」

「あ、……レオ、君」

「ごめん、レオナルド」

 プリンツとウィリアムはばつが悪そうに応じる。

「どっちがいい悪いなんて言っても仕方ないよ。

 あいつが出てこないようにすればいいだけだ。もう、あんな事にならないようにね。……だから、今夜は休んで、明日、午前中にでも反省会をしよう」

「そうだね。……うん、そうしよう。

 皆もいいね?」

 ウィリアムの問いに、皆が頷く。そして、入渠に向かった。

「さて、それじゃあ「ブラックも休んでて、食事なら僕がデリバリー頼むから」」

 歩き出そうとしたウィリアムの足は止められる。…………苦笑。

「ほんと、君にはかなわないよ」

「僕はライブラのメンバーだぜ? なめるなよ」

「はは、……うん、それもそうだ。

 ごめん、甘えるよ」

 ふらつきながらウィリアムは執務室を出る。その後姿を見送って、ぽつり、呟く。

「ビスマルクさん、大丈夫かな」

 俯き、小さく震えていた彼女。見たこともないほど弱々しい姿が、気になった。

 

 戸を叩く音。

「あ、……はい?」

 夜、夕食を終え、仮眠室で眠ろうとしていたウィリアムは顔を上げる。扉を開ける。

「ビスマルク?」

「…………あ、の、提督」

「どうしたの?」

 首をかしげる。…………けど、先に、

「提督?」

 問いかけるビスマルクの手をウィリアムは黙って引く。寝ようとしていたベッドのところへ。

 ビスマルクはゆっくりと腰を下ろし、ウィリアムは彼女の隣に座る。

「よかったよ。みんなが戻ってきてくれて。

 ……あいつがまた出てきたのは困ったけどね。だから、」

 ウィリアムは俯くビスマルクに微笑。

「ありがとう、ビスマルク」

「…………そんな事、ない、わ」

 明るく、快活で自信に満ちた彼女。ビスマルクの声は、聞いたこともないほど、弱々しい。

 微笑むウィリアムに、ビスマルクは視線を向けない。俯く。

「私が、悪かったのよ」

 唐突な言葉、けど、ウィリアムは言葉を挟まず、彼女の言葉を待つ。

「あの時、……旗艦の足止めを、プリンツ一人に任せた。

 間違い、だったのよ。……私がやればよかった。……………………だめね」

 苦笑。

「あの時はあれが最善だと思ってたわ。

 プリンツは十分高い実力がある、相手が格上の戦艦でも、足止め出来ると思ってた。その間に私たちで敵の僚艦を潰していけばそれだけ安全になるし、たとえ、どんな強敵であっても、皆でいっせいにかかれば勝てる。

 そう、思ってたわ。けど、結果がこの様。だからあれこれ考えてしまうのよ。ああすればよかった、こうすればよかった、ってね」

「そうだよね」

 考えれば考えるほど重なる後悔。……旗艦であるビスマルクは、特にだろう。

 けど、

「それでも、ビスマルクのおかげで、みんな無事に帰ってこれたんだよ。だから「あなたを除いてね」」

 言おうとした言葉は、止められる。

「確かに、そうね。

 私たちは誰も轟沈することなく戻ってこれたわ。入渠して傷をいやして、眠れば疲労も取れるでしょうね。

 けど、提督は、違うわ」

 彼の中に眠る、悪魔。呼び起してはいけないものを、呼び起した。

「ほんとのことを言うとね。

 貴方が、提督としてここにいること自体、私の我が侭なのよ」

「え?」

 きょとんとするウィリアムにビスマルクは俯く。視線は、合わせない。

「別に、内陸にいてもよかったのよ。

 内陸で、資材だけ届けて、あとは妖精さんに声を飛ばすだけでもいいの。けど、……だめね、私がしっかりしなくちゃいけないのに。なのに、……貴方に甘えたくて、ここにいるように嘘をついたのよ。危険、なのに」

 旗艦としての責任に折れてしまいそうな気がして、……だから、この人に支えて欲しくて、我が侭を言った。

 助けてくれたその姿が嬉しかったから。……ずっと、助けて欲しいと願ってしまったから。

 その結果が、これ。守らないといけない民を危険にさらした。もう、戻ることはできない。

 自分の失敗で、彼は消えてしまうかもしれない。それが、

「ごめん、……なさい。提督」

 守らなければいけない人を、命を救ってくれた恩人を、大切、と思えた人を、危険にさらしてしまった。

 それが、辛い。

「ごめん、なさい。私が、弱くて、貴方に甘えて、……ごめんなさい。ごめんなさい、提督」

 気が付けば俯き、ぽろぽろと涙が零れる。取り返しのつかない失敗をして泣く子供のように、涙を落とす。

 けど、

「それでも、僕はみんなに会えてよかったと思ってる。

 いま、ここでこうしていられて、よかったよ」

 顔を上げる。いつか見た、好きになった、優しい微笑。

 大切な妹を守れなかった。だから、今度は、

「甘えてくれていいし、支えさせてよ。

 僕じゃあ頼りないけど、……我が侭なら、いくらでも聞いてあげるよ」

「いい、……の?」

「うん、そのくらいしかできないからね」

 我が侭を言われるのは、慣れているから。

 …………そして、それで君が折れないのなら、いくらでも聞いてあげる。

 それで君が笑ってくれるなら。それで十分だから。

 

 なあ、そうだろ。兄妹。

 

 真っ直ぐに自分を見つめるウィリアム。だから、精一杯の勇気を振り絞って、口を開く。

「…………じゃあ、提督。今夜は、甘えさせて」

 

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