トータスナイトが基地に着任しましたっ!   作:林屋まつり

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二十一話

「寝たか」

 賑やかな食事が終わり、夜。テラスでぼんやりと星を眺めるウィリアムは、後ろからかけられた声に振り返る。

「まあ、……疲れてたんだろうね」

「そうだろうな。

 旗艦は、いろいろ気を遣うから」

 ウィリアムの太ももの上には心地よさそうに眠るビスマルク。声の主、グラーフは優しくそんな彼女を見ている。

 あどけない、幼ささえ感じる寝顔。

「作戦も終わり、……あとは、最後にパーティーをしてお別れ、だな」

「…………そうだね」

 頷く。もとよりウィリアムは軍人ではない。提督、というのも役職というよりは愛称に近い。

 作戦が終わればLHOSに戻る。それ以後の事は、上の調整次第だ。

「一応聞いておく。

 提督、私たちと一緒に軍属になる気はないか? 提督が希望するなら、私は出来る限りの事はしよう」

 問い、冗談には聞こえない。……だから、ウィリアムは微笑み首を横に振る。

「僕は、…………僕には、やりたい事があるから」

「そうか」

「世界を守りたいんだ」

 

 親友と半身が救った世界を、守っていきたい。

 

 見上げる星明りのように、遠い、遠い希望。…………けど、出来る、出来ないは関係ない。

 そう、思ったきっかけ、思わせてくれた言葉。ぼろぼろになった親友の叫び声。

 あの時、第二次大崩落の終結。死にたくない、泣きながらそう訴えるしかなかった自分。死にたくない、けど、メアリを喪いたくない。板挟みになって動けなかった自分の背中を押してくれた、言葉。

 その叫び声を聞いたんだ。だから、出来ないと思って足を止める事なんて、絶対に、しない。

 けど、……苦笑。

「正直、自信ないけどね」

 何せ曖昧で無茶苦茶な希望だ。頭を心配されても仕方がない。……けど、

「…………出来るさ」

 曖昧で無茶苦茶な希望。……けど、それでも、グラーフは認める。

 君なら、出来る、と。

 その言葉に、ウィリアムは少し寂しそうな微笑を返した。

「けど、君たちは違うんだね」

「…………この胸に抱いた魂、その祈りを曲げる事は、出来ない」

 民を守る。民のために戦う。それこそが、軍船に向けられた祈りなのだから。

 だから、

「ああ、……そうだな。

 これが終わったら、お別れだな」

 いつか、また会いに行く。けど、ここで一つのお別れ。

 寂しそうに告げるグラーフにウィリアムは頷く。

「そうだね。選んだ道で、……みんなで救った世界でやりたい事、存分にやっていこうね」

「そうだな」

 そのために世界を救ったのだ。やりたいと思ったことのために、やると、決めたことのために。

 だから、……迷いは、ない。グラーフは頷く。

「では、また明日は存分に遊ぼうか。

 後悔なく楽しむためにな、付き合ってもらうぞ」

「お手柔らかにね。グラーフ」

 不敵に笑うグラーフに、ウィリアムは微笑を返す。そして、

「…………そうだなあ。……ああ、」

 視線を落とす、安らかな寝顔を見せるビスマルク。

 

 大切な人たちがいるこの世界を、大切な人が救ったこの世界を、

「絶対に、失いたくないよな。兄妹」

 ウィリアムは星空を見上げ、呟いた。

 

「あー」

 アルコールが入って火照った体をぬるい湯が洗い流す。ちなみに、レーベとプリンツは轟沈した。飲みすぎ。

 途中からユーもシャンパンを飲んで、ほろ酔い状態。シャルンホルストが彼女の部屋に連れて行ったはずだ。

 あくび。今日は早めに寝ようかな、と思う。

 シャワーを浴びながら視線を横へ、バスタブには湯が張られている。さっさと洗ってさっさと寝ちゃおう、と。

 明日はみんなで遊びに行く予定だ。間違えても酒が残って寝過ごした。なんてことをするつもりはない。

 ちなみに、寝過ごしそうな二人のうち一人、レーベに関してはマックスが起こすと請け負った。その時の目つきが少し怖かったが。

 だから、……がちゃ、と音。

「音?」

 大絶賛使用中のシャワー室に響く扉が開く音。なぜ? と、思って振り返る。

 

 タオル一枚巻いたマックスがいた。

 

「……って、どおぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 がんっ! と、音。レオナルドが後ろに飛びいて壁に激突して頭を抱える。

「れ、レオ、大丈夫っ?」

 珍しく焦った声。レオナルドは頷き「じゃなくてっ、なんでマックスがここにいるのっ?」

 ありえない。ここはマックスたちがいる寮じゃない。……それ以前に、灯りもついていたしシャワーを使っていたのだから、音も響いていたはずだ。

 レオナルドの問いにマックスは頷く。

「グラーフが持ってた日本の情報にあったのよ。

 ええと、……ラッキー、……なんとか、日本の伝統行事みたい。たいていの動画資料に一度くらいあったわ」

「もう、日本はだめかもな」

 異性が入っている浴室に吶喊するのが伝統行事とは、だめとしか思えない。

 思わず遠い目をするレオナルド。……けど、

「ラッキー?」

「いや、どこに幸運要素があるんだ」

 肩を落としてぼやいた。

「いや、だった?」

 不安そうな声、レオナルドは現実に引き戻される。

「あ、……いや、いやっていう事は、ないけど」

 現実に引き戻されてみればそこにはタオル一枚のマックスがいる。極力、そちらに視線を向けないようにしながら、

「ええと、……それで、ど、……どうした、の?」

「どう、……ていう事は、くしゅっ」

 くしゃみをするマックス。「と、とりあえず湯船に入って」

「うん」

 レオナルドは視線を背ける。ちゃぷ、と音。

 後ろに裸の少女がいる。……一瞬見えたマックスの姿を頭から振り払っていると、声。

「だって、ずるい」

「え?」

 ずるい、と言われてレオナルドは素っ頓狂な声。

 なにか、ズルいことしたっけ? と、思い起こすが心当たりがない。

「ええと、……ごめん、僕、何かした?」

 恐る恐る問いかける。その先、マックスは、ふい、と顔を背ける。

「夕食のとき、レーベ、レオに抱き着いてた」

「あ、……ああ、ええと、あれは酔っぱらってたんだよ」

 間違いなく。レオナルドの知るレーベは積極的に抱き着いたりはしない。

 けど、

「ええと、ずるい、って?」

 その行動と、マックスの言う、ずるい、が結び付かない。首を傾げるレオナルド。

 問いに、マックスは答えない。ちゃぷ、と音。

「レーベ、ずるい」

「レーベが?」

 レオナルド混乱。レオナルドの入浴中に吶喊した理由がレーベがズルいから、……ますますわからない。

 解らない。けど、

「えーと、……そ、それで、僕はどうすればいいのかな?」

 よくわからないが。女性にはたまにある事、メアリやミシェーラもよくわからない理由で怒ったりしていた。

 考えろー、と。問いながらも考え続ける。先の問いさえ地雷になりかねない。なぜか不機嫌なメアリに、自分が何かしたか聞いたらさらに不機嫌にさせてしまった過去がある。

 もちろん、考えても何も浮かばないが。………………そして、マックスは告げた。

「一緒に入って」

「…………うぉう?」

 予想の斜め上を行く要望に、レオナルドは素っ頓狂な声。

 ともかく、一緒に入ってと言われた。つまり、一緒に湯船につかるという事。

 レオナルドは湯船を見る。赤い顔で俯くマックス。…………で、小さな湯船の半分以上は占められている。

 この状態で一緒に入れ。…………もし、それを可能とするのなら。

「ど、……どーやってかなあ?」

「………………そ、それ言わせないで、よ」

 顔を真っ赤にして応じるマックス。もちろん、マックスにも余裕はない。夕食の時のレーベの行動にむっとして、自分もそれ以上の行動をしないと気がすまなくなった。

 二人きりでお話でも、と思ってレオナルドが使っている仮眠室を訪ねたらシャワーの音が聞こえた。おいてあった服から使用者を特定、大急ぎでタオルをもって吶喊。…………つまり、実は衝動的な行動だった。

 本当は、すごく恥ずかしい。

 酔っぱらって今頃部屋で寝ている姉を恨む。理由は、……………………自分はこんなに恥ずかしい思いをしているのに、レーベは酔っぱらっていたのでそんな思いをしていなかったから。

 けど、

「ん、……こ、これなら、大丈夫」

 膝を抱えて身を縮める。ちなみに、無神経な彼にどうやって一緒に入るか聞かれて、真っ先に頭に思い浮かんだのは後ろからレオナルドに抱きしめられてはいる形。……それは、さすがに、………………のぼせそうになり、マックスはそれ以上考えないようにする。

「じゃ、……じゃあ、は、入る、よ」

「う、……うん」

 ちゃぷ、と音。レオナルドはマックスの正面に、彼女と同じように膝を抱えて入浴。

 ……………………沈黙。なにか、話をしないと、と。マックスは内心で焦る。けど、何を言えばいいのかわからない。

 レオナルドは困ったような表情。その理由はわかる。いきなり押しかけて、気まずい思いをさせてる。そう思うと今更ながらに、自分の行動が嫌になる。

 どうして、こんな事しちゃったんだろう。……やっぱり、謝ってさっさと出よう、と。

 そんなことを考えて、謝ろうと口を開こうとして、

「ええ、と、ありがとな」

「へ? ……あ、あの、私と一緒にお風呂入れて、嬉しい?」

 それは、…………マックスとしても嬉しいけど、恥ずかしい。……少し意外だけど。

「あ、いや、そ、そうじゃなくてっ! ………………いや、ええと、悪いんじゃないけど、そういう意味で言ったんじゃなくてっ」

 否定の言葉に俯くマックスに、大慌てで言葉をつなげるレオナルド。……「ま、まあ、さ」

 言い難そうに視線を逸らして、ぽつぽつと、

「マックス、可愛いし、僕だって男だし、そりゃあ、……………………まあ、その、……嬉しい、けど」

「ぷっ」

 そんなレオナルドが面白くて、マックスは小さく吹き出す。レオナルドは少し眉根を寄せ、ため息。

「違うって、……みんなで、ちゃんと帰ってきてくれてありがと、って事。

 僕にできる事なんてほとんどないし、誰かを守る事も、戦う事も出来ないからさ、……みんなが命を懸けて戦ってるのに、こんなんで情け「そんなことないっ」」

 反射的に、声を上げる。言葉を遮る。

 きょとん、とするレオナルド。マックスは一息。

「レオ、私は、レオに自分の事を、情けない、なんて言ってほしくない」

「…………あ、う、うん」

 

 そんな事ないわ。……レオは、いいやつよ。

 彼女の言葉を、不意に思い出した。

 

「そうだな。……ごめん」

「う、……ううん、私も、大声出して、ごめんなさい」

 けど、

「レオは、ここで私たちが来るのを待っていてくれた。

 シャルンホルストが攻め込んできたときも、逃げなかった。……前に言ってくれたみたいに、ちゃんと、おかえり、って言ってくれた。

 ここを出て海を走る私たちにとって、帰ってこれる場所があるって、……そこに、待っていてくれる人がいるって、すごく嬉しいのよ」

「あ、……う、うん」

 熱のこもったマックスの言葉に、レオナルドは、少し照れて頷く。

 自分は本当に、ただ、普通なだけの男だ。だけど、

「そうだね。逃げ出さない事、……僕にでも、それくらいはできるから」

 少しだけ、照れたように、ほんの少し、誇らしそうに、

 

 レオナルドは、決して格好いいというわけでもない。彼の言う通り、戦う力はなにもない。

 なのに、それなのに、本当にささやかな誇りを語る彼に、どうしてこんなに惹かれてしまうのか。

 

「…………ん、うん」

 ちゃぷ、と音。マックスは膝を立てる。顔を伏せる。

 顔が火照ってる。改めて、レオナルドとこんなところにいる事が、すごく照れる。……けど、彼と一緒にいる事が、とても、とても嬉しい。

「わ、私、そんなレオの事、す、……素敵、だと、思うわ」

「ん?」

 ぽつぽつと、自分にさえほとんど聞こえない声で呟かれた言葉。当然レオナルドに聞こえるわけもなく、問い返し。

 マックスは、ふるふると首を横に振る。だめ、これ以上は限界。

 顔を真っ赤にして俯き、ふるふるしているマックス。レオナルドは困ったような表情で、

「のぼせたみたいだね。そろそろ上がろうか。

 ええと、僕、後ろ向いてるから、マックス、先に出て」

「う、……うん、あの、…………本当に、ごめん。いきなり押しかけて」

「ううん、……まあ、びっくりしたけどさ。話ができてよかったよ」

 それは私もよ、と。頷いたけど口には出せなかった。

「あー、けど。あんまりこういうことするなよ。

 怖い人はほんと怖いんだから」

 前にレーベに似たようなことを言ったな、と。そんなことを思い出しながら言ってみる。返事は、

「やらないわよ。こんな事、……けど、」

「ん?」

「な、なんでもないっ!」

 レーベ同様何か言いかけたマックスは慌てて浴室を出た。

 

 高鳴る鼓動を抑えて、扉に背を預ける。

「言えるわけ、ないわよ」

 …………君になら、また、…………なんて。

 

「…………げ」

「おいおい親友。

 会って最初に言うセリフがそれかよ」

 入浴を終えて寝床に戻れば酒を飲む彼。レオナルドは溜息。

「もうゲームは終わったんじゃないの?」

「終わったよ。……なんだよ。終わったらオレが消えると思ってたのか?

 案外ご都合主義な頭してんじゃーか」

「それもそうか」

 勝ったら世界を滅ぼす、と告げた。けど、負けた場合の事は言っていなかった。

 彼はグラスを傾ける。

「……っていうか、また飲んでるんだ」

「こいつ、肝臓ぶっ壊れてんじゃねーのか?」

「現在進行形で肝臓に負担かけてる君が言うなよ」

「違いない」

 くつくつと笑い。不意にレオナルドに視線を向ける。

「ま、といってもこいつの体は返してやるよ。

 負けた事は負けたんだしな。負けた分際で賞品掻っ攫うほどさもしかねーし」

「悪魔は約束を守るんだな」

「ったりめーだ、ばーか」

 彼は空のグラスに酒を注ぐ。

「飲むか?」

「遠慮する、今日はもうこりごりだ」

「つまんねーやつ。

 逃げない事くらいしか取り柄ねーんだろ? 酒からも逃げんなよ」

「悪いけど僕は一般人でね。肝臓も普通なんだ」

「ちっ」

 舌打ち。彼は酒を飲む。

「それで、何の用?」

 彼の正面に腰を下ろして問いかける。まさか、ここでいきなり襲い掛かったりはしないだろうが。

「親友と酒を飲みに来たんじゃねーか。

 ま、飲めねえ、なんて言われたけどな」

「もう十分飲んだよ。

 っていうか、ブラックは?」

「あ? 普通に寝たよ。もう夜だぜ親友。

 よい子は寝る時間だ。あの小娘どももほとんど寝ちまったしな」

 言いながら、彼は一度目を閉じ、《神々の義眼》を再現。

「お、うん、寝てる寝てる」

「覗くなよ」

「つまんねーの、明日楽しみだから眠れないとか、そんな馬鹿いねぇんだな」

「お前な」

 ほんと何しに来たんだ、と。レオナルド。彼はけらけら笑う。

「お前言ったよな。絶望には打ち克つものだって」

「ああ、そうだね」

「まだ、そう思ってるか?」

 探る様な問いに、レオナルドは応じる。

「わからないよ」

「あ?」

「今は、そう思ってる。……けど、そうだね」

 それは、ずっと、ずっと、問い続けなければいけない。

 

 あの、勇敢で気高い妹のように、どんな絶望的な状況を前にしても、立ち竦むことなく、立ち向かえるようになりたい。

 だから、

 

「絶望とは、……君とは、ずっと相対しなくちゃいけないんだろうね。

 どんな答えを出したとしても、さ」

 だから、一度、彼に告げた答えだけでは終わらない。これから、何度でも相対する絶望に抗うための答えを、考え続ける

 だから、

「まあ、あの時、君に伝えた答えになっちゃうんだよなあ。結局」

 レオナルドの言葉に、彼は、眩しそうに一度、その深紅の瞳を細める。

「ああ、そうだな。………………それでこそだ。オレの、」

 ふと、彼は口を噤む。そして、口の端を吊り上げる、兇悪な笑みを浮かべた。

 

「オレの敵だ。トータスナイト」

 

 悪魔は、そういって嗤った。

 

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