「れお、大丈夫?」
演習終了、椅子にへたり込むレオナルドに、ユーは心配そうに声をかける。
「うん、……ちょっと疲れた。
あ、マックス、ごめん、タオル、冷やして持ってきてくれる?」
「うん」
目に手を当てて告げるレオナルドに、マックスは頷いて小走りで部屋を出る。ウィリアムは一息。
「結果は上々。だけど、やっぱり使いすぎるわけにはいかないね」
「はは、……ごめん」
《神々の義眼》。その機能は代償に脳への過負荷、眼球の発熱を招く。
視界の共有まではなんともなかった。けど、ビスマルクのレーダーによる索敵範囲の視覚化は思った以上に堪えた。
心配そうにレオナルドを見るユーを軽く撫でる。
「レオ、これでいい?」
マックスの声。「ありがと」と受け取り瞼を覆う。《神々の義眼》の発熱が少し、落ち着く。
「いいよ。けど、あんまり無理をするなよ親友」
術師であるウィリアムにとって、この手の能力と代償は不可分だ。そして、その代償により命を落とす危険さえあると知っている。
ちり、……と、救えなかった半身が脳裏によぎる。
「わかってるよ。無理はしないさ」
「ゆーも、れおに無理して欲しくない、です」
心配そうにレオナルドの手を握るユーに、「大丈夫」と応じて撫でる。
「提督、ビスマルクたちが戻ってきた。
グラーフとレーベが少し燃料の補給が必要ってだけみたい」
「うん、プリンツにお願いしたから、報告を受けたら今日は解散にしよう。
レオナルドの部屋の準備もあるからね」
「れお、寮、使うの?」
「え? ……いや、さすがに男女で同じところって、……ねえ?」
「レオナルドなら大丈夫だよ。親友。僕は君を信じてるよ」
「……おい、ちょっと待て」
妙ににこやかな笑顔の親友を軽く睨みつける。「ゆーも、いいよ」と、応じる彼女には笑顔で「ありがと」と言って、
「けど、ビスマルクさんとか、マックスとかは気にするだろ。やっぱり、異性がいるとさ」
よくわからなさそうにユーは首をかしげる。幼いうちはそんなもんだよな、と。思うけど、
「別に、私もかまわないよ」
「ええっ?」
視線をそらし、小さく呟いたマックス。そして、
「ただいまっ」「戻ったわっ」「艦隊が帰投した」「演習完了! お疲れさまでしたー」
どやどやと、出ていた彼女たちが戻ってきた。不意に、マックスは笑う。嫌な予感。
「レオも、提督も、遠慮しないで寮に来ていいよ」
「ちょ、マックスっ?」
「そうよっ、提督も、い、いつだって、私の部屋に、あ、遊びに来てもいいのよっ」
「やったーっ! 兄さまと同じ部屋ーっ!」
「部屋っ?」
「…………ふむ、レオと提督が同じ部屋、で、か。…………ふっ」
「おい、そこの空母、格好良く笑ってるけど、絶対嫌だからな」
「ゆーも、提督とれおが来てくれると、嬉しい、です」
「れ、レーベ、助けてっ!」
もうだめだ、と。最後の良心に話を振る。彼女は名前を呼ばれて「ひゃいっ?」と、声を跳ね上げ、
「あ、……え、あ、…………だ、だだ、だめだよっ! そ、そういうのは、……お、大人になってからじゃないとっ!」
「なんの話?」
「と、……ともかくっ!
レオナルドの部屋の準備もあるんだから、ほら、さっさと結果報告っ!」
わたわたと手を振るウィリアム。陰湿な舌打ちが聞こえた。レオナルドは誰によるものかは考えないようにする。
「あ、あの、《神々の義眼》だよね。
すごかったよっ! ビスマルクがどこにいるか、距離とか障害物とか全部見えたのっ!」
「様々な視界と共有か。確かにこれは非常に有益だ。
艦載機と視界を共有するとは、空母としては理想的な視点だ。ビスマルクの知覚範囲も視界として知覚できた。偽りなく本音を言ってしまえば、レオ。君にはずっといてほしいくらいだ」
「あはは、それは、……えと、ごめんなさい」
自分にも帰る場所がある。そう応じるレオナルドにグラーフは微笑み返して「事情は聴いている。あくまでも、私の願望だ。それだけ君のことを認めていると伝わってくれればそれでいい」
「そう、たまたま目を逸らした時にタイミングよく、ってわけじゃなかったのね」
もちろん、ビスマルクは本気で警戒していた。砲撃も魚雷も、見逃すつもりはなかった。
とはいえ、目視警戒には死角がある。レオナルドの《神々の義眼》はその死角をグラーフに伝え、同様に海域の状況を高い精度で認識していたレーベは的確に魚雷を撃ちこみ、見事にビスマルクの気を引いて、レーベは砲撃範囲に近づくことができた。
訓練の結果としては上々。
けど、
「ふーん、……そう。けど、やりすぎはだめね」
熱を込めたレーベとグラーフの報告に、冷や水を浴びせるマックスの言葉。ウィリアムも頷く。ユーはレオナルドの手を握ってレーベたちを見る。
「やりすぎ?」
「れお、辛そうだった。たぶん、すっごく大変なこと、と思うの、です。
ゆーは、れおに無理をしてほしくない、です」
マックスも頷く。グラーフは口をつぐみ、レーベは喜びから一転、悪い事をしたように縮こまる。
そんな二人を見てレオナルドが口を開く。前に、ぱんっ、と音。
「術師としていうけど、こういう能力には必ず代償がつくんだ。
それも「大丈夫だよ。親友」」
命にかかわることもある。その言葉をレオナルドは手を振って遮る。
「自分のことなんだから、自分が一番よくわかってるさ。
だから、無理はしないよ。きつかったらすぐに音を上げるよ」
「………………信じてるよ。トータスナイト」
「だーかーら、亀っていうなよなー
ま、そういうわけ、僕でも力になれそうでよかった」
柔らかく微笑むレオナルドに、グラーフは視線を背け、強いて、素っ気なく口を開く。
「私は評価を変えるつもりはない。
だが、無理はしないで欲しい。撤退するという選択肢もある。出撃して、成果が上げられなくてもまた行けばいい。だが、人の体は取り返しがつかない」
「ああ、ありがと」
「さて、レオナルド。その、《神々の義眼》を使った場合の代償についてまとめておいてくれないかな。
LHOSと、あと、海軍にも報告をして少しでも緩和できる方法を見つけていく」
告げて、ウィリアムは、とん、とレオナルドの胸を軽く叩き。
「遠慮はなしだよ、親友」
「わかったよ」
「…………レーベとグラーフ、ビスマルクは休憩。
プリンツ、ユー、レオナルドの部屋の準備するから手伝って。マックスはレオを手伝ってあげて」
了解、と声が重なった。
「…………まったく、代償の事、ちゃんと言えっての」
ウィリアムは、珍しく愚痴る。少し苛立たしそうに、とても、心配そうに、
「兄さま」
初めて見るその姿にプリンツは困ったように声をかける。ウィリアムはため息。
「提督、れおの事、怒らないで、欲しい、です」
ユーも彼の手を引く。
けど、ウィリアムは困ったように彼女を撫でて、
「怒る。……命にかかわる事なんだ。
そういう事はちゃんと言っておかないと、わからないまま無理をさせて、死んだら、取り返しがつかないんだ」
ちりちりと、胸によぎるのは大切な半身。救えなかった、彼女。
だから、
「ユーも、レオナルドが馬鹿なことしないように、ちゃんとお願いしてね。
あいつ、絶対に無理するから」
非常に残念ながら、第二次大崩落を見ていたウィリアムにとって、あのトータスナイトのいう、音を上げる、など、信用出来ない。
「そういえば、兄さま。
とーたすないと、ってどういう事?」
「騎士様?」
「ああ、レオナルドの妹が彼につけた愛称。らしいよ」
「へー、レオ君、妹居るんだ」
「うん、……まあ、僕も会ったことないんだけど」
「れお、騎士様、なんだ」
「格好いいよなあ。騎士って、頼られてる証拠だよ」
「じゃあっ、私も兄さまのことを騎士様、ってお呼びしますっ」
「いや、それはやめて、お願いだから」
きらきらと身を乗り出したプリンツを押し返す。ともかく、仮眠室へ。
もともとはこの基地にいた軍人が使っていたのだろう。手前に小さなロッカーと給湯室。二段ベッドが壁際に二つ。奥に簡易のデスクがある。
「ええと、服とかは自分で持ってきてたし、ユー、軽く掃除をお願いしていい?
プリンツ、シーツとか持ってくるから手伝って」
「うん、了解、です」「はいっ」
そして、プリンツとウィリアムは部屋を出る。確か、近くある物置に寝具の類はあったはずだから。
「兄さまって、えーと、……HLにいたんですよね?」
部屋を出て物置に向かう途中。プリンツはふと思い出して問いかける。
「うん、そうだよ。
紐育がHLに変わった時から、第二次大崩落の終結までね。あの時はLHOSも人手不足だったから忙しかったなあ」
「いいなあ、私も行ってみたいですっ!」
「…………まあ、いろいろ、賑やかな街だよ」
ふと、無邪気に笑うプリンツを見て、ウィリアムはこんなことを思ってしまった。
あそこなら、彼女たちは、当たり前のように受け入れてもらえるのではないか、と。
けど、
「危ないところだよ。ほんと。
命がいくつあっても足りないからね」
「じゃあ、その時は兄さまが守ってくださいねっ!
私の騎士様っ!」
「い、いや、それはやめてよ」
「えーっ」プリンツは、ぐっ、と拳を握って「騎士様に守ってもらえるなんて、女の子の憧れじゃないですかーっ」
「い、いや、……僕、喧嘩とか弱いし、術も、下手だし」
たぶん、何かあったら守られるのは自分だろう。情けないことに。
「もー、そういう事はいいのっ!
私はただ、兄さまとお出かけできるだけで嬉しいんだから」
「あ、あはは、……ありがと。プリンツ」
にこにこと笑顔で言うプリンツにウィリアムは笑顔で応じる。……そうだな、と。
ろくでもない場所だ。命がいくつあっても足りやしない。けど。
「面倒なことが終わったら、観光に行くのもいいかもしれないね」
レオナルドの寝床に押し掛けるのもいいだろう。HLにはLHOSのメンバーも常駐している。彼女たちと一緒に行くとなれば海軍にも話を通さなければならないが。
「やったぁあっ! 兄さまっ! 約束だよっ!」
笑顔のプリンツを見て、まあ、多少の面倒ごとはいいか、と。ウィリアムは笑って頷いた。
「グラーフ」
「ん、……なんだ、ビスマルクか?」
机に向かって何か書き込んでいたグラーフは顔を上げる。ビスマルクは軽く手を振って「勉強? 熱心ね」
「いや、……少し違う。レオのことだ」
「ああ、彼ね」
勝手知ったる友の部屋。ビスマルクはベッドに腰を下ろす。
「代償、が気になってな。
正直、空母としてあの眼は非常に有用だ。……だが、それで彼自身が害されるのは避けたい。
だから、どの程度が許容範囲かあげておこうと思ってな」
「……それがいいわね。ちゃんと厳命させないとね」
「厳しくか?」
グラーフはビスマルクに視線を向ける。彼女はため息。
「なんとなくだけど、提督に似てるところがある気がするわ。彼」
「そうか?」
「進んで無理しそうなところ」
「そうだな」
頷く。ウィリアムの反応から代償については伏せていたのだろう。
軽視していたのか、あるいは、心配をかけまいとしていたのか。
グラーフとビスマルクは同じ結論を出す。…………ため息。
「腹立たしいわね」
艶やかな金色の髪をビスマルクは乱暴にかき回す。
ウィリアムもレオナルドも軍人ではない。自分たちが守らなければならない、民、だ。
それなのに、共闘しなければならない。自分たちの運用上仕方ないとはいえ、面白い事ではない。
もちろん、二人に出会えたのは嬉しいが。
「だから私たちでもよく考えなければならない。正直、あの二人に頼り切ると喜んで無理しかねない」
「で、その結果守るべき民を傷つけた。……そんなこと、絶対に許さないわ」
それこそ、かつての軍艦の魂を持つ者としての誇りが許さない。
「だから、だ」グラーフは一枚の紙をひらひらと振って「とはいえ、任務達成のために是非協力はしてほしい。だから無理のない範囲を私たちも把握しなければならない」
「そうね。……って、これから行くの?」
立ち上がるグラーフにビスマルクは慌てて声をかける。グラーフは頷く。
「別に後にする必要もないだろう。
レオは今頃執務室にいるだろうし、彼自身のダメージレポート作成中なら、なおさら都合がいい」
「それもそうね」
「レオはいるか? っと、提督もいたか。ちょうどいい」
「ん、どうかした?」「グラーフ、ビスマルクも、今日の演習について?」
レオナルドとウィリアムは視線を向ける。一緒にいるのはユー。マックスとプリンツは、……夕食の準備か、と判断。
「ええ、そうよ。
グラーフと、今日の演習について考慮しなければならないことを話し合っていたわ。ね、提督、真面目な私を褒めていいのよ?」
「うん、そうだね。
ありがとう。助かるよ」
にっこりと微笑むウィリアムにビスマルクは頬を染めて頷く。グラーフはそんな彼女を生温く見て、
「レオ、その目の代償については聞いた。
だが、率直に言わせてもらおう。それを踏まえたうえで、引き続き協力してほしい」
もとよりそのつもりだ、と。レオナルドは頷く。……けど、
「れおに無理させるの、だめ、です」
きゅっと、彼の服をつかんで警戒の視線を向けるユー。レオナルドは困ったように彼女を撫でる。
「レオナルドのダメージについて海軍には送ったよ。
届けてくれる物資についてメールが届いてる。……発熱の対応として冷却シート、とかね。鎮痛剤と、…………チョコレート? ……糖分の補給、って、効果あるのかな」
「たぶん」
「…………まあ、それはいいのだが。
レオ、今日の演習で、おそらく君がやったことだ。確認をしてほしい」
「あ、うん」
艦載機との視界共有、視界の拡大、などなど。グラーフとレーベが体験した《神々の義眼》の効果が並んでいる。
「へえ、……凄い、いろいろとできるのね」
驚いた表情で一覧をのぞき込むビスマルク。そんな彼女に何か言いたそうな視線をグラーフは向け、ウィリアムは首をかしげる。
「あれ? ビスマルクも一緒に作ったんじゃないの? そのリスト」
「へえっ? ……え、ええ、もちろんよっ!
頑張って作ったわっ! ねえ、グラーフ」
「……………………ああ、そうだな」
後で何か奢れ、と。グラーフはその前提で同意。ビスマルクは渋々頷いた。
「大雑把にだが、順番にまとめてみた。
それで、どこが一番負担が大きかったか教えてほしい。レオの負担が少なさそうなところで、協力をしてもらおう」
「そんな、気を使わなくていいよ」
「使う使わない。じゃないわ。いい、レオ」
ずい、とビスマルクは前に出て、レオナルドに向けて指を立てる。
「HLから来たとか、いろいろ聞いてるけど、貴方は軍人じゃない。本来なら、私たち軍属が守るべき、民、なのよ。そんな貴方が戦線を張ってるってだけでも正直腹立たしいの。
それで貴方が傷ついてみなさい。私たちは、決して、民をそんな目に遭わせた自分たちを許せないわ」
静かに、強く、語る彼女。……ふと、誰かを思い出した。
「…………クラウスさん」
「ん?」
「いや、何でもないです。
ありがとう、きついなーって思ったところ、あげてみるよ」
「そうそう、もっと感謝をしなさい。この「一覧の作成には何一つ口を出さず雑談だけしていた戦艦ではなく、私にな」グラーフっ!」
一覧を受け取る。ユーとウィリアムも覗き込む。「「おお」」と、声。
「艦載機の視点、……ゆー、見てみたい、です」
「そういえば、ユーは潜水艦だよね。
ユーと視界を共有すると海の中が見れるの?」
「ユーは海の中に潜れるんだ」
一覧に視線を落としながらレオナルド。ユーは頷く。「ゆー、U-ボード、だから」
「凄いんだね」
「う、……うん」
胸を張って応じる。
「ねえ、レオナルド。
この、艦載機の視点共有だけど、やっぱり距離が離れるときつくなるとかあるの?」
ウィリアムは一覧の一行、なぞって問う。レオナルドは首をかしげて、
「どうだろう、今日くらいなら全然平気だった。
けど、そうだよなあ。遠洋で、おまけに空飛んでるわけだし、結構距離あるよなあ」
「そのあたりは実際に試してみるのが一番だろう」
「そうだね」
どの程度か、各行に疲れたな、と思ったところを書いていく。その中で、
「これかな」
「索敵範囲の視覚化、か」
ビスマルクの、レーダーの範囲。それを視覚化してグラーフに見せた。本来なら見えないものだ。それを映像化する分、負担が大きかったらしい。
次点としてレーベにビスマルクがいるところまでの状況を見せたこと、後はどれも大した負担とは思っていない。
「そうだね。見えるものを見る、それを共有する。っていうのは問題ないみたいだね。
ただ、レーダーの範囲とか、本来見えないものを見ようとすると、負担が大きくなる、か」
「そうだね。このあたりなら、そんなに大変とは思わなかった」
艦載機との視界共有。それを示す。ふむ、とグラーフは頷き、
「では、その範囲で助力を頼む。
ビスマルクの言ったこと、忘れるなよ?」
「わかったよ」
決して譲れないこと、その意味を知るレオナルドは謹直に頷いた。