トータスナイトが基地に着任しましたっ!   作:林屋まつり

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七話

 

「グラーフ、レーベも、もう大丈夫だね?」

「ああ、問題ない」「うん、僕も大丈夫」

 頷く。

「さて、ええと、明日、午前中にカルツ中将が来るから。みんな残ってるようにね」

「さっき私たちが哨戒に出たのはそれね?」

 ビスマルクの問いにウィリアムは頷く。

「それで、その時に改めて作戦会議をしようと思うけど、先にこっちで叩き台、っていうか、……ええと、事前会議をしておこうと思ってね。

 いいかな?」

「無論だ」

 グラーフの同意に皆が頷く。さて、と。

「じゃあ、レオナルドもいることだし改めて、僕たちの目的はビスマルクたちがいた洋上基地の確保。

 それと、深海凄艦の撃破、…………まあ、先に洋上基地を確保して、それから順次深海凄艦を撃破して壊滅させる。っていう流れになると思う」

「発生源を断つ、っていう事ね」

 プリンツの言葉に頷く。けど、

「どこにあるか、それが問題ね」

「知らない、か」

 マックスの呟きにレオナルドが応じる。ビスマルクは肩を落として、

「情けないことにね、逃げるのに必死だったわ」

「あ、いや、……ごめん」

 無神経なことを言ってしまった。謝罪の言葉にビスマルクは気にしてない、と、応じる。

「まあ、先に見つけることだね」ウィリアムは周辺海図を机に広げて「深海凄艦の、発生分布からそれらしいところを割り出そう、って思ってる」

「それしかないな。哨戒機に「いや、たぶん、わかる」」

 グラーフの言葉をレオナルドはさえぎる。その視線は食い入るように海図を見つめて、

「えと、ビスマルクさんたちが流れついたのって、どのあたり?」

「え、ええと、ここよ」

 浜辺を示す。レオナルドは頷いて、

「ええと、ごめん、嫌なことを思い出させるようで悪いんだけど。

 逃げている途中の事、覚えている範囲で思い浮かべられるかな? そこから航路を読み取って、来た場所を逆算してみる」

「そんなことも、出来るの?」

 マックスは目を見開く。見えないものを見る。それは人の思い描いたところまで入り込めるらしい。改めて、とんでもないものだと思う。

 けど、

「レオ君、大丈夫?」

 レーベは不安そうに問う。《神々の義眼》を使い本来なら見えないものを見ようとすると、彼への大きな負担になる。

 けど、

「大丈夫だよ」

「………………無理して続けようとしたら、殴って止めるからね」

 不承不承、という感じでウィリアム。「怖いなあ」と、苦笑を返して、

「それじゃあ、始めるね。あ、目は開けてて」

 《神々の義眼》が起動する。彼女たちの思い描いた光景から、断片をつなぎ合わせ、一つの映像にする。

 白い闇のような霧の中、必死に駆け回るマックス。

 海中から迫る深海凄艦に魚雷を放ち、撃破し、けど、反撃の魚雷に被弾して吹き飛ばされるユー。

 男性物のシャツ。

 グラーフに肩を貸し、気を失ったユーを抱いたまま砲撃をするビスマルク。

 後退し、洋上基地から迫る深海凄艦を砲撃しながら、海上を走るプリンツ。

 入浴しているレーベ。

「………………おい、変なの思い浮かべてるのいるだろ?」

「そんなことはない」

 レオナルドの言葉に、グラーフは重々しく頷く。

「思い描いたことを見ると言っていたから、さっきのレーベの入渠シーンを思い出していた」

 がんっ! と、音。身構えていたウィリアムが額を机に叩きつけたらしい。

「なんでそんな変なことをするのっ!」

 顔を真っ赤にしてグラーフの襟首をつかみがくがく揺さぶるレーベ。

「い、いや、ま、まて、こ。これにはわけが、あって、だな」

 がくがく揺さぶられながらグラーフ。「わけ?」

 レーベはグラーフを放し、レオナルドは胡散臭そうな視線を彼女に向ける。グラーフは頷く。

「ああ、その、《神々の義眼》を使うには強い集中が必要だろう」

「まあ、それなりには集中するけど」

 頷く。グラーフも真面目な表情で頷き返し、

「だから、私なりにリラックスできる方法を考えてみた。

 どうだろうか?」

「いらねーよっ! ぜんっ、ぜんいらねーよそういうのっ!」

「……なん、だと?

 ばかな、レーベの入浴シーンがいらない、だと」

「うぐっ」

 いらん気遣い意識を割いていたが、…………思い出した。入浴中のレーベ。

 レオナルドの顔が真っ赤になる。「おお」「れお、顔、真っ赤」と、プリンツとユーが呟き、

「あ、……あ、あの、」

「ふーん、そう、レオ、そうなんだ」

 おろおろするレーベと冷たい視線を向けるマックス。レオナルドは旗色悪化を感じて、

「それと、ビスマルクさんはなんでシャツなんて想像してたの?」

「シャツ?」

 額を抑えてのろのろと復活するウィリアム。

「あ、……え、ええ、べ、別に何でもないわよっ!

 グラーフからもらえる提督コレクションの事なんて、考えてなかったわっ!」

「……自分から墓穴掘って飛び込む人初めて見た」

「じゃなくて、提督コレクションって何っ?」

「ああ、ビスマルクとプリンツの買収用に、私がコツコツ盗んだ、提督の私物だ」

「盗まないでよっ! ってか、買収用っ?」

「それでシャツか」

 男性物のシャツなんてどうするのか。レオナルドの理解の外にある。

「僕のお古のシャツなんてもらってどうするの?

 服が欲しいなら買い物に行こうか?」

 もちろん、その程度のお金はある。ウィリアムの問いにビスマルクは首を横に振って、

「て、提督の、がいいのよ」

 ぽつぽつと語る、その要求は相変わらず、ウィリアムにとって理解不能だが。

「まあ、それならそれでいいか。

 話が終わったら取りに行くよ」

「ほ、ほんとっ! ありがとうっ! 嬉しいわっ!」

「むぎゅっ」

 感極まってウィリアムを抱きしめるビスマルク。

「…………まったく、ほんと断片だなあ。…………けど、」

 レオナルドは海図にマーカーを置く。

 とん、とん、とん、と。

「この場所の映像が見えた。蛇行してたりするけど、」

 そのラインをつなげば、ビスマルクたちが見つかった海岸に至る。おそらく、この直線状にあるだろう。その場所が。

「なるほど、つまり、この線上を重点的に索敵すればいいわけか」

 グラーフに「そうだと思うよ」と、レオナルド。

 ウィリアムは、じ、と地図を見て、

「よかった、そんなに遠いわけじゃなさそうだね。

 長期戦覚悟してたけど、極端にはいかなさそうだ」

「兄さま、短期決戦じゃダメなの?

 敵艦も増えるかもしれないし、一気に攻めちゃった方がいいと思うけど」

 問いに、ウィリアムは少し、困ったような表情。

「そう、かもしれないけどね。

 ただ、僕は誰も沈めない。だから慎重に行きたいんだ」

 きっぱりと言い切る彼。誰も沈めない。その思いの根底。…………たぶん、それは、

「と、いうわけだ。

 面倒かけるね、親友」

「水臭い事を言うなよ。僕も賛成だ」

 笑みを交わす二人。プリンツは少し膨れた表情。

「なんか、二人で分かり合ってるー」

 不貞腐れたような彼女の声に、ウィリアムは苦笑。

「ごめんね。…………そうだね。僕は、妹を守れなかったんだ」

 ぽつり、とした声。寂しそうな彼の声にプリンツは謝ろうと、口を開こうとして、

「喪ってしまった。もう、二度とあんな思いは嫌だ。

 素人のわがまま、とは解ってる。けど、もし、僕のことを提督として認めてくれるなら、聞いてほしい。

 プリンツ、僕は、大切な人を喪いたくないんだ」

 まっすぐに、毅然と告げるウィリアム。そして、

「ひ、ひゃぁぁぁぁああああ」

 プリンツから、変な声が漏れた。

「え? ぷ、プリンツ?」

「…………おーい、ブラックー」

 変な声に首を傾げるウィリアム。レオナルドはひらひらと手を振る。

「えと、……まあ、そういう方針。

 みんなも、長く面倒をかけるかもしれないけど、よろしくね」

「構わない。誰も喪いたくないという思いは全面的に賛同だ」

「もともと、戦力の補充は出来ないわ。

 提督の方針は問題ないわよ。慎重にいって間違いはない」

「ゆーも、お別れは、いやです。

 提督の方針、嬉しい、です」

 グラーフとマックス、ユーは同意し、レーベも小さく頷く。

 ふるふるし始めたプリンツはいいとして、

「ビスマルクも、それでいい?」

「て、提督っ!」

「う、うん?」

 問いに、ずずい、と迫るビスマルク。思わぬ反応にウィリアムは面食らって後退。

「わ、私はっ? 私のことも大切に思ってくれていいのよっ!」

「も、もちろんだよ。

 ビスマルクも、僕には大切な人だよ」

「え、ええ、そ、そうね。……ふ、ふふふ、た、大切な人、…………ふふふふ」

 恍惚とした表情で停止するビスマルク。

「では、提督。私、むぐっ」

 そして、そんなビスマルクを見てグラーフは口の端に笑み浮かべながら問う。……問おうとしたところでマックスに口をふさがれる。一連のやり取りを見てウィリアムは首を傾げた。

「どうしたの?」

「あのさ、ブラック」

「ん?」

「今までさ、付き合ってた女性っている?」

 問いに、ウィリアムはむっとした表情。

「期待に沿えないようで悪いけど、いないよ。

 わざと言ってるだろ?」

「………………ああ、うん、ごめん」

 

「喪いたくない、……か」

 夕食、入浴を終えてレオナルドはあてがわれた部屋、ベッドに寝転がる。

 喪いたくない。ウィリアムの、その思いの根底には間違いなく、彼女がいる。

「そうだよなあ」

 快活な笑顔。明るい声。ころころと変わる表情。

 綺麗な、金色の髪の彼女。……自分もそうだ。決して、忘れる事はない。

 

 たとえ、その出会いが仕組まれたものであったとしても、

 たとえ、その笑顔が必要だったからだとしても、

 たとえ、すべてが糸を手繰る彼の思惑によるものだったとしても、

 それでも、彼女は、僕を助けてと言ってくれた。だから、それで十分だ。

 

「もう、…………ん?」

 控え目な、戸を叩く音。こんな時間に訪ねてくるとしたら。

「ブラック? もう酒は遠慮してくれよー」

 戸を開ける。レオナルドは意外な客に固まった。

「え? レーベ?」

 バスローブを着たレーベが、不安そうにそこにいる。

「れ、……レオ、君」

「ちょ、どうしたの?」

「入って、いい?」

 問い、意外な来客に固まっているレオナルドは条件反射で頷く。

「レオ君は、……その、作戦が終わったら、HLに帰るんだよ、ね?」

「うん」

 頷く。この場所に不満はない。けど、

「僕に「ずっと、ここに、僕たちと一緒にいて欲しい、……よ」」

 その声を聴いて、レオナルドは眉根を寄せる。

 その声に、甘い響きはない。あるのは、…………恐怖一歩手前の、不安。

「レオ君の事情は分かってる。それを承知でお願いしているの。

 もちろん、僕のわがままだから、……だから、」

 レーベは、不安そうな表情のまま、バスローブに手をかけた。

「ちょっ?」

 レオナルドは慌てて手を伸ばす。けど、それは遅くて、

「もし、残ってくれるなら。……僕の事、好きにして、いいよ」

 まだ幼さの残る、未成熟な体。けど、白い、繊細な肌は彼女が女性であることを強く意識させる。

 体が熱くなる。理性がぐらぐらする。

 ……けど、《神々の義眼》は、確かに彼女の不安を映す。………………レオナルドは手を伸ばす。

 レーベの体が震える。触れる。強く、目を閉じて、

 ぱさっ、と音。

「そんな格好すると、風邪ひくよ」

 脱いだバスローブをかぶせられた。

「あ、……あの、レオ、君」

「何考えてるか知らないけどさ」

 レオナルドは、乱暴にレーベの頭を撫でた。

「そんな、泣きそうな顔されちゃあ。何もする気になれないよ」

 ヘタレじゃないぞ、と。脳内でげらげら笑う先輩に抗議。レーベはその場にへたり込む。レオナルドはため息。

「それで、どうしたの?

 誰かにこんな事しろって命令されたの?」

 まさか、とは思うけど一応聞いてみる。ほかの娘たちやウィリアムがするとは思えない。ここに送ってくれたカルツも同様だが、さすがに軍も一枚板じゃないだろうから。

 問いに、レーベは力なく首を横に振る。

「…………僕、こんな事しかできないから」

「哨戒の時、何かあったの?」

 おそらく、その時に何か思うことがあったのかもしれない。

「グラーフに、迷惑をかけたから」

「最後のか。

 レーベのおかげで魚雷の直撃を受けずに済んだ、って聞いてるけど」

 グラーフが力強くそういっていた。……けど、

 ふと、思い出す。そのとき、レーベは俯いていた。と、表情は見えなかった。

 レーベはふるふると、力なく首を横に振る。

「違うの。……あの時、僕、対空射撃に夢中になってた。

 潜水艦の魚雷なんて、レオ君に教えてもらうまで、気づかなかったんだ。僕が、気付かなくちゃ、いけなかったのに」

 やらなければならない事ができなかった。そのせいで、グラーフを危険にさらした。

 その自責、レーベは俯く。さらりとした髪が顔を隠す。けど、

「レオ君に、貸してもらった、力で、……ひくっ、僕の、じゃないのに、それで、得意になって、油断して、……僕、だめな娘、だから。

 だから、ひくっ、こんな事しか、出来なくて、僕なんかで、レオ君が、……いてくれる、なら、それで、いいって、…………うくっ」

 ぽろぽろと、うつむいた顔から涙がこぼれる。

 自責に沈む。自分の無力が許せなくて、つらくて、涙を零す。「…………この、《神々の義眼》なんだけどさ」

 不意に、零れた声。レーベは涙の混じった目で彼を見る。

 力なく、笑うレオナルド。

「これ、押し付けられたんだ。……僕の、妹の視力と引き換えにね」

「え?」

「妹は生まれつき足が悪くてさ。

 それで、人智を超えた奇跡が起こる街、HLならばって、妹と、家族と近くの境界都市に行ったんだ。……そこで、そいつ、が現れてね」

 その言葉、……レオナルドの、決して消えない、後悔と懺悔、その始まりの言葉。

 選ぶがよい、見届けるのはどちらだ。

 そして、

 見届けぬものにその視力は必要ない。

「僕、震えて動けなかったんだ。……そしたら、妹の声が聞こえたよ」

 

 奪うなら、私から奪いなさい。

 

「ブラックは僕のことをヒーロー、なんて言ってくれたけどさ。

 震えて、妹に助けてもらった、臆病者なんだよ。僕は」

 血を吐くような言葉に、レーベは言葉に詰まる。なにも、言えなくなる。

 自分では決して手の届かない。ものすごい能力を持った彼。けど、今は、見ていて悲しくなるくらい、弱々しい。

「けどさ、」

 けど、

「認めてくれた人がいたんだ。

 こんな僕のことを、誇りに思う、って言ってくれた人が」

「そう、なんだ」

 不意に見せた微笑みに、レーベは安堵する。あんな、悲しそうな表情は、見たくないから。

「仲間たちに支えられて、こんな僕でも、何とかやってこれた。……ブラックなんてヒーローとかちょっと行きすぎなこと言ってるけどね。

 だからさ、」

 不意に、レオナルドはレーベに視線を向ける。優しい、穏かな表情で、

「震えるだけだった、臆病者な僕でも、そうやって認めてくれる人はいるんだ。

 だからさ、自責に押し潰されそうになりながら、自分のできる事をやろうとするレーベは、もっと強くなれるよ」

「あ」

 強くなれるよ、と。その言葉を聞いて、また、涙が零れる。ぽろぽろと、

 けど、それは悲しいものではない。それが分かったから、レオナルドは微笑。

「まあ、やり方はあれだけどな。……まったく、レーベも女の子なんだから、気安くあんなこと言っちゃだめだぜ。

 怖い人なんていくらでもいるんだから」

「や、やらないよ。あんなこと、……けど、」

 …………君になら、……不意に、零れかけた言葉を慌てて飲み込む。代わりに顔が熱くなる。

 ぽん、と、背中を優しく叩かれた。

「ほら、そろそろ寝よう。

 夜更かししてるとビスマルクに怒られるぞ?」

「あはは、うん、そうだね。

 ビスマルク、結構厳しいもんね」

 微笑み、立ち上がる。部屋を出る。不意に、そのことに名残惜しさを感じた。………………だから、立ち止まる。

「レーベ?」

 動きを止めた彼女にかけられる声。レーベは振り返らない。……そんな度胸、ない。

 だから、振り返らないで、……真っ赤になっている顔を見せないように、口を開く。

「……もし、レオ君に《神々の義眼》がなかったとしても、僕は、君とずっと、一緒にいたいって思ってる、よ」

「へ?」

「お、おやすみっ!」

 間の抜けた声。レーベは急いで戸を閉めた。…………その戸に、背を預ける。

「…………は、……あ」

 胸に手を当てる。鼓動の音が凄いことになってる。

 けど、

「……僕、強くなる、からね」

 臆病者、そういった彼。けど、それでも彼はここにいて、支えてくれる。それが、レーベにはとても、強い人と思う。

 そんな彼に強くなれると言ってもらえた。だから、そういってくれた彼に胸を張れるくらい、強くなろう。

 …………そしたら、今度は本当に、……………………それ以上を考えないように、レーベは慌てて首を横に振って、歩き出した。

 

「確かに、魅力的なのは認めるけどさ」

 レーベが部屋を出て、レオナルドはベッドに寝転がる。

 その手が触れるのは瞼。《神々の義眼》を感じられる場所。

「けど、……ごめん。

 僕には、やらなくちゃいけないことがあるんだ。絶対に、ね」

 ミシェーラ、と。その名を呟いて、目を閉じた。

 

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