「グラーフ、レーベも、もう大丈夫だね?」
「ああ、問題ない」「うん、僕も大丈夫」
頷く。
「さて、ええと、明日、午前中にカルツ中将が来るから。みんな残ってるようにね」
「さっき私たちが哨戒に出たのはそれね?」
ビスマルクの問いにウィリアムは頷く。
「それで、その時に改めて作戦会議をしようと思うけど、先にこっちで叩き台、っていうか、……ええと、事前会議をしておこうと思ってね。
いいかな?」
「無論だ」
グラーフの同意に皆が頷く。さて、と。
「じゃあ、レオナルドもいることだし改めて、僕たちの目的はビスマルクたちがいた洋上基地の確保。
それと、深海凄艦の撃破、…………まあ、先に洋上基地を確保して、それから順次深海凄艦を撃破して壊滅させる。っていう流れになると思う」
「発生源を断つ、っていう事ね」
プリンツの言葉に頷く。けど、
「どこにあるか、それが問題ね」
「知らない、か」
マックスの呟きにレオナルドが応じる。ビスマルクは肩を落として、
「情けないことにね、逃げるのに必死だったわ」
「あ、いや、……ごめん」
無神経なことを言ってしまった。謝罪の言葉にビスマルクは気にしてない、と、応じる。
「まあ、先に見つけることだね」ウィリアムは周辺海図を机に広げて「深海凄艦の、発生分布からそれらしいところを割り出そう、って思ってる」
「それしかないな。哨戒機に「いや、たぶん、わかる」」
グラーフの言葉をレオナルドはさえぎる。その視線は食い入るように海図を見つめて、
「えと、ビスマルクさんたちが流れついたのって、どのあたり?」
「え、ええと、ここよ」
浜辺を示す。レオナルドは頷いて、
「ええと、ごめん、嫌なことを思い出させるようで悪いんだけど。
逃げている途中の事、覚えている範囲で思い浮かべられるかな? そこから航路を読み取って、来た場所を逆算してみる」
「そんなことも、出来るの?」
マックスは目を見開く。見えないものを見る。それは人の思い描いたところまで入り込めるらしい。改めて、とんでもないものだと思う。
けど、
「レオ君、大丈夫?」
レーベは不安そうに問う。《神々の義眼》を使い本来なら見えないものを見ようとすると、彼への大きな負担になる。
けど、
「大丈夫だよ」
「………………無理して続けようとしたら、殴って止めるからね」
不承不承、という感じでウィリアム。「怖いなあ」と、苦笑を返して、
「それじゃあ、始めるね。あ、目は開けてて」
《神々の義眼》が起動する。彼女たちの思い描いた光景から、断片をつなぎ合わせ、一つの映像にする。
白い闇のような霧の中、必死に駆け回るマックス。
海中から迫る深海凄艦に魚雷を放ち、撃破し、けど、反撃の魚雷に被弾して吹き飛ばされるユー。
男性物のシャツ。
グラーフに肩を貸し、気を失ったユーを抱いたまま砲撃をするビスマルク。
後退し、洋上基地から迫る深海凄艦を砲撃しながら、海上を走るプリンツ。
入浴しているレーベ。
「………………おい、変なの思い浮かべてるのいるだろ?」
「そんなことはない」
レオナルドの言葉に、グラーフは重々しく頷く。
「思い描いたことを見ると言っていたから、さっきのレーベの入渠シーンを思い出していた」
がんっ! と、音。身構えていたウィリアムが額を机に叩きつけたらしい。
「なんでそんな変なことをするのっ!」
顔を真っ赤にしてグラーフの襟首をつかみがくがく揺さぶるレーベ。
「い、いや、ま、まて、こ。これにはわけが、あって、だな」
がくがく揺さぶられながらグラーフ。「わけ?」
レーベはグラーフを放し、レオナルドは胡散臭そうな視線を彼女に向ける。グラーフは頷く。
「ああ、その、《神々の義眼》を使うには強い集中が必要だろう」
「まあ、それなりには集中するけど」
頷く。グラーフも真面目な表情で頷き返し、
「だから、私なりにリラックスできる方法を考えてみた。
どうだろうか?」
「いらねーよっ! ぜんっ、ぜんいらねーよそういうのっ!」
「……なん、だと?
ばかな、レーベの入浴シーンがいらない、だと」
「うぐっ」
いらん気遣い意識を割いていたが、…………思い出した。入浴中のレーベ。
レオナルドの顔が真っ赤になる。「おお」「れお、顔、真っ赤」と、プリンツとユーが呟き、
「あ、……あ、あの、」
「ふーん、そう、レオ、そうなんだ」
おろおろするレーベと冷たい視線を向けるマックス。レオナルドは旗色悪化を感じて、
「それと、ビスマルクさんはなんでシャツなんて想像してたの?」
「シャツ?」
額を抑えてのろのろと復活するウィリアム。
「あ、……え、ええ、べ、別に何でもないわよっ!
グラーフからもらえる提督コレクションの事なんて、考えてなかったわっ!」
「……自分から墓穴掘って飛び込む人初めて見た」
「じゃなくて、提督コレクションって何っ?」
「ああ、ビスマルクとプリンツの買収用に、私がコツコツ盗んだ、提督の私物だ」
「盗まないでよっ! ってか、買収用っ?」
「それでシャツか」
男性物のシャツなんてどうするのか。レオナルドの理解の外にある。
「僕のお古のシャツなんてもらってどうするの?
服が欲しいなら買い物に行こうか?」
もちろん、その程度のお金はある。ウィリアムの問いにビスマルクは首を横に振って、
「て、提督の、がいいのよ」
ぽつぽつと語る、その要求は相変わらず、ウィリアムにとって理解不能だが。
「まあ、それならそれでいいか。
話が終わったら取りに行くよ」
「ほ、ほんとっ! ありがとうっ! 嬉しいわっ!」
「むぎゅっ」
感極まってウィリアムを抱きしめるビスマルク。
「…………まったく、ほんと断片だなあ。…………けど、」
レオナルドは海図にマーカーを置く。
とん、とん、とん、と。
「この場所の映像が見えた。蛇行してたりするけど、」
そのラインをつなげば、ビスマルクたちが見つかった海岸に至る。おそらく、この直線状にあるだろう。その場所が。
「なるほど、つまり、この線上を重点的に索敵すればいいわけか」
グラーフに「そうだと思うよ」と、レオナルド。
ウィリアムは、じ、と地図を見て、
「よかった、そんなに遠いわけじゃなさそうだね。
長期戦覚悟してたけど、極端にはいかなさそうだ」
「兄さま、短期決戦じゃダメなの?
敵艦も増えるかもしれないし、一気に攻めちゃった方がいいと思うけど」
問いに、ウィリアムは少し、困ったような表情。
「そう、かもしれないけどね。
ただ、僕は誰も沈めない。だから慎重に行きたいんだ」
きっぱりと言い切る彼。誰も沈めない。その思いの根底。…………たぶん、それは、
「と、いうわけだ。
面倒かけるね、親友」
「水臭い事を言うなよ。僕も賛成だ」
笑みを交わす二人。プリンツは少し膨れた表情。
「なんか、二人で分かり合ってるー」
不貞腐れたような彼女の声に、ウィリアムは苦笑。
「ごめんね。…………そうだね。僕は、妹を守れなかったんだ」
ぽつり、とした声。寂しそうな彼の声にプリンツは謝ろうと、口を開こうとして、
「喪ってしまった。もう、二度とあんな思いは嫌だ。
素人のわがまま、とは解ってる。けど、もし、僕のことを提督として認めてくれるなら、聞いてほしい。
プリンツ、僕は、大切な人を喪いたくないんだ」
まっすぐに、毅然と告げるウィリアム。そして、
「ひ、ひゃぁぁぁぁああああ」
プリンツから、変な声が漏れた。
「え? ぷ、プリンツ?」
「…………おーい、ブラックー」
変な声に首を傾げるウィリアム。レオナルドはひらひらと手を振る。
「えと、……まあ、そういう方針。
みんなも、長く面倒をかけるかもしれないけど、よろしくね」
「構わない。誰も喪いたくないという思いは全面的に賛同だ」
「もともと、戦力の補充は出来ないわ。
提督の方針は問題ないわよ。慎重にいって間違いはない」
「ゆーも、お別れは、いやです。
提督の方針、嬉しい、です」
グラーフとマックス、ユーは同意し、レーベも小さく頷く。
ふるふるし始めたプリンツはいいとして、
「ビスマルクも、それでいい?」
「て、提督っ!」
「う、うん?」
問いに、ずずい、と迫るビスマルク。思わぬ反応にウィリアムは面食らって後退。
「わ、私はっ? 私のことも大切に思ってくれていいのよっ!」
「も、もちろんだよ。
ビスマルクも、僕には大切な人だよ」
「え、ええ、そ、そうね。……ふ、ふふふ、た、大切な人、…………ふふふふ」
恍惚とした表情で停止するビスマルク。
「では、提督。私、むぐっ」
そして、そんなビスマルクを見てグラーフは口の端に笑み浮かべながら問う。……問おうとしたところでマックスに口をふさがれる。一連のやり取りを見てウィリアムは首を傾げた。
「どうしたの?」
「あのさ、ブラック」
「ん?」
「今までさ、付き合ってた女性っている?」
問いに、ウィリアムはむっとした表情。
「期待に沿えないようで悪いけど、いないよ。
わざと言ってるだろ?」
「………………ああ、うん、ごめん」
「喪いたくない、……か」
夕食、入浴を終えてレオナルドはあてがわれた部屋、ベッドに寝転がる。
喪いたくない。ウィリアムの、その思いの根底には間違いなく、彼女がいる。
「そうだよなあ」
快活な笑顔。明るい声。ころころと変わる表情。
綺麗な、金色の髪の彼女。……自分もそうだ。決して、忘れる事はない。
たとえ、その出会いが仕組まれたものであったとしても、
たとえ、その笑顔が必要だったからだとしても、
たとえ、すべてが糸を手繰る彼の思惑によるものだったとしても、
それでも、彼女は、僕を助けてと言ってくれた。だから、それで十分だ。
「もう、…………ん?」
控え目な、戸を叩く音。こんな時間に訪ねてくるとしたら。
「ブラック? もう酒は遠慮してくれよー」
戸を開ける。レオナルドは意外な客に固まった。
「え? レーベ?」
バスローブを着たレーベが、不安そうにそこにいる。
「れ、……レオ、君」
「ちょ、どうしたの?」
「入って、いい?」
問い、意外な来客に固まっているレオナルドは条件反射で頷く。
「レオ君は、……その、作戦が終わったら、HLに帰るんだよ、ね?」
「うん」
頷く。この場所に不満はない。けど、
「僕に「ずっと、ここに、僕たちと一緒にいて欲しい、……よ」」
その声を聴いて、レオナルドは眉根を寄せる。
その声に、甘い響きはない。あるのは、…………恐怖一歩手前の、不安。
「レオ君の事情は分かってる。それを承知でお願いしているの。
もちろん、僕のわがままだから、……だから、」
レーベは、不安そうな表情のまま、バスローブに手をかけた。
「ちょっ?」
レオナルドは慌てて手を伸ばす。けど、それは遅くて、
「もし、残ってくれるなら。……僕の事、好きにして、いいよ」
まだ幼さの残る、未成熟な体。けど、白い、繊細な肌は彼女が女性であることを強く意識させる。
体が熱くなる。理性がぐらぐらする。
……けど、《神々の義眼》は、確かに彼女の不安を映す。………………レオナルドは手を伸ばす。
レーベの体が震える。触れる。強く、目を閉じて、
ぱさっ、と音。
「そんな格好すると、風邪ひくよ」
脱いだバスローブをかぶせられた。
「あ、……あの、レオ、君」
「何考えてるか知らないけどさ」
レオナルドは、乱暴にレーベの頭を撫でた。
「そんな、泣きそうな顔されちゃあ。何もする気になれないよ」
ヘタレじゃないぞ、と。脳内でげらげら笑う先輩に抗議。レーベはその場にへたり込む。レオナルドはため息。
「それで、どうしたの?
誰かにこんな事しろって命令されたの?」
まさか、とは思うけど一応聞いてみる。ほかの娘たちやウィリアムがするとは思えない。ここに送ってくれたカルツも同様だが、さすがに軍も一枚板じゃないだろうから。
問いに、レーベは力なく首を横に振る。
「…………僕、こんな事しかできないから」
「哨戒の時、何かあったの?」
おそらく、その時に何か思うことがあったのかもしれない。
「グラーフに、迷惑をかけたから」
「最後のか。
レーベのおかげで魚雷の直撃を受けずに済んだ、って聞いてるけど」
グラーフが力強くそういっていた。……けど、
ふと、思い出す。そのとき、レーベは俯いていた。と、表情は見えなかった。
レーベはふるふると、力なく首を横に振る。
「違うの。……あの時、僕、対空射撃に夢中になってた。
潜水艦の魚雷なんて、レオ君に教えてもらうまで、気づかなかったんだ。僕が、気付かなくちゃ、いけなかったのに」
やらなければならない事ができなかった。そのせいで、グラーフを危険にさらした。
その自責、レーベは俯く。さらりとした髪が顔を隠す。けど、
「レオ君に、貸してもらった、力で、……ひくっ、僕の、じゃないのに、それで、得意になって、油断して、……僕、だめな娘、だから。
だから、ひくっ、こんな事しか、出来なくて、僕なんかで、レオ君が、……いてくれる、なら、それで、いいって、…………うくっ」
ぽろぽろと、うつむいた顔から涙がこぼれる。
自責に沈む。自分の無力が許せなくて、つらくて、涙を零す。「…………この、《神々の義眼》なんだけどさ」
不意に、零れた声。レーベは涙の混じった目で彼を見る。
力なく、笑うレオナルド。
「これ、押し付けられたんだ。……僕の、妹の視力と引き換えにね」
「え?」
「妹は生まれつき足が悪くてさ。
それで、人智を超えた奇跡が起こる街、HLならばって、妹と、家族と近くの境界都市に行ったんだ。……そこで、そいつ、が現れてね」
その言葉、……レオナルドの、決して消えない、後悔と懺悔、その始まりの言葉。
選ぶがよい、見届けるのはどちらだ。
そして、
見届けぬものにその視力は必要ない。
「僕、震えて動けなかったんだ。……そしたら、妹の声が聞こえたよ」
奪うなら、私から奪いなさい。
「ブラックは僕のことをヒーロー、なんて言ってくれたけどさ。
震えて、妹に助けてもらった、臆病者なんだよ。僕は」
血を吐くような言葉に、レーベは言葉に詰まる。なにも、言えなくなる。
自分では決して手の届かない。ものすごい能力を持った彼。けど、今は、見ていて悲しくなるくらい、弱々しい。
「けどさ、」
けど、
「認めてくれた人がいたんだ。
こんな僕のことを、誇りに思う、って言ってくれた人が」
「そう、なんだ」
不意に見せた微笑みに、レーベは安堵する。あんな、悲しそうな表情は、見たくないから。
「仲間たちに支えられて、こんな僕でも、何とかやってこれた。……ブラックなんてヒーローとかちょっと行きすぎなこと言ってるけどね。
だからさ、」
不意に、レオナルドはレーベに視線を向ける。優しい、穏かな表情で、
「震えるだけだった、臆病者な僕でも、そうやって認めてくれる人はいるんだ。
だからさ、自責に押し潰されそうになりながら、自分のできる事をやろうとするレーベは、もっと強くなれるよ」
「あ」
強くなれるよ、と。その言葉を聞いて、また、涙が零れる。ぽろぽろと、
けど、それは悲しいものではない。それが分かったから、レオナルドは微笑。
「まあ、やり方はあれだけどな。……まったく、レーベも女の子なんだから、気安くあんなこと言っちゃだめだぜ。
怖い人なんていくらでもいるんだから」
「や、やらないよ。あんなこと、……けど、」
…………君になら、……不意に、零れかけた言葉を慌てて飲み込む。代わりに顔が熱くなる。
ぽん、と、背中を優しく叩かれた。
「ほら、そろそろ寝よう。
夜更かししてるとビスマルクに怒られるぞ?」
「あはは、うん、そうだね。
ビスマルク、結構厳しいもんね」
微笑み、立ち上がる。部屋を出る。不意に、そのことに名残惜しさを感じた。………………だから、立ち止まる。
「レーベ?」
動きを止めた彼女にかけられる声。レーベは振り返らない。……そんな度胸、ない。
だから、振り返らないで、……真っ赤になっている顔を見せないように、口を開く。
「……もし、レオ君に《神々の義眼》がなかったとしても、僕は、君とずっと、一緒にいたいって思ってる、よ」
「へ?」
「お、おやすみっ!」
間の抜けた声。レーベは急いで戸を閉めた。…………その戸に、背を預ける。
「…………は、……あ」
胸に手を当てる。鼓動の音が凄いことになってる。
けど、
「……僕、強くなる、からね」
臆病者、そういった彼。けど、それでも彼はここにいて、支えてくれる。それが、レーベにはとても、強い人と思う。
そんな彼に強くなれると言ってもらえた。だから、そういってくれた彼に胸を張れるくらい、強くなろう。
…………そしたら、今度は本当に、……………………それ以上を考えないように、レーベは慌てて首を横に振って、歩き出した。
「確かに、魅力的なのは認めるけどさ」
レーベが部屋を出て、レオナルドはベッドに寝転がる。
その手が触れるのは瞼。《神々の義眼》を感じられる場所。
「けど、……ごめん。
僕には、やらなくちゃいけないことがあるんだ。絶対に、ね」
ミシェーラ、と。その名を呟いて、目を閉じた。