ふと、死について考えたことがあります。
死というのは人間にとっての、ひいては生物にとっての"終わり"。
終わりのないものなどありません。
時間と言う概念のある限り、すべてのものに終わりは巡ってくるのです。
それは機械である私も同じ。
………では、私が今過ごしている"日常"も、いつか終わりがきてしまうのでしょうか。
その時はそれがいまいち実感できず、漠然とした寂しさを感じるだけでした。
それは卒業という、一見わかりやすい"終わり"の象徴のように思えるものを迎えた今となっても、案外同じことだったみたいです。
漫然と登校し、練習通りの卒業式が過ぎていきました。
泣いている人も多かったです。
私は、泣きませんでした。
明日からは、いつもの日常がなくなってしまうのに。
みんなが違う進路に進み、会う機会も減ってしまうのに。
そのことが、こんなにも寂しいのに。
涙は、出ませんでした。
最後のホームルーム。
ひとりひとり教壇に立ち、一言ずつ別れの言葉を告げます。
相生さん。明るくて、元気で、とても純粋で。
長野原さん。友達思いで、優しくて、感情豊かで。
水上さん。落ち着いていて、物静かで、案外お茶目で。
本当にみんなの姿がいつも通りだったことが、かえって私の心には堪えたみたいです。
いつの間にか、涙がこぼれていました。
…さっきは、平気だったのに。
私の番が来る頃には、なんとかおさまってくれました。
と、思ったのですが。
教壇に立ち、みんなの顔を見て、また泣いてしまいました。
そんな私を見て、みんな笑ったり、困惑したり。
自己紹介のときが思い出されます。
…あのときは恥ずかしかったなあ。
あれから長い時間が経っているにもかかわらず、つい先刻のことのようにも感じられます。
でも確かにそこには長い時間が存在して、
この学校での、みんなとの日常があったのです。
涙は止まりそうにありません。
学校帰りにみんなで寄り道したこと。
みんなが家に来て、はかせや阪本さんと遊んだこと。
かけがえのない日常を思い返す度に、
私の心は締め付けられるのです。
それはつまり、『終わりのない"日常"』。
こんな日常、続けばいいのにな。
そんな風に願ったこともあったけど。
私たちの過ごす日常が終わっても、
それは心に残り続けて、
思い返す度に蘇るのです。
だから、私が今ここで言うべき言葉はさよならなんかではありません。
私と、日常をともにしてくれてーーー
「ありがとう」
「また会える日を、楽しみにしています」
初投稿&初執筆ということで至らない点もあったと思いますが、読んでくださってありがとうございました。