また、同作品をヒロインのシスティーナの視点から見ていくのが本小説です。
なるべく原作に近づけるように努力します。
―ある日の朝
「はっ...はっ...私が...忘れ物するなんて...」
アルザーノ帝国の南部、ヨクシャー地方にある北セルフォード大陸でも有数の学究都市であるフェジテの町の通りを息も切れ切れに銀髪の少女が走っていた。
その少女は、銀髪のロングヘアに、少々吊り気味のエメラルドのような緑色の瞳、雪のような白い肌、精緻に整った端麗で凛々しい容姿をしていた。
その少女―システィーナは町の一角に友人の姿を見つけると
「ルミアーっ!遅くなってごめんーっ!」
友人―ルミアの名前を呼んだ。
ルミアと呼ばれた少女は、ふわふわと柔らかなミディアムの金髪に、大きく開かれた緑がかった青色の瞳、きめ細やかな肌、清楚で柔和な雰囲気を醸し出す容姿をしていた。
「あ、システィ!すみません、お爺さん。友人が来たのでそろそろ行きますね?」
「おう、嬢ちゃんも勉強頑張ってな。」
ルミアはそれまで手伝っていた老人に会釈をし分かれを告げると、駆け寄ってくる友人に向かって歩いて行った。
早朝のために閑散としているフェジテの表通りを、システィーナは友人と二人で自分たちが通っている魔術学院へと向かって歩いて行った。
「それにしてもシスティが忘れ物するなんて珍しいね?」
「う...私なんで忘れ物なんてしたのかな?」
本来、システィーナは忘れ物とは無縁な生徒なのである。
ところが、今日は忘れ物をしたために友人を待たせ、走るハメになってしまったのである。
「やっぱりヒューイ先生が辞めたのがショックだった?」
「そうだね...なんでヒューイ先生は辞めちゃったんだろう?」
ヒューイというのはシスティーナたち二年次生二組を受け持つ担任で、「講師泣かせ」というあまり嬉しくない二つ名を持っているシスティーナを黙らせるほどの手腕を持っていた。
そのヒューイが急に講師を辞めたので、システィーナも驚きを隠せずにいた。
「ヒューイ先生にも都合があったんだよ。きっと。」
「惜しいなぁ...でも、私を置いて先に行っててって言ったのに...」
「まあ、お嬢様を置いていったら、ただの居候の私は旦那様と奥様に怒られてしまいますわ。」
「もう、冗談でもそういうこと言うのはやめてって言ったじゃない。」
「あはは、ごめんごめん。」
ルミアは三年前からシスティーナのいるフィーベル家の屋敷に住んでいる。
ルミアが屋敷に来た当初はシスティーナとも喧嘩ばかりだったが、今ではここまで仲良くなっている。
「でも、今日代わりに非常勤の講師が来るみたいだよ?」
「せめてヒューイ先生の半分は良い授業をしてくれるといいんだけど...」
「さすが講師泣かせのシスティだね。」
「その呼び方嫌いなんだけど。ちょっと根性の足りない講師に指摘しただけじゃない。」
そんな他愛のない話に花咲かせ、フェジテの表通りを抜け、十字路にさしかかったところで、
「うおおおおお!?遅刻、遅刻うううううッ!?」
と、目を血走らせ、鬼のような表情で口にパンをくわえ、猛然と二人を目掛け右手側の通路から走ってくる、不審極まりない男の悲鳴が聞こえてきた。
「...え?」
「きゃッ!?」
「う、うお!?そ、そこ退けガキ共ォおおおお!?」
勢いのついたものは急には止まれないという大昔から変わらぬ物理法則を正しく体現し、不審な男が二人の少女を跳ね飛ばさんとしたとき
「お、《大いなる風よ》-ッ!」
システィーナが咄嗟に一節で呪文を括り、得意の
「俺、今、空が近く感じるよーッ!?
首を上に向けてやっと見つけることができるほど、男は天高く舞い、放物線を描き、十字路の中心にある円形の噴水池に高く水柱を作り、その中に落ちていった。
そして、少女たちは、それを遠巻きに呆然と眺めることしかできずにいた。
「や、やりすぎちゃった...?」
「う、うん...システィ、どうするの...?」
そんなことを話していると、さっきシスティーナが吹き飛ばした男が無言で立ち上がり、ばしゃばしゃと水を蹴りながら噴水の中から這い出てきて、二人の前まで歩み寄り、
「ふっ、お嬢さんたち、大丈夫かい?」
と、本人は爽やかな笑顔を浮かべ、格好良く決めたつもりなのだろうが、何しろ全身と服がずぶ濡れているので、全くもって格好ついていなかった。
「いや、
システィーナは学院外で魔術を使用した場合、罰則が設けられるということも忘れて、男を哀れむしかなかった。
それよりも、この男はその出会い方よりも、ずぶ濡れているよりも、奇妙なことがあった。
それは、この男の服装はどれも仕立てがいいにも関わらず、それを徹底的にだらしなく着崩しているのだった。素人目に見ても、服を選んだ人と、着ている人が別であることは見て取れた。
「お嬢さんたち、急に道を飛び出したら危ないよ?」
「いや、貴方が飛び出してきたんでしょうが...」
「だめだよ、システィ。この人ばかり責められないよ?システィだっていきなり人に魔術を撃つなんて...一つ間違ったら大怪我だったんだよ?」
「そ、そうよね...ごめん、ルミア。えっと、貴方も、ごめんなさい...」
「まったく、親の顔が見たいね!どんな教育されて育ってきたんだ?」
彼女らが下手に出ると一気に上から目線になってものを言う男に若干引きつつも、
「本当に申し訳ありません。私からも謝りますからどうかご容赦を...」
ルミアもシスティーナ以上に丁寧謝るが、
「仕方ねぇな、俺は一切悪くなくてお前らが一方的に悪いのは、だれが見ても明らかなんだが、そこまで丁寧に言われると超寛大な俺が超特別に許してやらんことも...ん?待てよ...?」
男は何かに気づいたように眉をひそめ、
「ん?私の顔に何かついていますか?」
男は無遠慮にルミアに近寄っていき、
「いや、お前、どっかで見たことある気が...?」
戸惑うルミアをよそに、不思議そうにしながら、額を突っつき、頬を引っ張り、細い肩や腰を撫でまわし、前髪をつまみあげ、瞳を覗き込んだところで、
「アンタ、何やっとるかぁああああああ!?」
システィーナが上段回し蹴りで男の延髄を捉え、男を再度吹き飛ばした。
「うわぁあああああ!?」
悲鳴をあげて男は地面を転がっていき、元からずぶ濡れだった男の服は、さらに擦り切れて、見るも無残な姿になってしまった。
「不注意でぶつかってくるのはまだいいとしても、今のは何!?女の子の体を無遠慮に触るなんて信じられないわ!最低!」
「ちょ、ちょっと待て、とりあえず落ち着け!?俺は一学者の端くれとして純粋に好奇心があっただけだ!やましい気持ちは少ししかない!たぶん、恐らく、きっと!」
自分の行いを反省しようとしない男に対してシスティーナは、
「なお悪いわッ!」
「うぼあぁああああ!?」
男の脇腹に拳をめり込ませていた。
「ルミア、この男はただの変態だわ。警備官のところに突き出すから詰所に連絡して。」
「え!?ウソ、マジ!?許してください!?今日初仕事なのにそんなことんなったらセリカに殺される!マジでごめんなさい!許してください!調子乗ってマジすんませんでしたッ!」
そしてそこには、さっきまで高飛車な物言いをしていた男とは違い、確実に年下の少女二人の
「あの...システィ?この人も反省してるみたいだし...許してあげよう?」
「ルミア、それ本気?
「ありがとうございます!本ッ当にありがとうございます!このご恩は決して忘れません!」
そして男はさっと立ち上がり、居丈高に言った。
「さて、お前たち。その制服って魔術学院の制服だろ?こんなところで何やってんだ?」
その切り替えの早さはもはや呆れるしかできなかった。
「今、何時だと思ってんだ?もう急がないと遅刻だぞ?わかってんのか?おお...今の俺、めっちゃ教師っぽいこと言った気がする...」
自分に酔いしれている男をよそに、少女二人は顔を見合わせて首をかしげていた。
「何言ってるの、貴方?まだ余裕で間に合う時間帯じゃない?」
「お前こそ何言ってんだ?もう八時半すぎてんだぞ!今日の授業開始は八時四十五分じゃねーか!」
男が懐から取り出し、システィーナの眼前に突き付けた懐中時計は確かに八時半を回っていた。
「その時計、もしかして進んでいませんか?ほら。」
システィーナも懐中時計を取り出し、男の眼前に突き付ける。
その時計は八時を示しており、システィーナの言う通り、授業開始時間に余裕で間に合うことのできる時間だった。
その後、数秒の間両者の間に沈黙が流れた。
「撤収!」
「逃げたーッ!」
その沈黙を破って、出会った時のように猛然とした勢いで男は走り始めた。
その途中でチクショーッ!あの女、時計三十分もずらしやがったな!?などと意味不明なことを叫びながら走り去っていく男の背中を二人は呆れて見ることしかできなかった。
「な、何だったの、あの人...?」
「う、うん。でも、なんだか面白い人だったね?」
「そうね、呆れも一周回ると面白いのね...でもアレはそれも通り越してダメ過ぎるわ。」
親友の感覚のズレにシスティーナは嘆息した。
「私はもう一切ああいうダメな人には会いたくないわね。見てるだけでこっちがイライラすんのよ、あんなダメなやつは!やっぱりすぐに警備官の詰所に突き出すべきだったかしら?」
「ま、まあ...」
システィーナたち二人は、学院へと再び歩き始める。魔術師にとって記憶の整理は基本中の基本なので、あの男のことは忘れることにした。結果、優秀なシスティーナの頭の中からあの男のことは跡形も残らず消え去った。
だが、この後あの男とは再び出会うことになるとは思いもしなかった。
「まあ、あの男のことは忘れて、今日も頑張りましょう?」
「うん、そうだね。」
歩いていく二人の前に、やがて敷地を鉄柵で囲われた魔術学院の校舎の荘厳なる威容が現れた。
アルザーノ帝国魔術学院とは、それがあるフェジテを北セルフォード大陸有数の学究都市たらしめんとする学院である。
今よりおよそ四百年前に時の女王アリシア三世によって、巨額の国費を投じられ、設立された国営の魔術師育成専門学校である。現在、大陸にアルザーノ帝国が魔導大国の名を轟かせる基盤を作った学校であり、常に魔術研究の最先端を行き、そこで魔術を学べるとして、近隣諸国にも高名である。そして、現在活躍している高名な魔術師の多くがこの学院の卒業生という確固たる事実が存在し、したがって魔術師にとって魔術の聖地でもある。よって、この学院の生徒や講師は自分がこの学院の
よって、この学院において授業に遅刻する、サボるなどという意識の低い者は通常いない。ましてや魔術を教える講師が遅刻することなど、通常はあり得ない。
「...遅い!」
そう、通常は。
この遅れた講師は、本日より前任のヒューイの代わりに来る予定の非常勤の講師だ。前評判は魔術師としての最高位階である
しかし、その講師は待てども来ない。時は既にセリカが来た朝のホームルームから早小一時間経過していた。セリカの前評判は早くも瓦解しそうであった。
「あのアルフォネア教授がなかなか優秀って言うから期待してみれば...本当に優秀なのかしらね?」
「ま、まあ、先生にも何か事情があるのかもしれないし...」
そして、教室の最前列に腰掛けるシスティーナはそれに対してやはり苛立ちを隠せずにいた。
「いい、ルミア。どんな事情があれど、遅刻するというのは意識の低い証拠よ?」
「そうなのかな...?」
「この誇り高きアルザーノ帝国魔術学院に就任する初日に遅刻するなんて...ここは生徒を代表して一言言ってやらないと...」
システィーナとルミアがそんなことを話していたときだ。
「あー悪い悪い、遅れたわー」
がちゃ、と二度と聞きたくないと思って、記憶から抹消したはずの男の声とともに、教室前方の扉が開かれた。
「あ、あ、あああ貴方は―ッ!?」
ずぶ濡れで擦り切れた服を着て、擦り傷や、痣、切り傷を持っていて、さらには汚れている男が教室に入ってきた。
抹消したはずの記憶がよみがえる。朝、最悪の出会いをした男がそのままの姿でそこにいた。
「...違います。人違いです。」
そんなことをぬけぬけと言いながら、男は教壇に立った。
どうやらあの男は噂の非常勤講師だったらしい。
これからのことを考えると、システィーナは頭が痛くなるのをこらえきれずにいた。
第一話、いかがだったでしょうか?
これからは、不定期に更新していくつもりです。
気に入らないことがあっても、黙って見逃してやってください。お願いします。