システィーナ成長譚   作:紅 瑠之介

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ファンタジア文庫より「ロクでなし魔術講師と禁忌教典(アカシックレコード)」の二次創作です。
また、同作品をヒロインのシスティーナの視点から見ていくのが本小説です。
なるべく原作に近づけるように努力します。


ある日の授業風景その2

 グレンが非常勤講師として魔術学院に来てから二日目。

 この日の二限目は、グレンの担当する黒魔術の授業だった。

「えー、授業はじめまーす。今日は、黒魔術の基礎理論について解説していきまーす」

 今日もグレンは、授業開始してから約二十分遅刻して、教室にやってきた。

 その教室ではすでに生徒たちは自習をしており、グレンがだらだらと解説にもならない解説をしながら、黒板に判読不能な汚い文字を書き連ねてるだけの時間となっていた。

 しかし、システィーナだけは自習していた手を止め、グレンに小言を浴びせていた。

「先生、いい加減遅刻せずに授業に来てください。」

「うっさいなぁ...遅刻したって授業してやってるだけいいだろ?」

「そう言うのなら、私たちがより魔術を理解できるような授業をしてください。例え非常勤とはいえ、この学院に講師として雇われている自覚はあるんですか?」

 もっとも、これはシスティーナのみならず、クラス中の誰もが思っていることだったが。

「だーかーら、いつも言ってるだろ?俺は働きたくてここにきてるわけじゃないって。」

「だとしても、学院で働いてる以上、生徒に魔術を教える義務があります。」

「ちゃんと教えてるじゃん。」

「だから、分かるように解説を...もういいです!」

 システィーナはしびれを切らしたのか、グレンに小言を浴びせることをやめ、自習に戻っていった。

「あー、途中で邪魔が入ったが、続けるぞー...えっと...この部分がこうでー...共通語訳が......」

 結局、この授業も生徒たちにとって得られるものはなかった。

 グレンは、当然のように黒魔術に白魔術、錬金術に召喚術、さらに神話学、魔導史学、数秘学、自然理学、ルーン語学、占星術、魔術基礎理論、魔導考古学、魔法素材学、魔導戦術論に魔導具製造術など、すべての授業に遅刻してやってきては授業ともつかない授業をしていた。

 そして、自習をする、グレンが遅刻してやってくる、システィーナが小言を浴びせる、という流れがグレンの授業の中で出来上がっていた。

 しかし、最初から授業の質は最悪だったが、日を追うごとにさらに悪くなっていった。

 まず、三日目からは、グレンは何一つ喋らなくなり、教科書の内容をそのまま書き写すだけの作業となった。

 その日からは、静かな教室にチョークが黒板に当たるカッカッという音だけが響くようになった。

 その翌日からは、教科書の一部をちぎって黒板に張り付け始めた。

 そして、グレンが学院に来てから一週間後。

「いい加減にして下さいッ!」

 いつもグレンに対して小言をいっているシスティーナだったが、今日は様子が違った。

 そのシスティーナは、グレンを睨み付けていた。

 そして、その視線の先には、金槌を肩に担ぎ、釘を口にくわえた日曜大工のような格好をしたグレンがいた。

 そのグレンはというと、ついにページをちぎって張るのも面倒くさくなったのか、教科書を釘で黒板に張り付けていた。

「ん?だからお前の言った通りいい加減にやってるだろ?」

 そんなことを言いつつ、グレンはまだ黒板に釘を打ち付けていた。

「子供みたいに屁理屈こねないでッ!」

「まあ、そうカッカすんなって。白髪(しらが)増えるぞ?」

 グレンは相変わらずの調子でシスティーナの言葉を意に介していなかった。

「余計なお世話です!」

「可哀そうに...やっぱり白髪だらけじゃないか...もうちょっと大人しくなったらどうだ?」

「な、これは白髪じゃなくて銀髪ですッ!」

 全く態度を改めようとしないグレンに、システィーナはとうとうしびれを切らし、

「も、もういいです...先生が態度を改めないのなら、こちらにも手はありますから。」

「ほぉ...どんな手だ?」

「私、魔術の名門フィーベル家の娘なんです。この学院にもそれなりには影響力があります。私がお父様に進言すれば、先生が今後この学院にいられるかも左右できます。」

 本人も頭ごなしにするのは好きではないが、グレンの態度を見ると、こんな提案も辞さなかった。

 さすがのグレンもこれには答えたのか、

「え...マジで?」

 顔から驚きが見て取れた。

「マジです!それが嫌なら、すぐにでも態度を改めてく...」

「お父様に期待してますとお伝えください!」

「な...」

 グレンは、満面の笑みでシスティーナの手を取りながらそう言った。

 これにはシスティーナも絶句するしかなかった。

「いやーこのまま一か月も仕事すると思うと、全然やる気でなっかたんだよなぁ!お前のおかげでそれより早く仕事が辞められるよ。ありがとう、白髪のお嬢さん!」

「な、何なの!?貴方って人はーッ!」

 ここまでくると、システィーナも抑えがきかなかった。

 システィーナはグレンが心の底からこんなことを思っているのか、自分の生まれ育った家をなめてるのかは知らないが、システィーナはグレンが許せなかった。

(こいつは...私が何とかしないと...)

 システィーナはそう決心を決め、

「痛ってぇ!?」

「あなたにそれが受けられますか?」

 自分の左手の手袋をグレンに投げつけた。

 手首のスナップの効いた手袋は結構な威力を伴ってグレンの顔に当たり、地面に落ちた。

「......」

 教室を緊張を伴った静寂が支配していた。

 それは、この左手の手袋を投げつける、ということが関係している。

 これは、古来より代々続く魔術儀礼の一種である。

 魔術師の力は強大過ぎる。彼らが己の思うがままに争えば、国が滅びる。よって、彼らが互いの軋轢を解決するために、争い方に一つの規律を敷いた。それが決闘である。魔術師にとって、左手とは、心臓により近いため、魔術を行使するのにより効率がいいのだ。よって、その左手の手袋を相手に投げつけるということは、その相手に決闘を申し込む意思表明となる。そして、決闘方法は申し込まれた側に決定権がある。よって、決闘を申し込むことは、決闘を申し込まれるよりはるかに不利になるのだ。そうして魔術師たちは互いが無益な争いをしないようにした。

 しかし、法整備の進んだ今となってはこのような決闘は形骸化(けいがいか)してしまい、決闘をする者は、古き伝統を守る生粋の魔術師たちだけとなった。名門フィーベル家の娘であるシスティーナはこの歳にしてその伝統を守り続ける、一人前の魔術師だったのだ。

「お前...それ本気か?」

「ええ、本気です。」

 システィーナはグレンを鋭く睨み付ける。

 グレンもシスティーナを鋭い目つきで見る。

 両者の視線がぶつかり合う。

「だ、ダメだよ、システィ!グレン先生に謝って!手袋を拾って!」

 そこに、突然ルミアが割って入ってきた。

 しかし、ルミアの苦労も空しく二人の視線の鋭さは増していく。それは鋭くなりこそすれ、収まることはない。

「...お前、何が望みだ。」

「私が勝った場合、貴方には真面目に授業をしてもらいます。」

「俺に仕事を辞めろ、ではなくか?」

 いよいよ収拾のつかなくなってきた空気に、クラスが固唾をのむ。

「貴方が本当に仕事を辞めたいのなら、そんな要求は意味がありません。」

「そうか...だが、お前が俺に要求する以上、俺にだってその権利があるよな?それを忘れちゃ意味ねーぜ?」

「もちろん承知の上です。」

 そこまで聞いてグレンの顔色が変わる。

「...はぁ...お前、自分が何言ってるのかわかってるのか?嫁入り前のガキが粋がってしていいもんでもねぇだろ。」

「もちろんわかっています。私は誇り高きフィーベル家の次期当主として、貴方のような魔術をおとしめようとする輩を放ってはおけません。」

「だめだ...お前、熱すぎる...俺、溶けちまう...」

 グレンはそんなシスティーナを見て、うんざりしたように頭を抱えてよろめいた。

 しかし、グレンの言う通り、システィーナも粋がっているだけである。システィーナも自分の体が震えているのを感じる。だが、ここまで言った以上システィーナも後には引けない。

「...はぁ...やれやれだぜ...こんなことをしようとするアホみたいなやつがまだ生き残っているとはな...いいぜ。その決闘受けて立つ。」

 そして、グレンは地面に落ちている手袋を頭上にほおり投げ、手を横薙ぎにして取ろうとしたが、失敗していた。それから、気まずそうに手袋を拾いなおした。

「ただし、呪文は【ショック・ボルト】のみ使用可。ほかの手段は全面禁止だ。お前みたいなガキをケガさせる訳にもいかねぇしな。」

「決闘内容の決定権はそちらにあります。拒否権もありません。」

「そうか...でも、俺が勝ったら...そうだな...お前、よく見るとなかなかの上玉じゃねぇか。よし、俺が勝ったら、お前、俺の女になれ。」

 その瞬間、今まで不安を悟られまいとしていたシスティーナの表情が揺れる。この手の要求がされるということは予想していたが、いざ口に出されると動揺が隠せない。

「い、いいでしょう。受けて立ちます。」

 システィーナは平静を取り繕っているが、その声は震えていた。

「ふ、はははは!いやいや、俺、お前みたいなガキにゃ興味ねーよ。だからそんな顔すんなって。

 何かに堪えきれなくなったように、グレンが唐突に腹を抱えて笑い出した。

「―なッ!馬鹿にしてッ―」

 しかし、自分が馬鹿にされたことを知ると、システィーナは顔を真っ赤にして激昂した。

「ほれ、怒ってねーでさっさと中庭行くぞ。俺と決闘するんだろ?」

「う、うっさい!絶対負けないんだからーッ!」

 ―――場所はアルザーノ帝国魔術学院中庭

 そこには、等間隔に植えられた針葉樹が並び、芝生が広がっていた。

 その中心にて、グレンとシスティーナは互いに十歩ほど離れて向かい合っている。

 黒魔【ショック・ボルト】とは、この学院にいる生徒が初めて習う初等汎用魔術である。微弱な電気の力線を飛ばして相手を撃ち、その相手を麻痺させて行動不能にさせる殺傷能力を持たない護身用魔術である。

 黒魔【ショック・ボルト】はただ指先からまっすぐに力線が飛ぶ最も基本な魔術なために、この【ショック・ボルト】対決は、いかに早く相手より魔術を撃つかにかかっている。

「ほらほら、どうした?こないのかぁ?かかってこいよ。」

 だというのに、グレンはシスティーナに対して、先に動くことを促している。

(コイツ...もしかして、魔術戦が専門の魔術師なの...?だとしたら普段の授業がアレなのも納得が...)

 確かに、グレンが魔術戦に特化した魔術師だとすれば、普段の授業のやる気がないのも納得できなくはないし、この余裕も理解できる。

 そして、システィーナに先に動くことを促しているということは、グレンは詠唱速度に絶対的な自信があるということなのだろう。

(だとしても私が勝つッ!たとえアイツが絶対的な詠唱速度を持っているとしても!)

「行くわよ!《雷精の紫電よ》ッ!」

 システィーナの放った雷閃は狙い過たず(あやまたず)グレンの下へと一直線に進んでいき、

「ぎゃあぁああああー!」

 グレンに命中した。

 そして、グレンは痙攣し、その場に倒れ伏した。

「あ、あれ...?」

 この予想外の結果にシスティーナたちは唖然とするしかなかった。

「システィーナの勝ち...だよな...?」

「あ、ああ。そう...だよな...?」

 生徒が思ってることは皆同じだった。

 ―あれ程大物ぶっておいて、実力はこの程度なのか、魔術戦に特化した魔術師じゃなかったのか―と

「あれ...?私、何かルール間違えた...?」

 決闘の勝利者であるはずのシスティーナも困惑していた。

「ひ...卑怯な...こっちはまだ準備中だったんだぞ...」

「え?いや、かかってこいって...」

「ま、まあいい。これは三回勝負だからな。一本ぐらいくれてやるさ。そうでもしないと、お前に勝ち目がないだろ?」

 グレンは、またも意味の分からないことを言っていた。

「え?聞いてないんですけど...?」

「行くぞッ!二本目だ!《雷精よ・紫電の衝撃以て(しょうげきもって)・撃》―」

「え、あ、《雷精の紫電よ》ッ!」

 システィーナは呆気にとられていたが、グレンが三節で詠唱を終えるより早く、システィーナが一節で括った呪文が完成し、グレンの下へ雷閃が伸びていった。

「ずぎゃぁああああーっ!?」

 またもグレンに命中した。グレンはその場に倒れ伏し、その場でピクピクと痙攣していた。

「や、やるじゃねぇか...五本の内二本ぐらいはくれてやる。さあ、次だ!」

「いや、さっきは三本勝負だって...」

 グレンは、やはり意味の分からないことを言っていた。

「あ、あそこに女王陛下がーッ!」

「え!?うそ!?」

「かかったな、アホが!《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒》―」

「《雷精の紫電よ》―ッ!」

 やはり、グレンの呪文よりも早くシスティーナの呪文が完成し、グレンに命中する。

「ぎにゃぁああああ―ッ!?」

「あ、あの、グレン先生ってもしかして...」

「よし、次だ!この決闘は七本勝負だからな!余裕だからって遊びすぎちゃったかな?」

 ―――そして、グレンが四十七本勝負と言った勝負が終わったとき。

「も、もうやめてください...ボク、何かに目覚めちゃいます...」

「はぁ...誰がここまでやったんだか...」

 大の字になって、地にひれ伏し、痙攣するグレンを見下ろしながら、システィーナは嘆息した。

「いやー、【ショック・ボルト】だけとかいう超不利なルールじゃなきゃ、ボク、圧勝してたんだけどなーッ!」

「そもそも、グレン先生って三節詠唱しかしてなかったような...もしかして、先生って三節でしか詠唱できないんですか?」

 魔術師にとって、詠唱節数大事なスキルのうちの一つである。

 魔術師が、魔術戦をギリギリ生き抜けるとされているのが、三節である。

 しかし、【ショック・ボルト】のような初等呪文は一節で詠唱できることが普通となっている。

「い、いや?俺が一節で詠唱したらお前に勝ち目ないじゃん?だから、俺が一節詠唱できないとか、三節でしか詠唱できないとかじゃないし!?」

 だが、この非常勤講師は三節でしか詠唱できないようである。

「ま、まあいいです。とにかく、私の勝ちですよね?約束通り、真面目に授業してもらいますからね!」

「え?約束?何のこと?」

「...なッ!?」

 グレンはまたも意味の分からないことを言っていた。

「いやー、誰かさんにいっぱい電撃撃ち込まれたからなー。なんのことだかおぼえてないなぁー。」

「ま、魔術師の約束を破るっていうの!?」

「魔術師の約束?魔術師じゃないボクにそんなこと言われても困っちゃう。」

「...は!?」

 こうなるともう看過できなかった。授業を真面目にやらないならまだしも、魔術を冒涜されるのは、無視できなかった。

「とにかく、今日のところは、超紙一重で引き分けってことにしてやるーッ!ははっははは!痛っ!?ふはははは!」

 何度か転んではいたものの、高笑いだけは一人前にグレンは走り去っていった。

「システィ、大丈夫?」

 ルミアが駆けつけてくる。

「ええ、私は大丈夫。...でも、心底見損なったわ...」

 システィーナは一応グレンのことはある程度の敬意を持って、接していた。なぜなら、グレンの態度はどうであれ、魔術師としては自分より先輩だったからだ。

 しかし、今度こそ、魔術に対して誇りも何も持たないグレンには敬意をなくした。

 ―――グレンの学院での評判はもともと底辺であったが、それをさらに落とした決闘の日から三日後にて、

「はーい、授業始めまーす。」

 グレンはさも当然のように大幅に遅刻してやってきた。

 やはりいつものように生徒たちは自習をしていたが、

「あ、あの、先生...今のところで質問があるんですけど...」

 授業開始してから三十分程した頃、こんな授業でもなにか得ようとする健気な生徒がいたらしく、おずおずと手をあげる生徒がいた。

 その生徒は、リン。グレンが来た初日にも質問し、跳ね返された生徒だ。

「これ、ルーン語辞書な。」

 グレンはため息をつきながら、教卓においてあった一冊の分厚い本をリンの下へ置いて行った。

「...え?」

「三級までのルーン語が音階順に並んでるからな。ちなみに音階順ってのは―」

 グレンが辞書の引き方について解説しようとしているとき、

「無駄よ、リン。」

「あ、システィ。」

「その男に何を聞いても無駄だわ。聞くだけ時間の無駄よ。その男は魔術の偉大さと崇高さを何一つ理解していないわ。」

「魔術のどこが偉大で崇高なんだ?」

「何を言ってるの?魔術は偉大で崇高なものよ。まあ、貴方には関係のないことでしょうけど。」

 いつものグレンなら、そのまま受け流していたが、今日はなぜか食ってかかった。

「何がそんなに偉大で崇高なんだ?」

「...え?」

 その予想外の反応にシスティーナは戸惑っていた。

「魔術の何がそんなに偉大で崇高なんだ、と聞いている。」

「そ、それは...」

 即答できない自分に苛立った。なんでこんな奴も論破できないのか、と。しかし、周りの人間が口をそろえてそう言っているから、という節があるのも否定できない。

「知っているなら教えてくれ。」

「それは...魔術は世界の真理を追究する学問よ。」

「...そうか?つまり、どういうことだ?」

「この世界の起源、この世界の構造、この世界を支配する法則。魔術はそれらを解き明かし、自分と世界がなんのために存在するのかという永遠の疑問に答えを導き出し、そして、人がより高次元の存在へと至る道を探る学問なの。それは、いわば神に近づく行為。だからこそ、魔術は偉大で崇高なものなのよ。」

 この回答は、自分でも会心の出来だと思った。

 だからこそ、その後のグレンの言葉にはなにも言えなかった。

「...何の役に立つんだ、それ?」

「...え?」

「いや、だから、世界の何かを解き明かしたところで何の役に立つんだ?」

 この男は、魔術に誇りを持つどころか、ただの無駄なものと思っていたのだ。

「さ、さっき言ったじゃない。より高次元の存在に近づくためだって。」

「より高次元の存在ってなんだ?神様かなんかか?」

「それは...」

 またも即答できない自分に腹が立った。

「そもそも、魔術が人にもたらした恩恵とはなんだ?例えば、農耕術は人を飢餓から救った。医術は人を病から救った。冶金技術は人々に金属をもたらした。建築術は人々を快適にした。算術は社会を分かりやすくした。確かに、術とつくものは役に立っている。しかし、魔術だけが役に立っていないのは気のせいか?」

 グレンの言うことは真実だった。魔術の恩恵を受けられるのは、魔術師だけだし、したがって、魔術師でない人間は魔術の恩恵を受けられない。これが、魔術が人の役に立たない最大の理由である。

「ま、魔術は...役に立つとか、役に立たないとか、そんな次元の低い話じゃないもの...世界の真理を追究する...」

「でも実際、役に立たないのなら、それはただの趣味じゃないか。苦にならない徒労、人の役に立たないもの、つまり魔術は娯楽の一種というわけだ。」

 またも反論ができなかった。

 これは一般人から見た魔術だったが、それでも、世間ではこう思われている節があるのだ。

 それを、この男の口から言われ、かつ反論できないことに、歯噛みするしかなかった。

「あー、悪かった。ありゃ嘘だ。」

「...え?」

 グレンのこの掌の返し方に驚きを隠せなかった。

「立派に役に立ってるさ...人殺しのな。」

 その瞬間、システィーナは背筋に冷たいものが走るのを禁じえなかった。

「剣術が一人殺している間に魔術は何十人も殺せる。統率された一個師団を魔導師団の一個小隊で壊滅させられる。ほら、これほど人殺しに長けた術は無いだろ?」

「ふざけないでッ!」

 流石にこれは看過できなかった。魔術を何の価値も無いといわれるのも許せなかったが、それ以上に暗黒面に陥れられるのが嫌だった。

「魔術はそんなんじゃ―」

「お前、この国の現状を見ろよ。この国が何で魔導大国と呼ばれているか。それが何を指すかわかってるのか?宮廷魔導師団なんつー物騒な連中に毎年膨大な国費が割かれてるのはなぜだ?」

「そ、それは―」

 魔術をおとしめられることが自分の家を、尊敬する祖父を馬鹿にされている気がしてならなかった。

「お前が三日前にやった、決闘のルールができたのはなぜだ?お前らがまず習う初等魔術が攻性のものが多いのはなぜだ?」

「それは―」

 今まで自分が目指してきたものが、祖父が目指していたものが馬鹿にされている気がしてならなかった。

「お前らの大好きな魔術が今まであった二度の大戦でなにをしでかしたか知ってるか?この国で起こっている犯罪の中で、魔術が絡んだ残忍な物の数とその内容を知ってるか?」

「―っ!」

 だから、この男が許せなかった。

「全く、俺にはお前らの気がしれねーよ。なんであんな物騒な物なんかのためにこんなところで勉強するなんてな。そんなことよりもっと―」

 その時、教室にぱぁん、という乾いた音が響いた。

 それは、システィーナがグレンの頬を叩いた音だった。

「いっ―てめっ!?」

 グレンはさっきまでまくし立てていた勢いをそのままに、システィーナにその矛先を向けようとするが、

「ち...がう、魔術は...そんなもの、じゃ...ない...もの...」

 目元にに涙を浮かべて泣いているシスティーナを見て、言葉を失った。

「なんで...そんな、こと...言うの...?魔術は...そんな...ものじゃ、ない...もの...」

 そう言い捨て、袖で涙を拭って、荒々しく教室を出て行った。

 ―――システィーナは屋上にいた。

 そして、祖父が夢見て、自分がその後を継ぐと決心した、『メルガリウスの天空城』の眺めていた。

 自分が、魔術を志す理由となったそれの正体は、蜃気楼だと知っていても、そこに一歩でも近づきたいと思って、今、魔術を勉強している。

 そして、今自分が泣いている理由は、あの非常勤講師に魔術を馬鹿にされたからではない。それにすぐ屈した自分が嫌で泣いているのだ。

「魔術は...人殺しのためのものなんかじゃ...ないもの...」

 しかし、あの男はどこか自分を責めているような響きもあった。まるで今の自分のように。

 あの男が改心するとは思えないが、だからこそ自分が強くならねばと思う。いつか、夢を見ることを諦めた祖父の夢を叶えるために...




ヒロイン視点とか言いつつ、それを出してない感があった本作品ですが、今回は、そこはかとなく入れてみました。
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