春。僕、吉井明久がこの文月学園に入学してから、三度目の春を迎えた。暖かい日差しが降り注ぎ、桜の咲き乱れる道を、僕は期待に胸を膨らませて歩いていた。
そう、今日は三年生になって初の登校日。そして、新しいクラスになる。きっと雄二や姫路さんとは違うクラスになってしまうだろうけど、僕はそんなに悲しくない。クラスが違うからって僕らの繋がりが消える訳じゃないからね。それに、新しいクラスになるってことは、新しい人と友達になれるかもしれないってことだ。今度のクラスメートは、一体どんな人たちなんだろうか。考えるだけでワクワクしてきた。
そもそも、今回僕は何クラスなんだろうか。歴史の得点が二年の頃と比べるとはるかに高い今なら、Eクラス……いや、Dクラスになれているかもしれない。振り分け試験は難しかったけど、今の僕ならFクラスの心配はないだろう。もうあの古びたボロボロの教室とはおさらばだ!
そんなことを考えながら学校への道を歩いていると、
「よう明久、今日も朝からマヌケな面してるな」
声のした方を見ると、そこには僕の悪友、坂本雄二がムカつく笑みを浮かべながら立っていた。
「何さ雄二、そっちこそブサイクな顔してるよ?」
「フン、何とでも言え。今日の俺は気分が良いんだ」
「え?どうして気分がいいのさ?」
「それは後で分かるさ」
「どうゆうこと?」
「今日の朝、重大な発表があるからよく聞いておけ」
「重大な発表……よく分からないけど、分かったよ」
朝?ということは、
その後も雄二とくだらないやりとりをしながら歩くと、校門に着いた。そこには西村先生こと鉄人がいて、登校してきた生徒たちに新クラスの書かれた紙を手渡していた。
「吉井に坂本か」
「「おはようございます、鉄人」」
「西村先生と呼べ……。全く、お前たちは……」
「先生、新クラスの紙、早く渡してください」
「坂本。お前のは……これだ。素行はともかく、2年生の間でよく勉強したな。ほれ」
「なになに……Aクラスか」
雄二はやっぱりAクラスか……残念な気もするけど、これから雄二の無茶な作戦に付き合って痛い目にあわなくなると思うとやっぱり嬉しい。
「吉井、ほれ、受け取れ」
「ありがとうございます」
さあ……運命の時だ。緊張しながら、折りたたまれた紙を開く。すると、鉄人がため息をついた。
「吉井……お前は気付いてないようだから言っておくが……。お前の日本史の解答欄は、最初から一つずつずれていた」
「え?てことは、まさか……」
「以前もやったようなミスをまたするとは……やっぱりお前はバカだ」
開いた紙には、大きな字で
吉井 明久
Fクラス
と、書かれていた。
「傑作だな」
「笑い事じゃないよ雄二!!はあ〜……またあのオンボロ教室で一年間過ごさなきゃだなんて……」
全く……本当に冗談じゃない。僕が落ち込んでいると、雄二は、
「いいじゃないか。去年の経験を生かして試召戦争を仕掛ければいいだろ。Eクラス程度には勝てるんじゃないのか?」
すっかり忘れていた。ここ数ヶ月は試召戦争をしていなかったからそのことが頭から抜け落ちていた。
「そうか!そうだね、また試召戦争すればいいんだよね、流石雄二!」
「……まあ、そんなことしてる余裕があるかは知らないけどな」
「え?何か言った?」
何か雄二が呟いたようだったが聞こえなかった。
「いや、何でもない。じゃあ、俺はAクラスだからここだな」
「分かった……じゃあね、雄二、そっちで霧島さんに後ろから刺されないようにしなよ」
「ぬかせ。お前こそ、違うクラスになった姫路に愛想つかされないよう気をつけろよ」
お互いに不敵な笑みを交わすと、雄二はAクラスの中に入っていった。僕は雄二の後ろ姿を見送ると、Fクラスへと向かった。
「うわあ……やっぱりボロボロだなあ……」
Fクラス教室の前に着くと、そこは2年のFクラスと同様のオンボロ教室だった。
まあ、もうこの際これはしょうがないか。問題はメンツだ。誰が同じクラスなのだろうか。女子が増えてるといいなあ……。
そんなことを思いつつ、ドアを開いた。するとそこには、
「「死ねぇぇええーっっ!!!」」
僕の姿を見るなりカッターを投げつけてくる、須川君を筆頭とする元2ーFの野郎共の姿があった。
「危ねぇぇええーっっ!!!」
咄嗟に持っていたカバンでガードする。カバンには沢山のカッターが突き刺さった。くっ……。教室に入った途端これか……。仕方ない、全員ぶっ倒すと覚悟を決めたその時、
「いきなり何をしておるんじゃ、お主らは!とにかくお互い落ち着くのじゃ!」
え!?まさか、この天使のような声は……!!
「明久、おはようなのじゃ。今年もよろしく頼むぞい」
「秀吉ィ!!」
そう、僕の心の癒し、秀吉だ。秀吉は、誰がどう見ても美少女にしか見えないのに、自分は男だと言い張り続けている。もうそんな意地をはらなくてもいいのに……。それはさておき、とにかくやった!Fクラスになってよかった!!
「秀吉もFクラスなんだね……本当に嬉しいよ!」
「わしも、明久とまた同じクラスになれるとは思ってなかったのでな、嬉しいぞ」
「いやあ、秀吉のことが大好きだっていう僕の想いが届い」
ガッ
後頭部に突然激痛が走る。とんでもない握力で僕の後頭部を握りしめていて、頭蓋骨が割れる寸前に力を調節し、僕が長時間苦しみ続けられるようにしている。こんな人間離れした技ができるのは彼女しかいないな、なんてことを冷静に考えていると、
「ねえ、アキ。校則は知ってるわよねえ?」
ビンゴだ。
「やっぱり美波か……と、とりあえずこの手を離してくれないかな?頭蓋骨の軋む音が脳内に直接響いて鳴り止まないんだ」
「校則は、知ってるわよねえ?」
「も、もちろん!!学生恋愛の全面禁止!」
「じゃあ何で木下に向かって、大好きなんて言葉を言ったのかしらね?」
「み、美波、そろそろ意識が」
「あー、もしかして瑞希のこと好きじゃなくなったのかしら?だとしたらウチにもチャンスが……」
「ご、ごめんなさい!!もう言いません!!だから離してください」
「しょうがないわね」
「そもそもワシは男なのじゃから、明久とはそういう関係にはなり得ないのじゃが……」
やっと美波から解放された……。その細い腕でどうしてあんなとてつもない力を出せるのだろうか……分からない。
「やっぱりアキもFクラスなのね。ウチもまたFクラスだから、よろしくね」
美波はポニーテールの女の子で、ドイツからの帰国子女だ。2年の時の試召戦争で僕に告白をしてくれた、とても大切な友人だ。でも、僕は姫路さんが好きだから……美波の告白は、断ってしまった。でも、その後も美波は僕のことを好きでいてくれる、その……魅力的な女子だと思う。
「うん!また美波と同じクラスってことは……三年間一緒のクラスか」
「それは木下も土屋もでしょう?」
「え?ムッツリーニ?」
「あれ?気付いてないの?後ろにいるじゃない」
美波のその言葉と同時に背後からの殺気を感じた僕は、反射的に横っ飛びで回避する。その直後、
ブン!
風切り音が聞こえた。僕の元いた所を見ると、そこには悔しそうな表情を浮かべながらコンパスを握りしめたムッツリーニの姿があった。
「……ねえ、ムッツリーニ、念のために聞くけど」
「…………何だ」
「まさか、そのコンパスの針を僕に突き刺そうとした訳じゃないよね?」
「…………違う。そんな訳ない」
よかった。僕とムッツリーニの友情は守られた。僕らの固い絆がこんな所で壊れる訳がないよね。
「そうだよね、僕安心したよ」
「…………滅多刺しにしようとした」
「チクショウ!やっぱりか!」
「…………裏切り者には死を」
「「裏切り者には死を!!」」
異端審問会の連中まで出てきてしまった。困った。こんな調子じゃあFクラス内で心休まる時が無くなってしまう……。そもそも僕は何でこんなに敵視されているんだろうか?
「ねえ、皆、何で皆は僕を目の敵にするのさ?何も悪いことをした覚えはないんだけど……?」
「よくもぬけぬけと……いいだろう。貴様の罪状を述べてやる」
須川君が前に出てきて、懐から異端者リストを取り出した。
「えー、元異端審問会一級審査官、吉井明久。この男は、異端審問会の鉄の掟、『男とは、愛を捨て、哀に生きるもの』を破り、様々な女にちょっかいを出した挙句、元2ーF姫路瑞希と付き合い始めた。これは裁判の結果情状酌量の余地なしとして、先ほど死刑判決を下した。よって、今現在死刑執行中である。以上っ!」
「以上っ!じゃないよ!!僕はたしかに姫路さんに告白はしたけど、学生恋愛が禁止って校則に追加されちゃったから付き合うまではいってないんだ!だから僕は無罪だ!それに裁判なんて僕参加した覚え無いよ!」
「ええい、うるさい黙れ!付き合っていようがいまいが関係ない!お前が羨ましいから死刑、以上っ!皆の者、問答無用で殺せえ!」
「ラジャー!!」」
「無茶苦茶だぁぁっ!!」
「やっぱりこうなるのね……」
「明久も大変じゃのう……」
話しても無駄だと悟った僕は、戦闘態勢に入る。投げつけられたカッターを避け、畳返しで身を守る。
「死ね吉井いいいいっ!」
「お前らまとめてかかってこいやああああっ!」
その時だった。教室の後ろの方から、
「うるせえんだよ!!」
一喝、誰かの声がした。バッと皆が一斉に顔を向ける。そこには……
「少しは周りが迷惑してるのに気付いたらどうだ……全く、俺がFクラスだなんて……」
元2ーB、卑怯で最低と名高い、根本恭二がそこにいた。