根本君と組むことを決めたその翌日。僕は登校して早々、異端審問会に追われて校内を駆け回っていた。
「ふぅ〜……」
追っ手を巻いて一息つくと、そこはあまり来ることのない、一年生の教室のあるあたりだった。
「うーん……ここをうろうろするのはあんまり良くないかな……」
一年生は入学したばかりだ。こうやって自分の教室の廊下をうろつく先輩がいたら、怖がってしまうかもしれない。
仕方ない。教室に戻ろう。そう思って踵を返した直後、1ーFのあたりが騒がしいことに気づいた。
どうしたのだろうか。とりあえず野次馬根性で教室の中を覗いてみる。するとそこでは、
「久保良光!処刑場、もとい3ーFまで来てもらおうか!」
「彼女がいることを認めるならば速やかに処刑、認めないならば認めるまで罰した後処刑する!」
一人の男子を囲む、異端審問会の連中がいた。ジリジリと間合いを詰めて、その男子の逃げ場を封じている。
「だから違うんだぁーっ!」
ん?その声は聞いたことがあるぞ……えーっと……そうだ!思い出した!彼は久保君の弟の、久保良光くんだ!そうか、久保君の弟君は以前、文月学園に学校見学に来てくれたんだった。きっと今回もあらぬ疑いを異端審問会にかけられたのだろう。もう彼は両腕を掴まれて、今まさに連行されるところだった。
「久保君の弟君、危ないっ!」
僕はクラスに乱入すると、久保君の弟君を拘束していた連中を蹴り飛ばし、声をかけた。
「大丈夫だった、久保君の弟君?」
久保君の弟君は、助けてあげたというのに僕を睨んだ。はて。助けに入るタイミングが遅かった、ということだろうか?
「き、貴様……!」
「異端者筆頭、吉井明久……っ!」
いつの間にか僕は異端者筆頭になっていたようだ。全く、この前までは一緒にカップル狩りをしていた同士だというのに。いや……裏切ったのは僕の方だから僕を妬むのは当然かもしれない。
「え?吉井……え?え?」
「その名前、まさか例の先輩の……」
おや。入学したばかりの一年生にまで僕の名前は知れ渡っているようだ。きっと、二年生対三年生の試召戦争での英雄として語られているのだろう。嬉しいなあ!僕が顔を綻ばせていると、
「せいっ!」
「がふっ!」
久保君の弟君は、連中の一人に蹴りを入れて、気絶させていた。
ふ、復讐か……なかなか久保君の弟君も過激だ。Fクラスの適性があるかもしれない。
すると突然、近くにいた女子から声をかけられた。
「あっ。吉井先輩、こんにちはっ!」
たしかこの子はムッツリーニの妹の……。
「ああ、ムッツ……もとい、土屋陽向さんだっけ。久しぶり」
ムッツリーニの妹に挨拶をしていると、周囲からヒソヒソ声が聞こえた。
「吉井明久って、間違いねぇよ……!」
「この人が、あの噂の……!」
周りの一年生が僕のことを話している。そんなにあの時の僕の伝説は学校に広まっていたのか。
久保君の弟君は、何を思ったのか、
「ありがとうございます、知らない人。おかげで助かりました」
知らない人?僕のことを忘れちゃったんだろうか?
「何を言ってるのさ久保良光君。別に知らない仲じゃないのに」
ザザザッ
突然、1ーFの生徒たち皆が久保君から距離をとった。なぜ距離をとるのだろうか……そうか!恐れ多い吉井先輩と知り合いだなんて、久保君の弟君も恐れ多い!って解釈されたんだ!
これでさっきの久保君の弟君の不可解な行動も説明がつく。僕と知り合いだとバレるとクラスメートに尊敬されてしまうから、皆と普通のクラスメートでいたい久保君の弟君は僕を遠ざけようとしたんだ。なるほど。これは申し訳ないことをしたなあ……。
そうだ。お詫びに異端審問会のことを久保君の弟君に伝えておこう。あんまり怖がらせてはいけないと思うけど、久保君の弟君は既に異端審問会の存在を知っているし、話しても問題ないだろう。
「気をつけた方が良いよ、久保君の弟君。今この学校は異性関係に特に敏感なんだ。異端審問会がその調査力と殲滅力を買われて、風紀委員のような真似を……」
と話したところで、久保君の弟君の後ろに迫る、スタンガンを持った奴らの姿が見えた。
「危ないっ!」
慌てて久保君の弟君の腕を引っ張る。間一髪のところだった。あと一瞬遅れていたら、久保君の弟君は丸焦げになっていただろう。
「はいぃっ!?何ですかこれ!?」
「元2ーFの連中だよ!」
「異端者ノ……気配……」
「捕エテ……処刑、セヨ……」
「いやもうこれ人間やめてません!?」
久保君の弟君の悲鳴がクラスに響く。無理もない。一生モノのトラウマになってもおかしくはないレベルだ。……僕らにとっては日常茶飯事だけど。命が惜しいのだろう、久保君の弟君は弁解を始めた。しかし、目の前にはもう連中が迫ってきている。
「皆さん、誤解です!僕は彼女なんていませんし、吉井先輩とも親しいわけじゃ」
「話は後!逃げるよ!」
ここでのんびりしていたら僕らは二人とも丸焦げになってしまう。
「へ、あ……ちょっとぉーっ!?」
僕は久保君の弟君の腕を引いて、廊下へと飛び出した。
★★★
「ふぅ……ここまで逃げたら大丈夫かな」
僕は久保君の弟君を連れて、旧校舎の屋上まで逃げた。流石の奴らもここまでは追ってこれまい。
「なんで、僕が、こんな目に……」
久保君の弟君は、かなり息を切らしていた。まだ異端審問会から逃げ慣れていない彼にとって、僕のペースに合わせて逃げるのは大変だったかもしれない。
「カップル狩りだよ。ほら、うちの学校って男女交際禁止だから」
久保君の弟君の質問に答えると、彼は息も絶え絶えなまま、
「カップルも、何も、僕は彼女、なんて、いないの、ですが」
「そんな話、あの連中が聞いてくれると思う?」
そう返すと、
「…………」
久保君の弟君は黙り込んでしまった。
しばらくして、ようやく久保君の弟君は息が整ってきたようで、こう尋ねてきた。
「はぁ……。この学校って、やっぱりおかしいですね……」
何を今更。
「あはは。否定はしないよ」
「まぁ、僕もある程度は覚悟して入学してきたんですけどね……」
異端審問会の恐ろしさを知っていながらこの学校を選んだというのか。そんな悲壮な決意をしてまでこの学校に来る意味はないと思うけど……。
「ところで、久保君の弟君」
「…………。良光でいいです」
名前呼びの許可が出た。きっと、さっき僕が助けたことに感謝してくれているのだろう。それだけでも助けた甲斐があった。
おっと、一人で浮かれている場合じゃない。良光君に質問があるんだった。
「じゃあ、良光君はどうしてこの学校を選んだの?」
「まぁ、家から割と近いというのも理由の一つですが、一番の理由は……」
「一番の理由は?」
「……兄さんの主張を否定してやりたくて」
久保君の主張というと……そうか。学生恋愛の全面禁止って主張か。これを否定したいってことは……良光君と僕は同じ志を持つ同士だってことになる。
「そっか」
僕が理解を示すと、良光君は不思議そうにこちらを見つめてきた。
「……おかしいですかね?」
やっぱりまだ不安なのだろうか。
「いや。そんなことはないよ。主義や主張が合わないのなら、それは互いに納得できるまでやり合うべきだと思う。たとえ、親しい仲でも」
僕と雄二のようにね。
「…………」
「ん?どうかした、良光君?」
何かおかしなことを言ってしまっただろうか。不安に思っていると、良光君は慌てて口を開いた。
「い、いえ。そこまで言ってもらえるとは思わなかったもので」
たしかに、身内と争うことにここまで肯定的な僕のような人は、珍しいかもしれない。でも、僕らは毎日のように仲間を売って保身のために生きてきたから、そんなに気にはならない。
『二時より始業式を行います。一年生のAクラスから順番に体育館に入場してください。繰り返します。二時より始業式を……』
屋上にあるスピーカーから、校内放送が聞こえてきた。
「っと。そろそろ始業式が始まりますね。戻らないと」
「そうだね」
良光君と、周りに異端審問会の連中がいないか確認しつつ、校舎へと向かう。
……良光君は、今一人で悩み、苦しんでいる。だったら僕は、彼の力になりたい。同じ志を持つ者として、彼を支えてあげたい。
「良光君、僕も同じだよ」
「え?」
「久保君……お兄さんのことだけれど……友達とは言え、彼の言うことが全て正しいと肯定はできない」
そうだ。恋愛禁止なんて主張を肯定することはできない。
「吉井先輩。それは……」
「だから良光君。僕は君に協力するよ。力を合わせて、お兄さんたちの間違った主張を正してやろう」
僕は良光君に手を差し出す。良光君は最初は戸惑っていたが、僕の思いが伝わったのかすぐに明るい笑顔で、
「よろしくお願いします」
僕の差し出した手を、握り返してくれた。
この明久視点は全て僕の想像です。何か変な所とかありましたら、ぜひ教えてください。