魔法少女まどか☆ゴースト 〜命を紡ぐ物語〜 作:スターダストライダー
今回はあの2人の過去が明らかになります。
風見野市の一角には廃れた教会がある。すぐそばには焼け落ちた家のような建物があり、辺りには木材も散らばっており、外から見えるステンドグラスも大半が割られている。
その内部の中心にある、教会ならではの説教台。その下に広がる木の階段の所に、杏子はいた。現在、彼女は不機嫌そうな顔をしたまま手に持っていたリンゴに噛り付いていた。周りには誰も居らず、リンゴを噛み砕く音だけが辺りに響いている。
やがて手に握られているリンゴが芯だけになり、それを適当に放り捨てて、そばにあった紙袋から新たにリンゴを手にしようとした時だった。
「随分荒れてるな」
「!」
不意に耳に入ってきた、聞き覚えのある声に杏子が反応し、声がした教会の入り口を睨むと、そこには制服姿の誠司が、学生カバンを持って立っていた。
「お前、何でここが……」
「隼人さんとマミさんから聞いただけだ。2人とも、前にここに来た事あったんだろ?」
「……そういやそうだったな」
杏子がため息混じりにそう呟いて視線を外した。
「……一緒にいた、ゆまって奴はどうした?」
誠司が周りを見渡しながら杏子に近づいた。
「あいつなら今は昼寝してる。別に昨日の事はもう気にしてなかったから、その辺は心配いらねぇよ。あたしもそうだけど、この体の事は特別後悔してないし」
「……そうか」
誠司は自然と杏子の隣に座り、カバンから、前もって用意していた自分の店の売り物である饅頭を取り出して、杏子に差し出した。
「ほら、食うか?」
「……」
杏子は何も言わず、饅頭を受け取り、袋を開けて食べ始めた。紙袋にある大量のリンゴを見ながら、よくそんなに食べれるなと思いつつ、自身も饅頭を食べ始めた。
「……んで、今度は何の用だよ? こないだの続きでもしようってか?」
しばらくして、杏子が饅頭を見つめながら誠司に尋ねた。対する誠司は首を横に振った。
「いや、今日は聞きたい事があっただけだ」
「聞きたい事?」
「隼人さん達が言ってたよ。杏子って最初は人を護る事を生き甲斐にしてたんだろ?」
「……ま、否定はしないよ。事実だし。今にして思えば、バカらしい事だけどね」
杏子が苦笑しながら饅頭に噛り付いた。
「んで、それがどうかしたのか?」
「ちょっと気になってな。何で隼人さん達と同じ考えを持ってたお前が、急に今見たいになったのかが。……まぁ、無理に言ってくれなくてもいいぜ。お前の事だ。よっぽど辛い目にあっての事なんだろうし」
杏子は少し黙って考えた後、誠司の方を向いて言った。
「まぁ、話すだけなら良いか。長いし、面白みに欠けるけど、いずれあんたにも話しといた方が良いかもしれなかったし」
「分かった」
誠司がそう呟くと、杏子は思い出に浸りながら静かに語り始めた。
その、あまりにも残酷過ぎる彼女の過去と共に、魔法少女になったきっかけ、そして味わった絶望の全てを。
最初に杏子は、周りを見つめながら口を開いた。
「この教会はさ。あたしの親父の教会なんだ」
「杏子の、親父の……?」
「あぁ。ここに親父とお袋、妹のモモ、それからあたしの4人で暮らしてたんだ。親父は正直過ぎて、優し過ぎる人だった。毎朝、新聞を読む度に涙を浮かべて、どうして世の中が良くならないのか、真面目に悩んでるような人だった」
「へぇ、良い親父だな」
誠司が褒めた事で、杏子も上機嫌になったのか、誇らしげな口調になった。
「毎日この説教台に陣取って語りかけてたよ。新しい時代を救うには、それ相応の新しい信仰が必要になる。それが親父の言い分だった」
と、ここで杏子の表情が曇った。
「だからだろうね。ある時、教義にない事まで説教するようになった。もちろん、信者の足はそこでぱったり途絶えたよ。おまけに本部からも破門されちまうし、とにかく誰も親父の話を聞こうとしなかった。ま、当然だよね。はたから見れば胡散臭い新興宗教だしさ。どんなに正しい事を、当たり前の事を話そうとしても、世間じゃただの鼻つまみ者さ」
杏子は少しばかり悲しげな表情になって呟いた。
それ以来、父親は杏子やモモと共に毎日信者達の家を巡回し、説教していたそうだ。だが、どの家でも門前払いをくらい、酷い時にはバケツいっぱいの水を頭からかけられて追い返された時もあったそうだ。
「以来、あたし達は一家揃って、食うものにも事欠く有様だった」
彼女の脳裏には、半分だけのリンゴが目の前に置かれていたり、水のようなスープを分け合っていた時の夕食の風景がチラついていた。
「納得出来なかったよ。親父はそもそも間違った事なんて言ってなかった。ただ、人と違う事を話しただけだ。……5分で良い、1分だけでも良い……! ちゃんと耳を傾けてくれれば、正しい事を言ってるって、誰にでも分かってくれたはずなんだ! ……なのに、誰も相手にしてくれなかった。誰1人として、真面目に取り合ってくれなかったんだ」
ギリっと奥歯を噛み締める音が、誠司の耳に聞こえてきた。
「……悔しかった、許せなかった……! 誰もあの人の事を分かってくれないのが、あたしには我慢出来なかった……!」
杏子の口調からは、父親の事を想う気持ちが滲み出ているように誠司は感じられた。
聞けば、彼女が万引きをするようになったのも、その頃からだったようだ。もちろんその頃は半人前という事もあって、すぐに見つかって暴行されていたらしい。
誰1人として味方のいない世界、そして妹に満足な食事すら与える事の出来ない自分、両者に恨みを抱きながら、その当時はそう暮らしていたのだ。
「……そして、あいつが突然あたしの前に現れたんだ」
あいつというのは、キュゥべえに違いない。誠司はそう思った。そしてその予感は的中した。
「話を聞いたあたしはすぐに頼んだよ。『みんなが親父の話を、真面目に聞いてくれますように』ってな」
「それが、お前の願いだったのか……」
意外な真相に、誠司は若干驚いていた。
杏子はその表情に気づく事なく話を続けた。
「翌朝には親父の教会は、押しかけた人々でごった返してた。毎日おっかなくなるほどの勢いで信者は増えてったよ。今にして思えば、正直ビビっちまったな、あれは。んでもって、あたしはあたしで晴れて魔法少女の仲間入りさ。そりゃあいくら親父の説教が正しくたって、それで魔女が退治出来るわけじゃないし、絶望は抑えきれない。だからそこは、あたしの出番だって、バカみたいに意気込んでたよ。あたしと親父で、表と裏からこの世界を救うんだって、そう思いながら毎日戦ってたんだ」
「隼人さんやマミさんと会ったのも、ひょっとしてその頃か?」
「あぁ。あたしがこの街で逃がしちまった魔女を追いかけてるうちに見滝原まで入り込んじゃってさ。その魔女が結構強くて中々倒せなかった。ヤバいと思ってた時にあの2人が駆けつけてくれて、一緒に魔女を倒せた。あいつらもあたしと同じ理由で戦ってた。だから弟子入りしたんだ。それからは3人で協力して魔女退治を頑張ってた。時々うちに遊びに来てくれて、モモも親父もお袋も喜んでた。正直恥ずかしい話、あの頃のあたしには、あの2人は輝いて見えてたよ」
杏子が自嘲気味にそう話している中、誠司は笑う事なくただジッと杏子の話に耳を傾けていた。
その時、不意に杏子の口調が暗くなった。
「……でもね。ある時、親父にカラクリがばれたんだ」
「……」
どうやらここからが本題のようだ。そう思った誠司は顔を上げて杏子の顔を見た。
「夜中だったよ。急にソウルジェムが反応して、教会の方に向かったら、集団自殺しようとしてた奴らがいた。そいつら全員、魔女の口づけがつけられていた。あたしはすぐに変身して、元凶の魔女を倒した。それでどうやって周りで気絶してる奴らとか、ばらまかれた油といった証拠を隠滅しようか考えてた時に、偶々起きた親父に全部見られたんだ……」
そう呟く杏子の表情は悲しみに満ち溢れていた。
「大勢の信者が、ただ信仰の為じゃなくて、魔法の力で集まって来たんだと知った時、親父はブチ切れたよ。娘のあたしを、人を惑わす魔女だって罵った。……笑っちゃうよね。あたしは毎晩、本物の魔女と戦い続けてたってのにね」
誰の目から見ても無理やり作ったような笑みを浮かべながら、手に持っていた残りの饅頭を全て口に放り込んだ。そして喉に通した後、杏子は呟いた。
彼女を絶望に追いやった、家族の哀しき結末を。
「……それで親父は壊れちまった。最後は惨めだったよ。酒に溺れて、頭がイカレたようにブツブツ呟いてた。……ある日、いつもみたいに魔女退治から帰ったら、親父が首を吊ってた。それだけじゃない。お袋やモモも、首を包丁で裂かれて、血だらけで倒れてた。ロウソクの火が近くにあったものに燃え移ってた。……それで気づいたよ。親父は家族を道連れに無理心中したんだ。あたし1人を、置き去りにして、ね」
「……!」
だから、なのだろう。この教会に入る前に見えた、焼け落ちた家。そこで杏子の家族は死んだのだ。そして、火が燃え広がり、全てを焼き払ったのだ。そして今でもそこに残り続けている。それを悟った時、誠司の目は僅かに見開いた。
「……もう分かっただろ? あたしの祈りが、家族を壊しちまったんだ」
「杏子……」
誠司はどう声をかけてあげれば良いのか分からず、ただ、彼女の名前だけを呟いた。
「他人の都合を知りもせず、勝手な願い事をしたせいで、結局誰もが不幸になった。……その時、心に誓ったんだよ。もう2度と、他人の為なんかに魔法を使ったりなんかしない。この力は、全て自分の為だけに使い切るってな」
「……だから、お前は隼人さん達と決別したのか。同じ想いを抱いてた2人から干渉されないように」
杏子は無言で首を縦に小さく振り、そしてこう論じた。
「奇跡ってのはタダじゃないんだ。希望を祈れば、それと同じ分だけの絶望が撒き散らされる。そうやって差し引きをゼロにして、世の中のバランスは成り立ってるんだよ」
「奇跡はタダじゃない……か」
誠司が思わずそう呟いていると、杏子が不意に苦笑いを浮かべた。
「……実はさ。この話、ついさっきあいつにしてたんだ」
「あいつ……? もしかして……」
誠司が思い浮かべたのは、今朝からそばにいなかったメンバーの1人。おそらく今一番現状に思い悩んでいるであろう人物。
「さやかに話したのか? この事を……」
「そ。あんたがここに来る前にここに連れて来たんだ」
「何でさやかに今の話を……?」
誠司が理由を問うと、杏子は真剣な表情でこう言った。
「あいつはもう、対価としては高過ぎるもんを支払っちまってる。だから、これからは釣り銭を取り戻す事だけを考えて欲しかったんだ」
「お前みたいにか?」
「あぁ。あいつはこれ以上、後悔するような生き方を続けるべきじゃない。何せ、あいつもあたしも同じ間違いから始まってる訳だし。……あたしはもう弁えてるけど、あいつは今も間違い続けてる。見てられなかったんだ、そいつが。だから、開き直って好き勝手にやって、自業自得の人生を送れば良い。そう言ってやったんだ。そしたら、あいつ……」
杏子はその時の事を思い出した。
『あんたの事、色々と誤解してた。その事に関してはゴメン。謝るよ』
杏子に対する価値観を改め、唐突に謝罪するさやか。杏子は理解してもらえたと思い、微笑を浮かべる。が、さやかはすぐに真顔で杏子に自らの信念を告げた。
『……でもね。あたしは人の為に祈った事を、後悔してない。その気持ちを嘘にしない為に、後悔だけはしたくないって決めたの。今も、そしてこれからも』
『何で、あんたは……』
『あたしはね、高過ぎるものを支払ったなんて思ってない。この力は、使い方次第で、いくらでも素晴らしいものに出来るはずだよ。きっと、マミさんやタケル、誠司や他のみんなもきっとそう思ってる』
そしてさやかは、話したい事を言えたのか、杏子に背中を向けて教会の廃墟を出ようとした。
その間際に、さやかは言葉を付け足した。
『あたしはこれからも、あたしなりのやり方でみんなと戦い続けるよ。それがあんたにとって気にくわないものなら、邪魔になるなら、前みたいに殺しに来れば良い。あたし達は負けないし、もう恨んだりもしないよ。みんななら、きっとあんたの言った事、分かってもらえると思うから』
そう言って、さやかは教会を後にした。
その後ろ姿を、杏子は苛立ちと悔しさを滲ませながら睨みつけていた。
『(バカ野郎が……!)』
結局理解される事なく、さやかを止める事は出来なかった。杏子は八つ当たりのように座り込んでリンゴに噛み付いた。
それからしばらくして、誠司がやって来て現在に至る。
「……なるほどな。それで苛立ってたのか」
誠司は納得しながら饅頭を食べきった。
どうやらさやかの方はそれほどショックに陥ってないようで、心配はいらなさそうだ。が、さやかの性格上、それが彼女の強がりの可能性もある為、まだ楽観視出来ない。
と、今度は杏子が誠司に尋ねてきた。
「……で。あんたはどうなんだ?」
「?」
「あんたもやっぱ、さやかが言ってたみたいに、高過ぎるもんを支払ってないって思ってるのか? その力で、まだ希望を振り撒けると思ってるのか?」
そう尋ねる杏子の口調はやや硬い。
「そうだな……」
対する誠司はどう答えようかと、少し迷いながら考え込んだ。やがて、一つの結論を出して、杏子に告げた。
「高過ぎるとか安過ぎるとか、正直俺にはその基準が分からねぇ。けどな。俺もさやかと同じだ。この力で、みんなの笑顔を守れるのなら、こんな体でも、これからも戦おうって思える。ここに来る前に、タケルがそんな風に言ってたようにな」
「……!」
「だから、俺は最後までほかに困ってる人達を助ける為に、この力を使い続ける。それが、今の俺の答えだ」
「……何で」
放たれた誠司の言葉を聞いて、杏子は拳を握り締める。その口調は怒りに満ちていた。
「何であんたもさやかも、他人の為なんかに魔法を使ったりするんだよ⁉︎ そんな事したって、見返りがある訳じゃないし、何よりもそれで他人を傷つける事になるかもしれないんだぞ⁉︎」
それは、かつて自分のエゴで家族を失った、唯一の生き残りが吐露する本心だった。
「でも、そんな理由で他人を見捨てる事には繋がらないだろ?」
そう言い返すと誠司は自分が契約した時の事を話し始めた。
「さっきお前が食った饅頭。俺の爺ちゃんの代から受け継がれた、和菓子屋の名物なんだ。けど、ついこないだその店が潰れかけたんだ。経営難によってな……。爺ちゃんや親父が一生懸命働いていた場所を、家族のありがたさや食べた人達の笑顔の良さを俺に教えてくれた居場所を失いたくない。だからキュゥべえに願った。店の活気を取り戻して、俺を含む家族が笑顔でいてほしい。それでこの力を手に入れた。だから、俺もお前と同じなんだよ。家族の幸せを誰よりも願ったって部分でな」
もし契約してなかったら、この場で杏子はこの美味い饅頭を食べれなかっただろう、この美味しさを伝えれなかっただろう、と誠司は付け足した。
無論、その程度の説明で杏子が納得する訳がない。
「だったらなおさら……!」
「それにな」
誠司は杏子の言葉を遮り、こんな事を話し始めた。
「俺達は似てるんだよ」
「は?」
「昔は俺も、今のお前と同じだった。逆に昔のお前が、今の俺に似てる」
「どういう事なんだよ? あたし達が似てるって……」
「俺も、他人の事なんて眼中に無かったって事だ」
そして誠司は、かつての自分の事を語り始めた。
「あの時は、店の事なんか全然気にせずに、手伝いもしないで毎日外でぶらついて、同じ学校の奴らと喧嘩に明け暮れてた。……それしか、やりたい事が無かったし、何となく他人を痛めつける事が楽しかった。……本当は友達なんて呼べる奴がいなくて、寂しさを紛らわせるだけだったけどな」
そう呟く誠司の顔は少し暗かった。
「自分が一番だ。他の奴なんて知ったこっちゃない。そう自分に言い聞かせて、とにかく暴力を振るってた。……小学5年になった時だったよ。あいつに、タケルに出会ったのは。いつもみたいに同級生を殴ってたら、あいつが体当たりしてきて止めて、それからタイマンを張ったんだ。正直、あいつは喧嘩慣れしてない事もあって、最初は全然相手にならないって思ってた」
誠司はカバンからお茶の入ったペットボトルを取り出して、中身を飲んだ。
「けど、あいつは何度も俺に向かってきた。それで途中から不思議に思った。だから、思わず聞いてみたんだ……」
『……何でだ』
川沿いの土手で、当時小学5年生のタケルと誠司が睨み合いながら息を整えていた時、不意に誠司が尋ねた。タケルの頬には数発殴られた痕があり、血が少し出ている。
『何で諦めないんだよ⁉︎ 敵わないって分かっててよぉ!』
『諦める理由がないからだ!』
対するタケルは即答した。そして続けざまにこう叫んだ。
『俺はまだ負けてない! 負けたと思わない限り、俺は負けてないから!』
『! そんな屁理屈……!』
『俺はお前の本当の心を知りたい! だからこうしてお前に問いかけてるんだ! この拳で、分かってもらうまで!』
『ほざけよ!』
それから再び喧嘩が再開した。先ほどから述べているように、喧嘩慣れしている誠司の方が依然として圧倒的に有利だった。にもかかわらず、タケルは地面を転がってもまた立ち上がって向かってくる。その事に、誠司は次第に不思議な感じがした。タケルが諦める素振りを本当に見せないからだ。
『(こいつ、もしかして本当に俺に……)』
その一瞬の隙を突いたタケルが、一気に誠司に詰め寄った。誠司が慌てて後退すると、タケルは拳を強く固めた。
『命、燃やすぜ!』
『うぁぁぁぁぁっ!』
タケルの拳が振るわれると同時に、誠司も反射的に拳を突き出す。
鈍い音が土手に響き、遠くから見守っていたまどか達は、両者の拳が各々の頬にクリーンヒットしているのを確認した。そして両者が仰向けに倒れこんだのを見て、一同は慌てて駆け寄った。
『タケル君!』
『タケル!』
『大丈夫ですか⁉︎』
『あわわ……⁉︎』
『2人とも! お気を確かに!』
まどか達が2人に群がると、タケルが小さく手を振った。どうやら無事のようだ。まどかが涙を浮かべながらタケルに抱きついていると、誠司が空を見上げながらポツリと呟いた。
『……何でだろうな。こんな風に負けたのは、初めてなのに、嫌な気分にならねぇ。何で……』
『じゃあ、俺の心の叫びが届いたんだな』
タケルがまどか達に支えられながらそう呟いた。
『父さんが言ってた。自分に正直になって、相手の心に叫びかければきっと分かってもらえるって。だから、俺も正直になって、お前に挑んだ。それだけだ』
『(……何て奴だ。こいつは、一本取られたな……)』
誠司は生まれて初めて、負けを認めた。強く、優しい心を持つ少年に。
『……フ』
誠司は思わず笑みがこぼれた。タケルはその意味が分からなかったが、次第に笑い出して、それにつられてまどか達も笑い出した。やがて辺りが笑いに包まれて、しばらくしてから、誠司がタケルに言った。
『……なぁ』
『ん?』
『お前、本当に面白い奴だな。お前といると、不思議と良い気分になる』
それを聞いて、タケルはまどか達に顔を見合わせた。そして、誠司に告げた。
『じゃあ。これからも一緒にいようぜ。お前となら、友達になれると最初から思ってたから。俺、天王寺 タケル。よろしくな!』
『……秋永 誠司だ』
誠司がそう言いながら手を伸ばすと、タケルは迷う事なくその手を掴んだ。
「そして俺は、初めて友達が出来た。そしてあいつらといるうちに、他人を助ける事の素晴らしさに気付けた。こんな俺でも、タケルやみんなのおかげでここまで変われたんだ」
「あのイレギュラーが……」
杏子は、以前タケルと対峙した時の事を思い出していた。
「それにさ……」
と、誠司が杏子の方を見てこう言った。
「杏子だって本当は、自分のしてる事が間違ってるって思い始めてるんじゃないのか?」
「は⁉︎」
「お前はさっき、これからは自分勝手な人生を送れば良いって言ってたけどさ。何で俺達の心配をしてくれるんだ? そもそも、俺やさやかに自分の事を話したのも、本当は心のどこかで不安に思い始めてる所があるからじゃないのか?」
「お前……!」
目をきつくして睨みつける杏子に対し、誠司は少し優しげに言葉をかけた。
「杏子。俺は今日お前の話を聞いて分かった。お前はみんなが思ってる以上に優しい奴なんだ。自分では認めないかもしれないけど、俺はそう思う。だからさ。これからは俺達と一緒にいようぜ。そんでもってもっと自分に素直になってみろよ。そうすれば、今からでも変わる事だって……」
「うるせぇ! お前に何が分かるってんだ!」
怒りを爆発させた杏子。いつもの勝気な瞳には、薄っすらと涙を浮かべているのを誠司は見逃さなかった。
「そんな簡単にあたしの心が変われる訳がないだろ! それに今更あたしが心変わりして他人の為に頑張ったって、失ったもんはもう2度と戻らねぇ! そんなあたしとこれから一緒に仲良しごっこしようだぁ⁉︎ お人好しもいい加減にしろよ!」
我慢の限界が来たのか、杏子は左手を突き出して、ソウルジェムを卵型に変えて手のひらに乗せた。どうやら本気で誠司に牙を向こうとしているようだ。
「あたしはもう、誰の為にも力なんて使わねぇ! 他人がどうなろうと関係ねぇ! あたしの邪魔をする奴は、全部ぶっ壊す!」
「……ますます昔の俺を見てるみたいだな」
誠司はそう呟きながら、腰にゴーストドライバーを展開し、右手にカエサルゴーストアイコンを持った。
「(でも、だからこそ、杏子に俺の気持ちをぶつける! あの時タケルがそうしたように、今度は俺が……!)」
『アーイ! バッチリミナー! バッチリミナー!』
誠司がアイコンのスイッチを入れて、ドライバーにセットすると、薄黄色のパーカーが飛び出した。誠司が右手を突き出すような構えを見せ、杏子と同時に、
「「変身!」」
と叫んだ。
杏子の姿は一瞬で赤色のノースリーブが特徴的な魔法少女の姿に変わり、誠司の上半身にはパーカーが羽織られた。
『カイガン! カエサル! レッツゴー! 覚悟! ゴゴゴゴースト!』
『ガンガンジッテ!』
誠司が2丁のガンガンジッテを構えて、杏子を見据えながら叫んだ。
「お前に届かせてやる! 俺の心を!」
「言ってろ! ここで決着つけてやる!」
そして、ある意味似た者同士の魔法少女と仮面ライダーの激突が、今、幕を開けた。
本編におけるこの回は、私に杏子の見方を変えてくれたきっかけになると同時に、杏子のファンになる後押しをしてくれた話で、今でも強く印象に残ってます。この回ともう一つ、9話の所での杏子の振る舞いが、私を杏子の熱烈なファンに変えてくれました。
皆さんは、まどマギの中でどのキャラが好きですか? 教えていただけるとありがたいです。
次回はいよいよ、誠司対杏子の、互いのプライドをかけた戦いが繰り広げられます。
次回もお楽しみに。