人里離れた山奥の、幽閉されし尼僧の廃寺。
ぼく、大きくなったらお医者さんになる!–––––––––––––––––
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「クソっクソっ!なんで、どうしてだよ・・・!」
––––– 次はもっと頑張るように
「頑張ってんだよ・・・!」
––––– 精一杯、悔いのないようにやってくるのよ
「精一杯やったよ・・・やってこのザマだよ。笑いたきゃ笑えよ」
俺、森下いつきの手に握られているのは、全国模試の結果。
それはただの結果じゃない。
センター試験3ヶ月前にして、第一志望校のD判定をくらった散々な結果だった。
「なんでだよ、クソ・・・!」
俺の中にあるのは、その恨み言だけだった。
「もっと頑張るように?ふざけんな・・・こっちは精一杯やってんだよ!!」
俺は、近場にあったゴミバケツにいらだちをぶつけた。
蹴り飛ばされたバケツは、ハデな音を立てて転がっていった。
生ゴミを漁っていたノラ猫が、驚いて奇声をあげる。
結果に愕然とした俺は、目的もなく外をふらふらとしていた。
なんで、俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ。
「医者なんか目指すんじゃなかった・・・」
だってバカだろ。医者を目指して何になるんだよ。
浪人覚悟で勉強して・・・頭おかしいんじゃないのか。
「俺は、なんで医者なんかになろうとしたんだ」
もし過去に戻れるとしたら、医者なんか目指すなと自分に言ってやりたかった。
人生を歩んでいると、至るところで選択肢に迫られる。
やらないで後悔するより、やって後悔しろ。
その言葉に感銘を受けた俺は、できる限りそれを実行した。
だから、言わせてもらおう。
「お前は、間違っていたよ」
やって後悔して何になるんだ。
どっちにしろ後悔には変わりがないじゃないか。
所詮この世の中は結果が全てなんだ。
向いてなかったんだ。才能がなかったんだ。
努力?そんなもの・・・努力だって才能のうちだろ。
俺には努力する才能がなかった、それだけなんだよ。
努力。俺だってしたさ。でもそれは、結果が出なければしたことにはならないんだ。
努力すれば、どうにかなるなんて–––––––––––––––––
「お、おい!兄ちゃん!!」
背後から、大きな声が聞こえて我に返る。
考え事に埋没していて全く意図していなかったが、俺は歩道橋を歩いていたようだ。
気がつくと、目の前にはもう道はなかった。いや、下り階段が姿を現していたのだ。
「う、うわああああああああああああ・・・!!」
前に出した足を戻すこともできず、俺は階段を転げ落ちる。
ついさっき、自分が蹴り飛ばしたゴミバケツのように、無様に転げ落ちる。
頭も腕も背中も、まるで集団リンチを受けているように痛い。
俺の意識は、そのまま黒く染まっていった。
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目を開くとそこは、見慣れぬ場所だった。
地面はアスファルトではなく石畳で、都会の喧騒とはかけ離れた静かな場所だった。
「俺は死んだのか・・・?」
来た道があるはずの背後を振り返る。
たしかにそこには階段があった。
しかし、それは先刻自分が転げた、ペンキははげ、色褪せた洋式なものではなかった。
石段。その両脇には赤い灯篭が上部まで列を成していた。
「お寺・・・?」
死んだ世界にお寺があるなんて、なんともふさわしくない。
だが、昨年修学旅行で訪れた、京都のお寺によく似ている。
「ここは、どこなんだ?」
考えていても埒が明かない。
そう思った俺は、ひとまず目の前にある階段を登り始めた。
「やっぱりお寺だよなぁ・・・」
階段を登り切った俺の前に現れたのは、見るからに古びたお寺だった。
奥手には賽銭箱が置かれた本堂、右手には生活する場と思われる家屋があった。
しかし、参拝寺なのだろうか墓地はなく、こじんまりとしていた。
「誰もいないのか?」
人の気配は感じられなかった。
丁寧に完成された枯山水が、言いようのない薄気味悪さを放っていた。
突っ立っていても仕方がなかったので、俺は家屋の方へと向かった。
「すみませーん!だれかいませんかー!」
縁側に手をつき、再び呼びかける。
「すみませーん!・・・やっぱり誰もいないのか?」
戻ろう。きっと少し歩けば人もいるだろう。
諦めて引き返そうとしたときだった。
「お前が今日の参拝客か」
「うわあ!」
後ろから突然声が聞こえた。
あまりに唐突なことだったので、思わず尻餅をついてしまった。
「お、おいおい!そんな驚くなよ。大丈夫か?」
頭上から綺麗な声が聞こえてきた。
慌てて見上げると、若い女性が腰に手をあて、こちらを見下ろしていた。
「私は比叡葉子(ひえい ようこ)、この寺の住職だ。よろしくな!」
ニカッと笑う顔が、手を差し伸べる。
歳は20代前半くらいだろうか。
彼女は、腰まである長い髪に黒の直綴(じきとつ)、手には竹箒と不思議な出で立ちであった。
特に髪の毛。普通短くしているもんじゃないのか?
あ、でも剃髪にしなくていい宗派もあった気がする。浄土宗だっけ?
そんなことを考えながら、ついた砂を手で払うと彼女が口を開いた。
「よし。それじゃあ中に入れよ!お茶くらい出すからさ!」
「え、ちょっ別に参拝で来たわけじゃ・・・」
「ほら。つべこべ言わずに入った入った!」
彼女は半ば強引に、俺の背中を押して家屋に招いた。
「ほうじ茶だ。最近冷えてきたからな」
俺は、畳の上に正座させられていた。
季節は10月。木の葉は燃えるように紅く染まっていた記憶がある。
死後の世界にも季節はあるのだろうか。
障子の隙間から覗く景色は、美しい紅葉だった。
しかし、いつまでも風景に感動している場合ではない。俺は当然の疑問を葉子にぶつけた。
「あの・・・ここって死後の世界なんですか?俺、死んだんですか・・・?」
「死後の世界だったらどうするんだ?生き返るのか?」
「そ、それは・・・」
「ハハハ!そう落ち込むなって、ここはそんなところじゃないよ!」
うつむいた俺に彼女は笑いかける。
「にしてもお前、未練があるみたいだな」
「未練・・・?ああ・・・いえ、なんでもありませんよ」
「目逸らして言われても説得力ないぞ?」
葉子にはお見通しのようだった。
そんな俺を見て、彼女は両の手を叩く。
「よし!ここで会ったのも何かも縁だ。お前の話、聞いてやるよ!」
「・・・いえ、別に」
「いいじゃないか、減るもんでもないし。それに、何のためにお寺があると思ってるんだよ」
何のためにお寺がある?
そんなの、死んだ人を供養するためにあるんじゃないのか?
「たしかにそれもあるが、お寺は、僧侶は生きている人を救うためにあるんだ」
不敵な笑みを浮かべ、俺を見据える葉子。
「だから話してみろ。お前も救ってやるよ」
なぜか、俺は目の前にいる尼僧に話してみたくなってしまった。
きっと血迷ったんだろう。
一瞬、男の矜持が弱みを見せることを拒んだが、不思議と話すことに不快感はなかった。
「スランプなんです。勉強の。もう受験まで後がないっていうのに結果がでないんです」
俺はポツポツと語り出していた。
「家族には、精一杯後悔のないようにって言われたんですけど、後悔していて・・・」
一度口を開いたら、堰を切ったように言葉が溢れてきた。
「頑張ってんのに・・・!全部!全部ムダで!俺はもうダメなんだよ!!」
気がつけば、俺は怒鳴り散らしていた。
「一緒に頑張ろう?ふざけんなよ!見下してるようにしか聞こえねーんだよ!!」
溜め込んでいた数々の不満を支離滅裂に。
「あいつより俺の方ができるはずなのに!なんであんなやつに負けなきゃいけないんだ!」
その間、ずーっと、葉子は真面目な表情で俺を見ていた。
幻滅されたとか、嘲笑されたとか、一切感じられなかった。
「気は済んだか?」
一通り叫んだところで葉子が声をかけてきた。
「ハァ・・・ハァ・・・ああ済んだよ」
息を切らせ、乱暴に答える。
「そうか、なら今からお前を救ってやる」
「は・・・?」
「お前、医者になりたいんだろ?」
「な、なんでそんなこと知って・・・言ってないのに!」
話していないことを言い当てられ、激しく動揺した。
彼女は、そんな俺を放っておいて笑い声をあげる。
「ハハハ!やっぱり医者になりたいんじゃないか」
「え・・・あっ・・・」
思わぬできごとに口を閉じるのを忘れる。
「お前、私の質問になんで知っているんだって言ったよな?」
「いや、それは・・・」
「人間、とっさに出た言葉がそいつの本心なんだよ」
自分でも、なぜ肯定してしまったのか全くわからなかった。
もう医者なんかになりたくないにも関わらず、とっさをついて出た言葉がそれだった。
これが俺の本心・・・?
「いいか、お前さっき言ってたよな?後悔しないことは無理だって。全くその通りだ」
今度は葉子が喋り出す。
「後悔しないように!精一杯やれよ!とか無責任なことを言うやつがいるかもしれないが、後悔しないことなんてありえない」
ゆっくりと、一言一言丁寧に言葉を発声する。
「どこかしらで、あーしとけばよかった、こーしとけばよかったって思うはずだ」
彼女の言葉は優しかった。
「そしてそうなったとき、人は自分を責めるんだ」
俺、あのとき精一杯やれなかったのかな?ってな
俺は頭を殴られた気分だった。
そうか、俺は自分を責めていたんだ。
それも、気にしなくていいような下らないことで。
「そもそも論なんだよ」
「そもそも論?」
「ああ。そうだ」
葉子がうなずく。
「例えばの話だ。お前の恋人が誘拐されたとしよう」
よく考えるんだぞ。と葉子が付け加える。
「お前はその犯人から、一人で身代金10億円を現金で持って来なければ、彼女を殺すと言われた」
「持っていくか?それとも持っていかないか?」
何を言うかと思えば、そんなのわかりきっているじゃないか。
「それは・・・助けるために持っていかなきゃだめじゃないですか」
俺は至極当然の答えをだした。
しかし、俺は葉子の口角が上がるのを見て、どこかひっかかりを覚えた。
その彼女がかぶりを振る。
「いや、答えはノーだ」
「ど、どうしてですか・・・?」
「そもそもお前は10億円、重量にして100キロの札束を運べるのか?」
「え・・・トラックか何かを使えば・・・」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
「そうだ、でもさっき、私は一人でと言ったな?お前にトラックは運転できない」
ポカンとする俺を尻目に、彼女は言葉を続ける。
「そう、この答えは渡せないんだよ」
俺は、彼女の言わんとしていることがわかってきた。
「できないことで、うだうだ頭抱えてても仕方ないだろ」
「あーしとけばよかった、こーしとけばよかったって、そもそもできないことだろ?」
「あーしとけばよかった、こーしとけばよかったって好きなだけ思えばいいさ」
「けどな、間違っていたなんて決めつけるのは、そもそも筋違いだ」
『ぼく、お医者さんになる!』
「その道を選んだときのお前は、目をキラキラ輝かせてたんじゃないのか?」
『こんどは、ぼくがみんなを助けてあげるんだ!』
「そいつのために、今お前が精一杯やっていたっていうことを絶ッ対忘れんじゃないぞ?」
「まだ諦めるのは早いんだよ」
「努力してないだと?受験生のくせしてサバゲー始めてみたり、徹マンしてみたりお前はそんなことしてないだろ?」
「だったら、精一杯胸張って言ってやれよ」
「俺はまだ終わっちゃいねーって」
「今からお前を加持してやる」
「加持?」
「お清めだ」
そう言うと、彼女は戸棚から金色の器と細長い木棒を取り出してきた。
「立て。それと合掌して頭を少し下げてくれ」
俺は立ち上がり、両手を合わせる。
カチンという音と彼女が何言か唱えたあと、頭に何かが当たる感触がした。
その瞬間、俺は猛烈な立ちくらみに襲われた。
「そろそろお別れの時間だ」
彼女の声が頭に響く。頭痛までしてきた。
「負けんじゃねーぞ」
それが、最後に聞いた彼女の言葉だった。
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「葉子さーん!」
葉子が庭掃除に勤しんでいると、明るい少女の声が聞こえてきた。
「どうした?みこと」
「お昼ご飯できましたよ!」
みことと呼ばれた少女は、葉子にトテトテと駆け寄った。一房にまとめたクセ毛が揺れる。
彼女は巫女服というなんとも場違い、異様な格好をしていた。
だが、一番異常なのは、彼女の頭から生えている犬のような耳、腰のあたりにある尻尾。
人間ではないということだった。
「それにしても、この前来た青年はどうしているんでしょうか?」
「お前、話聞いてたのか?」
「うっ・・・すみません、気になってしまったので・・・」
みことはバツの悪そうな顔をする。
葉子は呆れたとばかりため息をついたが、すぐにニヤッと笑みを浮かべる。
「補欠入学だってよ」
「え!本当ですか!」
みことの表情がパッと明るくなる。
「ああ、しぶといあいつらしいな」
「だから言っただろ?」
「お前はまだ終わっちゃいねーって」
ここは我拾寺(がっしゅうじ)。通称、妖怪寺。
大切なものを捨てかけた、世迷い人が踏み入れる、摩訶不思議な廃寺院。
救いを求められぬ者が行き着く先。
それは地獄か、天国か、はたまた妖怪寺か。
迷い込んだ折には尋ねて欲しい。
ここはどこだと。
尼僧は答えるだろう。
「妖怪寺へようこそ!」
ここは我拾寺。通称、妖怪寺。
人里離れた山奥の、幽閉されし尼僧の廃寺。