ほんと、不規則で申し訳ありません。
「まさか本当に大型AAPを撃破するとはな...。」
技術開発局地下施設から逃げ出したという大型AAPは、数分で撃破された。
倒したパイロットは『予見眼』の異名を持つパイロット、エーベル・ハーネ准尉。そして、被弾率0%の記録は破られていなかった。
「これ程のパイロット、本部に置いていても仕方ない。早くどこかの隊に配属させた方が得策だろう。」
エーベルはMMSを与えられてからあまり時間が経っておらず、未だに隊へ配属されていなかった。
しかし、今回の一件でようやく表舞台へと姿を現すこととなったのだ。
「88中隊への配属はどうだろうか?コミュニケーターに加えて若きエース候補も数人いる。期待の中隊としてさらに輝くと考えるが?」
「しかし隊長のノエル・バニミール中尉の権限ではこれ以上のMMSは率いれないのではないかね。」
「ここ最近の功績で隊員の数名は昇格が決まっている。ノエル中尉も大尉への昇格が近いという噂だ。」
あれやこれやと上層部の話は続く。
エーベルのことについての話からいつしか話題は技術開発局のことへと移っていた。
今回の事件は、それなりに上層部も重く見ているのだ。
地上へ大型AAPを出してしまえば、それこそ非戦闘員にまで被害が出てしまう。
「アイヒンガー大佐。技術開発局についての噂は聞いているな?」
技術開発局の噂。
主任であるエドガー・スタインズが中心となって非人道的な実験を繰り返しているという。
もっとも、一部の上層部が技術開発局を高く評価しているようで、調べようにも上からの圧力のせいで何も掴めないのだ。
「ええ、話には聞いておりますが。」
「少し調べて貰えないか。エーベル・ハーネ准尉からも奇妙な報告が寄せられていてね。」
上層部の秘書であろう人物が、エーリッヒの前に資料となる書類と、何やら記録媒体のようなメモリーカードを出した。
このメモリーカードにその奇妙な報告の内容が記録されているのだろうか?
「派手には動くなよ?極秘で調査しろ。」
ゼシルが治療を受け始めてから1週間、ようやく一般の病棟へと移された。
ノアの技術を用いた最先端の医療で、随分と早くに回復することができたのである。
顔の左側にできた大きな傷も遠からず消えるという。
とにもかくにも、ゼシルは傷を負う前の状態に戻りつつあった。
数日前までインド洋上の戦闘で負傷したシエルが入院していた病室にゼシルは運ばれた。
無事に彼女は退院できたらしい。
無機質な天井を見上げて、1つ溜め息をつく。
何も無い、孤独な空間。
色々と考えるには十分すぎる環境であった。
寝ていても起きていても、頭の片隅には常にニュージーランドでの戦闘の記憶がこびりついている。
ノエルを守れた、そのことは喜ばしいことである。
だけど、ノエルは負い目を感じて悲しんでいる。
だとしたらゼシルの行いは単なる自己満足に過ぎないのではないか?
あのとき、一瞬でも確かに感じた守れることの自惚れを思い出してゼシルは自己嫌悪に陥る。
「これじゃあ、ダメだよな...。」
皆を守りたいことは疑いようもない事実。
力なき非戦闘員も守りたいのも本当の気持ち。
そして周りを巻き込まないように、周りを悲しませないように、自分自身も守らなければならない。
果たして、そんなことが可能なのだろうか?
どれかを捨てなければ、誰も守れない気がするのだ。
となれば、捨てるべきものは自分自身。
クーデリカはその結論にいち早く達したのであろう。
コミュニケーターとして、強者として、皆の盾になる存在。
ゼシルはその時、何よりも強い力を欲した。
全てを守る、絶対的な力を。
信頼関係を築き、互いに守り合うことができれば全てを守ることができると信じていた。
クーデリカとノエルが衝突した時、ゼシルは確かにそう感じていた。
しかし、実際はどうだろうか?
大切な人を失いそうになったとき、ゼシルは迷わず自らの命を捨てるだろう。
結局、理想に過ぎなかったのではないか。
理想と現実の違いの大きさに、ゼシルは絶望を抱かずにはいられなかった。
コンコン、と病室の扉を叩く音を聞きゼシルは意識を現実へと引き戻した。
すぐに扉は開かれ、部屋へと入ってきたのは一人の少年であった。
中性的な整った顔立ちの少年、ゼシルはその姿に不思議な感覚を覚えた。
普通の人とは、纏っているオーラのようなものが違っている気がする。
「こんにちは、ゼシル・ミラーガ少尉。」
「こ、こんにちは。」
思わずぎこちない返事になってしまう。
そもそも、何故見ず知らずの少年がゼシルの病室にやって来たのかがわからなかった。
「俺に、何か用ですか?」
わざわざ病室にまで足を運んできたのだ、何かしらの用があるのだろう。
「単なるお見舞いだよ。僕が配属されることになった中隊のメンバーが入院中って聞いたからね。――と、まだ名乗ってなかったね。僕はエーベル・ハーネ准尉です、よろしくね。」
笑いながら手を差し出してくる、エーベルと名乗った少年。
慌ててゼシルは差し出された手を握る。
「こ、こちらこそ。」
どうやら、彼は第88独立機動中隊の新戦力ということらしい。
入院中ということもあり、何一つ知らされていなかったため余計に驚いた。
と、そこでエーベルは何かを思い出したかのように病室の外へ向かった。
不思議そうに見るゼシルをそのままに、病室の外から何やら手押し車のような物を引っ張ってきた。
その中には鉢に植えられた大量の花があった。
何故こんなに大量の花を持ってきたのだろうか、不思議に思ってゼシルは尋ねてみる。
「あのー、これは?」
「ん、お花だよ?」
花すら知らないのかと言わんばかりに逆に不思議そうな顔で見られてしまった。
花であることは見ればわかるが、どこか会話が噛み合わないようである。
「一人じゃ寂しいと思ってね。」
そう言いながら次々と鉢を取り出しては窓際のスペースに花を並べる。
「花はいいね。僕は昔の記憶が無いんだけど、花が心の拠り所だったっていうことだけは覚えてるんだ。」
嬉しそうに、しかしどこか寂しげにエーベルは語った。
やがてゼシルの病室が花屋ではないかと思われるくらいに華やかになった。
色々な種類の花、その1つ1つにエーベルは声をかけている。
周りから見ると、少しだけ木明に見えるかもしれないこの光景。
しかし、何故だかエーベルは花と喋っていることが自然なことに見えた。
恐らく、記憶はなくとも昔から花と共に育ったのだろう。
「ところで、君は随分と暗い表情をしているね。何か悩み事かい?」
そんなに暗い顔をしていたのだろうか。
ゼシル自身は至って普通に振る舞っていたつもりなのだが、どうやら初対面の人にもわかるくらいに暗い顔をしていたようだ。
「いや、大丈夫だよ。大した事じゃないから。」
そう答えてみたものの、大した事じゃないはずがないのだ。
正直、答えの出ない壁を乗り越えられそうにもない。
「僕にはそうは見えないなぁ。話を聞くくらいなら、僕にも出来るよ。僕の予想だと、ジレンマに苦しんでるような気がするな。」
エーベルは真っ直ぐに、ゼシルの瞳を見つめていた。
まるで心を見透かされているような気さえしてくる。
確かに、ジレンマに悩まされている。
初対面の人を少し観察しただけでそこまでわかるものなのだろうか?
感受性に溢れる、といったところか。
本当はこの悩みを誰かに打ち明けることはしたくなかった。
だが、不思議とエーベルには話してみようと思えたのだ。
ゼシルは彼に悩みを打ち明けた。
自分の行い、対立する価値観、守りたい意思、理想と現実との越えられない壁。
ここ数日、ゼシルの頭にあった全ての思いを吐き出した。
話し終えて、少しの沈黙が二人の間を駆け巡った。
時計の針の音だけが微かに聞こえてくる。
やがて、エーベルは口を開いた。
「つまり君は、全てを守りたいと思いつつそれは不可能だと決めつけているんだね?」
決めつけ、なのだろうか。
いや、これは決めつけではなく真実だ。
コミュニケーター、強者たるクーデリカですら自分を捨てなければ周りを守れないと思っているのだ。
普通のパイロットである自分に、できるはずがない。
「だってそうだろ?俺はちっぽけな存在だよ。普通のパイロットである俺が、全てを守ろうなんて傲慢なだけじゃないか。」
エーベルは花に視線を移し、また静かに口を開いた。
「この世の中には等価交換という基本的な考え方が通っているね。経済システムから見ても、人類は常にこの法則の下で発展を遂げたんだ。」
等価交換の法則がいったい何の関係があるのだろう?
不思議に思いつつも、ゼシルはエーベルの言葉に引き込まれるような感覚を味わった。
「君もその考え方に捕らわれているんだよ。何かを守るには何かを犠牲にしなければならないってね。だけどね、そんな法則は誰が決めたんだと思う?」
誰が等価交換の法則を決めたのか。
確かに人類は金銭が使われるようになる前から等価交換の法則に従って発展してきた。
そこには法則を定めた者もいなければ、正しいと断言する者もいない。
つまりは、誰もこの法則の是非を問うことはできないのだ。
「答えはそんな人は存在しない、だよ。誰もこの世の理を裁定することはできない。だから、君は考え方1つ変えるだけでその理の束縛から解放されるんだ。」
そのとき、はっとゼシルは気づかされた。
最初から不可能などと決め付けるのは無意味だったということに。
全てを守ることを実現できるかはわからない。
だが、何も最初から弱気になる必要はなかったのだ。
「確かに、全てを守ろうなんてのは傲慢かもしれないね。だけど君がほんの一部の人だけでも、そして君自身を守ることができたら、守られた人達が今度は別の人を守ってくれる。そんな信頼関係があれば、自ずと多くの存在を守れるようになるものさ。」
その言葉を聞いたとき、ゼシルは全ての踏ん切りがついた気がした。
そうだ、もう迷わない。
何が正しく、何が間違っているのか、そんなことは関係ない。
ただ、自分に可能な範囲で最大限に守る。
そして、仲間との信頼関係がその守りを大きく広げてくれる。
それだけできっと多くの人間を守ることができるのだ。
ゼシルがエーベルに礼を言おうとしたそのとき、再び病室の扉がノックされた。
「おっと、次のお客さんだね。僕はこれで失礼するよ。」
エーベルは立ち上がり、背を向けて歩き出す。
慌ててゼシルはエーベルを呼び止めた。
「ハーネ准尉、その、ありがとう。」
「数日後には僕も少尉だけどね。それと、呼び方はエーベルでいいよ。――君が少しずつでも前に進めるよう、祈っているよ。」
そう言い残し、エーベルは病室から立ち去った。
彼との出会いは、ゼシルに勇気と道標をもたらしたのだった。
エーベルとすれ違うように、次の客人がゼシルの前に現れる。
心配そうな表情でこちらへ来たのは、ノエルであった。
ここ数日、お互いに引け目を感じて話せていない。
「怪我、もう大丈夫そう?」
「うん。すぐに動けるようになるって先生が言ってた。」
会話は途切れ、流れる沈黙。
何かを話さなければと思いながらも、上手く言葉が出てこない。
「あ、あのさ。ノエルにはちゃんと謝らないとなって思ってて。ノエルの気持ちも考えないで、俺の無謀な作戦に巻き込んで、ごめんね?」
どこかぎこちなく、それでもゼシルは言葉を続けた。
仲間思いの少女に、仲間を撃たせるなど酷い仕打ちをしてしまったと今でも後悔している。
「ううん。あたしの方こそ、ちゃんと敵の動きを予想しなかったからピンチに追い込まれちゃって、ゼシルに怪我させて、ごめんなさい。」
ノエルはゼシルの体を抱き寄せた。
微かに感じる、ノエルの鼓動。
数秒か、数分か、それ以上か。
そのままの体勢で互いの心の傷を癒すかのように動きを止めていた。
「あたしね、強くなるから。隊長としての心構えも、精神面も、パイロットとしても。弱いままのあたしと別れるから、あたしなりのケジメ、つけてくるね。」
そう言って、ようやく二人は離れた。
ノエルの顔を見上げて、彼女の意思の強さを理解した。
夕日を浴びた彼女の表情はどこまでも凛としていて。
決意に満ちていて。
彼女に対して、憧れを抱いた。
それと同時にゼシル自身の鼓動が急激に速くなるのを感じていた。
そのとき気づいた。
仲間のために前へ歩み続けるノエルの姿に、もしかしたら惹かれているのかもしれないと。
夕日に照らされて橙色に色づいた、施設の屋上。
クーデリカはそこで空を見上げていた。
ノエルと衝突したあの日以来、彼女とは一言も話していない。
「くだらない正義感、か...。」
ノエルに言われた、許しがたい一言。
地獄を知らない人間に、クーデリカの信念などわかってもらえるはずがない。
あのときは感情的になってしまったが、ノエルに理解されないのはわかっていたこと。
足音が聞こえ、こちらへ影が迫っているを感じとりそちらへ視線を移す。
こちらへ向かってくるのは、まさに今考えていた人、ノエルであった。
色々と気まずさを感じ、その場を離れようとする。
しかし、ノエルに呼び止められてしまった。
「マナロフ少尉、待って。」
クーデリカは半身だけ振り返らせ、真っ直ぐにノエルを見た。
ノエルも真っ直ぐにクーデリカを見ている。
その目は、今までのような敵意を向けた目ではなく、強い意志が込められた目である。
「少しは考え方、変えた?」
考え方、ノエルが言ったのは恐らくクーデリカ自身の戦闘スタイルの問題だ。
単機で突っ込む、その姿勢にノエルは不快感を表している。
だが...。
「変えませんよ、私は今まで通りに戦います。私が皆さんの盾になる、それでいいじゃないですか。あなた達が私を見捨てれば済む話です。」
極力冷たく返答する。
もしかしたら、また殴られるかもしれないとも考えたが、予想外にもノエルは感情的ではなく冷静であった。
静かなトーンでクーデリカへ話しかける。
「それは、あなたが強いから?コミュニケーターだから?」
「そうです。強者には責務があります。皆を守り抜く責務が。例え自分を犠牲にしても。」
あくまで今までの自分の考えを伝えた。
コミュニケーター、一般的に強者の側にいるクーデリカには弱者を守る義務がある。
そのためのコミュニケーターとしての能力がある。
「そっか...。」
いつもの様子とはどこか違うノエルに、クーデリカは少しだけ戸惑った。
普段ならば声を荒げて非難するところであろう。
「マナロフ少尉、あたしと勝負してくれない?」
予想外の言葉にさらにクーデリカは戸惑う。
だが、そのときのノエルの表情は真剣そのものであった。
本編としては12話目のお話です。
今回は戦闘シーンはなかったですね。
戦闘シーンはどうも苦手でして、戦闘のない回もけっこうあります。(戦闘ばっかりでも物語が進みませんし)
次回は来週の日曜日更新予定ですが、例によって土曜日になるかもしれません。
では、また次回m(__)m