戦闘がメインとなります。
夕方の冷たい風が吹き、向かい合う二人の髪をなびかせた。
向かい合うのはノエル、そしてクーデリカ。
互いの目を真っ直ぐと見つめ、緊張感が辺りの空気を凍りつかせた。
「勝負、ですか?」
クーデリカはやや困惑し、そう聞き返す。
ノエルの目は真剣そのもの、しかし勝負を挑んでくる意図がわからない。
「そう。1対1の真剣勝負。」
何がそこまでノエルを真剣にさせているのだろうか。
今までのクーデリカに対する接し方と、僅かに違っているようでもある。
そもそも、勝負とは具体的に何をするのだろう?
ノエルは対人格闘術に於いて非常に高い能力を発揮すると聞いている。
まさかここで生身の殴り合いでもするつもりなのか?
少しだけ不安に思い、具体的な勝負内容を聞いてみる。
「構いませんが具体的に何で決着をつけるのですか?」
「MMSでの一騎打ち。そっちはホーネットも使っていいわよ。」
生身の争いではないようで少しばかり安心した。
しかし、MMSでの一騎打ちを挑んでくるとは予想外である。
クーデリカはMMSの操縦に秀でたコミュニケーター、さらにホーネットまで使用していいとまで言われた。
確かにノエルも操縦能力の高いパイロットではあろうが、ホーネットを使うコミュニケーターに敵うとは到底思えない。
「手加減はしませんよ?コミュニケーターだからといって相手に情けをかけることはしませんので。」
やるだけ無駄だとクーデリカは思った。
絶対に負けないだけの自信もプライドもある。
だが、少しだけ胸に何かが引っ掛かるのだ。
ノエルも勝ち目が薄いことはわかっているだろうが、敢えて勝負を仕掛けてきた。
何か策があるのか?
そもそも何故勝負を?
「情けなんて元から不要よ。あたしも全力でいくから。」
揺らぎのない目で、ノエルはきっぱりと言い放った。
広大な演習場で向かい合う2機のMMSは、ノエルが駆るプレディカドール、そしてクーデリカが駆るノーヴィアントレーネー。
夕方ということもあり演習場で訓練を行っている者はいないため、広々と空間を使うことができる。
見物人も少しばかりかいるようだが、そこは問題ない。
ノエルは機体を起動させ、火器のスペックを演習モードへ移行させた。
これで攻撃を直撃させてもリアルのダメージは発生しない。
今回ノエルが使用するのはプレディカドール壱式。
先日のニュージーランド攻略戦に際し彼女は弐式を失っていた。
急遽、MMSハンガーの奥に眠らされていた壱式を借りてきたというわけである。
対するクーデリカは完全に修復された状態のノーヴィアントレーネー。
エネルギー砲系統の火器はスペックを演習モードに切り替えることができるが、ホーネットの鋭利な部位は変えられない。
これはプレディカドールのガン・シックルの刃も同じことが言えるが、演習とはいえ下手をすると怪我人を出しかねない。
嫌でも真剣にならざるを得ないのだ。
もっとも、ノエルはこの真剣さを求めていた。
弱いままの自分と別れるため、そしてクーデリカの考え方を、少しでも変えさせるため。
真剣にぶつからなくては伝えたいことも伝わらない。
「こっちは準備できたわよ。」
モニター越しにクーデリカへ連絡を入れる。
向こうもどうやら機体を起動させ終え、だいたいの準備はよさそうである。
「こちらも準備完了です。いつでもどうぞ。」
「一応、外部との通信は遮断しといて。」
それだけを伝え、モニターを切る。
二人を繋ぐのは音声による通信のみ、そして外部からの干渉もない。
「じゃあ...いくよっ!」
ノエルの掛け声と共にプレディカドールは羽を広げて相手に突っ込んだ。
間髪入れずにそれに応えようと、ノーヴィアントレーネーも最大速度で直進してくる。
2機は激しくぶつかり、大きな音と共に鮮やかな火種を飛ばした。
「はぁ、はぁ、思ったより、キツいっ。」
模擬戦の開始から暫くが経ち、お互いに一歩も退かない状況が続いた。
ホーネットから放たれる高エネルギー圧縮照射砲が絶え間なくプレディカドールに襲いかかる。
ホバリングの要領で軽やかに回避するも、ノエルは防戦一方に偏りつつあった。
ノーヴィアントレーネーの口部のカバーが展開し、眩い光と共にレーザー攻撃が吐き出される。
ギリギリまで引き付け、プレディカドールを急上昇させて回避した。
が、クーデリカはこの行動を感じ取り、すぐさまホーネットを飛ばす。
空へと飛び上がったプレディカドールの先で待ち構えるホーネット。
鋭利な部分を向け、獰猛な雀蜂の如くプレディカドールへ群がった。
「流石に厄介ね、これ。」
自分からホーネットの使用を許したのだが、やはり厳しいものがあった。
シックルモードへと切り替えたガン・シックルの刃を振り回し、群がるホーネットの数基を撃破して今度は地上へと急降下。
積極的には近づいてこないノーヴィアントレーネー本体へと距離を縮めた。
「いい加減諦めてはどうですか?コミュニケーターの力、見くびってもらっては困ります。」
腹部に残しておいたのであろう4基のホーネットをさらに射出させ、迫り来るプレディカドールを迎撃する。
ギリギリのところでそれらを避け、勢いを殺すことなくノーヴィアントレーネーへと突っ込んだ。
ガン・シックルの刃と、ノーヴィアントレーネーに追加されたアーム・ブレードがぶつかり合い、再び2機が斬り結ぶ。
「あいにく、あたしは負けず嫌いだから。」
距離を取ってガンモードへ切り替えた銃身から連続で弾を放った。
ノーヴィアントレーネーは旋回して避け、ホーネットによる一斉射撃を繰り出す。
鮮やかな多数の光の筋が真っ直ぐにノエルへと向かってくる。
数発が機体に掠り、機体の警告音が響き渡った。
実際のダメージはないものの、直撃した場合には模擬戦の間のみ被弾箇所の機能を停止するプログラムが組み込まれている。
そんな状況になれば、まず勝ち目はない。
一発の攻撃すら全神経を集中させて避ける必要があるのだ。
確実に攻撃を避け続けてきたが、少しだけ集中力が欠けてきたようである。
クーデリカは恐らくまだ動けるはず。
残りのホーネットも少なくとも6基以上はあるだろう。
ノエルは一瞬でケリを着けようと思考を巡らせた。
しかし、クーデリカは待ってはくれない。
両腕のアーム・ブレードを構え、プレディカドールへと迫ってくる。
射撃による迎撃も虚しく造作もなく回避され、勢いはそのままに距離を詰められた。
ギリギリの距離で何とかアーム・ブレードによる攻撃をすり抜け、バックブーストを噴かして距離を開ける。
が、ノーヴィアントレーネーから放たれるホーネットがそれを許さない。
「ちっ。」
至近距離でのガン・シックルの乱射。
半数近くのホーネットを撃墜したものの、残るホーネットが機体の脚部に食らいついた。
大きくバランスを崩したプレディカドール。
そのチャンスをクーデリカが逃すはずがなかった。
ノーヴィアントレーネーの口部が輝き始め、それが高エネルギー圧縮照射砲の発射態勢だということに気づくのには時間は要らなかった。
この距離ならば、間違いなく直撃する。
ダメージ判定では、恐らく一撃で活動不能状態になるだろう。
だけど...。
「まだ、終われないっ!」
高エネルギー圧縮照射砲が撃ち出され、激しい爆発音と共に粉塵が辺りを満たした。
恐らく、高エネルギー圧縮照射砲は直撃したであろう。
この距離ならば外すわけもなく、間違いなく撃破することができる。
――はずだった。
「!?」
クーデリカは急速に迫る機体の存在を感じ取り、咄嗟にアーム・ブレードを前に構えた。
直後に襲い来る強い衝撃。
粉塵が視界を悪くするが、はっきりとプレディカドールのメインカメラの光が見えた。
一体、どのように耐えたのであろう?
あの距離では回避するだけの時間もなかったはずである。
ましてやホーネットで動きを妨害しており、簡単には切り抜けられる状況ではなかった。
粉塵が薄れ、ようやくプレディカドールの姿がはっきりと見えた。
見ると、前面の装甲が失われている。
直撃する瞬間に意図的に装甲を切り離し、それを盾に使ったというわけか。
クーデリカ自身、焦りを感じた。
コミュニケーターである自分が、エース候補とはいえ通常のパイロットに押されかけている。
モニターを目を向けると、ホーネットとの接続状況が見えた。
焦りを覚えたときに嫌な予感はしていたのだが、やはりホーネットとのリンクに乱れが生じている。
焦りによって、脳波に乱れが生まれたのだ。
その事実がさらにクーデリカを焦りに駆り立てた。
息は少しずつ荒くなり、汗も滲んできている。
「ノーマルなんかに、負けられないのに...!」
ふっ、と浮いたような感覚を味わったのはその時だった。
プレディカドールが一旦、退いたのだ。
アーム・ブレードで力任せに受け止めていたクーデリカは、突然失われた抵抗力についていけず、思わず機体は前のめりになる。
「うっ!」
再び襲いかかる強い衝撃。
プレディカドールが前側の脚部で強力な蹴りを繰り出した。
吹っ飛ばされるクーデリカは空中で機体を回転させ、すぐさま体勢を立て直す。
しかし、その時には既にプレディカドールが目前に迫っていた。
「速いっ!?」
プレディカドールは、すれ違いざまにガン・シックルの刃でノーヴィアントレーネーの羽を切り裂いた。
近接武器は威力の調整ができないため、これは実際のダメージが発生する。
バランスを失ったノーヴィアントレーネーは地表へと墜落、地面を抉ってようやく動きを停止した。
落下の衝撃に耐えながら、ただ唖然とするクーデリカ。
今の出来事に理解が追い付かない、受け入れられない。
「なん、で...?」
コミュニケーターであり強者でもあるクーデリカ自身が、ただのパイロットに負けるなど、あってはならない。
なのに、油断から生まれた焦りが一瞬の内にクーデリカを劣勢へと追いやった。
その事実は、クーデリカを絶望の底へと突き落とすのには十分すぎるものである。
コミュニケーター、強者として負けることも逃げることも誰かに頼ることも許されない自分が敗北してしまったら、何が残るというのか?
ズタズタに切り裂かれたプライドをかき集め、なんとか反撃しなければ。
地獄を知らない臆病者に、負けてなるものか。
自分は皆の盾であると同時に敵を葬り続ける殺戮マシーンのようなものなのだ。
だから、負けることはできない。
自分の存在意義と、恐怖を捨てた凍てつく心を守るため、クーデリカは最後の反撃を試みる。
再びノーヴィアントレーネーの口部から光が溢れ、またも高エネルギー圧縮照射砲を放とうとした。
しかし、その光はたちまち小さくなっていく。
「こんなときに...!」
コクピットに響く機体の警告音。
ノーヴィアントレーネーの残エネルギー量が今にも尽きそうになっていたのだ。
悔しさがこみ上げて唇を噛む。
血の味が口に広がり、思わず顔をしかめた。
存在意義を否定されたようなこの感覚、あのときノエルに言われた『くだらない正義感』という言葉を思い出した。
受け入れられない価値観だとはわかっている。
だが、自分は逃げることも負けることもできない。
何より、正義感から自分は動いているわけではないのだ。
孤独に背負わなければならない罪、そして贖罪のために命を削る。
「マナロフ少尉、前から言いたいことがあったんだけど。」
突然、ノエルからの通信が入れられた。
普段のような突っ掛かるような物腰ではなく、いたって冷静な様子で。
「あんた、コミュニケーターとしての自分に囚われすぎ。」
自分が、囚われている?
何を言っているのか、何も知らない普通の人間が。
そのときのクーデリカの目は、ただ憎しみに満ちていた。
瞳の先には悠然と浮かぶノエルのプレディカドール。
何も、知らないくせに...!
ノーヴィアントレーネーの残エネルギーを絞りだし、残るホーネットを射出させる。
2基しかないが、数十秒は持つはずだ。
そしてノーヴィアントレーネーもアーム・ブレードを展開させ、ホーネットに続く。
だが、焦りと怒りで脳波が乱れきった今の状態では満足にホーネットを動かすことができなかった。
単調な動きのホーネットはガン・シックルに一瞬の内に撃墜される。
それにも構わず、アーム・ブレードを力の限りの勢いで叩きつけた。
しかし、当然だがそんな単調な攻撃はガン・シックルの刃によって簡単に防がれてしまう。
「強者だか何だか知らないけど、これでわかったでしょう?あんたは、あたしと何も変わらない、同じ人間なの。」
やめて、やめて。
自分はコミュニケーター。
強くなって、仲間や妹が守ろうとしたこの世界を今度は自分が守らなければならない。
コミュニケーターである自分なら、自分を犠牲にすればそれが可能だと思っていた。
強者として皆を守る、そう教えられ、そう信じて、そうあるべくしてずっと戦い続けてきたのだ。
それを、否定された。
「私は、負けることも許されないんです。こんな相手に、負けることなんてできないのに...!」
アーム・ブレードを振りかざした瞬間、プレディカドールは前足で再びノーヴィアントレーネーを蹴り飛ばした。
地面に叩きつけられ、横たわるノーヴィアントレーネーの上にプレディカドールが馬乗りになった。
ガン・シックルの銃口は、真っ直ぐにクーデリカを狙っている。
「あんたは、死ぬのって怖くないの?」
突然、質問を投げかけられた。
死の恐怖、そんなものは随分と前に捨てた。
そうでなければ、孤独に戦い続けることなどできやしない。
「怖くありません。私は盾となる存在ですから。」
自分を落ち着かせ、あくまで冷静にそう答えた。
しかし、ノエルに返されたその言葉に、凍てつく心に亀裂が入った気がした。
「嘘。ニュージーランド戦のときね、傷付いたあんたをゼシルがコクピットから引っ張り出したの。――そのとき、あんたの体は震えてた。」
寒くもない場所で、震えていた。
それは恐怖を感じていたからだ。
ノエルに言われて、ようやく気づく。
自分は、本当は死と隣り合わせで孤独に戦うことが怖かったのだと。
だが、それと同じくらい、大切な人を失うのも怖いのだ。
「誰かを守るなんて、恐怖を捨てないとできないじゃないですか...!私が弱いせいで誰かを失うのは、もう嫌なんです...!」
怖くても、逃げることは許されない。
誰かに頼ることも許されない。
これは、クーデリカの覚悟なのだから。
妹のニーナと、かつての仲間を失ったあの日、クーデリカは決意した。
強くなって、皆を守れる存在になる、と。
「何のために隊を組んでるの?あんたは一人で背負いすぎなのよ。死んでいった人達も、きっとそんなの望んでない。人間は、一人で全てを背負えるほど強くは作られていないから。」
心が、今にも音を立てて崩れそうだ。
孤独の中で、ひたすらに敵を葬って形成された凍てついた心が。
「あんたの独り善がりな戦いは、間違ってる。それだけは断言できる。」
プレディカドールのコクピットが開き、中からノエルが出てきた。
その目は真っ直ぐに、ノーヴィアントレーネーのコクピットを見ている。
クーデリカも慌ててコクピットを開け、ノエルを見た。
「あたし達を頼っていい。一人で背負えるものには、限界があるわ。」
「でも...。」
でも、躊躇ってしまう。
ようやく理解してもらえて、それを否定されて。
だけどその否定が、凍りついた心を溶かしていく。
散々反発し、侮辱したノエルが私に救いの手を差し伸べてくれている。
それを、掴んでもいいのだろうか?
隊列を乱し、自分勝手な行動を繰り返した自分には、そんな資格はないと思った。
だから、隊を抜けるのがいいのかもしれない。
ノエルの気持ちは嬉しい。
だからこそ、今更になって罪悪感がこみ上げたのだ。
そう思って、クーデリカは口を開きかけた。
だが――。
「迷う必要ないでしょ?だってあんたは、88中隊の仲間なんだから。」
その言葉を聞いた瞬間、今度こそ間違いなく、凍てついた心は音を立てて崩れ落ちた。
勝手に涙が溢れ、止めることができない。
ニーナ、ごめんね。
私がそっちに逝くのは、まだまだ時間かかりそうだから。
生きて、多くの人を守る。
自分の命を捨てる覚悟ではなく、多くの命を守る覚悟。
そのために、私は戦う。
「バニミール中尉、ありがとう...。」
二人の対立にも決着が着きました。
クーデリカやノエルの今後の心境の変化にも注目です。
次回からは技術開発局の動きも活発になる予定です。
非人道的な実験にまで手を染めた彼らが目指すものも、今後の展開で語られていきます。
では、また次回m(__)m