ズシン、と重く響き渡る音と共に粉塵が巻き上がり、通路を塞いでいた扉が跡形もなく消し飛んだ。
この通路はディアンケヒトの研究施設の地下へ通じているらしい。
より詳細な地図を確認すると、地下からしか中央の実験棟へは行けないことになっていたのだ。
通路の奥へライトを当て、危険がないことを確かめ、速やかに奥へ奥へと進んでいく。
施設のメイン電源が落ちていたためセキュリティも安易なものになっており、侵入することは容易であった。
人為的にAAPと合成させられた男性が残した手がかり、その実験棟はすぐそこにある。
わざわざ地下を経由しなければ入ることができない実験棟には何があるのか。
通路の奥に位置するエレベーターに乗り込み、やがて地下から地上へと近づいていく。
エレベーターは動きを止め、電子案内による音声が目的地へ到着したことを知らせてくれた。
開かれる扉。
ゼシルとクーデリカとエーベルの3人は、飛び込んでくる視界に思わず声を失った。
「ここは...。」
円柱のようになっている中央実験棟は、周囲のスペースは各階層で区切られているものの中央の空間は天井まで吹き抜けの造りとなっていた。
どの階層からも全てを見下ろすことのできる開放的な造形。
しかしその実態は被験体を常に監視するという、開放的とは言い難いものであった。
何よりゼシル達の目を引き付けたのは、周囲の壁を取り巻くように並べられた無数のカプセルである。
「これは、あんまりだね。人を何だと思ってるんだ、ここの研究者は。」
エーベルが思わずそう呟いた。
カプセルに入っていたのは数多のチューブを繋がれた人間だったのだ。
その人間が入っているカプセルが、壁にずらりと並べられている。
悪魔のような博物館、そう例える他にない。
ゼシルは喉の奥から込み上げる苦い味をしっかりと感じ取っていた。
それは、体が無意識に示す拒絶反応。
人間をこんな実験台にしてまでこの研究施設は何を目指しているのだろうか?
施設内で出会ったAAPと合成させられた男性を思い出す。
彼は意識を保ち、不完全ながらもAAPの制御に成功していた。
ディアンケヒトが目指すのは、単にAAPの制御なのか?
さらに言えば、なぜAAPの制御が必要なのか?
思考を巡らせるうちに、気分はさらに悪くなっていく。
込み上げる吐き気を抑え、証拠となりそうなものを探して周囲を見渡す。
ん...?
ゼシルが不思議に思って見つめたのはエーベルである。
フラフラとした足取り、ヘルメット内のスピーカーから聞こえてくるエーベルの声は、荒くなっている呼吸のみである。
「エーベル、大丈夫?」
ゼシルがそう声をかけたその瞬間、エーベルは膝をついて崩れ落ちた。
咄嗟にエーベルの元へ駆けつけ、そのヘルメットを脱がす。
大量の汗と、乱れた呼吸が健康状態の異常性を示していた。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
寒さなのか、それとも恐怖からなのか、エーベルの体はおかしいほどに震えていた。
「クーデリカ、一旦退こう。手を貸して。」
このまま調査を続行するのは無謀と判断したゼシルは副官の権限のもと、撤退を指示する。
エーベルの不調がいったい何から来るものなのかわかっていないのだ。
侵入者を排除するために用意された細菌兵器の可能性も否定できない。
だが――
「大、丈夫...。ちょっと、気分が、悪いだけ、だから...。」
途切れ途切れに言われても、説得力に欠けるのは明らかだ。
副官として、何よりゼシルの信念として、仲間を危険な状態に置いておくのを認めるわけにはいかない。
「ダメだよ。早く診てもらわないと危険だ。」
「僕のことは、どうでも、いいからっ!早く、この忌々しい研究を、絶ち切ら、ないと。人はまた、過ちを繰り返す...!」
あまりのエーベルの豹変ぶりに、思わずゼシルは気圧されてしまう。
いったい何を言っているのか。
過ちを繰り返す?
エーベルは過去に何か経験しているのだろうか。
記憶を失ったのも、そのつらい過去から精神を守るために引き起こされたものだとしたら。
どうしたらいいのかわからず、ゼシルはその場に立ち尽くした。
一方その頃、所属不明機が接近しつつあるという報告を受けたノエルはすぐに迎撃行動へと移っていた。
もっとも、作戦の一環という可能性も否定できないため即座に攻撃を仕掛けるわけにはいかない。
ここはマニュアル通り、通告から入ることにする。
「こちら第88独立機動中隊所属、ノエル・バニミール大尉です。接近する機影に通告します。現在、本領域は我々の部隊の管轄となっています。無断での侵入及び作戦行動への介入は認めません。直ちに機体を降りてください。」
ノエルの呼び掛けにも応じず、所属不明のプレディカドール弐式はだんだんと距離を詰めてくる。
期待はしていなかったが、やはり所属不明機はこちらの話を聞く気はないようである。
「繰り返します、直ちに―」
ノエルが再び呼び掛けようとしたそのとき、所属不明のプレディカドールがガン・シックルから弾を撃ち出した。
「っ!いきなり撃ってくるなんて卑怯じゃない!」
油断していたわけではないが、まさかいきなり攻撃されるとは思わなかった。
狙いも定めず、それでいて正確な射撃。
相当な手練れと見え、面倒な奴を敵に回してしまったとノエルは心の中で不満を漏らした。
お返しとばかりにノエルもプレディカドール弐式カスタムの両手首に搭載されたMMSガンを斉射する。
ガン・シックルに比べて連射性能が向上したこの武装は豪雨の如く弾丸を吐き散らした。
避けるのはかなり厳しいはず、そう思ったのだが所属不明のプレディカドールはいとも容易く射線を読み、見事なまでにノエルの攻撃を回避して見せた。
そのまま旋回、そして急速にこちらへ接近してくる。
ノエルは向かえ撃とうとツイン・シックルを構え、来る衝撃に備えた。
刃と刃がぶつかる衝撃を感じるも、ノエルの口許には不適な笑みが溢れている。
「力比べなら、負けないっ!」
一般機と比べて大型化しているノエル機は、それがそのまま機体のパワーへと直結している。
近接戦闘は、圧倒的に有利である。
切り結んだ2機の優劣は、少しずつノエル側に傾きつつあった。
おそらく、所属不明機のコクピットには関節部への負担を警告するアラートが鳴り響いていることだろう。
所属不明機は一旦距離を置き、不利と判断したのだろうか、背中を向けて研究施設の方向へと向かっていった。
これでほぼ所属不明機の目的がわかったも同然である。
証拠の隠滅。
それしか考えられない。
呼び掛けに応じなかったのも、妨げるこちらに攻撃を仕掛けたのも頷ける。
目的がわかったところでみすみすと見過ごすわけにはいかない。
証拠の隠滅ともなれば施設を破壊するのが手っ取り早い。
そうなれば今回の任務は失敗ということになるし、何より中で調査を続けているゼシル達にも危険が及ぶ。
施設へ向かう所属不明機を背後から狙い撃とうとするも、背中に目でもあるのかと思うくらい確実に避けられている。
「この感じは...。」
射線を読まれ、容易く避けられるこの不快感。
数日前、クーデリカと本気でぶつかったあの時に似ている。
もしかすると、所属不明機に乗っているのはコミュニケーターなのではないかという疑問が浮上した。
だとしたら、この機体を差し向けたのは技術開発局という可能性が高い。
憶測に過ぎないが、嫌な予感ばかりがノエルの脳内を支配していた。
その間にも2機は施設の中央実験棟へと近づき、ノエルにもだんだんと焦りが滲み始めた。
手首のMMSガンを推進式アンカーへと切り替え、アンカーを射出させた。
最初の1発は囮、所属不明機が左側へ回避したところへ左腕からもアンカーを発射した。
所属不明機の左腕を掴むことに成功し、身動きを鈍らせたところへプレディカドール弐式カスタムを急迫させた。
凶暴な刃が、相手の機体を切り裂こうとしたその瞬間、所属不明機は捕らわれた左腕を自ら切り落とし、そのまま宙返りをしてその攻撃を避けて見せた。
さすがの反射神経、いや、反射神経だけではできない芸当であろう。
「まだよ、このままで終われないっ!」
絶好の攻撃チャンスを逃すわけにはいくまいと、返す力で回し蹴りを繰り出す。
ノエルの操縦センスが相手の予想を越えていたのか、今度は避けることができなかった。
展開する脚部ブレードが所属不明機の腹部に食い込む。
火花が散り、勝ったと確信したのだが――
所属不明機はノエル機を脚と残る片腕でがっちりと掴んだ。
そして、そのまま急降下。
「ちょっと、やめなさ――」
ノエルの制止の声も届かず、急降下を止めることはなかった。
眼下に迫るのは、中央実験棟。
実験棟の天井を突き破り、受け身を取ることもできずに床に叩きつけられる。
衝撃による痛みを気にする暇もなく、すぐに周囲を確認した。
ゼシル達の安否が気になってしょうがない。
モニターの端に、3人の人影を見つけて思わず安堵する。
ゼシルとクーデリカとエーベルの3人であった。
しかし、怪我をしたのだろうか、その内の1人がうずくまっているようである。
状況の確認のため通信を入れようかと思ったそのとき、視界の端で動くものを見つけた。
所属不明機がゼシル達に向かってガン・シックルを構えていたのだ。
内部への侵入者の排除、すなわち口封じ。
考えるより先にノエルが動いた。
ツイン・シックルを所属不明機の右腕に突き立て、武装を使えなくする。
後は捕らえるなり尋問するなりして情報を吐かせる、これは大きな証拠となる。
そう思って投降勧告を呼び掛けようと通信を試みようとしたときであった。
「警告です。今すぐこの施設から逃げた方がいいですよ。」
予想外にも、所属不明機から警告が入れられたのだ。
しかし、ノエルがその事以上に驚いたのは、所属不明機のパイロットと思われる声であった。
透き通るような、儚いような。
それでいて確かな意思を備えている声。
「クーデリカ...?」
仲間思いのノエルだからこそ気づいたこと。
所属不明機のパイロットから出る声は、クーデリカの声に酷似していた。
わけがわからない。
クーデリカは今現在、ゼシル達と共にいる。
それなのに何故、敵対するMMSのコクピットからその声が聞こえてくるのか。
「あなた、誰なの?なんで、クーデリカと同じ声をしているの?」
答えてくれるなどと思っていないが、聞かずにはいられない。
先程の戦闘で感じた、コミュニケーターと切り結んだ時の感覚。
いや、あれはコミュニケーターではなくクーデリカ個人と戦った時の感覚なのだと今ならわかる。
考えれば考えるほど、本当に所属不明機に乗っているのがクーデリカなのではないかと思えてきた。
「こちらに答える義務はありません。できればあなた方を殺すことはしたくないので、すぐに離脱することを推奨します。」
淡々とした事務的な受け答え。
出会ってまもない頃のクーデリカにそっくりである。
まもなく、中破した所属不明のプレディカドール弐式から脱出ポッドが射出された。
施設の破壊を目的として、しかし脱出ポッドで離脱した。
そこから導き出される結論は、自爆。
施設の中枢を自爆によって消し去るつもりなのだ。
その事にいち早く気づいたノエルはプレディカドール弐式カスタムをゼシル達の元へ移動させ、覆い被さるように彼らを包み込んだ。
爆発が辺りを包み込み、機体の警告アラートがやかましく鳴り響く。
崩れる瓦礫と灼熱の炎からゼシル達を守るため、彼女は機体の中でひたすら耐えた。
やがて爆発と二次的被害が収まり、ようやく視界がクリアになる。
3人とも無事であることに安堵しつつも、彼女の心の中にはいくつもの疑問が渦巻いていた。
「施設中枢の爆破には成功しましたが、いくつかの機密は漏れたと考えるのが妥当です。」
脱出ポッドで離脱したスタインズの助手である少女、ステラ・サリンジャーはそう報告した。
思わぬ邪魔者に苦戦を強いられ、思うような結果が残せなかったのは彼女にとっても大きな屈辱であった。
「88中隊による妨害ですか。これは予想外の展開ですねぇ。とはいえ、クーデリカ・マナロフを殺されちゃ我々も困りますからね、あなたの判断は正解です。彼らならあの程度の爆発でも死にはしないでしょうから。」
スタインズはやたらとクーデリカを気に入っている。
それはモルモットとして気に入っているということなのだが、ステラにとってはそれすらも気に食わない。
判断が正しかったのだと称賛されても、ステラは何一つ嬉しくはない。
気づかないふりをしてクーデリカを含めて殺そうとしたのだから。
もっとも、ノエルと名乗ったパイロットに妨害されてしまったのだが。
「我々の手でAAPのコントロールをすることは既に可能となりました。『最終浄化』まで時間もありませんし、引き続きあなたには働いて貰いますよ。」
クーデリカ・マナロフ。
その名はステラにとって憎むべきものであった。
バスルームにて、ステラは衣類を脱ぎ捨てて鏡の前に立った。
ノエルと名乗ったパイロットが言うように、ステラの声はクーデリカと完全に同じである。
それどころか、瞳の色も顔のパーツの位置も、毛の色も。
直接見たことはないが、恐らく体つきも完全に一致している。
何故ならクーデリカとステラは、遺伝子上では同一人物なのだから。
「あの子さえ、いなければ...。」
己の存在意義を全て奪ったクーデリカが憎い。
私だって、あの子と同じことくらいできるのに。
クーデリカのクローンとして生み出されたステラは、そのもう1人の自分に憎しみの刃を向けようとしていた。
一週空けるとけっこう久しぶりな感じがしますね。
どんなに忙しくとも続けていく所存ですのでこれからもよろしくお願いいたします。
少し前からちょっとだけ出ていたステラの正体も明らかになり、物語はさらに争いの関係を広げていきます。
最初は単に化け物退治の話だったのですが(笑)
今後の展開もご期待ください。
では、また次回にm(__)m