回想は前回で完結させようと思ったのですが、少しだけ食い込みます。
あの日を境に、私は送信型コミュニケーターとしての能力を獲得した。
まるで、死んでいったニーナが私に力を託してくれたかのように。
異例の送信型・受信型の両方を操るコミュニケーターとして、彼女は何よりも『守る』ことに固執するようになっていった。
急激に意識が現実へと引き戻される感覚を覚えてゼシルは目を醒ました。
クーデリカのコミュニケーターとしての能力で記憶を再生しているうちに意識を失ってしまったらしい。
「ん、重い...。」
視線を巡らすと、クーデリカがゼシルに覆い被さるようにして眠っているのが見えた。
ゼシルに対して能力を行使しているうちに彼女も眠ってしまっていたようである。
クーデリカの顔を見ると、かすかに残る涙の痕。
ゼシルはクーデリカの目元に溜まった涙を指で拭いながら、彼女の記憶を思い出す。
AAPという脅威さえなければ、普通の可憐な少女であっただろうクーデリカには彼女余りにも似合わない悲惨な過去があったのだ。
ゼシル自身とは戦う覚悟も責任の強さも、あまりに違いすぎていた。
あの追憶が彼女が『守る』ことに固執する理由であるのは十分に理解できる。
大きすぎる犠牲を乗り越えて生かされた、その意味をクーデリカは考え、そして犠牲者に対して償うために戦い続けるのだ。
ゼシルはそんな彼女の力になりたいと思った。
少しでも彼女の償いの手助けがしたかった。
記憶を知ってしまった以上、彼女の無謀な戦いぶりを一方的に非難するわけにはいかない。
しかし、ノエルの言う自身の命を大切にする価値観も決して捨ててはならない。
二つの価値観の狭間で、ゼシルの心は揺れ動いた。
どうすれば...。
答えの拠り所を求めるように、眠っているクーデリカの頭をそっと抱き締める。
クーデリカを助けたい、でも無理はしてほしくない。
葛藤するゼシルには、どの価値観が正しいのかさえ、ますますわからなくなっていった。
「ん...。」
そのとき、突然目を覚ましたクーデリカの視線がゼシルと合った。
その目は、抱き締められているというこの状況に困惑している様子だった。
「あ、えっと、これは...。」
咄嗟に誤魔化そうとするゼシルを見て、クーデリカが静かに笑った。
何も言わずにベッドから立ち上がり、小さく伸びをするクーデリカを見てどこかゼシルはほっとする。
クーデリカは再びベッドに腰を下ろし、ゼシルの横に並んだ。
流れる沈黙。
気まずい空気を打ち破るように、ゼシルは気になったことをクーデリカに聞いてみた。
「あの後、AAPに襲われなかったの?」
よりにもよって彼女のツラい記憶を聞き出すようで、すぐにゼシルは後悔した。
しかし、たしかに気にはなったのだ、あの状況ではニーナに続いてクーデリカ自身の見も危なかっただろう。
いったい、どのように生還を果たしたのか。
「はっきりとは覚えてないんです。」
でも、とクーデリカは言葉を続けた。
「光の蝶が、奴らを焼き払ってくれました。」
「光の、蝶?」
思わずゼシルは聞き返した。
そんなファンタジーのようなことがあるだろうか?
しかし、現に彼女は助かっている。
「幻か、単なる夢かもわからないんですけどね。大きな光の羽を持つ蝶、あれに私は助けられました。」
「不思議なことも、あるもんだね。その蝶ってどんな見た目だったの?」
その光の蝶が何となく気になって、ゼシルはさらに質問を重ねた。
しかし―
「単なる夢かもしれません。はっきりと覚えてなくて...。」
自嘲気味にクーデリカは静かに笑った。
夢だったとしても、その光の蝶は絶望の淵にいたクーデリカにとって希望の光だったに違いない。
ゼシルは、その光の蝶とやらに感謝せずにはいられなかった。
「さて、そろそろ僕は帰るよ。今日はいろいろとありがとうね。」
ゼシルはベッドから降り、小さく伸びをして服装を整えて玄関へ向かった。
クーデリカも立ち上がり、ゼシルを見送ろうと後をついてくる。
「ミラーガ少尉、こちらこそありがとうございました。」
「明後日には次の作戦も始まるみたいだ。マナロフ少尉、くれぐれも一人で無茶はしないでね。じゃあ、また。」
彼女の無謀さの理由も理解したが、それでもやはり無茶はしてほしくない。
そう願ってゼシルは念を押した。
それから数日後、アルバード・カース大佐率いる第5MMS突撃機動連隊は第3連隊とともにタスマン海を進んでいた。
ゼシルたち第88独立機動中隊は今回、カース大佐の指揮下でこのニュージーランド攻略作戦に参加することとなっていた。
「そろそろ港が見えてきたみたいだな。」
子供のように窓にしがみついて外を眺めるボマーが言った。
ゼシルやノエルもボマーにつられて外を見る。
「軍事港といっても、流石シドニーね。綺麗だわ。」
近づく港、それはオーストラリアにあるP.E.S.Tシドニー支部の軍事港であった。
世界一美しい港町とされるシドニーは、対AAP用の軍事港となってもなおその美しさを失うことはない。
海に面している区域は主に戦艦や輸送艦の港、その周辺にはMMSの整備ドックがあり、整備ドックの中央に位置する大きな塔が指令部らしい。
建造物や港を守る外壁の壁は軍事らしい金属的なものではなく、石造りのデザインを優先した物となっていた。
もっとも、内側には金属壁を備えており防衛設備としての性能はきちんとしているが。
「青い空、綺麗な海、可愛い女の子!シドニー最高だな!ゼシル、後でナンパでもしに行こうぜ?」
やや興奮したボマーがノエルの目を気にせずにそう言ってきた。
しかし、すぐにボマーは表情を暗くする。
「いや、ダメだな。ゼシルには女がいるんだったな...。」
まだ引きずっていたのか。
肩を落としてしょんぼりするボマー。
それを聞いたノエルは驚きの声をあげた。
「えっ!ゼシル女作ってたの!?」
「あ、いや、そんなことはないけど...。」
必死に弁護を試みたがボマーは落ち込んだまま、そしてノエルは何故か不機嫌になってしまった。
はぁ、と溜め息を漏らすゼシルは窓の外へ目を移し、目前に迫ったシドニー支部の港を見つめていた。
「遠路遥々ご苦労さまです、皆さん。」
シドニー支部へと入港したカース大佐指揮下の部隊は艦のドックで出迎えを受けた。
代表者であろう丸々とした体格の男がカース大佐と握手を交わす。
「シドニー支部MMS隊指揮官、アントニー・バーグ中佐です。今回の作戦は私の指揮下の部隊がお手伝いさせていただきます。」
「総司令本部所属第5MMS突撃機動連隊指揮官、アルバード・カース大佐だ。協力を感謝する。」
バーグ中佐の後ろに控えている隊員の中には、まだ新米兵の者も多いようであった。
オセアニア周辺の最前線基地として機能しているシドニー支部は人員の損失も多いと聞く。
それでもこの基地が最前線を維持し続けられるのはバーグ中佐の指揮能力の高さを示していると言えるだろう。
「むしろこちらこそありがたい限りですよ。ニュージーランドの制圧は元々こちらの任務でしたからね。」
シドニー支部では何度かニュージーランドの攻略を試みたようだが、それでも制圧は失敗したらしい。
そこでカース大佐率いる連隊による作戦を発動したのだが、それでも尚ニュージーランドの攻略に至っていない。
このような経緯から今回のシドニー支部と総司令本部の合同作戦が実施されることとなった。
「さて、これから私はバーグ中佐と作戦の打ち合わせを行う。諸君らは港でも見て回るといい。くれぐれも問題は起こさないでくれたまえ。」
カース大佐の指示により、ゼシルたち第88独立機動中隊を含め総司令本部から派遣された隊に自由行動が認められた。
本当に軍事港なのか疑いたくなるほどに建物の風貌が美しかった。
どこかの観光地にでも来たかのような感覚。
MMSのハンガーさえも外面は石造りの壁だった。
その美しさとは裏腹に、支部の人員から向けられる視線にゼシルは違和感を覚えていた。
「なーんか、周りの目が冷たいのよねぇ。」
ノエルがそう溢したように、支部の連中から向けられる視線がやけに冷たかった。
ナンパしようと張り切っていたボマーでさえ、今やその気力を失っている。
「そりゃあそうだろうな。連中は本部から送られてきた俺らが気に入らねぇんだよ。」
後ろを歩くクイーガーがぶっきらぼうに答える。
自分はこういうことに慣れていると言わんばかりに。
クイーガーの話では、比較的安全な総司令本部から派遣された温室育ちの人間は嫌われる傾向にあるらしい。
もっとも、独立機動中隊であるゼシルたちはきちんとした所属基地はなく、任務によって世界各地を飛び回る立場である。
決して温室育ちではないのだが、最前線であるシドニー支部の人にはそれがわからないらしい。
これから作戦だというのにやけに不安を覚えたゼシルである。
そのとき、何人もの青を基調とした軍服を身に纏った人が、ゼシルたちを取り囲んだ。
シドニー支部の連中であろうか、なにやら不機嫌そうな顔つきであった。
「今度はお前らが手柄を横取りしようってか?」
喧嘩腰の口調でリーダー格の若い男が口を開く。
連中も例外でなく本部から来た人間を嫌うようだ。
「人聞きの悪いこと言わないでくれる?あんたらが遅いからこっちがわざわざ出向いてやってんのよ!」
気の強いノエルはあろうことか口で反撃し始めた。
カース大佐に問題を起こすなと言われたばかりである、ゼシルはどう止めようかと思考を巡らせた。
「そっちは新鋭機ばっかり乗り回して、支部のこっちは配備が間に合ってねぇんだよ。こっちに回してくれりゃあ死なずに済んだ奴らもいるんだよ!」
最前線での悲痛な叫びを聞いた気がした。
彼らは何人もの仲間を失ったのだ、どうしようもない不満と悔しさをどこかにぶつける他ないのだろう。
その穂先が、温室育ちと言われる総司令本部の人間だっただけのこと。
「そんなの、あたしらのせいにしないでよ。人は戦場で毎日死んでいくの。機体のせいとか、最前線だからとかは単なる甘えよ。」
ノエルの反論に若い男が目付きを変え、彼女の胸ぐらに掴みかかった。
それでも、ノエルは物怖じせず真っ直ぐに男の目を見ていた。
「女だからって手加減しねえぞ...?」
その瞬間、男の拳がノエルの頭部を目掛けて繰り出された。
ボマーもゼシルもその瞬間、ただそれを見つめることしかできない。
拳がノエルに達しようとしたそのとき、ノエルが動いた。
最小限の動きで軽く拳を回避すると、逆に男の胸ぐらをつかみ、そのままの勢いで背負い投げを見舞ったのだ。
ノエルは体術においてゼシルと同期の連中の中では最強であった。
当然、ゼシルも勝てたことはない。
突然の出来事に驚きを隠せない若い男は目を見開いてノエルを見上げた。
今度は彼女が冷たい目で彼を見つめて、こう言い放った。
「言っとくけど、あたしらは温室育ちじゃないから。」
いつの間にか出来上がっていた人だかりを掻き分けるように、大柄な男がやって来た。
喧嘩を仕掛けてきた連中の上官らしい、若い男の取り巻きが敬礼をして大柄な男を迎えた。
「なんの騒ぎだてめぇら。」
倒れている若い男を見て、すぐに喧嘩だと見当をつけたのか、ノエルたちに謝罪した。
「俺の部下が失礼したな。シドニー支部所属MMS隊隊長、ヴィンセント・ランドール大尉だ。」
「第88独立機動中隊隊長、ノエル・バニミール中尉です。こちらこそ失礼いたしました。」
お互いに握手を交わし、自らを名乗る。
ノエルが名乗った瞬間、少しばかりか周りががやがやとした。
「あなた方が88中隊か。噂は聞いている。素晴らしい戦果も多々上げているようだな。」
構成員のほとんどが若いということもあるが、発足当時から輝かしい戦果をあげていることで知名度が高かった。
MMSでの初陣で南アフリカ鉱山基地を防衛したことで最近ではさらに一目置かれる中隊となっている。
「まだまだ実力不足です。これからもさらなる活躍のために、精進していきたいと思っております。」
あらかじめ用意されていたかのようなノエルの返答に、ヴィンセントと名乗った大柄な男は愉快そうに笑った。
「はっは!隊長は気が強い女性と聞いていたが、意外と謙虚なものだな。」
もちろん謙虚だというのはお世辞であるのは簡単にわかった。
現実として、本当にあらかじめ用意していた返答なのだろうが、それを見透かされて少しからかわれたノエルはちょっとだけ頬を膨らませて不快感を表した。
「まあ、今回の作戦は合同だ。何があろうと、結局は協力するんだ、お手柔らかに頼むぜ。」
同日の夕方、カース大佐とバーグ中佐の率いるニュージーランド攻略の部隊がシドニー支部を出発した。
MMS30機、そして航空機を搭載した大型輸送艦が数隻、ニュージーランド北部へと向かっていた。
今回の作戦は、ニュージーランド北部まで輸送艦で接近しそこからMMSを積んだ輸送ヘリで遥か上空からニュージーランド本土へと侵入、『樹』から発せられるジャミングが激しくなったポイントでMMSを降下させ目視にて目標物を発見するというものであった。
「降下ポイントを設定、間もなく降下の許可が下ります。」
輸送ヘリのパイロットから第88独立機動中隊へ連絡が入る。
既に何ヵ所かジャミングが激しいポイントが発見されており、戦力を分断してそれぞれのポイントで偵察を行う手筈となっていた。
そもそも、『樹』が一本とも限らないのである。
「しかし中尉、このまま作戦を継続させるおつもりですか?」
ヘリのパイロットがそう言うのには理由があった。
なぜなら、先程から天候が大きく崩れ始めていたからである。
衛星による予報では数日後に到来するはずであり、多少の暴風なら問題はないとされていた。
しかし、大型ヘリが風に煽られ激しく揺れ始めた。
「これ、大丈夫なのかな?」
やけに揺れるヘリに不安を覚えたゼシルはふと一人呟いた。
それを聞いていたクーデリカが、その不安に追撃を加えるかのように答えた。
「嵐です。予定よりかなり早い。」
コミュニケーターとは天気もわかるものなのだろうか?
そんなことより、いよいよ揺れが激しさを増してきていた。
打ち付ける雨が、クーデリカの言葉が正しいと証明しているようである。
「予報がハズれたってわけね。」
支部との通信が乱れる中、作戦の継続は各隊の隊長に任される。
ノエルが現状を確認し、決断をくだそうとしたそのとき、各機体のレーダーが多数の熱源を察知した。
こんな時に限って、AAPの群れである。
「コンテナ解放して、これじゃあ退くに退けないわ!ヘリから迎撃するわよ!」
ノエルの指示で輸送ヘリの下に取り付けられているMMSコンテナの扉が開いた。
開いた扉を足場として彼らのMMSが暴風雨の中に姿を現す。
「けっこうな数だな...。」
「ゼシル、反対側任せる!」
各々の武装から弾丸が放たれ、迫る飛行型AAPを迎え撃つ。
1体も通すまいと絶え間なく放たれる弾丸、それでもAAPの群れは勢いを止めなかった。
「私が出ます。この規模の群れなら親玉さえ潰せば。」
クーデリカがそう言葉を残してノーヴィアントレーネーを発進させる。
暴風雨の中、クーデリカは単機でAAPの群れの中へと突っ込んだ。
「あんたはまた...!」
怒りを露にしたノエルがクーデリカを追うようにプレディカドールを発進させた。
AAPの注意は分断され、ヘリへの攻撃は勢いを弱めたがクーデリカとノエルへの攻撃が激しさを増している、ゼシルも彼女らの援護のためにプレディカドールを飛び立たせた。
「おい、ゼシル!」
「ボマーとクイーガーはヘリの防衛を!」
暴風により機体の安定が保てないのに加えて視界の悪さが重なり、非常に戦いにくい状況であった。
ガンモードのガン・シックルから弾丸を撃つが、なかなか思うように命中しない。
「クーデリカとノエルはどこだ...!」
遥か下方で光る射撃の火。
ノエルのプレディカドールだろうか、随分と先まで降下していたようである。
激しく揺れる機体の中クーデリカを探していたが、それよりも危険なものを見てしまった。
「まずい!」
遥か上空の輸送ヘリが煙を上げて傾き始めていた。
徐々に遠くなってしまうヘリを見ながらゼシルはなおも襲いかかってくるAAPと対峙した。
ヘリと離れすぎたためか、通信をすることができない。
ボマーやクイーガーのことも心配だが、飛び出したクーデリカとノエルのことも心配である。
必死にモニターを確認するが、そこに大きな隙が生まれてしまった。
「うあっ!?」
突如襲ってくる大きな衝撃、AAPの体当たりの直撃を受けたのだと気づくのには時間はかからなかった。
大きくバランスを崩し地表へと落下していくプレディカドール。
そのような状況でも弾丸を放つことは止めず、確実にAAPの数を減らしていった。
近づく地表、けたたましく鳴り響く警告音を聞きながらも機体のバランスを元に戻すこともできず、ゼシルのプレディカドールは地表へと落ちていった。
第8話でした。
やたらと人物多くて書いてるうちに誰だっけとなることもしばしば。
10話突破した辺りで人物や機体をまとめた物も本編と別に投稿しようかと。
来週はやや多忙でございまして、もしかすると更新が遅れるかもしれません。
では、また次回にお会いしましょうm(__)m