北の盾たる己が身を   作:黒頭巾

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当分の間20時更新になります。遅れるときは割烹で。


自身

一部は曹操と袁紹。

二部は曹操と李瓔。

三部は司馬懿と諸葛亮。

 

彼がやってきた外史での二世紀の中国と言えば、各地に英雄が散らばり、魅力的な将星が数多く登場した人気の時代であった。

 

ゲーム化もされ、ドラマ化もされた。アニメ化すらもされている。

 

だいたい『主要人物』というもので三部にわかれたその数十年に渡る戦乱の歴史は、後漢末期、黄巾の乱を端に発していた。

 

三部は遺された軍師同士の智略合戦。

二部は、優秀な血族武将と五大将軍を揃えた『覇者』対『神謀』率いる三将―――突撃専門の部将・華雄と、知勇兼備の名将・趙雲、彼にのみ仕えた天下無双・呂布という、この時代最高峰の武将たちの戦い。

そして一部では、多くの英雄が頭角を現してから曹操と袁紹の戦いを書いていた。

 

自分は今、そこに居る。いや、来てしまった。

決して安心できるような状況でも何でもないから、本を読んだりディスプレイを見たりして傍観者を気取ったりすることなどできないし、性別も一部変わっているが、それを差し引いても尚憧れた英雄たちに会えるというのは彼の心を踊らせている。

 

特に今は、黄巾の乱の最終決戦。各地に散らばって本来一同に介すことなどないはずの綺羅星のごとき英雄豪傑がこの冀州の一郡で、山と川を挟んで対峙しているのだ。

 

英雄的颯爽さというものしかない物語上の戦場とは違う、生の怖さと残酷さのある戦いを経験してきたからか、彼の純粋な『会いたい』と言う思いは警戒心にその何割かを占められている。

 

(孫策、孫権、袁紹。やっぱり大勢力を築く人間は英雄的な威があるものなんだな……)

 

単純に英雄豪傑という人種が軒並み美女美男であるこの世界に感謝する訳ではないが、そのお陰で彼はかなり歴史に名を残す者とそれ以外を―――反則めいた方法とは言え―――識別できるようになっていた。

 

勿論その名前が知れればなるほど、威があるなと言えるが、見てすぐ脳内にある名前と姿が合致するというわけではない。

何せ女体化しているし、男のままでも多少なりとも変化している。

 

まあ、孔明の扇、関羽の青龍偃月刀、張飛の蛇矛、呂布の綸子と言ったものが著名な、見ればひと目でわかるトレードマークは保持されているようなので有名所は苦労しない。

 

三國無双とか、そういうメディアを知っていればわかる程度の武将ならば、特徴だけで見分けることが出来た。流石にビームは出さないが、遠目から見るだけでそれとわかる。

 

(李瓔は居るのか?)

 

後ろに黒くてデカくて武人な呂布が居れば確定―――というよりも、この世界ならば綸子と方天画戟を持った男か女かがいればだいたい李瓔……なはずだった。

 

後は、赤兎馬を持っていたりすれば本当に呂布である為、呂布をつけていけば李瓔がいるということになろう。

 

しかし、公孫越の陣を見てみても綸子もなければ赤兎馬もない。方天画戟も、ない。

 

(本人は唐突に呂布とか出してくるけど、それは創作物での話だろ……あと、帽子とか?)

 

ボスラッシュの面では趙雲を超強化して繰り出してきたり、本陣に華雄を突っ込ませたり、危機が迫った瞬間に呂布をプレイヤーの操作キャラの後方に出現させたりと魔術めいたことをしているが、別にこの世界でも史実でも李瓔が魔術を使えるわけでもない。使えていたらあんなに呆気なくは死ぬはずがないのだ。

 

「何をしてるんだい?」

 

穏やかな、味のある声。

戦場で味方を督励し、敵を威圧するような声ではないが、深みのあるような印象があった。

 

「い、いや、その……」

 

どこかやる気のなさそうな、如何にも戦場に居なさそう『らしくない』男に後ろを取られた彼は、怯む。

視察の許可はもらっているが、ここまでジロジロ見ていては別なことを疑われても仕方がなかった。

「まあいいさ。見たいなら好きなだけ見ていったらいい。責任者は公孫の旗の立ってるすぐ側の幕舎に居るよ」

 

「お、おう……」

 

答えに窮したことに何を感じたのかは分からないが、僅かな情報を与えると共にその男は去っていく。

 

最初の『見ていくといい』でかなり権限がある将なのかと―――例えば公孫越なのかと思ったが、幕舎に居ることを明言するあたり違う、ということか。

だが、一武将であることには変わりないのか、或いは実際は何ともない思わせぶった一般人なのか。

 

それはわからないが、彼の名を掴めるような特徴や情報は得られなかった。

 

「訊けばよかったかな……」

 

でも、探しているのは曹操のライバルたる智将。史書に『その頭は本人の肉体が活動を停止している間にも策謀を練っていた』と書かれている以上、喰わせ者的な印象が似合う、気がする。

 

北郷一刀。天の御遣いと呼ばれる彼は、自軍の誰よりも早く、後の強敵との邂逅を果たした。

 

「あれが、天の御遣いと言う人物か……」

 

傍から見ても遠目から見ても異端な服装をしているのに、本人はその異端さに気づかない。

意識はしている。しかし、疎いといったところだろうか。

 

潁川で司馬徽と共に学問に励み、卒業式で貰って以来、揺り椅子の小物入れに突っ込まれていた帽子を久々に出す。

呂布のことが心配で、居ても立ってもいられない。命令したのは自分なのに、である。

 

(華雄が居れば、安心なんだが)

 

手綱さえ握っていたらその突撃に偏重した全能力を遺憾なく発揮してくれる征北将軍時代の属将は、今は居ない。

確か下賤の身だからとか何だかで百将だった彼女を、引き立てた。

 

突撃に移る時の統率力には目を見張る物がある。そう感じた己の目に間違いはなく、彼女は手綱さえ握っていたら結果を出してくれた。

 

「……いや、独立行動させるのは危険か。どっちにしろ、恋に行かせることになっていたのかな」

 

心配だ。戦の最中にあってもこのような焦燥感と心配に襲われたことがないほどに、心配だ。

 

仕方ないから、寝転がる。意識を落とし、寝たふりをする。

 

というよりも、成功を信じて待つより他にないのだ。目を瞑って心の動揺を抑えるより、他にない。

 

いつも寝たらすぐに作動を止める脳は、何回も繰り返した補給線切断のシミレーションに動いていた。

 

一方、珍しく彼を焦らせ、心配させている呂布はといえば。

 

「隊長、もう少しで李師殿の攻撃指定地点につくと思われます」

 

「…………」

 

天性無駄な緊張というものをしないタイプなのだろう。

ぽけー、と。戦の前とは思えないほどのリラックス振りを見せていた。

 

それが兵たちにとっては頼もしくもあり、心配でもある。

彼女の保護者は確かに常に行儀悪くぽけーとしているが、戦になると行儀の悪さはそのままに幾分か目つきが鋭くなった。

 

彼等は、油断しているままに彼女が死にはしないかと気が気ではなかったのである。

 

「……あった」

 

方天画戟を脚と馬腹の間に挟むと、長距離狙撃用の鉄弓を周りの兵が止めるまでもなく引き絞り、呂布は何の狙いも定めずに放った。

 

少なくとも、そういうふうに見えた。

 

「……退けば殺さない。退かなければ殺す」

 

放たれた矢が向かった方向、即ち前方でざわめきが起こる。

見ているぞ、という威圧なのか。或いは適当に偉そうな奴を見繕って狙撃したのか。どちらなのかはわからないが、木と距離という防壁に守られた前方に、輜重隊が居ることは確かだった。

 

「お前ら、官軍か!」

 

「……官軍?」

 

「幽州遼西郡太守、公孫伯圭殿が一軍だ。輜重を置いて速やかに退けばよし、退かねば力づくにでも奪わせてもらう」

 

どうにも軍―――というより、集団に属している認識の薄い呂布に代わり、彼女の副官がそれに答える。

漢になど忠誠を誓っておらずとも、体面を取り繕わねばならない時があることを、副官はよく知っていた。

 

「誰がやるか!そもそもお前ら官軍が―――」

 

輜重隊を率いる隊長らしき男が反論を叫んだ瞬間、両軍を阻んでいた木の防壁が彼と彼の周りにいた兵卒の頭部を圧し潰した。

 

「……なら、死ぬ」

 

距離の防壁を一息に詰め、木の防壁を一薙ぎで切り飛ばして武器に変えたのは、呂布。

決定事項であるかの様に告げられた死と、圧倒的な武。

 

終わりを告げる死神の鎌のように、再び方天画戟が振るわれた。

 

フォン、と。軽く空気を鳴らすような音と共に、首が三つ四つ空を飛ぶ。

この二動作で、彼女は己が視界に入れる分の戦場を支配した。

 

木を纏めて薙ぎ倒し、やる気の無さそうな軽い一振りで二、三人の首を跳ねる存在に誰が挑み掛かる。

誰が、この災害のような武威を止める。

 

皆が一様にそう思い、皆が一様に隣を向いた。

将を失ったが故の指揮系統の混乱と、予想外の武威による混乱。更に、彼等は戦闘部隊よりも練度に劣る輜重隊である。

 

先ほどのやり取りから察せられるように士気は高いが、それは不満というものによって生じた突き上げのようなものでしかない。

 

誰もが感じる程度の不満を災害に出会した時にも尚意識して持てたならば、それは凡人ではなかった。

人間は先ず、不満より何よりも生命の意地を優先する生き物なのであろう。

 

「ば、化け物だ……」

 

どうにもならない差を感じ、士気をあっという間に霧散させた輜重隊の兵たちは、三々五々になって逃げ始めた。

もはや、彼らにとっての官軍は酒の肴代わりに不満を叩きつけることのできる対象ではなく、明確にして純度の高い恐怖として存在している。

 

千人の輜重隊は五百の騎兵の姿を見るまでもなく、たった一人の武威を見て逃げ出した。ならば、呂布がすることは一つである。

 

「駆け、弓構え」

 

馬を通常速度から全速力の三分の二の戦闘速度へ転換し、呂布は逃げ散る黄巾の賊徒を指した。

 

「撃て」

 

言葉が漏れた瞬間には実行に移されているという素晴らしい練度を見せながら、隣郡や異民族に向けて幾度となく繰り返した騎射が逃げる者の背中を捉え、放たれた矢がその鼓動を止める。

 

ばたばたと斃れていく敵の速度に合わせて馬の速度を落とし、距離を保ちながら呂布は更に駆けた。

 

「二回目。撃て」

 

五百が二回攻撃したからといって、正確無比に千人すべてが矢に貫かれて屍となるわけではない。

ある者は矢を受けても死なないだろうし、当たらなかった者もいるだろう。

 

故に隊列も何もなく逃げ散る彼等は、二百程にまでその数を減らすに留まっていた。

 

「反転。第一・第二・第三部隊が輜重を運びつつ撤退、第四部隊が警護」

 

第五部隊の百騎を己の供回りに残す旨まで聴いた五百騎は、四百と百の集団にわかれる。

呂布と副官を含んだ第五部隊は狭い山道に陣取り、残りの兵は狭い山道を引き返し、元居た林道へと輜重を運び込む。

 

その光景を見た副官は、呂布に向けて鋭く問うた。

 

「不徹底ではありませんか」

 

「……?」

 

「輜重を運び込むことを優先するならば追撃は要りませんし、後顧の憂いを断つことが目的ならば殲滅し切るべきです」

 

少し考え、呂布は静かに頷く。

彼女なりにこの後のことを考えてやったことだが、兵を用いることのみで考えればどうやらそれは悪手でしか無かったようだった。

 

「……目的、ある」

 

「ならよろしいのですが」

 

何の目的もなしにただ失敗するよりは、何かを考えて失敗したという方がマシである。

その目的が何なのかまでは、この副官にはわからなかったが。

 

「敵が来たら、逃げる。恋がここに居て、殿」

 

「失礼ながら、お一人で戦われるのでは用兵とは言いませんぞ」

 

「勝てる戦、だから」

 

兵の被害もなしにやり遂げた以上、それに何らかの付加価値を付けたい。

それが用兵の本道から離れていようが、呂布という人間がなるべき姿となる道として見れば確実に正しいのだから。

 

「……恋も、布石にする」

 

「そうですか」

 

一礼して部隊の指令に戻る副官を目で追うことなく、呂布はただただ前を見つめた。


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