北の盾たる己が身を   作:黒頭巾

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憂鬱

最高硬度を誇る楚鉄を鍛えて造った盾を構えれば矢の雨も槍も物ともしない重歩兵を盾に、連弩を持った弩兵が気が狂ったかと思う程の量の矢を雨のように降らせ、李家軍は百に満たない犠牲で敵軍に一万にも昇る負傷者を出していた。

 

連弩には威力がない。だが、無視して進めば死ぬ。

その程度の威力しか出さないことで馬鈞はコストの削減を計っていた。直接敵を射殺するのは強化複合弓や、強弩と言った兵器である。

 

連弩はあくまでも敵の行動を阻害するためのものに過ぎず、よって矢も粗悪な廉価品が使われている。

 

故に残りの矢を計算して李師の戦術決定に役立てるべく、そして無用な消費を抑えるべく従軍している賈駆は、今のところ平静だった。粗悪品だし、値も安い。

 

彼女が初めて溜息を付いたのは、敵の負傷者が三斉射で八千を越え、敵が盾を頭の上で構えはじめた辺りだった。

 

「やめなさい、やめなさい……!」

 

彼女の願いはただ一つ。比較的軽微な経済的損失でこの戦いが終わることである。

戦争をしているから、易京内の経済は急速に回っている。利益も出ている。しかし、それでもなおこの戦争は長期にわたっても問題のないことではなかった。

 

易京道を封じられ、戦の渦中にあるということが経済的な流通を妨げている。それが賈駆の悩みの種となっていた。

 

「よし、いい感じだ」

 

「……計算通り?」

 

「うん。あと一回斉射を喰らわせ、強弩で一気に薙ぎ払う。これで、敵も動くだろう」

 

尊い人命が曹操軍で三千、李家軍で二十人ほど永遠に喪われることで継続されてきた我慢比べも、そろそろ終わりに近づいている。

 

彼のとった作戦は、例によって例の如く心理的な物だった。

 

つまるところ、『自軍が物力において有利である』という正しい認識を『錯覚なのではないか』と誤認させ、心理的抑圧と不信を植える。

更には雨のように降る矢を『盾を構えれば防ぐことができる』と認知させ、その認知を覆す。

 

この二回の事前認識の覆しによって、敵には不信と恐慌が渦巻くに違いない。何せ、向こうは農兵が多いのだ。

 

職業として兵をやっている人間というものはまず自分の身体を自分でコントロールすることから始める。それから更に己の心理をコントロールすることに移る。

そうしなければ指揮官の指令を待つ前に己の心身の挙措によって勝手に動いてしまう。

 

しかし、農兵は違った。そんなことをやったこともないし、やるべきだとも思っていない。

 

「目の前で相対している敵将は優秀だ。その敵将の後ろに立っている曹兗州殿もまた、優秀極まりない。私などが勝てるのは、一般兵に対してでしかないのさ」

 

「おお、仰る。鍾会、荀彧、夏侯淵、夏侯惇、毌丘倹、李典。名だたる敵将をどのような形にせよ連破してきた御方の言とは思えませんな」

 

肩をすくめておどけてみせる李師に、趙雲は皮肉気な笑みを浮かべる。

これまで戦っては必ず敗けず、戦略的にはともかく戦術的には全体が敗れても、戦力が如何に開いても彼が受け持った一区画においては必ず五分と五分以上に持ち込んでいた。

 

「前者二人は有利なところに引きずり込んでの、妙才には避戦を貫いて全体の読みで勝っただけだし、夏侯惇には強かな逆撃を被った。以下二人は籠城戦でだ。連破してきたという表現を使うには、陳腐に過ぎる」

 

「どのような形にせよ、勝ちは勝ちです。大声で触れ回っても構わないと思われますが?」

 

「私は、人殺しの手腕で誇ることをしたくはないのでね」

 

功名心と名誉欲など欠片も持ち合わせていないあたりに、彼の彼たる所以がある。

 

例えば趙雲がこのけしかけに乗った李師を目の当たりにすれば、珍しく驚きに顔を染め抜くことになるに違いない。

この乱世に向いている才能の豊かさと乱世に向いていない我欲の乏しさが趙雲の眼にかなったのだから、この趙雲の苦労と煽りは自分で買い込んだものだと言えた。

 

「二斉射、終了。一段目の弩兵の武器の換装、終わりました」

 

「一点に狙点を固定することなく、面で敵を圧す。二段目の弩兵はそれぞれ相対している敵に天頂方向に、一段目の弩兵は前方に向けて斉射三連。そうすれば何かしらの動きが見えてくるはずだ」

 

田予の報告に対して、まず指示の内容を、次いで採択する手法を、最後に予測をつけて指示を下す。

私人としてならともかく、公人として、即ちサトリめいた能力を持つ将帥としてその異才を発揮している時は何を考えているかわからないということに定評がある彼にとって、己の目的と手法とを明確に口に出すのは円滑な指揮統率において重要なことだった。

 

敵としては、これほど嫌らしい命令もない。将は天頂方向から矢を降らすだけが敵の能ではないことを知っているが、兵は目の前の天頂方向からの矢に対応するだけで精一杯。

 

盾を二枚備えているわけでもないし、天頂方向から矢が来ているのに敵は別な方向から射撃してくるかもしれないから前に構えろ、とは言えない。

いつか射撃が前方から来るとわかっていても手の打ち様がないのである。

 

「準備完了」

 

「撃て」

 

放物線を描いて天頂方向から飛来する連弩から放たれた三万二千本の矢と、直線軌道を描いて前方から飛来する強弩からの八千本の矢。

 

全軍の二分の一近くが弩を装備しているという極端な編成をしている李家軍の優位を活かした二本面からの猛射が、天頂方向からの射撃に対抗することに意思を向けていた曹操軍に襲い掛かった。

無論曹操軍も盾を構えた重歩兵をして直線軌道を描いての射撃に備えている。しかし、李家軍には威力と射程に重点を置いて改良された強弩と、もとより他の短弓とは威力も射程も桁違いの強化複合弓を惜しみなく配備されていた。

 

少数は、精鋭でなくては意味がない。精鋭の扱う武器は、最上でなくては活かしきれない。

 

李師の人命第一の姿勢が装備の向上に繋がり、李師の農兵を使うことに対しての忌避感が、この戦闘を職に据える精鋭の外骨格を作っている。

李家軍が李家軍と呼ばれる所以が、そこにあった。

 

この前面の兵を薙ぎ払うような射撃は、当然ながら物理的な衝撃を齎す。即ち前面の重歩兵の大半が骸と化したのである。

 

この光景を眼にした農兵たちは、もはや平常心では居られなかった。

その平常心にしても、戦場という異常の中での平常、ということでしか無い。それにしても、農兵たちがこの自軍が装備において負けている中での我慢比べに耐えられそうもないのは確かである。

 

現にこの時、曹操の本営には三騎の伝令が駆け込んでいた。

 

「華琳様。最前線の第三・六・九軍団から攻勢に転ずる許可を戴きたいとの伝令が入っています。如何がなさいますか?」

 

これを応対し、意見を取りまとめて曹操に言上したのは第十軍団を徐晃に任せた荀彧。

謂わば彼女が、李家軍での田予が受け持っている役割の片割れを受け持っていることになる。

 

「このまま続ければ、敵の疲労も蓄積する。今はこちらが圧されていても、五刻も後になればこちらに均衡が傾くことになるのは必定だけど……やはり心理的な抑圧と操作ではあちらが上、ね。

認めると返しなさい。どうせ仕掛けざるを得ないのだろうなら、せめても主導権は奪い返す気でいかなければならないわ」

 

主導権。

この言葉を曹操が口にしたとほぼ同時刻、李師はこの言葉を口にした。

 

「さて、敵から貸していただいた主導権を投げ返してやるとするかね」

 

彼は開戦前に、戦において重要な主導権と言うものを扱う心得についてこう談じている。

 

『私が手を伸ばせばギリギリ届き、敵は無理して手を伸ばさなければならないところに置いているのさ。

迎撃が主なこちらとしては、一度取ってしまえば取ろうとして近づいてくる相手を見つけることが出来るし、対処もできる。無理して手を伸ばしたならば、その手を斬ってやることもできるわけだ』

 

敵は、主導権を握っていた。しかし、今回李師がその主導権を奪おうとせずに意地悪く立ち止まっていたから、主導権を握ったまま迫ってきた。

敵が待ちの姿勢を捨てて迫ってきた時点で、握っていた主導権は李師側に戻ってきている。

 

このことに、曹操は気づいていた。

 

『自分が強いた』状況下から、敵が自分の行動を強いてきたことを。

 

敵はどう迎撃してくるのか。

曹操が考えているのはそれだったが、これは敵のとった鶴翼の陣形と、敵将の思想から生まれた固定観念だと言える。

 

戦争というもので持てば有利になる主導権を、投げ返して来る者が居るとは思っていなかったのだ。

これが夏侯淵ならば、気づいていたであろう。しかし、曹操は李師が用兵の常識範囲内でありながら、常識外に見える行動を取ることを知らなかった。

 

夏侯淵には馬首を並べて戦い、相対して知略を尽くして戦った経験がある。

能力の差というよりも、対戦相手を如何に知っているかの差だと言って良い。現に李師も、曹操に対しては心理戦を仕掛けていなかった。

 

お互いに様子見の体が、色濃く宿っていたのである。

だから李師は敢えて自分の意志を見透かさせるように騎兵の速さを活かした速攻を使わず、また鶴翼という迎撃の陣形をとった。

 

次に李師が下した命令のタイミングは、彼の将としての最大の武器である『眼の良さ』を存分に活かしたものだった。

 

敵が強弩と強化複合弓によって射竦まされている状態から一転して攻勢を仕掛けようと戦力を集中、突出させようとした瞬間に、彼はそのポイントに向けて射撃を集中させたのである。

 

「今だ、撃て!」

 

陣形の隙、戦の流れ、敵の意図。

 

彼が見る凡人と変わらぬ風景の中に、軍が映ればこれだけ見えるものが増えると謳われた李師の真骨頂が、この戦の序盤で早くも現れていた。

 

謂わば彼の行ったことは、甲羅にこもっていた敵が出ようと頭を出した瞬間に横っ面を引っ叩いたに等しい。

強かに逆撃を被り、雪辱に燃える鍾会のもとで反抗に転じようと試みた第六軍団の行動は、兵力集結を行った部位を踏み潰されて頓挫した。

 

この瞬間に、主導権の在り処は時が戻ったが如く一つ前に巻き戻される。

 

李家軍は、曹操の当初の狙い通り攻勢に転じたのだ。

もっともその行動には、あくまでも変化した敵の狙いを阻害するという嫌らしさが付き纏っているのだが。

 

「成廉・魏越の両戦隊に、敵陣の左右を突かせてくれ」

 

「はっ」

 

田予が伝令を送ると、呂布隊の両翼が千騎ずつを率いて前進した。

中央部に固まり、更にはその固まりを一点集中射撃で踏み潰された敵の薄弱な両脇を突く。

 

鍾会と言う優秀な指揮官の元で、一見何でもないように見せている敵陣の隙と穴が風景的な欠落として見えているとしか言えないような正確さで、彼の攻勢は急所を捉えた。

 

「敵陣を左右両脇から包み込み、一斉射。それで突破が可能になるはずだ」

 

「……一押しなら、恋が行く」

 

直属集団の三千騎を率いて先鋒とは名ばかりの本陣護衛に従事している呂布は、我が出番とばかりに自推する。

これまで、自分の武を彼の戦術に対する計算に入れられていない、即ち代替の効く手駒でしかないという自覚のあった呂布からすれば、こういう誰でも出来るような機会でコツコツと働いていくことが習慣化していた。

 

つまるところ、李師は用兵の理想である『属将に誰を使っても勝てるような策を立てる』ということに頭を悩ませ、隷下の将に苦労をかけないようにしていたのである。

呂布にはそれが誇らしくもあったし、少し悲しくもあった。

 

「いや、いい」

 

「……恋でも、できる」

 

張遼は一翼を任されている。張郃も一翼を任されている。華雄と淳于瓊は予備戦力として重宝されている。麴義は重歩兵の統率で使い回されている。趙雲はいつも彼の策の中核を担っている。

 

『この将だからこそできる。この将でしかできない』というような配役はないが、個性に応じてある程度の役が決まっていた。だが、呂布に割り当てられるのはいつも誰でも出来るような任務でしかない。

 

呂布は、自分を道具や駒と同一視して使って欲しかった。将としての信頼が欲しかった。

 

「今回、私は恋の力に頼らなければならない。頼らなければ勝つことが難しい。だから、温存しているんだ。君にしかできないことを、こなして欲しい。いいかな?」

 

「……恋、使って欲しい。嬰に、いっぱいいっぱい、使って欲しい」

 

頭から伸びる二本の触覚めいた髪を嬉しげに揺らしながら、呂布は飼い主に懐いている仔犬のように李師の身体に自分の身体を擦り寄せる。

実際は虎か狼かの類いだが、その人懐っこさは仔犬だった。

「あぁ、使わせてもらう」

 

わしゃわしゃと真紅の髪を撫で付け、李師はその面貌に深い自己嫌悪をにじませる。

自分の娘までをも、利用しきらねばならない。

 

利用しきる為の策が簡単に思いつくことも含めて、彼は己が心底憎らしかった。

 

「…………副司令官。手筈通りに」

 

「はっ」

 

敵の突出を牽制する鶴翼から、鋒矢へ。

嘗て荀彧が使った攻撃法を、李師は殆ど完璧な形で実行した。




恋(従属型依存形):憂鬱→がんばる
李瓔(独立型不羈形):憂鬱→自己嫌悪

同じような起点でもこの差である。

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