北の盾たる己が身を   作:黒頭巾

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一日で二話書くのは疲れると思った今日この頃。
次あたりで決着かなー、と。


遅滞

呂布に一回の突撃で陣を崩されたことに懲りたのか、李傕と郭汜の軍再編は慎重を極めた。

 

先ず、全軍を潼関に押し込める。

その後に一隊一隊編成し、五隊をひとつにして外に出す。

 

もう呂布が来ないことを知っている者から見れば滑稽にすら思える光景だが、それだけ李傕と郭汜は呂布を恐れていた。

何せ、殺せない。本人を殺せる気がしないし、その上に立つ男も無能とは程遠い男である。

 

李傕と郭汜は如何に敵を殺すか、と言う非建設的ながら建設的な思考ではなく、如何に自軍の利を利用するかと言う消極的思想に立って考えなければならなかった。

 

その光景を、周泰率いる隠密から聴いた李師は眉を顰めた。

敵は無用の恐れを抱いているわけであるが、むしろ小勢を小勢と侮る方が手痛い打撃を受けやすかったろう。

 

こちらの陣構築の時間を稼ぐためとはいえ、呂布の突撃で李傕、郭汜の脳に慎重さが刻みこまれてしまったのだとすると、時間を稼がずに侮らせたほうが良かったのではないか。

 

兵力差が隔絶とし、敵が全く侮らないというのは曹操軍との戦いと同じであるが、李師は今更ながらそのことに対して閃いた打開策の穴を探していた。

 

「どう思う?」

 

「知らないわよ。ただでさえ建築で忙しいんだから、ボクをこんなことを理由に呼び出さないでよ」

 

参謀が居らず、総司令官以外には現場指揮官しか居ない。

そんなアンバランスな構成をしている李家軍で、唯一参謀になり得るのがこの賈駆である。

 

李師は智略に優れているとは言っても神ではない。

他人の視点、というものを見逃すことも往々にして有り得る。

 

それに備えて、賈駆はよく呼ばれていた。

 

「と言うより、逆に考えたらどうなの?」

 

「逆?」

 

「いつもやってるじゃない。危機を好機に変えるっていう、アレ。慎重さを逆用して好機に変えてみなさいよ」

 

ピタッ、と。

李師の行動が一瞬完全に停止した。

 

比喩ではない。賈駆の前で、李師は完全に停止したのである。

 

「……そうか、そうだな。これは寧ろ好機だ」

 

流石に人間であり、李師も長安と砦九つを陥とすための奇襲十連戦に疲れていた。

 

その結果として思考が僅かに鈍っていたのだが、この瞬間にそれは完璧に無くなった。

李師は、寧ろ困難な初歩に立ち返ったのである。

 

「……じゃあ、ボクは戻るわよ」

 

「ああ、ありがとう」

 

地図を取り出してブツブツと言っている姿は不審者にしか見えないが、その頭は恐らく誰よりも―――少なくとも、この瞬間は―――速く回っているに違いない。

 

その回転の速さにかけて、賈駆はその場をあとにした。

 

そして。

 

「敵軍がやってきた」

 

ついにその時がやってきたとき、李師はむしろ晴れやかな様子で諸将を見回す。

その顔には自信があり、閃きがある。普段の様に不景気な顔をしていないという点があるものの、彼の変化は寧ろ普段よりも信頼感が増す原因となっていた。

 

「吾々としては時間を稼ぐ。これだけでいいんだよ。私はそのことを忘れていた」

 

「無理に撃退しようとしていた、と?」

 

「そう。苦労を買い込もうとしていた。馬鹿らしいことさ」

 

だからこんなにも明るいのか、と、確認のように問いを投げた趙雲は思う。

この男、基本的に戦うことと面倒なことが嫌なのだ。その二つが重なっているといえば、もはや憂鬱しかなかったのだろう。

 

しかし、怠けられる余地が出てきたとあらば話は別だった。

 

「星」

 

「はっ」

 

「巧く敗けなくていい。如何にもなにか有りげな、素人の敗け方をしてきてくれ」

 

趙雲と言えば、李師の作戦のトリガー役であるということは天下に知れ渡っている。

それにかかわらず敵を誘導し、嵌められるのが趙雲の用兵の巧みさというものだった。

 

それを敢えて、李師は禁じた。

 

「敗けるのは簡単でしょう。が、敵は釣れませんぞ?」

 

「釣れたら困る。何の備えもないからね」

 

肩をすくめて備えが無いことを公言する李師の意図を読み、趙雲はニヤリと笑みを見せた。

人を喰ったような作戦が好きであり、自身の性格からして人を喰ったようなものである趙雲としては、この策は好みだったのである。

 

「なるほど、何かある、と思わせ続けるわけですな?」

 

「実際は何もない。が、私はともかく、君は底意地が悪いから『やるからには何かがある』と思われがちだ」

 

「ハハハ、逆でしょうに」

 

「逆の逆は表だよ、星」

 

いつものようにブーメランを投げ合っている二人を傍から見て、華雄は不敬だな、と感じつつ思った。

 

『底意地の悪さと腹の黒さではどっこいどっこいだろう』、と。

 

「まあとにかく、星はわざと敗けてくれ」

 

「お任せあれ」

 

「恋は右翼に回り込む素振りを見せて、陣の中に戻ってくれ」

 

「……ん」

 

「張郃は恋の陽動が終わったら逆方向に同じような陽動を」

 

「承知いたしました」

 

一通りの指示が終わったあと、李師はやけにそわそわしている華雄の方に視線をやる。

そわそわしているのを見られた恥ずかしさと、役目があることを悟ったが故のやった、とばかりの反応を同居させながら、華雄は尻尾があればそれを振っていそうな機嫌で李師を見た。

 

「華雄は待機」

 

「……り、李師様。私に、その出番は」

 

「ある。敵に決定打を与える為に、君は温存しておきたい」

 

明らかにがっくり来ていた華雄に役割を割り振り、李師は予備兵力となりがちな猛将をフォローする。

この華雄、強い。他国に仕えていれば余裕でエースの座を勝ち取れるくらいには強い。

 

だが、とにかく防御に難が有り、受動的立場になると攻め手が途切れるのが弱点だった。

そこのところを意識して投入するタイミングを計ってやるのが、李師の役目である。

 

「では、出撃命令を受けた時には必ず敵を撃ち破ってみせます」

 

「ああ、それに関しては全く心配していないよ」

 

破壊力ならば夏侯惇や張飛と言った、攻撃のことしか考えていないような猛将に並ぶ。

華雄を用いるにあたって、李師は『華雄が突破できない』ということに疑いを抱いたことはなかった。

 

突破できるところに投入しているからである。

 

だが、その辺りを発言していないがために、華雄は奮起した。

敬愛する主君からの信頼ほど、生一本な武人気質である華雄を発奮させるものはない。

 

そのことを恐らく李師は知らないだろうが、適確に利用する形になっていた。

 

「では、星。先陣は任せた」

 

「疾く、参ることに致します。そちら様に、負けたくはありませんしな」

 

不敵に笑ってから悠々と馬を駆けさせていく趙雲は、馬上でちらりと華雄を一瞥してから手勢を率いて敵に戦を仕掛ける。

 

これにより、自分たちが仕掛けることになると思って疑っていなかった李傕・郭汜軍は虚を突かれる形になった。

だが、この二人も馬鹿ではない。可能性があることに対しては一応の警戒をしていたし、無かったとはいえ夜襲にも慎重過ぎる程に対策を施している。

 

趙雲と言う非凡な指揮官であり、同数であったとしてもそう容易くは抜けないような防御陣を敷き直し、李傕・郭汜は己の軍の特徴である騎馬による機動力と突破力を殺してまで完璧に近い防衛陣を構築していた。

 

「これはこれは、大層な物を」

 

趙雲はその堅さに苦笑しつつ、被害が出ない程度の波状攻撃を仕掛けては退き、仕掛けては退く。

 

呂布が与えた恐怖が尋常ではないということを、これほど見事な形で表されては釣るのも苦労する。

 

釣らないで良い、と言われてなければ相当頭を悩ませていたことだろう。

 

(まあ、釣らねばならないわけではないのだから気楽なものだ)

 

機敏に仕掛け、サッと退く。

それを繰り返しながら、趙雲は敵を引き込まない程度に巧く、釣らない程度に下手に撤退を完遂させた。

 

次は、呂布の番である。




先発:趙雲
中継ぎ:張郃
抑え:華雄

恋は先発完投型。投手にするとこんな感じですね。

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