幻想入りしたら下僕にされたんだが?   作:朱雀★☆

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序章

 人生とは何が起きるかわからない。

 適当に買った宝くじが一等だったり、良い人だと思っていた人が実は詐欺師だったりする。

 そう、生きていれば様々な経験をするってわけだ。

 俺も色々な経験をしたもんだな。

 良いことも悪いことも。まぁ、どちらかと言うと悪いことが多かった気がするが。

 それでも生きていくのが人生ってもんだと俺は思っている。

 

 思ってはいるんだが……。

 

「なんで俺は森の中にいるんだ……」

 

 そう、俺は今現在、樹海とも言える大森林の中で頭を抱えている。

 おかしい。俺は確か、自分の家で寝ていたはずだ。それも仕事の疲れでTシャツと長ズボンのラフな格好でだ。

 下を見て自分の恰好を確認すれば、やはりTシャツに長ズボンである。俺の記憶は間違っていない。

 だが、現実として俺は自室ではなく、森の中にいる。

 理解の範疇を超えていることに頭が痛いぞ。

 どうしてこんなことになったんだ……。

 

 腰に手をつきながら、俺は大きなため息を吐く。

 現状の状態を今、頭の中で整理しよう。

 まず、道具も何も持っていない手ぶらな状態、更に言えば靴もない。

 森の中は見たことない場所。空が明るいことから、まだ太陽は出ている。偶に聞こえてくる動物の鳴き声が少し不気味だな。

 そう言えば人の気配も感じられないな。

 結果、最悪な事態であることが理解できた。

 

 うそぉぉぉ!?

 いやいや待て待て、全然全く理解したくないのだが!?

 そもそも、何で家から森の中にいるんだよ。もうそこからツッコミどころ満載だろ。

 常識的に考えてありえないだろ。この状況。

 ラノベやアニメじゃないんだから、こんな展開になって冷静になれる訳がない。

 途方に暮れた俺は、一度冷静になるために、木を背に座る。

 それからほんの数秒、俺は何にも考えず、ただ、空をボ~と見つめた。

 

 よくよく考えたら空見ても木々が邪魔で全然見えないわ。

 

 休憩もそこそこに、俺は立ち上がる。正直なんで俺がこんな目に、とは思うが、ここでくよくよしていてもきりがないことぐらいわかる。

 まずは行動を起こさないとな。ポジティブシンキングだ。

 プラス思考で自分を奮い立たせ、どんよりとした森の中を散策していると、目の前の草むらがガサガサと揺れる。

 え、森の中で狂暴な動物にエンカウントとかマジでやめてくれよ。

 ビクビクと怯えながら俺は音が聞こえた方をソッと見ると、そこには可愛らしい狐が一匹現れ、ちょこんと座る。

 

「なんだよ。ビビらせんなよ……」

 

 俺は安堵の息を吐く。

 クマとかそういった恐ろしい肉食動物がくるのかと身構えたが、出てきたのが狐でマジでよかった。もしクマなんて出てきたら、生き残れる気がしないからな。

 死んだふりとかしても意味ないって聞くし、あったら俺の人生終わるわ。

 緊張した体を解すように肩を回し、視線を狐から上に戻した時、俺は全身が石にでもなったように動かなくなる。

 それは――俺の視線の先に現実とは思えない化け物がその場にいたからだ。

 ピンク色の肌をした豚顔に、黒い毛で覆われた上半身と下半身、筋肉隆々で人を軽々と握りつぶせそうな手。瞳は赤く光り、口からは壊れた蛇口の様に涎が垂れている。

 

 視線が一瞬だけ化け物と合う。

 それに俺は理性よりも本能が動いた。

 震える足で回れ右して即座に走り出す。

 それは考えて行動したのではない。生き残るための防衛本能だ。

 頭の中など真っ白だ。

 俺は体の震えを止める事が出来ない。その理由は一つの感情。

 

 ――恐怖――

 

 腹を空かせる様に、止まらぬ涎を辺りに飛び散らせ、雄叫びを上げ、化け物は一直線に俺を追いかける。

 化け物が一歩踏み出せば地鳴りを響かせ、細い木など押し倒してくる。

 迫る恐怖に俺は悲鳴を上げる事さえできない。

 

 なんなんだ、なんなんだよ!?

 あの化け物は!?

 あまりの恐ろしさに歯をガチガチと言わせる。全身に冷や汗が流れ、鳥肌が立つ。

 自分が今裸足でいるのも忘れて必死に走る。

 

 少しでも化け物から逃れるために木々を縫うようして走るが、一向に化け物との距離は離す事も出来ず、それどころか距離は徐々にだが縮まっていた。

 嘘だろ。なんであんなどんくさそうな見た目なのに動けるんだよ。

 焦りを覚え、俺は更に走る速度を上げる。

 最早ペース配分など悠長に考えている暇などない。

 ここで速度を落とせば、間違いなく化け物に捕まってお陀仏だ。

 だが、そんなことをすれば当然、体力は加速度的に減る。

 

 数分もしないうちに口の中の唾液は枯れ、足は鉛の様に重くなる。

 思考も段々と働かず、息遣いは荒くなる。

 限界は近い。

 それでも俺は死にたくない一心で走り続けた。

 逃げ切ることを信じて走る俺の足は、呆気なく木の根っこに足を引っかけ、転倒してしまう。

 顔面から地面に転がり、そのまま勢いがついたまま木にぶつかる。

 耳がキーンと高い音が鳴り、視界はぼやけてしまい、自分がどうなっているかも確認できない。

 

 やばい、やばいやばい! 奴が迫っている。こんな所で立ち止まっていちゃいけない。

 震えながらもなんとか立ち上がった俺の視界は徐々に回復したが、その目に映る光景は絶望させるのに十分なものだった。

 文字通り、目と鼻の先に奴の豚鼻が近づいていたからだ。

 まるで蛇に睨まれたカエルの様に体は硬直する。目だけしか動かせず、目の前で俺の体を確かめるように汚い鼻が接近する。

 ブゥブゥと豚の鳴き声で鳴き、俺の体に汚い鼻息がかかる。

 豚の化け物の吐く息は下水道の様な臭さだった。その臭いと限界を超える恐怖のあまり、その場で胃の中にあるものを地面へと吐き出してしまう。

 

 俺は、俺は死ぬのか?

 こんな所で? こんな化け物のエサにされて死ぬのか?

 絶望する俺に、目の前の豚野郎は何がおかしいのか、嗤っていた。

 エサが怯えた姿を見て楽しんでいるのか。すぐに俺を殺さず、遊んでいる。

 ちくしょう……こんちくしょうが!

 恐怖で動かなかった体は、怒りを覚えた瞬間、驚くほど簡単に動いた。

 

「なめてんじゃねぇ!! クソ豚がぁ!!」

 

 豚鼻に渾身の拳を叩きつける。

 俺の全身全霊の一撃をくらった豚野郎は、それでも嗤いをやめようとはしなかった。

 お前の攻撃など痛くも痒くもないと言うように。

 俺が無力であるとわからせるように。

 俺の怒りは更に増長し、先ほどまでの恐怖など最早なかった。

 

「いつまでもヘラヘラと笑うんじゃねぇよ!!」

 

 鼻を俺の顔に近づけていたのが災いしたのか、俺の拳は簡単に豚野郎の目に届き、その目玉を抉るように突っ込んだ。

 そこで漸く、化け物は悲鳴を上げる。

 まさかエサにここまでの反撃をされるとは思わなかったみたいだな。

 はっ! ざまぁみやがれってんだ。

 今も尚苦しみの声を上げる化け物を前に、俺は逃げようと思い、方向転換した次の瞬間、視界がブレる。

 

「がはっ!?」

 

 口から止めどない血が噴き出し、体の節々から強烈な痛みが走る。

 そこで俺は、化け物によって自分が木に叩きつけられた事を理解する。

 さきほどまであった怒りなど当に冷め、あるのは苦痛と恐怖。

 上手く呼吸が出来ない。

 足が、手が、震えるだけで動かない。

 視線の先には、さっきまで余裕の態度を見せていた豚野郎ではない。いるのは、エサに思わぬ反撃をくらって怒りを露わにした怪物。

 

 最早抵抗する事も、する気も起きない。

 数秒後には、この化け物に喰われているだろうな。人生とはなんとも呆気ないもんだ。

 ……今まで全てから逃げていた代償が今にきてきたのか。

 生きるのを諦めかけていた時、それは起こった。

 

 怒りに任せて突進を仕掛けようとしていた化け物の顔が、突如ナイフに埋め尽くされたのだ。

 目、鼻、口、頭、どこもかしこもナイフが深く刺されている。化け物は悲鳴を上げることも出来ずに、ゆっくりと前へと倒れる。

 化け物が倒れた時、その後ろに二人の少女が立ち並んでいた。

 一人はメイドの様な服を着飾り、日傘をもう一人の少女に差している。

 日傘に隠された少女は、何が面白いのかわからないが、笑みを作り、こちらに歩み寄ってくる。

 

 そこで漸く、少女達の容姿が明らかになった。

 メイドの少女は人形の様な美しさを持ち、ほの暗い中でもキラキラと光る銀髪を揺らし、無表情な顔で俺を見つめる。

 もう一人の少女は、見ただけで平伏したくなるような気持ちにされる。

 深紅の瞳に、青みがかった銀髪は隣にいるメイドよりも力強く光。何よりも俺の目を引くのは少女の背中から生えている蝙蝠の翼、作り物ではない事がわかるように、ピクピクと動いている。

 しかし、どちらの少女も美しくも可憐、陳腐な言葉しか思いつかないが、正しくそうだ。

 

「ねぇ“コレは”まだ生きているの?」

「まだ生きてますよ。どうするおつもりで?」

 

 確認するように言葉を吐く少女に、メイドは頷き、先を促す。

 俺はその間意識を手放さないように必死に目を開けていた。

 

「そうね……面白いものを見せてくれたし、拾っておきなさい。この男の傷は家に着いたらパチェに頼んでおいてくれる?」

「かしこまりました」

 

 恭しく頭を下げるメイドと、最後まで笑みを崩さなかった少女を見て、俺の意識は途絶えた。

 

 

 

 

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