第一話・こうして俺は紅魔館で働くことになる
目を覚ましたら死後の世界だった。という筈もなく、俺は何やら高級そうなベッドの上で寝ていた。
あぁ、こういう時のお決まりはこうだったか。
「目を覚ましたら知らない天井だった」
俺の声は静かな部屋の中でやけに響き渡った。
21歳にもなってなにしてんだがな、俺。
軽くその場で悶えながらも、頭の中では冷静に状況を分析する。
まず、この部屋は当たり前だが、俺の家でもなければ森の中でもない。
つまり、俺は誰かの手によってここまで運び込まれた訳という事だ。そう言えば、意識が消える間際に、この世のものとは思えないほど可愛い少女と綺麗な少女がいたな。
あの少女達に運び込まれたってことか。見た目に反して力持ちだな。
ん、いや待て、俺は確か瀕死の重傷を負っていたのに、なんでどこも体が痛くないんだ?
腕や胸を手で撫で、顔もペタペタと触りながら確認したが、どこも怪我らしい怪我は見当たらず、俺は困惑を隠せない。
あの豚の化け物の攻撃で俺は間違いなく骨折、または内臓系のどこかは損傷していたはず。
なんでどこも怪我していないんだ?
疑問ばかりが浮かぶが、まずは生きていたことを喜んだ方がいいか。
頭を振って、俺は体が動くことを確認してから布団を捲り地面に立つ。するとタイミングの良いことに、ドアが開き見覚えのあるメイドが現れた。
「あら、起きていたのね」
高すぎず、でも決して低くない声音はクールな見た目に似合っている。このメイド、無表情で冷たい眼差しでこっちを見るから怖いんだよな。それに、人形と話しているみたいで現実味がないというか、正直苦手だ。
だからと言って、ここで黙っているわけにもいかないか。
「あの、もしかしてあの森で助けてくれた方ですか?」
「えぇそうよ。ただ、助けるように言ったのはお嬢様だけどね」
「そうなんですか。ですが、命を救ってくれたのは確か。命を助けていただき、本当にありがとうございます」
ゆっくりと、誠実に頭を下げた俺に、メイドの女性は冷静に答える。
「私に礼を言わなくていいわ。言うのならお嬢様に言って。貴方の存在をいち早く察知して場所を特定したのはお嬢様だもの」
「だとしても、命を救われたのは変わりませんよ」
「……そうね。わかったわ。その言葉、ありがたく受け取っておくわ」
肩を下げて言う彼女に、俺はそこで初めて人間味を感じ、少しだけ緊張が解れる。
「その、ここがどこか聞いても?」
「ここは紅魔館、レミリアお嬢様のお屋敷よ。それと、私は十六夜咲夜。ここでメイド長をやっているわ」
完璧なまでに綺麗な動作でお辞儀をする十六夜さんに、俺はちょっとドキッとして、慌てて自己紹介をする。
「あ、と、これはご丁寧にどうも。俺は
自分の声が震えていないか心配になりつつも、何とか自己紹介を無事終えると、十六夜さんは口を開く。
「体は動くかしら?」
「えぇ。まだ本調子ではないですが、歩くぐらいなら大丈夫です」
「なら、お嬢様が待っているから付いて来て」
早々に話を切り上げた十六夜さんは、ドアを開け、歩いて行ってしまう。俺はそれに慌てながらもついて行く。
さてさて、お嬢様とやらに会うことになったが、どうなるか。
化け物を一瞬にして殺せる従者を持ち、尚且つそのお嬢様とやらは人間ではなさそうだしな。微かな記憶だが、確か蝙蝠の翼が背中から生えていたはずだ。
……この屋敷はなにか危険な香りがするぞ。
不安げな気持ちのまま、俺は十六夜さんについて行くのであった。
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長い間歩いていた気がする……。軽く十分ぐらいは歩いているぞ。まぁあれだ。十六夜さんについて行ってわかったことがある。
この屋敷の中は異常に広い。何個も同じような部屋はあるわ。いつまで続くのかと思わせる廊下。何より目を引くのは、窓の少なさと壁一面赤色一色ということ。
不気味すぎだろ。俺の中での危険信号が鳴りっぱなしだよ。今すぐその場を離脱しろと叫んでるよ!
だがここで逃げる訳にもいかない。どんな存在だとしても、命を助けてくれた人に礼も言わずというのは失礼だし、俺はそんな人間にもなりたくないし。
はぁ、覚悟を決める他ないか。
「ここにお嬢様がいるわ。失礼のないように」
他の扉とは違い、装飾が豪華に飾られた一つのドアに着くと、彼女はそう言う。俺はそれに対して頷く事で了解を示す。
ただ言わせてほしい。失礼のないようにと言われても、何に気を付ければいいかわからんのだが。
不安な気持ちを抱えたまま、十六夜さんの手によって扉がノックされる。
「お嬢様、彼を連れて来ました」
「入りなさい」
鈴を転がすような声がドアの奥から聞こえる。
その声を聞いた瞬間、背筋が自然と真っすぐになり、体がカチコチに固まる。
そんな俺を無視して、十六夜さんは「失礼」と声をかけて扉を開く。
ドアが開かれた瞬間、俺は一人の少女に目を奪われる。
「あら、間抜け面をしているわよ。その男」
クスクスと笑われながらも、俺はそれに対して反応を返すことも出来ない。
銀色の髪は少し青みがあり、サラサラとした髪はウェーブがかかりふわふわとしてる。瞳はあの時見たのと一緒の真紅色。見たものを虜にするかのような魅惑を放つ。
背の高さからして、推定10歳未満だが、相対してわかる。見た目で判断はしてはならない。この少女は俺が思っているより年は上のはずだ。
あのドアノブの様な帽子は少し気になるが、それを無視しても有り余るほどに高貴なオーラを感じる。人を従わせるのが当たり前だというような感じも見受けるな。
蝙蝠の翼もやはりあるか。いよいよをもって、この少女が人間ではない事が確定されていくな。
「すいません。失礼なことを」
「いいわ。取り合えずそこの椅子に座りなさい」
俺の言葉を切り、命令口調で俺を椅子に座るように言う少女に、俺は不思議と嫌な感じを受けず、言われるままに椅子に座る。
「まずは自己紹介ね。私はレミリア・スカーレット。ここ、紅魔館の主をしているわ」
「私は井上 仁と申します」
お互いの自己紹介を終え、レミリアさんは改めて口を開く。
「それで、貴方はなんであんな森の中にいたのかしら?」
足を組み、肘掛け椅子で肘を乗せてこちらを見る少女に、俺は正直に話す。
「その、気づいたら森の中にいたんです。信じてもらえないかと思うのですが、本当なんです」
「あぁ、貴方は外来人のようね。幻想郷と言う言葉は聞いたことはある?」
「いえ……」
「なら決まりね。咲夜」
レミリアさんに呼ばれた十六夜さんは、スッとレミリアさんの横に移動し、俺の現状を説明してくれた。
ザックリ言うと、こんな感じだ。
一・幻想郷と言われるこの世界になんらかしらの方法できてしまった。一応博麗神社と言われる場所に行けばこの世界から出られるらしい。
二・幻想郷には人は勿論の事、妖怪と言われる非現実的な存在がいるらしい。まぁ目の前のレミリアさんは吸血鬼なんだとか。十六夜さんは人らしいけどな。
三・森の中で瀕死になっていた俺を救い、治療をしてくれたらしい。治療はこの館に住む魔法使いがしてくれたんだとか。後でお礼に行かなきゃな。
「おおよその自分の現状は理解出来たかしら?」
「はい、だいたいのことは。本当に、こんなに良くして頂いて恐縮です」
「そう。それなら、本題に入るわよ」
「本題?」
突然の話題の変更に首を傾げる俺に、レミリアさんは意地悪そうに笑みを作る。
「これから私の言う事に対して貴方に拒否権はないわ。命を救ったのだから文句はないわよね?」
「まぁ、そうですね」
困惑気味に俺が言うと、見た目少女のレミリアさんは声高々と言った。
「これから私の言うことには絶対服従、なんでも言うことを聞くのよ? 期間は私が飽きたらよ。いいわね?」
「え……?」
「とぼけてないで返事しなさい。いい? 貴方は私の下僕よ」
目の前の横暴な少女の言葉に反論しなかった俺を、どうか褒めてほしい。
いやね、そりゃあ命を助けられたんだから恩返しはするさ。それが自然なことだ。それは別にいい。だが、だがな。いくら何でも下僕はないだろ。
しかも絶対服従、正直嫌だ。てか普通嫌だろ。どんなに可愛い人が相手でも限度というものがある。
よって俺は否定する!
「いやぁその、流石に下僕は……」
「なに? 文句あるのかしら?」
「えぇっと」
「へぇ……そんな態度していていいの? 貴方を如何様にも出来るということがわかっていないようね」
しょうがないわね、みたいな溜息を吐きながら、少女は立ち上がる。
「選択肢を特別に二つ用意してあげる」
小さな手で二つの指を俺に見せる。
「一つ、ここで私の奴隷となって働く」
なにそれ怖い。普通に却下に決まっているだろ。なんでそんな澄ました表情で怖い事言っているんだ。
「二つ目、私の下僕としてここで働くこと、さぁ、どっちがいいかしら?」
血も涙もないというのは正にこの事を言うのだと俺は理解した。
つうか、選択肢あるとか言いながらないじゃん! どっちを選んでも全然変わらねぇよ。いや待てよ? 奴隷の方が扱い的に厳しいか。
ってそんな事を考えている場合じゃない。この状況をどう切り抜けるかだ。
そうだ。十六夜さんがもしかしたら助けてくれるかも。
チラっと視線を隣に佇む十六夜さんに向けたが、返ってきた返答は首を横に振るだった。
見捨てられた……。
「早く選びなさい」
「ぐ……二つ目でお願いします」
最早ここで黙っていても良い方向に行くことはないと悟った俺は、苦渋の決断で二つ目を選んだ。
もうどうにでもなれ。
「貴方ならそう言ってくれると思ったわ。じゃあこれからの詳細の説明は咲夜に任せるわ。私は少し寝るから」
「かしこまりました」
言うことだけ言った感じで、レミリアさんは部屋から出ていった。
まるで台風だな。疲れが尋常じゃないわ。
「お嬢様の気まぐれは長くはないから、少しの辛抱よ」
「はい……」
何故か、十六夜さんの優しい言葉が、胸に響いたよ……。