吸血鬼に下僕にされて早一週間、俺は今もせっせと紅魔館の部屋という部屋を掃除している。
あれ? 俺はなにをしているんだろうか? という疑問を抱くことはある。てか、現在進行形で思っているしな。
始まりは森の中、今も鮮明に思い出せる。豚の化け物に襲われて死にかけて、間一髪の所をお嬢様と咲夜さんに助けられたんだよな。
そして何故か命を救われたら下僕にされたと……。
人生はホント何が起こるかわからんな~……。
しみじみとそう思いながら叩き棒でタンスの上や壺についている埃を払い落とす。なんだが最近掃除が楽しくなってきている気がするな。
「後ろがガラ空きだぞジン~!」
「どわぁ!?」
背伸びしながらタンスの上を掃除していた俺の背中に、小さな物体がぶつかり俺は体勢を保てず、勢いよくタンスに頭突きする。
ぬぐぅぉぉぉぉ!! いてぇえぇ。
あまりの痛さにその場でゴロゴロと転がる俺に、キャッキャッと高い声で笑う者がいた。
「ジンおもしろ~~!」
「ゴロゴロ転がるジンださ~!」
「こ、このやろ……」
額を押さえながら笑っている張本人達を睨む。
俺の背中に突進してきたのは妖精メイド、これまたファンタジー系では有名な存在だ。妖精とか聞いたら手のひらサイズの可愛い少女をイメージするだろうが、この世界での妖精はそんなに小さくない。
体の大きさは大体小学校低学年ほどか、多くは110~120㎝ほどの背で、髪の色は様々だ。それと妖精に性別はないらしいが、見た目は少女である。なんでだろうな。
因みに俺に悪戯してきたメイド妖精はこいつらだけじゃない。他にもわんさかいやがる。新しく入ってきた面白い人間、というイメージが彼女等にはあるらしい。そのせいで毎日悪戯される毎日だよ。とほほ……。
「あぶないだろ。俺の大事なおでこが赤くなるじゃないか」
「大丈夫大丈夫。ジンは馬鹿だから平気!」
「いや平気じゃねぇよ」
満面の笑みで馬鹿呼ばわりされるのって案外辛いな。あぁそうそう、妖精は基本頭は良くないんだとか、子供並みの知能だから、こういった事をするんだと思う。
可愛いんだけど、流石に毎度毎度悪戯されたら俺の身が持たんわな。
「あんまり悪戯が過ぎると、咲夜さんに言っておしおきしてもらうぞ?」
「あぁ~~! ズルいぞジン! メイド長を脅しに使うなんて」
「聞こえんな~」
21歳の大の大人が人頼みとかダサすぎるが、これは致し方ないことなんだ。妖精メイド達は俺の事を完全に下に見ているから、何を言っても言う事聞いてくれんからな。メチャクチャ嘗められてるのは確かだ。情けない話だよな。ホント。
「ジンの癖に生意気だ」
「生意気で結構だ」
呆れた表情で言うと、プクゥと頬を膨らませて怒った様子を見せる妖精メイド。うん。可愛い。
「ジンは新人なんだから私たちの遊び相手にならないといけないんだぞ」
「そうそう」
「全くその通り!」
一人の妖精メイドが言えば、うんうんと頷きながら他の妖精メイドも言う。いや、何で新人は遊び相手になるんだよ。
どうしたもんかと困っていると、扉を開く音が部屋に響いた。
「ジンさん~いますか~?」
可愛らしい声が部屋に響く。俺は声の主を確認するためにドアの方に顔を向けると、そこには赤い長髪に頭と背中に悪魔然とした羽を生やした美女がいた。
彼女の名は“こぁ”と言って、種族は悪魔なんだとか。まぁ名前からして愛称だということは窺える。
しかし、また何でこぁが俺を探しに来たのだろうか? なんだか嫌な予感がして仕方ないんだが……。
「俺ならここにいるぞ」
渋々としながらも返事する俺に、こぁは嬉しそうな顔で近寄ってくる。
「やっと見つけました。パチュリー様がお呼びですよ~」
「こぁ、俺は今掃除で忙しいとパチュリー様に言っておいてくれ」
「ダメです。パチュリー様が呼んでいるんですから」
「いやホント忙しいから、まだまだ掃除してない所沢山あるし」
こぁの言葉を何度も拒否するが、こぁも負けずに食い下がる。
しかも段々と近づいて来て可愛い顔と凶悪なボディが迫ってくるぜ。ダメ、こんな誘惑に屈しちゃだめよ仁。ここで、はい行きますなんて言えば待っているのは薬漬けか人体実験という恐怖。
一週間という長くない期間の間に、俺は様々な事を学んだのだ。主に学びたくなかったことだがな。
まぁそのおかげで紅魔館の住民とは少し親しくなったような気がしないでもない。この前なんか、咲夜さんの事を十六夜さんって呼んだら、咲夜でいいと言われて、ちょっと喜んだのは秘密。
「ねぇねぇ、ジンはパチュリー様のとこに行きたくないの?」
無邪気そうに聞いてくる妖精メイド。こぁがいる前でそんな事答えられる訳ねぇだろ。
答えを渋る俺に、妖精メイドはにやぁと悪い笑みを浮かべた。
「ねぇねぇこぁさん。もし良かったらジンを連れて行っていいよ?」
「え? いいんですか?」
「うん! 掃除なら私たちがやるしね。ね~皆!」
「「「任せて!!」」」
息を合わせて言う妖精メイド達に、俺は恨みがましい目つきで見るが、彼女等は俺を困らせることが出来てご満悦のようだ。
ぐぬぬ、さっきの意趣返しか。
果たして俺は、こぁに連行された。パチュリー様が待つ、大図書館へと。
気持ちは荷馬車に運ばれて売られる子牛の気持ち、ドナドナだよ。
―――――――――――――――
重苦しい気持ちでこぁに連れてこられた俺は今、大図書館にいる。
目の前には魔導書を片手に、目の前の少女が何やら液体を配合しているようだ。形容し難い色をし、臭いなど刺激臭で鼻がひん曲がりそうなほど酷い。
これを俺は、飲まなくてはならないのだ。
これはなんの罰ゲームだ。バラエティ番組でもここまで酷いものはないと俺は思うぞ。
てか、この臭い大丈夫なのか? なんか直に嗅いだ瞬間昇天しそうだぞ。
「さて、よく来てくれたわね。ジン」
俺が来てから数分間、薬の調合をしていた少女、パチュリー様がやっとこちらに声をかけてくる。
その眠たそうな眼差しに、お嬢様と同じような変わった帽子を被り、寝巻の様なゆったりとした服装をしたこの少女こそが、天才魔法使いと言われるパチュリー・ノーレッジ。俺の傷を治療してくれた人物だ。
治療してくれたことに感謝していたが、まさか人体実験にさせてくれと言われるとは思わなかった。俺が咲夜さんの案内の元、大図書館に来て、治療してくれた事の礼を言った瞬間、じゃあ命を救った代わりに私の実験に協力しなさい、だもんな。
お嬢様とパチュリー様は友人と聞いたが、なんとなくわかるわ。
「あの、今回もその強烈にヤバそうな薬を飲まなきゃいけないんですか?」
「えぇ」
「飲んだら死にそうな気がするんですが……」
「平気よ。毒は入れてないわ」
澄ました表情で言う目の前の魔法使いに、俺はガックリと肩を落とす。
どう言っても、この薬を飲まなくちゃいけないようだ。
腹をくくるしか、ないのか。
「わかりました。その変わり咲夜さんに今日は休みをくださいと言っておいてくれますか?」
「えぇいいわよ。こぁ、咲夜に伝えといて」
「はい!」
パチュリーの頼みに嬉しそうに頷くこぁは唯一の癒しだよ。
それでも俺の心はブルーだがな。
「はい、これを飲んで」
「う……はい」
手渡された試験瓶には、混沌とした液体がどろりと入っている。
臭いは相も変わらず凄まじい刺激臭。鼻の器官が麻痺してきそう。
何度も深呼吸を繰り返し、俺は覚悟を決める。
クイっと口の中にドロドロとした液体を流し込む。瞬間、俺の脳内で悲鳴が上がった。
梅干を何倍にしたような酸っぱさ、唐辛子を何十本も口に入れたかのような辛さ、それだけじゃない。途轍もない苦さも口の中で襲ってくる。
なんだこの味は、これならまだ糞のがマシなんじゃないか? というかこれを吐かない俺は勇者になれるんじゃないか?
人生の中でここまで酷いと思った事はないというほどに酷い味をする薬を、俺は全て飲み込んだ。
「はぁ……はぁ……」
「すべて飲んだわね。それじゃあ数分したら身体能力テストを開始するから、少し休んでおきなさい」
言うことだけ言ったパチュリー様は、いつもの指定席で魔導書を読み耽る。
この扱いに思う事はあるが、返事を返すことも億劫だ。気持ち悪さが限界突破。今の俺は爆弾を抱えた状態と言ってもいい。爆弾とは何かは言わなくてもわかるよな?
だがここで爆弾を起動させてはならない。したらパチュリー様にぶっ飛ばされる。
でもキツイよ神様。足がプルプル震えて、まるで生まれたての小鹿だぞ。もう死ぬかも。
「大丈夫ですかジンさん?」
「こ、こぁ」
「無理に喋らなくていいですよ。はい、これで少しは気分がマシになると思うので」
こぁの笑顔に俺は天国にきてしまったと錯覚しながらも、現実にいることを思い出し、こぁから手渡された物を見る。
「ねぇこぁさん。これってなんですか?」
こぁに手渡された物はこれまた酷い液体だった。赤に青に緑、色が混ざり合ったどす黒い液体は先ほどの液体と大差ない。
その事実に、俺は思わず敬語になってしまうほどに驚愕していた。
「それは体にとても良い物だってこの前パチュリー様に貰った健康ドリンクです!」
あぁ、その眩しい笑顔に俺は浄化しそうだよ。でもね、こぁ、これは恐らく殺人ドリンクだよ? でも、こぁの笑顔を見て死ねるなら本望か……。
最早思考回路は働かない。俺は壊れた機械の様にこぁにお礼を言ってその液体を飲み込んだ。
「ごぱぁ!?」
そして敢え無く撃沈。
「あ、あれ? おかしいな」
困惑した表情を見せるこぁの顔を見て、俺は意識を手放した。
―――――――――――――――
こぁにトドメをさされて早一時間、俺は今も大図書館にいる。ついでに言うと床を掃除している。
汚しちゃったからね。こぁには何度も謝られたけど、すぐに許したさ。あんなに胸を揺らして謝られたら、男は皆許すに決まっている。
「ジン、次この場を汚したら灰にするから」
「はい……」
パチュリー様の怒りはマックス、マジで次へましたら消し炭にされるわ。
「それで、体の方はどう? 何か変わりはないかしら?」
パチュリー様の言葉に、俺は腕を回したり、その場でジャンプしたりする。
するとどうだろう。先ほどまでグロッキー状態だったとは思えないほど体は軽い。これは実験成功か?
「体が軽いですね」
「そう、じゃあ今から放つ魔法を“受けてみて”」
「へ?」
突然の事に思考が追いつけず、呆然とパチュリー様を見る俺に、パチュリー様は容赦なく魔方陣を構築していく。
「渦巻く狂暴な炎《アグニシャイン》」
「ちょ!? まっ!」
初動が早かったパチュリー様に、俺は今更逃げることも出来ず、反射的に腕を前に交差し、顔を守るように構える。
その瞬間、炎の渦が俺を包み込む。
これは死んだと思った。実際腕から伝わる熱は凄まじいの一言。俺は苦痛に歯を食いしばって耐える。
数秒のことなのに、数時間もそうしているように感じられる。高熱に耐え忍ぶ俺は、ふと思った。
なんで耐えることが出来ているんだ? 普通なら一瞬にして消し炭にされているはずだ。それに、苦痛こそ感じるが、俺の腕はまだ感覚を残している。
困惑する俺をよそに、炎は止んだ。
「実験は成功のようね」
俺が肩で息しているのを無視して、どこか満足そうな顔をする目の前の魔法使いに、俺は文句を言いたい。もし実験が成功しなかったら俺はどうなっていたんだと。
「ちょ、ちょっと待ってください。せめて実験の説明をしてくれませんか?」
「そうね。今回の実験は身体能力の上昇、魔法の耐性を上げるものよ。ただしこれは人間にしか効果のないものね」
「あの薬はそういう効果が……」
「えぇ。人間の体はどこまで強く出来るか試してみたいと思って考案した薬よ。“今回は”無事成功してよかったわ」
今の台詞からして、いつもは失敗しているってことだよな。俺、よく生きていたな。
「これからも様々な実験をするからよろしく」
「え、まだあるんですか?」
「あたりまえよ。私の実験は始まったばかりなんだから。テーマは、人間がどこまで進化出来るか、よ」
ふふっと笑みを零す彼女に、俺は背筋がぶるりと震える。魔女の名に相応しい少女だわ。未来の俺はどうなっているか知るのが怖い……。