終わりのセラフ《絶対零度の吸血鬼》   作:neirua

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第一渋谷高校の選抜術式試験の少し前の話です。
将来について、そしてマリアの誘惑。
それでは、第8話、どうぞ!


第8話 天使の鎖

学年が上がりはしたが、何事も無く、相変わらずの学校生活を送って幾日か過ぎたある日のこと。

いつも通りの退屈な授業、だがその中で少し"いつもと同じ"

ではない話題が教師の口から出た。

 

「あなたがたももう三年ですから、将来の帝ノ鬼における役割について考える頃だと思います。もうご家族から聞いている人もいるでしょうし、柊暮人様は言うまでもなく存じていらっしゃると思います。が、念の為、今日は、組織の仕組みについて説明しようと思います」

 

私達高校三年生は当たり前だがこの一年が過ぎれば卒業する。大抵の生徒は、帝の鬼の兵や幹部、柊家のお付の者になるのだろう。

私も今後について、本格的に考え始めなければいけない。

本当はもう、道筋は決まっていたのだ。けれど、つい最近、それに少し狂いが生じてしまった。

 

途中まで教師の話を聞いていたが、自主的な調査や、暮人から今までに聞いていた話と、そう大差無かったので、やはり今日も窓から校庭を眺める。

ちょうど、一人の男子生徒が、派手に殴り飛ばされたところだった。

って、あれ、一瀬グレンじゃない……。

ダメージを最小限に、かつ圧倒されているかのようにうまく見せている。ある程度の実力が無ければ、演技していると気付かないレベルだ。

あの一瀬の息子はやはり徹底的に実力を隠すつもりらしい。

反抗でもする気なのだろうか。爪を隠し続けて、機を伺っているのだろうか。

廊下でたまに見かける。学年問わず、彼とすれ違えば、ちょっかいを出し、罵倒し、あざ笑うのを。

それらに耐えて、反乱して、それで一体何が残る?

 

まあ、可能性だけとはいえ、反乱分子の芽を見つけながら、何もしない私が言えたことではないが。

 

そのまましばらく眺める。

赤い髪が特徴的な女と金髪タレ目の男が戦闘を始めたが、少し経つとその二人を含めた校庭の人間が動きを止めた。

見覚えのある白髪の男、柊深夜が一瀬グレンに勝負を仕掛けたのだ。

元から注目されている柊家様が術を披露するのだ。当然、人の目が集まるというもの。

多くの視線が集まる中、深夜の拳に呪詛がうずまく。明らかに、鬼神を呼び出し自分に宿す、神懸り法の何かをかけている。それは夜叉明王呪か。それともまた、別の何かか。

詳しくはここから見ただけではわからないが、相手を本当に殺そうとしていることはわかる。

一瀬グレンは、どう対処するのだろうか。

あれほどの術を避けた途端に、実力が周囲にばれる。かと言って真正面から受ければただでは済まないだろう。

 

「あ……」

 

一瀬グレンはそれをあっさり胸で喰らった。

そして体が宙を舞い、地面に落ちた後、ぴくりとも動かない。

流石にダメージを緩和させる受け方をしていると思うが……あれ大丈夫か?

ここからでも見えるくらい、血がどくどくと流れている。

赤い髪の女がグレンに駆け寄る。だが、周囲の生徒も、教師も動く様子がない。ようやく、金髪の男も駆け寄り、彼は校舎内に運ばれていった。

彼を帝ノ鬼が死なせた所で、帝ノ月にはどうすることも出来ない。

私には関係ない。全くもって関係ない。だが

 

……胸糞の悪いものを見てしまった。

 

 

 

昼休み、これまたいつもと同じように生徒会長室で業務をこなしていた。

私がトントン、と書類をまとめたところで暮人が口を開く。

 

「クレハは卒業後、どうするつもりなんだ。柊家に仕えるか?」

 

今後の話。

私は元々、力をつけたらイタリアに帰るつもりだった。

昔と違って、今なら私以外の(....)幹部と同等かそれ以上に渡り合える自信がある。

この学校や社会は腐っていたが、鍛錬を積む環境としては悪くなかった。利用するだけ利用して去る。卒業までの期間があれば充分、そう思っていた。

 

だが話が変わってしまった。

ヴォルガスに所属しているであろう、修道服の女の存在、その力を知った。

彼女があちら側にいる限り、私では敵わない。そう、確信するに足る絶望的な実力差を体感してしまった。

この状態でヴォルガスの本拠地にノコノコ帰るわけにはいかない。もうあそこは敵地だから。

それに、現在日本にいるその女に、私自身が用がある。

日本に留まるならやはり、大きな組織の中に居た方が良い。

 

「何でもいいのだけど。帝ノ鬼の兵にでもなろっかな」

「帝ノ鬼はお前を悪く扱わない。実力があるし、出来れば味方につけたいと思っているはずだからな」

 

それは変な言い方だ。

 

「今は味方じゃないの?」

「うちもそこまで楽観的ではないよ」

 

あちらには私を手なずけられていない自覚があるらしい。

 

「……ねぇ」

「何だ」

 

(暮人は責務も立場も捨てても私と一緒にいてくれる?)

 

「何でもない」

 

それは言葉にならなかった。

そんなことは有り得ない、幻想だ。望んでも無駄なことを望む程愚かではない。

 

でも、もし。この問に、是、と答えてくれたなら。私の体を蝕む呪いが、私を乗っ取る程に侵食を広げるだろう。

今でもたまに夢に見る。怨嗟の呪いが形になった夢。

呪う彼らは、彼らを意味もなく殺した私が幸せになるのを、やはり許さないらしい。

 

呪いに完全に侵された者の末路は知っている。

発狂し、自我を保てなくなり、やがて復讐心に操られた殺人鬼と成り果てる。

そういう奴を、ヴォルガスに居た頃、何度も粛清してきた。

こいつらもまた、私と同じ、組織の刃だったため、暴走して直ぐか、その前に殺さないと取り返しのつかないことになるからだ。

その度にまた、この呪いに縛られた暗殺者を組織は組み入れる。

そうやって代替わりを繰り返すのを私は見てきた。

けれど、当時の私には理解出来なかった。

 

同じ呪いを背負っているのに、何故、彼らだけがおかしくなるのだろう。

 

殺しへの罪悪感がない。殺される者の心情が分からない。

楽しい、という感情がない。

心が無い。

 

そんな人形に理解できようもなかったのだ。

殺された者の嘆きを理解できようもなかったのだ。

 

「何か悩みでもあるのか。何でも言ってみろ」

 

表情に出てしまっていたのだろうか。暮人が言う。

暮人が私以外にこんなに優しく接している所を見たことがない。

はは、他人がこの会話を聞いたら驚くだろうな。

 

思えば……私は暮人に何も話していない。

こんなに私のことを心配してくれているのに……。

話すべきだろうか。全て。

 

「あ、あの……」

「何だ」

 

言え、言うんだ私。

 

「一年の真昼様って暮人の妹なんでしょう?可愛い妹がいるのね」

 

違うー。悩みを打ち明ける流れだったじゃない!

唐突に妹の話とか、私、どれだけ話題を逸らしたがってる!?

 

「ああ……。腹違いだが」

 

しかも、複雑な家庭環境のようだし。

いや、ここは気にしないべきだ。

 

「確かに似てないよね。深夜様もだけど」

「深夜に柊家の血は流れていない。あいつは養子だからな」

 

…………。

 

「普通の兄弟は居ないの?」

「真昼には正真正銘の妹がいる。柊シノア。一応俺の妹でもある」

「へぇー、じゃあ二人はそっくりなのかな?」

「中身はともかく外見は似てるな」

 

真昼は美人だった。似ているということはきっとシノアも可愛いんだろう。

って、そうじゃなくて

 

「この話は置いといて、暮人」

「お前が話を始め…」

「この街に化け物がいる」

「……どういうことだ?」

 

修道服の女。彼女は間違いなく私の味方ではない。

ならば組織ぐるみで警戒して貰った方が良い牽制になるはずだ。彼女が何をしに日本に来たかは知らないが。

もっとも、帝ノ鬼が彼女をどうこうできるとはあまり期待してない。

 

「先日、街を歩いている時に、修道服を着た女に声を掛けられたの。昔、私を殺した女に」

「クレハを殺した?」

「あいつはある日突然現れた。その時既にヴォルガスの組員を従えていた。そして……私…を…」

 

思い出したくない。

あれほど怖い思いをしたことはない。

あれほど寂しい思いをしたことはない。

 

「もういい。そいつが日本に、近くにいるんだな?」

 

私の様子から察してか暮人が話を進めてくれた。

記憶を振り払うように暮人の目を見据えて語る。

 

「そう。しかもあいつは『もうすぐ世界が滅びる』と言った。それが戯言じゃなければ、もうすぐ、日本で何かが起きる」

「戯言に聞こえるが。世界が滅びる?そいつは予言者かなにかか?」

「分からない。全く分からないの。少なくともあれは……人間の動きじゃなかった」

 

そう。いくら呪詛で加速したとしてもあれはそういうレベルを遥かに超えていた。次元が違う。

昔も今も差があり過ぎる。あれ

 

「じゃあなんであの時私を崖から落としたんだ」

 

殺そうと思えば、確実に私を仕留められたはずなのに、何故そうしなかった?

まさか、あれで生きているとは思わなかっただけかもしれない。

けれど……

 

「……その女に関してはこちらで調べておく」

 

昼休みももうすぐ終わる頃だ。暮人がそう言って立ち上がる。

と、同時に私は学ランの端を掴んでいた。

 

「あいつに近づかないで……」

 

思い返す。

首を叩かれて意識がぐらつく中で一瞬だけ見たあいつの顔。

崖から落ちる私を見下ろしていた顔。

そんな状況下にも関わらずあいつは、あざ笑うでもなく、変わらず慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。

そのあまりの異常性。

 

本能が訴える。

あいつは危険だ。

 

「深くは立ち入らないよ」

 

そう言って暮人は部屋を出た。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

学校からの帰り道。

もう陽が傾いている頃だった。

オレンジ色に染まった街はまだまだ活気づいている。不穏な空気など何一つ無い、平和な日常の光景。

こんなにも温かいのに、"何か"なんて起こるはずもない。

そうだ、やっぱりあの女の言うことはただ私が動揺するのを面白がって出たものだ。

帰ったら、呪いの研究を進めて、それから将来について考えよう。

 

人通りが少ない、自分の家の前に来る。

最近、"あちら"から仕掛けてくるかも知れないと思い、警戒しているが、全くそんな様子はなかった。

 

家の扉に手をかける。

やはり、周りには人が見えないし気配もない。

扉を開けて、中に入り、きちんと施錠して荷物を床に置く。

机の前に立って、机を見下ろす。正しくは、その上に乗った、月を象ったピンを見る。

貰ってから随分経つが、未だに、朝、ピンを見ては、付けるかどうか迷い、結局登校時間になって付けずに行く、という日が続いているのだ。

どうしてこんなに迷っているのかというと

 

「ふーん、もう大事な人が出来たのねぇ」

 

瞬時に机の一番上の引き出しからナイフを抜き、背後に現れた声の主に向かって振り払う。それに1秒もかからない。なのに

 

「別に、襲いに来たわけじゃないのに。寧ろ、私はあなたの味方よ?」

「くっ……どの口が言っている……」

 

ナイフの腹を2本の指で挟んで止めた。そいつは、

相変わらず修道服に身を包み、ニコリと微笑んでいる。

一体どこから入ってきたんだ?声を出すまで、全く気配を感じなかった。

 

「ほんとほんと。私は貴女の為にしてあげられることがあるって、言いに来たのよ」

「誰がそんなこと聞……」

 

トンっ

 

私は手を緩めない。

そいつはナイフを止めていない方の手の人差し指で、私の胸の中心を指した。

 

「この呪いを解いてあげる」

 

少し、耳を傾けてしまった。

この、怨念の呪いを解けると?

 

「私と一緒に行きましょう?そうしたら、これも解いてあげるし、ナイフの呪いの方も解いてあげる」

「ナイフの……呪い?」

 

私の胸にある黒い刻印のことは知っている。だけど、このナイフについては初耳だ。

私が零すと、彼女は嬉しそうに笑って続けた。

 

「たまに『憎い〜』だとか『なんで殺した〜』とか言う声が聞こえない?」

「聞こえる……。けどそれはこの胸に刻まれたもののことだ」

「あら」

 

そいつはあらあらあら、と楽しげな表情になった。

 

「それは違うわクレハ。それはナイフに刻まれた名前の対象に怨念の力を与えるものよ。あまり貴女は使っていないようだけど」

 

え、じゃあ……

 

「……この刻印は?」

 

思わず手を緩めてしまう。

と、その隙にそいつは窓を開け放ってそこに腰をかけた。

そして、私に手を差し出して言う。

 

「ふふ。もうすぐ争いが始まるわ。私なら貴女を守ってあげられる。呪いから自由にもしてあげられる。元の居場所にも戻してあげられる。」

「さあ、私の手を取って。そうしたら……全て教えてあげる」

 

最後の言葉を言う際、風が吹いて彼女のウェーブのかかった髪がなびく。

髪に隠れた顔から見える、アメジスト色の眼は少し、

冷たく、哀しそうな眼光を放っていた。

夕暮れのせいか、紅に近い輝きで。

 

それには人を誘う魔力があった。

それに従えばいい。彼女は私が望んでいたものを持っている。

けれど、

 

「……元の場所には……戻らない……」

「何故?」

「……貴女が、来るのが遅すぎたから」

 

そいつの目線が私の視線を追う。そして机上のピンに行きあたる。

 

「……そう、それは残念。でも、今のままじゃ貴女、何も守れないわよ」

「…分かってる」

「ナイフの呪いの限界を超えるのはやめなさい。力が欲しいなら私があげる」

 

そう言ってそいつは懐から小瓶を取り出した。その中には血のように赤い液体が入っている。

 

「それは……?」

「これは取っておきの秘密道具〜♪けれど副作用:私の眷属になる、が付いてるわ」

「論外だ。帰れ」

「でも不老長寿になれるわよ?」

 

それこそ有り得ない。私は、あいつと同じ時を歩みたいと願っているのだから。

 

「断る。帰れ」

「分かった。今日のところは帰るわ」

 

妙に素直に引き下がるな……。

 

「あと私は"そいつ"じゃなくてマリアだから。覚えておきなさい」

 

聖母のようなと思ったら、名前もそうだとは。

というか、私の心を読んでいたのだろうか。こいつといると、不愉快なことばかりだ。

 

「もう来るな」

「でも貴女、必ず私の所に来るから。だから前払いでその胸の呪いのこと教えてあげる」

 

「ーーーーーーーー」

「え……」

 

「さようなら、また会いましょう」

 

風が吹いてカーテンが暴れる。

言い返すまもなく風が止み、彼女の姿は消えていた。

 

私は彼女の言葉を反芻する。

胸に刻まれた黒い刻印が、どくどくと脈打つ音だけが耳に響いていた。

 

 




次回、選抜術式試験スタートです。
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