読んで下さる方、本当にありがとうございます!
今回は前話の続きから始まります。
さらには少しアクシデントそして初任務。
それでは第14話 どうぞ!
side 柊暮人
雨が激しく車の窓を打つ音だけが聞こえる。
外の様子もその雨のせいではっきりとは見えない。
隣の座席で、毛布にくるまっているクレハが眠っているが、寝息は小さすぎて雨音に完全にかき消されてしまっている。
胸の上下も、俺の目で辛うじて分かる程度しかない。
やはり、かなり衰弱しているようだ。
だが……
「…………」
クレハを見る。
クレハの拷問の様子は
ここで、百夜教の襲撃時の事を思い浮かべる。
帝ノ鬼の部隊を率いて学校に戻ったあの時。
そこで見たのは、
幾人もの生徒の死体
血に染まった校庭
そして、狂気に染まったクレハの眼だった。
まるで、ここにある死体は全て、彼女が作り上げたものだと錯覚するような、
狂気だった。
今直ぐ手を掴まなければ、どこか遠くへ行ってしまうような……。
いや、何かに操られているようだったと言ってもいい。彼女の腕をつかんだ途端、操り糸がプツンと切れたかのように、彼女は倒れ込んだのだ。
そして……。
身体を抱きかかえた時に見たものが、鮮明に脳裏に焼きついている。
前を開け放った制服の合間に見えたのは、想像通りの白い肌に、根を張る
"黒い七翼の天使"____
現在の状況に意識を戻す。
今のクレハはまるで死んでいるかのようで。
車で駆けつけさせた時、彼女の姿を見て湧き上がったのは、怒り。
クレハが拷問されても、何一つ意見出来ない自分へ。
何故、
何故、俺は、たった1人の愛する人さえ守れない。
何故、俺にはこんなにも力が無い。
柊の次期当主候補として、いくらもてはやされようと、
結局父親には勝てない。何も出来ない。
そのうえ、例え帝ノ鬼の主権を握ろうと、ヴォルガスには手を出すことも難しい。
もっと……
もっと俺に、力があれば…………
「必ずお前を…」
そう呟いて、クレハの髪をなぜようと手を伸ばす。
が、
「……暮人」
髪に触れよう、というところで伸ばした手はガッ、と手首を掴まれて止められた。
「起きていたのか」
「……いや」
見ればもうクレハは目を開けている。
恐らく本当はずっと起きていたのだろう。
その様子を確認して、淡々と告げる。
「お前の尋問の詳細は知っている。そして、お前はもう、正式に俺の下に配属された」
「……そう」
「帝ノ鬼はお前の話を信じた。裏付ける証拠があったからな」
実際は少し違う。
まだ、ヴォルガス本部への確認が取れていない。
クレハの部屋から見つかったあちらのトップからの命令書によると、クレハを介してのコンタクトも可能なようだが、帝ノ鬼は、父上はそうしないらしい。
クレハにも内密に、密書はついさっき信用できる者に持たせたところだ。
「既に聞いているだろうが、お前に柊家の敷地内に建つ帝ノ鬼の官舎が与えられる。その用意が出来るまで、柊家の屋敷の客室を使え」
「でも、家に帰されたんじゃ……」
「これは俺からの指示だ」
こんな時に一人にしておけるか。
「……そう。じゃあこの車はそこに?」
「ああ」
クレハはあまり驚いた様子も見せず、外に目を向けた。
と、思えば急に強い口調で
「止めて」
と言う。
「どうした」
「一旦家に戻る。下ろして」
「なら車で行けばいい。おい、場所はわかるな」
前にいる直属の運転士に呼びかける。
彼はすぐに「はい、分かりました」と答えると、進路を変えた。
こんな雨の中で行かせたくない、というのもあるが、今は、やはり一人にすべきではないと考えた。
彼女の尋問の内容は、"こちら"の尋問の片手間に把握した。命令書の内容もだ。
だが、彼女は嘘をついている。
確かに、俺が昔彼女に会った時期と、命令書に書かれた内容に矛盾は無い。だが、あの時の彼女の様子は…
そう考えているうちに、クレハの家につく。
クレハは一人で車を降りて家に入ると、数分と待たずに戻ってきた。何か持っている様子は無い。
「わざわざごめん」
「忘れ物か」
「ちょっとね」
そう言うと、またクレハは目をつぶる。
「着いたぞ」
そう暮人が言うまで彼女はずっと目を閉じていた。
暮人の言葉に、彼女は目を開けると、暗い空にそびえる屋敷を見つめて一言
「懐かしいな……」
そう呟いた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「うわ、広っ……」
あの日から数日。
柊家の客室からようやく官舎に移ることが出来た。
荷物の移動などは、帝ノ鬼の人が手伝ってくれた。
彼らが言うに、私は彼らの上司なのだそうだ。
イタリアで部下を従えていた経験があるにしろ、敵地同然の場所で頭を下げられるのは不思議な感覚だ。
官舎の私の部屋は一番上の階にあって、とても広い。私が以前住んでいたボロアパートより断然広い。
キッチンもお風呂も完備していて、思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
「わぁ……」
「何かありましたら、取り付けられた電話でいつでもお申し付けください」
「ええ」
「それから、こちらを柊暮人様から預かっております」
そう言うと、部屋の整理をしてくれていた兵が細長い袋から重みのある細長いものを取り出す。
「妖刀・
彼に近づいて、それを受け取り、鞘から少し抜くと、それだけで紫の光が漏れでた。
うわ…こいつは確かに妖刀だな。
鞘に戻して、少し視線を上げると、兵の表情が少しこわばっていた。
よく見れば、手袋を着けた手も少し震えている。
明らかに、武器を手にした私に対してだ。
もしかしたら、こいつは、百夜教の襲撃の日のあの校庭に居て、私を見たのかもしれない。
「ありがとう。下がって構いません」
緊張されるのも余り心地が良くないので兵の目を見つめて、ふっ、と微笑みかける。
すると
「は、はい。失礼します!」
今度は、顔をぱっと赤らめたかと思うと彼は早歩きで去っていった。
一体何なんだ…………。
まあ、そんなことはいい、と蓮華を玄関から居間に繋がる短い廊下に立てかけ、フカフカベッドに飛び込む。
そしてこれまた用意されたデジタル時計を見る。
現在朝の八時。木曜日の。
学校?
ドタバタしていたからこのところ数日間休んでいる。
拷問の傷も、実はようやく今日あたりに完治したところなのだ。
いくら皮膚の表面上が修復されていても、内側のダメージが残ってしまっていた。
という訳で、まあ明日にでも学校には行こうかなと…。
さて、
「風呂の使い心地を試すか」キリッ
以前住んでいたボロアパートにはシャワーしか無かったから、湯船につかれるなんて本当に久しぶりだ。
服を脱いで、風呂場に入り、キュッとレバーを回す。
シャワーを浴びふと、閉じていた目を開けると、目の前の大きな鏡に自分の姿が写っている。
濡れて、肌を伝う髪の合間に見える黒い紋様。
「醜い……」
ぎり、と唇を噛んで、黒い天使が写る鏡に拳を突き立てる。
ピシッ、と音を立てて、亀裂の走る鏡。
亀裂の中心から流れ出る赤い液体は排水口に流れ落ちる。
「あ……」
しまった。
引越して早々、鏡を割るなんて。どうかしてる。
そもそも、この刻印だって、幼い頃からあるじゃないか。
昔は、寧ろ誇りにすら思っていたかもしれない。
なのに、どうしてこんなに嫌なんだ。
……今は休むことに専念しよう。
シャワーを浴び終わって、浴槽を見れば、まだお湯が溜まり終わっていないようなので、一旦バスタオルを身体に巻いてベッドに向かう。
そこで少し座って待とう。と、思ったその時。
「ピンポーン」
インターホンのチャイムが鳴った。また帝ノ鬼の兵士だろうか。
居間にあるそれに素早く駆け寄って応答する。
「はい」
「今、入っても大丈夫か」
「大丈夫、今開けるから入って」
そこに映っていたのは暮人だった。
インターホンの機能を使って扉のロックを解除して、玄関に小走りで向かう。
引越し祝いでもしてくれるのだろうか…………って
「うわっ!?」
もうすぐ玄関というところで、何かにつまずいた挙句、その何かを踏んで後ろに身体が倒れていく。
いや、倒れてたまるか。まだ手はある。
目の前の、丁度入って来ていた暮人の学ランをガッと掴む。大丈夫、暮人なら踏みとどまれる。
と、思っていたのが甘かった。
引っ張る力が強すぎたのか、大きな音を立てて私を下にして2人して床に倒れ込んでしまう。
突然だったから踏みとどまれなかったのも無理は無い私が重かったんじゃない。
「…………」
暮人と目が合う。
相変わらず何の感情も映さない目だ。
そこで、暮人の瞳に映った自分を見て気が付く。身体に巻いていたバスタオルが取れていることに。
「…………!」
そもそも巻いていることを忘れてた。ワンピースとそんなに変わらないし。
すぐさまバスタオルを手繰り寄せようと、手を動かそうとする。が、少しも動かない。
私の手首はすっかり、暮人の手に体重をかけて床に縫い止められてしまっている。
下半身も、跨がられていて動かせない。
何もかもが、近い。
は、やく隠さないと……。裸体なんてどうでもいい。刻印を……
暮人は黙って私を見下ろしている。
思わず目を逸らす。
熱い、鼓動がうるさい。
苦しい、息が詰まりそうだ。
(早く……)
と、思えば急にすっくと立ち上がって、私にバスタオルをかけて背を向けた。
「すまない。後でまた来る」
そう言うと扉から出ていこうする、前に呼び止める。
「いや、居間で待ってて。すぐ着替える」
そう伝えて、風呂場に逃げるように駆け込む。
どうしよう。はっきりと見られた。見られた。
今まで、幾度も好きだの愛してるだの言われていたせいで本当は、少し、どこか期待していたのかもしれない。
「何もしてこないんだ……」
やっぱり気持ち悪いと思っただろうか。
……はは、そりゃそうだ。私だって醜いと思う。
でも……
なんだろう。この重い、淀んだ感情は。
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「ごめん、待たせた」
「別に構わないよ。突然来てすまないな」
「……私の方こそ」
新しいワンピースに着替えて居間に戻ると、暮人はコーヒーテーブル脇の椅子に座って待っていた。
相変わらず冷静で、さっきのことなど無かったかのように。
私も向かいの椅子に座って話を切り出す。
「で、何の用?」
「お前の初任務だ。まずはこれを」
そう言ってテーブルに置かれたのは、数枚の紙だった。
クレハはその紙を、見る。
するとそこには、上野のものと思われる航空写真が印刷されていた。今日の日付のものだ。ニュースでは毒物がまかれ、動物が殺されたのでいま、封鎖になっているはずだが。
しかし写真で判断、動物園の東園中央が、まるで爆弾が爆発したか、もしくは隕石でも落ちたかのように、えぐれているように見えた。
「これは…7時のニュースで……」
「そうだ。ニュースはもう見たか?」
クレハが頷く。
暮人が続けた。
「だがあの情報は全部嘘だ。帝ノ鬼の情報局の調べでは、上野全域は百夜教の実験場になっていた。そしてそこで、何か事故があったらしい。現在、百夜教はその事故について必死に隠蔽しようとしている」
クレハは聞いた。
「何の実験?」
「さあね。上野で実験をしている、ということは前々から知っていたが、奴らと戦争するつもりなどなかったからな。調査はしていなかった。探れば探られる。だが、お互い探られたくない隠し事は多かった」
「けれどもう、状況が違う」
「そうだ。知ってのとおり、奴らは不可侵条約を破った。戦争は始まった」
「じゃあもう調査部隊を?」
その問に、暮人はあっさり頷いて言った。
「昨日の深夜から、既に十七部隊派遣した。だが全滅だ。そこでお前だ。これはウイルスに関連しているかもしれない」
「…なるほど」
つまりこれは、今起きている戦争の最前線に出ろ、という命令のようだ。
確かに、私はヴォルガスから受けた"命令"により、百夜教の実験を食い止める義務がある。
「まあ、お前一人で十分だとは思うが、こちらが選んだ特務チームと行動してもらう」
「特務チーム?」
「一瀬グレン、柊深夜、十条美十、五士典人、雪見時雨、花依小百合の6名だ」
全員一年生か。というか一瀬は暮人の部下になったのか?
と疑問はあるが、話を促す。
「分かった。他には?」
「任務開始時刻は11時だ。だが用意出来次第、生徒会室に来てくれ。戦闘服もこちらで用意する。その他の事はそこで伝える。これは処分していいか」
暮人がテーブルに広げていた紙を手に取って聞く。
もう書類の内容は全て覚えたので頷く。
暮人はそれを見て書類を持って立ちあがり、玄関に向かう。
後を追うと、暮人が急に屈んで何かを拾った。
妖刀・蓮華だ。
「さっき蓮華を踏みつけていたな。これは妖刀だ、気をつけろ」
あーさっき躓いたのってこれかー。
「今回の任務もこれを使え。切れ味は保証する」
そう言って手渡してくる。力を込めて握ると、その分共鳴して空気を震わせるようだ。
「分かった」
「じゃあ後でな」
「ええ」
暮人が出ていき、バタン、と扉が閉まると、再び部屋が静かになる。
さて、準備を終え次第、学校に行こう。
そう意気込んで、以前の家から持ち出したものを手に取って見つめた。
次回、特務チームと合流します