あけましておめでとうございます!
今年もよろしくして頂ければ幸いです
それでは第21話どうぞ!
Side 柊暮人
近くの教室では、一瀬グレンとの戦闘が続いている。
だと言うのに、彼女は静かに俺の前に立つ。
彼女の美しい眼が、俺の目を見つめている。
これが、幾人も斬り殺してきた女の眼だというのか。
彼女の瞳の色が、影る。
「私の眼は何色?」
なんて。彼女はいつもどこか謎めいたところがあったが、なんの意図も読み取れない問いをかけてきた。
これは、どう答えるべきか。彼女は、一体何を考えているのか。
「綺麗な蒼色だよ。急にどうした」
そう答えると、クレハの口元が少し、緩んだ気がした。
眼の色を綺麗だと言ったから喜んだのか…それとも。
「ねぇ、暮人」
さっきのは気のせいだったか。
もう、普段通りの無表情に戻っていた。
いや、無表情と言うにしては……歯を噛み締めているように見える。
それに、何かを抑えているような、そんな話し方だ。
「なぁ、クレハ。お前、何か…」
隠してないか…独りで抱え込んでないか。
既に何かを隠しているのも、抱えているのも知っている。だが、もっと大事な____何かを
やはり俺では、相談するには足りないのだろうか。
俺に、力が足りないから____
「すまない。俺に力が無____」
「違う。暮人、その腰にさげているのは鬼呪の刀でしょう?」
そうだ。柊真昼が独自に進めていた研究の資料が今日、一瀬グレンの手によって見つかり、ようやく形になった武器だった。
だからこそ、今は分かる。
彼女が携えている刀のうち、ひとつは妖刀・蓮華。もうひとつは…凶悪な鬼が宿った強力な鬼呪装備だ。
「そうだ。お前のそれも同じだろう」
「うん」
どこで手に入れたか、などは聞かない。
それより、彼女には元から正体不明の呪いがあったはずだ。そのうえ、更に鬼を従えるなど…。
自分で体験済みなのだから、鬼呪を扱うことがどういう事なのかは分かる。
身体もそうだが、もはや精神がどうなっていることか。
「今のお前は、先週までのお前と同じなのか」
クレハが一瞬、目を見開く。
それで分かってしまう。彼女の根本的な何かが、既に変わっているのだと。
「違ったら…私を殺す?」
もう何度も離さないと言っているのに、愛しているのに、まだそんなことを言うのか。
「殺してほしいのか」
彼女はこんなに近くに居るのに、彼女の真意がわからない。何も。
尋ねると、クレハは少し遠くに目をやった。視線は俺の目を向いている。だが、見ているのは俺じゃない。
そのことに気づいて少し、胸にもやが立ちこめる。
彼女は何か考えて、その口角をわずかに、ほんの僅かに上げて口を開いた。
「もし私が________」
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「もし私が…本当に貴方の敵になったら、殺しに来てくれる?」
そうしたら。また会えるから。
聞きたいことがようやく聞けた。
「クレハ。どこに行く気だ」
先程の問いには私が去る意味も含まれていた。暮人はそれにすぐ気付いた。
「答えて」
言いながら暮人から目を逸らす。
喉の渇きが加速する。目の前の暮人の首に意識が引き寄せられる。もう、時間が無い。早く答えて、と焦る。
早くしないと、私は、貴方を。
「…分かった。必ずお前を見つけ出す。お前がどこへ行こうとも」
「…うん」
頷いてもう一度。最後に暮人の目をしっかりと見据える。
その暗く熱を持った目を見ると、熱いものが移ってきて、目から溢れそうになる。
暮人の右手が、私の髪飾りに触れる。まだ、あの時には、本当に知らなかったのだ。これを暮人からプレゼントされるまで。
目を閉じる。
吐息を感じるほどに。熱を感じるほどに、ああ、彼がそこにいるのがわかる。
刹那。唇に、柔らかい熱が、触れるのを感じた。
ああ、
(もう、私は知っているよ。それが、---- だって)
熱は一瞬で、冷気へと変わる。
目を開く。
愛しい人はもう、目を閉じ、立ったまま、動かなくなっていた。
霜が至る所についている。それは、目の前の彼を中心とした、この職員室全てに。
「________さようなら」
空気だけでなく、音、時間までもが凍てついた暗い部屋を、1人の少女が去った。
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「さぁ、行きましょうか」
「…どこへ行く」
学校の裏口から出ると、マリアが待ち構えていた。
以前と変わらぬ、月に照らされた、慈愛に満ちた微笑みをたたえて。
「京都よ。2人でお抹茶でも飲みに行きましょう」
「京都に何がある」
「貴女の新しい家よ」
ふふっ、と笑って言う。
「きっと驚くわ」
今更、何を驚くというのだろう。
「向こうに迎えの車がいるわ。行きましょう」
マリアが私のリュックを下ろさせて手に持ち、背を向けて歩きだす。
無防備な背中。
《あれが無防備に見えるかい? 冗談だろう? 君だってそれなりにやるほうだろう?》
(楽しそうね)
《分かる? 実は君が血を飲んでからすこぶる調子がいいのさ》
(吸血鬼の血が貴女にも影響してるの?)
《本当は共存出来ないはずなんだけど…君の天使の呪いのせいかな?》
だから、先程の緻密な温度低下も成功したのだろう。理論がわからないのが不安要素だが…今更だ。
少し歩くと、人気のない道路に黒い高級そうな車が停めてあった。
「来たわ」
マリアがそう、風がそよぐような声で言うと、その車から、黒いスーツを着た男が降りて、マリアに頭を下げた。
「お待ちしておりましたマリア様。クレハ様。中へどうぞ」
そう言って顔をあげた男は中々に端正な顔立ちをしていて、血のように赤い目をしていた。
男は後部座席のドアを開け、手を広げて招き入れる。
ありがとう、と言ってマリアが先に乗り込み、こちらを見て微笑む。
「さ、クレハ様もどうぞ」
「貴方も吸血鬼なのね」
「はい。貴女様と同じです」
「ええ。同じね」
自分が吸血鬼になった、という実感が突き刺さる。が痛みはもうない。
車に乗り込み、座り心地の良い座席に座る。
男は、扉を閉めると、運転席に乗り、座った。
「行きましょう。安全運転でね」
「了解しました」
エンジンがかかり、緩やかに車は動き出し、加速する。
窓の外を見ても、もう学校は見えない。しかし、喧騒はまだ僅かに聞こえていた、が、やがてそれも聞こえなくなった。
ドライバーもマリアも何も話さず、車の駆動音だけが響く。
本来ならば時間も時間だし寝ておきたいところだが。何故だろう、全く眠くならないのだ。
「そうそう。これを渡しておくわね」
そう言ってマリアがアクションカメラのケースを差し出した。
「もう限界でしょう? 大事に飲むのよ」
開けるとそこには、赤い液体の入った小瓶がいくつか収められていた。
手が勝手に動き、1本開けてすぐに一気飲みする。
鉄の香りが舌に残るが、気持ち悪くはない。むしろ…
「あと、はい。中身」
差し出されたのは洗練されたフォルムの黒くて小さい立方体の____アクションカメラ。
画質も良く、衝撃にも強く、防水機能付き。
もう何かつっこむのも面倒なので受け取っておく。
ため息をつき、外に目を向けると、見覚えのある景色が足早に窓の外を去っていっていた。
京都。
随分遠い所に行くのだ。もう、彼のことをちらりと見ることもないのだろう。そのほうがいい。
もし、渇いた状態で彼を見つけでもしたら……
考えたくもない。
考え出しても動悸がするだけなので必死で頭から排除する。
さて、車内はまた静まり、道中は長い。かと言って、少し目を閉じても睡魔はやって来ない。暇だ。
「暇かしら。長いドライブになるものね」
この女は本当に心が読めるのだろうか。一見ありきたりな台詞だが、タイミングがドンピシャすぎる。
彼女は外を眺めながら話しているようで、表情は全く見えないが、どうせずっと微笑みをたたえているのだろう。
バケモノ。
人の事を言えたものではないが、次元が違いすぎる野田からそう呼んでもいいだろう。
この女が、ヴォルガスを………………。
「クレハ。貴女の家族のこと、聞きたい?」
その言葉に身体が思わずピクリと反応してしまう。恐怖心と、好奇心。
「もう、ヴォルガスを家族とは…」
「少なくともヴォルガスは貴女をそう思っているわ」
この女、マリアの言うことに惑わされるな。
「ルカなんか特に。家を捨ててまで貴女に逢いに行くなんて、シスコン、というのかしら」
「それは、あな…お前が、幹部達を____」
「天に送ってあげたわ。残りも、もうすぐよ」
「………………!」
だめだ。惑わされるな。やはり、幹部のほとんどがマリアの手にかかっている。だが、私を今殺す気はないようだし…もうすぐといっても、ルカは…。
「ルカは今も何処かに潜伏してるはずよ。あの子、本当に優しい子ね、ほんと。可愛い子」
良かった。すぐにそんな言葉が出てくる。もう随分と離れ離れになっていて、最近ようやく一度会えただけなのに。
昔のルカの印象が強く残っている。殺伐とした裏の世界でいつも朗らかで、優しかった、兄。
あの世界で優しい幹部であり続けるというのは、強さからの余裕だったのかもしれないが、それでも私は憧れていたのかもしれない。
彼なら、もしかしたら、マリアからも逃げおおせるかもしれない。
ここで考えは止まる。こんなのは希望的観測だ。
代わりに先程の学校でのことを思い返す。
本当は「抱きしめに来て」と言いたかった。
でも、彼はきっと柊を捨てられない。立場上、こんなバケモノを愛してはいけないはずなのだ。
でも………敵を斬ることなら、出来るはず。
だから____。
それまで私は私のやるべき事をしなければ。
何度目かの静けさに車内が包まれる。それは、目的地に着くまで解かれることはなかった。
《君は一体なんなんだ》
いつの間にか真っ白な空間に自分は立っていた。目の前には凶悪にねじれ曲がった角が生えた____鬼。
初めて出会った時と同じだ。
目の前の鬼は不審なものを見る目で私を見ている。
《初めからおかしかったけど、君は更に吸血鬼にまでなってしまった。そりゃ私は嬉しいよ、ある意味欲望に忠実に生きてる。君は最高だよ、クレハ》
囁くように、この空間に反響する声で話す彼女はとても艶かしい。その赤い瞳はとても、綺麗だ。
《でも、正直に言うよ? 君が恐ろしいよ、私は。君は、家族の真意を確かめたいんだろう? あの男に抱かれたいんだろう? その為に君は何になった》
《いつか君は、人間だった頃の欲望で壊れるよ。
まあ、この身体は一応貰ってあげるけど、手にあまりそうだ》
生意気な口調で締めくくる。心配…してくれてるのだろうか。
「貴女も面倒な友達を持ったわね」
そう言うと、零命鬼はサッと頬を赤らめて顔をぷいっと背ける。可愛い。
《…君が____までは友達でいてやるさ》
白い世界が暗転する。
目の前には、窓越しに光がぽつぽつと灯る街があった。
「京都か…」
有名な観光地だとは知っている。もし、もしかしたら、暮人と行くようなことも____
ないか。
1人の人間の顔を思い浮かべそうになって、抑えて、鼓動を抑えて、
まだまだ道のりは長そうだ。
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Side 柊暮人
クレハが去った。
あちらではグレンを抑えることに既に成功しているらしい。この職員室が静けさに包まれているのはそのせいだろう。
外は帝の鬼が取り囲んでいるというのに、だ。
静かすぎる。時間を忘れるほどに。
霜がところどころ残る部屋を見渡す。
まさか、この部屋の効果だろうか。
クレハがここまでやるとは…
懐から長刃のナイフを取り出す。真昼を捕らえた際に回収されたクレハの私物。
あんな所に落ちているのをクレハが見逃すはずがない。わざと置いていったのだろう。
……強すぎる自分にはもう要らないものということか。
それとも、
『殺しに来てくれる?』
返しに来い、ということなのか。
全く。
「そんなことを俺に言えるのはお前ぐらいだよ、クレハ」
「暮人様」
葵がこの職員室の入口に立っていた。
「一瀬グレンの目が覚めたようです」
「そうか」
葵に視線をやると、目が合った。
深い青色の瞳には何も映っていない。葵も、もう、クレハがこの学校からいなくなっていることには気づいているはずだ。更には霜の残るこの職員室。
葵は、彼女が氷の魔術を得意としていたことを知っている。もっとも、最近使用しているのは魔術なんてものじゃ無いようだが。
「葵」
「はい」
「マフィアの手先、クレハ・ヴォルガスが行方不明になった。捜索して見つけ次第捕縛し俺の元に連れてこい」
「はい。そのように」
軽く頭を下げると葵はそれ以上何も言わずに、この空間を出ていった。何かしら思うところはあるだろうが、私情を挟まないことをよく徹底している。
そんな葵が、なぜクレハを気にかけるのか。
本人は隠している、いや、自分でも気付いてないだろうが。
クレハの最後の姿を思い浮かべる。
僅かに微笑んで話す彼女の口元が強く頭にこびりついていた。
(あれは…牙、か?)
明らかに、クレハの犬歯は鋭く長くなっていた。
前回に見た時には一般的な規格を満たしていたはずだ。
何かの呪いの影響か?
『私の眼は何色?』
『敵になったら…』
「吸血鬼…か」
実在するかもここ最近では怪しかった存在に、クレハがなっただと?
呪いの武器を持った程度の人間が追いつけるのか?
見つけ出したとして、その先は?
〜♪♪〜
携帯電話の着信音が鳴る。グレンからか。
グレンの目が覚めたということは、随分の間自分は凍結していたようだ。
誰も彼もが、人の道を外れてまで望みを叶えようとしている。クレハの望みは、根源の欲望はなんだ?
俺に出来ることはなんだ?
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恋する少年少女の道は分かたれた
それでも、これでようやく呪いから解き放たれる
あと少し
もう誰にも、私の子どもは奪わせない
クレハは京都へ。暮人のその後は小説をお読みの方はご存知かもしれません。京都から連想できるものもあるでしょう…
前話から大分空いてしまいましたが、これからも励んで参りますので、よろしくお願いします!
お読み頂きありがとうございまし!