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前回、海外出張を命じられたクレハ。滅びの日まであと僅か。
それでは、第25話どうぞ!
Side クレハ
「やっと着いた…」
海外派遣の準備、吸血鬼としての訓練を受け、迎えたこの日。既に11月。
フランクフルトの空港まで半日以上。座りすぎで腰が痛い…気がする。
小さなスーツケースを持って外に出ると黒塗りの高級車が停まっていたのでナンバーを確認して後部座席に乗り込む。
私が乗り込むと車はゆっくりと走り出した。
「クレハ・ヴォルガスだな」
「はい」
「着いたら初めにレスト・カー様に挨拶しに行ってもらう。失礼のないようにな」
レスト・カー。フェリドから事前に貰った資料にあった名前。
ドイツの吸血鬼の統治者。クルルと同じ第三位始祖。
私は今日から彼の下働きだ。
昔には任務で来たことがあるはずだが、すっかり馴染みのない風景の移り変わりをしばらく見ていると人気のない場所に着いた。
こちらの吸血鬼の本部も地下にあるらしい。
高級感のある部屋に通されると、これまた豪華な椅子に座る中々カラフルな髪の少年に出迎えられる。右は赤髪左は白髪。容姿は幼いが一体それほどの年月を生きていることか。
「お前がクレハだな」
「はい」
「クルルから話は聞いているよ。腕がたつんだってね」
「それほどでは…」
「謙遜は良くないよ。魔術の知識がこちらで役に立つという売り込みじゃないか」
なんか知らないところで変な売り込みされているんだが…。そうでも言わないと私を欧州に派遣する理由が作れないんだろう。まさか本当に里帰りさせようとしたんじゃないだろうな。
「くだらないことを考える人間の魔術組織は少なくなくてね。掃除にも人手がいるんだ」
「私でお役に立てるならば」
「詳細は追って知らせる。今は部屋で待機しろ」
「はい」
挨拶を済ませ、与えられた私室で体を休める。
《百夜教》のような組織が未だ欧州にもあるらしい。ファミリーにいた時に相手にしたことがあるが、吸血鬼にも存在を知られているとは。
こんな上位存在が昔から近くにいたなんて…。
「……」
あれ。ヴォルガスも禁忌を犯そうとする魔術組織では?
吸血鬼が始末しようとしているのは…。
マリアが利用している組織を易々と消されるような真似はしていないと思うが、急いだ方がいいかもしれない。ひとまず先にドイツに潜伏しているルカと連絡を取らなければ。
まずは此処ドイツ拠点の地形を把握する必要がある。自然と外に出られて、単独行動できる隙があれば良いのだが。
次の任務の時がチャンスか。
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Side 暮人
《鬼呪》装備の本格的な実用化が始まり、第一渋谷高校の生徒たちにも使わせるようになると、定期的に暴走事件が起きるようになってしまっていた。
部下を使い、暴走した生徒を抹殺する日々。
以前一瀬グレンが《アシュラマル》を持ち帰ったことによって、《鬼呪》は飛躍的にその力を増した。鬼の性質の違いによって、強さが変化することや、多様な鬼の力の召喚法が、《アシュラマル》を研究することによって、一気に進んだのだ。 たとえば鬼には質の悪さによって、黒鬼、菩薩、羅刹、荼枳尼、童子などがあり、その鬼をコントロールできるかどうかは、資質と相性によって決まること。
中でも最上位の黒鬼装備は特殊で、心と体に対する、大きな改変手術を施さなければ人間では受けとめきることができないことなど、研究はどんどん進んでいた──
その手術は誰でも受けられるわけではなかった。《鬼呪》についてよく理解しており、呪術のコントロール能力が高く、さらに資質があっても、成功率は二〇%以下だった。 手術を受けて、優秀な者が大勢死んだ。
そうでなくとも一般鬼呪にさえ心を奪われる者は後を絶たない。
この情報は《百夜教》には共有化されなかった。いまも《百夜教》は、性能の悪い、一般《鬼呪》装備についての研究をしているはずだ。 もしもその情報を共有化しなかったことが向こうにバレれば、戦争になるだろう。 だが、もしも全面戦争になったとしても勝つことができる、と『帝ノ鬼』は考えていた。
だからそれだけの価値がある。自ら雷鳴鬼を振るい、確信している。
だがそれでも、吸血鬼には未だ敵わない。
最悪なことについ先日、吸血鬼と化した真昼が第一渋谷高校に現れた。学生の始末に向かわせた一瀬グレン達は交戦し、あえなく撤退したそうだ。
クレハのこともある。力を得るには吸血鬼になることが最適解であるというのか。
……………いや。彼女の帰る場所は人間のままでないと残せない。自分は人間のまま、この場所で踏みとどまらなければいけないのだ。
明日、《百夜教》へ攻撃を仕掛ける。全面戦争になるだろう。 いくら自分たちの《鬼呪》の研究が進んでいるからといって、《百夜教》ほど巨大な組織が、あっさり屈服するとは思えない。 だが、やる必要があった。 《百夜教》が《終わりのセラフ》という、手を出してはならない、破滅的な研究に手を出していることは、調べがついている。 放置すれば、世界は崩壊する可能性がある。
だから、明日には世界中を巻き込んだ戦争になる。
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12月12日
綿密な計画を立て、《百夜教》が《終わりのセラフ》計画の研究を行っているという施設へと襲撃へ向かった。《終わりのセラフ》の研究が行われているとされているのは、大きな場所で、日本だけでも八ヶ所あった。それを同時に潰す。そのための準備を『帝の鬼』は半月かけて行ってきた。
埼玉県にある、山林の奥に隠れて建てられていた研究所を、襲撃するはずだった。
草むらに息を潜め、一瀬グレン含めた《鬼呪》装備の集団200名を率いて襲撃のタイミングを図る。
だが《百夜教》を襲撃することは無かった。『帝の鬼』が襲撃する前に、別の組織に《百夜教》の研究所が襲われたからだ。
上空を数台のヘリが舞う。
そのヘリからいくつもの人影が研究所へ降下し、次の瞬間、研究所の至る所で爆発が起き始めた。
想定外の事態。計画は一旦中止だ。グレンを含む部下200名に待機を命じて立ち上がった。
するとヘリから1人、何者かがこちらに降りてくる。
どんっと、大きな音を立てて着地する。普通の人間では死ぬ高さだった。《鬼呪》を装備してさえ足の骨は折れるだろう。
だが落ちてきた何者かは平然としていた。白い、見覚えのある戦闘服を着た男だった。
その目が赤い。
口許に牙が生えている。
あの時の、クレハと同じ。
(吸血鬼か…)
まずいな。交戦したら間違いなく皆殺しにされる。
吸血鬼の男は、草むらに隠れていた武装している集団を振り返りもせずに、言った。
「……ムシケラども。お前らは、なんだ」
立ち上がっている自分に対する問。ここから言葉を間違える訳にはいかない。
「俺たちは《百夜教》じゃない。《百夜教》を襲撃に来たんだ」
「目当ては《終わりのセラフ》か?」
「…そうだと答えたらどうする」
「皆殺しだ」
背中が強ばる。一言も間違えるな。
吸血鬼はどうやら《終わりのセラフ》に関わる人間を殺しに来たようだった。
研究所が爆発し、破壊されていく。中の人間も、研究も、あれでは全て燃えて、灰になってしまっただろう。
明らかに《終わりのセラフ》を手に入れようとしている者の攻撃の仕方ではなかった。
吸血鬼たちは、完全なる破壊を目指している。
「どうしたら見逃してもらえる」
「すぐに消えろ。《百夜教》は今日終わる」
「お前らが奴らの《終わりのセラフ》計画を潰してくれるということか?」
「そうだ」
「なら、13日後に訪れるという破滅は、阻止されたのか?」
と、聞くと、吸血鬼は振り返った。
「何の話だ?」
「《百夜教》は今年のクリスマスに《終わりのセラフ》を発動する。そして世界は終わると言った奴がいる」
するとそれに、吸血鬼が、笑った。
「はは、なんだそれ。そいつには未来でも見えてるのか?」
「………」
「預言者かなにかか?」
酷く低俗なものを見るかのような目で、吸血鬼は俺を見下ろして嘲笑する。
するともう1人、研究所の方から吸血鬼が現れた。
「ルギー君」
ルギーと呼ばれた吸血鬼が、それに振り返る。
「これはルカル・ウェスカー様」
「何してる。何故そいつらを殺さない」
「それが、こいつらは《百夜教》ではないようで」
「だから?」
ルカル・ウェスカーと呼ばれた吸血鬼が、近づいてくる。奇妙な風体の男だった。シルクハットをかぶり、
クラシックな服装をしている。一目見て貴族とわかる格好だった。
そして人間は、吸血鬼の貴族には絶対に勝てない。
ルカルは暗く鋭い瞳でこちらを見る。ぺろっと舌を出す。
「《百夜教》でないのなら、こいつらの血は吸っていいのかな」
「…私からは、なんとも」
ルカルが近づいてくる。
部下の何人かが動こうとしたが、後ろ手にそれを制する。
《鬼呪》装備200名でも、たった2人の吸血鬼に勝てないのだ。
ルカルは俺の行動に気付いたようだった。
「いい判断だ。家畜の分際で、お前は頭が切れるようだな」
「……見逃してくれ」
するとルカルが俺の頭へそっと手を伸ばす。その指には長い爪が生えている。その爪を振るわれれば俺の首は簡単にはねられるだろう。
そして、
「いいだろう。うるさく騒がなかった褒美に、見逃してやる。私は子供の血にしか興味が無いしね」
どんっと胸を押され、1歩下がる。
ルカルは全く警戒していない様子で、俺達に背を向けた。
ひ弱な家畜など気にする必要もないというように。
上空でホバリングしていたヘリから声が落ちてきた。
『殲滅完了!次の《百夜教》の拠点を潰します』
ルカルはそれを見上げ、
「こんなことは、クルルが自分でやればいい話だ」
などと言いながら、ルギーと2人で去っていく。
そして人間たちは、ただ、それを見ていることしか出来なかった。
吸血鬼の姿が見えなくなり、息を吐く。緊張を見せないようにはできるが、しないというのは無理がある。
吸血鬼が《百夜教》を潰してくれるらしい。
《百夜教》の拠点は世界中にあるが、吸血鬼も至る所に存在しているのだろうか。
クレハと同じ戦闘服を着た吸血鬼。
もしかしたらクレハも____
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Side クレハ
12月21日
日本の外にも《百夜教》の拠点がこんなにあるなんて。
もう10日も働き詰めだ。レスト・カーの命令で、ドイツだけでなく、欧州各国を飛び回り、研究所を破壊し尽くす。
同じ宗教でも国が違えば呪術、魔術と、扱うものの名前は変わるらしい。
それがなんであろうと、禁忌に触れようとする人間を、吸血鬼は許さない。
支配する側の存在として、愚かな家畜の過ちを正さなければならない。
今襲撃しているこの場所が最後のはずだ。
遂にヴォルガスを襲撃することは無く、ルカと連絡を取る隙もなかった。ルカが見たという天使は《終わりのセラフ》とは関係がないのだろうか。それとも、吸血鬼達に認識されていないのか。
もしくは、
マリアの支配下にある組織には手を出せないのか。
研究所の最深部にたどり着く。嫌な気配。
目を向けた先には、鎖に繋がれた、異形。サイズからして子供だったのだろうか。
《百夜教》は人体実験を行っている。こんな光景を見たのは1度や2度では無い。普通に見える人間も多くいた。もちろん子供も。
「ッ」
それが声を上げる前に切り捨てる。
後は残りも全て、破壊すればいい。こんなことは、遠い昔にもやっていた。人を殺すことをなんとも思わない、かつての自分。
久しぶりにナイフを伝って、呪いの声が聞こえた気がした。
( ____ )
「…なんでもないよ。零命鬼」
気のせいだ。あのナイフは真昼と相対した際に置いていってしまったのだから。今身につけているのはただの投げナイフだ。
全て終わらせてドイツの仲間と共にヘリで引き上げる。
まさか、吸血鬼になり、欧州に来てまで《百夜教》を相手にするとは。相手と言うより一方的な殲滅か。
研究所の魔術的な罠の解除等、一応派遣された者としての役割は果たしたか。
これで《百夜教》は終わりだ。
吸血鬼たちがこの10日間で一斉に世界中の《百夜教》の拠点を潰した。
きっと、呪術、魔術の世界では一大ニュースとなっているだろう。世界でも、1位、2位を争う勢力を誇った巨大呪術組織が、たった10日で崩壊に追い込まれたのだ。
人々の心に、《終わりのセラフ》の研究をするということが、そういうことか、深く刻まれただろう。
だから、これでおしまい。
《終わりのセラフ》の研究が行われないなら、世界の崩壊も、ないことになる。
つまり、世界は救われたのだ。
人類に天罰が下ることはなかった。だが ─ ─
『それは、本当だろうか?』
静まらない胸の内を落ち着かせるように、無意識に髪飾りに手を添える。
今回殲滅した、終わりのセラフ研究する組織にヴォルガスファミリーは含まれていなかった。近づきすらしなかったせいで、様子を見に行くことも出来なかった。
じゃあ、ルカが言った、マリアの子供。
あの天使は一体何?
誰かが言った。人間が、触れるべきでは無い禁忌に触れると、"滅びの天使"が現れるのだと。
では禁忌の実態とは何なのか。吸血鬼の上層部はそれを知っているのだろうか。
《終わりのセラフ》とは一体____
まだ日本に帰れとは命令されそうにない。ヴォルガスに戻る時間はまだ、ある。
「暮人、死なないでよ」
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Side 一瀬グレン
12月23日
グレンはふと思い立って、《百夜教》が運営していた百夜孤児院へと向かった。真昼が近づくなと言ってい た、《百夜教》の実験施設だ。あそこでも《終わりのセラフ》の研究が行われているはずだった。確か斉藤 が、進藤ミカエラという名の実験体を連れていた。それは《終わりのセラフ》の研究についての、真昼が残してくれた資料にもあった名前だ。
孤児院には、思ったとおり、もう誰もいなかった。おそらく、あの子供たちも、皆殺しにされたはずだった。《終わりのセラフ》に関わった者は、すべて吸血鬼に殺されたはずだ。無人の建物の中に、入る。
そこにはまだ、子供たちの生活していた痕跡が残っていた。黒板に奇妙な犬の絵。壁に張り出された標語。 敷かれたままの布団。いくつかの個室には、そこで生活している子供の名前が書き込まれていた。
ーー飯田 茜
ーー灰山淳二
ーー遠藤勇気
その中から、
ーー進藤ミカエラ
の名前を見つける。
「…………」
部屋に入る。
2人部屋だった。
二段ベッドに、机が2つある。
その1つにノートのようなものが広げられたままになっていた。それを見る。
するとそれは、日記のようだった。日記の最後の日付は、12月8日だった。
あの、吸血鬼からの襲撃の、4日前だ。
その日記の内容を見る。
そこには子供とは思えない綺麗な文字で、こんなことが書かれていた。
今日は茜が転んで怪我した。いつも明るくて、強い茜が今日は転んだだけでたくさん泣いてた。
きっと、寂しいんだと思う。
もちろん僕も寂しい。
今日でこの孤児院とはお別れだけど、ここのみんなで引っ越せるのは嬉しい。新しい場所でもみんな一緒なんだから、あんなに泣かなくてもいいのに。
でもやっぱり、ここから離れるのは僕も寂しい。
次にいく場所が、いいところだといいけど___
そんなことを書いていた。
それはどうということの無い日記だった。孤児院の中の子供たちは、別の場所へ移ったのだ。違うどこかへ引っ越した。
ただ、それだけのこと。
だが、
「……吸血鬼襲撃の、4日前だ。これは偶然か?」
グレンはうめくように、呟いた。
「それとも、吸血鬼からの襲撃をもう、奴らは知ってたのか?」
もしもそうなら、まずいことになるはずだった。
もしもまだ、どこかで、進藤ミカエラたちが生きているのなら、それは、《終わりのセラフ》計画が続いているということになる。
暗い孤児院の中、自分の鼓動が少し速くなるのを感じた。
これは、焦りだ。
強い焦りを感じた。
もう、今日は12月23日なのだ。もしもまだ、研究が続いていて、真昼の言う通り世界が崩壊するのが12月25日なら、どうなる___?
孤児院を出た。
ケータイを取り出して、電話をかけた。電話はすぐ繋がった。
『どうした』
「暮人、《百夜教》は本当に壊滅したのか?」
『そのはずだが』
「間違いないか?」
『いったいどうした?』
「百夜孤児院に行った。孤児院の子供が残した日記を見た。吸血鬼襲撃4日前に、他へ移転していた」
『………』
「もう一度確認する。《百夜教》は……」
するとそこで、暮人が言った。
『渋谷にある百夜孤児院の情報は、俺のところにきた。子供はそこで皆殺しになり、放置されていたと報告を受けた』
「馬鹿な!そんな様子はなかったぞ。あの孤児院は襲撃を受けてない。血の痕も、破壊された跡もなかった」
『ちっ……』
暮人の舌打ちが聞こえた。
グレンは聞いた。
「誰から報告を受けた?」
『そこの管轄は二医と九鬼の人間たちだ』
二医と九鬼というのは、柊に仕える名家の中でもかなり大きい勢力を持つ名家の名前だった。
もしも二医、九鬼が裏切っていたら____
《百夜教》側についていたとしたら。
『すぐに調べる。お前は待機していろ』
「どこで」
『使者をやる。もう電話するな。もしこれが本当なら』
盗聴されている。それは間違いなかった。
だが、暮人は最後まで言う前に、小さく息を吸った。
「どうした」
『………』
「どうした、暮人」
すると暮人が答えた。
『敵がきた』
「敵?いったい、誰が敵だ」
それに、酷く冷たい声で、暮人が言った。
『…真昼が、二医の当主と共に、軍勢を率いている』
「なっ……」
『切るぞグレン。裏切り者を殺す』
「待て、俺も加勢……」
だがそこでケータイは切れた。
その切れたケータイを見つめる。そして、これからどう動くのが正しいのかを、考える。
いま、何が起きているのか、もうわからなかった。
《終わりのセラフ》を研究していたはずの《百夜教》は壊滅したはずなのに、研究はまだ続いているようだった。
それもおそらくは、『帝ノ鬼』の内部を巻き込んで。
今日はもう12月23日だ。
もしも真昼の予言通りなら、この世界のタイムリミットは、あと2日しかない。
どうやらいまだ、全てが真昼のコントロール下で進んでいるようだった。何せ自分たちは、いま、どういう状況におかれているのかすらわからないのだ。
二医と九鬼が裏切っているとなると、柊家に仕える九家のうち、どの家が敵かも、もうわからなかった。
こんな状態では、『帝ノ鬼』も危ないかもしれない。
誰が敵で、誰が味方かわからない状況で、混戦が始まる。
なら、その中で自分はどうするのが正解か。
世界が終わる。
世界が終わる。
もしもそれをもう、止められないのなら。
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12月24日
「ぜえ、ぜえ、ぜえ」
みっともない荒い息が、自分の口から漏れ出す。さっきから必死に呼吸を整えようとしているが、うまく収まってくれない。
「ぜは」
柊暮人は強く息を吐き出して、跳ねる鼓動を抑え込もうと、左手で胸を押さえる。 そして、右手につかんだ刀《雷鳴鬼》の力を全身に巡らせる。 一瞬でも気を抜けば死ぬ。
そんな状況が、もう何時間も、何時間も、続いていた。
裏切りがあったのだ。『柊』を守るはずの名家のうち、少なくとも二医家、九鬼家、二つが反乱を起こしたことは確認できていた。
加えて、一瀬グレンとその仲間たちが反旗を翻し、柊真昼に協力すると盗聴されている電話で言った。つまり、仲間は『三宮家』、『六道家』、『七海家』、『八卦家』のにということになる。
しかしそれらの家も裏切ったかもしれない。情報は錯綜していた。そうなるように、真昼に操られてしまった。彼女相手に、ずっと後手後手に回っている。
同じ柊の血を継ぐ者として生まれたはずなのだが、彼女は昔から、本当の天才だった。彼女に比べれば、自分はムシケラ以下だろう。だがそんなことはどうでもよかった。 いま目の前で起きている問題に対処しなければ。 すぐに対処しなければ。
「…………」
敵が襲いかかってくる。 『帝ノ鬼』の戦闘服を着た、敵が。
「暮人様! 前線に立たないでください!」
従者の三宮葵が叫ぶ。 だが無視して、暮人は前にでる。出なければ負ける。それがわかる。ありえないほどに敵は強いのだ。だから、
「轟け、《雷鳴鬼》!」
暮人は叫ぶ。 刹那、自分が持つ刀に、稲妻が帯電する。いや、体全身に稲妻が走り、筋肉の運動を無理矢理加速する。筋肉が引きちぎれそうになるのを、鬼の呪いが無理矢理治癒しながら加速していく。
いま必要なのは、速さだ。 敵を上回る速さ。 敵を殺すための速さ。 腹違いの妹を。
《柊真昼》を、上回る速さを、寄こせ鬼!
「う、おおおおおおおおおおお!」
そして彼の刀は、一閃で何人もの人間を殺していく。一撃で戦況を変えるほどの勢いで。 だが本当なら、そんな戦い方をする必要はないはずだった。
ちょっとしたクーデターの鎮圧に、暮人自身が参加する必要はないはずだった。
なにせ柊家の力は──一瀬家、二医家、三宮家、四神家、五士家、六道家、七海家、八卦家、九鬼家、十条家──
その、すべての家が一斉に反旗を翻したとしても、鎮圧することができるだけの規模であるはずだった。 だからこそ、クーデターが起きて局所的に不利な状況になったとしても、ほんの2時間ほど持ちこたえれば、戦況は変わるはずだった。
力で全てをねじ伏せればいいからだ。
だが、既に1日以上、この場所での交戦は続いていた。
太陽が傾き、空が真っ赤に染まっていく。
日が暮れようとしている。場所は第一渋谷高校。
柊家の本拠地に近い場所だ。
既に応援の部隊は到着している。情勢も改善し始めている。世界中で同時に行われたと思われるクーデターも、徐々に収まり始めているという情報は入っているが、しかし、ここで行われている反乱だけが、なぜかなかなか鎮圧できない。
そしてその理由は、明白だった。
この場に、彼女がいるから。
柊真昼が、いるからだ。
「………………くそ」
真昼は強かった。個人が、だけではない。兵の運用もずば抜けてうまかった。
向こうのほうが圧倒的に数が少ないのに、暮人はまるでこの場を収めることができない。
おまけに真昼は、暮人を殺しにこない。彼女自身が飛び出してくればそれができる瞬間はもう何度もあったはずなのに、それをしてこない。
ただ、ただ、不毛に部下の命が失われていく。
いたずらに時間だけが費やされていく。
「・・・・・・くそ、くそが」
もしもこの様を父上が見たらこう言うだろう。
『暮人、やはりおまえには、柊を名乗る資格はないな』と。
自分が父親でも思う。これほどの実力差を見せつけられて、いまだ自分は生きている価値があるのかと。
真昼が『柊』の名を継ぐというのなら、すぐにでも後継者の座を譲ってもいいとさえ、彼は思う。
『柊』ほどの大きな権力と、人の命を預かっている組織は、優秀な人間が管理するべきだからだ。
だが、彼女は『柊』ではないのだ。いやむしろ、敵なのだ。二医や九鬼をたぶらかして、 《百夜教》に寝返らせるような奴なのだ。それもその目的はまるで見えない。単なる復讐や破滅願望でこれをやっているようにしか見えない。
もしくは、鬼に取り憑かれきった、異常者なのか。
「・・・・・・後者だろ、真昼。おまえはグレンに執着してるだけだ」
彼は敵を殺しながら、小さく呟く。
結局、ここで彼女は殺しておく必要があった。彼女は鬼に取り憑かれ、愛に執着したバケモノだ。このまま生かしておけば柊家にとって___いや、おそらくはこの世界のためにならない。
だから、殺す。
殺す、殺す、殺す!
「この場所で、おまえを、殺す必要がある!」
暮人は真昼に向かって、刀を振り上げながら走る。
背後でやはり、葵や、部下たちが制止する声をあげながら追いかけてくるのがわかるが、どうせ追いつけない。
なにせ彼も柊真昼に比べれば天才ではないが、次期『柊』の名を継ぐかもしれない者なのだ。
ここで誰かに追いつかれるようならば、誰もついてきてはくれない。
だから、彼は走る。刀を振るう。20人の首を刀ではねたところで、柊真昼のいる場所へとたどり着く。だが彼は止まらない。稲妻が帯電した刀が、真昼の首筋へと放たれる。
真昼がこちらを見る。
にやっと笑う。
その首を、はねた!
と思ったが、手応えはなかった。
彼女は首を少しそらしただけで、それをかわしてしまっている。
なのに、
「死ね!」
彼女は手ぶらだった。《鬼呪》の武器を持っているようには見えなかった。鬼の力を使っている様子もない。
暮人は刀を振り下ろす。
だが、彼女はそれもあっさりかわして言う。
「もう兄さん、単独でこんなに前まで出てきて__」
最後まで言わせずにもう一度刀を振るう。
しかし当たらない。
「いったい、なにを証明しようとしているの?」
その稲妻を振るう。だが当たらない。
「あんまり急ぐと__」
「死ね真昼」
「弱い犬が__」
「死ねバケモノ」
「必死にその弱さを隠してるって、バレ__」
「ここで、死んでくれ!」
だが、結局《雷鳴鬼》は、真昼には届かなかった。
真昼が拳を振り上げる。それはゆったり動いているように見えた。よけられるはずだ。当然、よけられるはずのものだ。だが、《雷鳴鬼》で加速した体が伸びきり、一瞬止まってしまったところをちょうど狙われて、真昼の拳は、暮人の頬にあっさり、あたる。
「・・・・・・・がっ」
凄まじい衝撃が顔面をとらえる。首がぐるんっと回る。三半規管が揺さぶられ、平衡感覚を失う。
《鬼呪》を全身に供給し、三半規管のダメージから回復しようとする。そうでなければ膝が折れ、倒れてしまう。
呪詛によって無理矢理平衡感覚を取り戻そうとしたところで___
「あはは」
真昼の美しい笑顔が視界に入った。首をつかまれる。
その真昼の腕を切断しようと、《雷鳴鬼》を振りかぶろうとするが____
「動かないで、弱いんだから」
と、もう一度顔面を殴られる。
やはり異常なほどに大きな衝撃。それはあきらかに人間のものではない。いや、鬼のものですらない、圧倒的な力。
「暮人様!」
その一撃によって、左の眼球が潰された。脳も損傷したようだ。
「…………ぐ」
刀を持っていた手の感覚がなくなる。ぐったりと動かなくなる。膝からくずおれる。真昼に首をつかまれているから、ぎりぎり立っていられる状態になる。
少し離れた場所で、葵の声が聞こえる。
部下たちも、自分の名前を呼んでいる。妹にまるで太刀打ちできない、弱い自分の名を。
暮人様。
暮人様。
暮人様。
「………くそ」
全身に力が入らない。いや、《鬼呪》の力を、すべて左目と脳の損傷修復に回さないと、もう動くことすらできない。
残った右目で、暮人は妹を見つめる。
むかつくほど美しく、絶対的強さを持った女が、そこにはいた。彼女はこの血みどろの戦場で、一滴の血にも汚れていなかった。
異常だ。ありえない。
これで半分血がつながっているというのなら、それは、
「・・・・・・・不平等だろ」
脳の損傷によるぼんやりとした意識で、暮人は妹を見つめながら、呟いた。
すると、真昼は共感するような顔でうなずく。
「ほんとにね。私も普通の女の子に生まれて、恋とかしたかったのに………本当に不平等」
嫌みを言っているわけじゃない。彼女は本気で、そう思っているようだった。
頬に、冷たいしずくがぽつんっと落ちる。
雨だ。
ポツ、ポツポツポツ。
すぐに雨足が強くなった。土砂降りだ。
暮人の全身を汚していた血を、洗い流してくれる。
さすがの柊真昼も、雨には濡れるようだった。目の前の灰色の長く綺麗な髪に、雨が落ちる。
暮人は真昼を見つめて、言った。
「…………殺せ」
真昼は目を少しだけ見開き、
「そんなにあっさりあきらめたら、またお父様に怒られるわよ」
「・・・・・・はっ、おまえは怒られたことがあるのか?」
「ないけど」
あっさり言ってくれる。
ずっと比べられてきた。どの試験でも、常に彼女のほうが高い成績を出した。どれだけ努力しても、それを超えることができなかった。嫉妬はしなかった。彼女のほうが優秀なのであれ ば、彼女が『柊』を継げばいい。そういうものだと思っていた。
だが、父の反応は違った。父は彼女を超えろと、暮人に求めた。直接声をかけられたわけではない。父はそういうことはしない。
ただ、超えるためにやるべき課題を際限なく増やされていった。あきらかに真昼を超えるためのものだと、子供心に暮人は分かっていた。
『柊』を継ぐことができるような存在ではなかっただとか、だからこそ父が、自分に対して高い要求を行っていたのだといまさら気づいたとしても、育ってきた間に培われた心の形はもう変わらない。
彼の心の中に育ったのは、柊家にふさわしい、真昼を超えるだけの、強さを。責任感を。広い視野を、持つべきだと、自分に強いることだ。
もっと。もっともっともっと、柊真昼を、天才を、バケモノを超えることができるくらい 広い視野を持て、と。
左目の修復が終わる。
両目を見開き、美しい妹を見つめる。
「どうせ俺は、おまえにはもう勝てない」
「ふふ、潰れた目が治っちゃうなんて、もうあなたも人間じゃないわねえ」
「《黒鬼》だ。現在、人間が使える最高位の強さを持った鬼」
すると真昼は、暮人が持っている刀を見下ろして、言う。
「《雷鳴鬼》ね」
よく知っているという顔。
彼女はいつだって、なんでも知っている。
「さすが兄さん。彼を屈服させるのは大変だったでしょう。どれくらい人間性を残せた?」
その問いに、暮人は言った。
「人間をやめてさえ、おまえには追いつかなかったよ」
「っていう、兄さんには珍しい意味のない愚痴は、時間稼ぎなんでしょ?」
もちろんそうだ。時間稼ぎだ。
そしてそれがバレてるのも、わかっていた。彼女の動きをここで止めている間に、暮人と真昼を囲むようにして、200の狙撃手を用意する手はずになっていた。
真昼が笑う
「演技が下手すぎるよ、兄さん」
だが、別に演技ではなかった。彼女に心が屈服しているのは本当だ。それは子供のころから ずっとだ。彼女がまともなら、柊の名を継ぐのは彼女であるべきだと、いまも思っている。
しかしそれを、ここで説明する必要はなかった。なぜならもう、
「時間稼ぎは終わった。下手な演技で十分だったな」
「はは、でもどうせ部下たちは撃てない」
「なぜ?」
「私は兄さんを盾にする。撃ったらあなたも巻き込まれるでしょう」
だがそれに、暮人は言う。
「三宮葵という従者がいる。彼女は俺のためなら死さえいとわない」
真昼はかすかに嫌悪の表情で言う。
「そんな子ばっかりね、柊は」
「だが彼女は、俺の死を許さない。彼女は俺のために死ねるが、俺が危険にさらされるのは決して許さない」
瞬間、真昼がこちらを見た。少しだけ焦ったような顔になる。彼女は頭がいいから、いまのですべてがわかったのだ。
三宮葵は暮人が危険にさらされることを許さない。
なのにいま、葵は、暮人のもとへやってこない。
暮人様!と、心配するような声をあげた人間は何人もいたのに、誰も助けにこない。
その理由は?
真昼が言った。
「あなたまさか、幻術を使ってるの?」
使っている。
《雷鳴鬼》を振るって戦場で暴れ回っている間、ずっと使ってきた。
その幻術は誰に向けてか?
味方に向けてだ。暮人は、自分が別の位置で暴れているように見えるよう、幻術を使っていた。 真昼と戦っているのも、別の他の幹部の男に見えるようにしてある。
だから、
「部下たちは撃つ。俺を俺ではないと思ってな」
真昼が逃げようとする。
その髪を暮人はつかむ。雨に濡れている、灰色の髪。
真昼がこちらを振り向いて、手刀を振るう。暮人の腕が引きちぎれるが、彼は気にせず、
「《雷鳴鬼》!」
鬼の名を叫ぶ。刀から、周囲に稲妻を放つ。真昼を狙ったりはしない。当たらないかもしれ ないから。だから、自分も巻き込まれる形で放ちながら、彼女に体当たりをする。
「なっ」
と、真昼の声がするが、それも気にしない。彼女の動きが少し鈍る。感電したのだ。それ以上に、稲妻によって、自分の体にダメージがあったのがわかる。内臓が焼けた。
しかしそれも気にしない。これほどのバケモノを倒すには、犠牲が必要だ。
彼女を地面に組み伏す。
彼女はこちらを見上げて、
「本気で死ぬ気?」
暮人は笑う。
「その価値がある」
彼女は、世界にとって、よくない存在なのだ。
明日、世界が終わるとして。
もしもそれが本当だとしても、彼女を殺せば、それは変わるかもしれない。
だから、
「おまえはここで死ね。それが、俺のいまやるべき仕事だ」
暮人は刀を振り上げた。稲妻を帯電させた。その稲妻を、空へと放った。
それが、合図だ。
ガン!っと、耳をつんざくような轟音が戦場に響いた。雨や、風や、すべての音を、呑みこんでしまうような音圧だ。
それは一般《鬼呪》装備ではない、強い能力を持った狙撃手が200人が一斉にこちらを狙撃した音だった。
逃げ場はない。
そうなるように命じた。
死ぬだろう。クレハにはもう会えない。約束を早速破ることになってしまう。
が、それでも成さなければいけなかった。
が、そこで、
「もう」
と、真昼が言った。首をつかまれた。ごきんっと、その首を折られ、そのまま地面にたたきつけられた。
そして彼女は立ち上がる。彼女の周囲には、200の呪弾が迫っていた。彼女はそれに、目を瞑る。まるで、迫る呪弾を全身で感じているように見えた。
ほんの刹那に、彼女は、どの方角へ、どういうふうに動けば、その呪弾を防ぎきることができるのかを、把握してしまおうとしている。
右肩がかすかに動く。左足が少し後ろに下がる。
対応する気だ。
彼女はこの、すべてに、対応できるよう体勢を整えようとしている。
そして、彼女は動いた。
スカートのポケットから、小さなスティックのようなものを出す。それが少し大きくなり、ナイフのような形になる。そのナイフで、彼女は呪弾を切って落とし始める。四方八方360度から迫りくる呪弾を、片っ端から切り捨てながら、
「剣よ、血を吸え―――」
と、呟いた。
瞬間、ナイフから荊のようなものが飛び出し、彼女の手に巻き付く。ギュルルと、彼女の血を吸い始める。
それがなにかを、暮人は知っていた。吸血鬼が使う武器だ。
それも、貴族が。
彼女はそれを使う。彼女の動きがさらに加速する。
もう、人間の動きではなかった。
鬼に加速されたものでもなかった。
とてもかなわない。あんな動きをするバケモノには、1人ではとてもかなわない、が____
「・・・・・・あっ」
彼女はついに、被弾した。
苦痛の声。
左肩に弾丸が当たる。
続いて右脇腹。
左太もも。
結局一人ではなにもできないのだ。どれほど強くても、大きな組織の前ではどうにもならない。
ぐるんぐるんっと彼女の体が回って、後方へと吹っ飛ぶ。
それは、まるで舞いを舞っているかのように美しく、回転して、吹っ飛んでいく。
暮人はそれを、見つめ、
しかしすぐに気づいてしまう。
彼女は、被弾してもかまわないと判断した攻撃に対しては、その被弾したときに発生する衝撃を使って移動する、という選択をしているようだった。
そのまま彼女は暮人に近づき、腕をつかんでくる。
全身に被弾しながら少しむくれたようにこちらを見て。
「少しは彼女の気持ちも考えなさいよ。生きて逃げるわよ、兄さん」
「なっ・・・・・・」
ぐんっと、腕が抜けてしまいそうなほどの強さで引っ張られる。そして上空へと、攻撃のきていない、真上へと跳ぶ。
やはりそれは、人間が跳べるような高さではない。だが、跳ぶのは間違いだ。跳ぶ速さは跳躍の力でコントロールできるが、落下のスピードはそれができない。
暮人は自分の腕をつかんだ真昼に言う。
「馬鹿が。これじゃ狙い撃ちだ」
だが真昼は笑う。
「そうかな?」
ポケットから今度は、呪符を取り出す。それは柊の人間が使う呪符だ。
見れば内容はわかる。幻術を使うためのものだ。ごくごく基礎的で、使うのに難しいことは なにもない呪符。だからこそ、使い手の能力に効果が依存する。
術者の能力次第で、効果の範囲や相手に効くかどうかが、決まってしまう。
暮人はその呪符を、同時に7枚まで使うことができた。
彼女はいま、100枚以上の呪符をその手に持っていた。
暮人はそれを見て、
「………………そんな枚数、使えるはずが」
「発動は無理かも。でも解呪のためなら」
だが、暮人が使ったのは基礎的な幻術ではなかった。その呪符で解呪することはできない。
だから、彼女がなにをしようとしているのかが、わからなかった。
「いったい・・・・・・」
が、彼女はその呪符をばらまく。まるで小さな竜巻をつくるかのようにくるくると渦を巻き、
100枚の呪符が戦場へと広がっていく。
そしてその瞬間、幻術が、晴れた。
暮人が使っていた幻術ではない。
別の幻術も、ここでは展開されていたのだ。
それが急に、晴れた。
暮人は戦場を見下ろす。
戦場には、驚いたことに、ほとんど敵がいなかった。
いるのは味方の兵だけ。
大勢の味方の兵たちが、いもしない敵に対して武器を振るっていた。
だが、そのすべてが消えた。
全部が。
なにもかも全部がこの女の狂言で、クーデターなど起きていなくて____
暮人はそれに、大声で、
「総員、上空を見ろ!!俺ごと柊真昼を殺__」
が、それを上回る声で、真昼が言った。
「撃つな! 我らは『柊』! 柊殺しの罪を犯すつもりか!」
それで、すべてが止まってしまった。
なにもかもが止まってしまった。
彼女も柊。
自分も柊。
まるでこれでは、ただの兄妹喧嘩だ。
真昼に殴りつけられる。そして自分の体は凄まじい勢いで落下する。頭から地面に落ちる。 ダメージは深刻だ。
すでに腕は千切れ、首の骨は折れ、いまの落下で受けたダメージの程度はもう、わからない。
《鬼呪》を血液にのせて体中に巡らせていなければ、もうとっくに死ぬことができていただろ う。
こんな、生き恥をさらす前に。
真昼はゆっくりと降りてくる。横に。ふわりと、スカートがめくれないように少し押さえて。
誰も、あまりのすさまじい出来事に戸惑い、攻撃をしなかった。
いや、できないだろう。こんなバケモノを相手に、どう戦えばいい?
彼女はゆっくり近づいてくる。楽しそうに、余裕の顔で。
暮人はなんとか顔を上げる。だがもう、それ以上体は動かなかった。
彼は聞いた。
「・・・・・・なぜ、笑う。勝利に喜びを感じられるほどの相手じゃ、ないだろう」
真昼は答える。
「卑屈にならないでよ、兄さん。兄さんは私より立派に人間をやってる」
「馬鹿にしやがって」
「あはは」
楽しげに笑う真昼に聞く。
「・・・・・・じゃあ、全部幻術で、クーデターは起きてないのか?」
彼女は、やはり笑うだけ。まるで暮人自身に、自ら答えにたどり着けといわんばかりに。いや、もちろん彼女には答える義理もないのだが。
「…………………」
暮人は考える。
クーデターはもう、世界中で起きている。その情報は入っているのだ。《百夜教》とだけの戦争ではなく、あきらかに『帝ノ鬼』の内部の者も反乱を起こしていた。
少なくとも、一瀬、二医、九鬼に関しては間違いなく反乱を起こした。
その中で、二医は当主がこの反乱に参加していた。このクーデターのきっかけは、二医の当主がこの場にいたことが発端なのだ。そしてそれを暮人は、自分の目で見たはずなのだが___
「二医の当主がいたのは___」
「それも幻覚」
彼女はあっさり言った。
その情報はとても大きいものだった。もしそうなら、このすべてのクーデターを終わらせることができるような、大きな情報だった。
だが、二医、九鬼が裏切っている可能性がある、という情報は他にもいくつかあった。だからこそ、二医の当主がここを襲った、ということが信憑性を持ち、決定打になった。その情報で全面戦争に突入してしまった。
しかし、それはすべて演出されたものの可能性がある。二医の当主の姿が幻術だったのなら、二医は裏切っていないのだ。
いや、誰も本当は裏切っていなかった、という可能性すらある。
ただ横から鬼に憑かれた女に、恐怖と欲望をあおられただけなのだ。
そして、それですべてが瓦解してしまった。
暮人は自分の妹をじっと見つめる。
『二医の当主がここにいるのは幻覚だ』というのが本当なら、二医は身の潔白を証明するため に、当主自身が反乱は嘘だと言ってくるはずだった。だが、それもなかった。そのせいで、いま二医の持つ兵と『帝ノ鬼』の部隊が交戦状態にあるはずだ。
だが、なぜそうなったのか。
彼は聞いた。
「二医の当主を殺したのか?」
「うん」
彼女は、あっさりうなずく。
「そしてその情報をもうここで明かしていいだけの目的を、おまえはすでに達成したと?」
そうでなければ、彼女は話さない。自分の力の大きさを示して勝ち誇ることなど、彼女は決してしない。
彼女は、必要なことだけを、必要なだけ行う。
つまり。
「・・・・・・俺をここで殺さない理由があるのか?」
真昼は首をかしげて、
「大切なお兄様を、なぜ私が?」
殺す価値などない、ということだ。生かしておいても、障害にすらならない。
だがまだ、利用価値はある。だから生かされている。
暮人は聞いた。
「・・・・・・おまえはなんのために時間稼ぎをした。俺を使って、何をしたい?」
すると真昼はさらに近づいてきて、しゃがむ。彼の頭の横に。そして顔をのぞきこんでくる。
彼女の長い髪が、鼻先にあたる。
大きな瞳がこちらを見下ろしていて、クレハ程では無いものの、より彼女が美しいのがわかる。
真昼は言った。
「さっきの言葉、本当なんだけど」
「言葉?」
どの言葉のことか、わからなかった。
すると彼女は言った。
「大切なお兄様って部分」
「吐かせ」
しかし、彼女は表情を変えずに続けた。
「ほんとなんだけどなぁ。あなたの姿はずっと見てた。普通なら潰れちゃいそうなほどの柊の期待を一身に受けて、それでも責任を全うしようという姿を」
「…………………」
「私よりも全然才能がないのに、卑屈にならず、逃げずに、地道にこつこつ前へ進む姿を」
「…………………」
「だからあなたを私は信じる。あなたは決して逃げないから。私と違って、近道したいという誘惑にも耐えられるから」
「いったいおまえは、なんの話を――」
遮って、彼女は突然、こんなふうに言った。
「ねえ兄さん。『柊』はなぜ、これほどの力を持てたんだろう?」
彼女の言葉は、しかし、それだけだった。
暮人は妹を見上げた。だが、それ以上言いたいことはないようだった。
る。
彼女は大きく一歩下がる。
そのときにはもう、暮人の体は動くようになってきていた。呪詛によって、回復したのだ。
折れた首が。
破壊された骨が。
腕はまだ、治せない。切断された腕を接合するには、いまの鬼の力ではそれなりに時間がいる。
少し離れた場所。
地面に落ちた自分の腕に目をやる。
しばらくそれを見つめてから立ち上がり、聞いた。
「…………………真昼。おまえはいったい、なにと戦っている?」
「兄さん。人間の世界が終わるの。これは確定してる運命」
「いったい誰が確定した?」
「…………」
「誰だ?」
「…………」
彼女は答えない。自分で答えにたどりつけ、ということか、それとも、もうわかるだけの情報は与えただろう、ということなのか。
真昼はかすかに困ったような、弱気な顔をしているように見えた。
その顔を見つめ、暮人は言う。
「まさか、『柊』か?」
また、彼女は答えなかった。
これは情報操作なのか。それとも、真実なのか。悩めば悩むほど泥沼にはまっていきそうだった。
何せ相手は真昼なのだ。自分とは違う、本物の天才なのだ。
だが、それでも、
『「柊」はなぜ、これほどの力を持てたんだろう?』
その言葉が頭の中をぐるぐる巡っていた。柊の1番中心にいたはずなのに、いや、いたからこそ、その疑問の大きさがよくわかる。
なぜ自分たちはこうなのか。
なぜ自分たちはこうも、こうなのか。
彼女は言った。
「どちらにせよ、こんな世界ではあなたも私も、信用できる味方は少ない。だから____」
と、そこで少し止め、一呼吸してから、彼女は言った。
「グレンと彼女を大切にしてね」
それで彼女は去っていった。
その彼女を追おうとはもう思わなかった。どうせ追いつけない。いや、追いつく必要があるかどうかもわからない。
ただ、彼女の目的は、もう分かっている。
それは、彼女が暮人を見ていた、という理由と同じだ。
彼もずっと彼女を見ていたから、わかる。
柊の名を争う兄妹として、彼女のことを気にしていた。
そしていつも、彼女の目的は、グレンだけだ。
グレンを守ることだけを考えている。
「・・・・・・違うな」
そのためなら、手段を選ばない。なら、グレンを守るために、世界を破滅させるのか?
と、暮人は呟く。
彼女は世界などに興味がない。なにもかもに興味がない。そもそも、鬼に取り憑かれた人間は、たいていのことには興味がないのだ。
ただ、ただ、一つ。
純化した欲望だけを追い求めるようになる。
彼女にとって、それはグレンだ。
恋だ。
幼いころの恋物語の成就だ。
だからこそ、彼女は世界を破壊したがらない。彼女が望むのは、この世界において、グレンと自由になることのはずだ___と、そう思うこと自体が、妹の思惑どおりの手の内かもしれないが。
しかし彼女の口ぶりでは、世界の破滅は変えようのない既定路線のようだった。
「……………」
落ちている左腕を拾い上げ、断面に押し付けながら考える。
柊はどのタイミングで世界最大といっていい呪術組織へと到達した?
柊の歴史の始まりは、知らされていなかった。
創始者が誰なのか、暮人は知らない。
だが、最初から強大な力を振るっていたことはわかっている。そういう情報は残っていた。
おまけにそれをそのまま信じるのであれば、最初の二百年ほどは、同じ人物に率いられていたようにも読み取れる。
二百年____一人の人物が柊を率いていた。
そのことについて、いままで一度も気にしたことはなかった。古い情報なのだ。欠損箇所も多い。なによりそれは、宗教や呪術が関わるような組織の話なのだ。
神話や、寓話や、おとぎ話めいた要素も入っている。
なら、『帝ノ鬼』の創始者が、二百年の時を生きる神のような存在に描かれていたとしても、 話半分にとらえる必要がある____と思っていたのだが。
また、さっきの真昼の言葉を思い出す。
『「柊」はなぜ、これほどの力を持てたんだろう?』
そして。
『兄さん。人間の世界が終わるの。これは確定してる運命』
それは誰が確定した?
誰が、確定したんだ?
もしそれが仮に、暮人があずかり知らないさらに上層部の、『柊』の意思だとしても、それを柊にさせているのは果たして、
「・・・・・・人間による決定なのか?」
彼は小さく呟く。
200年。
200年、同じ人物が率いていた____
「…………」
押し付けている左腕に、感覚が戻る。接合したのだ。
暮人は無言でその手をあげる。
自分の、手のひら。
これは、一体何を掴むためのものなのか。
初めは柊の当主にふさわしい人間を目指していた。
そのうち優秀な妹に負けないことを目指しはじめるようになった。
いつしか遥か高みへと飛んでいってしまった妹を見上げ、追いかけるようになっていた。
だが、いまやその妹も柊から去った。
おまけに目指していた『柊』家当主の座すら、人ではないなにか傀儡の可能性が示唆され始めていて。
暮人は、鬼の力によって接合した自分の手を見つめる。
この手は、いったいなんのためにある?
自分は、なんの責任を負うために存在する?
「…………」
それを彼は考える。
今日は24日。明日には世界が終わる。
理由は分からない。
何は起きるのかすら。
だが、それでも自分にできることはなにか。
できることは少ない。
自分が取ることができる方法は。
「暮人様!」
駆け寄る三宮葵に命じた。
「父と話す。直接回線を用意しろ」
「わかりました」
すぐにそれは用意された。その受話器を渡される。
父にだけつながる、決して盗聴されることのない回線だ。 通話をつなぐためのコールが鳴る。二度。三度。父は出ない。
五度。六度。父は出ない。
それから15分待った。
通話がつながるのに、それだけの時間がかかった。
『暮人か』
父の声だ。
『柊』家の当主、柊天利の声。
『映像は見ていた。相変わらずおまえは真昼に勝てないな』
全部見られていた。
戦いも、会話も。
なら、
「明日、世界が終わると聞きましたが」
だがその問いに対する返答は、
『だからなんだ?』
だった。
つまり、父は知っている。
これはやはり『柊』家の計画なのだ。
「私は知りませんでした」
『出しゃばるな。おまえが知る必要のあることか?』
「………いいえ」
『で、用件はなんだ?』
「私にできることは、なにかないでしょうか?やはり柊真昼を追うことが私の任務になりますか?」
それに、天利は言った。
『いや、もうそれはいい。演出は十分完成した』
「………………演出?」
『真昼はおまえと違って、すべての任務を完璧に演出して、失敗なく達成した。そして《百夜教》はあいつを信じた。
奴らは、もう我らの計画を止めることができない』
《百夜教》との、二重スパイ。
しかし結局、真昼は柊の側だった。
彼女は、そのために生まれ、そのために生きているだけだった。
あれほどの能力を持った彼女ですら、柊から飛び立つことはできていなかった。
ずっと柊の任務の中に__がんじがらめの檻の中にいて。
なら、彼女のグレンへの思いも偽物なのだろうか? それも《百夜教》に見せるための偽りの感情なのだろうか。
『帝ノ鬼』を裏切る理由を作るための嘘だったのだろうか?
とてもそうは思えなかった。
もしもそうだったとすれば、本当に彼女は完璧だ。
子供のころから、小さな恋心のすべてまでなにもかもを演じることができていたというのであれば、そんなバケモノに自分はかなうはずがないと、そう思った。
だが彼は、それは違うと感じていた。ずっと彼女の背中を追っていたからわかる。
彼女は悲しげな顔する。苦しそうな顔をする。自分が感じているものと同じだ。
プレッシャーと、閉塞感。
自分が生まれたこの世界にはもう『柊』しかないという、あきらめと、絶望。
彼女は同じ顔をしていた。
彼女は自分と同じ顔をしていた。
優秀だったからこそ、自分と同じ感覚を持っていると、彼は思っていた。
暮人は、聞いた。
「彼女をそこまで追い詰めるための、交換条件はなんですか?」
答えはあまりにも簡単なものだった。
天才が鳥かごから飛び立てないよう翼をもぐために、いったいなにが必要か。
『妹だ』
天利はそう言った。
シノアを殺させない。
実験動物として使わせない。
その約束のもと、天才は翼をもがれた。
結局そうなのだ。
誰もがそうなのだ。
生と感情がある限り、弱みのない圧倒的な存在などありえない。
天利が言った。
『暮人』
「はい」
『おまえにも人質が必要か?』
当然そういう話になるだろう。父はすべてを把握している。
真昼の感情。
暮人の感情。
いや、父もかつては同じ立場だったのだろう。では父の上には誰がいるのか?何者がいるのか?
____クレハはここにはいない。
暮人は答えた。
「弱みがないよう私は父上に教育___」
その言葉の途中で、ドンッという銃声のような音がした。
続いて目の前に、血が舞った。千切れた女の足が宙を舞った。どさっと横で人が倒れる音がした。
葵だ。
葵が狙撃され、足を失った。
7歳の頃から忠実に従ってきた大事な従者。
しかし、葵は声をあげない。
ただ、ただ、痛みをこらえる、泣きそうな顔でこちらを見上げている。自分の声が、主の弱点になることがわかっ
ているから。
それを暮人はじっと見つめる。従者の痛みをこらえる顔を。
受話器からの声が、もう一度聞いてきた。
『おまえにも、人質が必要か? 暮人』
暮人は答える。
「父上。私は運命を受け入れています」
『答えになってないな』
「父上のように、運命を受け入れています」
『答えにならない』
「・・・・・・そうですか。では、葵を殺してください」
葵がまだこちらを見上げている。それを見つめたまま、彼は言う。
「どうぞ」
『………………そうか。いいだろう。おまえは明日を生き残り、いつか柊の名を継ぐ。その準備をいままでどおり、
今日も続けろ』
「ですが真昼は? 彼女が柊の側であれば、柊を継ぐのは_」
が、天利はそれに、言った。
『あいつは生き残らない』
「…………」
暮人は目を細めて、聞く。
「そうですか。それを真昼は」
『もちろん知っている。最初からその計画だ。あいつはおまえと違って、運命を受け入れている』
つまり彼女は、今日か明日死ぬ。
16歳のクリスマスに、死ぬ。
それを子供のころから知りながら生きて、そして恋をした。
その恋は成就しないと知りながら。
くだらない小さな恋は成就しないと知りながら、世界中のすべての人間を欺いて独りで生きてきた。
グレンへのあれほどまでの執着の理由が、それでわかった。
報われない恋。
実らない恋。
それでも自由になった気分を味わいたい。
おそらく、父を殺すだけなら、彼女はもうできるだろう。
真昼は強い。異常なほどに強い。あの強さは異常だ。なにをどうしたら、ああなれるのか、まるでわからない。
だができない。しても意味がないとわかっているから。柊の後ろには、まだなにか大きな存在がいて、あの真昼ですらどうにもできない。《百夜教》と組んですら、どうにもできない。
だから彼女は従うのだ。
柊の決めた運命に従う。
それは絶望だ。
圧倒的な絶望。
だが、柊に生まれた者の上には、いつもある絶望。
天利が言った。
『話はそれだけか?』
暮人は答えた。
「はい」
通話は切られた。その受話器をしばらく見つめ、捨てる。それから地面に落ちた、従者の足を拾う。
足を手に持ち、葵を見下ろす。彼女は血を失い、青白い顔をしている。だが、まだ、接合できるだろう。
暮人は手に持った葵の足を見る。細く、まっすぐな、綺麗な足だった。普通は、千切れた足がつながったりはしない。つまり、葵ももう人間ではない。
そしてそれが、
「クリスマスを生き残る条件………か?」
鬼は生き残る。
人間は生き残らない。
つまりはそういうことだろうか。
葵の脚を切断面に押し付けてやる。
徐々に筋肉と神経が繋がり、支えが要らなくなる。
「大丈夫か」
「はい、ありがとうございます…」
この異常な再生力。
「葵」
「はい」
「俺の部下に__いや、1人でも多くの人間に《鬼呪》を感染させるぞ。タイムリミットは明日だ。滅亡後のこの世界で、それでも人間が生き残る事が出来るのであれば、俺たちはその準備を始める」
彼は破滅を受け入れ、それでも生き残る選択をした。
そしてそれから、
「あと、もう一つ」
「なんでしょうか」
「今日、このどさくさで反乱を起こした奴は、皆殺しにしよう。新しい世界がくる前に、膿出しをする。誰が反乱を
起こした?」
葵はすぐに答えた。
「私に集まっている情報では、『二医』は裏切りました。『九鬼』は降伏しました。柊真昼は『四神』が裏切っているといいましたが、『四神』にその様子はありません。しかし、名前のあがらなかった『七海』には不穏な動きが―」
「時間がない。疑わしい奴は全部潰せ」
「・・・・・・はい。あの、暮人様」
「なんだ」
「一瀬はいかがいたしましょうか?一瀬グレンは」
「反逆は演技で、真昼を追うためのものだと?」
「そう、思えます。私見を述べても?」
「言ってみろ」
「一瀬グレンは強く、愚直で、信用できるように見えます。もしも明日、ひどい世界がくるのであれば、傍らに置く選択もあるかと」
と、言った。
彼女にはそう見えているらしい。
暮人はしかし、言った。
真昼の言うとおりだ。味方は少ない。グレンはその中では、最も信用してもいい立ち位置にいる男だった。
「だが裏切りは裏切りだ。裏切りを宣言するような奴らを野放しにしておけば、統治はより難しくなる」
「では、それに従う、五士、十条も・・・・・・」
「いや、まずは見せしめに一瀬グレンを殺す」
「・・・・・・わかりました」
「居場所はわかるか?」
「それが、途中で見失い___」
が、遮って暮人は、
「探せ。どうせ近くにいる。あいつは逃げてるわけじゃないからな」
そう言った。
「それと……」
葵が言い淀む。
「なんだ?」
「以前、捜索及び捕縛を命じられていたクレハ・ヴォルガスについては捜索を続行いたしますか?」
味方の少ない中では、味方になりそうな人間を探すべきである。と、言うより単に親しくしていたクレハをどこかでずっと気にかけていたのだろうか。
「続行しろ」
「かしこまりました」
最後に見た姿を思い出す。白く、美しい独特な戦闘服。
他の吸血鬼も似たような服を来ていたが、同じ組織に属しているのだろうか?
今の彼女は、味方になってくれるのか?
「現在の彼女は鬼呪装備を持った程度の一般隊員では敵わん。見つけ次第俺に連絡しろ」
「はい」
やるべきことはあまりに多く、時間はない。
俺は生き残って、彼女に再会しなければ。
もうすぐ終わセラコミックの最新刊が出ますね!楽しみです!
世界が本当に1度破滅していることは本編でご存知でしょうが、その破滅前の話も佳境に入ってまいりました。
次回もお楽しみに!!