終わりのセラフ《絶対零度の吸血鬼》   作:neirua

5 / 27

クレハの誕生日の翌日、彼女はどのような決断を下したのか。暮人の心情とは。

クレハの過去の一端に触れる第3話、どうぞ!






第3話 夢の始まり

Side 柊暮人

 

ホームルームが始まって担任の女が入学式についての説明を始める。

 

話の最中にも関わらず生徒の何人かの視線がこちらに向いている。

が、それらを全て無視して横目で左隣を見る。

 

クレハは背筋を伸ばして姿勢良く座って担任を見ている。

けれど退屈そうなのがほとんど動かない表情からも読めた。

 

そこで入学式の説明が終わり、担任が話を変えたので前を向く。

 

「そしてみなさんもうお気づきかと思いますが、あの柊暮人様がこのクラスにいらしています。その身に余る光栄を……」

 

教室中の人間の目がこちらに向く。

皆帝の鬼を盲信し、柊家を狂信する者達。

将来、帝ノ鬼の忠実な兵になる、なるように教育されている。

もっとも使えるかどうかは別だが。

 

クレハは...どうだろうか。

彼女について柊家が持っている情報はヴォルガス一家に連なる者、という事だけだ。

そんな彼女の入学は幹部会で決定されたらしい。

彼女の動向の監視の為か、それとも呪術とは似て非なる西洋の魔術を使えるかもしれない人間の調査の為か。

 

入学試験の成績は俺に次ぐ2位だったらしいが、実際に戦えるのだろうか。

 

彼女は...帝ノ鬼の、いや、俺の味方になり得るのか。

 

彼女はさっき生徒がざわめいてこちらを見た時も横目でちらっと俺を見ただけで直ぐに視線を前に戻した。

権力、家の格には興味が無いと言ったふうに。

 

俺はそれを新鮮に感じたのかも知れない。

権力争いに塗れたこの世界で、彼女の目だけが生きているように感じた。

鋭く、堅硬な意識を宿した目。

 

さて、どう話しかけようか。

 

こんな事を考えたことは無い。話しかける必要がある時に無駄なく会話を進める、それだけだった。

 

なのに、今はただ、

どうすれば自然に彼女の声を聴けるか、

どうすれば自然に彼女が俺を見てくれるか、

柄にもなく考える。

いや、今の俺を作っているのは柊に刷り込まれた、与えられた役割をこなしてできた人格だ。

 

だから、

だからそれは初めての、自分だけの、

欲望だった。

 

そして全ての原点だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

12月28日

 

いつも通り真面目に授業を受けて……、

いや、それは嘘だ。正直に言うと、授業の内容なんて全く入ってこなかった。

 

放課後、先生に提出物を出して席に戻ろうとして、暮人様が既にいないことに気付く。

今日は一度も話していなかった。

 

今日は……か。

はは、何でこんな、まるで、当たり前みたいに考えているんだろう。

 

今年は、いや去年から、私はおかしくなってしまった。

 

浮かれていた、とも言うかもしれない。

ただ、生まれて初めて、親しくされただけで、誕生日プレゼントを貰っただけで、気持ちが揺らぐ、顔が、胸の奥が熱くなる。

 

挙句、ヴォルガスの人間だと知られていると確定したにも関わらず迷う、とは。

しかも雪の日には、他組織のど真ん中で柊のものではない呪術を使うなど。

 

だがそれもここまでだ。

もう限界だったんだ。

今までの日々が、会話が、思いが、

私には温かすぎた。

熱くて、火傷をしてしまったかのようで。

痛いんだ。それに、

 

溶けた氷の刃では命に届かない。

 

それじゃ、

それじゃ駄目なんだ……。

 

昨日貰ったピンを手に握りしめる。

 

暮人様が昨日の今日で何もせずに帰るわけがない。

そして、不思議と足は屋上に進んでいく。

 

誰もいない階段を一歩一歩踏みしめて、それは無意識に。

 

気が付けば目の前には屋上に出る扉があった。

扉の曇りガラスからはオレンジ色の陽光がこの薄暗い階段に差し込んでいて。でも綺麗だと思えない。

 

そこでさらにぎゅっとピンを握りしめ、その手を振り上げて……

 

床に向かって振り下ろす………………ことが出来なかった。

 

ピンを持つ手がガタガタ震えて振り下ろせない。

 

どう…して……、ここまで来たのに……覚悟を決めたのに……。

 

鼓動の速さが息苦しくて、一度深呼吸をする。

 

二度、三度。

 

落ち着いてきた。心はもうすっかり冷めている。

全く、ピン1つで随分揺らいだものだ。

 

ピンをスカートのポケットに入れてドアノブに手をかける。

 

扉を開くと、夕暮れの屋上で、柊暮人はこちらに背を向けて静かに柵にもたれ掛かって立っていた。

街の景色でも見ているのだろうか。

 

「…………。」

 

私が入ってきても振り向かない、どころか微動だにしない。

 

ガチャン、と扉を閉めてゆっくりと暮人様に近づく。

 

音もなく、ただ一歩一歩、歩み寄る。

 

私があと数歩の所まで来ても動かない。

 

私が真後ろに来ても動かない。

 

私は少し背伸びして、彼の首に手を伸ばす。

 

そこから手を回して、抱き締めるように、交差させた腕に力を入れる。

 

左手は彼の右胸に、右手は、 彼の首に。

 

(背中……大きい……。)

 

右掌に冷気を渦巻かせ、彼の首をなぞる様に

氷の刃をたてる。

 

それでも彼は動かない。

 

(どうして……。)

 

動かないのなら好都合だ。

 

(どうして抵抗しないの……拒絶しないの……?)

 

けれど油断は出来ない。動かないのは、何か考えてのことかもしれない。

 

もう隠す必要もない、増幅した圧倒的な殺意を手から、視線から、声から発する。

抵抗する意思すら牽制するように、削ぎ落とすように。

 

彼の耳元に口を寄せて言う。

 

「今から私の質問に答えろ。こちらが反抗の意思ありと見なせば……分かるな?」

 

動けば、ではない。相手も周囲の人間とは一線を画する実力者だ、本人はうまく実力を隠していたものの、それは今までの動きを見て分かっている。

そういう相手が、動いてから、では遅いのだ。

 

「……ああ。」

 

落ち着き払った素直な返事が返ってきたので続ける。

 

「私がヴォルガスの人間だということは何処から調べた?」

「ヴォルガスの名に心当たりがあったから、部下をイタリアに派遣して調べさせた。」

「その事はヴォルガスに知られているか?」

「いや、あいつは隠密行動に長けていたからな、全て秘密裏にこなしたはずだ。」

 

本当にそうならいいが。

 

「それで……どんな情報を手に入れた?」

「……お前がヴォルガス一家に連なる者である事だけだ。」

 

……調べに行ってそれだけ?

それも半分正解だが、半分間違っている。

暮人が嘘をついているのか、それとも……。

 

確かにあそこの機密性は日本より遥かに高い。

ヴォルガスの特殊な、且つ基本的な幹部制度について知っている者でさえほとんどいない。

その中で私とヴォルガスの関係を少しでも探れただけでも優秀だと言える、のかもしれない。

 

だけど……やはり信用出来ない。してはいけない。

 

「ヴォルガスそのものについては?」

「分かっていることはヨーロッパを牛耳る呪術組織、ということだけだ。それだけ大規模なのに全容が全く見えない。調べようがないし、そもそもその必要が無いからな。これで全部だよ。」

 

……嘘ついているようには見えない。

もし話したことが本当ならひとまず1個問題が片付いた。

帝ノ鬼は、柊暮人はヴォルガスのことも、私のことも何も知らないらしい。

 

ヴォルガスのことはともかく、私のことは知られたくない。

知られたら……最悪、知った者を皆殺しにしなければ。

私は別に快楽殺人者ではない。

出来ればそういう事態は避けたいものだ。

 

それにしても……

 

「随分素直に話したのね。」

「意味も無く自ら死ぬような真似はしないよ。」

「そう、で、貴方に約束して欲しいことがあるんだけど。」

「何だ?」

 

彼の首に当てていた氷の刃をさらに押し付ける。

 

「私がここに居ることをヴォルガスに知られないようにして。漏らそうとすれば柊家の人間を端から殺していく。」

「いくらお前でもそれは…」

「出来る。」

 

(ああ、言いたくない)

 

「1つ教えてあげる。そして忘れないで。」

 

(彼に知られたくない)

 

「今貴方の後ろにいるのは、血に汚れたマフィアの暗殺者だということを。」

「…………。」

 

察したようだ、私の言うことが真実だと。

もう、同じところに戻れない。

 

「今の話を他言すれば……まずはお前だ、柊暮人。」

「…………。」

 

暮人は黙っている。

だがようやく口を開いた。

 

「元から他言するつもりはない。お前に事情があるなら詮索もしない。」

「ただ……。」

「ただ……?」

 

暮人は私の右手をうえから握った。

冷たいように見えたそれは温かくて。

何故か手が震えて、暮人の首に血がにじむ。

 

「お前の正体が何であろうと昨日言った通りだ。いや、そういえばまだはっきりと言っていなかったな。」

 

……やめて

 

「お前が何かを抱えているなら助けたい、お前が寂しいなら側に居たい。」

 

…やめて

 

「クレハ、俺はお前が……」

 

「やめて!!!」

 

思わず両手を離して突き飛ばし、冷気を発したままの右手を向ける。

 

 

「私は……邪魔になったら貴方を殺すと言ったのに……」

「それが嫌いになる理由になるのか?」

 

こんな、訳が分からないのは人生で二度目だ。

こんな、殺人鬼が好きだって?

 

「は、はは……。」

「貴方、狂ってるよ。」

 

「……そうかもな。だがお前を愛せるなら狂うのも悪くない。」

「ああ…………。」

 

ああ、白状すると嬉しい。もし私が普通だったなら、これ以上に嬉しい言葉はない。

 

ああ、きっと、きっと、

 

 

 

 

私は恋をしていました。

 

 

「クレハ…………。」

 

暮人に向けていた手を下ろす。

もう頭は溢れかえっている。

 

もう、十分頑張っ……

 

『痛い、苦しい、なんで、なんで私達を殺したの』

『お前のせいだ。お前が弱いから私達はこんなに苦しいのになんで、なんでお前だけが……!』

 

突然頭に声が響く。

何人もの、何百人もの怨嗟の声が。私を呪う声が。

 

彼等の痛みが伝わって来て、全身が焼けるよう。

許さない。許さない。許さない。

拷問に耐える訓練は受けている。

なのに、なのに

 

「あ……わ……私は……。」

「クレハ……!」

 

痛みに、声に耐えられずに膝を着く。

 

だがクレハが膝を着く前にに暮人が駆け寄って抱き寄せた。

「しっかりしろ!」

強く、強く抱き締める。

 

「ご、ごめんなさい……私もそっちに行くから……。お……願いもう……や…め……。」

 

クレハがうわ言のように言うと手を動かしてもいないのにクレハの細い首の後ろに細長い針が現れ、首に刺さろうと飛ぶのを暮人は見た。

 

「ちっ……。」

 

暮人は咄嗟に腕を動かして彼女の首を庇う。

針は肉を抉って突き刺さり、腕からは血が流れる。

 

しばらくするとその針は溶けて水になり腕の傷から流れ出た。

 

「氷か……。」

 

「あの人達…が……死んで……欲しい…って……。」

 

まだうわ言を繰り返すクレハを更に暮人は強く抱き締める。

 

「だ……だから……死な……せ……」

 

「俺はお前に生きて欲しい!!だから生きろ!!」

 

「あ…………。」

 

叫ぶ声にクレハは意識を戻す。

怨嗟の声はいつの間にか止んでいた。

 

「く……れと……。」

 

暖かくて

目が熱い。頬を熱が伝い落ちる。

 

何百もの呪いに対するは、ただ1人の赦しなのに

こんなにも温かい。

 

感情は人を弱くすると、自分も、愛する者も守れなくなると思っていた。

 

なのにこんなにも近くに鼓動を感じる。命を感じる。

 

それは私には夢のようで。

 

夢が覚めないように、逃げてしまわないように、彼の背中に手を回して強く抱き締め返した。

 

もしかしたら、もう前だけを見ていられると、独りにならなくて良いと希望を抱きながら。

 

 

 

 

 

 

それはやがて来る世界の終末、そして真の呪いをまだ知らないが故に見た夢だった。

 

 

 

 

 

 




感情的になる暮人、というのは新鮮だったと思います。

話に関係ありませんが、最近少し遅れて貰った誕プレが終わセラグッズだったので喜び踊り発狂しておりました。
眼福眼福……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。