終わりのセラフ《絶対零度の吸血鬼》   作:neirua

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今回は原作キャラが1人、初登場します!
では、クレハの慌しい日常と苦悩入り交じる第4話、どうぞ!


第4話 赤いナイフ

家まで暮人に送ってもらってベッドに倒れ込んだ時には、陽はとっくに落ちていた。

今日は特に疲れてしまった。

こんなに疲労を感じたのは久々な気がする。

今も毎日修練を重ねているとはいえイタリアでの生活に比べれば遠く及ばない。あの頃の私はまだ未熟で、それを苦と思うことすら出来なかった。いや、苦しみ以外の感情も欠落していたかもしれない。

 

そう、人を殺すことも、なんとも思わなかった。

 

ベッドのスプリングの反動を使って立ち上がり、机の一番上の引き出しを開ける。

 

束ねられた書類の上に乗った艶消し加工を施された高価そうなナイフポーチを手に取り、中身を抜き出す。

 

『Kureha Vorgas』

 

ポーチ同様艶消し加工済みの黒いグリップに刃渡り18.1227cmの黒塗りの両刃を持つナイフ。

ヴォルガス一家お抱えの職人が手がけた殺傷力の高い代物だ。

その(ブレード)には私の名前が刻まれている。

刃になんて刻んでもどうせ汚れて見えなくなるのに……。

 

「殺した人間達の血で、か。」

「え……。」

 

後ろからした声に咄嗟に振り向く。

けれどそこには誰もいなかった。

 

今の声は……

 

まるで見透かされているような幻聴を気味悪く思いながらも机に向き直る。

 

「まだ汚し足りないのか。」

 

そこには暮人が立っていた。顔は何故かよく見えないけど確かにそこにいるのは彼だ。

何故、何故ここにいる?いつの間に?

自問の最中に手に温もりを感じる。

そこに視線を落とす。そこには。

 

赤。

 

赤く生暖かい液体がナイフを持つ右手を伝い落ちていた。

白い肌に映える赤が鮮明に目に焼き付く。

鉄の匂いが鼻をつく。

 

そして、そのナイフは……彼の脇腹に深々と突き刺さっていた。

 

「…………!!」

 

もう既に速くなっていた鼓動が爆発しそうな気に飲まれる。

肉を刺す、懐かしみたくもない感覚。

反射的にグリップから手を離した。

 

ゴトッ

 

ナイフが床に落ちる音。そこでクレハは今見えていた異物達が消えたことに気付く。

手は赤く汚れてはおらず、無論この部屋にはクレハ1人しかいない。

息が荒い。けれどそれも直ぐに収まった。

 

「……私には綺麗な夢を見る事すら出来ないって?」

 

クレハは自分の心臓のあるあたりを、爪が服越しに肌を傷つけるのも構わず掴んで呟いた。

 

それが自分の中の激情の一端であるとも知らずに。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

昨日は嫌な夢を見た。

どんな、とは言わないがとにかく悪い夢だった。

そのせいでちょっと寝不足で頭がぼーっとする。授業中も窓の外を眺めて、寒そうだなぁ、なんて考えていたぐらいだ。

今は昼休みだが暮人は生徒会の仕事で教室にはいない。

暇なうえ気分も良くないので机にうつ伏せになって寝よう、と思っている時だった。

 

『二年一組クレハ=ヴォルガスは至急生徒会室に来るように』

 

校内放送が流れる。

正直生徒会と自分との関係が無さ過ぎて何故呼び出されたのか検討もつかない。

私が帝ノ鬼所属ではないことから生じる問題なら今更だし。

とりあえず生徒会室に向かう。

 

「クレハ=ヴォルガスです。入ってもよろしいでしょうか。」

 

コンコンと重厚な扉をノックする。

しばらくして向こう側から扉があけられた。

 

「どうぞ、クレハさん。」

 

そう言って入室を促すのは見知らぬ顔だ。ここにいるということはおそらく先輩なのだろう。

そして校長室か、と思うようなまあまあ豪華な部屋に入ると生徒の男女4人と、暮人が居た。

 

「やっと来たか。」

 

目が合って昨日の事を思い出す。

顔には絶対に出さないが気恥しさというか動揺しているというか……とにかくもやもやしてしまう。

とはいえここは敵地のど真ん中。

敵、と言うのは大袈裟かも知れないが味方でも無い以上はそのぐらいに見積もっておいて損は無い。

 

扉を締めてくれた先輩を含めた5人に冷たい視線を送る。

敵対するつもりは今の所無いけれど舐められるつもりもない。

けれど一般生徒はだいたいそれで目を逸らすのに、目の前の5人は真っ向から見据え返してきた。

ここの生徒はみんなただのお坊ちゃんお嬢ちゃんばかりだと思っていたけれどそうでもないらしい。

一番近くに立っていた先輩に話しかける。

 

「それで、生徒会の方が私に何の用でしょう?」

「当然だけれど暮人様が次の生徒会長になられることになってね。」

「はい。」

「同時に次の副生徒会長も選ぶことになってね。」

「はい。」

「暮人様の意見を頂きながら生徒会は能力の高い生徒を選出したんだよ。」

「…はい。」

「先生方の同意も得られた。」

「……はい。」

「君が次の副生徒会長だ。クレハ=ヴォルガス。」

「…………はい?」

「何か不満か?」

 

いや、あの…………………は?

暮人、これは一体……ちょっと、今なんで私を見て笑った。

 

「…いえ、ただ私は名家の出でもありませんし…。人望もありません。第一私は生徒会役員ではありません。」

「確かに、君の身分では本来このような決定にはならないだろうな。」

「では……」

「だが君の成績は暮人様に次ぐ2位、それにずば抜けた実力を持っているという噂も良く耳にする。人望という点ではそれで充分だろう。何より暮人様が認められているしな。」

 

結局それだ。柊家様の意見はそりゃ決定打になるだろうよ。

学校や生徒のこと、帝ノ鬼の事を警戒はすれど欠片も大切に思っていない奴にそんな役をつけるなんて生徒会は、いや、暮人は実は馬鹿なのか?けれど

 

「馬鹿じゃないの?面倒臭いし嫌だよ。」

 

と言うのは流石にアレだと思うし……。

下手に反抗分子と捉えられても困るのでここは

 

「分かりました。身に余る大役、責任を持ってお受け致します。」

 

そう答えるしかなかった。

 

詳しいことはまた後日、と言われ部屋を出ると暮人が並んで歩いてくる。

 

「暮人、これはどういうつもり?」

「なんだ、敬語はやめたのか。」

 

と、何故か少し嬉しそうに言ってくる。

 

昨日のことを考えると随分今更感があるが…。

前までなら曖昧に返すか、適当に皮肉るかしたと思う。

けれど、今はそんな気分ではなかった。

 

「敬語は…………遠いから。」

 

そう、心の内を零すように呟く。

先程の不満の意がこもった刺々しい話し方ではなく、夢見心地のような、ここではないどこかを思いながら発せられたかのような、言葉だった。

 

「そうか。」

 

そこから暫く互いに無言で廊下を歩いていた時だった。

向かい側から私服を着た少女が歩いてきた。そしてこちらを見ている、というよりこちらに近づいている。

そして私達の前で立ち止まると、暮人に一礼してから私にも一礼してきた。

 

金髪を二つ括りにしていて、顔立ちの綺麗な碧眼の子。

彼女は品のある佇まいをしていた。

 

「初めまして、三宮葵と申します。」

 

三宮……。柊家に使える名家の娘か。

ここの生徒でもなさそうだし、何故私にも挨拶をするのだろうか。

あ、もしかしてこの人……

 

「葵さんは暮人の……」

「はい。従者を務めさせて頂いています。私も来年度入学する予定なので御挨拶に参りました。副生徒会長様なら色々とお世話になることもあると思いまして。」

 

ふむ……。

従者が勝手に挨拶に来ることは無いだろうし、暮人の指示、いや、三宮の指示か?

 

「そう。初めまして、クレハ=ヴォルガスです。宜しくお願いします。」

「こちらこそ。では私はこれで失礼します。」

 

そう言うと葵さんはとっとと行ってしまった。

本当に挨拶しに来ただけ……みたい。

 

2つ下の後輩か……。色んな子がいるらしいし、何も騒ぎが起きなければいいのだけれど。

副生徒会長なんて職についていたら揉め事に巻き込まれる可能性が大いにあるかもしれないのだから。

 

そういう点では今の子はきっちりしていそうだし、暮人の従者に抜擢される位の実力はあるらしいし問題なさそうだ。

 

「クレハ。」

「何?」

 

また考え事をして黙って歩いていると暮人が

 

「かなり前から思っていたことだが、クレハ、日本語が随分流暢になったんだな。」

などと言ってくる。

 

随分唐突だな……。

入学した時から、ということだろうか。

学校に入るまでには日本語を完璧にしたつもりだったのだけれど。

初めの方は違和感があったのだろうか。

 

「入学した時、私の日本語は変だった?」

「いや、もっと前の話だよ。」

「もっと……前?」

 

暮人と初めて会ったのはこの第一渋谷高校に入学した時だ。

なのにもっと前?

この話し方はまるで、それ以前の私を、しかもまだ日本語を独学で勉強していた時期の私を知っているみたいな……。

だけど

 

「私に入学前に暮人に会った記憶はない。」

「そんなはずはない。俺が話したのは確かにお前だった。」

「それは……いつの話?」

「確か……俺達が9、10歳の時だな。お前は川で釣りをしていた。」

 

その頃は……私が日本に来て間もない時だったか。

食べるものが無くて魚を釣ろうとしていた様な気がする。

他人と話すこと自体稀だったから、話しているなら覚えているはずだ。

 

なのにどうしてだろう。本人を目の前にしても全くそう言った記憶が思い起こせない。

暮人が嘘をついている?

いや、こんな嘘をつくメリットが1ミリもない。

ならば、私が忘れているだけ?

いや、本当に記憶の端すら掠めない。

もしや、外的要因があるのでは?

 

思い当たる節がある。

けれど……

 

ポン

 

「まあいい、思い出したら報告してくれ。」

 

頭に重みを感じる。温かみを感じる。

手を頭の上に置かれた。それだけなのに顔が熱くなって、むずがゆくなってしまう。

恋する者はみんなこうなるのだろうか。

だが、私はそうでない期間があまりに長すぎた。

 

パシッ

 

嬉しい筈なのに反射的に手を払い除けてしまう。

 

ああ、でも少しは本当に触られるのが嫌かもしれない。

昨日、また、自分に染み付いた呪いを思い知ったから。これがある限り、私は永遠に穢れたままだから。

だから、温もりを知ってしまった事が余計に辛い。

 

ただ、言われるままに命を奪う機械であることに比べてなんて苦しいんだろう。

けれど、生きることを誰かに許される事は……

なんて……。

 

「う……」

 

あ、れ…胸が急に……。

 

「どうした?」

「体調不良で早退する。学校には自分で電話いれるから。」

「なら、送って……」

「いい、本当はサボりだから。」

「……分かった。俺は生徒会室に戻る。気を付けろ。」

「分かってる。さようなら。」

 

本当はサボりじゃない。

鼓動が速くなるのとは違う、何か自分以外の生き物が脈打つ気色悪い感覚。

ただの動悸ならどうってことないが、明らかに"ただの"ではなさそうだ。学校で弱みを晒すかもしれない。それは防がなければ。

 

教室に戻って生徒達がまだ騒いでいる中、身支度を整えて早々に学校を出る。

 

周りの一般人に不審に思われないように、苦しいが表情に出さないよう気を付けて家への帰路を急ぐ。

 

だが学校からそう遠くないところで後ろから誰かに声をかけられた。

 

「クレハ先輩」

 

振り向いて見てみると、その声の主は三宮葵だった。

立ち止まった私にすたすたと近づいてくる。

 

「そういえば今気づいたけど入学試験はまだでしょう。先輩と呼ぶのも、挨拶に来るのも早計では?」

「いえ、もう推薦で入学は決まっているので問題ありません。先輩はこんな時間にここで何をしてるのですか。」

 

私は高校が初めての学校だから知らなかったが、推薦なんてあるのか。

 

「体調不良で早退しているだけですよ。そう言う葵さんも帰るところですか。」

「はい。」

「そっか。」

「…………。」

「…………。」

 

さて……。

 

「葵さん、今、武器は持ってる?」

「はい、一応……くっ!!!!!」

 

キイイィィィン

 

刃と刃がぶつかる音が響く。

 

「……っ、何のつもりですか!?」

 

ふむ。手加減したとはいえ反応は悪くない。

 

「あなたの暮人への忠誠心は本物?」

 

競り合った刃をそのまま彼女の首元に押し込みながら問う。

 

「当たり前です……っ、この命を捧げる覚悟で仕えています!」

「そう。なら暮人があなたに、クレハの為に死ねと言ったら死ねる?」

「暮人様がそんな馬鹿らしい命令を出す訳……」

「じゃあ命令に逆らうの?」

「……っ、もし、本当にそう言われたならそうする必要があるはずです……なら喜んで死にます……っ」

 

なるほど。その言葉にも、目にも偽っているようには見えない。

この子の忠誠心は恐ろしいほど、いや、こうなるよう教育する家が恐ろしいのか。

もっとも、ヴォルガスも人の事は言えないが。

とにかく、暮人に忠実なら少なくとも私の敵ではないはずだ。

これから関わりが増えるであろう人物が信用に足るかどうかを判断出来たからこの切り合いももう意味は無い。

 

葵さんの刀を切り伏せて手から叩き落とした後、自分も小刀を納刀する。

 

「この腕……噂は……本当みたいですね……。」

 

自分の刀を拾い上げて彼女は言う。

 

私の力がどうたらこうたらという噂だろうか。

自分が殺されかけた場面には似合わない台詞だ。

 

「私が反逆者だと通報しないの?」

「いえ、あなたの問からは暮人様への反抗心が感じられなかったので。」

 

呆れるほどの、固い、本物の忠誠。

 

ふと、昔の自分の姿が脳裏をよぎる。

 

確かに忠臣であることは素晴らしいかもしれない。

けれど、それが自分の身を滅ぼすとも限らない。

それが主の為ならばいい。

だが…………。

 

はあ…………。

 

「急に悪かった。あなたの覚悟は良く分かったけど、ほどほどにね。」

「いえ、気にしていません。ですが、身を捧げて仕えるのが私の使命ですから。」

「…………。」

「何ですか?」

 

ムニィィー

 

「や、やめてふふぁさい!何故頬を引張ふのれふか!?」

「いや、表情が固いから。」

 

少しむにむにしてから放してあげる。

柔らかかった。

 

「はぁ……。先輩だってほぼ無表情じゃないですか。」

「私はいいの。」

「でも……っ……、いえ、分かりました。これで失礼します。さようなら。」

「ええ、さようなら。」

 

そう言うと足早に去ってしまった。

 

最後には今まで通りの真面目で静かな彼女に戻ってしまったが、意外と人間味があって良かった……

 

って、私は……。昔の自分と少しかぶって見えただけで一体何をしているんだ。

 

(この子には自分と同じ目に遭って欲しくない、なんて)

 

お人好しになった覚えはないが……

 

(いざとなったら殺さなくちゃいけないのに)

 

私は今でも平気で人を殺せるのだろうか。

 

 

……いや、一時の夢は見ても、そこまで堕ちる気はない。

私にまだ力が必要なことに変わりはない。

 

不思議と胸の痛みは消えている。

さあ、早く帰って研究を続けなければ。

 

誰にも秘密の研究を。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

本当に強くなりたいなら、人と少しでも関わること自体が間違っていると、この時本当は気付いていたのに。

 

 

 

 

 




まだ中3生の三宮葵さんが登場しました!三葉のお姉さんですね。これからも出てくる予定です。
時間が経つごとにお馴染みのキャラも増えていくのでどうぞご期待下さい!


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