パラオの曙   作:瑞穂国

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はじめましての人ははじめまして

タグにある通り、この作品はアルペジオ方式―――実物大の軍艦を艦娘が操るという設定を採用しています。ご了承ください

まずはプロローグ。主役は全く出てきません

楽しんでいただけると嬉しいです


プロローグ
パラオ沖海戦


南洋の海を、鋼鉄の箱船が白波を蹴立てて進んでいく。伝説のノアの箱船もかくやというほどに巨大なそれは、その腹に金属製の猛禽をたっぷりと住まわせる、洋上の移動基地だ。高速航行のために、二六○メートル長の全長に比してかなり細く絞られた船体の上には、怪鳥たちの巣となる二段の格納庫と、突起物のほとんどないまったいらな飛行甲板が設けられている。

 

艦首方向から白い水蒸気の線をたなびかせ、彼女の艦は風上へと疾走していた。

 

“彼女”。航空母艦の艦上、艦橋脇の発着艦指揮所に立つ長い黒髪をなびかせる弓道着姿の女性は、風の来る方向へ向かって矢を番え、長大な和弓を引き絞る。

 

リン。

 

轟々と風の唸る艦上に、一瞬の静けさが訪れた。次の瞬間、

 

「第一次攻撃隊、発艦始めっ!」

 

舞い昇る鶴のように一声を上げ、張力の一杯まで張り詰めた弦を物理法則の中に解き放った。突発的な力積によって加速された矢が宙空へと躍り出るのと同時に、飛行甲板上に並べられて暖機運転を終えていた艦載機隊が駆け出し、甲板の前縁を蹴って飛び上がる。重力によってわずかに沈み込んだ機体は、発動機の推進力と主翼が生み出した揚力をフルに活用して、雲量三の空へ翔けていった。

 

一番機に続いて、二番機三番機と次々に発艦していく。それを満足げに見送った後、彼女はくるりと踵を返して、小ぶりな艦橋内へと入っていった。

 

 

 

羅針艦橋は、艦体の大きさに比べてかなり手狭だった。とは言っても、彼女一人では持て余すくらいには広さがある。どこか物寂しいのも事実だ。

 

艦橋内を小さな人影がチョコチョコと行き来する。妖精と呼ばれる彼らは、正体はよくわからないものの、この艦の乗組員的役割を果たしていた。艦載機の操作や見張り、各種機器の整備などを行う。しかし、この艦そのものの操作を行うことは滅多にない。

 

では誰が、この艦を動かしているのか。それこそが、彼女がこの艦に乗り込んでいる理由に他ならなかった。

 

「ありがとう、妖精さん」

 

臨時で舵を取ってくれていた妖精に微笑むと、エッヘンと胸を張って、それから自分の持ち場へと戻っていった。それを見送って、彼女もまた所定の位置につく。深呼吸を一回。

 

「ブレイン・ハンドシェイク」

 

瞬間、彼女の頭の中に膨大な情報と記憶の奔流が流れ込んでくる。時間の流れを振り返るように、全てを繰り返すように、仮想空間の彼女の目の前を高速で通り過ぎていく。それは彼女の記憶だけじゃない。いつの日か、誰かが見たもの、感じたこと。

 

努力。鍛錬。邂逅。出撃。改装。困惑。決意。抜錨。甘味。成功。失敗。定食。仲間。誇り。夕飯。慢心。轟沈。

 

いくつもの時間が過ぎ去るのを待つ。追いかけてはならない。彼女の居場所はここであって、記憶の中にはないからだ。

 

やがてすべてが終わり、目を開く。艦橋の中に光が満ちていた。

 

「精神同調完了。システム正常。舵もらいます」

 

心なし、艦の動きが変わる。機関部の鼓動が高鳴るのを感じた。

 

彼女は、俗に『艦娘』と呼ばれる。かの戦争で戦った艦艇たちを模した姿の、いわば幽霊船と共に現れる彼女たち艦娘は、精神同調によってその艦を自在に操り、戦うことができた。

 

“誰”と戦うのか。

 

人類共通の敵というのは、長らく宇宙の彼方から来るものと思われていた。地球上に人類の手の及ばないところはなく、生態系の頂点に君臨する自分たちが脅かされるとしたら、それは他の恒星系からやってきた別の知性体だと。

 

その認識は間違いだった。

 

“奴ら”は海から来た。“奴ら”は船だったが、決して人類が造り出したものではなかった。しかし何の皮肉か、その姿はかの戦争中の軍艦―――日米、あらゆる国家に所属していた船たちがまるで一つに合わさったような姿をしていた。数年前に突如として出現した“奴ら”は、人類の船を軍民問わず片っ端から沈めていった。水底から現れ、海上に死を振りまく“奴ら”を、人類はいつの日からか『深海棲艦』と呼ぶようになった。

 

通常兵器の通用しない深海棲艦に対して、現在は唯一艦娘たちの操る艦艇群のみが有効な対抗手段だ。

 

 

 

甲板の最後尾にいた天山艦攻が発艦するのを確認した彼女は、別の人影が艦橋に入ってくるのに気がついた。カツカツと近づく足音に、彼女はちらりと後ろを振り返った。

 

「あら、提督」

 

艦橋に足を踏み入れたのは、深い紺の軍服を着こなす、若い男性だった。彼は彼女を含めた艦娘たちの指揮を執る、提督と呼ばれていた。

 

「お邪魔するよ、赤城」

 

彼女―――艦娘、赤城の名前を呼んだ秋山真好中将は、艦の操作を続ける彼女の横に立った。その首には、よく使い込まれた双眼鏡が提がっている。

 

「やはり司令室よりも、ここの方が落ち着くな」

 

「相変わらずですね」

 

赤城は苦笑する。深海棲艦との戦いが始まって既に三年。提督の数も増えたが、秋山はいまだに、こうして前線で部隊の指揮を執り続けていた。横須賀に所属する提督たちの長である彼は、本来ならば前線指揮を他の提督に譲って、執務室で書類とだけ戦っていればいいのだが。

 

「そろそろ他の方に譲ってもいいのではないですか?」

 

「いや、そのつもりだったんだがな。角田が打撃部隊に集中したいと言ったばかりにこうなった」

 

元々この攻略艦隊全体を指揮するはずだった提督―――角田治美大佐は今、赤城や秋山の乗り込む航空母艦“赤城”を含む機動部隊の遥か前方で、打撃部隊の指揮を執っている。

 

「角田大佐らしいですね。まさに闘将といった感じで」

 

「まったくな。まあそんなわけで、結局俺が出撃することになってしまった」

 

「角田大佐の暴走を抑えられるのは、提督か塚原大佐くらいしかいませんからね」

 

赤城は、まだ提督が秋山しかいなかった頃から艦隊に所属している。そのため秋山と二人だけの時は、彼を「提督」とだけ呼んでいた。

 

「違いない。それに、秘書艦が優秀だからな。鎮守府にいてもやることがない」

 

「吹雪ちゃんは真面目ですから」

 

「むしろ吹雪が提督でいいんじゃないかな」

 

軽口を叩いて、二人で笑う。件の秘書艦は、今秋山の変わりに横須賀鎮守府を預かっている。

 

発艦した第一次攻撃隊が編隊を整えて進撃を開始したと、見張りの妖精から報告が入った。それに赤城は頷く。先程までの柔和な笑みは二人から消え、代わりに戦場へと赴く引き締まった軍人の顔があった。

 

「第二次攻撃隊、準備急げ」

 

“赤城”の甲板では、格納庫に残されていた第二次攻撃隊の機体が昇降機で引き出され、妖精の手によって並べられていく。準備の終わった機体から、暖機運転も始まっていた。

 

「どれくらいで出せる」

 

「後三十分です」

 

「わかった。発艦次第、針路○九○へ転針」

 

「はい」

 

それだけ言い残すと、秋山は再び司令室へ引き上げていった。

 

第二次攻撃隊が進発すると、“赤城”以下十二隻の機動部隊は東寄りに針路を取る。ほぼ同時に、敵前衛部隊と接触した“比叡”以下六隻の打撃部隊が、これと交戦状態に入った旨、報告があった。

 

 

 

後に『パラオ沖海戦』と公称される海空戦。ここから、この物語は始まっていく―――




さて、これで連載を二個掛け持ちとかいう長アクロバティックなことに手を出したわけだけども・・・

こちらは、割と短めに終わるかと思います

それと、同じ世界線で連動した作品をいくつか書く予定ですので、そちらもよろしくお願いいたします

それではまた
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