パラオの曙   作:瑞穂国

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再びの作者です

曙のバレンタインボイスが気になる今日この頃

今回もよろしくお願いします


強攻偵察部隊ヲ迎撃セヨ

速力を上げた四隻の艨艟が、艦首から白い波のスカーフをたなびかせて南の海を走っていく。鋭い艦影は見るからに俊敏で、供えられた黒鋼の兵装と相まって、闇夜を駆けていく忍者のようだ。

 

もっとも、今は思いっきり真昼間であるが。

 

三番艦の位置につける“曙”の艦橋で両足を踏ん張る榊原は、内から漲るものに、戸惑いと心地良い高揚感を覚えていた。その横には、変わらずに腕を組む曙が立っている。これといって気負うことなく、その双眸は艦首で割れる波を見つめていた。

 

『“満潮”と“霞”だ』

 

先頭を行く“摩耶”からの通信に、榊原は短く「了解」とだけ返した。

 

哨戒中に敵艦隊と会敵した二隻の駆逐艦がすれ違い、反転すると“陽炎”の後ろにピタリと着けた。これで六隻が揃ったパラオ泊地艦隊は、榊原の指示でさらに速力を増し、今まさに接近中の敵艦隊を、その交戦圏内に捉えんとする。

 

―――そろそろ、“摩耶”の電探が敵を捉える頃か・・・?

 

出撃前に確認した敵艦隊の情報を思い返して、榊原は黙考した。

 

“摩耶”のメインマスト頂部には、二一号電探が据えられている。これは一応対空電探という扱いになっているが、水上目標も捕捉可能で、早期警戒にはもってこいだ。電波は光よりも重力によって曲がりやすいから、水平線を回り込んだ位置にいる目標にも反応する。艦隊規模の対象なら、そろそろ捕捉してもよさそうな頃だが・・・。

 

案の定、待ち望んだ報告がやってきた。

 

『敵艦隊を捉えたぜ』

 

「来たか」

 

スピーカーから聞こえてきた報告に、小さく呟く。

 

さて、これからどうしたものか。

 

「なんにせよ、迎撃だな」

 

悩むまでもないことなので、思ったことはそのまま口を吐いて出た。それが聞こえたのだろうか、曙がチラッとこちらを見遣り、それから前方の水平線を睨んだ。

 

「なんにせよ、迎撃ね」

 

思わずそちらを振り向く。榊原をまねて軽口を叩いた曙は、バッチリ目の合った彼に対して口角を吊り上げ、不敵に笑っていた。

 

まったく、この秘書艦は。

 

抜け目ない艦娘だ。

 

通信機のスイッチを入れる。言うことは決まっていた。

 

「迎撃する。“摩耶”目標敵重巡。“木曾”以下水雷戦隊は突撃、接近して魚雷戦で仕留める」

 

『了解!』

 

六つの返事が重なった。頼もしい響きに、心地良さを感じずにいられない自分は、まだまだ子供なのだろうか。それが確かな鍛錬に裏打ちされた自信の表れであることは、まだ薄々しかわからなかった。

 

『なあ、提督。あたしはフリーハンドってことでいいんだよな?』

 

戦いたくてウズウズ、といった様子の摩耶のリクエストにお応えして、榊原はマイクのスイッチを入れる。一対一でも怯まない辺り、余程腕に自信があるのだろう。

 

「もちろんだ」

 

『サンキュ。きっちりスコア更新してくから、見てなって』

 

スコア更新―――撃沈を宣言して、摩耶の通信が切れる。その末尾に、微かな笑いが聞き取れた。

 

「相当な自信家ね」

 

「曙もそうだろう?」

 

「あたしはいいの。ほんとに腕があるから」

 

―――自分で言うんだ。

 

まあ、実際曙の腕はすごいので、榊原も何か言うつもりはない。相も変わらず腕を組んでいるこの駆逐艦含め、パラオ泊地は秋山が特に選りすぐった腕利き揃いらしい。その言を信じるに足ると思わせてくれたのは、他でもない曙だった。

 

『おい、駆逐ども。しっかりついて来いよ』

 

先頭で砲戦準備を進める“摩耶”に代わって、今度は男勝りな太い声がした。木曾だ。

 

「言われなくてもわかってるっての」

 

曙も減らず口を叩く。

 

『木曾こそ、ちゃんとしなさいよ』

 

『いいから、あんたは前だけ見てなさい』

 

『あんたら二人は、まず“曙”に着いていきなさい!』

 

順に、陽炎、満潮、霞である。この艦隊の駆逐艦娘、みんな口が悪くないか?

 

『へっ、いい意気だ』

 

それを平然と受け流せるのだから、さすがは水雷戦隊のボスといったところか。逆に、木曾がああいう性格だからこそ、駆逐艦娘がこれだけ好き放題言っているのかもしれないが。

 

『敵艦見ゆ!』

 

再び“摩耶”の通信だ。先頭に立つ彼女は、ついに接近する敵偵察部隊を発見したらしい。

 

この一週間で完璧に頭に叩き込んだ深海棲艦の識別表を思い浮かべて、そのページをめくる。重巡リ級は、八インチ三連装砲塔三基搭載の、がっしりとした巡洋艦だ。一応、雷装もあるらしい。軽巡は三形式があるが、果たしてどれであろうか。こればかりは、実際に目で見てみるしかない。

 

『・・・おい、満潮。軽巡って・・・ヘ級じゃねえか』

 

文句を垂れたのは、先頭を驀進する摩耶だ。ヘ級、の言葉に脳内で該当ページが表示されるようになった分、特訓の成果はあったということだろうか。

 

軽巡へ級は、三形式の軽巡の中でも、特に対艦能力の高い艦種だ。六インチ三連装砲を四基搭載し、魚雷発射管は片舷六射線。flagshipになると、これが十射線にになる。重巡並みの能力を持った軽巡だ。発想としては、一五・五サンチ砲を三連装五基搭載した、初期の最上型が一番近いだろうか。

 

『言ったらビビると思ったから、言わなかった』

 

当の満潮、悪びれる気ゼロである。

 

『ふんっ、スコアが一つから二つになるだけだよ』

 

摩耶はそれだけ言って、また通信を切った。

 

「木曾」

 

代わりといっては何だが、榊原はマイクを取り、目の前を行く軽巡洋艦を呼び出した。

 

『ああ?』

 

「言うまでもないと思うが、ヘ級に妨害されると厄介だ。少し間を取って突撃だな」

 

『だな。それが一番だ。けど、逆にこっちが向こうを妨害してもいいんじゃねえか?』

 

それは、非常に挑戦的な言葉のように、榊原には聞こえた。自然と、その口の端が持ち上がっていた。

 

「やれるんだな?」

 

『当然』

 

「それじゃあ、そうしようか」

 

榊原も賛成だ。

 

『うっし。いいか駆逐ども!お前たちの心意気、見せてみろ!』

 

キャプテン・キッソの号令が響く。すると先ほどと同じように、四人の駆逐艦が威勢よく答えた。

 

相変わらず、口は悪いが。

 

―――まあ、こっちの方が、らしいか。

 

この口の悪さを、賑やかでいい、と思える程度には、榊原の周囲にも悪友はいたものだ。中央勤めのアイツなんかが、いい例だ。

 

『敵距離、二〇〇(二万メートル)』

 

摩耶が読み上げる。重巡同士の砲戦距離としては、少し遠いだろうか。この距離を、摩耶は果たしてどう判断するのか。

 

両艦隊は、現在お互いに向かい合って、反航戦で対峙している。相対速力は、大体三五ノットといったところか。接近は意外と早い。

 

『一八〇から砲撃を始める。後は頼んだぜ』

 

「了解。お手並み拝見と行こうか」

 

『提督も、中々言ってくれるじゃねえか』

 

そんな会話の間に、彼我の距離は一万九千まで縮まっていた。

 

「そろそろだな」

 

「そうね」

 

答えた曙の言葉も短い。滲むのは覚悟と、駆逐艦の矜持。間もなく中天に辿り着こうとする太陽の下、計十二隻の艦艇が、静かに睨み合っていた。

 

「“摩耶”、転針!」

 

曙が叫んだ。距離は、ついに一万八千。先頭を進んでいた“摩耶”は、かの有名な東郷ターンの要領で取舵を切り、敵艦隊に対して全主砲が向けられるように位置取ろうとする。それまで“木曾”の陰に隠れていた“摩耶”のどっしりとした艦体が視界の左に見えてくる。前甲板二基、後甲板二基の連装主砲が、その鎌首をもたげて、自らの目標へ牙を剥かんとしていた。

 

「続いて、敵一、二番艦も転針。“摩耶”と同航戦に移行する模様」

 

なるほど、そう判断したか。敵一、二番艦―――つまりリ級とヘ級が“摩耶”に向き合うということは、深海棲艦は二隻がかりで“摩耶”と戦おうということだ。純粋な重巡であるリ級と、重巡にも引けを取らない砲戦火力を誇るヘ級の数の暴力で、“摩耶”を封じようということか。

 

『乗ってきたな』

 

木曾のうっそりとした低い声が届いた。狙い通りだ。

 

『行くぞ!最大戦速!』

 

木曾の号令が、電波に乗って四隻の駆逐艦に飛んだ。榊原は双眼鏡を握りしめ、両足に最大限の体重をかける。次の瞬間、

 

「了解!最大戦速!」

 

四つの返事と、巨大な慣性力が同時に襲ってきた。発揮しうる最大の出力で回転する“曙”のスクリュー二軸が、その小さな艦体に大きな加速度を与えて、前に押しやった。浮揚感すら感じる急加速に、榊原は鍛えた脚力で抗った。

 

艦首で飛び散る水飛沫の量が、一気に増える。鋭い艦首は透き通った海面を引き裂いて白濁させ、航跡をくっきりと引いていく。これぞまさしく水雷戦隊。高速力で敵の懐に入り込み、必殺の魚雷を見舞うのが、彼女たちの仕事だ。

 

「“摩耶”、発砲!」

 

加速した五隻の水雷戦隊が追い抜くころ、転針を終えた“摩耶”の二〇・三サンチ連装砲が、敵艦隊に向けて火を噴いた。弾着観測用の交互撃ち方が上げるオレンジの砲炎は、パラオ泊地艦隊が初めて上げた咆哮だ。榊原は、その記念すべき第一射の結果を見守った。

 

弾着の水柱が噴き上がる。四本の巨塔は、敵重巡を狙っていたらしく、その手前に林立している。精度はかなりいい。

 

弾着修正を終えたのだろう。“摩耶”が第二射を放つ。それから一拍遅れて、リ級、そしてヘ級が発砲した。

 

『おい、提督!二隻同時はさすがにきついから、なるはやで頼むぞ!』

 

砲戦中にもかかわらず、そんな要求を寄越す余裕が、摩耶にはあった。

 

「わかった。なるはやでご期待に沿おう」

 

『頼んだぜ!』

 

―――とはいえ、木曾はどうするつもりなんだ?

 

前を行く“木曾”からは、これといって特別な指示はない。彼女は、一体何を仕掛けるつもりなのか。

 

動きはすぐにあった。

 

『取舵〇五!』

 

木曾からの指示だ。“木曾”がわずかに艦首を左に振り、すぐに“曙”たちも舵を切った。そのコースは、今“摩耶”を狙っている二隻の巡洋艦に向いていた。

 

敵艦隊、特にヘ級とそれに続く駆逐艦たちの間に動揺が走ったのは、端から見ていてもすぐにわかった。

 

『少々荒っぽくいくぜ』

 

木曾の宣言の直後、ヘ級が発砲した。六インチ砲弾が弓なりの弾道を描き―――

 

飛翔音を引きずって、“木曾”の手前に水柱を噴き上げた。

 

―――こっちを狙ってきたか!

 

ヘ級は、こちらが急加速と転針をしたことで、接近しての雷撃を試みようとしていることに気付いたのだろう。だから慌てて、こちらに目標を変更したのだ。

 

―――そういう妨害の方法か・・・!

 

戦闘時の攻撃優先順位には、いくつかある。そのうちの一つが、より脅威度の高い目標から叩くというものだ。

 

大事なのは、“摩耶”よりも水雷戦隊の方が、脅威度は高いと思わせること。そのための急加速と、転針だ。こちらが雷撃による決着を狙っている(まあ、実際そうなのだが)と思わせることで、攻撃をこちらに向けさせ、結果として“摩耶”に対する敵艦の射撃を妨害することになる。

 

その分、リスクは高まるだろう。

 

『面舵二〇』

 

木曾はすぐに、二回目の転針を指示した。最初の言葉通り、無理をする気は微塵もないのだろう。のらりくらりと、敵の攻撃を躱す魂胆らしかった。

 

全ては、“摩耶”が敵重巡を撃ち負かしてからだ。




ここまでほとんど榊原視点で書いてきたのですが・・・

他の視点でも書きたい!

というわけで、強攻偵察艦隊迎撃が終わったら、他の視点も入れてみようかと思います。誰視点か、できるだけわかりやすくしますので、ご容赦を

それでは、また
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