『NT作戦』はいつ始まるのか・・・
“鳳翔”の飛行甲板上には、生暖かい初秋の風が吹いている。発艦時には、艦の前進に伴う合成風力が艦首から吹いてくるのだが、停泊している今はやや艦尾寄りからやってきていた。
「ここでよろしかったのですか?」
飛行甲板を歩き、風に髪をなびかせながら、鳳翔は歩いていく。その背中を、吹雪は秋山と並んで追いかけていた。
秋山が口を開く。
「むしろここの方がいい。話を聞かれる心配はないし、もし誰かが上がって来てもすぐにわかる」
「そうですか。せめて、お茶なりと出せればいいのですが」
振り返った鳳翔が眉尻を下げる。いたって普通の受け答えが、今この状況では逆に緊張感をもたらす。この二年で慣れてしまった張りつめた空気に、吹雪は気を引き締めた。
「本題に入ろう」
「・・・わかりました。そうしましょう」
答えた鳳翔に、秋山が話し始める。
「ずっと、疑問に思っていたことがあった。艦娘でなければ、艦娘と邂逅し、顕現することはできない。それなのに、なぜ吹雪は現れたのか。・・・答えは簡単だ。吹雪よりも先に、艦娘がいたんだ」
秋山の言葉にも、鳳翔は微笑を湛えたまま、変わらない。それに構うことなく、秋山は話を続ける。
「旧帝国海軍内部に、『刃櫻会』と呼ばれる研究会があった。彼らは、ミッドウェー沖で邂逅した、巨大不明戦艦―――BOBと艦娘に、非常によく似た存在を研究していたことが、断片的な資料からわかっている」
『刃櫻会』に関する資料は、本当に少ない。残っていても、断片的なものばかりだ。吹雪たちはそれを集めた。多くのこと―――特に、艦娘と深海棲艦を生んだと思われる、二人の少女のことがわかった。一方、『刃櫻会』の構成員に関する情報は、全くと言っていいほどわからなかった。
「俺の仮説はこうだ。海に消えたナギか、行方不明のナミか、どちらはわからない。ともかく、二人のうちどちらかが、艦娘を生んだ。・・・七十年前に」
秋山の推理を、黙って聞き届けた鳳翔。しばらくの沈黙の後、秋山の言を肯定するでも、否定するでもなく、彼女の話を始める。
「・・・残ったのは、ロートルの私と、産まれたばかりの葛城ちゃんだけでした。他の皆は・・・今、私のことを慕ってくれている彼女たちは、皆沈んでしまいました。感情はなくても、そのことは理解できたんです。そして感情を持った時、理解は底知れぬ闇となりました」
閉じたり開いたりする右手は、向こう側が透けるような白さだ。掴もうとしている虚空に、感触はなく、ただただ手を動かす。
「艦娘が、直接艦の記憶を持つことは、とても辛いものを背負わされる時もあります。だから、記憶を司る艤装に、艦の記憶は格納されています。触れることに違いはありませんが、それでも少しの隔たりを持って、艦の記憶を冷静に受け止めることができます。・・・あんなに深い悲しみは、私だけで十分ですから」
その言葉は、まるで自分に言い聞かせているかのようで。秋山も吹雪も、口を引き結び、風の中の彼女の言葉に耳を傾ける。
「ナミさんと出会ったのは、私が最初の復員輸送に向かう時でした」
「・・・ナミが、君を目覚めさせたのか」
「はい。彼女が、私の船魂を、顕現させたんです。もっとも、同時に感情を知ったことで、私はしばらくの間、話をするどころではなくなってしまいましたけど。彼女を恨んだことも、一度や二度ではありません」
まるで幼子ですね。苦笑する鳳翔。どう反応するべきかわからず、吹雪も秋山も、沈黙をもって答える。
「ようやくまともに会話ができるようになった私に、ナミさんは色んなことを話してくれました。特に、ナギさんのことを。離れ離れになってしまった、姉妹だそうで。混乱の中で、大切な人と引き裂かれた彼女に、少なからず私と重なるものを感じました。ですから、ナミさんの計画に協力することを、承諾しました」
「それが、T遺伝子の埋め込みか」
「内容までは、知りませんでした。知るつもりもありませんでしたし、必要もないと感じていました。・・・ただ、彼女はこう言っていました」
―――「ナギを止めないといけない。それは今じゃない、ずっと先の話だろうけど。だから、ナギを止めるための、準備をしなくてはいけないの。その頃にはもう、私にはどうしようもなくなっているだろうから」
すなわち、ナミは最初から、このつもりだったのだ。ナギ―――深海棲艦を止めるために、それに対抗しうるBOB、艦娘を指揮するための人間を用意する。それが、ナミが鳳翔を目覚めさせた理由。
「不完全ながら、私は艦娘となりました。すでに意識だけとなったナミさんを胸の内に宿し、復員輸送に従事。その後、解体され、私の魂は自由となりました。ただし、安らかな眠りとは、いきませんでした。ナミさんの意志を、確かに次なる人へ渡すために。その時が来るまで」
「そして・・・あの日が来た」
「はい。私は吹雪ちゃんを顕現し、ナミさんの願いをその艤装に込めて、秋山中将に引き合わせました。ようやく、私の役目は終わったのです」
吹雪が思い返すのは、秋山と出会った日のこと。
あの時が始まりじゃなかった。全て、七十年も前に始まっていたこと。ナミは世界初の艦娘、鳳翔を目覚めさせ。鳳翔は艦としての役目を終えるとともに、ナミの想いを抱き、時を超え。ナミの想いは、顕現された吹雪の船魂に受け継がれた。
これで話は終わり。そういうような鳳翔の雰囲気に、吹雪は疑問を呈する。まだ、彼女が隠していることがある。語られていないことがある。
「・・・いいや、君の役目は、まだ終わっていないはずだ。違うか?」
秋山はなおも問いかける。広大な青空のような鳳翔の瞳は、変わらず澄んだまま、ジッと秋山を見つめている。柔和な表情から、何かが読み取れることはない。
「さすがですね。全て、お見通しといったところですか」
「そんなことはない。少し考えればわかることだ」
ニコニコと鳳翔は話の続きを促す。
「復員輸送船“鳳翔”に、女性が乗っていたなんて記録はない。いや、断言するのはよくないな。だが少なくとも、そう言った記述を、俺は見たことがない。艦娘に関する公式資料を、見落とすことなどありえない。・・・その資料が、非公式資料でない限りは」
その通りだ。吹雪が艦娘でなくなって以来、船にまつわる女性の、ありとあらゆる資料を集めた。けれども、帝国海軍の軍艦に、女性が乗っていたなどという記述はない。
『刃櫻会』を除けば。
「復員輸送を担当したのは、『刃櫻会』の構成員で・・・君もまた、会員だったのだろう。復員輸送船“鳳翔”艦内の女性の話は、公式資料には残されず、君とナミは守られた。そして『刃櫻会』は、来るべき“その日”のために、なおも極秘の活動を続けてきた。吹雪が着任した時点で、建造や開発、改装の仕方も“わかっていた”んだ。二か月の期間は、それらが正しいということを、証明するために使われた」
吹雪にとっては、懐かしい日々でもある。同時に、尽きぬ疑問に頭を悩ませた日々でもある。
胸の内の“彼女”は、全ての答えを知っているかのようだった。建造も、開発も、改装も、そのやり方は全て、“彼女”が知っていた。その疑問が解けたのは、つい一年ほど前のこと。
最後のピースが、たった今はまったのだ。
「正直、驚きました。私が顕現したその日に、『刃櫻会』を名乗る人がやって来たんです。私が眠っていた、何十年もの間に、すでに自然消滅したものだと思っていましたから」
鳳翔が顕現した時のことは、吹雪も覚えている。日本海軍最初の空母でもある鳳翔は、ここ横須賀のドックで建造されたのだ。
「あちらも驚いていたようでした。なにせ、七十年も前の『刃櫻会』のことを知っていた者は、私しかいないのですから。だからこそ、艦娘として再び顕現してからも、協力を求められたのだと思います」
「『刃櫻会』の目的は、ナミの行方を捜すことか」
「ええ、おそらくは。ですから、その件に関する協力はお断りさせていただきました。というよりも、正直にお答えさせていただきました。彼女はすでに、この世にはない存在です。私は、ナミさんによって、この世界に生を受けました。しかしそれは、深海棲艦という脅威に、対抗しうるBOBと艦娘を生むためでしかなかった、と」
嘘は吐いていない。事実、ナミの肉体は、当の昔にこの世のものではなくなっていた。しかしながらその意識だけが鳳翔に宿り、現在まで伝えられた。
そのナミは今、吹雪の中にいる。始まりの艦娘と共に、この世界を見守り、導くために。
いや、決してそれだけではないはずだ。
「代わりと言っては何ですが、横須賀の動向―――特に、秋山中将と吹雪ちゃんの動きについては、報告をさせていただきました。もっとも、吹雪ちゃんが艦娘でなくなってから、お二人の行動を微に入り細に入り報告することは不可能となってしまいましたけど」
そう言う鳳翔の表情には、やはり特に、何かを感じることはできなかった。
「先ほど秋山中将が言われた通り、私は会員“だった”という表現が適切ですね。今の私は、やはりあの時と同じ、何もできないロートルですから」
それで話は本当に終わりだったのだろう。しばらく真っ直ぐに秋山の視線を受け止めていた鳳翔は、その瞳を吹雪へと転じる。そこには、それまで見て取ることのできなかった光が、映っているような気がした。
「吹雪ちゃんには、望まぬものを、背負わせてしまいましたね」
憂いを帯びた瞳に、首を振って否定する。
背負ったものは大きかったかもしれない。私はそれを望んでいなかったかもしれない。
それでも、これが私なのだ。どれほど重い荷物を背負おうとも、私は私なのだ。そう思えるようになったのは、秋山に出会ったから。鳳翔が、彼に出会わせてくれたから、とも言えるかもしれない。
「・・・本当に、大きく、強くなったのですね」
吹雪の頬に触れようと伸ばされた鳳翔の右手は、すんでのところで止められる。その意味は、吹雪も理解したつもりだ。
「私が話せるのは、これだけです」
「・・・これだけ答えて欲しい。なぜ、教えてくれなかった」
答えなどわかり切っていた。秋山も、吹雪も。それを知っているのであろう鳳翔もまた、朗らかな笑みと共に、至極当然のように答えた。
「答えは自らが探すものだからです。決して、誰かに与えられるものではないからです」
これでこっちの話は一区切りです
『NT作戦』前にもう一回横須賀の話(というか秋山の話)がある予定です
吹雪ちゃんと豆まき(意味深)楽しみたい