パラオの曙   作:瑞穂国

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冬イベの開始と『NT作戦』の開始が重なりそうで震えています

伊一四が実装されるみたいですね、楽しみです


満タセ盃

パラオの夜は、昼間の喧騒と陽気が嘘のように、静かな涼しさに包まれている。風通しさえよくしておけば、空調機器を使わなくても、寝苦しくなるようなことはない。網戸の隙間から侵入して来ようとする蚊がいないことはないが、日本製の蚊取り線香やら何やらによる防空射撃によって撃滅されるため、刺される心配をしなくて済む。

 

風呂から上がった榊原は、静まった泊地の雰囲気を肌で感じて、食堂を覗く。さっきまで、オセロだの将棋だので艦娘たちと盛り上がっていたそこは、すでに三分の一の電気が落とされている。食堂部も後片付けを終えており、台所には一人、釣掛が残っているのみだった。冷蔵庫内の食材を確認しているらしい。

 

「あら、榊原中佐」

 

榊原に気づいたようで、釣掛がこちらを振り返った。お互いに軽い会釈を交わす。

 

「晩酌ですか?」

 

「ええ、そんなところです」

 

「ビールしかありませんけど、いいですか?日本酒が入ってくるのは、次回の船団なので」

 

そう言いながら、釣掛が冷蔵庫から缶ビールを取り出してくれる。コップの有無を聞かれたが、今更洗い物を出したくないので、遠慮することにした。

 

「それでは、お先に。おやすみなさい」

 

「おやすみなさい」

 

釣掛はそう言い残して食堂を後にする。残された榊原は、戸棚からツマミになるようなものを漁ってみた。出てきたのは柿ピーだ。それらを手に、どこか夜風に当たれるところを探すつもりだった。

 

「榊原中佐?」

 

そんな榊原に、声をかける者がいた。食堂の入り口からこちらを覗くのは、ラフな部屋着の足柄だ。こちらも風呂上がりのようで、長い髪を後頭部でまとめていた。

 

「足柄か」

 

「そうよ。それで、榊原中佐は、何してるの?晩酌?」

 

提督二人体制になってから着任したためか、足柄は「榊原中佐」、「清水少佐」と呼んでいる。一方、同じように提督二人体制移行後着任の磯風は、榊原を「提督」、清水を「司令」と呼んでいた。

 

「まあ、そんなところだ」

 

「ふーん。榊原中佐、お酒飲むのね。あんまり見たことなかったから」

 

言われてみればそうかもしれない。元々、一人で飲むことがあまりない。清水はあまりお酒が好きではなく、そもそも付き合いがいい男ではないので、一緒に飲むことはめったにない。最近は、週二、三回といったところだ。

 

「そんなに飲む方でもないしな。一人で飲むのが好きというわけでもないし」

 

答えた榊原に、足柄は納得した様子で頷いた。それから何かを閃いたように、柏手を叩く。

 

「そうだ。ちょっと待ってて、中佐」

 

そう言い置いて、足柄はパタパタと台所に駆け入っていく。しばらくして戻ってきたその手には、榊原と同じビールの缶があった。

 

「ご一緒してもいいかしら?」

 

いい笑顔で、缶を振って見せる。足柄は飲める口らしい。思わぬところから現れた飲み友に、驚きと共に相好を崩す。願ってもない申し出だ。

 

それに、足柄とゆっくり話すのは、これが初めてかもしれない。

 

「さ、どこに行きましょうか?」

 

「屋上かなとも思ったが・・・埠頭に行こう。ちょっと、潮風に当たりたい気分だ」

 

「そうなの?それじゃあ、そうしましょう」

 

言ってすぐに、足柄は歩きだす。その後を追いかけるようにして、榊原は食堂を後にした。

 

廊下に並ぶ蛍光灯は、節電のため交互に半分が点けられ、少し薄暗い印象を与えた。それでも、この静かな夜には、これぐらいが丁度いいかもしれない。

 

「パラオは、星がよく見えるわね」

 

廊下の先、庇付きの玄関から出たところで、足柄がおもむろに呟いた。

 

港湾施設や泊地沖の航路を示す灯標識以外に光源はなく、空気が澄んでいることもあって星空を邪魔するものはない。日本では見えないような光量の小さい星も、ここでは無数と言っていいほど観察できる。おまけに、そこに打ち寄せる波の音が加わるのだ。風情は十分である。

 

「星の海と・・・艦たちの休息、ってね」

 

そう言った足柄は、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 

埠頭に据え付けられたボラードに腰を下ろす。金属製の舫取りは、夜風で程よく冷却されていて、心地よい。足柄の方は、脱いだサンダルを綺麗にそろえて、埠頭のふちに腰かけていた。足先が水面をつつく、ピチャピチャという音が聞こえてくる。

 

「んー、夜の海もいいわねえ」

 

プシュッ

 

爽快な音と共に、缶ビールのプルタブを開ける。急かされるように榊原も栓を開け、二人で乾杯。そのまま、クイッと一口目をあおった足柄が、それはそれはおいしそうに息を吐いた。

 

「いい風景に、いいお酒、いい女。贅沢な夜ねえ、榊原中佐」

 

「ほぼ全面的に同意だが・・・いい女って、自分で言っちゃうか」

 

「細かいこと気にしないのよ」

 

そう言って微笑む足柄に、苦笑が漏れる。大雑把でいて気遣いもできる、本当に姉のような艦娘だ。

 

そんな足柄につられるようにして、榊原もビールを傾ける。思い出したように柿ピーを開け、それも二人で摘まんだ。こうして、誰かとお酒を飲むのは、随分と久しぶりだ。

 

「ねえ、榊原中佐」

 

缶の中身が半分ほどになったところで、足柄が切り出す。海を見つめたままの彼女をチラリと窺うが、その目がこちらに向けられることはない。

 

「なんだ?」

 

榊原も、同じように海を見つめていた。沖合に停泊している中、大型艦の姿が、月と星の光で海面に浮かび上がっている。星の海を進んでいるかのような錯覚を受けた。

 

「いえ、大したことじゃないの。明日が楽しみね、って話よ」

 

「ああ。楽しみだ。前回よりも、随分と賑やかになったしな」

 

日曜日である明日は、『NT作戦』直前ということもあって、艦隊全員で休暇を取ることになっている。そして、例のごとく、パラオのビーチへ繰り出す予定であった。

 

『IF作戦』前よりも艦娘が増えたこともあり、より一層賑やかになるだろうと、榊原は思っている。いい息抜きになるはずだ。

 

「・・・やっぱり、不安?」

 

飛び出した足柄の問いかけは、あまりにも突然で。答えに詰まるというよりは、心臓を鷲掴みにされた気分だ。

 

不安。

 

何のために?何が不安なのか?

 

問いかけに答えるよりも先に、榊原の視線は手元のビールへと移る。

 

「そうかもしれない」

 

否定することはできなかった。

 

酒を飲みたい気分だったのは。夜風に当たりたい気分だったのは。

 

果たして、何もなかったと言えるだろうか。無意識のうちに、何かを誤魔化していなかったか。

 

「提督の俺がこれでは、笑われてしまうな」

 

今にも、厳しい秘書艦の声が聞こえてきそうだ。

 

戦闘中に感じることはない。おそらくは、本能的な部分で、押さえつけられているのだ。だからこそ、こうして迫る戦いを感じる時が、一番不安になる。

 

「不安はある。恐怖も知ってる。それでも、隣に誰かがいるから、俺は戦える。君たちを導くために、戦場に立ち続けたいと思える」

 

不安だからこそ、一所懸命に考える。誰かを大切にしたいと思う。それが、自らを紛らわせるものだとしても、何もしないよりはずっといい。

 

「笑顔っていうのは不思議でな。誰かが笑うだけで、不安を忘れることができる。心からの笑みであればあるほど、他人まで幸せにできる」

 

「・・・大切なのね、曙ちゃんのことが」

 

またもや発せられた足柄の唐突な指摘に、今度こそむせてしまう。

 

「な、何をどう解釈したら、そういう話になる」

 

「ふふん、艦娘だって女ですからね。こういうことは、鈍感な男なんかより、ずっとよくわかるのよ」

 

自慢げに胸を反らし、足柄はなおも追求する。貴方にとって、曙は特別なんだろう、と。

 

「それは・・・もちろん大切だ。だけど、曙だけじゃない。俺にとっては、皆大切な仲間で、特別な存在だ」

 

「ふーん・・・ふーん?」

 

缶を片手にしたまま、足柄がこちらを探るように見つめてくる。大和や祥鳳とは違った積極性に戸惑いながらも、その目を見つめ返す。やがて、小さな溜め息を吐き出し、足柄が微笑んだ。

 

「ま、そういうことにしておくわ」

 

もう一度缶を傾け、喉を鳴らす。缶の底の部分に、夜の光が反射していた。

 

「私は、戦いが好きよ。主砲を撃って、魚雷を放ち、海の上を走り抜ける。これほどに心が踊ることはないわ」

 

足柄が静かに話しだす。吹いた夜風とコンクリートを打つ波が、ゆるるかなBGMの代わりをしていた。話の内容に反して、どこか穏やかな時間が流れている。

 

「でもね、それは海にいる時だけのことよ。陸に上がって、ふとした時に思っちゃうの。ある日突然、戦いがなくなったらどうしよう、って」

 

榊原もビールをあおる。ずっと握りしめていたせいか、体温が伝わって随分とぬるくなってしまっていた。わずかに顔をしかめて、中身を飲み干す。

 

「戦いが終わった世界で、戦いが存在意義だった私は、生きていけるのか。それは、許されることなのか。そんな余計なことを、考えちゃう時もあるのよ」

 

物憂げに髪をいじる足柄は、しかし次の瞬間には、晴れやかな笑顔を見せた。あたかも、朝日が駆け足でやって来てしまったかのような、そんな笑顔だった。

 

「でも、そんなこと考えたって、しょうがないじゃない。それは、将来のことを考えるのは、大切で、とても素晴らしいことだとは思うわよ?だけど、それで今をおろそかにするのは間違ってるわ。だから決めたの。まずはとにかく、今を精一杯に楽しもう。たくさん楽しんで、たくさん笑って。時々、戦うことで、誰かを幸せにして。それは、きっと間違ったことではないはずよ」

 

力強く宣言して、足柄は立ち上がる。手にしたビールはすでに飲みきったようで、同じ手に器用にサンダルを持った。空いた左手で、榊原の頬を引っ張る。

 

「あんまり難しい顔しないのよ、榊原中佐。せっかくの海水浴も、楽しさが半減しちゃったら、元も子もないでしょ」

 

手が離れていく。それほど力が入っていたわけでもなく、引っ張られた右頬がわずかな温もりを残しただけで、それもすぐに空気に溶け込んでしまう。

 

「・・・付き合ってくれて、ありがとう」

 

「お礼を言われるほどのことじゃないわ。またいつでも、付き合うわよ。・・・それじゃあ、私は霞ちゃんの寝込みを襲撃してくるわね」

 

どさくさに紛れて、霞にちょっかいを出そうとしている足柄。「お酒で酔っていた」とでも言い訳するつもりなのだろうか。榊原が止める前に、その背中は艦娘寮の方へと消えていった。

 

―――気を遣わせてしまったか。

 

食堂で鉢合わせた時点で、足柄は気づいていたのだろう。だから、榊原の酒に付き合った。

 

ただ、さっきのことを、伝えるために。

 

思えば、前から同じことを言われ続けている気がする。

 

考えても詮無い事まで、考えてしまう、自分の悪い癖。曙や足柄のように、指摘してくれる者がいなければ、いつか煮詰まってしまっていたかもしれない。

 

今を楽しむこと。それは簡単なようで、意外と難しいことでもある。

 

しばらく、ぼんやりと海を眺めていた榊原は、おもむろに立ち上がって、庁舎へと戻る。明日の楽しみに向けて、今日は早く寝ることにした。

 

 

 

翌朝、簀巻きにされた足柄が、廊下に転がっていたという。




足柄さんは、礼号組キャラが好みです。残念系お姉さんみたいな

それでも、呉では古参の部類に入る艦娘ということで、誰かを見守る優しいお姉さんでもある。そんなイメージでしょうか

さて、次回はお待ちかね(?)水着回です。作者、水着好きだな・・・
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