やばい、変な汗が・・・
てゆうかこれ、絶対今年度中に終わらないじゃん・・・
『NT作戦』参加各艦が集合したのは、第一陣の到着から二週間が経ってからだった。
横須賀、呉、佐世保、各地から集まった機動部隊、火力部隊、水雷戦隊が、パラオ泊地に所狭しと並んでいる。巨大な戦艦、空母から小柄な駆逐艦まで、鈍色の艨艟が錨を下ろす様は、壮観の一言に尽きた。
そんなパラオ泊地、庁舎内の廊下を歩く塚原は、背後からズカズカと近づいてくる大きな足音に、気づかないふりをした。その足音の主が、鬼の形相でこちらを追いかけていることが、ありありとわかったからだ。
「貴様、どういうつもりだ!」
案の定、大気を震わせるような怒号が襲ってきた。隠すつもりが微塵もない怒気に、塚原はむしろ冷静になることができる。表情を変えずに、後ろを振り向いた。
肩を怒らせながら廊下をこちらにやって来るのは、大佐の階級をつけた大柄な男だ。所属する鎮守府こそ違うが、同期ということもあり、よく知った仲である。
「なんだ、南雲。そんなに大きな声を出すな」
「何だもへったくれもあるか!」
塚原の目の前でようやく足を止めた将校―――南雲忠治大佐は、こちらの胸倉を掴まんばかりの勢いで問い詰める。
「まあまあ、先輩。落ち着いてくださいよ。仮にも、今の塚原さんは、上官なんですから」
そう言って南雲をなだめにかかる声は、同じく大佐の徽章をつける将校のものだ。彼―――井上成浩大佐の言う通り、今の塚原は、階級が上がって少将となっていた。
井上の冷静な声は、どこかこの状況を楽しんでいるようだった。
「そんなものは知らん!戦場ならいざ知らず、陸の上では俺貴様だ!遠慮などせん!」
「・・・やけに荒ぶってるな、今日は」
元々、感情を表に出す人物だった。それでも今日は、いつになく感情的だ。その理由に、察しがつかない塚原ではない。
南雲がここまでになるような爆弾を投下したのは、他でもない塚原であったのだから。
「話を逸らすな!あの作戦は何だと聞いている!」
南雲はなおも問い質す。
今の今まで、パラオ泊地の作戦室では、『NT作戦』に参加する提督たちのブリーフィングが行われていた。そこでは、各艦隊の具体的な編成と、指揮をする提督、作戦の大まかな運びが話し合われた。
今回の『NT作戦』は、大きく五つの部隊によって実施される。各艦隊の編成は以下の通り。
〇第一機動艦隊
塚原二四郎少将
・第一航空艦隊
塚原二四郎少将直率
“赤城”、“加賀”、“千歳”、“千代田”、“飛鷹”、“五十鈴”
・第六直衛艦隊
近藤信忠中佐
“利根”、“筑摩”、“秋月”、“浦風”、“谷風”、“浜風”
〇第二機動艦隊
南雲忠治大佐
・第二航空艦隊
南雲忠治大佐直率
“蒼龍”、“飛龍”、“翔鶴”、“瑞鶴”、“瑞鳳”、“長良”
・第八直衛艦隊
高須三郎中佐
“最上”、“三隈”、“照月”、“野分”、“舞風”、“天津風”
〇第三機動艦隊
井上成浩大佐
・第三航空艦隊
井上成浩大佐直率
“大鳳”、“雲龍”、“天城”、“葛城”、“龍驤”、“大淀”
・第七直衛艦隊
速水淳少佐
“鈴谷”、“熊野”、“初月”、“嵐”、“萩風”、“時津風”
〇第一挺身艦隊
栗田健宏少将
・第一制圧艦隊
栗田健宏少将直率
“武蔵”、“大和”、“長門”、“陸奥”
・第三制圧艦隊
清水隆之少佐
“摩耶”、“足柄”、“祥鳳”、“卯月”、“磯風”
・第五水雷艦隊
榊原広人中佐
“木曾”、“曙”、“満潮”、“霞”、“陽炎”、“長波”
〇第二挺身艦隊
角田治美大佐
・第二制圧艦隊
角田治美大佐直率
“金剛”、“比叡”、“高雄”、“愛宕”、“鳥海”、“鬼怒”
・第四水雷艦隊
橋本慎一郎中佐
“川内”、“白雪”、“初雪”、“深雪”、“叢雲”、“磯波”
基本的な方針としては、三個機動部隊がトラック環礁周辺に展開している敵機動部隊、及び基地航空隊を相手取り、これを漸減。可能であれば、環礁から引き剥がす。これが一日目。
敵戦力を漸減したところで、第一挺身艦隊が北東水道から、第二挺身艦隊が南水道から環礁内への突入を目指す。前者は敵水上部隊の誘因と撃破を目的とし、後者は敵基地への艦砲射撃と残敵相当を担当する。これが二日目。
環礁周辺の深海棲艦が排除されたことを確認した時点で、同地に駐留する陸軍部隊と警備艦隊を派遣することになる。
これが、『NT作戦』の概要であった。規模こそ段違いだが、基本的なところはこれまでの解放作戦と変わらない。深海棲艦は海上戦力しか有していないため、海戦の勝利がそのまま解放作戦の成功に直結する。
そこが問題だった。トラック環礁の深海棲艦は、これまでにない強力な部隊だ。勝利を得ると一口に言っても、そう簡単なことではない。
連合艦隊機動部隊の最先任として、塚原はあらゆる手を講じるつもりであった。
「この作戦が持つ重要性は理解している。深海棲艦が強大な敵であることも知っている。だがな!」
南雲はなおも声を張る。
「あの配置はなんだ!?」
―――やはり、そこか。
南雲は短気で、暑苦しいほどの男だが、それは彼の優しさゆえだと知っている。今回も、彼は優しすぎた。
「なんだ、とは?」
「貴様は、第一機動艦隊を囮にするつもりか!?全ての攻撃を、一身に受けるつもりか!?」
三個機動部隊のうち、最もトラック泊地に近い位置まで接近するのは、他でもない、塚原直率の第一機動艦隊―――一機艦だった。
表向き、その理由は第一挺身艦隊―――一挺艦の上空援護も兼ねるためとなっている。だが、その結果一機艦を襲うもののことなど、素人でもわかる。
前に出れば、それだけ敵機動部隊にも見つかりやすくなる。そして見つかってしまえば、一機艦が敵機の集中攻撃を受けることなど目に見えていた。
だが、その間隙をついて、他の二個機動部隊が反撃できる。自らの身をもって、味方に活路を開く。それを囮と呼ばずして何というのか。
それでも、塚原は揺るがない。
「南雲、トラックの敵機動部隊は何群確認されている?」
「・・・全部で三つ。奴らのセオリー通り、一つの機動部隊は、正規空母二隻に軽空母三隻で構成されている。計十五隻、こちらとほぼ互角だ」
「いや、向こうの方が優勢だ」
そうだろう?言外に込めた意味に、南雲も気づいたようだった。
「陸上基地のことを言っているのか?」
「そうだ」
「あれは大型の陸上機を配備してるだろう。確かに戦闘機はいるかもしれないが、少なくとも機動部隊に直接損害を与えることはできない」
大型で鈍重な陸上機は、そもそも軍艦を攻撃するのに向いていない。攻撃を当てようとして高度を落とせば、戦闘機や対空砲火の餌食になる。逆にそれらを回避して高度を上げようものなら、そもそも当たらなくなる。
洋上を進む軍艦を、撃破するには至らない。よしんば撃破しても、費用対効果が小さい。それが陸上機への評価だ。
だが、塚原は別の可能性を考えていた。
「基地航空隊の航空機が、必ずしも大型で鈍重な陸上機とは限らない」
「・・・何が言いたい」
「トラックの基地が完成してから、少なくとも三か月が経過している。それなのに、これまで空襲があったのはたった一回だ。その一回も、パラオ艦隊と第一二航空戦闘団によって迎撃され、失敗に終わっている」
深海棲艦が初めて実施した陸上機による空襲は、何ら被害を与えることはなかった。そしてその一回以降、深海棲艦は陸上機による空襲を実施していない。
「この状況を、お前ならどう考える」
「さあな。そんなことは、深海棲艦に訊かん限りわからんだろう」
「相変わらずですね、南雲先輩は」
やれやれ、とでも言いたげに井上が溜め息を吐いた。
「井上はどうだ」
「戦術を切り替えたとみるのが妥当でしょう。陸上機は有効な長槍となり得ますが、トラックからでは爆撃できる範囲が限られますし、拠点防衛には向きません。パラオの空襲は、多分に実験的要素が強かった。深海棲艦としては、陸上機がどの程度の威力を発揮できるのか知りたかったのでしょうが、残念ながらその目論見は外れた。だとしたら、その戦術を転換し、トラックの防衛力強化を優先したとみるべきです」
それが意味するところは明白だ。
「トラックの航空基地は、大型の陸上機ではなく、従来の艦上機を転用した戦力を展開している可能性が高い。つまり、我々が相手取らなければいけないのは、機動部隊四つ分の航空戦力ということになりますね」
「・・・井上が言った通りだ」
改めて、塚原は南雲を見る。彼は相変わらず非難の目線を向けてくるが、その口を開くことはなかった。
数で勝る相手に、正面から戦いを挑んでも仕方がない。だから塚原は、一機艦を囮とする作戦案を考えた。普段よりも戦闘機を多く搭載する一機艦が敵機の攻撃を吸収し、残った二、三機艦は攻撃に集中する。目の前の敵を確実に叩く、航空戦の要諦を逆手に取った作戦だ。
「他に、やりようがあるだろう」
絞り出すように、南雲が言う。そんな代案がないことは、彼自身が一番よくわかっているはずだ。
「これが、一番確実なやり方だ」
「それなら、俺の二機艦や井上の三機艦が務めてもいいはずだ。貴様と赤城を―――機動部隊の要を、同時に失うわけにはいかない」
「だからこそだ。この役目を果たせるのは、最も経験の多い俺と赤城しかいない。それに、この作戦の成否は、一機艦がどれだけ長い間、敵艦隊の攻撃を引き付けられるかにある。そう易々と、やられてやるつもりはない」
「・・・ああ、そうかよ」
とうとう南雲は、踵を返して、またズカズカと歩いて行ってしまう。もう、こちらを見向きもしない。
「生きて帰ってこなかったら、ぶん殴ってやる」
凄みのある声でそれだけ言うと、今度こそどこかへ行ってしまった。
後に残された二人は、同時に息を吐き出す。その意味合いは、塚原と井上で少し違ったはずだ。
「・・・私も、この作戦が最善だと考えます。ですが、納得しているわけではありません。誰かの犠牲を前提とした作戦は、最早作戦ではないと、思っています」
「さっき言った通りだ。犠牲になるつもりはない。まだまだ、やりたいことはあるしな」
「・・・わかりました。そういうことにしておきます」
そう答えた井上は、律儀に一礼して、南雲の後を追う。大丈夫だ。彼らなら、必ずや機動部隊を勝利に導いてくれる。
自室に戻ろうかとも思ったが、足は自然と庁舎の外に向いた。風を浴びながら、塚原は他愛もない思案にふける。
―――あいつは、どう思っただろうか。
ブリーフィングに出席していた提督の面々を思い返す。その席上には、横須賀高速水上部隊を率いる、破天荒極まりない同期の顔もあった。
角田は、塚原の作戦案に何かを言うこともなく、ただジッと、海図台の上を見つめていた。角田には珍しいと、妙な違和感を覚えたことは事実だ。
大きくかぶりを振る。今考えても、詮無きことだ。
パラオの風に背を向け、塚原は庁舎に戻る。先ほどまで見つめていた海面、そこには空と海を支配する巨大な艨艟たちが、静かにその身を横たえていた。暮れ始めた太陽に照らされる横顔は、戦いを前にした覚悟と高揚に満ちているようであった。
決戦の始まりは、もうそこまで迫っていた。
はい、段々作戦の全容が明らかになってきましたね
作戦のモデルは、もちろんレイテ沖海戦です。あれの、機動部隊が強力になったバージョン的な
まーた激しい戦いになりそう・・・