作戦の準備段階は、今回で終わりとなります。ここからは、全力で戦闘
パラオ泊地最後の日常回です
「提督!ほら、早く早く!」
午前の執務を終え、昼食までの一息を入れていた榊原と曙は、摩耶によって半ば強引に手を引かれるまま、庁舎を出た。『パラオ泊地』の立て札がかかる庁舎の入り口前には、パラオ泊地所属艦娘がズラリと顔をそろえている。
天頂に近い太陽は、庁舎前を明るく照らしていた。雲一つない空が、今日も清々しい。
「どうしたんだ、一体?」
急に連れてこられて状況が掴めない榊原は、摩耶に尋ねる。いつも何かを思いつくのは、元気溌剌なこの艦娘だ。
ニヤリ。摩耶が口角を吊り上げて、笑う。ろくでもないことを考えているのではと、榊原は身構えた。摩耶は、背中側から何かを取り出す。
「じゃーん!これだよ、これ」
摩耶が取りだしたのは、四角い手のひらサイズの機器。銀色が陽光を浴びてきらめく。
「デジカメ・・・か?」
榊原と同じく、強制連行されてきたらしい清水が、その機器の名を呟く。それに対して、摩耶はどこか誇らしげに胸を反らした。
「おう。木曾と通販したんだ」
「通販?」
「『IF作戦』の時に、高雄に頼んだんだよ」
「通販」の意味を、木曾が解説する。ともかく、そういうわけで、摩耶の手元にデジカメがあるというわけか。
「で、だ。せっかくだから、みんなで写真撮ろうぜ」
そう言って、摩耶はさらに笑みを大きくする。そういえば、艦隊全員で揃って写真を撮ったことはなかった。
異論の声は出ない。
「どこで撮る?『パラオ泊地』の立て札があるし、玄関がいいかと思ったんだけど」
「・・・海」
呟くような、それでいて断定的な言葉は、隣の曙から発せられたものだった。必然的に彼女に集まった視線に、頬を薄く紅色にして、そっぽを向く。
「埠頭から、海を映して、撮りたい」
曙はなおも提案を繰り返す。
この海が好きだと言っていた。この泊地が好きだと言っていた。パラオ泊地沖に広がる蒼い海に、やはり特別な思い入れがあるのだろう。
「曙に賛成だ」
榊原は口を開く。曙が、こちらを仰ぎ見る。その瞳に、薄くはにかんだ。
「じゃ、それで決まりだな」
摩耶が引率する形で、パラオ艦隊は埠頭を目指す。やはり榊原の隣を歩く曙が、チラリとこちらを窺った。色の薄い唇が動く。
「ありがと」
それが何に対するお礼なのか、榊原にははっきりとはわからなかった。それでも、曙の声が、時折見せてくれる、優しく柔らかいものであったことに、微笑んだ。
「提督、曙!」
摩耶が呼ぶ声がした。二人同時に、そちらを向く。その時。
パシャリ。シャッターが切られる、電子音がした。カメラを構えていた摩耶は、してやったりとばかりに歯を見せて笑う。
「ほー、よく映ってんな」
「な、何勝手に撮ってんのよ!」
「大丈夫だって、可愛く映ってたぞ。後でやるよ」
「べ、別にいらないわよ!ていうか、消しなさい!」
摩耶の手からカメラを奪うべく、曙が急加速、接近を試みる。が、背丈の差がものを言った。曙がどれだけ跳ねても、摩耶の手にあるカメラを奪うには至らない。
「心配すんな、誰にも見せないから」
そう言ったそばから、カメラを長波に渡してしまう。摩耶から格好の獲物を受け取った長波は、そのまま他の駆逐艦娘とともに、デジカメの画面を囲み込む。最早、曙に手出しのしようはなかった。
「ほら、皆並んで」
引率の先生のように、足柄が手を叩いて、駆逐艦娘たちを促す。カメラは再び摩耶の手に戻り、手早く広げられた三脚に据えられる。その間に、どこからか現れた妖精が、折りたたみ椅子を二つ、設置した。グッと親指を突き出して、そのまま、また風のように何処かへと去っていった。相変わらず、仕事の早い。
「提督二人は椅子な」
カメラの画面を覗き込み、アングルを確認する摩耶が、そう指示する。何だか、七五三や結婚の記念に撮る家族写真のようだと、榊原は思った。
目配せで、榊原が左、清水が右に座る。その周りを囲むように、艦娘たちが立った。榊原の隣には、曙が立つ。改めて写真を撮ることに緊張しているのか、背筋を伸ばすその顔はわずかに硬い。
「曙」
榊原の呼びかけに、ハッとして曙が振り向く。
パラオ生活が長いからか、わずかに日に焼けている健康的な肌。細い首筋と、同じように細い体つきは、ともすれば簡単に折れてしまいそうなほど。それでも、瞳の奥に覗く、その体を支える信念は、ひたすらに真っ直ぐだ。
長いまつ毛。勝気な目もと。小さな唇。海風に揺れる花飾りと、群青のきらめきを宿した髪。
「一番の笑顔で、頼むよ」
笑いかけながらの一言に、曙が一瞬固まる。息を吐いた彼女は、美しい波間で見せたあの笑顔を浮かべていた。
「善処するわ」
全員の並び順が決まり、摩耶が細かい指示を出して、画面の中に収める。満足のいく配置になったらしく、タイマーの設定に入った。
「いいかお前ら、ちゃんと笑えよ。特に清水」
「・・・余計なお世話だ」
そういう清水は、いつも通りの仏頂面を作って見せた。その表情も、すぐに穏やかなものに変わる。
「それじゃ、いくぞ」
タイマーがスタートして、摩耶が後列に加わる。シャッターが近いことを示して、カメラのサインが点滅した。
パシャリ。機械的な音と共に、シャッターが切られる。
海風そよぐパラオ泊地に、十四の笑顔が並んでいた。
◇
多くの艦娘と提督が詰めかけるパラオ泊地の食堂は、これ以上ない賑わいと、ほのかな緊張感に包まれていた。
明日は、いよいよ作戦発動の日だ。後方支援や上陸部隊用の輸送船、パラオ泊地警備の部隊を残して、全作戦参加艦艇が抜錨する。
「ごちそうさま」
食事を終えた曙は、手を合わせ、すぐに席を立つ。
「何よ、もう行くの?」
向かいに座る霞が、そっけなく立ち上がった曙に尋ねる。同じ机に座っていたパラオ泊地所属駆逐艦娘の面々も、こちらを見ていた。
「あたしが体調でも崩したら、洒落にならないでしょ。さっさと寝て、明日は早起きすんの」
作戦前はいつもやっていることだ。今回は特に、念入りに。
第一挺身艦隊―――一挺艦所属として出撃する曙。彼女含めた水雷戦隊はその全艦がパラオ泊地所属であり、指揮も榊原が取る。その部隊の旗艦に、榊原は曙を指名した。
―――「“曙”が、俺にとっては一番慣れ親しんだ艦だ。勝手知った艦の方が、指揮は取りやすい」
榊原はそう言った。
日本海軍には、指揮官先頭という伝統がある。すなわち、部隊で最も戦闘能力の高い艦に、指揮官が座上するということだ。この場合、榊原が乗るべきは、“木曾”ということになる。
もちろん、これにはそれなりの理由あってのことだが、デメリットがないわけではない。高性能艦ということは、それだけ敵の砲火にさらされやすいことを意味している。そうなれば、司令部機能の維持は難しい。
大切なのは、いついかなる時でも、司令部機能を保ち続けること。そのためには、別に高性能艦に乗る必要はない。
榊原は、その命を預ける先に、曙を選んでくれたのだ。その想いに、応えたい。
食堂を後にした曙は、すぐに風呂に入る。予想通り、風呂場に人影はまばらだった。まだ多くの艦娘が、食堂で話し込んでいるのだ。
さっと体を洗い、浴槽に浸かる。ゆっくりと体を温めて、二十分後には風呂を出た。寝巻に着替え、髪を乾かしつつ、暖簾をくぐる。
風呂の前、休憩スペースには、よく冷えているであろうコーヒー牛乳が置かれていた。風呂上りにはたまらない一杯だが、大事を取って我慢する。
その時、辺りを―――具体的には、士官用の風呂の方を窺ったのは、なぜだったのか。期待した人影はそこにはなく、ほっとするような、残念なような、何とも言えずに小さく息を吐き、踵を返す。
部屋に戻る途中、窺った食堂は、まだ賑やかだった。チラリと覗いた中に、小さなグラスを片手に語り合う戦艦娘たちの姿が見えた。その中には、大和もいる。
大和の向かい、彼女に負けないぐらいに背の高い艦娘が座っていた。特徴的な髪形とツインテール。雰囲気からして豪快な彼女は、大和の妹であり、一挺艦の旗艦を務める武蔵であった。彼女の入港時、姉妹との再会を喜ぶ大和のはしゃぎっぷりは凄かった。
ふっとした笑みが漏れるのを、自覚した。そのまま曙は、艦娘寮の自室へと戻る。乾いた髪を梳かしておかなければ。しばらく、まともな髪の手入れは望めない。駆逐艦内の風呂は、風呂ではなく個室の狭いシャワーだけである。海水でないことが唯一の救いか。
ドレッサーの鏡を覗き込み、ゆっくりと櫛を通していく。
思い出したのは、『IF作戦』前のことだった。あの時は、風呂場の前で出くわした榊原に、髪を梳いてもらったっけか。
優しい手。曙の髪を、綺麗だと褒めてくれた。
その時のことを思い出し、頬が熱くなるのを感じる。ブンブンと頭を振り、強制的に熱を下げる。覗き込んだ鏡の中に、榊原の姿はない。
「・・・クソ提督」
どうしようもなく呟いて、曙はまた、髪の手入れに戻っていった。
全ての寝る支度を終えた後、今度は翌日の準備にかかる。日用品等はあらかじめいくらか積み込んでおいたが、今日まで使っていたために、明日持ち込む必要があるものも多い。
ドレッサーの棚や、本棚から、必要なものを選別し、まずは机の上に並べていく。軽く声に出しながら、指差し確認。きっと、遠足に行く前も、こうして確認作業を行うのだろう。
「・・・よし」
他に持つべきものがないことを確かめて、小さい旅行鞄に詰めていく。小物類はポーチにまとめた。
だが、これで終わりではない。
ドレッサーの前に置かれた、手紙を入れる封筒。それを開いて、中身を取り出す。昨日撮った写真だった。枚数は二枚。現像して、摩耶が手渡してくれたものだ。
「今度、写真立てを調達しないと」
そんなことを思って、写真を封筒に戻し、ドレッサーの右横、上から二番目の引き出しを開ける。そこに、大切に、仕舞う。
代わりに。中に保管していたものを、曙は取り出した。小さな手帳。一年前に使っていたものだ。
すでに使い切った手帳を開く。中には文字が並ぶが、それらは今回、特に大事ではない。
中ほどのページ。何度もめくってきたからか。あるいは、挟んだもののせいで、そこだけわずかに隙間があるからか。いとも簡単に開けたそのページを、ただジッと、見つめる。
「・・・クソ提督」
手帳を閉じる。しばらく迷って、それも鞄の中に入れた。これで、正真正銘、全ての準備が終わった。
布団に入り、電気を消す。半ば習慣的に、眠気がすぐやってくる。今日だけは、夢を見ないように祈って、曙は眠りに身を委ねた。
決戦前夜。夜はただただ静かに、パラオの海を覆っていく。その支配権が太陽に返された時、史上最大の戦いの幕が、切って落とされることと相成った。
・・・最後の曙のところ。覚えている方はいるのだろうか・・・
次回は出撃編!戦闘はその次辺りから本格的に始まる予定!何話かかるかは未定!
ヒトミちゃんかわいい、ハコフグの帽子被せたい