『NT作戦』、ついに発動です!
出航を告げるサイレンが、朝焼けを望むパラオ泊地沖に響き渡った。甲高い音が、停泊していた各艦の舷側に当たり、反射する。十秒近い長音を聞き届けるや、泊地沖はにわかに慌ただしくなった。
『NT作戦』発動。ついにこの日が来たのだ。これより、連合艦隊の総力を挙げた攻略作戦が展開される。
泊地に停泊していた全てのBOBが、すでに機関に火を入れていた。缶圧も十分。後は海底に下ろしている錨、あるいは浮きにつけた舫を引き上げるだけだ。
―――いよいよ、始まったか。
第五水雷艦隊―――五水艦の旗艦に定めた“曙”艦橋から、榊原は停泊する各艦の様子を見ていた。隣に立つ曙は、艤装との精神同調を終え、自らの抜錨する順番を待っている。
「四水艦(第四水雷艦隊)、出航する」
見張り員からの報告を、曙が淡々と読み上げる。まず出るのは、第二挺身艦隊―――二挺艦の直衛を務める、横須賀の水雷戦隊だ。全体的にほっそりとした印象の中小艦艇たちが、次々に錨を引き抜き、微速で動き始める。
それに続くのは、二挺艦主力となる第二制圧艦隊―――二制艦だ。旗艦となる“比叡”の艦橋には、角田が立っている。
彼女が率いる高速水上部隊が、その巨大な艦体をのっそりと動かし始めた。排水量がある分、その動きは緩慢で、それ故に言い知れぬ威厳に満ちていた。さながら、眠れる龍が、その身をゆっくりと起こし始めたかのようだ。
“比叡”、“金剛”と続く艦隊は、泊地の外に出て、陣形を組み始める。それを見計らったように、泊地の二か所で、新たな動きがあった。
「七直艦(第七直衛艦隊)、八直艦(第八直衛艦隊)、出航する」
『NT作戦』部隊主力となる、二機艦、三機艦。それぞれの護衛部隊が、パラオの海面を滑り出す。どちらも、対空能力を高めた大型軽巡を主力としている。また、“秋月”型を筆頭として、所属する駆逐艦は全て対空戦闘に秀でている艦が厳選されている。
「・・・三機艦には、長官が座上されるんだったな」
護衛部隊が動きだしたことで、主力空母たちも出航する。その中に混じる、司令部座乗艦を、榊原は双眼鏡で確認した。
『NT作戦』もまた、『IF作戦』の時と同じように、連合艦隊司令部が直接指揮を執る。ただし、今回は最前線には立たない。
現在の連合艦隊旗艦は、“長門”から“武蔵”に移されていた。が、東郷の将旗は今、三機艦所属の“大淀”に翻っている。この旗艦変更は、武蔵の要請によるものであったらしい。
“武蔵”含めた一挺艦は、非常に激しい戦闘になることが予想されている。一挺艦が突入を目指す北東水道には、『IF作戦』時以上に強力な戦艦部隊がその防衛についていることが、事前偵察で確認されている。航空写真に写っていた四隻の内、二隻はただの深海棲艦ではない。「姫」と呼称される、強力な深海棲艦。ハワイ沖で確認された際、「戦艦棲姫」という呼称が定められた敵艦であった。おそらくは、この艦隊が、トラック環礁付近の深海棲艦を統括している。
それだけ強力な敵艦隊と戦うのだ。いかに堅牢な“武蔵”といえども、無事で済む保証はどこにもない。司令部機能を維持し続けるには、戦艦部隊ではなく、機動部隊のどれかに旗艦を移すのが好ましい。
司令部座乗艦に選ばれた“大淀”は、艦体後部に大型の水上機格納庫を設置している。この内部を改装し、専用の司令部施設として使用していた。通信能力も申し分なく、旗艦を務めるのに十分な能力を有する。
「六直艦、出航する。続いて一航艦、出航する」
パラオ泊地内に残るBOBも少なくなってきた。錨を上げたのは、日本機動部隊の象徴とも言うべき巨艦だった。全長二百六十メートル、全幅三十一メートル、基準排水量三万六千五百トン。“大和”や“武蔵”に迫ろうかという“赤城”が、朝陽の中、その鋭い艦首でさざ波を切り裂いていった。
艦体に比して小さい左舷島型艦橋に目をやる。反射した窓の奥に、人影を見出すことはできない。それでも、厳しい戦場へと赴く、二人のキーパーソンの覚悟のようなものが、滲み出ている気がした。
「・・・ご武運を」
ポツリと呟いて、気を引き締める。いよいよ、榊原たちの番だ。
『一挺艦、出航する。五水艦、抜錨せよ』
“武蔵”座上の栗田から、通信が入る。阿吽の呼吸で差し出されたマイクを取り、榊原は麾下の六隻に命じた。
「了解。五水艦、抜錨」
「錨上げ!」
曙が声を張り上げる。次の瞬間、前甲板左舷の揚錨機が動き始め、海面下の錨を巻き上げていく。これより少し前、すでに錨は大部分が引き上げられており、錨冠が海底に触れるか触れないかという状態にされていた。揚錨機の作動から数分もせずに、錨が海面からその姿を現す。
「両舷前進微速」
主機が接続され、“曙”が動きだした。じわりじわりと加速していき、艦首に波が生じ始める。今再び、この艦が戦場への航海に出ようとしている。
“曙”以外の艦も動きだす。見張りが寄越す報告を、曙が一つ一つ読み上げる。それを、実際に各艦の様子を確かめながら、榊原は聞いていた。
微速から半速へ。しばらくすれば原速へ。泊地の外へ向かいつつ、後続の一、三制艦が出航するのを待つ。
程なく、日本海軍最大の艨艟たちが、その腰を上げた。
*
「五水艦、出航する」
揚錨作業が続く“摩耶”の艦上には、重い物体がゆっくりと引き上げられてくる、独特の重低音が響いていた。艦橋にまで伝わってくるその振動の中、精神同調を終えた摩耶が、先行する五水艦の様子を報告した。
―――ついに、行くのか。
主機に接続したことで、わずかに泡立つ“曙”の艦尾。あの艦に乗る、同期であり、この泊地の提督長でもある男の顔を思い浮かべる。次に直接顔を合わせるのは、一週間以上先のことになるだろう。
前甲板で揚錨作業にあたる妖精が、手振りで「錨が見えた」と報告する。シアーがかかっている関係で、艦橋から錨を見ることは不可能だ。
「両舷前進微速」
摩耶の指示があり、主機が接続される。四軸ある“摩耶”の推進軸が、どこかもったいつけるように回転を始めた。水をかいたプロペラに反作用がかかり、それが軸を介して主機本体、ひいては艦体を押す。一万トン強の“摩耶”は、のそりのそりと加速していく。次第に、艦体の周囲に、前進に伴う水流が生じ始めた。
「他艦の様子は?」
「“祥鳳”抜錨。続いて“足柄”抜錨。出航作業は順調だぜ」
「そうか」
淀みなく答えた摩耶の方をチラリとだけ見遣り、清水は再び視線を艦首に戻す。回頭した“摩耶”は、すでにその舳先を港外へと向けていた。もう間もなく、半速に増速するつもりだ。
「・・・あたしらが、最後だな」
何気ない風に、摩耶が呟いた。
偶然にも、このパラオ泊地を最後に出航する艦隊は、パラオ泊地艦隊が所属する一挺艦だった。摩耶たちは最後まで、パラオ泊地の姿を目に焼き付ける。
「しばらく、見納めだ。あの太陽も、この海も」
全くもってらしくない、詩的なことを口にして、清水は眉間に力を入れる。どうも、この数か月で随分と愛着がついてしまったらしい。
寝泊まりをし、ご飯を食べるということは、それだけ大事なことなのだ。最早清水にとって、帰ってくる場所はここ以外に考えられない。
「・・・なんだ、やっぱり不安か?」
茶化すように、摩耶が言う。益々眉間に力が入るのを、清水は感じた。
「何を言ってるんだ」
「お前らしくない、詩的なことを言うからさ」
完全否定できる材料を見つけられず、清水は沈黙を選ぶ。
―――不安、か。
この作戦の、あまりの規模に、俺は飲まれているのかもしれない。
「へへん、心配すんなって。この摩耶様に任せときな」
笑いながら、摩耶が胸を張って言い切った。その言葉の端が、わずかに震えていることに気づかない清水ではない。彼女とて、完全に克服できたわけではないのだ。誰かを失ってしまうのではという恐怖と戦っているのだ。
溜め息に近い苦笑が、漏れてしまった。
「そうか。・・・任せよう、摩耶に」
清水の言葉に、摩耶が満足げに頷いた。
“摩耶”はいよいよ、パラオ泊地を脱する。清水麾下、三制艦の面々も、“摩耶”に続くようにして単縦陣を形成しようとする。舵の利きをよくするためにも、清水は速力を半速、さらに原速へと引き上げた。
「一制艦、出航する」
トラック泊地攻略艦隊の主力戦艦たちが、ついに動きだした。
四隻の、大艦巨砲の代弁者たちで構成される艦隊の顔ぶれは、そうそうたるものだ。
真っ先に動きだしたのは、二隻の“長門”型戦艦だ。四一サンチ砲連装四基八門、装甲も相応のものを装備しており、これまで数多の深海棲艦戦艦部隊と激闘を繰り広げてきた、連合艦隊の殊勲艦だ。その練度もずば抜けており、二隻の射撃諸元を共有する統制砲撃戦において、この二隻の右に出るものはないとまで言われる。
艦型がシンプルなだけに、各所に追加されている装備品類が、武骨さを際立たせる。陽光にきらめくその黒鉄は、戦乙女と呼ぶにふさわしかった。
“長門”、“陸奥”に続くのは、我らがパラオ泊地所属の“大和”、そして連合艦隊旗艦であり、一挺艦の将旗を掲げる“武蔵”だ。先の“長門”型が子どもに見えるほどに巨大な二隻の艨艟は、それ一基がまるで要塞のような四六サンチ三連装砲塔を三基も搭載している。日本海軍―――否、世界で唯一の一八インチ砲搭載戦艦であり、世界最強の名を欲しいままにする巨艦姉妹だ。
四一サンチ砲よりも一回り大きい極太の砲身が、太陽光線の中でぎらついている。全体的にスッキリとまとまった艦上構造物が、逆に主砲の威圧感を増していた。
『一、三制艦で複縦陣を形成。五水艦は前路哨戒を担当せよ』
一挺艦の出航作業完了を確認したのか、栗田が新たに指示を飛ばす。単縦陣を形成していた清水は、三制艦各艦に主機の回転数を下げるよう指示して、一制艦が追い付くのを待った。一方、榊原指揮下の五水艦は横陣を敷き、潜水艦への警戒を始める。
呉の本土防衛艦隊所属、第一潜水隊群から派遣された、第一、三潜水隊の現代潜水艦たちが先行して、パラオからトラックへの道中に確認した敵潜水艦を制圧してくれているはずだが、油断は大敵だ。海底の起伏や変温層に隠れて、優秀な耳を逃れた輩もいるかもしれない。
『NT作戦』は、まだ開始されたばかりだった。
抜錨編でした
さて、次回からはしばらく機動部隊戦です。つまり、パラオ泊地艦隊の出番は・・・
あ、ヤマト2202超面白かったです(全く関係ない)