初っ端から飛ばして参りましょう!
まずは、機動部隊戦です。トラックの飛行場を叩くべく、第一次攻撃隊が発艦します
トラック環礁よりの方位二八五。二百五十海里。
針路を北東に取り、一二ノットの速力で悠々と進む艦隊があった。
トラック沖には、朝が訪れたばかりである。東側―――すなわちトラック環礁方向から登ってくる太陽の光が海面に乱反射していた。非常に綺麗な光景ではあるのだが、見張り員にとってはやりにくいことこの上ない。この時間帯は特に注意が必要であった。
そんな朝の海面に、爆音が響く。
穏やかな波間を進む麾下の艦隊の様子を確認し、塚原は爆音の主を目で追った。丁度、艦橋右に見える“赤城”飛行甲板から、カタパルトで艦載機が発艦していくところだった。
「後三機です」
夜明け直前から始めていた発艦作業が、間もなく終わることを“赤城”が告げる。カタパルトを使うと、こうも早く終わるものか。
一機艦の他の航空母艦も、発艦作業をほとんど終えている。
塚原麾下の一機艦は、黎明の敵基地攻撃を目論んでいた。艦載機による飛行場攻撃では、その効果などたかが知れている。それでも、ひとまず今日一日、最低でも午前中の間、その航空隊を使用不能にしておきたかった。
それに、この攻撃には、一機艦が名乗りを上げる意味も含んでいる。これで、嫌でもトラックの深海棲艦艦隊は、塚原たちを意識せざるを得なくなるはずだ。
「第一次攻撃隊、全機発艦しました」
最後尾の“天山”が飛び立ったことを確認し、赤城が報告を上げた。対地兵装を満載した第一次攻撃隊は、編隊を組み、トラック環礁に向けて進撃を開始する。次第に小さくなっていくその姿を見守りながら、塚原は次の指示を出した。
「第二次攻撃隊を、対艦兵装で待機。索敵機、及び直掩機発艦準備」
「了解です」
“赤城”の艦上は、再び忙しくなった。格納庫からは、直掩任務に就く零戦が昇降機で引き出され、遮風柵の後ろに並べられて、暖機運転を開始する。“赤城”含め、各艦から四機ずつ計二十機。増援と直掩交代に備えた待機の機体が四機。
また、格納庫内では、敵機動部隊を攻撃するための“天山”艦攻や“彗星”艦爆も準備されている。前者の腹には魚雷が、後者には五百番爆弾が取り付けられ、いつでも格納庫から引き出せるようになっていた。
「直掩隊、発艦準備完了。“加賀”、“千歳”、“千代田”は、索敵機の準備も終えています」
「各艦に通達。直掩隊、索敵隊、発艦始め」
「直掩隊、発艦始め」
暖機運転を終え、カタパルトに接続された零戦。「金星」発動機がその唸りを増し、三翔プロペラを力強く回す。次の瞬間、乾いた音と共にカタパルトが起動し、強烈な加速度を零戦に与えた。ワイヤーで引っ張られ、甲板の外へと放り出された零戦は、一度沈み込んだのち、見事空気を捉えて、上昇に転じる。その頃には二番機の発艦準備が完了し、再びカタパルトが乾いた音を発する。
直掩隊は、あっという間に一機艦の上空三千メートルまで達し、旋回しつつ周囲を警戒する。彼らの防空誘導を担当するのは、一航艦所属の“五十鈴”だ。一機艦全体の防空指揮艦を担当している。
直掩隊の発艦が完了すると、今度は索敵機の発艦作業が行われる。艦上偵察機“彩雲”を搭載しているのは、“加賀”、“千歳”、“千代田”の三隻。それぞれに四機ずつだ。これに、六直艦所属の“利根”、“筑摩”から二機ずつの零水偵を加え、索敵線を形成する。
「・・・上手く、かかるといいんだが」
発艦していく“彩雲”を見守る。こればかりは、運と根気だ。
「後は、運を天に任せて、と言ったところですね」
赤城も、どこか他人事のように呟く。どうしようもないものは、どうしようもないのだから、仕方がない。
「各艦、対空警戒を厳となせ。どんな些細な兆候も見逃すな」
それだけ下令する。電探を担当する妖精や、見張り員の妖精は、目を皿のようにして、敵機の機影に気を張っていた。
―――まずは、敵基地の攻撃だ。
全てはそこから始まるのだ。
ようやく海面から離れた太陽の方角を見遣り、塚原は口を引き結ぶ。攻撃隊がトラック環礁に到達するには、まだ二時間弱の時間がかかるはずだ。
◇
雲の少ない空は、身を隠すには適さないが、眼下の様子をよく見ることができる。
チャートとにらめっこをし、コンパスと戦いながら、“赤城”艦攻隊隊長妖精は第一次攻撃隊を誘導していた。人類が使うGPSとやらが使えれば随分と楽になるのだろうが、生憎と人類製の機器はBOBの艦載機に設置できなかった。そもそもの問題として、彼は機械というのが大の苦手である。
ともかく。そんな彼の努力は、実を結んだ。攻撃隊の目指す先に、明らかに島と分かる隆起が見えたのだ。
素早く方位とこれまでの飛行経路を計算し、チャート上で確認する。間違いない、あれがトラック環礁だ。
攻撃隊が目指すのは、トラック環礁内の春島に確認されている飛行場である。『IF作戦』時には建設途中だった飛行場だが、二か月前には完成し、運用する陸上機でパラオ泊地を空襲している。
その飛行場で、現在は艦上機を運用しているというのが、彼の直属の上司にあたる赤城、そして塚原の見解だった。
―――「正しく不沈空母だ。確実に、叩いてくれ」
攻撃隊の発艦前、塚原からはそう頼まれている。
第一次攻撃隊に参加しているのは、“烈風”三十二機、零戦十六機、“天山”三十二機、“彗星”二十四機。“天山”は対地攻撃用の八百番爆弾を搭載している。飛行場の破壊を“天山”、その他付随施設をピンポイントで攻撃する“彗星”というように、役割が振られている。
制空隊の“烈風”が、スロットルを開き、編隊から突出する。彼らの仕事は、敵基地上空に展開が予想される迎撃隊を排除することだ。一方、直掩の零戦隊は、そのまま攻撃隊の編隊に追随する。こちらは、上空からの奇襲に備え、最後まで攻撃隊から離れることはない。
隊長妖精は目を凝らす。その先、春島に滑走路と思しき灰色の部分が見えた。長短合わせて、三本あるだろうか。付随施設も確認できる。
攻撃隊に対して、突撃隊形作れ―――トツレの無電が飛ぶ。これを受け、編隊が地上爆撃に備えて編隊をさらに詰める。後部座席の見張り員兼後部機銃手は、いつ現れるともしれない敵戦闘機に身構えていた。
飛行場の上空に、黒く小さな粒が見える。どうやら、急ぎ飛行場を飛び立ち、高度を取って待ち受ける敵迎撃隊らしかった。
しばらくして、“烈風”隊と敵迎撃隊の戦闘が始まった。たちまち、乱戦となる。その詳しい様子を窺い知ることはできなかったが、どうやら数で互角らしく、“烈風”隊であれば十分に攻撃隊から引き剥がしてくれるであろうと確信していた。
改めて、敵飛行場を見遣る。事前偵察で、ある程度の付随施設の位置はわかっているが、対空砲陣地などはその全てを把握しているわけではない。
飛行場爆撃を担当する“天山”隊としては、“彗星”隊がうまく対空砲陣地を叩いてくれることを祈るしかない。
隊長妖精は、敵飛行場の位置を確認しつつ、“赤城”艦攻隊を爆撃針路へと誘導する。まずは彼らが、最も大きい滑走路を叩き、その戦果を確認した後に、“加賀”艦攻隊が再度の爆撃を行う。
その時。後部を見張っていた妖精が、敵戦闘機の襲来を報告した。攻撃隊の上方だ。次の瞬間には、直掩の零戦隊が翼を翻す。重い八百番を積んだ“天山”隊も、機体を傾けてその射線から逃れようとするが、如何せんその動きは鈍重に過ぎた。
“天山”各機の後部機銃が、一斉に火を噴く。当たることはまずない。目的は、この射撃で敵の狙いを外すことにある。
隊長妖精の指示で曳光弾の比率が多めにされた一三ミリ機銃が、敵機に対してまるで光の雨のように降り注いでいた。しかしながら、敵機が火を噴くことはない。その雨の中を、猛速で突っ切った敵機が、“天山”隊を上方から貫く間に、一連射を浴びせかける。
視界の端で、少なくとも三つの炎が生じるのを、隊長妖精は確認した。
下方に抜けた敵機に対して、零戦が仕返しとばかりに襲いかかる。“烈風”や“紫電”改二には劣ると言えど、優秀な猛禽であることに変わりはない。格闘性能だけで言えば、まだまだ新鋭機を圧倒しうる。その敢闘を、隊長妖精は願った。
しかしながら、そううまくはいかない。
零戦に追いすがられた敵機は、その身を翻して二〇ミリ機銃の洗礼を回避すると、果敢に反撃してくる。ここでものを言ったのは、数だった。襲撃してきた敵機は、ざっと見ただけでも三十機はいる。十六機の零戦隊では分が悪い。
さらに、味方の被害と共に気になる報告が攻撃隊各機から寄せられた。
敵戦闘機は、新型と認む。後部銃座の見張り妖精も、同じことを指摘した。
零戦隊を難なく逃れた敵戦闘機が、今度は攻撃隊正面から襲いかかってくる。こちらの正面火力が皆無であることを知っているのだ。“彗星”が機首の七・七ミリ機銃で反撃を試みるが、そんな豆鉄砲で落ちる敵機ではなかった。
攻撃隊は、再び機を滑らせることで回避を試みる。隊長機の横を、青白い曳光弾が掠めた。主翼を敵弾が打つ、嫌な音が操縦席に響く。次の瞬間には、敵機は攻撃隊後方へと抜けていた。
今度は、隊長妖精も、そのフォルムをしかと見届けた。
それまでの三機種とは、根本的に違う機体だ。真っ白い機体はたこ焼きのような球体で、機体正面に二か所、まるで目のように赤く発光する部分があった。速度も異様に早い。「金星」に換装した零戦が、全く追いつけていなかった。
敵飛行場までの距離を目測する。このままの速度で進むとして、攻撃開始まではまだ二、三分かかるはずだ。
そこまで、攻撃隊が辿り着けるのか。隊長妖精の額を、冷たい汗が伝う。
後方からの再攻撃を予測して、攻撃隊各機にさらに編隊を詰めるよう指示を出す。味方機の損失により生じた穴を埋めるように、味方編隊が翼を寄せ合う。
零戦隊はまだ来ない。恐らくは、残りの敵機を相手取るので精一杯なのだ。“天山”も“彗星”も、自らの力で活路を開かねばならない。
今は、耐えるしかない。そう肝に銘じて、隊長妖精は次なる攻撃に備える。操縦桿を握る操縦手妖精が、深呼吸したようだ。全ては、彼の腕と、後部銃座の奮闘にかかっている。
“天山”の「火星」発動機が唸る。攻撃隊が、無事に敵飛行場を攻撃できるのか、それはまだわからなかった。
そして数秒後、後方から敵機の第三撃が襲いかかってきた。
いかがでしたでしょうか?
今回は、航空戦を真面目に描いていこうと思います。というわけで、妖精さんが大活躍の予感
果たして、一機艦攻撃隊は、無事に飛行場を叩けるのか・・・?