攻撃隊が、敵飛行場の上空に進入します
敵機の攻撃は苛烈だった。
第三撃として攻撃隊の後方から襲来した敵戦闘機は十数機。全てが新型機だ。
彼我の機銃が交錯するのは、ほんの一瞬だった。後部銃座から連射音が響き、敵機の放つ青白い曳光弾が編隊をすり抜けるのがほぼ同時。次の瞬間には、敵機の姿は前方へと抜けている。その後ろ姿に“彗星”が七・七ミリ機銃を放つが、当然のごとく落ちない。
見張り員を兼ねる後部銃座から、被害の報告が上がる。今の攻撃で、少なくとも二機(“天山”一機、“彗星”一機)が撃墜、二機が編隊から落伍しかかっている。
被害を集計すると、攻撃隊はすでに、十機を失ったことになる。
飛行場はもう目の前だ。それなのに、その距離がとてつもなく遠いもののように感じられた。
前方に抜けた深海棲艦の新型機が、その独特なフォルムを翻して反転。再度、攻撃隊を襲う構えを見せる。まるでこちらを笑っているかのように、たこ焼きは口のような部分を震わせた。真っ赤な光を宿す機体正面を、隊長妖精は睨みつけた。
操縦手が、小刻みに機体を滑らせて、射線をずらそうと試みる。その正面から、猛然と敵機が突っ込んできた。むき出しの歯が並ぶその口が、こちらの機体を嚙み切らんばかりに開かれた。
曳光弾が編隊を切り裂く。数瞬後には、敵機の姿は後方へと抜けており、見えなくなる。しかし、その機銃が新たに味方機を貫いたことを示す火炎が上がった。隊長妖精は歯噛みするしかない。
たった今の被害は、四機。やはり、機銃による妨害が使えないと、敵機の射撃を逸らすことができず、被害が増えてしまう。
後部銃座から上げられる報告は、悲痛なものばかりだ。残念ながら、その一つ一つに何かを返している暇はない。
妖精は、BOBの憑神のようなもの。BOBが沈まない限り、妖精もまた、死ぬことはない。例え撃墜されても、目が覚めた時には、また母艦に戻っている。
そうはわかっていても、やはり苦楽を共にしてきた仲間が撃墜されるのは、見るに堪えない。
反転した敵機が、第五撃を加えるべく、編隊後方から接近する。直掩の零戦隊は、いまだに戻らない。新型機相手に、随分と苦戦しているらしかった。数の差をひっくり返せるとは思えない。
“天山”も“彗星”も、決して鈍重な機体ではない。速度や操縦性能だけで言えば、非常に優秀な部類に入る。それでも、爆弾を抱え込み、身重な状態では、単身で戦闘機をどうこうできるものではない。
再び、後部座席から機銃が放たれる。できることは、それしかなかった。
すぐ真横で、オレンジ色の炎が上がる。隊長妖精が直率する小隊の二番機が、翼から黒煙を引きずっていた。次の瞬間、左翼が弾けて木の葉のように空中を舞う。コントロールを失った二番機は、くるくると錐もみ状態になって、眼下の海に向けて急降下していった。
どうしようもないもどかしさにも、今はとにかく耐え忍ぶしかない。
すでに、飛行場の完全破壊は諦めている。攻撃隊の被害が大きすぎた。そもそも、一機艦は全航空機に対する戦闘機の割合が高く、攻撃機の数が少ない。奇襲にならなかった時点で、手数が足りなくなることは、ある程度予想されたことだった。
正面から、再び敵機が迫って来る。すでに五回の攻撃を行い、残弾は決して多くないはずだ。現に何機かは、弾切れを起こしたらしく空戦場から引き返していく。隊長妖精は、これが最後の攻撃になることを祈った。
敵機の射撃を予測し、身構える。
その時。待ちに待った救世主が、敵機の編隊にアッパーカットを決めた。四機のたこ焼きを一時に炎の塊に変えたのは、濃緑の翼に赤い真円が主張する機動部隊の守護神。
敵迎撃隊との戦闘から抜け出した“烈風”が、こちらの救援に駆け付けたのだ。
形勢不利と見たか、残った敵機も引き返していく。“烈風”はそれを追いかけることなく、攻撃隊の上空に位置取った。うち一機が、「待たせて申し訳ない」とでも言うように、バンクをした。
零戦隊も、ポツポツと戻って来る。その数は大幅に減じていた。やはり零戦では、新型機と戦うのは荷が重かったと言うことか。
敵機の攻撃は、すでに終了していた。編隊の乱れを直し、間隔を詰めるよう、指示を出す。
次の瞬間、地上の数か所でほぼ同時に砲炎が上がった。戦闘機隊の離脱を受けて、対空射撃が始まったのだ。
数秒後、攻撃隊の上と言わず、下と言わず、真っ黒い対空砲弾の花が咲く。至近弾の衝撃波が操縦席の窓ガラスを揺らし、飛び散る弾片が翼を打って不気味な音を立てる。
翼を振った“烈風”が、攻撃隊から離脱していく。翻る操縦席の中で、妖精が敬礼していた。「ご武運を」そう言っているようだった。
やってやる。無言のうちに頷き、隊長妖精は再び前を見据えた。
現在攻撃隊は、敵飛行場に対して、北西から侵入を図っている。最も近くに見えるのは、戦闘機用と思しき短い滑走路だ。爆撃機なども使うと思われる最長の滑走路、及び付随施設等は、攻撃隊から見てさらに奥に位置している。
対空砲火の中、“彗星”隊がスロットルを一杯に開き、“天山”隊の前に出る。強襲となったことで、“彗星”が先にピンポイント爆撃を実施する。狙いは対空砲陣地と、付随施設―――特に燃料タンクだ。
一方、残存の“烈風”隊は低空に舞い降り、上空退避が間に合っていなかった機体を機銃掃射で攻撃する。いかに強力な航空機も、地上にいてはただのいい的だ。敵戦闘機との戦闘で機銃弾を消費してはいたようだが、零戦よりは残弾に余裕がある。
“彗星”には高射砲が、“烈風”には機銃が集中する。
一機の“彗星”が、高射砲弾の爆発に巻き込まれ、粉々になる。
「アツタ」発動機を破片に切り裂かれたのか、推力を失った“彗星”が次第に減速して、落ちていった。
それらの火点もまた、“烈風”に狙われて機銃掃射を受ける。防盾で火花が散り、高射砲が擱座する。
空を覆うほどの対空砲火の中、“彗星”の急降下が始まった。
まず翼を翻したのは、“千歳”艦爆隊長妖精が率いる六機の“彗星”だ。狙いは燃料タンクと、その付近の基地施設。
黒い花が、不気味な青白い雨に代わる。しかし、ダイブブレーキを一杯にして、猛速で急降下を始めた“彗星”に、機銃はそうそう当たらない。そして、鍛え抜かれた“千歳”艦爆隊が、攻撃を外すはずもなかった。
爆弾の投下高度は、実に三百五十メートル。急降下の間に、一機が機銃に巻き込まれたものの、それ以外は全てが投弾に成功していた。
地上で次々に爆炎が踊る。土煙が舞い散り、その間で破片と思しき黒い影が飛ぶ。
燃料タンクに直撃弾が生じたのだろう。一際巨大な火柱が生じて、眼下の光景をオレンジ一色に染め上げる。衝撃波がここまで伝わってきて、操縦席の窓を震わせた。
“千代田”、“飛鷹”の艦爆隊は、それぞれに個別の目標を設定し、攻撃している。こちらも命中弾が出たらしく、各所で火の手が上がった。
擱座した高射砲から、黒煙が燻っている。
主翼を引き裂かれ、あるいは胴体を真っ二つにされた敵機が、駐機場で炎を纏って横転している。
さらに、追い討ちをかけるようにして、低空に降りた“彗星”が七・七ミリ機銃を乱射している。威力は小さいが、その分装弾数は多い。防御の貧弱な部分に集中して撃ち込めば、基地機能を奪うことは十分に可能だ。
そして。いよいよ、“天山”たちに出番が回ってきたわけだ。
隊長妖精は、すぐに各機に指示を出す。先行して攻撃する“赤城”隊の残存は九機。目標は飛行場中央の、最も長い滑走路だ。
操縦手が、スロットルを開き、機を加速させる。八百番という大型爆弾を積んでいるが、その加速度は凄まじい。頼もしい「火星」発動機の唸りに笑みを浮かべて、隊長妖精は再度目標を確認。続いて爆撃照準装置を覗き込んだ。
現在の“天山”隊は、高度二千五百メートルで滑走路上空に進入を図っている。この位置からの投下でなければ、爆弾に十分な位置エネルギーを与えられず、滑走路を深く抉り取ることができないからだ。
水平爆撃は、命中率が悪い。しかしそれは、洋上を航行中の艦船に対してのこと。目標が動かず、かつ大威力の爆弾でなければ十分なダメージを与えられない陸上基地には、最も効果的な攻撃方法だ。
“天山”隊を次なる脅威として認識したらしく、再び飛行場周辺から対空砲弾が吐き出され、周囲に真っ黒い花の絨毯を作り出す。だがその量は、明らかに先ほどよりも少ない。“彗星”隊が対空砲を叩いてくれたおかげだ。さらに言えば、各所から上がる黒煙も、照準の妨げとなっているのかもしれない。
もっとも、その黒煙で照準が狂うのは、こちらも同じ事だ。
強襲になると、対空砲火を先制して叩くために、艦爆隊がまず突入する。そのため、後からやって来る艦攻隊は、どうしても黒煙の上から爆撃をする必要が出てくるのだ。
“赤城”隊長妖精も、敵陸上施設、ましてや飛行場の攻撃など、初めての経験だった。事前に予想されたことではあったが、やはりどうしても邪魔になる。
それでも、今は自分の腕を信じて、やるしかあるまい。
操縦手にコースの微修正を告げる。機首がわずかに振られ、それに合わせて編隊そのものも動く。
覗き込んだ照準装置からは、必死の勢いで撃ち出される高射砲の様子がしかと見えていた。今も時折、至近弾が炸裂して、機体を揺らし、異音が響く。隊長妖精は、心を静め、ただコースを修正することだけに専念する。
後部銃座から、一機が対空砲火の餌食になったことが報された。それに短く答えるだけで、照準装置を覗き込み続ける。
残った八機の“天山”は、怯むことなく、ただ真っ直ぐに、飛行場上空へと進入していった。
そして。
爆撃点に達っする寸前、隊長妖精は爆弾の投下を指示する。次の瞬間に、投下レバーを引いた。八百番爆弾の重りが切り離されたことで、軽くなった機体が浮き上がる。
後部銃座からは、列機も爆弾を投下したことが報される。“赤城”隊の八機は、無事爆弾の投下に成功していた。
切り離された爆弾は、後は重力に従うまま、地面へと真っ逆さまに落ちていく。空気抵抗を考慮して公式に当てはめれば、その到達時間を計算することは容易だ。ざっと計算したその時間を、隊長妖精は測り続ける。
残存各機が離脱を終える頃、地上に人工の隕石が落下した。黒光りする弾頭は、その質量と落下直前の速度に応じたエネルギーを、容赦なく地面に叩きつける。航空機の発着用に舗装されていた地面は、そのエネルギーに耐え切れず、弾頭にわずかに道を譲る。そのほんの一瞬を待った八百番爆弾は、食い込んだ地面を蹴破らんばかりの勢いで盛大に弾け飛んだ。
八百番は、重量八百キロの爆弾を意味する。その重さは、三六サンチ砲弾よりも重く、四一サンチ砲弾よりも軽い。しかし、純粋に破壊力だけを比べるならば、そこに込められた炸薬の量は、戦艦の砲弾よりも遥かに多い。
滑走路に降り注いだ全八発の爆弾が、炎と土の混じったオベリスクを造り上げた後には、ぽっかりと大きな穴が開いていた。まるで、最初からそこには何もなかったかのように、巨大なクレーターが口を開いていたのだ。
隊長妖精は、その様子をしかと観察する。確認しただけで、四発が滑走路上に命中して、地面を抉っている。その他の爆弾も、周辺の駐機場や、発着陸装備類を容赦なく薙ぎ払っていた。
これで少なくとも、中央の滑走路は、当分の間使えないはずだ。それがどの程度の期間かはわからない。今日一日使えないかもしれないし、午前中のうちに復旧することも、あるいは向こう一週間使用できないことも考えられる。
『IF作戦』時、“比叡”以下の砲撃で設営途上だった飛行場を滅多打ちにしてから、パラオが空襲を受けるまでに二か月がかかっている。この時の修復速度を基に計算した結果、塚原たちは「最低半日から一日は使用不能にできる」と判断している。
飛行場に対して、すでに“加賀”隊による第二撃が加えられていた。こちらは、残った二本の滑走路を叩いている様子だった。
全ての攻撃が終わり、攻撃隊に空中集合を指示する一方、隊長妖精は一本の電文を打たせる。
「メシメシメシ―――我、敵飛行場の攻撃に成功せり」
何とか成功したようですが・・・火力不足は否めませんね。最初から予想されたことです
作者は艦砲射撃で陸上施設を叩くのが好きなのですが・・・今回は無理ですからね
さて、飛行場を攻撃されたことで、深海棲艦も一機艦を見逃すことができなくなりました
ここからどうなるのやら