パラオの曙   作:瑞穂国

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航空戦の書き方を考えながら書いてます

いよいよ、機動部隊同士の戦いが始まります


敵機動部隊見ユ

「何とかなった、でしょうか」

 

作戦室に降りてきた赤城は、開口一番にそう言った。その言葉に無言で頷き、塚原は再び海図に視線を戻す。妖精の手によって書き込まれているのは、一機艦から放たれた“彩雲”が形成する索敵線だ。定時報告が上がるたび、そこに点が書き込まれる。

 

「最低限はやり遂げた。そう解釈するべきだろうな」

 

塚原は答える。

 

「攻撃隊からの電文は、『メシメシメシ』、つまり『我、敵飛行場の攻撃に成功せり』だった。完全に破壊したとなれば、『シロシロシロ』の電文が送られてくる。やはり、そううまくはいかなかったということだ」

 

「どの程度破壊できたかは、攻撃隊の帰還を待つほかありませんね。後・・・一時間半ほど、でしょうか」

 

「それも、あくまで何事もなければの話だがな」

 

春島の基地が攻撃されたとなれば、深海棲艦とて黙ってはいまい。必ずや、こちらの機動部隊を捕捉するべく、索敵線を張る。攻撃隊が帰還する一時間半、敵の索敵機に一機艦が発見されない保証はどこにもない。むしろ、現状でトラック環礁に一番近い分、遅かれ早かれ、発見されるとみるべきだ。

 

「攻撃隊長にも、できるだけ派手に動くように、と言ってあります。正午を迎える前に、発見されると考えた方が賢明ですね」

 

第一次攻撃隊には、航路偽装をさせていない。つまりその飛来方向を真っ直ぐに辿れば、一機艦に行きつくようになっている。

 

敵の偵察機が攻撃隊の後をつければ、こちらを見つけることは容易だ。雲も少ないことだし、見落とすということは考えにくい。

 

―――焦らせば焦らすほど、敵は焦って、功を急く。視野狭窄は、こっちにとって好都合だ。

 

「ところで、塚原提督。一つ、よろしいですか?」

 

「なんだ?」

 

「対艦兵装で準備させている格納庫内の攻撃隊は、どうしますか?敵機動部隊を発見したとしても、私たちは攻撃しないのですよね?」

 

囮である一機艦の艦上機は、実に六割近くが戦闘機で占められている。反面、攻撃能力は低い。敵機動部隊に本格的な攻撃隊を出すのであれば、第一次攻撃隊の帰還を待って攻撃隊を再編、出撃させるのが妥当だ。

 

「損害を見て考える。守りに徹するにしろ、派手に暴れまわるにしろ、選択肢は残しておきたかった」

 

「なるほど」

 

赤城はそれで納得してくれたらしかった。

 

「今のうちに、現状を確認しておこう」

 

これからの忙しさを予感して、塚原は話題を切り替える。鉄板が埋め込まれている作戦室の海図台に、磁石のついた敵味方の駒を並べた。

 

「現在の我が艦隊はこの位置。一挺艦はこの位置です」

 

味方を示す青い駒を二つ、海図の上に置く。一機艦が突入を援護する一挺艦は、一機艦よりも二十五海里ほど前に位置取っている。

 

「敵艦隊のうち、現在確認が取れているのは、北東水道を守る戦艦部隊、及び環礁内の巡洋艦部隊です。それぞれを、『甲イ』、『甲ロ』と呼称しています」

 

いずれも、一、二挺艦の環礁突入にあたって、障害となることが予想される艦隊だ。

 

「両艦隊とも、飛行場攻撃後に目立った動きはありませんでした。触接を続けている“彩雲”からは、こちらの突入を待ち続ける構えである旨が、報告されています」

 

「やはり、動かなかったか」

 

当初の予想通りではある。こちらが環礁への直接攻撃を図ることなど、深海棲艦側も容易に予想がついていることだろう。自らのこのことやってくる敵を、わざわざ迎えに行く必要はない。そういう判断を下したことは、容易に想像できた。

 

「選択肢として、これらの艦隊を攻撃することも考えられますが?」

 

「いや、それはできない」

 

赤城の提案にも、塚原はかぶりを振る。

 

「環礁内の巡洋艦ならまだしも、戦艦を攻撃するとなると、圧倒的に手数が足りない。戦艦を沈めるには、反復攻撃が必須だ。時間を食うし、効率も悪い」

 

やはり、戦艦を叩くのであれば、戦艦が一番だ。あくまで、塚原たち機動部隊の第一目標は機動部隊であり、現状で距離のある戦艦部隊を叩く必要はない。

 

まずは、トラック近海の制空権をめぐる戦いに勝利する。それが第一目標であった。

 

「話を戻しましょう。現在、敵機動部隊の捜索を行っていますが、各索敵機より、いまだ発見の報告は上がっていません。各機とも定時連絡は滞りなく入っていますし、いまだ接触をしていないというのが実情でしょう。逆探に感ありとの報告もありません」

 

塚原たちは、深海棲艦の機動部隊が、トラックの北から北西にかけての海域、あるいは西から南西にかけての海域、百五十海里以内にいると踏んでいる。この位置は、基地航空隊との連携を保ちつつ、北東、南、両水道を守るのにうってつけだ。上手くすれば、日本海軍機動部隊を挟撃することもできる。

 

一機艦索敵隊は、この内、北側に索敵線を絞っていた。西側は現在の位置からでは距離があり、発見したとしても攻撃が容易ではない。攻撃機が少ない以上、反復攻撃が行いやすい北側に、索敵線を集中させていた。

 

「二、三機艦・・・南雲さんと井上さんは、どうするおつもりでしょうか?」

 

残る二つの機動部隊とは、艦隊間の大出力通信を止めている。一機艦が派手に発している電文は、あちらも聞いているだろうが、あちら側から通信が寄越されることは、今のところない。

 

あの二人のことだ。必要な時に、艦隊間の無線封止を解除してくるだろう。

 

「矛のことは、矛に任せる。俺たちは、盾としての役割を、十二分に果たすだけだ」

 

制帽の位置を見る。再度海図を確認した塚原は、赤城を連れだって、艦橋へと戻っていった。

 

 

索敵機にとって、雲が少ない空模様というのはありがたい。敵機の襲撃を警戒してある程度高度を取っていても、海上の様子を十分窺える。

 

昇り始めた太陽できらめく海面を見つめつつ、三人の妖精はそれぞれに眼下と頭上に目を凝らしていた。

 

“彩雲”が搭載する逆探に感があったのは、つい先ほどのことだった。予定された索敵線の、復路に差し掛かってしばらくしてからだ。

 

位置からして、敵機動部隊である可能性が高い。逆探の反応を追いつつ、妖精たちは緊張の中で飛行と索敵を続けていた。

 

逆探に感があったということは、こちらが敵の電探に見つかっている可能性も高い。単機であることを考慮しても、どこまでもつか。

 

燃料の残量を確認する。まだ十分に飛んでいられる。

 

電信を担当する妖精が、ついに敵電波の方向を掴んだ。すぐさま、チャート上で機位と方位を確認。頷くと、操縦桿を倒し、高度を下げることを選んだ。

 

“彩雲”はグングン高度を下げていく。操縦員妖精は、海面すれすれまで、降りるつもりだった。

 

広範囲の索敵は難しくなるが、敵の電探には捕捉されにくくなる。これは、海面に反射する電波に、機体の反射を紛れ込ませることができるからだ。

 

また、防備の観点でも有利だ。機体が海面に近づくことで、敵機の警戒は上方だけで済む。しかも、機体の真下に海面があることで、機体下部へ抜ける急降下攻撃がやりにくくなる。雷撃隊の妖精から学んだ技術だ。

 

電信員が、針路が正しいことを伝える。逆探の感も、次第に大きくなっているそうだ。

 

頼む、このままうまく見つかってくれ。超低空飛行を、自らの腕にものを言わせてこなしながら、操縦員妖精は祈った。

 

しばらくは、何事も起こらなかった。海は特に大きく波が立つこともなく、ただただ真っ青な穏やかさを広げている。艦影らしきものを見ることはできない。時間が刻々と過ぎていくにしたがって、不安が募っていく。

 

まだか、まだか。

 

今、こうしている間にも、敵機動部隊の索敵機が一機艦を発見し、攻撃隊を放っているかもしれないのだ。索敵隊が敵機動部隊を見つけない限り、一機艦はただ一方的に叩かれて、海の藻屑と消えてしまう。

 

そうさせないためにも、今は逆探の感を信じて、機を進めるしかない。

 

どれほどの時間が経っただろうか。燃料計の残量を心配し始めた頃だった。

 

見張り員が、機の左を示した。三人分の目が、そちらに向かう。

 

水平線の辺り。青と蒼が混じり、その境界を無くそうかという寸前。そこに、明らかに異質な、黒い影があった。

 

海面から突き出た細長い棒のようなそれは、紛れもなく、船のマストだ。

 

高度を上げないように気をつけながら、機を滑らせて、旋回する。見張り員はより一層目を凝らして、上空の敵機を警戒する。何も動きがないところを見るに、低高度からの進入は功を奏したようだった。

 

水平線の影が、みるみるうちに大きくなり、その数を増やしていく。目測で一万メートルを切った時、スロットルを開いて、機を加速させた。“彩雲”の「誉」発動機が唸り、三翔プロペラを力強く回す。

 

操縦桿を引き付けて、機体を上昇させた。水平線に連なる影でしかなかった艦影が、みるみるうちに陣形を形作る艦隊へと変わる。

 

儒教の曼陀羅を思わせる円形の陣形は、間違いなく輪形陣。空母機動部隊の基本とする陣形だ。

 

外縁を固めるのは、小柄な艦体に単装砲や魚雷発射管を積んだ駆逐艦。そしてそれよりも一回りから、二回り大きい巡洋艦。

 

丈高い艦上構造物が特徴的な大型艦の姿は見えない。どうやら、戦艦はいないようだ。

 

代わりに。

 

陣形の中央。戦艦に負けず劣らずの巨体が、二つ。それよりも一回りほど小柄な艦影が、三つ。いずれも、艦上はまっさらで、突起物はほとんど見当たらない。唯一、艦橋と思しき小ぶりな箱が、右舷側に見受けられるだけだ。

 

見つけた。高度を上げる“彩雲”から眼下の艦隊を見つめる三人の妖精は、その影の正体を理解した。

 

深海棲艦の空母。正規空母であるヲ級と、軽空母のヌ級。トラック環礁を守る機動部隊のうちの一隊に間違いなかった。

 

その数を大雑把に数えながら、電信員に打電を命じる。一機艦だけでなく、その他の二、三機艦にも届くように、最大出力での打電だ。

 

敵艦隊の上空が、にわかに慌ただしくなった。こちらを認めたのだろう、上空で旋回していた敵機が、一斉に翼を翻し、“彩雲”へと向かってくる。

 

電信員が、鬼のような形相のまま、常人では考えられないような速度で打鍵を叩く。「敵艦隊見ゆ」の一報と、発見位置、艦隊構成、打電時間。それらを猛速で打ち込み、打電完了を電信員が報告した。

 

次の瞬間、敵機が“彩雲”に襲いかかってきた。凧のような三角形の機体が、前方から迫る。それを寸でのところで回避すると、機を旋回させ、スロットルを一杯に開く。「誉」発動機の調べが、明らかに変わった。

 

芸術品とも称される優秀な発動機は、熟練した整備員妖精による万全の管理体制と、現代日本が提供する高オクタン価ガソリンがもたらす能力を、いかんなく発揮した。

 

艦上偵察機である“彩雲”は、敵戦闘機の迎撃をかいくぐって索敵任務を遂行するために、破格の速力を与えられていた。直線飛行であれば、その右に出るものはなく、まさに「我に追いつく敵機なし」の名文に相応しい。

 

打電終了から一気に加速した“彩雲”は、実に六百五十キロ毎時を超える速度をもって、敵機の追撃を振り切った。あまりの速さに、敵機もどこかポカンとした様子で見過ごすしかなかった。




・・・さて、いいところだったわけですが

すみません、しばらく用事があるので、定期更新ではなくなるかと思います
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