パラオの曙   作:瑞穂国

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まだまだ続きます、一機艦の攻防

いつになったら砲撃戦に突入できるやら・・・


防空駆逐艦

電探に映る影と、見張り員から届けられる影。二つを確認しながら、一機艦輪形陣の先頭を行く“秋月”は、“利根”からの射撃開始の指示を待っていた。

 

“秋月”型は、日本駆逐艦の中で最も大きいクラスだ。排水量は二千七百トンと、軽巡の“夕張”に迫る。

 

それを反映してなのか、艦娘の秋月も、他の駆逐艦娘と比べて大人びた容姿をしている。艶やかな黒髪を後頭部でまとめた彼女は、緊迫する状況の中でも、落ち着いて周囲を見回すだけの余裕があった。

 

敵編隊との距離は、すでに二万メートルを切った。雷撃機と爆撃機がそれぞれに分かれ、一機艦に迫る。

 

いくつかの隊に分かれた攻撃隊に、なおも味方戦闘機が追いすがる。零戦や“烈風”が、敵編隊後方、あるいは上方から射弾を浴びせては、一機、また一機と敵機を漸減する。

 

―――ありがとうございます。

 

心の中で礼を述べる。

 

対空砲火は、あくまで最後の砦だ。やはり、航空機を落とすには航空機が一番であり、いかに“秋月”が防空駆逐艦と言われるほどに優秀な対空戦闘能力を持っていようと、戦闘機の防空能力には劣る。

 

それでも、間もなく限界が来る。

 

距離が一万メートルを切ろうかという時、その指示がきた。

 

『全戦闘機離脱せよ』

 

防空指揮を執る“利根”からだ。その指示はすなわち、全戦闘機に対空砲火の危害圏から逃れることを促すものであり、同時に防空戦闘が戦闘機隊から“秋月”たちに委ねられた瞬間でもあった。

 

『六直艦、目標敵雷撃機。一航艦、目標敵爆撃機』

 

“利根”から射撃目標が割り振られる。より対空能力に優れる六直艦が雷撃機を叩き、爆撃機は回避を主体として対処するつもりなのだろう。

 

「目標、方位〇六五の敵編隊!」

 

艦隊の左舷正横から侵入を図っている雷撃隊だ。距離が最も近く、数も多い。最大の脅威であると、秋月は判断していた。

 

機械的な駆動音が響く。艦橋頂部の高射装置が旋回し、それに合わせて、彼女自慢の長一〇サンチ砲も左舷を指向する。

 

“秋月”型は、日本海軍駆逐艦の中で唯一、対艦戦闘以外に主眼を置いている駆逐艦だ。日本海軍駆逐艦の象徴であった魚雷は、四連装一基に次発装填装置、計八本しかない。その魚雷にしても、今回の作戦に際して、“秋月”は機銃群と爆雷投射器に換装している。

 

主兵装は、長一〇サンチ連装高角砲四基。高射装置も最新のものが融通されており、その能力は駆逐艦の中でも群を抜いている。

 

高射装置が算出した射撃諸元をもとに、長一〇サンチ砲が旋回俯仰する。もっとも、狙いは低空進入を図る雷撃機であり、照準はすぐに固定された。

 

「撃ち方、始め!」

 

秋月の号令から一拍、左舷に指向された長一〇サンチ砲八門が一斉に火を噴いた。六五口径という長砲身砲ゆえに、初速は速く、一万メートル先の敵機までは十秒足らずで到達する。

 

第一射の調定した時限信管が作動する前に、“秋月”の長一〇サンチ砲が再び発砲する。戦艦のそれに劣るとはいえ、発砲の衝撃は空気を震わせ、秋月の肌をピリピリと刺激する。

 

長一〇サンチ砲の装填速度は、毎分十七発からニ十発。およそ三秒に一発の発砲が可能だ。人力装填であるがゆえに、妖精の熟練度にも左右される。

 

後方からも砲声が届く。防空指揮艦である“利根”はもちろんのこと、輪形陣左翼に位置取る“浦風”、“浜風”も、搭載する高角砲を振り立てる。一航艦は、“五十鈴”を中心として、盛んに敵爆撃機へ射撃を繰り返していた。

 

“秋月”が第四射の装填を待つ間に、高角砲弾が炸裂し始める。

 

接近する敵雷撃機の正面、時限信管を作動させた高角砲弾が、まるで真っ黒な花のように次々と炸裂する。砲弾の断片が高速で飛び散り、鋭いナイフとなって敵雷撃機に襲いかかる。

 

しかし、やはりと言うべきか、そう簡単に撃墜される敵機はいない。断片に襲われ、あるいは爆風に打ち据えられても、雷撃機は海面を這うようにして艦隊に迫り続ける。なかば執念じみたものを感じずにはいられなかった。

 

―――それは、こっちだって同じです!

 

「まだまだです!撃ち続けて!」

 

秋月は更なる弾幕の形成を命じる。合点承知、とでも言うように拳を突き出した妖精たち。高角砲内の熱気は増し、吐き出された薬莢の処理も惜しむように次弾を装填していく。

 

いよいよ、高角砲弾の効果が出始めた。

 

断片による被害が蓄積したのか、先頭に位置していた雷撃機が、フラフラと速力を落とし、やがて海面に突っ込む。それを皮切りにして、次々に撃墜の報告が入り始めた。

 

高角砲弾が正面で炸裂した敵雷撃機は、機首の原形が留まらないほどに押し潰されて、波間に飲み込まれる。

 

機体から炎が噴き出し、爆発四散して果てる敵雷撃機もいる。

 

輪形陣外縁の六直艦が、低空の雷撃機に狙いを集中したことで、効果的な弾幕が形成されているのだ。目標を絞ったことで、結果として弾幕の密度が上がる。

 

ただし。それは一部の弾幕を犠牲にしていることも意味している。

 

―――っ!

 

敵爆撃機が“赤城”に向けて急降下を始めたと、見張りが報せる。高空からの進入を試みていた敵爆撃機を、一航艦は完全に阻止することはできなかったのだ。

 

高角砲、そして距離が近づいたことによる機銃も撃ち上げながら、“赤城”が舵を切り始める。急降下してくる敵爆撃機の真下に入り込むことで、回避を試みているのだ。

 

それだけではない。敵爆撃機は、外縁を固める六直艦にも、急降下を仕掛けてくる。狙われたのは“利根”、そして“秋月”だった。

 

妖精がこちらを振り向く。射撃目標をどうするのか、と聞いているのだ。

 

その問いかけに、秋月は首を振った。

 

「目標は敵雷撃機のままです。機銃のみ、敵爆撃機に対応!」

 

脅威度が高いのは、雷撃機で変わりない。急降下爆撃は恐ろしい相手に違いないが、コツさえ掴めば投弾の妨害も回避も十分に可能であるし、第一一撃で沈むことはめったにない。まして今の“秋月”は、即轟沈に繋がる魚雷を搭載していない。

 

一発でも当たれば艦隊行動に支障をきたす魚雷、これを搭載した雷撃機の方が、最優先で撃墜するべき目標だ。

 

艦橋の天井を見上げる。そこに敵爆撃機は見えない。頼みの綱は見張りの妖精だ。

 

「取舵一杯!」

 

敵爆撃機が左舷方向から急降下に入った旨が報告されるや否や、秋月は転舵を指示した。駆逐艦とはいえ、満載で三千トンにもなる“秋月”ともなると、舵が利くまでのタイムラグは無視できない。実際、舵を切ってから十秒近い間を置いて、艦体は左へと曲がり始める。逆に、艦橋含めた艦上構造物は、遠心力で右舷側へと傾く。秋月は両足に体重をかけて、傾斜する艦橋に踏ん張った。

 

「戻せ!」

 

舵を中央に戻し、当て舵をして針路を安定させる。敵爆撃機はすぐ正面だ。

 

「砲撃続行!」

 

転舵に合わせて旋回した長一〇サンチ砲は、変わらずに砲炎を吐き続ける。その様子を前甲板に望みながら、秋月は艦を直進させる。

 

航空機は、降下角度が深くなればなるほど、操縦が難しくなる。ゆえに、急降下してくる敵爆撃機の真下に潜り込むことで、その照準を難しくする。

 

加えて、艦体各所から上空に向けて撃ち出される機銃が、敵爆撃機の照準を狂わせる。

 

“秋月”に急降下爆撃を仕掛けてきたのは、九機の敵爆撃機であった。特徴的な三角形の機体が、高空から襲い来る。その編隊を二五ミリ機銃弾が包み込むが、落ちる機体はない。唯一、弾幕にもろに突っ込んだ一機が、コントロールを失って落伍したくらいだ。

 

一方で、敵雷撃機に対する射撃も続行されている。八門の長一〇サンチ砲は変わらずに射弾を送り出し、調定された時間通りに信管を作動させる。射撃の効果は出ているようで、中には投雷を諦めて魚雷を投棄し、離脱していく敵雷撃機もいる。

 

砲身が焼け付くほどの連続射撃を繰り出す中、ついに敵爆撃機が投弾する。

 

横隊を敷いた敵爆撃機が、隊長機と思しき先頭の機体に続いて次々に爆弾を切り離す。各機の腹から離れた爆弾の弾頭が太陽光に黒光りして、甲高い音と共に降り注ぐ。

 

―――当たるな・・・!

 

やれることは全てやった。後は秋月に、戦場の女神が微笑むか否か。

 

艦橋左舷からは、同じように回避運動を取る“利根”が見えた。先に投弾を許したのだろう、その周囲に水柱が立ち上り始める。海面を突き破り、遅れて炸裂した爆弾が、沸騰した海水を天へと突き上げる。瀑布に囲まれ、姿を隠す“利根”は、轟沈してしまったようにも見える。

 

次の瞬間、秋月の視界を塞ぐように、第一弾の水柱が噴き上がった。爆圧が艦底から突き上げ、艦橋も揺れる。大丈夫だ。至近弾ではあるが、命中はしていない。

 

それを皮切りにして、次々に爆弾が降り注ぐ。第二、三弾。水柱はどれも左舷に弾着しており、どうやら“秋月”の対空機銃と回避運動は、敵機の狙いを外すことに成功したらしかった。

 

このままやり過ごせるか。同時に弾着した第四、五弾の水柱を見つめ、秋月は固唾を呑む。

 

第六弾は艦首のすぐ前に弾着し、爆圧のアッパーカットを“秋月”に見舞う。艦体がわずかにそり上がり、艦橋内の秋月も仰け反る。海水が錨鎖を通すホースパイプを逆流し、艦首甲板を盛大に濡らした。

 

第七弾が迫る。その風切り音に、秋月は言いようのない不快感を感じ取った。この爆弾は、今までと違う。

 

風切り音が途切れる。次の瞬間、艦橋の後方から経験のない衝撃が襲ってきた。大男に投げ飛ばされたかのような勢いに、秋月は思わず前にのめる。艤装を背負っていなかったら、そのまま床に投げ出されていたに違いない。

 

―――喰らった・・・!

 

衝撃の大きさからして、艦の中央付近であろうか。艤装を通じて伝わる痛みは、背中を舐めるように広がっていく。寒気に似た震えに折れそうになる足を、辛うじて踏ん張る。

 

「被害報告!応急修理急いで!」

 

秋月が叫んだ直後、最後となる第八弾が弾着した。こちらは艦尾付近に落ちたらしく、飛び散る水滴がスコールとなって甲板を打った。バラバラと激しい音が聞こえる。

 

程なく、ダメージコントロールを担当する妖精から報告が上げられる。命中箇所は魚雷発射管の設置個所。増設した機銃二基とK砲一基が吹き飛ばされたが、幸い機関区に被害はなく、戦闘、航行共に支障なしとのことだった。

 

冷や汗ものだ。もしも魚雷を下ろしていなかったら、命中した爆弾に巻き込まれて誘爆を起こし、“秋月”は航行不能に陥っていた可能性が高い。

 

額の汗を拭いながら、秋月は射撃を続けていた敵雷撃機を見遣る。こちらもすでに投雷を終え、退避を始めていた。損害が大きかったらしく、中央の空母への投雷は諦め、輪形陣左翼の“利根”、“浦風”、“浜風”を狙っている。もっとも、それも有効な射点に取り付けているとは言えず、三艦はすかさず回避運動に入っていた。

 

敵雷撃機には、艦隊右舷に回り込んで攻撃しようとしているものがまだ残っている。これに相対するべく、“秋月”が舵を切り、輪形陣先頭に戻ろうとした時だ。

 

「“赤城”に命中弾!?」

 

艦隊中央、一際巨大な空母の甲板後方から上がる黒煙に、顔から血の気が引くのを感じた。




走る戦慄。果たして赤城は・・・
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